スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

EU新憲法 フランスの国民投票(1)

2005-05-29 07:22:45 | コラム


フランスでEU新憲法の是非を問う国民投票が今日行われた。
投票率は70%にも上り、近年まれなる高い率だという。出口調査によると、反対派が55%に達し、投票前の世論調査の予測どおり否決される模様。

EU新憲法は、これまでのヨーロッパ統合の流れをさらに加速させるものだ。
資源の共同管理や域内の関税の撤廃から始まりEEC、ECそしてEUと発展してきたヨーロッパ連合は、東欧への拡大以降、参加国が25カ国にまで達し、2007年にはルーマニアとブルガリアが加盟することが決まっている。トルコが既に加盟交渉を開始し、さらには旧ユーゴ諸国も近い将来に交渉を始めることが見込まれている。(うちスロヴェニアは既に加盟国)

EUの現在の狙いは、各加盟国の権限を徐々にEUレベルに移して行き、中央集権を加速させ、第二のアメリカ合衆国、つまり“ヨーロッパ合衆国”にならんとすることのようだ。

その流れを加速させるべく書き直されたのが今、焦点のEU新憲法。度重なる交渉の中で3年がかりで草案が作成された。これまで明文化されていなかったことを条文に加えるとともに、加盟国の増加で困難になってきた意思決定を簡潔にする制度の提案などがある。この中身の主なものは、

・価値観の明記。つまり、民主主義と自由、基本的人権の尊重が加盟国の共通の理念であること。

・EU加盟国の国民の権利の明記。つまり、社会権、労働権など。

・EUレベルでの政治的決定を容易にするため、EUの決定に対して、加盟国が拒否権を発動する権利を大幅に削減させる。(税制や外交問題を除く)そして、多くの政治的決定を、代わりに加盟国による多数決によって決める。(単純多数決とは限らない)つまり、この結果、すべての加盟国が同意してなくても、新しい決定がEUレベルで下され、同意していない国々にもその決定が課せられるようになる可能性があるということ。この背景には、加盟国が大幅に増えたため、これまでのEUの意思決定プロセスが非効率になったということがある。

・それから、各国の有権者によって選ばれた議員によって構成されるEU議会に、それぞれの国レベルの議会から、意思決定権を委譲させることで、EU議会により大きな権限を持たせる。

・EU大統領とEU外務大臣のポストを設ける。

・集団的防衛の義務を加盟国に課す。つまり、ある加盟国が攻撃された場合に、他の加盟国が自動的に防衛に手を貸す。しかし、非同盟を掲げる加盟国(例えばスウェーデン)は、軍事的行動を行う必要はない。(しかし、その国が攻撃された場合は、他の国も参戦する?(Asymmetric?))


と、このような感じ。EUの掲げる基本的価値観を明記するとともに、EUにより大きな力を集めようとする狙いもある。そのため、一部の人々からは、EUが超国家的 (Super-state)になり、EU中心主義がますます加速する結果、加盟国レベルでの民主主義の原則が踏みにじられるのではないかと懸念する。

フランスでの今回の国民投票は、EUを一つの国家にしたい人々と、それを阻もうとする人々との争いとなったようだ。だから、どちらに票を投じるかは、結局その人がEUの発展をどのレベルにまで持っていきたいかに関わってくる。

EUの超国家的な統合が進み、加盟国のレベルでの意思決定が難しくなってきた、という懸念もある。最近の例では、ギリシャのギャンブル機販売の規制が挙げられる。ギリシャ政府は国民のギャンブル依存を防ぐために、スロットマシンなどの販売に規制を加える決定をした。しかし、これに対し、EU委員会は、この規制がEU内での経済の自由競争の原則を阻害するものとして、ギリシャ政府に撤回を求めた。こういうときは、各国の決定よりEU委員会の指令(directive)が優先される。

また、スウェーデンでは慣行として労働組合と企業が集団交渉によって、賃金を集団的(collective)に決めてきたが、最近になって外国の企業がこの原則に基づかず、東欧からの労働者を低賃金で雇って、スウェーデン国内で働かせることが問題になっている。労働組合やスウェーデン政府は激しく反発したものの、この企業はスウェーデン政府の判断を不服として、この争いをEUレベルに持ち上げ、近いうちに判断が下されることとなっているが、スウェーデン側が負ける可能性も十分にある。

このようなEUと加盟国との間の紛争は、EUによる民主主義の侵害だ、と見る見方もある。そのため、EUは本来の目的であった、域内の関税の撤廃、共通市場の創設、ヨーロッパ諸国の利害の調整、国境を越えた問題の共同対処(環境問題等)などを行う“協力機構”で十分であり、それ以外の事柄については、各国の議会が民主主義の原則に基づいて決定すればよいのではないか、という意見もある。

逆に、ヨーロッパの統合をさらに推し進めて、EU合衆国の創設を唱える人々の狙いというのは、それぞれ小さなヨーロッパ諸国の経済力・政治力・軍事力をともに統合することで、アメリカと肩を並べ、国際舞台でのアメリカの一極集中主義を阻止すること、それから、統合を密にすることで、ヨーロッパ諸国同士の戦争の可能性をゼロにする、ということのようだ。

後者に関しては、そもそもEU、ECのもともとの始まりは天然資源の共同管理をすることによりヨーロッパ内での第三次世界大戦を阻止することだったのは確かだけれど、経済の統合がここまで加速した現在のヨーロッパで国と国同士の戦争になる可能性はほぼないと思う。それに領土拡大=国力という考え方は古いものではないだろうか。だから、あまり説得的な論拠ではないと思う。


ともあれ、今日の国民投票は本国ではずいぶん白熱したようだった。将来の政治制度を大きく変えかねないこのような問題に対して、国民一人一人が賛否の票を投じることができるのは、とても理想的に聞こえるかもしれないが、果たしてそうか? 投票に先駆けた報道を聞いていると、一般の国民の少なからずの人が、EU新憲法ってなんのこと?今までとどう違うの?と、内容をよく把握しないまま、票を投じるケースが目立つ気がする。むしろ、なんとなくYesとか、もしくは、現在の高い失業率に対する不満を賛成派のシラク大統領にぶつけるために、No票を投じる、という動きもあったようだ。

こういう専門知識を要する技術的な問題に対して、国民投票をもちいるのが、果たしてよいやり方か、これは大いに議論されるべきことだと思う。(スウェーデンで2003年に行われたユーロ加盟の是非を問う国民投票でも、同じような問題があったので、また後ほどまとめてみます。)