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たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

厚労省、偽情報対策の報告書2700頁超を不開示 ワクチン接種促進「世論形成」目的で3年間実施

2024年04月28日 23時33分44秒 | 気になるニュースあれこれ

2024年4月27日則武謙太郎さん

厚労省が接種推進「世論形成」プロジェクトを大手PR会社と実施していた!実施内容は不開示で黒塗り!その理由は・・・【心理カウンセラー則武謙太郎】 (youtube.com)

 

2024年4月24日ヤフーニュース、

厚労省、偽情報対策の報告書2700頁超を不開示 ワクチン接種促進「世論形成」目的で3年間実施(楊井人文) - エキスパート - Yahoo!ニュース

新型コロナワクチンの接種が始まった2021年から3年間、厚生労働省は、接種率向上を目指してメディアや医療系インフルエンサーなどの協力を得て「世論形成」を図るプロジェクトを大手PR会社と実施した。その実施内容の報告書の公開を求めたところ、厚労省はこのほど、ほぼ全面的に不開示とする決定をした。

 調査報道やファクトチェックに取り組むNPOメディア「InFact」が情報公開請求で入手した資料を、4月22日、サイト上で公開した(=InFactのページ

 このプロジェクトでは、マスメディアを政府広報の手段と位置付け、勉強会などを通じ、正しい情報を報道してもらうための広報支援を行う、とされていた。

 同時に、メディアの報道やSNS投稿をモニタリング(監視)し、「非科学的」とみなされる報道が見つかればメディアに申入れをすることも含め、「誤情報等の対処」も行う、とされていた。

 いずれも契約に基づく仕様書で明記されていることだが、厚労省は、サイトやSNSで発信した公開情報以外に、国民の目にみえないところで実際に何をしていたのかを一切明らかにしていない。

不開示理由は「事業の遂行に支障を及ぼす」

 筆者の取材で、厚労省が委託した業者から提出を受けた実施報告書は、2021年2月から2023年9月までの分で合計2782頁に上ることを確認した。

 筆者の開示請求では、報告書の表紙など200頁あまりが開示されたが、大半が黒塗りで、実質不開示だった。残る約2500頁は全部不開示となった。

 不開示とした理由について、厚労省は筆者への通知書で「新型コロナワクチンの接種を安心して受けられるよう国民の理解と信頼が求められる状況において、正確な情報を丁寧に伝えるための広報に関する情報が各所に含まれていることから、公にすることにより、本事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」と説明している。

 ただ、InFactへの通知書では、「当該ワクチンの接種事業に批判的な人々も少なからず存在する中、これを公にすると、これら批判的な人々により、科学的に根拠のない不正確な情報が拡散されたり、厚生労働省の事務に対する妨害行為が行われたりする懸念があり、その結果、国民が接種を受けるかどうか適切に判断する環境が損なわれ、ワクチン忌避の風潮が広まるなど、本事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」と説明していた

 だが、事業の存在自体は隠すことができず、その実施内容を公開しないことでかえって誤解や無用な批判を招く恐れもあり、ほぼ全面的に情報公開を拒む理由としては疑問が残る。

大手PR会社と密接に連携 実施内容は不透明

 厚労省の広報プロジェクトは、2回目の緊急事態宣言が出されている最中、医療従事者に対する先行接種の開始前日にあたる2021年2月16日、大手PR会社であるプラップジャパンとの間で最初の随意契約を締結してスタートしたInFactのサイト)。2022年4月以後は、電通PRコンサルティングが一般競争入札で受注した。

 無料の特例臨時接種が行われていた2024年3月までに大手PR会社に支払われた契約金額は、合計すると約3億7000万円だった。

 InFactが入手した資料によると、厚労省は、大手PR会社に丸投げしていたのではなく、省内に専任スタッフを常駐させ、同省の指示や協議を踏まえて実施するものとされていた。その中には「医療系インフルエンサー」を選定してアドバイザリー契約を結ぶことも含まれていた(詳しくはニュースレターで解説予定)。

 大手PR会社や民間人と連携しているが、国費を投じて行われたこの広報プロジェクトの実施主体はあくまで厚労省であったことがわかる。

 業務終了後の検査で「契約どおり相違ない」と確認した調書はあるが、実際にメディアへの申し入れ等を行っていたかどうかは一切わかっていない。ただ、厚労省がSNS上で具体的に誤情報を指摘して打ち消す、「官製ファクトチェック」を事実上行っていたことも確認されている。

 現在、政府が主体となって行う「偽・誤情報対策」は、明文の法的根拠はないが、コロナ禍の緊急事態宣言下で事実上、行われていたことになる。

 このワクチン広報プロジェクトは、無料接種事業を終了した現在も継続しているが、中身は不明だ。

 政府は、近く閣議決定で、特措法に基づく「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」を改定し、平時から「偽・誤情報」の監視や事業者への対処を行う方針を示している。

