よみびとしらず。

あいどんのう。

指の皮

2017-12-06 11:45:18 | 散文(ぶん)
親指の皮がつるつるとむけだした。二層三層五層とむけて、なかから親指姫が現れた。むけた皮はつるつるとした親指姫のしもべとなった。
親指姫はたいへんにわがままで、そのたびにしもべは右往左往した。親指姫は自由に動けるしもべがうらやましくてたまらなかった。つるつるとしたしもべは雨風にさらされかちかちになったが、よく働いた。

ある日、親指姫はこう言った。
「私にも自由に動く権利があります。この忌々しい足の根元を切りとってしまいなさい」
しもべは答えた。
「姫様、それはなりません。そこを断ってしまえば、姫様は生き長らえることができません」
「何故なのです。何故私は自由に動けないのですか」
「そこにいることで、姫様はいつまでも変わらぬ美しさを保っています。我々のように、かさかさになることもぼろぼろになることもないのです。姫様の足は我々が担います。どうか姫様はいまのままの姫様でいてください」
「どうして…どうして…私もしもべと一緒に動きたいのに。あそびたいのに」

親指姫は両手で顔をおおいはらはらと泣いた。涙で濡れた親指姫は甘い花のごとくかぐわしく、その匂いに誘われて一匹の蛇がやってきた。蛇は親指姫に目をつけると、そのままぱくりと飲み込んでしまった。それをみたしもべは激昂し、蛇のくちのなかへと飛び込んだ。
蛇の胃のなかでしもべは暴れに暴れまわり、たまらなくなった蛇はしもべと親指姫を吐き出して、一目散に逃げていった。
蛇の体液とからみあい、親指姫としもべはまたひとつの親指になった。わたしはそれを拾うと病院で縫合してもらい、親指は元の親指となった。

いまでもたまに指の皮はむけるが、もう親指姫は現れない。

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