先週金曜日から昨日まで、函館旅行に行ってきました~
函館といえば、夜景に、異国情緒ある教会に坂道が続く街並み、もちろん新鮮な魚介類の宝庫。美味しいをいっぱい食べてきました。
そして、もう一つ大事な目的が、「どうぶつ福祉の会 AWS」出身の保護犬飼い主同士で繋がりのある函館在住の「あひるさん」との再会と、盛りだくさんな内容。
では、何回かに分けて、旅行の様子をご紹介
1日目
今回の旅行は飛行機ではなく、昨年青森まで開通した新幹線で行って、、そこから青函トンネルを超えて陸路で北海道へ上陸。
東京から青森までは700㌔以上あるけど、今やに乗ればたったの3時間半。
仙台の街並みや岩手山を眺めながらお昼前には青森へ。
ここで昼食。青森のお土産や食事が出来る「旬味館」というエリアでは、「大間のマグロ丼」や「黒石つゆ焼きそば」などの郷土料理が味わえる店が並び、yoshyyたちは「活ほたての貝焼みそ定食」と「十三湖のしじみラーメン」を味わった。
←津軽の「十三湖」で採れたしじみが入ったラーメン。この店、店内は青森出身の小説家 太宰 治に因んだ装飾になってて、ナントこの容器も、食べ終わると下から太宰の「人間失格」に綴られた言葉が延々と書かれていた・・・(汗)箸の左に注目!!
←青森から、いよいよトンネルを抜けて北海道を目指す。車体には津軽海峡がデザインされていた。
←北海道へ入りしばらく、車窓右手に目指す函館の街並みと函館山が海越しに望める。ここから列車は函館湾を半周して進む。
ホテルへ入り、夜景観賞までにはまだ時間があるけど、妻は疲れてさっさと寝てしまったので、yoshyy一人かつての青函連絡船「摩周丸」が保存されている記念館へ。
船内はかつての面影を残しながら、資料館として連絡船の歴史や船員たちの制服などが展示されてて、ブリッジも公開されている。
yoshyyは、この連絡船には(トンネルが完成した)昭和63年の夏に一度だけ乗ったことあるけど、その時は既に本来の役目は終えた後で、「青函博 函館EXPO’88」という博覧会イベントの一環としてのメモリアル航行だった。
それでも、食堂やサロン、売店など現役当時のままに営業してて、連絡船名物の「海峡ラーメン」を食べたし、残った2隻が津軽海峡上で長く汽笛を鳴らしながら函館・青森を目指し、現役さながらの航海をしていたのを思い出す。
そして、連絡船が無くなってから早20年以上たつが、この船は様変わりする函館の街を今も桟橋から見続けている。
←トンネルが出来るまで、青森と函館を結んでいた連絡船の1隻「摩周丸」
←今も残る「升席」。かつて青森⇔函館約4時間は、座席に座るか、この「升席」で〝ゴロ寝〟しながらの船旅だった。
←船首のブリッジからは函館山が望める。昔、船長さんもこの光景を見ながら荒波へと出航したのだろう・・・。
夕食は、ホテル近くの「大漁旗」というろばた焼きの店に入ったけど、これがどれも美味で、ホッケ焼き、平目のお造り、知床鶏、海老の塩焼き、イカマヨ串、カニ汁・・・と矢継ぎ早に注文それでもyoshyyたちは飲まないから、さほどの勘定にはならなかった。あまりにガッツいて食べたので、写真撮ることなど忘れていた。
いよいよ、夜景観賞へ。
駅前から、赤いレトロ調の「イルミネーションバス」という専用バスに乗り、ガイドの案内を聞きながら、先にベイエリアを周って一路山頂へ。結構山頂は霧がかかり見られない日も多いらしいけど、今夜はキレ~イに見えている。
あちこちから、「ワ~、キレイ」という声が漏れてくる・・・。これまで、函館の夜景は何回か見てるけど、何度見てもキレイでいい。
昼間は函館もかなり汗ばむ暑さだったけど、夜の山頂は風も吹きすご~く涼しい
そして、反対側に目をやるとイカ釣船の漁火が鋭い光で海面を照らし輝いている。
←イカ釣船の漁火。でも、あひるさん曰く、昔に比べ全然少なくなったとか。
せっかくなので、バスで戻ったあと自分たちの足でさっき車内から見たベイエリアの「金森倉庫」へ。「スタバ」のデッキで夜風に吹かれながら過ごした。
ショップは閉まっているけど、地ビールを飲める店は賑わっていた。
何やら倉庫右上で白く光っているモノは「未確認飛行物体」!!、じゃなくて函館山山頂のロープウェイ乗り場から放たれている光
つづく・・・。
摩周丸はまだ青函連絡船として運行している時、乗船しました。
引退してからは、青森の八甲田丸は見学した経験がありますが、摩周丸は残念ながらありません。
私も青函博の時のメモリアル運行では、「十和田丸」に乗船しました。
夜は、私と両親&女房、子供二人の5人で「羊蹄丸」の桟敷席に雑魚寝をしました。ディーゼルの音がうるさいのと、多くの人であまり寝れなかったのを思い出しました。特に私の母の評判がすこぶる悪かったな~。羊蹄丸も船の科学館から撤去になり、解体されてしまいましたね。そして私の両親も、どちらも10年前程に他界してしまいました。
函館の夜景。とてもきれいに撮れていますね。
私も、上記の時、見た以降、見ていないな~。
素敵な時間を過ごしたようで、良かったですね。
ご訪問有難うございます。
青函連絡船は本当に多くの人々の記憶に今もたくさん残っていることでしょうね。
メモリアル航行の際に自分が乗船したのは「羊蹄丸」で、船の科学館に安住の地を見つけたと思っっていたのですが・・・。