スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑 (その2)

2014-10-22 00:13:03 | スウェーデン・その他の政治
2014-10-20: ストックホルム沖の群島海域における領海侵犯疑惑 (その1)の続き

(追記:【 10月21日(火)夜 】の項を加筆しました)


【 10月20日(月)日中 】

金・土の捜索活動ではKanholmsfjärdenが中心だったが、日曜日に捜索範囲が拡大した後、徐々に南へと移っている。スウェーデン国防軍はおそらく何らかの手がかりは得ており、それが南に移動していることを把握はしているようだ。日曜日に国防軍が公開した目撃写真(前回の記事を参照のこと)は、地図上のJungfrufjärden(ユングフルー・フィヤルデン)付近の海域で撮影されたものだった。

月曜日の捜索活動の中心はMysingen(ミューシンゲン)。午後には、海軍が捜索活動に専念できるように、この海域の民間船の行き来が数時間にわたって禁止された。海軍の艦艇から10km離れるように指示が出たほか、上空も1300mよりも下の高度の飛行が禁止された。海域封鎖は今回の作戦が始まってから初めてのことであり、国防軍はかなり強い手がかりを得ているのではないかと思われたが、その後、国防軍からの詳しい結果発表はなかった。

2日前から話題になっている石油タンカーだが、その所有会社であるNovoship「スウェーデンや世界の注目がNS Concord号の動向に集まっていることを知り、非常に光栄に思うが、この船の動向は特に変わったものではない」と発表し、事件とは関係がないことを強調した。10月23日にPrimorskで荷物を積み、航海に出る予定になっており、それまで公海上で待機していると説明した。(ただし、これで疑いが晴れたわけではない)

前日に国防軍が一般公開した目撃写真を撮った男性が、この日、タブロイド紙Aftonbladet(アフトンブラーデット)のインタビューで「あれは間違いなく潜水艦だったと確信している」と答えた。この20代の男性は、タバコを吸おうと家の庭に出た所、静かな水面上に何かが突き出ており、それが5ノットほどの速さでゆっくりと5、6mほど進んだ後、水の中に消えていった、と説明している。

一方、明らかに誤りである目撃情報もあった。土曜日の午前中、Kanholmsfjärden海域に面した国道を車で走っていた民間人が、水面上に潜水艇が浮上しているのを見つけた。その潜水艇は静止しており、上部半分が水面上に出ているようだったという。この民間人は写真を撮ったものの、日刊紙Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニューヘーテル)が詳しく確認した所、スウェーデンの民間会社が所有する観光用の潜水艇であることが明らかにあった。海軍が付近で大規模な捜索活動を行っている時に、この会社は通常通り、お客を乗せて群島海域の入江を潜行して、お客を楽しませていたのだという。「スウェーデン国防軍にも居場所は伝えているから問題ない」とのことだが、付近を通りがかる一般人にしてみれば、国籍不明の小型潜水艇と間違えても仕方がない。人騒がせな話である(笑)。


目撃写真



観光用潜水艇を所有するイベント会社のホームページより


【 10月20日(月)夜 】

再び、Jungfrufjärden付近の海域で撮影された目撃写真の話に戻る。国防軍はこの写真の信憑性が高いと考え、撮影場所を丸で囲んだ地図とともに一般に公開したわけだが、公共テレビSVTが月曜日午後、その写真と地図をたよりに撮影場所を突き止めようとしたものの、そのような場所が見つからなかったという。


一番下の赤丸が撮影場所だと説明された

国防軍が公開した地図とは別の場所で撮影された疑いが出てきたため、SVTが国防軍にその真相を追求したところ、地図で示した場所は完全に正しいものではなく、大まかな場所にすぎないことを認めた。正確な情報を公開しなかった理由として「こちらが手にしている情報を敵にすべて知らせたくなかった。公開した位置情報は正確なものではなく、あくまで大まかなものであることを説明すべきだった」と述べ、なかば意図的なものであることを認めた。しかし、その数時間後「いや、意図的なものではなく、こちらの手違いだった」と見解を改めている。

この晩のニュースはもう一つ。日曜日に住民が撮影し、国防軍諜報局と公安警察が探していた不審人物(前回の記事を参照のこと)の正体が明らかになった。水辺でマスを釣りに来ていたOve(オーヴェ)というおじいさんだった。「新聞に載った写真に私が写っていると、友人が教えてくれた。このストレートのジーンズは私に間違いない」とタブロイド紙Expressen(エクスプレッセン)のインタビューに答えている。公安警察に指名手配された感想は?との問いには「面白いね(Kul)」との答え。


