雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

小林麻央さん、可哀想と思ってゴメンね

2017-07-05 00:00:04 | 芸能
小林麻央さんが亡くなって、しばらくはぼーっとしてたな。
そして少しずつ折に触れて考えた。

麻央さんは生前、『可哀想』だとは思われたくないと綴っていた。
それは、病気になったことが人生を代表する出来事ではないから。
麻央さんの人生は、夢を叶え時に苦しみもがき、愛する人に出会い2人の宝物を授かり
家族に愛され愛した、色どり豊かな人生だから・・・だと。

勿論、麻央さんの人生は病気だけだった訳では無いし、34年の人生、海老蔵さんと知り合い結婚する前だって
ご両親やお姉さんやお友だちや、周りのたくさんの人に囲まれ愛され楽しい時を過ごされたことは想像に難くない。
ただね、もっと生きたかったでしょ?本当は・・・と私は思う。
ご主人の伴侶としての生活も、そして何より子どもたちの傍でお母さんしてたかったよね と私は思う。
凄い心残りだよね と思う。

ずいぶん昔のこと。
ある人の葬儀の場で、仕事関係の友人がこんなことを言った。
『誰を想って悲しんでいるのか?誰の為に泣くのか?誰が悲しいのか?』と。
『僕は亡くなった人の人生の短さを想って悲しい』と。
『きっともっと生きたかったに違いない。悔しいに違いない』と。
そしてこうも言った。
『人は、大事な人を無くした自分が悲しくて泣く』と。『その人の人生を想って悲しんであげて』と。
私は悲しい場面なのに一瞬考えたよ。
『そうか・・・”大事な人を失った私は悲しい”なんだろうか・・・』と。
正直よく分からなかった。
でもでも・・・悲しい時はいつも両方だと思う。そんなこと考えてない。

ただ、少し距離のある人だとか、それほど親密な関係じゃなかった人などの時は、その人の人生を想う。
そして残されたご家族のことを思う。
小林麻央さんが亡くなったことでの私のこの感情?悲しみ?は、多分それに近いかも。
どんなに麻央さんが可哀想だと思わないで・・と言ったって、やはり私は可哀想だと思うよ。
だって短過ぎるもの。
長く生きればいいってもんじゃないと人は言う。
でもね、長く生きることによってそりゃ良いことばかりじゃない、イヤなことや良くないことも色々あるだろう。
でもそれが人生だ。それが生きてるってことだ。
いっぱいいっぱいやりたかったことあっただろう。そう思う。
それが出来ないんだもの、やっぱり可哀想だよ。
麻央さんだけじゃない、海老蔵さんも幼い子どもたちもお父さんお母さんお姉さん、みんなみんな可哀想だよ。

”まお あいたい まお あいたい”と海老蔵さんが吐露する。
うちは男2人だから早くご飯 ちゅくれるようにならなくっちゃ と 麗禾ちゃんがけなげに言ったそうな。
勸玄くんは麻央さんが見たかったという宙吊りを立派にやり遂げました。
どれもこれも泣ける話ばっかりじゃんね。

麻央さんの生き方は立派だったと思うし、本当に”美しい人”だったんだなと思うよ。
でもやっぱり短過ぎるんだよ。早過ぎるんだよ。
要らんと言うのに他人が余計なことを!と言われても、私はやっぱり麻央さん可哀想。ゴメンね。