礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

官僚が頑張って何もせず何もさせない(馬場恒吾)

2018-06-20 03:04:40 | コラムと名言

◎官僚が頑張って何もせず何もさせない(馬場恒吾)

 馬場恒吾『近衛内閣史論』(高山書院、一九四六)から、「この喪心状態を奈何」(一九四五年九月)を紹介している。本日は、その四回目(最後)。昨日、紹介した部分のあと、改行して、次のように続く。

 併しわれわれは官僚の喪心状態を其侭にして置く訳には行がない。何となれば今は国家危急の時であるからだ。日本は戦争に負けた。然し日本国民は立ち上がらなければならぬ。ポツダム宣言に於てすら、戦勝国は日本民族の滅亡や奴隸化を目的とするものにあらずと云つて居る。民族は生きなければならぬ。そして、将来は平和愛好国の有力なる一員として、平和と自由の世界を建設する為めに日本民族の真価を発揮せねばならぬ。
 此目的に向つて努力せんと欲するわれわれの前途には、為すべき仕事が山積してゐる。差当つて戦災の為めに家を失つた国民には、住所を拵らへ〈コシラエ〉させねばならぬ。即ち帝都をはじめ、各地方都市の復興を考へねばならぬ。又同じく戦災の為めに多数の国民はこの冬空に向つて、身を暖むべき衣類寝具を有つてゐない。この侭にして置けば、如何にして多数の人民が冬を無事に越し得るかゞ問題になる。企業整備に依つて全国の中小工業が転業廃業を余儀なくされ、都市からは小売商店が姿を消した。その結果、衣食の供給を得ることが如何に困難であるかは都会住民の毎日経験してゐる所である。即ち国民に最少限度の衣食住の供給でも確保してやらなければ、将来に向つての活動を期待出来ない有様になつて居る。これほど為すべき仕事が山積してゐるのに、一方には帰還兵と軍需工場から吐き出された失業者が到る処にウロウロしてゐる。仕事が山程あつて、失業者も山程ある。その隘路〈アイロ〉は何処にあるか。
 矢張例に依つて官僚が中間に頑張つて何もせず、何もさせないからではないか。地方の物資は都会に流れない。輸送に関所があり、旅客に制限があり、取引に不自由があるからだ。東京都の復興計画も急いではいけない。建築の方針を決定する迄五年位待つて居れといふ官庁側の記事を新聞で見た。都民は五年間壕に住み、失業者は五年間食はずに待つて居れと云ふのかと呆れた。
 官僚が喪心状態に居るのは已む〈ヤム〉を得ない。かれらは拠つて以つて立つ所の地盤が崩壊したのであるからだ。それが尚政府の重要の地位を占めて、国民に命令する権力を持つてゐることはわれわれ国民の堪へ得ざる恥辱である。日本の敗北に貢献したる官僚群は一日も早く退却すべきである。
 議会政治は茲にも亦同じ原則が適用される。政府は衆議院を年末に解散して、総選挙を明年〔一九四七〕一月末に行ふ。このプログラムは現在の代議士の古顔の進言に基くものではないかと思はれる。之に関係して英国の前首相チヤーチルが英国の選挙を七月五日に行つた事を思ひ出す。労働党は選挙の準備が急速には出来上らないといふ理由があつたので、十一月頃を望んでゐた。之に対してチヤーチルは総選挙を早くすることは自分の党たる保守議員の多数再選を期待出来るといふ計算の下に、七月五日に総選挙と決定したのである。併し結果は矢張労働党の大勝に終つた。日本に於ける旧政党の領袖株、殊に日本政治会の指導者側に居るものは、どうしても、敗戦の責任を免かれることは出来ない。かれらは少くとも軍部を謳歌し、官僚に追従して、国民の希望と欲求を蹂躪〈ジュウリン〉することを以て能事としたのである。然るに今に到つて、総選挙を早くすれば旧代議士が多く当選し新顔は余り選しないであらう。だから早く総選挙を行ふ方が自分等の利益であると勘定する。それは喪心状態ではなく、悪賢く、自分らの勢力を維持する方法を打算してゐるのである。これは官僚の中にも喪心状態にありながら、尚且つ自分の地位を保つことには抜目なく立廻つてゐるものと同様に唾棄すべき心情である。しかし、国家は最早さうした官僚も代議士をも必要としない。
 敗戦はつらい、然し、何日〈イツ〉迄も悲嘆に暮れてゐることは、将来に育つ国民のなすべき所ではない。われわれは涙を拭ひ去つて平和と自由の道へ驀進する。喪心状態の官僚など最早問題にしてはゐられない。国民は国民自からの手に依つて日本の運命を開拓して行くより外に方法はないではないか。

 馬場恒吾のこの文章は、七十三年も前のものだが、今日なお、リアリティを伴って、私たちに迫ってくる。その理由は言うまでもない。今日の日本が「敗戦」(政治・経済・外交面での敗北)に直面しているからである。また、「官僚」の醜悪さが、次々と明らかになっているからである。かつての馬場のように、「日本の敗北に貢献したる官僚群は一日も早く退却すべきである」と叫ぶ評論家が出てしかるべきであろう。

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