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たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

劇場での無観客上演に感染予防行動効果はあったのでしょうか

2024年12月10日 12時18分32秒 | ミュージカル・舞台・映画

2024年12月8日東宝公式チャンネル、

(727) 『天保十二年のシェイクスピア』2020年公演DVDより「前口上」 - YouTube

「2020年公演の中止回に無観客で収録した『#天保十二年のシェイクスピア 』木場勝己の、演劇史に残る名口上をお届けします。」

 

 客席に観客のいない劇場でDVD収録のために上演、宝塚では観客のいない劇場でライブ配信及び収録での配信が行われました。バレエなども無観客で収録して配信が行われたようです。西浦博氏がなにもしなければ42万人死ぬとコロナ恐怖を煽り、尾身茂氏の分科会によってやらされたコロナ対策の一つでしたが、果たして感染予防効果はあったのでしょうか。

 2020年緊急事態宣言により中止、日比谷をはじめ劇場が静まり返りました。再開後もPCR検査をして陽性反応者がひとりでもでれば直前になって公演中止を発表するということが繰り返されました。当時俳優の方々が国のコロナ対策に疑問を感じてSNSで発信してもすぐに削除しなければならないような状況でした。人として未熟なコロナ専門家たち?を名乗る医者たちに日本中が支配され異議を唱えるものは非国民であるかのような状況でした。そしてコロナワクチンを接種させられました。

 その結果今日本はどうなっているか、これらの対策にコロナ感染予防効果はあったのでしょうか。これらの対策をしていなかったら42万人死んだのでしょうか。2021年以降日本人の人口が毎年島根県とか福井県とかがまるごとなくなるぐらい減ってきていますがどういうことなのでしょうか。

 NHK党の浜田聡議員がコロナ対策検証委員会を立ち上げるべきだとツィッターで発信しています。メンバーに本当の専門家である宮沢先生、掛谷先生、新田先生をいれて検証していただきたいと思います。アメリカ議会ではファウチ氏がソーシャルディスタンスに根拠がなかったことを白状しています。

 

『天保十二年のシェイクスピア』、あやなちゃん(綾鳳華さん)が出演するので東宝ナビで申し込みました。シェイクスピア劇のあらすじを全部おぼえているわけではないですが物語の展開わかるかしら。井上ひさしさん脚本の舞台をみみるの最初で最後でしょう、あやなちゃんをみるのも最後になると思います。右足をかばい続けてきた左足の股関節も痛むようになってきているし、いつまで歩くことができるかわからないのでとにかく日比谷を無事に往復できればよしとしましょう。そのためには不安定神経症にうちかたねばなりません。それがいちばん大変かもです。

 

 


2012年『エリザベート』心の奥底では死を求めつつその時々で行き着けずにいる姿をしっかりと描き出したい-春野寿美礼さん

2024年12月04日 17時32分58秒 | ミュージカル・舞台・映画

2012年『ルドルフ・ザ・ラスト・キス』必死に生きた人間の姿、その結果のようなものを演じてみたい-井上芳雄さん

2012年『エリザベート』ルドルフの強さが次第に崩れていく様を描き、最終的には希望が残るような演技にしたい-古川雄大さん

 

(2012年『オモシィ・マグ』創刊号より)

「2000年以来上演を重ねてきた東宝ミュージカル『エリザベート』。2012年、この傑作ミュージカルは、新たなキャストを迎えて私たちを楽しませてくれている。

omshimagの特集は、ミュージカル『エリザベート』でスタートする。第1号の特集にふさわしい作品といえるだろう。

まずご登場いただくのは、今年、東宝版に初参加となった春野寿美礼さんだ。10年前、宝塚歌劇団在籍中には、トップスターとして宝塚版のトートを演じた春野さんが、今度はタイトルオールで、再び『エリザベート』に向き合っている。」

 

 

「心の奥底では死を求めつつその時々で行き着けずにいる姿をしっかりと描き出したい

-2002年に宝塚歌劇団の『エリザベート』でトート役をなさったちょうど10年後の今年、エリザベート役を演じられるという巡り合わせですね。トートを演じたことのあるお立場から見るエリザベートとは、どんな存在ですか?

 トートを演じたおきはトップお披露目公演だったため、自分のことで精一杯で、正直なところ、エリザベートについて深く考える余裕はありませんでした。今になって、当時のことをいろいろと思い出し、「トートってエリザベートにとってこういう存在ったんだな」「エリザベートはここでこんな気持ちになっていたんだ」などと気づかされています。

 

-宝塚での公演の前にはウィーンにいらして、作曲のシルヴェスター・リーヴァイさんにもお会いになったのですよね。

 シェーブルン宮殿はとても立派でしたが、どこか閉ざされた雰囲気だと感じました。ドイツの大自然の中を走り回っていた少女があの宮殿で、愛し信じるただひとりの相手であるフランツにすら思うように接してもらえないまま、しきたりや歴史にがんじがらめにあんって暮さなくてはいけなかったのは、本当に孤独なことだったでしょうね。宮殿の一部が現在、アパートになっているのですが、リーヴァイさんはエリザベートの部屋の上に位置する部屋を借りていらして、窓から庭園をご覧になりながら『エリザベート』の曲をお書きになったそうです。その話をうかがい、私も庭やグロリエッタなどの景色を、できるだけ記憶に焼きつけたいと願いながら眺めたことをおぼえています。

 

-今回の制作発表時、「死をもって自由を得るという作品のテーマが興味深い」とおっしゃっていましたが、その興味とはどのようなものでしょう。

 エリザベートが死へと歩み寄って行ったのは、それだけ壮絶な人生を送ったからだと思います。その理由を探りたいなと、育った家族や環境、嫁いだハプスブルク家など、さまざまな関係性をきちんとみつめ、心の奥底では死を求めうつ、その時々で行き着けずにいる彼女の姿をしっかりと描き出したいです。かつて宝塚版でトートを演じたときにはそこまで考えることができませんでしたから、再びというより、新たな気持ちで挑戦したいですね。

 

-立ち稽古前の歌稽古で、既に幾つもの発見がおありだったとか。

 ピアノの伴奏に合わせて歌稽古をしていたとき、歌のメロディーと伴奏とがどう作られ、その二つがどう一緒に進んでいくか、学ぶことができたんです。『エリザベート』は音楽がずっと流れている作品ですが、曲調がどんどん変化していきます。例えば、少女時代の明るい曲調は、木から落ちてトートが現れた途端に妖しい音楽になりますし、舞台が暗い中から明るくなっていったり、白から赤あるいは緑へ変わって行ったりといった照明の変化も、音だけでも見事に表されている。しかも、絶妙な和音でもって表現されているんですよ。

 

‐<私だけに>のイントロなども、印象的な和音ですよね。

 調を変えればその分だけ音の組み合わせができるわけで、半音違うだけで曲の雰囲気は明るくも暗くもなりますが、あくまで個人的な感覚として「あ、この曲にこの調って、ぴったりだな!」と。不協和音を取り入れていながら、柔らかさも持っているんですよね。エリザベートの気持ちのみを頭で考えて追いかけるのではなく、そうした音など、周りの空気を理解し感じることで、自然に世界が広がる気がします。

 

‐ミュージカルに出演される際は、常にそういうふうに音楽面を研究なさるのですか?

