よみびとしらず。

あいどんのう。

月の水浴び

2017-10-30 23:36:36 | 散文(ぶん)
水浴びがしたくなった月が人里離れた湖にぼちゃんと沈んだ。そこの湖の水はやわらかく、とても心地よくて、月はついうとうとと眠りこけてしまった。 ふと目をさました時にはすでに遅く、月の月成分は湖にとけこみ、月はただの岩と化した。
月成分のとけこんだ湖はきらきらと輝きをまし、こんな薄汚い地上は自分には相応しくない、あのすみわたる天上こそが自分の居場所だと思うようになった。
「ああ、かえりたい」
湖がつぶやくと、湖はそのきらきらと輝く水とともにふわふわと空へうかんだ。岩と化した元月を地上に残したまま、湖はどんどん空へとのぼっていった。

そこに大きなクジラ雲があらわれた。もうずっと空を漂っていたクジラ雲は久しぶりに目の当たりにした地上の水を恋しく思い、その湖を思いきり吸い込んだ。湖にとけこんだ月成分はクジラ雲のなかに拡散され、湖はただの湖に戻った。すなわち、地上に大量の水が落ちてきた。それをみたクジラ雲はあわてて逃げた。突然空から降ってきた大量の水に被害を被った人々は、そこから遠ざかっていく金色のクジラ雲をみた。
「金色のクジラ雲が現れるとそこには鉄砲水が降りそそぐ」
そんな噂はたちまち人々の間に広まり、金色になったクジラ雲は自由に空を漂うこともままならなくなった。
「こんな金色、ぼくいらない」
クジラ雲はそう思いながらふうっと大きく息を吐き出すと、クジラ雲のなかに拡散されていた月成分はたちまちクジラ雲から離れ、月成分は風に運ばれた。地上のすべてをみている風は、月成分を抱えたまま人里離れた大きな穴へとたどり着いた。月が水浴びに降りてきたあの湖のあった場所である。

「これは地上にあっても迷惑ですから。貴方に御返しします」
風はそういうと元月だった岩に月成分をふりかけた。岩はたちまち月へと戻った。
「ただ水浴びがしたかっただけなんだけど、存外さまざまな体験をしたように思います。よく覚えていないけれど、なんだか楽しかったな。お世話になりました。また来ますね」
月はそう言い残して空へとかえっていった。もうあまり来てほしくないと思った風は、昼夜を問わず空を駆けめぐり、月がまた水浴びにこないよう監視している。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