国の情報発信のあり方 検証の動きは広がるか

 国民の間で意見の分かれるテーマについて政府が情報発信し、政府が「言論者」として現れる場合は、一般個人の「表現の自由」の保障の問題ではなく、いわゆる「政府言論」の問題とされ、法的あるいは政治的な統制が必要との見解が、複数の憲法学者から示されている(参考=人事院勉強会における曽我部真裕京都大教授のレジュメ)。

 コロナワクチンの特例臨時接種の事業は今年3月末で終了したことを受け、検証する動きも徐々に出てきている。

 先週には、接種勧奨のためあらゆるメディアを使って広報した一方、マイナスの情報は周知されず、被害を広げたとして、ワクチン接種による健康被害と認定を受けた死亡者遺族らが、国の情報発信のあり方を争点にした集団訴訟を提起。一部メディアが詳しく報じた(フジテレビ)。

余ったワクチンは有効期限が残っていても全部廃棄となり、運搬や保管、処分の経費をいれず、購入額ベースで単純計算しただけでも約6600億円相当のワクチンが廃棄されたことも報道された(NHKニュース)。

 ただ、当時は、全ての政党とメディアの全面的な支持により進められた経緯がある。

 現時点で、健康被害救済制度に基づく被害認定は過去のワクチンで最も多い7千人以上(うち、死亡認定561人)に上っているが(厚労省資料)、ほとんど報道されていない。国会でも一部の議員が取り上げるのみにとどまっている。

 今後、情報公開や検証作業が進むかどうかかは、予断を許さない状況だ。」

 

河野太郎デジタル担当大臣が子供と若者に人気のユーチューバーはじめしゃちゃーと対談して、アメリカでコロワクチンを2億回接種して死者はゼロと言った2021年6月24日、医師と地方議員450人がワクチン接種の中止を求めて嘆願書を提出し記者会見を開いていました。

(470) 河野太郎氏とはじめしゃちょー対談動画収録の後ろ側で起きていたこと!医師と議員450人がアレの中止を求めて嘆願書を提出していた!【心理カウンセラー則武謙太郎】 - YouTube

 

 

さらに原口一博議員が確認したところでは、根拠にしたと思われるアメリカCDCの資料に2億回接種して亡くなった人がゼロとは書かれていません。

(470) 河野太郎ワクチン担当大臣「当時「2億回うって亡くなった人は0。※疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention 調べ。)」発言の元資料を調査 - YouTube

 

コロワクチンに警鐘を鳴らす声はほとんど封殺されてきました。誤情報を流し続けてきた国は3年前から正しい情報に対して言論統制をおこなってきています。コロナ対策の使途不明金12兆円は言論統制と誤情報を流しまくることに使われた可能性があります。

さらに言論統制を強めようとしている、おそろしことです。

政府が「誤情報」常時監視 6月にも閣議決定へ 感染症対策の一環で 言論統制の恐れも(楊井人文) - エキスパート - Yahoo!ニュース


母が亡くなった翌年-2013年9月

2024年04月28日 14時52分06秒 | 祈り

「2013年9月27日(金)

朝日カルチャーセンター新宿

レ・ミゼラブルをより楽しむために

 川口竜也さん・𠮷原光夫さん

楽屋が一緒でいつもお喋りしている。

レミゼは3つの音から始まった。エポニーヌの「ひとり~」のシンプルな音に色んなバリエーションが加わってできあがっている。

バルジャンとジャベールはもとは一つ。生き方が違った。

バルジャンにとっての司教とジャベールにとってのバルジャンは重なりあっている。バルジャンにジャベールが許されるバリケードの場面、縄をとかれたジャベールはバルジャンの瞳に神の光をみる。

ジャベールが人間くさくなりこわれていく様子は服にも現れている。だんだんヨレヨレ。

ジャベールの自死に至る場面を演じるのはしんどい。

ジャベールはガブローシュに子供の頃の自分の姿をみている。ガブが討たれて近くに連れていかれた時の反応は演じる人によって異なる。映画ではアドリブでナポレオンからもらった紋章をガブの胸につけるが、舞台の短い時間でガブへの思いを表現するのは難しい。

下水道でバルジャンとジャベールが出会う場面、演じる人に任されているが𠮷原ジャベールは駆け込んでいく、4人それぞれ。

𠮷原さん、ジャベールを演じる日はだれとも喋らない。カンパニーもわかってくれている。逆にバルジャンに戻る時はたくさん喋る。役替わりはきつい。

ガブの討たれる場面がああなった時は本当におどろいた。

𠮷原さん、2011年版のオーディション、レミゼをみたことがなく大劇場にでてみるといわれてアンジョルラスで応募。イケメンぞろいですぐに違うと感じて気づいたらジャベールの列へ。アンジョルラスの歌は歌わないままおわった。イギリス人スタッフはリラックスムード、その後方で日本人スタッフがすごく難しい顔をしてすわっている。どっちの温度にあわせればいいの?

