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とつぜんリストラ風雪記 14

とつぜんリストラ風雪記13

第14回
 H屋D堂には2003年6月から2004年3月までの9ヶ月間在籍した。なんとも奇妙で異様な会社(あれを会社というのか疑問だが)だった。それでも、半年間の求職活動の末に得た就職先。なんとかがんばったが9ヶ月でこの職場を去ることになった。

 H屋D堂は下半身病気の薬を通信販売している。「薬寮」と称する直売所で、直売もしているが、通信販売の占める割合が多い。
 日曜日の新聞のテレビ欄に広告を出して、その広告を見た人がサンプルを請求。サンプルとともにカタログ、PR誌の類いがドッと送られてくる。だから扱う病気は一種だが、制作する印刷物は多種にわたる。小生は、この印刷物を制作するためコピーライターとして採用された。
 制作室の先輩社員は、ライター3人、校正係2人、校閲チェック1人、デザイナー1人、編集進捗1人の8人。これにコピーライターの小生を入れて9人。
 先輩のライターは2人が元新聞記者。1人がコピーライター。全員が小生より歳上。小生の直属の上司は、Nという産経新聞の記者だったという60過ぎのおっさん。みんな身分は正社員ではなく契約社員だった。
 小生の仕事は、PR誌の「闘病記」の作成と、コラムなどの執筆。小生の書いたコピーをNがチェックするのだが、新聞の記事とコピーはまったく違うジャンルの文章、かみ合うわけがなく、かみあわないままNとのつきあいは終わった。
 コピーのチェックはNが最終でなない。淡路島に事務所兼自宅をかまえるSというおばさんがおった。そのおばさんのチェックを受けて、当主が最後に目を通してやっとOKとなる。SはH屋D堂の社員ではない。昔は社員だった。今は独立して広告編集の事務所を持っている。とはいっても、H屋D堂の仕事しかしていないが。Sは当主の覚えがめでたく、SがOKすると当主もOKだ。このS、文章も広告もプロではない。Nの話によれば、当主の子供の家庭教師をしていた女で、当主に気に入られて、H屋D堂に残って文章書きの仕事をしているとか。
 この女、小生の書いた原稿は、ことごとく赤で修正指示を加えて返してくる。納得のいく修正もあったが、ほとんど疑問に思う修正ばかりだった。S自身も原稿を書くが、文章そのものは、長年書いているだけあって、小生の目で見て合格だったが、こと広告という点から見れば不合格。広告の専門教育を受けていないことが歴然としている。一度そのことを指摘したらえらい怒られた。
 小生のメインの仕事は「闘病記」の作成。11回で書いたが、大昔、1度だけここの「闘病記」の仕事をしたことがある。あの時は長野県松本市まで取材に行って、患者本人から話を聞いて記事を作成した。ところが、今は取材なんかしない。患者が提出した病気に関するデータを元に記事を書く。また、以前に「闘病記」を掲載した人の場合、その記事をリライトする。
 ともかく、H屋D堂の出す印刷物の文章は、非常にクセというかアクが強い。小生もかなり苦労した。
 まず、下半身病気の原因は体内に蓄積された老廃物。H屋D堂の主力商品H膏はその老廃物を体外に排出する。現代医学はこの病気に無力。一時しのぎをするだけ。手術は百害あって一利なし。
 あなたの身体はあなただけのものではない。天地父母先祖から授かった大切なモノ。だから当堂のH膏で一日も早く健康を取り戻すべし。
 当堂の当主は、下半身病気根絶を願い、日々精進を重ね、一品一品心を込めてH膏を手作りしている。
 で、「S便り」というPR誌を発行しているのだが、1種類ではない。対象読者に応じて何種類ものパターンを出している。
 サンプル請求してきた人向け。薬を買ってもらって30日目。60日目。もう薬が切れていると思われる人。重症の人向け。軽症の人向け。そして、時々、「短期集中療法」といってH膏を大量に使わせるキャンペーンを張る。
 このH膏というのはものすごい高価。中には効いて完治する人もいるらしいが、重症者が完治するまでには、ひどい人で3桁万円ぐらい使う人はめずらしくない。興味のある人は新聞によく広告が載っているので、サンプル請求をしてみるといい。ただし、かなりしつこくDMを送ってくる。
 ともかく非常に高価な家伝薬を買わせるために、一生懸命に演出をしている。
当主というおっさん。スキンヘッドにして、ぱっと見は坊主みたいに見える。このおっさんのカリスマ性で薬を売り会社を支えている。当然ながら独裁者で、小生のような契約社員は奴隷あつかいである。
 当主は西宮や大阪の本社にはいない。兵庫県の東条湖の近くにいる。工場は東条湖にあって薬はここで製造している。工場とはいわずに修治道場といっていた。またこの東条湖の工場はH屋D堂の××山△△寺という広大なお寺もどきの施設のなかにあって、H膏で完治したとされる善男善女がお参りに訪れる。
 この東条湖、西宮、そしてH屋D堂発祥の地愛知県N市をH衆の3聖地といっていた。特にご当主がおわす東条湖は神聖な地とされていた。
