【社説②・08.01】:日本文学の人気 世界へ共感を広げたい
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説②・08.01】:日本文学の人気 世界へ共感を広げたい
優れたミステリー・犯罪小説に贈られる英国の「ダガー賞」の翻訳部門に、作家王谷晶さんの「ババヤガの夜」が選ばれた。日本の作品は初めての受賞となる。
日本の現代文学が権威ある欧米の文学賞を相次いで受賞し、存在感を増している。アニメやゲームだけでなく、日本の文芸への関心が国境を越えて広がることを期待したい。
受賞作は、日本の裏社会を舞台に暴力団会長の一人娘と護衛を務める女性の物語をつづる。過激な暴力表現を伴いつつ、漫画のような描写力や独創性が評価された。
王谷さんは「リアルな暴力があふれている世界では、フィクションの暴力は生きていけない」と受賞スピーチ。世界の平和があってこそという訴えも、多くの人に響いただろう。
同賞の最終候補には、柚木麻子さんの小説「BUTTER(バター)」も入り、受賞を小差で競った。首都圏連続不審死事件をモチーフにした作で、英国内の売り上げは40万部以上。数々の文学賞を受け、旋風を起こしている。
いずれも、男性が作り上げた社会や価値観にあらがう女性たちが、抑圧から逃れようと犯す「罪」を通じて旧態依然の構造をあぶりだす。女性同士の連帯の在り方や固定的な性役割への疑問など、現代的な問題意識への共感がある、と識者は指摘する。
昨年、韓国のハン・ガンさんがノーベル文学賞を受け、アジアの作家に注目が集まっている。日本小説の人気は20年近く続き、英国では昨年、翻訳小説の売り上げ上位40作のうち17作を占めた。今年も、多くのノーベル賞作家を生む「国際ブッカー賞」で、川上弘美さんの作品が最終候補となった。
日本文学の評価が高まる背景には、作品の世界観を理解し、表現できる翻訳家の育成環境が整ってきたことがある。
文化庁は2011年から、翻訳家育成のコンクールを始めた。今回の王谷さん、柚木さん両作品の訳者はいずれも最優秀賞の受賞者だ。こうした支援に加え、海外に比べて低い翻訳家の地位向上にも目を向ける必要があろう。
英語だけでなく、多様な言語への翻訳も重要だ。世界で対立や分断が深まる中、文化を介した相互理解と対話を広げていきたい。
一方、国内では、読書離れや町の書店の減少が叫ばれて久しい。小説や詩歌、古典など幅広い日本文学の魅力を見直し、読者を増やす取り組みも欠かせない。
元稿:京都新聞社 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年08月01日 16:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。