川口さん、ティナルディエで応募、スターズを歌ってみてと言われて歌ったらもういいよと言われたのでダメなのかと思った。ティナルディエの歌はすごく練習していったが全く歌わなかった。

𠮷原さん、2011年、オーディションの段取りが耳に入っておらず、自分が歌い終わったらさっさと出ていってしまってすごく怒られた。

旧演出のレミゼは白黒、アンティーク、暗いと言われたのは照明も小さな劇場で使うようなシンプルで地味なもの、光をかなり落としていた。

ジョン・ケアードのこだわり、シェイクスピアの手法をとりいれている。さすがロイヤルシェイクスピアカンパニー(𠮷原さん)

新演出はカラー。

エピローグ、ファンティーヌとエポニーヌがバルジャンを迎えにきて最後アカペラコーラス、楽器の音を抑えて声を小さくしてひとつひとつを細かくていねいに演じていく。かなりきついが最大の見せ場。「人を愛することは神さまのおそばにいくこと」に全てが集約されている。

プロローグ、バルジャンが市長になって登場するまでの展開が早くてよくわからないのは演出家の意図。最後でああこういうことだったのかと観客がふりかえってくれればいい。

レミゼの中で一生懸命生きていない人はいない。19世紀の話だが今のわたしたちの日常と同じ。だからレミゼは続いている。生きることは毎日が闘い。職場でも他の場でも・・・。

体調、気持ち、お客さんの反応によって演技はちがってくる。

進化しないようにしている。同じことをいかに色あせることなく演じていくか。

人間として成長した姿で11月帝劇にもどってくる。カンパニー、一人一人きっとみんな思っている。

アクシデントもさらけ出してやってきている。最初、バルジャンは吉原さん一人だったので緊張していておぼえていない。ひたすら家と劇場の往復のみ。

川口さん、初日プレビュー、すごくうれしかった。

演じていて自然に涙がでてきてしまうことはある。意図して流すことはない。

ムダはセリフはひとつもない。

音楽がすごくいいので、無理に自分でどっか変えてやろうとせず、のっかっていけばいい。むずかしい楽曲に逆に助けられている。

吉原さん、やりたいのはコゼット、(他にあるとすれば・・・)

バルジャン、エピローグ、早替わりの連続、バタバタ。市長になるところは2分40秒、メイクもよごしをおとしてし直すのでマネージャーに靴をはかせてもらい、衣装をきせてもらわないと間に合わない。

ジャベールはプロローグは余裕がある。

吉原さん、「いやなこといっぱいあるじゃないですか」、子供が電車に乗ってきて2人分の席に3人ですわろうと騒ぐのでひっぱたいた。3人がおりる駅で一緒におりて話をしたら3人ともちゃんと悪いってわかっている。のど飴をあげて別れた。体罰はその前後にある背景も考えるのが大事ではないかと思う。

吉原さんの坊主頭は演出家の意向。

イギリス人と通訳を介しながらコミュニケーションとるのはなかなかむずかしい。細かいニュアンスが伝わらなかったり・・・。

体調管理で気をつけていることは特にない。毎日同じ動線でうごく人もいるが、逆にそうしなかった時になんか失敗するんじゃないかと不安になるので、そういうことはしない。(吉原さん)

 

レミゼ深い。夜は帝劇のジャベールの場面がよみがえったり、色々。死生観、宗教観、学ぶところがたくさんある。エピローグ、バルジャンの旅立ち、前向きに演じてほしいといわれた。死生観のちがい。そこが希望になっているんだな・・・。」

 

「2013年9月30日

アメリカへの旅とレミゼ・チケでなんだかすごくあわただしく過ぎている。

ドライなオートマティックなアメリカ式って日本には合わない。私の感性にも本当になじまなくって辛い。なんか世の中ヘンだよなあ。結局弱い立場の人間がバカみてる場面が多いように私は感じてしまうのだがどうだろう。

自分はどこへ行くべきなのか、結局わからないまま時はどんどん過ぎていく。ヘンなストレスにまみれて私の人生は終わっていくのだろうか。

本を読んで色々考えたい。哲学を勉強したい思いはかなえられるのか。

くやしくってくやしくって涙がにじむ毎日である。」