◎『岩波文庫分類総目録』(1938)を読む
今月の八日、神田神保町の古書展で、『昭和十三年二月現在 岩波文庫分類総目録』(岩波書店、一九三八年二月、非売品)といものを見つけた。岩波文庫に、『岩波文庫解説目録』、『岩波文庫分類目録』というものがあることは承知していたが、そのほかに、『岩波文庫分類総目録』というものがあったことを知らなかった。かなり草臥れた本だったが、迷わず購入した。古書価一五〇円。
体裁や形式は、今日、私たちが入手できる『岩波文庫解説目録』と、ほとんど同じである。つまり、今日、『岩波文庫解説目録』と呼ばれているものは、かつては(少なくとも「昭和十三年二月」においては)、『岩波文庫分類総目録』と呼ばれていたようなのである。
古今東西の価値ある典籍を収録している同文庫の特質からすれば、当然のことではあるが、そこに収録されている書目も、今日と、それほど違いはない。
ただし、各書目の解説部分は、今日のものとは違う。明らかに「その時代」の雰囲気を漂わせている。本日は、そのサンプルとして、同目録の冒頭にある、国文学関係五書目の解説を紹介してみよう。
幸田成友校訂 (改訂版)
*古 事 記 〔3〕
★ 〒3
古事記は我国最古の典籍であり、『日本書紀』と共に最も貴重なる古文献である。その内容は天地開闢〈カイビャク〉の時より推古天皇までの記事を収め、皇室の御系譜を経〈タテイト〉とし、神話、伝説、説話を緯〈ヨコイト〉としてわが国土の起原、皇室の由来を明かにし、古代に於ける国民生活の諸相を描写せるものである。而も之を貫くものは日本精神であり、その史的意義のみならず、之が国語を以て記述せられてある点に於て特に価値高く、国語の宝庫、国民文学の源泉である。誠に本書こそは国民の必読すべき第一の書である。
黒板勝美編
*訓読 日 本 書 紀 上・中・下巻 〔15,16,82〕
上★ 〒3 中・下各★★★〒6
日本書紀は我が皇室の本源を説明し、建国の由来を明徴にし、列聖の宏謨〈コウボ〉を述べたものであつて、古来我が国民の最も貴ぶべき古典として重んぜられてゐる。しかるにこの書は古事記と異り、全部漢字で書かれてあるが、これを読むには古事記と同じく、我が国古い言葉で読んだのであつて、仲々読み難いものである。依つて本書に於ては傍註の読方を取捨して本文を成し、難解と思はるる語句に簡単なる註釈を施して初学の人々にも解り得るやうにしてある。
武田祐吉校註
記 紀 歌 謡 集 〔86〕
★★ 〒6
記紀歌謡集は、吾等の祖先が文学の黎明に向つて、自然に発した合唱的民衆的叫びである。恋愛をうたひ、戦闘をうたひ、酒宴をうたふ其の声律は、素朴簡勁であり、純粋抒情詩である。かゝる歌謡を古事記、日本書紀の中から抄出し、これに関係深い前後の分章をも適宜に加味して、新しき体系のもとに編纂されたのが本書である。吾等が祖先の魂を韻律的にさながら聴き得る此の歌謡集こそ現代人の繙く可き一書であると信じる。
武田祐吉編
風 土 記 〔126〕
★★★★ 〒9
郷土研究民俗研究勃興の今日、風土記が新しい眼で見直されなくてはならない書であることはいふまでもない。わけてもそこに保存せられてゐる大地の文学の断片は、永遠に国民文化を力強からしめる原動力に外ならぬ。今〈イマ〉上代文学の権威武田博士の懇切なる校訂によつて、古風土記〈コ・フドキ〉は固より〈モトヨリ〉、風土記逸文〈イツブン〉を集めて六類に種別し、国文書き下しとして世に送り、上代に於けるわが国土の姿と、そこに創られた国民文化の誕生を見ようとする人々の清鑑に供へる。
千田 憲編
祝 詞・寿 詞 〔104〕
★ 〒3
わが上代文学は「祈り」、「語り」、「謡ふ」三つの様式によつて表現せられたものであるといはれてゐる。祝詞〈ノリト〉・寿詞〈ヨゴト〉はその「祈り」による表現であつて、上代生活が「祈り」を基底として営まれたものである点に於て、わが民族の衷心〈チュウシン〉はこゝに跡づけられ、日本的なるものの真の姿はこゝに見究められなくてはならぬ。今校訂を厳にし、訓を懇ろ〈ネンゴロ〉に施して大方の清鑑に待つ。
各書名の上に*印があるのは、「教科書版」も刊行されていることを示している。
なお、『日本書紀』の解説中に、「建国の由来を明徴にし」という言葉がある。これは、一九三五年(昭和一〇)に起きた国体明徴問題の余波かもしれない、などと考えた。
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