okonomi巻

ゆるゆる更新中。

帰りました。

2011-09-12 | いろいろ

 

 

お正月以来の仙台です。
重度の被災地の工事で手一杯で、実家にはまだ修理が来ないけれど
修理業者が入る前に家の少しずつ片づけもしなければということで、8日間帰省してました。

仙台空港へ着陸する時
毎回、飛行機は一旦太平洋に出て旋回しつつ滑走路に向かうんだけど
飛行機から見る風景が、やっぱり毎回見ていた風景と違っていた。
防風林も流されまばらで、建物もなかった。やっぱり実際に見るとなんとも言えない気持ちに。
その後、車で迎えに来てもらっていたので通り道にある閖上(ゆりあげ)へ

 
 
建物が沢山建っていたのに、今はどこまでも遠くまで見れる。復旧に向かって重機がフル稼働していました。

所々に瓦礫の山、直後と比べたらかなり片付けられてるかと思うけど
田んぼだったところに車や船がまだそのままのもありました。

実家は、両親が忙しいので細かいところは手つかず。私の実家部屋は、あの日のまま。
 
給湯器が壊れたので、お湯が出ないし(姉夫婦宅で入ってた)
お風呂のタイル一列に見事に落ち中のコンクリートにヒビが入っていたよ。
神棚も落ちて壊れてしまい棚だけになってました。

とりあえず、実家の私の部屋のいらないものを捨てたり
まだ着れそうな服を必要としている人に姉が渡すらしいので分別したり
食器も沢山割れたのでガラスの破片が床に散乱しているらしく、ひたすら掃除機をかけ、床を拭いてたよ。
一週間では完璧に終わらなかったけど実家も少しは元に戻ったかな。






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10 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
お疲れ様でした (ロベ子)
2011-09-12 22:53:48
家の中全部だと、どこから手をつけていいか途方に暮れるよね。
家ですらそうだから町となると本当に復旧作業は困難の極みだと思う。
ほんとお疲れ様でした。
ビールでも飲んで疲れを癒してくだされ。
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半年 (隠れ酒豪。)
2011-09-12 23:58:54
震災から半年。

改めて、私には何ができるのかな?と考えるけれど、明確な答えが出せないままでいます。

そのとき、何かできる支援を、コツコツとやっていきたいと思う。

お疲れ様でした。
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Unknown (姉 ヒロえもん)
2011-09-13 01:18:59
お疲れ様でした。

ちなみにあの日のままでは家には入れなかったよ。きちんと見せてあげればよかったね。


先日の家の風景は、全然いい方です。

茶箪笥や食器棚はたくさんお皿が入っていたから重くて倒れなかったんだと思います。

籐のタンスや、おばあちゃんの部屋のタンス、
玄関の靴箱、ピアノ、テレビ等など。

まず、歩けませんわ。
凄いエネルギーです。

宮城県沖地震まだっていうからね。いやはやだよ。


Tシャツとイブガッコ送ります。
ガンガンお酒浴びてください。
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Unknown (ゆうゆ。)
2011-09-13 01:46:47
ロベコ嬢
初めの2,3日は、やりたいことが多すぎて焦ってたよ。
そのうちに腰が痛くなって、ちょっと根詰めつのはやめたよ。
まだウチは家があるんだしね。感謝しないとね。
うん、ビール飲んで疲れを取るつもりが飲みすぎたりしました。。。
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Unknown (ゆうゆ。)
2011-09-13 01:51:27
酒豪。どの
ありがとう!

>そのとき、何かできる支援を、コツコツとやっていきたいと思う

それでいいのでは?と思うよ。
酒豪。殿は、今の自分のできることを
考えながら生きてる気がする。
酒豪。殿こそ毎日お疲れ様だよ。
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Unknown (ゆうゆ。)
2011-09-13 02:01:49
ヒロえもん

うん、当時の画像あれば見たかったけど
すっかり忘れていたので次回。
ちょっと、はしょったりしたので
訂正しておきました。
自分の部屋でもサボテンなど落ちて土が散乱しただけでも凹んだので
床が割れた食器だらけだったら更に大変だったよな~。 
まだ、宮城県沖じゃないんだよね…ため息がでるよ。
あとすみません、Tシャツ&がっこは急がないので
時間があるときよろしくです。
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Unknown (もみじ)
2011-09-13 16:42:18
仙台にいらっしゃるご家族は、ゆうゆ。殿が
来てくれたことは本当にうれしかったと思います。大変な状況の中、家族や大切な友人の顔を見るとほっとするよね。
ゆうゆ。殿にとっては、変わってしまった現状を見ながら、感じながら、過ごす時間は大変だったと思います。
体を大切に、ゆっくり休んでご褒美してね。

「人の手」って本当に無限の力があるように思います。
「そうなった人」じゃないとわからないことが
たくさんあると思うから、うまく言葉が出せないけど、少しずつ「人の手」、「人の力」の積み重ねで良い方向に向かっていくことを信じて、私も自分にできることを少しずつやっていこうと思います。

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Unknown (ゆうゆ。)
2011-09-14 12:47:07
もみじちゃん

両親は喜んでいたから良かったよ。
長く居れたので友達にも会えて
その時の状況も話してもらえた
あんな大変な経験して、
いつもと変わらない笑顔で迎えてくれて
ほっとしました。
前を向いて、少しずつでも
自分の出来ることしていきたいって、改めて思ったよ。
もみじちゃんの言葉、ありがとう~うれしいよ。


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Unknown (nene)
2011-09-15 02:01:46
お帰りなさい。片付けお疲れ様です。

私も、壊れた建物よりも
海岸近くで、果てしなく遠く遠くが
見るようになってしまった光景を見て
なんとも言えなくなったよ。

ご実家の近くの辺り車で通った時
以外と壊れてるとこ少ないな。と思ったけど、中は大変なことになってたんだね。

自分が行った時は、仙台は平穏を
取り戻しつつあると思ってたけど、
まだまだ大変な状況なんだな
とゆうゆちゃんの写真を見て改めて気付かされたよ。。。
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Unknown (ゆうゆ。)
2011-09-16 14:21:45
実家の周りは、かわら屋根が多いから
屋根に青いビニールシートを被せてるとこ多かったかな。家があるだけ良かったよ。

荒浜近くの道を車で走ったけど
何にも無くってどこを走ってるのか分からなかったしね。
津波で被害のあった海沿いはまだまだって思うよ。




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