【けいざい百景】:「残酷ならざる改革」は可能か? 問われる公的年金の持続性
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【けいざい百景】:「残酷ならざる改革」は可能か? 問われる公的年金の持続性
年金改革の行方に関心が高まっている。少子高齢化の加速で現役世代の負担感は増し、経済成長などの要因にも左右される将来への不安も募る。社会を支える礎としての公的年金と社会保障制度。持続可能性を高めながら「残酷ならざる改革」を行うことはできるのか。関係者を取材した。(経済部 上仲保順)<button class="sc-1gjvus9-0 cZwVg" data-cl-params="_cl_vmodule:detail;_cl_link:zoom;" data-cl_cl_index="26"></button>
◆現役世代に危機感
「現役世代の社会保険料負担は右肩上がり。ストップをかけなければ一段と厳しい状況になる」。6月29日の東京・永田町。経済界や学者の有志らでつくる「令和国民会議(令和臨調)」が参院選を前に開いた対話集会で、日本維新の会の吉村洋文代表はこう切り出し、「社保料の負担は年収350万円なら事業主負担分と合わせて年100万円、年収800万円なら年240万円にもなる」と力を込めた。
国民民主党の玉木雄一郎代表も社保料抑制に言及。「手取りを増やす」とのキャッチフレーズを繰り返し、所得税の非課税枠拡大を主張するとともに、75歳以上の窓口負担を原則1割から2割に引き上げるなど「能力に応じた負担」も求めた。
物価高で実質所得が伸び悩む現役世代の不満を代弁するような両氏の訴えは一定の支持を集め、7月20日投開票の参院選では維新が改選6議席を上回る7議席を獲得。国民民主は17議席を得て、改選4議席から4倍超と党勢を拡大させた。
◆貧困者を減らす仕組み

ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)の岡崎一恵氏=7月29日、東京・虎ノ門【時事通信社】
公的年金のうち、最も加入者が多いのは会社員が加入する厚生年金だ。月額報酬に18.3%を掛け合わせた額を社員個人と会社が折半する社保料で支えられており、その負担額は賃金に比例する。
一方、原則65歳に達すると亡くなるまで続く給付は、平均賃金が低かった人ほど当時の賃金相当額に占める年金額の割合を示す「所得代替率」が高い。受給額は国民全員が加入する定額の「基礎年金」(1階部分)と、収入や支払いの多寡が反映される「厚生年金」(2階部分)の合計だが、経済格差是正のための「所得再分配」機能も組み込まれている。
ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)の岡崎一恵氏はこうした仕組みになった背景について、「1961年に国民皆保険が始まって以降、『負担は能力に応じて、給付は必要に応じて』を基本原則に、貧困者をなくすことが理念とされたため」と説明する。
それだけに、「所得が比較的高い人が現役期と落差の小さい生活を送れるようにするには、個人型確定拠出年金(イデコ)やNISA(少額投資非課税制度)のような税優遇制度を用いるなどして資産形成をしておく必要がある」と指摘する。
現役世代が高齢者への給付を賄う「賦課方式」も特徴の一つ。社会全体で支えることにより「子どもは家業を継ぐのが当然」といった風潮が廃れ、「若者の生き方の選択肢が広がった」側面もあるという。
◆「肩車型」はミスリーディングか

第一生命経済研究所の重原正明研究理事=7月22日、東京・有楽町【時事通信社】
近年、「公的年金も民間の個人年金と同様の積み立て方式にすべきだ」との意見が台頭している。岡崎氏は、給付を大幅に削減すれば、特に身寄りのない高齢者らにとって残酷な改革となりかねないと指摘。現行の給付水準を維持しながら積み立て方式に移行しても、現役世代の負担は倍増し、「社会的混乱は避けられない」とみる。
厚生労働省は昨年、今後の経済成長率が過去と同様だった場合、2040年の給付水準は1割減ると試算した。1970年には65歳以上の高齢者1人を13.1人が支える「おみこし型」だった社会保障制度。2020年には2.6人が支える「騎馬戦型」、40年には1.8人で支える「肩車型」になるとの解説が、「年金の将来は絶望的」とのイメージに拍車を掛ける。
これには懐疑論もある。年金コンサルティングを手掛けるオフィス・リベルタス(東京)が「年齢にかかわらず、1人の就業者が何人の非就業者を支えるか」という視点で試算し直したところ、就業者1人当たりの非就業者の数は1970年には1.05人、2020年には0.89人、40年でも0.96人と大きく変わらなかったという。
会社員の定年引き上げや女性・高齢者の労働参加拡大など社会構造が変化するためで、実際、政府の調査によると、24年の就労者数は6781万人と、過去10年間で410万人増えた。
第一生命経済研究所の重原正明研究理事は、年金の先行きについて「厚労省試算でも、高い経済成長率が実現するシナリオでは給付水準が維持できるとされている」とし、「成長率向上が給付水準維持のカギを握る」と強調する。
一方、「1人の就業者が何人の非就業者を支えるか」という見方に関しては、「女性や高齢者の就業は確かに増えたが、短時間労働で所得水準も比較的低い場合が少なくない」と指摘。保険料も低くなるため、「昭和に多かった『モーレツ社員』と最近の新規労働者を『同じ1人』とみなすことには留意が必要だ」と話す。
◆「超改革」で給付水準維持も

経団連夏季フォーラムで講演する大和総研の熊谷亮丸副理事長=7月24日、長野県軽井沢町【時事通信社】
経団連は7月24日、長野県軽井沢町で開いた恒例の夏季フォーラムに大和総研の熊谷亮丸副理事長を招き、「経済成長と社会保障改革、財政健全化を三位一体で進める改革」を議論した。熊谷氏は講演で、経済成長や制度改革の進展などに応じて複数のシナリオを示しつつ、高齢者や女性、外国人の一層の活躍、企業の成長分野への投資拡大などが必要になると訴えた。
熊谷氏は、高い経済成長とともに、厚生年金への加入義務がない週20時間以内の労働者への対象拡大、医療技術の高度化による医療費給付抑制などの「超改革シナリオ」が実現すれば、「40年度の名目GDP(国内総生産)を1000兆円に高め、年金給付を現行以上の水準に保つことはできる」と語った。
ただ、そのハードルは高い。先の参院選で、維新は「医療費年4兆円の削減」を掲げて高齢者や医療機関に理解を求めた。国民民主は財政出動を伴う政策を一つ採用するごとに二つなくす「ワン・イン・ツー・アウト」の歳出改革ルールを提案した。それでも「財政健全化の姿勢はまだまだ不十分」(経団連幹部)。経済成長と財政健全化の両立は長年にわたる政治の課題だ。
また、2070年に人口の約1割に達するとされる外国人は、労働や社会保険の担い手として期待されているが、排外主義的な主張も存在感を増す。家庭や職場のジェンダーギャップ解消や、性別にかかわらず労働を通じて自己実現を目指す価値観の一段の浸透も不可欠。われわれ一人ひとりの意識改革が併せて問われると言えそうだ。
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元稿:時事通信社 JIJI.COM 主要ニュース 経済 【金融・財政・年金問題】 2025年08月10日 09:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。