【筆洗】:「鎮西八郎為朝御宿(ちんぜいはちろうためともおんやど)」。…
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【筆洗】:「鎮西八郎為朝御宿(ちんぜいはちろうためともおんやど)」。…
「鎮西八郎為朝御宿(ちんぜいはちろうためともおんやど)」。アワビの貝殻にそう書いて、戸口につるしておく。「わが家には源為朝のような大豪傑が泊まっているんだから入ってきてはならない」。疫病神へのおどし文句なのだろう。四国地方に伝わる魔除(まよ)けだそうだ
▼殻の硬さや祝いのノシに使われる縁起の良さも関係あるのか、かつてアワビの殻は魔除けによく使われた。大阪では風邪の流行時、殻に「子ども留守」と書き、つるしたという。風邪に対し「子どもはいないので入ってきても無駄よ」という意味だろう
▼病除けにネズミ除け、ヘビ除け、家庭円満。かつての「効用」を聞けば昔から日本人はアワビをずいぶんと頼りにしていたか
▼今度はアワビを疫病神から守る「鎮西八郎為朝」が必要なのだろう。メガイアワビ、クロアワビ、マダカアワビ。日本で採取される三種類のアワビが生き物の絶滅危険度を評価した国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに入った
▼三段階のランク中二番目に深刻なレベルで「近いうち野生種は絶滅の危険が高い」。わが身には縁のない高級食材なれど、そう聞けば心もとない
▼乱獲や密漁、気候変動がアワビを苦しめている疫病神らしい。退治に挑みたい。「磯のアワビの片思い」。昔からかなわぬ恋のたとえとなる、アワビだが、このままでは縄文期からの味を失い、恋しさに悩み続けることになるかもしれぬ。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【筆洗】 2022年12月13日 07:05:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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