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せきをする男

 私が毎朝乗る電車は二番電車だ。朝早い。乗る車両は最後尾と決めている。数年前に大きな脱線事故があってから先の方の車両に乗る気がしない。
 朝が早い電車だから乗客は少ない。同じ時間、同じ車両。乗っている顔ぶれはいつも同じ。顔なじみといってもいい。とはいっても別にあいさつはしない。視線があっても会釈もしない。毎朝、同じ電車に乗り合わせているという接点しかない人たちだ。
 座る場所まで同じ。今時、ソフト帽をかぶっている男。分厚い本を熱心に読んでいる老人。連結部に近い座席に座って眠っている青年。電車に乗っているあいだ、ずっと携帯電話とにらめっこしている男。
 私はいつも、片側に三つあるシートのうちの、一番後ろよりの端っこに座って新聞を読んでいる。 
 毎朝、私と同じシートに座る男がいる。私は後ろよりだが、男は前よりにいつも座る。そのシートには、毎朝、私たち二人が座るだけ。お互い顔は知っているが、どこのだれとも知らないし、もちろん言葉を交わしたこともない。
 ごほごほ。男がせきをしている。風邪でもひいたのか。新型インフルエンザだったら嫌だなあ。
 次の日、男はいなかった。休みらしい。やはり風邪だったのか。
 ごほごほ。ソフト帽の男がせきをした。
 次の日、ソフト帽男は電車にいなかった。
 ごほごほ。本読み老人がせきをした。同じシートの男が出てきた。
 連結部青年がせきをして、次の日休んだ。携帯男がせきをして、次の日休んだ。
 なんだか熱っぽい。風邪らしい。幸いインフルエンザではないようだ。ごほごほ。せきが出る。
 その日は会社には出勤したが、昼から早退した。夕食も食べずに寝た。次の日も一日寝ていた。その次の日の朝、すっかり風邪は抜けていた。全快。さ、出勤しよう。
 いつもの駅で、二番電車を待つ。電車が来た。いつもの場所に座る。横を見る。いつもの男がいた。視線があった。お互い会釈した。
 目的地に着いた。降りよう。ソフト帽男は私と同じ駅で降りる。改札の所で顔があった。
「おはようございます」
「おはようございます」
 双方、ごく自然にあいさつを交わした。改札を抜けると、手を振って別れた。
 
 いつもの二番電車が来た。ドアが開く。乗る。いつものメンバーが全員そろっている。
「おはようございます」
 みんな大きな声であいさつをした。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
お願いです (もぐら)
2011-11-24 18:14:47
こちらの作品 さとる文庫で読ませていただきたいのです。
声質がだめだと思われましたら、おっしゃってくださいね。
よろしくお願いいたします。
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2011-11-24 18:28:47
さとる文庫での朗読OKです。
読んでください。
楽しみにしております。
 
 
 
ありがとうございます (もぐら)
2011-11-24 18:42:25
一生懸命読ませていただきます。

ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
 
 
 
ありがとうございます (もぐら)
2011-11-27 11:34:25
さとる文庫 配信しました。
ありがとうございます。

どうでしょうか。
よろしくお願いいたします。
 
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