たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『クリスマス・キャロル』_1994年公演ミュージカルプログラムより

2013年12月07日 15時22分19秒 | ミュージカル・舞台・映画
レミゼの音楽が頭の中で今だぐるぐる回っていたり、場面がよみがえったりしていますが続いたのでまた自分の過去に戻っていこうと思います。


私が更新する時間のない平日も20-30人ぐらい訪問してくださっています。
ありがとうございます。

今週も長い一週間でした。
職場の中は複雑怪奇になっていく一方です。
従業員区分が多岐にわたりすぎていて、派遣社員もパート・アルバイトも入り乱れているし、仕組みがわけわからなくなるばかり。
派遣とはいえそこで働いている以上、振り回されざるを得ません。
また一人年末に若者が職場を去ります。一方で来年の3月にたくさんの方が定年退職を迎えられるそうな。年齢構成の逆ピラミッドは膨らむ一方です。
行きあたりばったりで仕組みをどんどん変えているけれど、どうなっていくんでしょうね。どうしていくんでしょうね。
社員の中でどれぐれいの人が危機感をもっているのだろうかと毎日思いながら仕事しています。
案外自分の居場所を守ることに必死になっている人が多くて全体がみえてなかったりするように私には見えます。わりませんが・・・。これ以上は書けません。


木曜日の紙ごみの日に、自分がこの世にいる間には読むことがなさそうな本を2冊捨てました。それだけでちょっとしたすっきり感。
いろんなモノをため込みすぎました。
がんばりすぎました。
原発事故の後、自分がもし限られた荷物だけで逃げなければならないとしたら何を選ぶだろうと考えました。そう考えると本当に必要なものは少しだけでいいのかもしれません。
まだまだどっさりとモノがあって、主に紙類ですが整理していくには果てしなく時間がかかりそうです。捨てる時には胸いたむものもありますがデジタル化することで気持ちが楽になって捨てられます。

妹とのお別れの後に観たミュージカル『スクルージ』のプログラムとお別れしようと思います。
ずっと大事にもっていましたが、自分の過去とお別れしていくためにもお別れです。


『スクルージ』は小説『クリスマス・キャロル』の主人公。


1994年12月11日-27日、東京芸術劇場上演のプログラムから引用します。
(1995年1月13日-22日、新神戸オリエンタル劇場は阪神淡路大震災より途中、中止となりました。)


「イギリスを代表する小説家チャールズ・ディケンズは、貧しい庶民の出身でした。
大学はおろか小学校さえ満足に通えない時があった彼は、
弁護士事務所の手伝い、速記者、新聞記者を務める傍ら、図書館で本を読み自力で勉強しました。
作品の多くが、貧しい人々や社会のひずみに痛めつけられている弱者への同情と、反対に金持ちや権力をかさにきた人々への痛烈な怒りに満ちているのには、こうした彼の生い立ちが影響を与えています。

そんな特徴がもっともわかりやすく出ている作品のひとつが『クリスマス・キャロル』です。

ディケンズの作品の中でも短い方に属するこの小説は、1843年のクリスマス直前に刊行されるや否や、たちまちベストセラーとなりました。以来、現在まで数えきれぬほど再版され、世界各国語に翻訳されて、劇、映画、テレビ、アニメなど無数のメディアに登場しています。

こうした人気の秘密は、この物語がほとんど誰にでも感動を与える力を持っているところにあります。
たとえば、主人公のスクルージにしても、ケチで血も涙もない冷たい男として登場しますが、どこか憎めないところがある。物語が進むにつれて、同情さえしたくなるところがあります。それは私たち自身の姿です。
だから、最後にスクルージが改心して温かい心を取り戻すと、読者は一緒になって拍手を送りたくなるのです。
人間の中にある良い面と悪い面を全部見抜いていた彼は、それをスクルージという人物に凝縮しています。
この小説の書かれた19世紀中頃のイギリスの社会は、ちょうど今の日本とよく似ています。
誰もがモーレツに加速度で生き、他人を押しのけてでも金を儲け、出世しようとあくせくしている。
万事が金で動く、そんな世知辛い世の中でした。
そこには、生まれながらにやさしい心を持っている人をも、スクルージのようにしてしまう魔力があります。
たとえば私たちもあのバブル景気のさなかに、誰もが少しずつスクルージになっていたのではないでしょうか。

ディケンズはこうした風潮に異を唱えました。スクルージを改心させ、世の中の汚れに染まる前の彼に戻すことによって、人々に忘れたものを思い起こさせたのです。しかし、物語にはそんな説教臭さが露骨に現われていません。
現われる幽霊も陰気なものではなく、光と温かさに満ちています。
人間が空を飛んだり、過去の情景が現われたりという荒唐無稽さに、笑ったり、泣いたりしながら、私たちはごく自然にディケンズのメッセージを受け止めているのです。
人の心を動かし、世の中を変えていくには、説教よりも笑いと涙の方がはるかに強い説得力を持つ。

-それがディケンズがその生涯を通して得た信念でした。『クリスマス・キャロル』は、それを実践した作品なのです。

                   小池滋(東京女子大学教授 イギリス文学専攻)」

(この文章は、1994年発行、劇団ひまわり製作の公演プログラムより引用しています。)


続けてこの頃の自分の日記を書きたいところですが長くなるのでまたあらためます。
よろしかったらまた訪問してください。


写真はドイツのローテンブルクという中世の街並みが残る街のケーテ・ウォルファルトというお店の英語のパンフレットです。
2007年の国家試験合格のご褒美にと、ツアーでしたが秋に訪れました。
1年中クリスマスワールドのお店ですごく楽しかった。あれもこれもとほしくなる所でしたが、がまんしてお香を焚く小さい人形だけを買いました。お別れしていくのが大変だから買い込まなくてほんとによかったと思います。