ジジイのたわごと

ジジイが適当に思いついたことを書いてみます

災後社会

2012-01-15 04:00:41 | トピック
猪瀬直樹:戦後社会が終わり、「災後社会」がやってきた
復興ニッポン 1月6日(金)12時45分配信


 謹んで年始のご挨拶を申し上げます。本年も「眼からウロコ」をご愛読くださいますようお願いします。年始にあたり、「戦後社会」の終わりと日本人がこれから生きる「災後社会」について考えてみました。

■「想定外」が許された戦後社会は終わった

 昨年3月11日の東日本大震災は、日本人にとって大変な出来事だった。太平洋戦争では300万余人の日本国民が亡くなったが、東日本大震災でも死者行方不明者が約2万人という甚大な被害を受けた。

 「千年に一度」の未曾有の自然災害と言われるこの震災から得た教訓は、「戦後社会」から「災後社会」へと、歴史区分を明確にする時期が来たということだ。これからは「戦後何年」ではなく「災後何年」と意識的に言うべきである。そうすることでこの国は変わる。

 日本人が長らく過ごしてきた戦後社会とは、「想定外」が許された社会だった。アメリカに防衛を委ねることで、戦争を国家の想定外としてきたのだ。沖縄をはじめ全国に米軍基地を置き、東京の空域も米軍によって使用が制限されている。アメリカ任せの現実を多くの日本人が知りながら、そのことに知らんぷりをしてきた。

 戦争を想定外にした国は歴史上存在しない。古代から世界は弱肉強食であり、国家は武力闘争を前提としてきた。敵の侵入をいかに防ぐかが社会のテーマだったのである。

■原発事故を起こした東京電力は戦後社会の象徴

 戦前の日本もそうだった。黒船来航は、いきなり核弾頭を突きつけられたようなものだと考えればよい。外敵から身を守るため、日本は武力を増強していった。

 日本の防衛はいつもぎりぎりだった。日露戦争は歴史的勝利と言われるが、大国ロシアの侵入をなんとか防いだにすぎない。その後、日本は五大海軍国の1つ(他はアメリカ、イギリス、フランス、イタリア)と呼ばれるようになるものの、アメリカと無謀な戦争をして敗戦する。

 戦後の日本は一転して防衛を放棄し、いわば半主権国家となった。日本の戦後66年間は、アメリカという門番に守られた、歴史上特異なディズニーランド国家だったと言える。

 東京電力は戦後社会の象徴だ。福島第一原発事故に際して、東電が口にした言い訳も「想定外」だった。

 しかし、原発の運転は危機管理が仕事である。極言すればそれ以外に仕事はない。危機管理がすべてであるにもかかわらず、それができていないのだから、東電は何も仕事をしていなかったと言うしかない。

 戦争から原発まで、戦後社会はリスクを想定外とし、見ないふりをしてきた。あるときは外国にリスクを委ね、またあるときはリスクそのものを無視した。その異常な状況は、震災によって崩れたのである。

■災後社会は自己責任の時代でもある

 震災をとおして、むき出しの自然の暴力に向き合わなければならないことを日本人は思い出した。災害を想定外にすることは、戦争を想定外にすることと同じく、戦後社会を蝕んでいた「甘さ」だった。自分たちの甘さに気づいたいま、日本はリスクを想定内として考え、主権国家を目指していかなければならない。

 同時に、災後社会は自己責任の時代ということでもある。それは個人がすべてを負うのではなく、日本列島で災害を生き抜いてきた記憶を持つ一員として責任を分担するという意味だ。

 震災後には、人々のあいだで「国難」という言葉が自然に出てきた。災害を生き抜く日本人の共通の記憶が呼び起こされたからだろう。孤立した個人ではなく、共通の基盤、認識のうえに立つ個人として戦っていく、災後型の自己責任社会が求められている。

 いままでの日本人は役所にお任せ、東電にお任せだった。これからはそうではなく、ある意味では国民一人ひとりの責任で互いが自分でできることをやっていかなければサバイバルできない。

 自分で自分を助ける「自助」をベースに、個人がともに助け合う「共助」、公的に支援する「公助」という3つの要素を重ね合わせなければいけない。ただ、残念なことに国政が迷走しているため、公助についてはいまだに停滞がつづいている。

■タテ割りでガバナンスが失われた「霞が関幕府」

 現在は言ってみれば「霞が関幕府」である。霞が関の官僚が実質的な権力を握っている。その幕府に対して、政治家は社外取締役程度の存在感もない。防災についても防衛についても戦後社会のままで思考が停止し、災後社会にまったく対応できていない。

 災後社会にふさわしい公助を建て直すためには、東京と大阪の「薩長同盟」しかない。薩長同盟により、幕府のタテ割りシステムを改革していくのだ。

 まずは電力が産業と生活のインフラにちがいない。福島の原発だけでなく、全国の原発が定期点検のために運転を停止し、今春にはすべての原発が停止する。ふたたび供給不足問題が起きるおそれがある。

 昨年末に橋下徹大阪市長と会談した際に、「株主提案権を行使しよう」という話をした。東京都は東電株を、大阪市は関電株をそれぞれ保有している。

 東電や関電の株主総会は毎年6月に開かれているが、株主総会を待たずして、株主としてもの申さなければならない状況となっている。今年3月までに原子力損害賠償支援機構と東電が総合特別事業計画(電力供給の新たなスキーム)をつくるが、利用者の意見がいまのところ反映されていない。

 このスキームづくりのプロセスに対し、国民目線のメッセージを発したい。「実質国有化」「料金値上げ」と、国民不在の密室での政策決定がリーク報道で既成事実化されている。ちょっと待て、である。非公式の株主総会がもう始まっているのだ。東京都は電力改革の意見を出していくつもりだ。

 東京と大阪の薩長同盟が嚆矢となって、「想定外」とタテ割りで失われた国家のガバナンスを取り戻したい。


猪瀬直樹(いのせ・なおき)
作家、東京都副知事。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人などの廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路公団民営化委員に任命される。東京工業大学特任教授、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターなど幅広い領域で活躍中。著作に『日本の近代 猪瀬直樹著作集』(小学館)、『東京の副知事になってみたら』(小学館101新書)、『言葉の力』(中公新書ラクレ)がある。また読者からの声にこたえ、『昭和16年夏の敗戦』が中公文庫から復刊。最新の文庫に『黒船の世紀(上・下)』(中公文庫)、『東條英機 処刑の日』(文春文庫)がある。
オフィシャルホームページ:http://inose.gr.jp/
猪瀬直樹Blog:http://www.inosenaoki.com/
Twitterのアカウント:@inosenaoki

※ジジイのたわごと
 さすが、東京都副知事である。「戦後社会」から「災後社会」への移行を提唱してる。
太平洋戦争が終結して、はや67年が経過しようとしてるが、マスコミなどで、たまに「戦後」なる言葉を使う時がある。太平洋戦争を忘れるわけにいかないが、これからは「災後社会」という視点が必要となるのであろう。
 「がんばれ日本」とは、まさに災後社会を指してる標語であり、戦後社会を指してるのではないと思う。私にとっても「目からウロコ」である。