私、怪しい人じゃないっす


【 10月21日(火) 】

この日は再び捜索海域が拡大され、Nämdöfjärden(ネムドー・フィヤルデン)からDanziger gatt(ダンジーゲル・ガット)にかけて広範囲で捜索活動が展開された。民間船の通行は禁止されなかったものの、海軍の艦艇から1km離れるように指示が出された。

昼過ぎ、日刊紙Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニューヘーテル)が内部筋の情報として「当たり」があったことを報じた。ただ、それが何を意味するのかは明らかにされなかった。「当たり」があったとされた場所には、実際に複数の艦艇が集まってきた。海軍のダイバー数人が海に入ったことが確認されたものの、艦艇は2時間ほど後、再び散らばっていった。国防軍からはこの動きについての詳しい発表はなかった。

夕方に開かれた国防軍の記者会見では、これまでに発表された3件の目撃情報のほかに、新たに2件の目撃情報があることが明らかにされた。



【 10月21日(火)夜 】

タブロイド紙Expressenによると、件の石油タンカーはロシアのPrimorsk港に向かって東進を始め、スウェーデンから遠ざかっているという。この石油タンカーが果たして小型潜水艇の母艦かどうか、つまり、外見は石油タンカーの形をしているが中は別の構造になっているのではないか、という疑問については、海運業界の専門家は「ありえない」という意見が多い一方で、防衛大学校の専門家は、これまでの動きはやはり怪しく、事件との関連性がやはりあるのではないか、との見方をしている。

一方、日曜日にロシアのサンクトペテルブルグを出港した調査船Professor Logachevは、海中調査や海底探査を専門とする船であり、目的地はスペインのカナリア諸島にあるラスパルマスに設定されていたことは前回の記事で書いた。この船はその後、ストックホルム沖合いを通過し、ポーランドカリーニングラード(ロシアの飛び地)の沖合いまで達した後、そこでしばらく停泊していたものの、火曜日の晩になぜか北上を始めたとタブロイド紙Expressenは伝えている。(この調査船には出港直後からオランダ海軍の艦艇が3隻、張り付くように付近を航行しているとの情報があるが、オランダ海軍は「それはたまたまの偶然だ」と答えているという。)


以上が、これまでの動き。

今回の軍事行動が始まった当初から、スウェーデン国防軍「これはあくまで外国勢力の海中行動に対する情報収集活動であって、潜水艦狩りではない」と強調している。つまり、潜水艦もしくは何らかの人工物の存在と、その動きを確認することが目的であって、それを強制浮上させたり、破壊することは目的には含まない、ということであろう。今晩の記者会見では、国防軍が敵の潜水艦や潜水艇を見つけた場合は、武力を使って強制浮上させることになるとの見解を示していた。しかし、仮に存在が認められたとしても、状況によっては手は出さず、暗黙のうちに領海外に追い出す可能性もあるのではないかと思う。例えば、外務省や国防軍が、ロシアとの外交問題になることを恐れた場合などだ。いずれにしろ、この数日中にどのような展開になるのかが気になる。


○ 領海侵犯の目的はなにか?

さて、この未確認物体の目的はなにか? 国防軍が捜索を開始した金曜日以降、様々な説が議論されている。もし、ロシアの潜水艇であれば、これはロシアとNATOの対立が強まる中で、バルト海で存在感を誇示し、覇権を維持しようとするロシア軍が活動を活発させていることの一つの結果であろう。防衛大学校の専門家は、海中での侵入が疑われる事件はここ2年ほどの間に複数あったと語っている。

ロシア軍による威圧行動は、海の中だけではなく、空でも近年、頻繁に発生している。昨年のイースター休暇の深夜には、ロシア軍の爆撃機が戦闘機の護衛を引き連れながら、スウェーデンの首都ストックホルムを標的とした軍事演習をスウェーデン領空の間近で行っている。この時、(イースター休暇中のため?笑)スウェーデン空軍は無防備で、戦闘機をスクランブル発進させなかったため、国防軍の危機管理体制が大きく批判された。一方、NATOはロシア軍機の動きをちゃんと察知しており(たしかポーランドかバルト三国あたりから)戦闘機が緊急発進していた。