 オリジナル・ミュージカルだったり日本初演であったりする場合は、稽古の段階でそこまでできないことも多いです。今回は再演を重ねている作品だけに資料が揃っていますから、すごく助けられていますね。

 

‐宝塚歌劇団退団時、歌を中心とする活動をとおっしゃっていましたが、今、歌と演技の関係をどうとらえていらっしゃいますか?

 退団後は歌がもう少しできるようになりたくて、そちらを中心に活動してきました。少しずつではありますが、自分が求める歌に近づいてきているかなという感触があって、この時点でミュージカルとして演じながら歌ったらどうかな?という気持ちで挑戦しています。ですから、自分の中ですべてつながっているんです。

 

-『マルグリット』にしろ『ファニー・ガール』にしろ、今回の『エリザベート』にしろ、陰影の深いヒロインを演じていらっしゃいますね。

 確かにマルグリットやエリザベートは極端かもしれません。でも誰であれ、たとえ周囲からはそう見えなかったとしても、本人の中では浮き沈みがありますよね。置かれた立場・状況が違うだけで、感情には通じるものがある。だからこそ私にも共感でき、演じたいと思う氏、ご覧になる方も好きだと感じていただけるのではないでしょうか。

 

-なるほど。改めて、現段階で、どのようなエリザベート像が出来上がりそうですか?

 すぐに決め込むのではなく、共演者の方々と空気を合わせ、どんな化学反応が起きるか、時間をかけながら丁寧に作りたいです。どのようになったかは、お客様に直接ご確認いただけたらうれしいですね。ただ、最終的に向う場所が死ですから、破滅的な激しさだったり、あるいは繊細さだったり、そういう複雑な部分が、自ずと滲み出るように演じられたらと思っています。」

 

 

 

 

 

 

 

 


久しぶりに笑いました

2024年11月26日 18時24分58秒 | ミュージカル・舞台・映画

2024年11月23日(土・祝日)

清史郎君初のファンイベント

無事に辿り着けるだろうかとずっと緊張していましたが駅の外に出たら会場となる建物がみえました。帰り着いてから股関節、足先、腰に痛みがきているのは辛いですがトアラセットは一日一錠しかのまないという決意のもとまだ買い物に出ることができています。こじんまりとした会場であったかい空間、配信も楽しいですが直接顔を合わせることはやはり大切だと感じました。コロナ騒動の時から会員向けの配信でファンイベントをやりたいと言っていた清史郎君の思いがようやく実りました。一人で仕切って歌って即興芝居やってクイズだしてタップダンス披露してグッズ紹介まで一時間半があっという間でした。一日に3回公演。すごいエネルギー。子役時代に一日で映画の舞台挨拶で大阪から北海道に飛行機で飛び、関東に戻って夜はスタジアムでレミゼの歌唱披露に参加したりとか驚くようなスケジュールがありましたがほんとにタフ。3回とも参加された方もいるようです。

目の前に清史郎君いて、終演後は写真撮影。振り返るとすごく恥ずかしいですがその場ではすごくなじめていて楽しいひとときでした。男性もいたし年齢層もまちまち。もう眉毛かくだけでなにも塗らないし、こんなきたないばあさんがツーショット写真は申し訳ないと思っていましたが杖使っているので開演前スタッフさんに写真撮影最後でもいいですか?ときかれ、終わると最初でもいいですか?ときかれ、女性スタッフが荷物持って案内してくれたので流れに任せました。衝立の中にスペースが用意されていて、清史郎君がありがとうございますって言ってくれて一緒に写真撮れたの嘘みたいです。スマホのフォルダ、誰かにみせるわけでも見られるわけでもなく自分ひとりの思い出。あの世へいくときのお土産。会場内、写真と動画の撮影がOKになっていることを把握できていませんでした。みなさんがスマホで撮っていて知りました。最後にSNSへの投稿は絶対NGとの念押しがありました。

回ごとのミュージカル曲、2部は『ニュージーズ』より「サンタフェ」でした。一幕の終り、足の悪いクラッチが捕まって感化院送りとなり、仲間たちからクラッチを見捨てて逃げたと誤解を受けて孤独なジャックが自分の住まいの屋上で歌う先日観劇したばかりの場面が頭の中に蘇ってきました。憧れのサンタフェに行きたいけれど仲間たちを捨ててはいけないという揺れ惑い。英語のメロディラインを日本語の歌詞で歌うのはすごく難しいだろうし、心身共に凄まじいエネルギーが求められる歌。自分で司会もやっていたので何度も水を飲んでいました。喉を潤しながら心身を整えないと歌えませんね。日生劇場の舞台では、ジャックを心配していたデイヴィ清史郎君が歌ってくれたジャックの「サンタフェ」。『レ・ミゼラブル』のガブローシュからミュージカルに出演してきている清史郎君の芝居の力、歌の力を目の前で感じることができました。わたしは残念ながら観ていませんが、3回共通で歌われた『ビーモアチル』の「バスルームのマイケル」も苦しい心情を歌っていて難しい歌だと思いました。3部では『モーツァルト』の「僕こそ音楽」を歌ってくれたみたいで聴いてみたかったですね。同じ頃近くのドトールで足を休めるべくコーヒーとお菓子をいただきながら本を読んでいました。苦悩する役が似合う役者さんっていいですね。

ガレージに置かれていたタップシューズを舞台上ではいてクリスマスソングにのってタップダンスを披露してくれたのも貴重でした。タップダンスを始めたのは『ニュージーズ』初演がきっかけという話も。出演が決まった時どうやらタップがあるらしいということでまだロンドンに留学中、わけわからないまま練習を始めたということでした。振り付けは鯨井未呼斗君がしてくれたそうです。一部に鯨井君と新井智貴君が来ていたみたいで、ニュージーズたち、歳が近くて仲良しな様子がおばさんは嬉しいです。10代の終りから20代にかけて出会った絆って永遠だと思います。清史郎君はじめ若い彼らにとって夢と希望がもてる社会であってほしいと願うばかりの毎日を過ごしています。

即興芝居のコーナーも自分でカチンコならしながら、目の前で場面のスィッチが切り替わる様は見事でした。事前に寄せられたお題から三つ、劇場に入ったら隣の女性とカップルみたいにみえる時、夜の居酒屋で酔っ払いながら夢を語る時、カフェで彼女にあーんする時だったかな。

清史郎君にまつわるクイズコーナーでは最初から間違えてしまい早々と離脱。7問目までの間にこれが正解だとわかるものもありましたがあとは見守りました。最後まで正解した女性は舞台にあがって清史郎君とチェキでツーショット、その場でサインをかいてもらってプレゼント。みんなであたたかい拍手を送りました。

