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淡く降る雨 傘のした
世界はやわらかく色づきはじめて
入口の向かう側では鈴虫が一斉に鳴いていた
薄墨色に染まる木立は
影と形の仕切りなく
ただ静かに雨を受けいれ
すべては解け合いひとつとなった
交差してなお一筋の道を目指して
道は光となり天に昇り
泣いていた誰かの頬をやさしく照らす
水のぬくもり
あたたかき血潮
巡りめぐるものに包まれて
この手の平に触れる先のありかを
いつかまたお会い . . . 本文を読む
雨まとい身を隠し
水音にまぎれて本音をこぼれ落つ
かつてみた故郷は遠ざかり
夢のなかでも再会は果たせず
誰も知ることのない思いを抱えてひとり
幾度もの夜を繰り返す
夜明けに希望は重ならず
誰もが知っている胸の痛みを
本当は誰も知るすべもなく
ただ堪えて震えて 時を待つ
鈍感になることで身を守り
たとえ見えない傷が増えようとも
傷口からあふれる涙に気づくこともなく
ただひたすらに明日だけを睨みつけて . . . 本文を読む
ヘビとウサギは絡まれて
蛙はヘビに睨まれた
ウサギはワルツを踊ることもなくただ堪える
ウサギの怒りをとかねばと
ネズミは根を駆け龍起こす
龍の咆哮(ほうこう)に地は震え
木にとまる鳥は飛びたった
キツネは鏡のなかひとり
夜の闇包まれて心を忍ぶ
タヌキ狸寝入りもせず勇敢に
飛んだ鳥あと追いかけて木に化けた
化けた木に飛んだ鳥のとまる頃
雨は降りだしてヘビは去る
蛙はその場から動けずに
雨に濡れる頬濡 . . . 本文を読む
たとえ血の雨が降ろうとも
あの日教わった戦い方に刃は伴わない
落ちた涙雨はたおやかに
渇いた大地は湿り気をおび
緑は少しずつ色を変えていく
腹のなか廻るおもいは混濁なれども
いつの日かあの空へと放たれて
灰色の雲の重なりからは
透明な雫があふれだす
空にあるはずのあの明星は
胸の痛みのすぐそばに
たとえ夜の闇に終わりなくとも
また始まりの朝が私を迎える
ぐるぐる酔いどれ目眩き
赤き明星は . . . 本文を読む
トンボ飛ぶ
僕だから
秋の空
バッタも負けじと
カタカタと
空を舞う
草のなか
夜鳴く姿なく
誰かさんは誰かさんへと
チンチロリン
暑すぎた夏に出番なく
いざ出陣と猛る蚊に
蚊取り線香 虫の息 . . . 本文を読む
とあるところに救い主とその救い主を蘇らせた女性がいた。
蘇った救い主はその後たくさんの人たちを救うこととなり、救い主を蘇らせた女性は生涯ただひとりの従者として、ずっと救い主のそばにいた。
長い長い放浪の末に、救い主の寿命も尽きるころ、救い主はその女性に対して最後にこう言った。
「これで…貴女の罪は少しでも赦されただろうか」
その言葉をきいた彼女はこう言った。
「私は罪など犯してはおりませ . . . 本文を読む
ねじれた先に波は立ち
海はただ一身に港を目指す
母待つ家路へ急く子の如く
かなしみの涙にあふれても
母は諸手を広げてすべてを受けとめる
その慈愛に抱かれて
眠る子癒す子守唄
海もまた時に母恋しやと
ただひとりではないと知りたくて
駆ける波の音ごうごうと
ただ会いたくて会いたくて
けれど港に母はなく
母の御胸ぞいまいづこ
凪ぐ海の音はつらつらと
涙とけこむ海の水 . . . 本文を読む
歯をみがいているとぼろぼろと12本歯が抜けた。
はじめに気がついたのはじいちゃんだった。じいちゃんはにかっと笑って「歯抜け仲間だのう」と喜んだ。
わたしは口に手をあててどうしようどうしようとうろたえた。まだ若いのにこんなにも歯が抜けてしまうなんて。これからどうすればいいんだろう。どうしよう。どうしたら。どうしよう。
涙目で口に手をあて、うろつくわたしに母が声をかけた。
「あんたの抜けた歯、そ . . . 本文を読む
透明な亀に贈る詩
真昼の月を見上げる亀は
真昼の空にあるかなしかのその月を
入り江の入り日におとしめて
月なし夜に泣き濡れば
目からあふるるうたかたの
海の底から祈りをこめる
逆さまの蝶々に自由と安らぎを
太陽のどんなに輝こうとも
この場所に光は届かない
月の行方はみんなが知っていて知らん顔
地上ではフクロウが鳴いている
風のふるえに耳すまし
あおい水面の奥深く
亀の涙に祝福を . . . 本文を読む
カラスは約束の歌を目指して海に落ちた
それを嘆く鯨は丘にあがり太陽の行進を日々眺める
飛ぶことを思い出した兎は月を追い
狐は嫁いで鏡(きょう)に入る
嫁いでとまった狐の便りに
蛇は牙をむき暗闇を睨み
老木に住む龍は瞳を閉じたまま
動くことなくただ雨が降る
土に濡れた蛙の跳ねる頃
神楽はようやく面(おもて)をあげて
鈴の音にあわせて人魚は歌う
火の粉舞うなか天狗舞い
太鼓の鼓動は鯨に眠る
太古の . . . 本文を読む
空に浮かばない雲のしたから降る雨は
天に昇って月に雨
月濡らす雨雲は空仰ぎ
「私もそこへ行きたい」と
天の川語りかけるも言葉通じず
雨雲に隠された顔には涙
よく知っているその顔は
他とはちがう悲しみに
誰ひとり気付くことなく貴方は湛える(たたえる)
空かける月に雨
誰かの涙
涙雨
その濡れた瞳が恋しくて
いつまでも泣いていてほしいと願う
蛇わらう
わらう蛇めがけて放たれた
月の光衝くも雲隠れ
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あるところにみどりの怪物がいた。
みどりの怪物のからだはとても大きく、乱暴者で、村人たちはみんな困り果てていた。
ある日のこと、この村一体をはげしい雷雨が襲った。大雨は三日三晩降りつづき、村はいたるところで水びたしになった。もうこのままでは村はおしまいだと誰もが思ったとき、みどりの怪物が村の真ん中にあらわれて、自らの根をしゅるしゅると大きくのばし、水をぐんぐんと吸いだした。
みどりの怪物はどこ . . . 本文を読む
山桜にささる灰色の雲は
青色の空とは裏腹に
月は隠れた雲の向こうに
どこまでも続く雲海を
黒色の月はひとり泳ぐ
雲海の底から雨は滴り(したたり)
世界は水の重ねをたたえて歌う
底から鳴り響く歌の音に
月は明るさをとり戻し
白色の月光はやがて雲間から
ひとり泳ぐ闇夜から舞い降りて水鏡
あの日重ねた小指の約束を
痛みを解き放ち再会を誓う
今宵こそはと
雲の海地の海たえまなく
袂を分かたれた水の音 . . . 本文を読む