また、今年の6月にはバルト海の公海上で、通信傍受などの情報収集活動を行っていたアメリカ軍の偵察機RC-135が、スクランブル発進してきたロシア機に威圧されたため、恐れをなして進路変更。目の前にスウェーデン領ゴットランド島があったため、スウェーデン領空を飛ぶことで危機から脱しようとしたものの、スウェーデンはNATO加盟国ではなく、その米軍機はまず領空進入許可を得る必要があった。慌ててスウェーデンの航空管制当局に許可を求めたものの、拒絶されたため、「仕方なく」領空を侵犯する結果となった。(領空侵犯であるものの、スウェーデン空軍はそれまでのやりとりをすべて把握しており、米軍機であれば問題ないとして、スクランブル発進はしていない) その後、スウェーデン外務省はアメリカ大使館に抗議している。


7月には、領空進入許可を持たないポーランドの戦闘機が、スウェーデン領空の10kmほど内側を飛行する出来事もあった。(詳細は軍事機密を理由に明らかにされていないが、米軍機と同じようにロシア機に威圧された可能性もある)


また、スウェーデンの空軍機も、バルト海の公海上で通信傍受を行っている時に、ロシア軍機に大いに威圧される出来事が今年に入ってから複数回あった。近年、ロシア機は非常に好戦的で、スウェーデン機の数メートルのところまで接近することが多いという。国防軍通信傍受局(FRA)は、その時に撮影されたSu-27の写真をホームページ上で公開している。


また、つい最近も、国籍不明機に対してスクランブル発進したスウェーデンの戦闘機が超音速で飛んだために、スウェーデンの沿岸部に衝撃波が走り、ニュースになった記憶がある。

今回の事件も、活発になるロシア軍の対外活動の一環かもしれない。スウェーデンを標的にする理由としては、スウェーデンに脅威を与え、NATOへの加盟を思いとどまらせる意図があるのではないかとも憶測されている。(NATOへの加盟は、現在はスウェーデンの政治のアジェンダになっていないし、新政権も今のところはこれまでの非同盟中立を維持する考えだが、近年はNATOとの協力関係もますます強化されており、いっそのこと正式な加盟国になるべきだという考えも国内にはある) また、スウェーデンの領海に潜水艇を使って潜入することで、スウェーデン国防軍の反応を観察し、どの程度の防衛力があるのかを確認する意図があるのではないかという声もある。

さらに、スウェーデン空軍の少佐であり、軍事ネタに関するブログを、職務とは関係なく趣味で開設し、それなりの評判と信頼を集めているCarl Bergqvistによると、ロシアは90年代にスウェーデン領海内の海底にソナーや機雷・魚雷などを遠隔操作で扱うための施設を極秘に設置しており(ロシア側にそれを裏付けるものがあるという)、その機器の寿命が来たため、新しいものに取り替える目的でスウェーデン領海への侵入を活発化させているのではないか、との説を述べている。(どこまで信憑性があるのか私は知らないが、とりあえず紹介しておく)

また、スウェーデン軍による今回の捜索活動が発表された直後は、ロシアではなく、NATO軍の潜水艦という説もあった。というのも、その直前まで、NATO軍による大規模な軍事演習がバルト海のスウェーデン近海で行われていたからである(この演習には非加盟国のスウェーデンも参加している)。その時に参加したNATOの潜水艦がスウェーデン近海に潜んでいるのではないか、とか、ロシアの潜水艦を装ってスウェーデンに脅威を与えることで、スウェーデンの世論をNATO加盟に傾倒させようとしているのではないか、などといった陰謀論もあった。

今回の騒動の犯人として名指しされているロシア「NATOの軍事演習に参加したオランダの潜水艦の仕業だろ。多額の金を使って潜水艦探しをするよりも、とっととオランダ政府に問い合わせたほうが、費用がかからないし、納税者のためになるんじゃね?」との声明を発表している。(スウェーデン国防軍は、現在続く捜索活動の対象がロシアの潜水艦もしくは小型潜水艇だとは言っていないが、スウェーデンのメディアは、軍の内部筋から得た情報をもとに「ロシアの可能性が高い」と報じている)

しかし、オランダなどNATO加盟国の潜水艦であれば、スウェーデン軍は情報を持っているはずであるし、演習に参加したオランダ艦の居場所は分かっているので、その可能性は考えにくいだろう。無論のこと、オランダもロシアの主張をすぐに否定している。