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リョウコちゃんに連れられて学校帰りに神無さんの家へ行くことになった。神無さんは占い師と予言者のあいだぐらいのひとで、見た目もおばさんとおばあさんのあいだぐらいの少しふくよかな色白の女性で全体的によく分からないひとだった。
わたしが神無さんに会うことになった理由は、わたしとリョウコちゃんがようやく会うことができたから、らしい。
わたしとリョウコちゃんは、二回目にして二階の二組でクラスメイトとなった . . . 本文を読む
風に触れたあなたの不透明な柔肌に
かすかなぬくもりはうやむやな膜となり私を包む
包まれた私の心は自由を奪われあなたにくぎ付けとなるも
自由を求める私の体はあなたに口づけを
お別れの言葉もないまま背をむけた
その背に生えた翼ひろげて私は風に舞う
あなたを忘れた先にある自由のために
そんな自由など欲しくはないと
私の一部は私から離れた
不完全な私は完全に飛ぶことはできなくて
私は少しずつ落ちていく
落 . . . 本文を読む
探す必要のないものを
探すことにした理由は魚自身にも分からずに
別になくてもいいはずのものを
そうであるはずなのに
魚はどうしても諦めることができなかった
その気持ちにすら気づかないまま
(気づ(つ)きたくないから)
すべては暗やみに包まれて
胸に秘めた桃源郷もいまは昔
その場所がかつてか今かも曖昧なまま
水の流れる音すら聞こえずに
ただ泳ぐ魚はひとり姿もないまま
暗やみのなか
やがて星光る夜へと . . . 本文を読む
照らし出されたテラリウムに迷いこんだ魚は
自分の居場所はここではないと知りながら
その美しさに心奪われて終の住処(すみか)とした
テラリウムの住民は突然の魚に戸惑うも
その心根の素直さに心打たれて魚を受け入れた
ただ光だけは認めずに
魚の住むテラリウムはテラリウムに非ずと
光は翳り(かげり)闇のなかへ
テラリウムの美しさを胸にひめた魚は
闇の彼方へと泳ぎだす
そこがどんな暗闇であろうともはや関係 . . . 本文を読む
カタカタ音が鳴っている
カタカタ、過多、過多
ここは余剰に満ちている
水も炎も日も暗闇も
すべては余分にありすぎて
必要なものですらガラクタに
過多、過多、カタカタ
震えて眠る
必要なものさえ肩身なく
息をするのも苦しくて
カタカタ、過多、過多
ガラガラ落ちたら
いきつくさきは海の底
そして人魚はガラクタひろう
カタラ、ガラクタ、タカラの在処 . . . 本文を読む
どんなにぬくもりを与えても
あたたまることのない瞳の奥は
誰ひとり立ち入ることのない
こんこんと湧きいづる清らかな泉
その泉のあまりの青さに距離をおき
あなたは涙から遠ざかる
鬼に怯えた幼児(おさなご)は
涙に怯える夜を越え
濡れることのない悲しみは
水を焦がれて雨をよび
窓ガラス鳴らす誰かの涙雨
かわいた顔に降る雨に
涙の真似事をさせたあなたの身体は
確実に老いていき指先は軋む(きしむ)
鬼に打 . . . 本文を読む
晴れているのに雷とともに雨を連れてきた男がいた。
いい迷惑だとみんながさんざん文句をいったら、雨の男はめそめそと泣き出した。「雨だけじゃ飽きたらず涙まで流してやがる。全くじめじめしていて鬱陶しいことこのうえないぜ」雨の男は何にも言わないから、みんな言いたい放題だった。あたしはよく分からないけど男が連れてきた雨も男が流す涙もとても綺麗にみえた。男の涙をぬぐうためにハンカチを取り出したけど、渡すのに少 . . . 本文を読む
星の帽子をかぶっている男がいた。
その男は大層物腰やわらかく、帽子をかぶるのがとても上手で角のたたぬよう、星の帽子はまるでベレー帽のような美しい半円をえがき男の頭上におさまっていた。大層物腰のやわらかい男は大変礼儀正しい男でもあったので、私と対面したときにはきちんと帽子をはずしてきちんとお辞儀した。男の頭から離れた星の帽子は星としての本分を思い出したのか、男の手のうちでピンと五角に張りだした。
. . . 本文を読む
天使が月を指し示す頃
ウサギはヘビに焦がれるも
龍に阻まれ逢瀬は能わず
ウサギは東で月を待つ
ウサギの一部は西へと飛び立ち
日を追いかけてトリとなる
日暮れて悲しく思えども
また昇る朝日に歓喜する
天使信じぬヒトはみな
空舞う天使を知らぬまま
月の異変も知らぬまま
空のぼる月をみる余暇もなく
夜風にうつむき帰路に着く
鏡のなかで天使は悪魔のほほえみを
月のない夜にあらわれた天使は
月のある . . . 本文を読む
海のない町で出会ったものは送り主不明のラブレター
それをくわえたツバメは西を目指して飛んでいく
詩(うた)のない港で行き倒れた旅人は
港町に住む女性の温かなスープに救われた
大豆畑を耕す農夫のふしくれだった指先は
生まれたての赤子の肌にこわごわと触れて
そのやわらかな命に涙をおとす
雨の降らない砂漠のヘビは
海の青さも肌のぬくもりも知らぬまま
ギョロリとした目で世界を見つめる
やがておりてくる夜の . . . 本文を読む
キョウのいる場所にはなにがある?
たいてい狂喜するほどのことなんて起こらずに
そんななかわずかな狂気は確かにあって
それでもそれは強行されぬままうちに秘め
キョウの都はいつまでも
キョウの居場所を確保する
強烈ななにかを求めることはなく
いますべきことを協議して
行儀良く過ごす日々のこと
門前の小僧は習わぬ経を歌うようによむ
桔梗が風に揺れている
きれいな花を君に贈ろう . . . 本文を読む
なんかなんかなんか
お前なんか
私なんか
自分なんか なんであろうか
なんであろうと構わないはずなのに
なんであるかに囚われて
なんかであろうと必死になって
なんかであることを否定する
もういっそ南下して青い海を目指してしまえ
そうしてたどり着いた海に叫んで
なんかなんかは忘れてしまえ
海に捨てそこなったなんかだけは大切にして
なんかなんかじゃないという否定なんか気にもせずに
なんか好きに . . . 本文を読む
からだの内側でもえる炎に水をくべれば
炎はさらに燃え上がり
からだはますます渇きをおぼえる
目を閉じてみえる暗闇は夜と同じ黒色で
その黒をまとう猫は暗闇を抜け出し夜を越えて朝日を目指した
それでも海から向こうへは渡れずに
黒猫の瞳にうつされた逆さまの朝日は
誰かを捕らえたまま離さない
朝日をみた黒猫が眠る頃
その瞳の奥で誰かが泣いている
いつかみた景色のなかにある記憶は瞳へと宿り
わたしたちは . . . 本文を読む
悲しみでつまっているはずのものなのに
世界はこんなにも美しい
光と影は豊かな色彩を織りなし柔らかな風に触れ
人びとは喜びに満ちた歌をうたう
胸に孤独を抱きつつ
抱かれた孤独は常に迷い子の
ほんとうの居場所には帰れずに
寄り添われた胸の奥に寄り添いながら
誰も知ることのない涙をながす
光はひとりの人間の内側に留めておけるはずもなく
声を経て舞を舞い呼吸とともに外へと放たれる
誰もがそうして光を放 . . . 本文を読む