最初の質問コーナーではたまたま続けて阪神タイガースにまつわる内容。わたしは残念ながらついていけませんでしたが清史郎君の阪神愛を間近で感じることができました。グッズのタオルは壮大に阪神のロゴぱくりだし、深い阪神愛。

 

公演時間がおした上に写真タイムもあり、ほとんど休憩時間なかったと思いますが自撮り棒で撮った集合写真、清史郎君自身がとっても嬉しそうな表情でなにより。個人的には以前暮していた住まいの最寄り駅すぐ近くのラーメン屋さんに清史郎君が雑誌に紹介した時の写真がいまも貼ってあることに3年前気づいて、〇〇駅近くのラーメン屋さんに今も清史郎君の写真貼ってありますよと伝えられました。急がなければならないときに一瞬時間もらってしまいました。ありがとうございました。

来月はみりおちゃんのファンイベントで清史郎君とゆんがゲスト出演する日にまた渋谷。カタカナ名の施設どこかと思ったら旧渋谷公会堂。30年近く前に行ったことありますが忘れました。迷路となった渋谷駅内出口までの行き方と施設までの行き方をまた検索してメモらねばなりません。今回なんとか行けたので無事に行けるだろうとは思います。

 

 

写真では伝わりきりませんが可愛いお花がロビーを彩っていました。出してくれた方々ありがとうございます。

 


1995年ミュージカル『回転木馬』-『回転木馬』の幕が開くまで

2024年11月18日 14時19分20秒 | ミュージカル・舞台・映画

1995年ミュージカル『回転木馬』-「MISTER SNOWのリプライズ」

(1995年帝国劇場公演プログラムより)

「萩尾瞳(映画・演劇評論家)

-ロンドンで甦った90年代の『回転木馬』-

 1992年12月10日、ロンドンの『回転木馬』初日。

 クリスマスを控え、イルミネーションの輝きと人波で華やぐロンドンの街。なかでも、テムズ河畔にあるロイヤル・ナショナルシアター(NT)は、この夜とびきり華やかな興奮に包まれていた。興奮の渦の中心は、NTに3つある劇場の中で2番目に大きい劇場、リトルトン。そう、『回転木馬』初日の幕が開いたのだ。オーバーチュアに盛り込まれた工場のシーンに観客は鮮烈な衝撃を受け、その直後、まさに弾けるといった感じで登場する回転木馬のシーンでは劇場を揺るがすような拍手が沸き起こる。リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインの名作が、ニコラス・ハイトナーの演出とサー・ケネス・マクミランの振付によって、ほぼ半世紀の時を経て鮮やかに甦ったのだ。プログラムによると、この作品は、NTのクラシック・ミュージカル・リバイバル・シリーズの第一弾。なるほど、演出、振り付けはもちろん、美術にボブ・クロウリー、照明にポール・パイアントといった一流スタッフが揃っているのを見れば、この作品にどれほど才能と力が注がれたかが分かる。この夜以来、劇場は連日満員。やがて、この作品は、93年度ローレンス・オリヴィエ賞をリバイバル・ミュージカル作品賞、ミュージカル演出賞など4部門を受賞する。

 

-ロンドンからニューヨーク、そして東京へ―

 NTの『回転木馬』は素晴らしい。そんな評判が、あっというまに世界中のミュージカル関係者の間を駆け巡った。初日から3か月が過ぎた93年3月、東宝のプロデューサー、古川清はリトルトンの観客席にいた。94年に再演する『レ・ミゼラブル』のキャストについて打ち合わせるためロンドンを訪れた彼は、当然のごとく『ミス・サイゴン』の演出家ニコラス・ハイトナーの評判の新作『回転木馬』を見に来たのだった。ただし、この時点では日本上演の可能性を調べるという意図は、全然なかった。「ところが、舞台の素晴らしさに圧倒されましてね。古い作品だし、映画の『回転木馬』(55年製作)の印象が良くなかったので、あまり期待してなかったのに。なんと、名作が見事に甦っているうえ、サー・ケネスが振り付けたバレエの美しさときたら。ミュージカルにクラシック・バレエのシーンが盛り込まれているのではなく、バレエがストーリーに完璧に融け込んでいる。ボブ・クロウリーの美術も新鮮でしたし」と、驚き、感動し、「ぜひ、これを日本でやりたい」と即座に思い定めてしまった。

 キャメロン・マッキントッシュの強い勧めもあり、それから数か月間、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』に続き『回転木馬』でも共同プロデューサーに入ることになる田口豪孝ら関係者が、次々とNTを訪れ『回転木馬』を観劇、それぞれが作品に魅了されて帰国した。そして、93年11月、最終的にGOサインが出る。劇場は帝劇、プレビューを含む公演期間が95年5月から9月までの5か月というロングランが決定。日本版『回転木馬』の芽生えであった。

 東宝の内部では『回転木馬』公演のこまごまとした準備が進んでいた。その頃、ロンドンの『回転木馬』はNTでの公演をいったん終え、93年9月10日にウエストエンドのシャフツベリー劇場で改めて初日を迎えていた。レパートリー・システムのNTでは、ひとつの作品がロングランすることはない。だから、NTで評判になった作品がウエストエンドの劇場に場所を移して続演されることも多い。『回転木馬』の場合、NTのプロダクションに多大な援助を与えているプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュによって、シャフツベリー劇場で上演されることになったのだった。きらめく星空に木馬をあしらったネオンで外壁を飾ったこの劇場で、『回転木馬』は約1年続演し94年8月末に幕を降ろした。

 『回転木馬』ブロードウェイ公演は、ウエストエンドより半年後にスタートした。94年3月24日、リンカーン・センターのヴィヴィアン・ポーモント劇場で初日を開けた『回転木馬』は、この劇場の半円形の舞台によく似合い、もとより作品の素晴らしさのおかげで大ヒット。同年のトニー賞リバイバル作品賞、演出賞、振付賞など5部門を受賞する。ここでの公演は、95年1月15日までロングランした。

 