 なんでも、このあたりは太古に巨大な爬虫類恐竜が闊歩していて、古来より竜が棲む土地、その東条湖のほとりで、寒い六甲おろしに耐えながらH膏をご当主が作っておられる。
 当主は自分でも原稿を書く。校正がまわってくるわけだが、上記のようなことが当主の原稿に書いてあった。間違いを指摘した。
 東条湖は人造湖である。ダム湖である。そんなに神聖な湖ではない。小生はずっと兵庫県に住んでいて東条湖にも何度かドライブに行ったが、竜が棲むなんて伝説は聞いたことがない。このあたりにジュラ期白亜期ともに恐竜がいたという話も聞いたことがない。最新の学説では恐竜は爬虫類ではない。どっちかというと鳥類に近い。六甲おろしは六甲山の南側の神戸、阪神間に吹き降ろす風。東条湖とは縁もゆかりもない。地図を見ればわかる。
 もうひとつ、読者から当主への質問コーナーがある。そこで、便に血が混じるという質問があった。当主の答え。「それは下半身病気です。ただちに当堂のH膏で治療しなさい」そういう症状では一番恐いのは大腸癌。消化器の専門医に診てもらって内視鏡検査をすべきだと思うが。さすがに原稿のこの部分は、おっさん修正したが、他の部分は小生が辞めた後の発行分だったのでわからない。
 ここの印刷物の一番の特徴は断定すること。だから製薬会社というより、ある種宗教のようだった。当主が教祖で患者が信者。だから薬に対する信頼は絶対で広告活動もそれを一番のコンセプトとする。下半身病気は西洋医学では絶対治らない。当堂のH膏は絶対に治る。だから信じて使いなさい。今から短期集中療法を行えば、○月○日までに絶対完治します。断言する。薬の広告でこういう断言は薬事法違反。ところがH屋D堂の広告は、マスコミ広告は新聞広告だけ。そこではさすがに薬事法を守っているが、DMは広告ではなく私信という解釈で薬事法を無視していた。
 入社してすぐに500円取られた。なんだと聞くと。会費だとのこと。H屋D堂吟なんとか会という詩吟のクラブ。否応なしである。半強制的に入会させられた。なんでも当主が詩吟が好きだそうだ。小生、詩吟なんてもんはまったく興味はない
 昼休みは、小生、本を読んでいる。火曜日だけそれができない。N女史という西宮の事務所の一番エライおばさんがいる。このおばさんも淡路島のS同様、当主の覚えめでたきおばさんだが、こやつは詩吟の師範で、火曜日の昼休みいっぱい、おがおがおがおが詩吟の稽古。上方落語に「寝床」というのがあるが、あれは旦那が、自分の浄瑠璃を店子や店のもんに無理やり聞かすのだが、こっちは無理やり詩吟をうならされる。そして、時々昇段試験といって、休日をつぶして、東条湖まで出向き当主の前でうなって段をもらう。さすがに小生はそれは断った。それやこれやで、当主、S、N、N女史らに、小生は従順な契約社員とは思われていなかったのではないか。
 決定的となったのはSとの電話だった。「あなた薬アリと薬ナシの違いをどう解釈してるの」
 手元に薬が残っている読者向けと、残っていない読者向けに記事を書き分けなければいけない。薬アリの人にはたゆまずH膏で治療を続けてください。薬ナシの人には、薬の注文を失念されているのではないですか、治療を中断すると必ず再発しますよ。
 薬ナシの人は完治した人かもしれない。そのことをまず確認して予後の適切なアドバイスを送るのが、製薬業に携わるものの義務だと思うのだが。ところがS=当主はそういう考えではなかった。電話でいいあいになった。不毛な議論がいやになって適当なところで電話を切った。またかかってきた。「あなた上司の電話を途中で切るとはなにごと。ご当主に申し上げる。キー」
 この女、小生の上司ではない。小生の上司はNだ。SはH屋D堂を離れて独立した女。正確には外注業者である。
 それから数日後、小生はクビになった。
 最後に付け加えるが、H屋D堂のH膏で下半身病気が完治した人がいることは事実である。だからこのブログの読者で、この病気で苦しんでいる人は、ここの薬を使うことは一概に反対はしない。ただし半端なお金ではない。そのへんの覚悟は必要。大金を使って治らない人もいるし、完治する人もいる。
小生は、幸いその病気ではないが、身近に患者がおれば、やっぱり専門医の診察を受け、必要ならば手術する方を勧める。
 
 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (そのえだ園子)
2008-08-01 08:50:30
あのひらがな一文字濁点つきのデカイ看板。H屋D堂のコトをちょこっと調べてみました。通販のみの販売といえ、そのしつこさは尋常じゃないようですね。センセのいうように宗教的な匂いがします。
文中のSとNのオバサンが強烈ですね。読むぶんには、けったいだけど大変面白いお話でした。
 
 
 
園子さん (雫石鉄也)
2008-08-01 13:56:16
SとN女史の二人のおばはんも、けったいなおばはんでしたが、やっぱり一番強烈なのは当主でした。
こいつ、いかにも修業を積んだ高僧然としていましたが、私の目から見て、とんだ偽坊主の俗物でした。
 
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