生きる力になれば

ペンネーム良寛地蔵。70代のブログです。言葉で生きる力になればと綴って15年が過ぎました。

美しい人生の実らせ方

2016-03-25 13:28:32 | 日々の暮らし
渡辺和子シスターの
「美しい人生の実らせ方」

1.「の」の字で相手を受け入れる。

「ああ今日は疲れた」と夫が言った時に、

「ああそう、疲れた、の」と相手の気持ちをそのまま受け入れてあげることが大切。

(受容の心ですね)

2.時間の使い方は命の使い方。

この世の中には「雑用」というものはなく、私達が用を雑にしたときに「雑用」が生まれます。

丁寧な時間を使うと、丁寧な人生が残ります。

愛のこもった時間、憎しみのこもった時間、

それはそれぞれの人生を変わったものにしていくと思います。

(雑用の意味がわかりました。気をつけねば)

3.求めるよりも与えるのが本当の愛。

(愛は愛されるよりも、与えるものといいます)

4.人生の穴。

思いがけない悲しみ、苦しみという「穴」が空いたからこそ見えるものがある。

(悲しみの底に幸せという砂金があると太宰治は言ってます)


5.ほほえみは、お金も時間もかからず相手を幸せにする力がございます。

(笑顔は光の放射。あなたの顔から明るい光が飛び出します)


6.年をとらないための「3つの化粧品」。

1.いつもにっこり笑うこと。
2.人の身になって思うこと。
3.自分の顔を恥じないこと。

この3つの化粧品は、お金がいらないし減らない。

使えば使うほど質が良くなるアンチエイジング。

(年をとらないために、とても大事な化粧品だと思います)

7.エレベーターの「閉」のボタンを押さない。
エレベーターのドアは勝手に閉まるもの。

その時間を待てないと、いつもイライラせかせかしている自分になる。

(つい押していませんか)

8.面倒だと思ったら、脱いだ履き物を揃える。

ゴミを拾ったり、椅子を元通りに戻したり、脱いだ履き物を揃えることは自分の怠け心と戦って自分の意志を強くしてくれます。

(気にしなくなっていませんか)

9.当たり前がありがたい。

輝くものばかりを求めていると、その生活は貧しいものになってしまいます。

すべてを自分にとって意味あるものにしていく。
当たり前を輝かして生きていく。

感動することを忘れないで生きていく。

(当たり前をありがたいと感じる心が大切です)


ほんの少しの積み重ねで、人生が美しく豊かに変わっていくというシスターの教えに感謝します。


合掌
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慈悲喜捨

2016-03-25 04:04:18 | 日々の暮らし
今日も慈悲(じひ)について述べたいと思います。

前回の言葉で、

「嫌う人にも幸せを」

という言葉にかなり
抵抗を感じた人がいると思います。

何十年前のローマ法王が銃弾に撃たれ、何とか助かった時の言葉が、撃った人を許しますでした。

このような心を持った人は何人かいるものです。

そこまでいかなくても、慈悲の心を理解し、努力だけはしてみたらどうでしょうか。


「慈悲とは」

自分以外の人が幸せに感じるように行動することをいいます。

普段の生活で、

人は一番嬉しいと

感じることは何でしょうか。

お年寄りと会話を毎日していると気づくのです。

『どうしたのですか?

私がなぜ、ここにいるの?

家に帰れないの?

子どもはどこにいるの?

何もかも忘れん棒になってきたの、

私はもうだめなのかしら?』

昨日のショートステェーの会話です。

傾聴して、うなずき

寄り添い、顔つけて

大丈夫だよ、

僕も忘れん棒だから

同じだよ。

また、帰れるし

お子さんも来るから

安心してくださいね。

とそれだけで

涙を流して喜んで

元気になってくれます。


人は一番嬉しいことは

自分に親切に、優しく、助けてくれた時に

幸せを感じるものです。

人間の本能は、

幸福になりたい

苦しみは受けたくない。

という誰もがもっている本能です。

だから自分と同じように人にも思いやることですそれが慈悲の心です。


古代仏教では、

慈悲を
四つに分類しています。

慈(メッター)

悲(カルナー)

喜(ムディター)

捨(ウペッカー)

です。

慈とは、悲しみ、友情の意味。

悲は、助けるという意味。

喜は、人の幸福を喜ぶ心の意味。

捨は、差別のない心を意味しています。


差別はまったく無知で、愚かな考えといわれています。

心から一切の差別を取り除きなさいとの教えです。

この慈悲喜捨(じひきしゃ)の心を育てると

狭くて小さな人間社会だけでなく、

地球や宇宙スケールの

大きな人間になれますよ。

真の幸福とは


慈悲喜捨を持った人間になることなのですよ。


と古代仏教は説いています。


嫌いなおばあさん、

嫌なおじいさん

もいます。


それを思うと

相手にも感じてしまうものです。

私はあなたの敵ではない。

味方です。

そんな考えで生きていたら、

周りから敵と思われる人が消えていくものです。

もしいたら、まだまだ修行が足りないと努力しましょう。

今日も慈悲の心についた法話でした。


合掌
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