◎キリスト者は、なぜ憎悪され迫害されたのか
数年前に、松木治三郎著『新約聖書に於ける宗教と政治』(新教出版社、一九四八)という本を買い求めた。最近になって読んでみたが、なかなか面白い。面白いだけではない、キリスト教という宗教について、宗教とは何か、信仰とは何かという問題について、いろいろ考えさせられる内容を含んでいる。
紹介してみたい箇所がいくつかあるが、本日は、第四章「ロマ帝国の迫害と新約聖書の証人達」の「一 ロマ帝国最初のキリスト者迫害」の「1 ロマの大火(六十四年)とネロ皇帝のキリスト者迫害」のあとに置かれている「(附・一)ロマ世界に於けるキリスト者憎悪の原因」という文章(全文)を紹介してみたい。
(附・一)ロマ世界に於けるキリスト者憎悪の原因
このあたりで一応口マの世界に於いてキリスト者がかく誤解され憎まれるに至つた原因を、簡単にまとめて知くと後の理解に便宜であらう。
(一)歴史的には先述せし如く、キリスト教がユダヤ民族とその宗教とを母胎として生れ出でたところに宿命的な原因があつた。ユダヤ人は異邦人「罪人」として軽蔑し、ロマ人はユダヤ人を嫌悪し、あらゆる迷信と頑固と害悪との魔窟の如く思ひこんでゐた。がこの悪感情を、キリスト者はユダヤ教と分離した後も、そのまま移り受けねばならなかつた(13)。しかも他方ロマの各地に在るユダヤ人からも異端として憎悪せられ、後にテルトゥリアヌスの云つた如く、ユダヤ人のシナゴグが「迫害の源泉」であつたのである。(synagogar Judaecorm fonts persecutionum (14))尚若いキリストの教会はかくの如くロマ人とユダヤ人の双方から挟撃せられ、その立場は極めて困難、不利であつた。
(二)しかし更に深い原因が人心の底に存してゐた。当時ロマ人は、異教的諸宗教の影響下に非常に迷信深くあつた。「人類社会に対する憎悪」とは毒害者や魔術者の罪であつた。信徒の心に魔術をかけて社会に害悪を流させると迷信してゐた。後にであるがテルトゥリアヌスが「ティベルの河が市に氾濫しても、ナイル河が増水しないでも、空が雨を降らさないでも、地震や飢饉や悪疫があつても、直ちにキリスト者をライオンに、と云ふ叫びがあげられる(15)」と云つてゐる。
(三)併し更にその本質をつきつめてゆけば、ロマ人にとつてキリスト教とその生活の特異性(peculiarity)が躓き〈ツマズキ〉であつた。まづ(1)彼らの家庭を分裂せしめ、ロマ的社会の組織を破壊するとみた。この点キリスト者の側にも責はあつた。イエスの「我に勝つて父母を愛する者は我に値ひしない…」(マタイ伝一〇・三七等)より始つて、後には地上の関係を極端に蔑視するに至り、キリスト者となつた妻が異教の夫と争ひ又離婚しようとしたこともあつた。又奴隸と主人との間にも悶着が起つたであらう。この事はパウロの書簡、特に牧会書簡やペテロ前書(コリント前書七・一以下、テモテ前書六・一以下、テトス書二・四、五、ぺテロ前書二・一三~三・一二)等が、かへつてこの世の秩序を重んずべきことを勧告してゐる所から推察出来る。又(2)キリスト者の集会、アガペェ(愛餐)特に聖礼典に何か泌密があると信ぜられた。始めの集会は一般人も与り〈アズカリ〉、むしろ歓迎せられたであらうが、聖餐はバプテスマを受けた信徒のみが与り而も「我が肉を食ひ、わが血を飲まなければ汝らの内に生命がない」といふ様な言葉が語られる。そこに殺人や食人の疑ひが抱かれたのである。更に(3)初代教会の合言葉とも云ふべきμαράν άθα(主よ来り給へ)、即ち暗い運命と悪の権威に支配されてゐるこの人間世界の急激な終末による全き解放の信仰は、内にロマ的否ひろく人類社会に対する否定と憎悪、更に実際に崩壊の陰謀を含むものと見られた。キリスト者は魔術使ひであつて、ロマの大火もその魔術力の現れであり、そのままに放置しておけばやがて世界を崩壊せしむるに至るであらう、と信ぜられた。(4)最後に皇帝礼拝の問題がある。ロマの側ではキリスト者はその宗敎的信仰又は神学的見解の故に罪せらるべしとしたのではない。キリスト者はロマ法律と皇帝の他に絶対な忠誠を神の律法と栄光の座に捧げ、その故に皇帝礼拝に参加しなかつたのであるが、これはロマの官憲と民衆とにはその宗教的理由を問はず、ただ皇帝に対する不忠誠の表明とのみ解釈された。「不服従」「頑固」といふことはロマ人には甚しい没道義であつた。
かくて、支配階級が迫害したのはキリスト教は明らかに政治的に危険であると見たからであり、又一般民来は性来新宗教に対しては親しめずそれが自分達より非常にかけ離れてゐると感じ、公憤に近い思ひから遂に憎みを抱くに至つたからであつた。「しかし実際は二つの階級は一つである。無知と帝国主義とは個人的精神を僧むことにおいて一つになつてゐる(16)」。ロマの側に於ける誤解むしろ無知は、覆ひ得ない事実である。キリスト者をいきなり「人類の敵」「有害なる迷信」と頭から断定してかかつた所に、反面ロマ人の徳と力と知とに対する誇りがあつた。そこにロマの帝国主義とその一時的成功と繁栄とに対する傲慢があり、これを権力と法とをもつて維持せんとする苦しい努力がある。この力の法はやがて歴史的必然性をもつて盛り上つて来る個人的精神のために破られざるを得なかつた。更に又口マはキリスト教を公認し、国家宗教にまでせざるを得なかつた。さうしてそこにロマ帝国の衰亡の顕著な徴〈キザシ〉が現はれて来たのである。しかし勿論この時代には、まだかかる破綻は少くとも表面化することなく、実にめでたいロマの黄金時代であつた。
(13) 第一章3参照。
(14) Scorpial 10
(15) Apologia 40 ad Nationes
(16) H. B. workman : Persecution p.165 本書は我らの時代より更に後期にまで及んで初代教会の迫害史を述べ、通俗的ではあるが興味深い。特にChap. Ⅲ The Causes of Hatred pp. 105-195が面白い。
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