-世界3都市でオーディション-

 ロンドン、ニューヨークの『回転木馬』が連日満員を記録している頃、東京では帝劇公演を目指してオーデォションが始まっていた。第一次オーディションは94年3月から4月にかけて、第二次が同年6月、第三次は同年10月後半と、当初の予定よりオーディション期間は長引き、審査員が会った人数も回数も予想をはるかに越えた。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』を手がけ、オーディションにはすっかり慣れているはずの東宝だったが、『回転木馬』のオーディションは予想以上に難航した。もっとも、歌や演技が中心のプリンシパルについては、ほとんど問題はなかった。これまでの実績からオーディション・システムが浸透していたからである。大変だったのは、バレエ・ダンサーのオーディションだった。サー・ケネス・マクミランの振付は、一見バレエの心得のあるダンサーなら踊れそうだけれど、実はかなりのバレエ技術の持ち主でなければ踊れない難しいもの。当然、アンサンブルのダンサーのオーディションは大変だった。けれど、もっと難航したのは2幕に長いバレエ・シーンのあるルイーズとフェアグランド・ボーイのダンサーである。「最初からプリマ級をねらってました。まずは、国内のバレエ団に声をかけたのですが、バレエ界は思ったより閉鎖的で、所属しているダンサーは貸してくれないんですよ。ルイーズはせりふがあるからやっぱり日本人じゃないとまずいので、外国で活躍している日本人に結局ねらいをつけて。一方、フェアグランド・ボーイはせりふがないから国籍は問わず、ただし日本の舞台に立つのは法律的にクリアできればいい、ということで」バレエ・ダンサー探しを進めた。従って、オーディションは東京だけでは済まず、ニューヨークやロンドンでも行われた。スコティッシュ・バレエ団でプリマを踊る下村由理恵や、コロラド・バレエ団のプリンシパル・ダンサー宮内真理子などは、こうしてカンパニーに参加することとなった。日本の『回転木馬』はすべての役がダブル・キャスト。もちろん、ルイーズ役もフェアグランド・ボーイ役もダブル・キャストのはずだった。ところが、2役は、ロンドンでもニューヨークでもダブル・キャストになっている。バレエにテクニックとエネルギーを出し尽くすため、連続して出演するのは無理なのだ。あちらより1週間の公演数が多い日本では、この2役についてはダブル・キャストのもう1人加え、トリプルという3人体制を取ることになった。

 世界3都市に渡る長期のオーディションを経て、ついに全キャストが決定した。94年11月14日、『回転木馬』の製作及びキャストの発表。出演者全員の笑顔の奥には、これから始まる稽古への闘志がすでに燃えていた。『回転木馬』カンパニーは、スタート・ラインについたのだ。

 

-訳詞の手直し、小道具や衣装、すべてに細心-

 ミュージカルの舞台を作るには、実にもう膨大な時間と手間と人材とお金がかかる。オーディションが進行していく一方で、台本の翻訳や訳詞の作業も着々と進んでいた。翻訳の酒井洋子はせりふを滑らかで耳に入りやすく、しかも明確な日本語に移すことに腐心し、訳詞の岩谷時子は、元の意味をできるだけ正確になぞりながら、しかもメロディに乗る日本語の歌詞にするため、言葉を探していた。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』の訳詞をこなしてきた岩谷は、この『回転木馬』でも同じ苦労を強いられた。まず、一つの音符には一つの音しか入れないという原則を守ること。そうすると、一つのメロディで伝えられる情報は、英語に比べて日本語ではグンと減ってしまう。この情報量をできるだけ減らさないようにしながら、元の歌詞のニュアンスを捕らえ、また聞いただけで意味が理解でき、しかも、アクセントがメロディに反さず歌いやすく耳に心地よい訳詞を作る。はっきり言って、不可能な作業。それでも、不可能を可能にすべく、彼女はいくつもいくつも訳詞を書く。音楽監督と相談し、キャストに歌ってもらっては、直していく。英国側スタッフと話し合った結果、ニュアンスが違うからと、また手直しする。今回、歌詞は全て日本語に移すことに決まった。音符3つに「I Love You」とそのまま英語で入れれば簡単でも、そんな逃げはなし。けれど、五か所だけ、とうとう日本語にできない歌詞があった。『六月みんな弾ける』のナンバーの一部である。3つの音符に乗った「June June June」は、掛け声的な性格と弾むような語感を生かすため、結局そのまま歌うことになったのだ。

 小道具や衣装の準備は、95年に入ると急速に進んだ。一番苦労した小道具は、以外にも木馬である。これだけは94年から準備を進めている。木馬なんかいくらでもありそうなものだが、なかなかピッタリのものがないのだ。油圧で上下する木馬のシステム自体は、日本の技術者にとってはなんてこともない。ところが、あの精悍な顔つき、筋肉しっかりのスタイルは、日本の木馬とは微妙に違うらしい。とうとう英国から買うか、という語になった。そこへ、リンカーン・センターの『回転木馬』が1月に終わるという情報が入ってきた。タイミングもいい、と、木馬をはじめとするこまごまとした道具や衣装は、リンカーン・センターから買うことになった。

 95年1月、スタッフはニューヨークに飛び、さまざまな道具や衣装を買い込んで来た。道具のなかには、木馬はもちろん、古びてSINGERの文字がかすれたミシンやペンキがはげかけた椅子から、種の袋なんてものまである。種の袋は、それらしい模様と飾り文字がついた素朴な紙袋で、いかにも40年代のアメリカ、ニュー・イングランド地方で売られていたものに見える。客席からは見えない細かい部分まで、全てがきちんと作られているのだ。買って来た道具は、全部が日本の舞台で2度目のお務めをするわけではない。この道具を参考に、日本で作り直すものもずいぶんあるのだ。衣装も、リンカーン・センターで使ったすべてが、2月には日本に到着した。ただし、これも参考にするだけ。第一、サイズが合わない。到着した衣装は、日本側の衣装スタッフの手で見る間にバラバラにされてしまった。微妙なラインの出し方や各部のはぎ方などを、衣装をバラしながらチェックするのである。4月には、英国側から衣装補のクリスティーヌ・ローランドが加わり、日本側の衣装スーパーバイザー黒須はな子が腕を奮って、日本人キャストに合わせた舞台衣装が次々と出来上がってきた。

 

-基礎訓練から舞台稽古まで-

 出演者の稽古は、製作発表の直後、94年11月に早くも始まった。とはいえ、この頃は「スクール」と称する基礎訓練。週に一度、原則的には水曜日に、この訓練は行われた。発生、肉体訓練、バレエの基礎演習、といった内容だ。歌がメインで選ばれたプリンシパル、バレエで選ばれたメイン・キャストは、まあ、さほど苦労せずにすんだよう。大変だったのは、歌で選ばれたダンサー・シンガーと、ダンスで選ばれたシンガー・ダンサーで構成されたアンサンブル。それぞれのグループの歌とダンスのレベルを揃え、より高いレベルに持って行く必要があるのだから。「特にバレエ・ダンサーの人たちは、最初とまどったようです。バレエって、声を出すのはタブーでしょう。まず声を出すことから始め、徐々に、歌うのって気持ちいいね、と思えるように持っていく。でも、さすが表現する人たち、物理的にはついていけなくても表現したい気持ちはあふれるほどある。だから、いったん歌えだすと、伸びがすごい」と、音楽監督の山口シュウ也は言う。

 スクール最後のカリキュラムは『回転木馬』のナンバーの練習だった。1週間ほどの特訓の成果は、3月17日の『回転木馬 帝劇上演記念グランドコンサート』で披露された。これは、3月18日からの『回転木馬』の前売り開始を記念して帝劇で開かれたもの。無料だったけれど、葉書で応募して抽選で入場券がもらえるというシステムだったため、一人で何枚も葉書を出すファンも多く、東京地区以外からの応募も多かった。『もしもあなたを愛したら』で始まり『人生ひとりではない』で終わったコンサートは、早く公演を見たいという気持ちをかき立てるに十分なものだった。

