友人のITマンが私の前回のブログを見て「仲のいいとか書いているけど、そう言う抽象的な言葉でなく数字で表現して欲しいな(笑) 数字は誰が見ても分かるし正しく伝わるだろ」と、珍しく感想をくれた。
数字で思い浮かんだのがある方の言葉。
「数字はやるべきことがハッキリする。決められた事を成し遂げるのが私の仕事、それ以外に興味はない。特別だの、主だの、大変だの。そんなこと興味はないね。」
確かに仕事は甘くないし、クレームが本社まで行ったらそれこそ管理能力が問われるし、厳しい言葉にもなるよなと。
ただ、そういう人って家ではどうなんだろう?と思いつつ、あれこれ記事を見ているとこれまた気になる記事がありました。
自分が受けた国語、道徳の授業を思い出してますが何も思い出せない(笑)
そしてニュースなどを見ても道徳、価値観、心の教育の大切さを改めて感じる今日この頃です。
余談ですがITマンは「俺なんか仲間に後ろから撃たれた事があるぞ」と、言っていた(笑)
「おもちゃを欲しい」と3個4個もねだる5歳児 我慢させるために親はどう言い聞かせるべき?<論語の格言から>
2020/12/13 17:00 AERA dot.
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/dot/life/dot-2020120500016
(前略)
親が子どもに教えるべきことは、基本的な「人としての道」なのです。
盗んではならない。父母を敬わなければならない。うそをつかない。人に挨拶をする。感謝の気持ちを忘れない。自分だけが欲張らない……。これらは「論語」に記される普遍の教えです。細かいことを挙げればきりがありませんが、子どもの頃から教えておかないと、成長してから子どもが困るでしょう。
相談者さんにおすすめしたいのは、おもちゃを買い与え、息子さんの「物欲」を満たすことができたら、それを「他人と共有する」ように諭すことです。「独占」は、「仁」にかなうものでなく、あさましい生き方です。「買ってもらったおもちゃは、独占しないでお友達とみんなで楽しもうね」などと教えてあげてはいかがでしょうか。息子さんが「道」に外れたことを感じて自制するか、それでもさらに自分の欲を追い続けるかは、本人の選択です。
「論語」には、弟子の曽子が孔子の人となりを伝えた言葉として、「夫子(ふうし)の道は、忠恕(ちゅうじょ)のみ」(里仁第四)と記されています。「忠」とは「自己の良心に忠実なこと」、「恕」とは「他人を親身に思いやること」。これは「がめつい」「あさましい」「貪欲」というのとは、全く反対のことでしょう。「所有」から「シェアする」へと社会の趨勢が変化している今こそ、こうした「忠恕」の道をお子さんに教えることも大切でしょう。
(以下略)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます