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通勤電車で「人生晴れたり曇ったり」

“通勤電車”は、人生という線路を迷走中。
自分の選んだ道だから“晴れても曇っても”自分の足跡をブログに残していきたい。

通勤電車も、老老介護

2007年04月30日 | ただいま通勤中
今年のGWは、暦どおりのため明日は仕事。通勤電車の混雑はどうかな。

産経新聞のizaに”通勤電車”に関する記事が掲載されていたので紹介します。(記事からの抜粋です。)

【勿忘草】電車内に増えるタヌキ寝入り

電車とは、気まずい乗り物になってきたなと思う。通勤ラッシュで老いも若きも必死で席を奪い合う様子など電車全体に不快感が満ちている。
座り込んでしまえば、目を閉じる。あとは、単に運ばれているだけの物体になる。

ラッシュに慣れると、周囲に無関心でいるのが楽だと気付く。
お年寄りや子供連れに、気付かないふり。座ってしまえば我先と眠り、念入りに化粧を始め…。
そう、人と人が隣り合わせ、時間を共有しているとは思えない、非社会的な場所になっている。言葉の交わし方さえ忘れがちだ。

JR北陸線で起きた暴行事件は、本当にむごい。犯人の男が嫌がる女性をトイレに連れ込むのを周囲にいた誰も注意したり、通報することができなかったという。
電車が怖い。肩が触れるほど近くに隣り合った人を無視できる世界。それはやがて電車から街へと広まるだろう。これでいいわけがない。まず目を開けよう。そこに社会がある。

この記事に同感だ。オジサンは、独りになれる通勤電車が好きでしたが、もし、事件が起きた時アクションを起こせるだろうか。自信が無い。

先日通勤電車で、年配の方に席を譲った。(当たり前のことだが)

立ち上がって周囲を見回したら、大学生か、予備校生とおぼしき人だらけ、どう見ても、私が一番年上だ。でも誰も席を譲らない。

世間で”老老介護”(高齢者が高齢者を介護すること。つまり、自分自身高齢化した子が、より高齢化した親を介護することを指す。)と言うが、通勤電車内にも、その縮図が現れているのだろう。

嘆かわしい・・・。