 4月に入り、ロンドンから演出補のマシュウ・ホワイト、振付補のジェーン・エリオット、音楽監督のマーティン・イェーツらもやって来た。いよいよ稽古は本格化。たくさんある帝劇の稽古場のうち、一番大きな9F稽古場ではダンスが、もっと小さなB6稽古場ではお芝居が、さらに小さなB4稽古場では歌が、といった具合に分業で稽古が進行する。4月も後半になると、午前中から午後にかけては分業で、午後か夕方には全員が9F稽古場に集まって場面ごとの稽古をするというスケジュールが基本になった。『回転木馬』の時代や舞台背景については、それ以前にカンパニー全員が勉強済み。その勉強のために、たとえば「ニュー・イングランドの歴史と産業」と題した参考資料を作ったのは演出部のメンバーだった。

 面白いのは、出演者それぞれが自分の役に肉付けし膨らませていくエクササイズ。舞台の上では呼ばなくても、アンサンブルの全員にニュー・イングランドふうの名前が付いているのだ。名付け親は演出家のマシュウ。日本人には、どんな名前がニュー・イングランドふうなのか、なんて、よく分からないからだ。そして、それぞれの人物には、年齢や仕事や生い立ちなどのキャラクターづけがされる。たとえば、エラは陽気なミセスといったように、さらには誰と誰が家族で、誰と誰が仲良しでといった人間関係も作り上げていく。「浜辺のはまぐりピクニックのシーンひとつとっても、誰と誰は不倫をしているとか、新しい恋人探しが目的で参加しているといった人間模様があるわけ。細部までていねいに作っているので、よく見れば見るほど面白いですよ」と、演出助手の増田邦彦は言う。

 9F稽古場には、真っ青な回り舞台が入っている。ただの青ではない。『回転木馬』のテーマ・カラー「インディゴ・ブルー」である。その舞台で、4月下旬、初めて『ジューン・ダンス』が通して踊られた。見た目よりはるかに難しいこのダンスでは、思わぬケガ人が続出している。それほどダンサーたちが苦労しているだけあって、さすがに素晴らしいシーンだ。華やかさと迫力に、見ている人々は呆然とし、次の瞬間は拍手が起きる。他の日、初めてルイーズとフェアグランド・ボーイのバレエが通される。渡辺美咲と森田健太郎のコンビだ。サー・ケネスの振付の美しさに、バレエを見ている人々は瞳にうっすら涙さえ浮かべるほど感動している。

 4月28日。帝劇で上演されていた『サウンド・オブ・ミュージック』の千穐楽。マチネのラク公演が終わるのを待ちかねたように、夕方から道具が撤去され始めた。徹夜の撤去の後は『回転木馬』の舞台作りが始まる。美術も美しく新鮮なら、それをより際立たせる照明もまた美しい『回転木馬』だけれど、それだけに装置や照明器具は贅沢に凝っているのだ。たとえば、最近使われ始めたバリライト。ちょっとゴージャスなコンサートでも2、3機程度で済ませるこの高価なバリライトを、『回転木馬』ではなんと20機も使っている。それを備え付けるだけでも大仕事。観客席からは見えない部分にこそ、実は最も労力とお金がかかっているわけだ。

 5月1日。初めて1幕、2幕を通し稽古。プレビュー初日まで、残り20日を切った。カンパニー全体に、ほどよい緊張感がみなぎる。後は、細部をていねいに練り上げていくだけだ。

 

-プレビュー、そして初日の幕が開く-

 5月19日、プレビュー初日。帝劇は、この日を待ちかねた観客で埋まった。この日のジュリとビリーは鈴木ほのかと宮川浩で、日によってキャストの組み合わせは変わる。満席の客席が期待と興奮でざわめくなか、オーヴァーチュアが鳴り響く。劇場の空気に緊張が走り、次の瞬間には観客はもう舞台の虜だ。舞台上が一瞬にして回転木馬の回る遊園地に変わるや、どっと拍手が沸く。2幕目になると、客席のあちこちで涙を拭う姿が目立ち、鼻をすする音が聞こえる。この夜、出演者たちは少々あがり気味ながら見事な舞台を見せ、カーテンコールでは盛大な拍手を受けた。ここからスタートしたプレビューの客席には、時に海外からの劇場関係者の姿も見受けられた。たとえば5月26日には米国からロジャーズ&ハマーシュタイン・オーガニゼーション社長のセオドア・S・チャピン氏が来日して観劇、「初めて日本語の『回転木馬』を見ました。日本語の分からない私も、とても感動しました。素晴らしい舞台にしてくれて、ありがとう」という言葉を残している。

 6月2日。この夜の観客には予期せぬプレゼントがあった。カーテンコールに一人の米国人女性が現われたのだ。彼女はメアリー・ロジャーズ・ゲッテル。この作品の作曲家・リチャード・ロジャーズのお嬢さんで、いまは名門ジュリアード音楽院の理事長を務めている。『回転木馬』については「50年前のブロードウェイ初演を14歳の時に見ました。それまでも父の作品は見ていたけれど、初めて初日を見せてもらったのがこれなので、とりわけ感慨深い作品です。その夜、ちちは背中にケガをして担架で劇場に運ばれて来たため客席には座れませんでした。でも、客席から聞こえて来る大きな拍手の音で成功したのが分かったそうです」という思い出がある。思わぬ人の登場にどよめく客席に向かって、彼女は「こんなに素晴らしい舞台を見たのは初めてです。亡き父がこの舞台を見たら喜んだことでしょう。カーテンコールのときに回転木馬が回るのは、日本のオリジナル演出ですが、とても素敵でした。俳優さんたちの歌も演技も素晴らしかった」と挨拶、割れるような拍手を受けた。その後、舞台裏で出演者に囲まれ、父の作品が日本で甦るのを、ワクワクしながら拝見しました。日本語は分からないけれど、とても感動しました」と語った彼女の言葉に、カンパニー全員は自分たちの仕事に改めて自信と誇りを持ったのだった。こんな出来事もあったプレビューの日を重ね、舞台はグングンと磨かれてきた。

 そして、6月26日。ついに初日の幕が開いた。各界の有名人の観客も多く、華やかななかにも静かな興奮と緊張が支配するこの夜の客席には、オリジナル演出のニコラス・ハイトナーの姿もあった。パリのシャトレ劇場で演出したヤナチェク作のオペラ『利口な女狐の物語』の初日を開けたばかりで、『キング・ジョージの狂気』に続く監督2作目『るつぼ』のクランク・インを控えた多忙なスケジュールのなか、ロンドンから飛んで来たのである。終始、嬉しげに舞台を見つめていた彼は、幕が降りた途端こう叫んだのだった。”They did a great job!“(素晴らしい出来だ!)

「日本人キャストの表現はナチュラルで、しかもパッションを感じさせて、とても素敵です。歌のスタイルは、日本人の場合、欧米とは違ってビブラートの幅が大きいという特徴がありますが、歌そのものは、文句なしに素晴らしい。バレエも技術的に優れていて、もちろん美しいし。日本のカンパニーは実に感動的な舞台を作ってくれました」と、手放しの褒めよう。それからも毎日、毎日、劇場では素敵な奇跡が起こり続けている。」

 


『ニュージーズ』-2024年10月16日

2024年11月11日 12時31分37秒 | ミュージカル・舞台・映画

美 少年・岩崎大昇、主演ミュージカル『ニュージーズ』開幕に「時は来た」

NEWSIES JAPAN 2024 Official Trailer【舞台映像Ver.】

 2024年10月16日(水)18時~日生劇場『ニュージーズ』

 激しく体がだるかったですが杖に頼りながらなんとか無事に観劇することができました。客席、圧倒的に若い女性が多かったですがおじさん、おばさんもちらほらみかけたし、優しい雰囲気で特に居心地悪いということはありませんでした。きっと主演の岩崎大昇君がきっと優しいからファンも優しいのかなと思いました。日生劇場2階ロビーの椅子、ちょっと食べるためにもう腰がちがちなのでドスンと座ったら長椅子が倒れそうになってびっくり、危なかったです。こんなに軽かったのですね、次回から気をつけます。

 

 主演の岩崎大昇君、オーディション?小池修一郎先生の抜擢?ごめんなさい、キャストが発表された時名前を認識できず全く期待していなかったのですがミュージカル向きの素晴らしい舞台役者だと思います。体つきがしっかりしていて、歌がうまいし、ダンスではアンサンブルキャストをひっぱってガンガン踊っていて、なによりボロの衣装着ていても真ん中に立つ人だけが持ちうる華があると感じました。星風まどかちゃんが宝塚退団後も変わらずキラキラプリンセス。3年前の京本大我君と咲妃みゆちゃんの並びも素敵でしたが、大将君とまどかちゃんの並びが想像を上回るキラキラプリンスとキラキラプリンセス感満載声の相性もよくて息ぴったりでした。大将君、遠くない将来、ヴォルフガングをやれませんかね、やってほしい、やれる舞台役者に成長していってほしいです。

 星風まどかちゃん、宝塚の退団公演はチケット入手できなかったので、昨年9月の『鴛鴦歌合戦』『GRAND MIRAGE!』以来でした。素では金髪から見事な黒髪へとなりましたが、舞台上の金髪ロングヘアの似合いぶりはさすがです。衣装はゆうみちゃんから引き継いだもの?同じデザインであらたに仕立てたもの?どの衣装もよく似合っていて変わらずキラキラプリンセス。2幕最初のタップダンス、3年前ゆうみちゃんが頑張っていましたがまどかちゃんも相当お稽古したのでしょう。ダンスのプロたちに囲まれて女性一人、テーブルの上で踊るの緊張するだろうし、そろってタップを踏むところは男性と筋肉ちがうので相当大変だろうと想像します。お見事でした。ソロの歌、日本語の歌詞で歌うにはすごく難しいメロディラインだと思いますが歌詞がきれいにききとれて、無理に高い声を出す必要がなくなったので地声が生きてきたとうことでしょうか。宝塚とは全く別物だろうと思いますが素敵にうたいこなしていました。退団後の初舞台として上場の船出。楽しそうにやっていたのが何より。加藤清史郎君と一緒に舞台に立っているのが不思議でした。子どもルドルフ仲間なんですよね。

  初演から続投の加藤清史郎君、3年と顔つきが変りました。もちろんこの3年の間に出演した舞台を観てきているし、ドラマも会員向け配信も視聴していますが、同じ役を演じているのをみると年月を感じました。役者として、生きるということの経験が積み重なった顔つき。3年前より主演のジャック役と実年齢が近くなり、どこがどうとかは言えませんが関係性が少し変わったように見えました。主演した『未來少年コナン』が大きいでしょうか。どんどん味のある役者に成長中。宝塚でいえば二番手スターのようなポジションの役。クラッチが感化院に送られてしまったあと姿を消したジャックにかわって舞台を支え、再会したジャックに寄り添い、ジャックがストライクを煽動するとジャックを立てながらニュージーズたちを支えと、親なし子たちの間で家族のため新聞を売る清史郎君のディヴィ、どう役を生きるかむずかしいところだと思います。清史郎君、舞台職人。岩崎大将君、星風まどかちゃんと一緒の場面が多くて、初演の時一緒だった京本大我君、ゆうみちゃんとの絆が続いていることにあらためて納得。タップダンスを今回もがんばっていました。舞台の上では披露する場面ありませんが実はバック転もアクロバットもできる身体能力の高さ。プロのダンサーたちと共に朝の日比谷公園第二歌壇があったところにつくられた芝生広場でアクロバットをやっている動画をインスタグラムにあげてくれました。福岡公演では博多座の『モーツァルト』チームにも差し入れをするという心づかい。振り返れば『エリザベート』から『LUPIN』まで、芸歴長いので知り合い、お世話になった方々がたくさんいますね。

 

あちこちの劇場、ホールが建て替えやら修繕やら。日生劇場はいつまでこの佇まいのままであるでしょうか。このままでいられる社会であってほしい。

 


2012年『ルドルフ・ザ・ラスト・キス』必死に生きた人間の姿、その結果のようなものを演じてみたい-井上芳雄さん

2024年11月10日 20時19分48秒 | ミュージカル・舞台・映画

2012年『エリザベート』ルドルフの強さが次第に崩れていく様を描き、最終的には希望が残るような演技にしたい-古川雄大さん

 

(2012年『オモシィ・マグ』創刊号より)

「-井上さんは今公演のベースとなる、デヴィッド・ルヴォー演出のウィーン・ヴァージョンをご覧になっているそうですね。

 2009年にウィーンで観ています。ルヴォー版のルドルフは、最初から心身ともに病んでいる感じで、酒場に行ってはお酒を飲み、娼婦たちと遊んだりと、自分の人生を憂いている印象を強く受けました。一方で革新的な新聞に反体制を謳った記事を書いたり、時代の大きな変わり目に、世の中をもっと良くしたいと思って行動する。でも結局失敗して、窮地に追い込まれてしまう。そういう意味では、アウトローに近いイメージもありますね。全体的にルヴォーさんは僕たちが日本初演でやったアプローチとはまったく違う方法で作品を成立させていて、観ていてすごく説得力がありました。

 

-12年前に『エリザベート』のルドルフ役でデビューされた井上さんは、今回の公演中に、この作品で描かれるルドルフと同じ33歳になられるとか?

 不思議な縁を感じますよね。あらためてルドルフと向き合うと、『エリザベート』の頃や前回の『ルドルフ』の時よりも、結構、退廃的でダメな部分を持った人だというのが分かってきて。そのダメさ、人間としての弱さに、今はむしろ魅力を感じるんですよ。生まれながらに皇太子として、自分が果たすべき役目は理解しつつ、一個人としての満たされない想いと戦った。結局、何もなし得なかったけれど、彼は自分なりに人生をまっとうしたし、やりたいことを貫いたと僕は思うんです。

 

-運命や時代に翻弄されるという意味では、5月に『負傷者16人-SIXTEEN WOUNDED』で演じられたパレスチナ人のテロリスト・マフムードもそうでしたね。久々にストレートプレイをやられて、いかがでしたか?

 得るものがたくさんありました。ただパレスチナ・イスラエル問題という題材の難しさもあるのか、正直、幕が開いてからも自分では手応えがあまり感じられなくて、劇評で「抑制が利いた熱演」と書かれているのを見た時、抑制というからには、たんに自分がやりたいように演じている風には見えていないのだと思って、少しほっとしました。

 

-マフムードを演じたことで、ご自身の中で変化はありましたか。

 すごくありますね。”抑制”というのも、その一つかなと思います。これまで僕は、自分の感情がどう動くかを、役を演じるための重要な価値基準にしていたんですね。だから役を自分に置き換えて考えることが多かったのですが、マフムードを演じて、それだけでは通用しないと気づいた。パレスチナ人のテロリストの心情というのは、状況があまりにも複雑なだけに、自分一人で想像したところで追いつかないんです。同時に、いろいろな役を演じる中で、感情をさらけ出すのも素敵だけど、それぞれの作品、役が必要とするものも伝えることができて初めて、お客様の前に出せる表現になるのだと思い始めた。今は、自分の感情にもう一つフィルターを通すというか、表現を届けるためのハードルをきちんとクリアしたものをお見せしたいという気持ちがあります。

 

-感じることが、ますます面白くなったと

 そうですね。あとはさすがに、少し大人になったのかな・・・自分で言うのもどうかと思いますけど。

 

 -「いろいろな役」と言えば、映画『宇宙兄弟』の真壁ケンジ役は、まさにピッタリでしたね。

 よくそう言われるんですよ。うれしい反面『普段のままだね』と言われたりすると、僕の苦労は伝わらないんだなと。まあ、伝わらない方がいいんですけど、映画の撮影は結構大変でしたね。舞台と映画では、声の出し方からしてまったく違うので。でも番宣などで、主人公の兄弟を演じた小栗旬君や岡田将生君と話すと、みんなそれぞれに苦労したと言うんです。それはきっと森義隆監督も同じで、僕と同世代で大きな映画を初めて撮るにあたっては、ものすごいプレッシャーの中で戦っていらしたんだなと。小栗君だってそう。ミュージカルの世界にいると帝劇の主演とか、一人でプレッシャーと戦っているような気がしたりするけれど、違う場所にはもっと大きなプレッシャーを感じている人がいる。自分はまだまだ甘いなと思えるので、違う世界に行くのは大事だし、必要なんですね。

 

-最後に、あらためてルドルフという役の魅力とは?

 ルヴォーの言葉を借りれば、すべての役の要素をルドルフは持っているんですよね。僕も『ハムレット』と『ロミオとジュリエット』を足して2で割ったような役だなと感じます。背負っているものがあまりに大きくて、常に悩みの中にいるし、少年のように純粋でまっすぐなところもある。同時にこの作品の中にも「こんな世の中にしたい、みんなで立ち上がろう」と自分の想いを伝える歌があるように、素晴らしいリーダーとしての一面もある。そして、その根底には愛して欲しいという、満たされない思いがずっと貫かれている。本当にいろいろな顔を持っているのがルドルフの面白さですね。今回は演出に脚本、歌詞もすべて変わるので、再演ではなく新作だと思っています。必死に生きた人間の姿、その結果のようなものを演じてみたいですね。

 

『ルドルフ・ザ・ラスト・キス』

2012年7月5日~29日帝国劇場

原作:フレデリック・モートン著「A Nervous Splendor」

「ルドルフ・ザ・ラスト・キス」(集英社文庫刊)

音楽:フランク・ワイルドホーン

脚本・歌詞:ジャック・マーフィ

追加歌詞:ナン・ナイトン

脚色:フランク・ワイルドホーン&フィービー・ホワン

原案:フランク・ワイルドホーン&スティーブン・キューデン

演出:デヴィッド・ルヴォー

出演:井上芳雄 和音美桜 一路真輝 村井國夫他」

 

『Rudolf THE LAST KISS』(4)

『Rudolf THE LAST KISS』(3)

『Rudolf THE LAST KISS』(2)

『Rudolf THE LAST KISS』


1995年ミュージカル『回転木馬』-「MISTER SNOWのリプライズ」

2024年11月03日 12時32分39秒 | ミュージカル・舞台・映画

1995年ミュージカル『回転木馬』-「六月みんな弾ける」

(1995年帝国劇場公演プログラムより)

「MISTER SNOWのリプライズ

 MISTER SNOW(REPRISE)

詩・曲;リチャード・ロジャース&オスカー・ハマースタイン
 訳詞;岩谷時子

娘たち 教会で皆ざわめくわ

    あなたが 通る時

    微笑みたいけど

    あなたは夢中で

    何も見えないでしょう

    オレンジの花 胸で揺れ

    ひざまづくのよ 神の前

    金の指輪 はめてもらうの

    これで ふたりは ひとつよ

キャリー 結婚の日 ミスター・スノウ

娘たち 素晴らしい日

キャリー 花は ミツバチでかこまれ

娘たち 教会の木で 鳥唄う

キャリー 結婚の日 ミスター・スノウ

娘たち ハイホー

キャリー ふたり 家へ向う

娘たち お米を まこう

キャリー あたしたち 夢見る瞳

     馬車は走るの 風の中

     浜辺のわが家へ

娘たち おふたりさん

キャリー 彼は あたしを抱いて

     子羊よ あたし

     ゆかに降ろしたら

     言うわ 優しく

 (台詞)”さあ、ミスター・スノウ、

     あたしはここよ!”

 (歌)

スノウ そして口付けを

キャリー ミスター・スノウ!

娘たち ミスター・スノウ!

