よみびとしらず。

あいどんのう。

ヨナキ〜8月26日

2017-12-04 12:08:39 | 散文(ぶん)
一本の木があった。
世無きあとに残されたただ一本の木だった。いつしかそこに、一匹の白蛇が棲みついた。木と白蛇は恋仲となったが子宝にはなかなか恵まれなかった。ささいな諍いで白蛇が木の元から去ったあくる日、木の股からひとりの赤子が産まれた。女の子だった。赤子はすくすくと成長し、やがて見目麗しき女性となった。
そこへ、ひとりの逞しい男性を連れて白蛇が戻ってきた。
白蛇は木の元にいるその麗しき女性をみると、たちまち嫉妬から彼女に毒の牙で噛みついた。激怒した木は、自身に天から雷を落とし白蛇とともに死んだ。

残された男性は女性の毒を吸いだし、看病にあたった。看病のかいがあり、女性は一命をとりとめたが、白蛇の毒で珠のように美しかった肌と顔は焼きただれたような醜いものとなった。彼女はそれを恥じた。醜くなった己を恥じ、男性に対する感謝と自責の念から毎晩泣いた。泣きながら祈った。
「どうか彼に、美しい女性を与えてください」
その祈りが通じたのか、雷に撃たれ朽ちた木の残骸から再び赤子が産まれた。やはり女の子で、その赤子は珠のように美しくなめらかな肌をしていた。姿かたちが醜くなった女性は、その赤子を男性に託すと自分は山の彼方へと去っていった。逞しい男性はその赤子が成人となるまでひとりで育てあげた。赤子が成人になると、男性は彼女をその場に残し、かつて自分が看病した女性が去っていった山の彼方へと歩いていった。

ひとりその場に残された美しき女性は、木の残骸に座りこみ、ただぼんやりと空を見上げていた。空の上では彼女を娶らんと、月と太陽が喧嘩していた。

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