スノウ なにもかも 

       うまく行くのだ

    僕と暮らす 浜辺の家

    潮風の家

    愛するミス・ピパリッジ

    僕は変えよう

    ミス・ピパリッジ

    君の名を

   ミセス・イノック・スノウ」    


さようなら帝国劇場

2024年10月31日 00時35分53秒 | ミュージカル・舞台・映画

(511) 帝国劇場 劇場&バックステージツアー「帝劇への誘い」 - YouTube

 帝国劇場の最後を飾るコンサートの詳細が発表されました。高額なチケット代も高額転売防止のための入手方法もわたしには無理で、9月11日(水)の『モーツァルト』が最後となりました。建て替えが終わって再開される頃日比谷を往復できるだけの自分でいられるとは思えず、財布が尽きれば死ぬしかないのだろうと思うので本当に最後だったと思います。そもそもその頃、日々壊れているこの日本が一見平和なままで続いているでしょうか。高額なチケット代、急激な円安と物価高騰で建設費が当初の見積もりより跳ね上がっていることもあるのではないでしょうか。それは今回のような日本の行く末を左右する衆議院議員選挙にも半分は投票にいかず自民党政権にやりたい放題やらせてきたわたしたちが招いた結果でもあると思います。東宝の上半期決算、大型ミュージカルのチケットが完売しても収益はきびしかったようです。著作権料、輸入資材、海外スタッフへの報酬も跳ね上がっているのでは。コンサートでは海外ミュージカルの曲を多く歌うだろうし、キャストへの報酬、建て替え費用などなどこれぐらいに設定しないと成立しないのかもしれません。

 

 はじめて観劇したのは1992年『ミス・サイゴン』初演だったと思います。残念ながらプログラムを購入しませんでしたが、市村正親さんのエンジニアが衝撃だったし、キムを演じた本田美奈子さんの「命をあげよう」が今も体に残っています。帝国劇場を訪れるたび、美奈子さんの魂が息づき見守ってくれているように感じます。今は神田沙也加ちゃんも一緒。多くのお星さまになった方々の魂が宿る空間。何十回訪れたのか数えることはできませんが数々の思い出があります。幸せなひとときを過ごし、心のエネルギーをたくさんいただきました。最後の最後まで結局2階のカフェに入ることはできませんでしたが変形性膝関節症末期と診断され痛み止めと杖ないと歩けない身で無事往復することができました。

 

 近年東京に新しくオープンした劇場は、日本がどんどんおかしくなってきていることを反映してか評判のよくないことが多いです。建て替え後の帝国劇場も、重厚感と贅沢感を味わえる非日常的な空間であると同時にわたしのような高いチケット代をだせない者も受け入れてくれる空間であってほしいと思います。

 

 ありがとうございました。コンサートの配信があるようだし、閉館までに外観をみる機会はまだありますが劇場内に入ることはもうありません。紫色の絨毯と扉の写真を撮ってくればよかったかな。仕事終わりの汗だくでかけつけた『レ・ミゼラブル』ではお手洗いに入った私が席に到着するのを待って客電を消したくれたことを忘れません。思い出は尽きませんがお別れです。さようなら帝国劇場、ありがとうございました。

 

「『マイ・フェア・レディ』から『回転木馬』まで(9)

ミュージカル『ミス・サイゴン』-日本公演30年史パネル展

なつかしの本田美奈子さん

 

 

 

 


舞台『未来少年コナン』-配信映像を視聴

2024年10月14日 19時17分46秒 | ミュージカル・舞台・映画

舞台『未来少年コナン』-2024年6月15日

 今もなおパレスチナ・ガザ地区の子どもたちが殺され続けていて、世界をリードしてきてはずの西欧諸国は止めようとしない。イスラエルにはその様子を丘から眺めるツアーがあるそうです。ワイン飲みながら空爆されるのを楽しむんだそうです。この現実の狂った世界のことを考えつつ視聴。戦争で超磁力兵器を使ったことで地殻の大変動が起こり滅んだ世界。モノ言えなくなった弱い立場の民たちに銃を向けて恐怖で支配しようとするレプカ。暗い地下で暮す下級市民たち、食べるのはプラスチックでつくられたパンとスープ、本物が食べらるのは地上に暮らす上級市民たち、得点が上がれば上級市民になれるので得点を稼ぐために人々は必死に労働する。敵役ですが争いを繰返す人の愚かさを知り、現実にわたしたちを取り巻く狂った世界を体現しているという意味で敵役であるレプカに共感。配信だと表情が大きくぬかれているので、演じる今井朋彦さんの説得力がより半端ない。最後にコナンとレプカが対決する場面、原作アニメのギガントの巨大な空間を三角形の鏡二つを移動させてその上でコナンとレプカが動き、二人の台詞から実際にそこにはない空間を観客に想像させる、観客を信じて極度に抽象化した演出。ダンサーさんたちの動きと加藤清史郎君、今井朋彦さんの力で説得力のある場面に仕上がっていることにふるえます。2日目に観劇したときにはドライアイスがたかれていましたが客席前方にかなりただよったからか、なくなりました。レプカもコナンも落下したところから、生き延びたたコナンとラナが再会、なにもない舞台に二人が静かに登場して後ろ向きに歩き、背中合わせから再会を喜びあうまで台詞のない時間、そしてゆっくりとした動きでダイス船長とモンスリーの結婚式となり、全員が舞台に登場して大団円。最初に地殻の大変動で地球が滅んだことを表現した割れたテーブルをコナンとラナが再びくっつけてテーブルクロスをかけたのはラナのおじさんとおばさん。祝宴をあげて幕。

のはで劇場で観劇した時には感じませんでしたが『レ・ミゼラブル』なみに暗い舞台だったのだとわかりました。照明の美しさでラナの赤いワンピースとセットの植物の南国色が映えています。

2幕はじめの砂漠の場面、歩けなくなったラナをコナンが優しく膝枕しているところとラオ博士が二人を助けるところ、下手から観劇したせいか、暗いなかでちゃんとみえていなかったような気がします。ラナを二度ともさらっていったのはダイス船長だったという流れが十分にわかっていなかったような気がします。細かいところを再確認。

1幕終りのラナがコナンを助ける水中シーンはコナンもラナもダンサーが演じていますね。さすがにワイヤーでつられながら二人がやるのは無理だったでしょう。美しいコナンとラナの歌声、袖で加藤清史郎君と影山優佳ちゃんが歌っていたとのこと。声の相性もよくてラナが影山優佳ちゃんで本当によかった。カーテンコールで優佳ちゃんの清史郎君の髪に落ちたひらひらのひとかけらを載せてそれがまた落ちてしまって笑っている二人が微笑ましい。ホリプロさんに有能なプロデューサーがいらっしゃるのか。素晴らしいキャスティング。コナンとジムシーが出会う場面のトカゲのダンスがのりのり、かぶりものでここまで踊れる身体能力と表現力、素晴らしいです。

ジムシーの成河(ソンハ)さんの身体能力、表現力、歌、清史郎君と親子ぐらいちがうのに友だちとして存在しているのはさすがです。ラナのおじさんとおばさんの家でおいしそうに食事する場面に、開演前、東京芸術劇場地下のカフェでいただいたコラボメニューのパンとスープの美味しさがよみがえります。本物のパンとスープが食べられる幸せをかみしめています。このまま自公政権が続けば遠からず食べられなくなる日がやってくるという危機感をもっています。だから投票にいきましょうと思いながら視聴している配信映像。

 

 

 

 


美 少年・岩崎大昇、主演ミュージカル『ニュージーズ』開幕に「時は来た」

2024年10月11日 01時34分47秒 | ミュージカル・舞台・映画

2024年10月9日マイナビニュース

美 少年・岩崎大昇、主演ミュージカル『ニュージーズ』開幕に「時は来た」 | マイナビニュース (mynavi.jp)