中級機レン

　あと三〇キロ。なんとかガソリンは持ちそうだ。深夜、こんな山の中でのガス欠は避けたい。　前を古いトラックが走っている。止まって何かを道路脇に捨てた。ものすごい勢いで走り去った。不法投棄の現場を見たわけだ。
　パソコン、冷蔵庫、大型テレビモニター、ロボット。そこには様々なものが積み上げられている。こういう不法投棄は、最初の一個が捨てられたら、それが呼び水となって、次々に捨てられる。
「悪いヤツだ」
　そうつぶやいて立ち去ろうとすると、物音がした。カタッ。小さな音だ。赤い小さな光も見える。ＬＥＤが点灯しているらしい。
　車から降りて、懐中電灯照らすと、ロボットの腕がかすかに動いた。
　家庭用の汎用ロボット。バッテリー駆動の中級品だ。メーカーは西柴。国産だ。最近は韓国、中国製のロボットが大量に出回り、価格が大幅に低下している。国産のこのタイプなら新品で一〇〇万以下。中古なら一〇万円でお釣りが来る。新品との買い換えならメーカーが引き取ってくれるが、廃棄するだけなら、中古ロボット業者に売っても二束三文。廃棄となれば所有者が、廃棄処理費用を自己負担しなくてはならない。そういう理由で、こいつは、深夜、山中に捨てられた。
　バッテリーがまだ生きているらしい。ちょうど良かった。家事用のロボットが欲しかったところだ。
「私、レン、といいます」
　中級機だからしゃべる。安い下級機なら、メッセージがディスプレイに表示されるだけだ。
　ガレージに駐車したら燃料系がＥとなった。あぶないところだった。これで、ドライブはしばらくできない。五〇リットルのガソリンを買うのに、半年間、飲まず食わず同然の生活をして、やっと金を貯めた。ガソリンは同じ容量の高給ブランデーと同じ価格なのだ。
　地球上を走行する機械は、ほぼ一〇〇パーセント電動モーターが動力だ。極めて高価な趣味の一つがガソリン車の運転だ。そのようなバチ当たりの道楽者たちに供給するためだけに、ごく細々とガソリンが製造されている。「起床の時間です。朝食の用意ができました」　トースト、ゆで卵、サラダ、コーヒーがテーブルに並べてある。
　ゆで卵は固ゆでだった。私は半熟が好きなのだ。明日は半熟にするように、調整しよう。　レンは中級品だから手動で調整しなくてはならない。上級機だと、口でいうだけでいい。
　山中で拾ってきた、レンは、まだまだ使えるロボットだった。バッテリーを充電し、関節部分にグリースをさしてやるだけでなんの支障もなく動く。
　三ヶ月ぶりだ。レシプロエンジンの心地よい振動。アクセルを踏むと背中が蹴飛ばされような加速。ゴムとガソリンの臭い。咆哮する排気音。やはりガソリン車の運転は楽しい。レンのおかげだ。
　私が知らないのに、私の銀行口座の数字が増えている。銀行に問い合わせると、家の総合端末から送金されている。現金をレンに送金させているが、身に覚えのない金が、送金の金額にプラスされている。
　レンに聞くと、レンが自分の金を足して、送金しているといった。私の恩に報いるためといった。
「申し訳ありません。火傷はしなかったですか」
　夕食のスープをテーブルに置く時、トレイをひっくり返した。
「だいじょうぶだ。それよりお前、左腕の動きがおかしい。故障か。修理しなくちゃ」
　それからレンは次々と身体に不具合が出てきた。片目しか見えない。右足の間接が曲がらなくなった。耳も遠くなったようだ。古い中級機だから、しかたないが、老朽化が急速すぎる。
　ドライブからの帰宅途中、街でレンを見かけた。車を駐車して、こっそり後を付けた。裏通りに入っていった。一軒のジャンク屋に入っていった。その店は私も時々来る。ガソリンエンジン用の点火プラグをこの店で買っている。古い電子パーツや機械部品、生産中止になったロボットの部品などを扱っている。
　レンが店を出てから、入れかわりに私が入った。店主に聞いた。あのロボットは何をしに来た。
　自分のパーツを取り外して売っている。レンは生産中止になってかなり経つ機種だ。それでも同型機を愛用している人が多く、修理用のパーツを欲しがる人が多く、けっこうな値段で売れる。買い取り値もいい値だそうだ。
　レンは中級機ではない。超高級機のロボットだ。恩を知るのだから。

あそこは「三宮」駅である

　阪神と阪急が三宮駅の駅名を変更する予定だとか。「三宮」が「神戸三宮」に変わる。判りやすくするため、大都市の名前の神戸をつけたとか。反対である。神戸市民として不愉快だ。
「三宮」だったら判りにくいのか。「三宮」？さて、どこの街だったかいのう。と疑問に思う人がいるだろうか。もちろん、そういうご仁もいるだろう。「ワシントン」？さて、どこの国の街かいのうという日本人もいるだろう。「東京」？それはどこの街だ。韓国か中国か、というアメリカ人もいるだろう。しかしそういう人たちはごく少数派で、ほとんどの人は三宮といえば、神戸の顔ともいえる繁華街だと知っているだろう。
　政令指定都市で「三宮」という繁華街を持っている都市が神戸以外あるか。神戸だけだろう。だったら「三宮」でいいのではないか。神戸市内のＪＲの駅で「摂津本山」という駅がある。この駅の所在地は神戸市東灘区である。この駅が開業した時四国に「本山」という駅があった。だから区別するために摂津の国の「本山」ということで「摂津本山」ということになったとか。今回はそれとは違う。阪急阪神の営業圏内に「三宮」はない。こういう文脈で行くと、「梅田」は「大阪梅田」にしなくてもいいのか。「梅田」さて、それはどこのことかいのう。京都だったかな？
　阪神タイガースの俊介くんはフルネームは藤川俊介という。彼が入団した時藤川球児が守護神として君臨していた。で、スコアボードでは球児が「藤川」俊介が「藤川俊」で、今は「俊介」である。新井良太が阪神に入った時、兄新井貴浩は阪神の主力選手だった。良太がレギュラーになった今でも兄は「新井」弟は「新井良」と表記される。
　ことほど左様に後になったモノは、判りにくいから、判りやすいように説明的語句がくっつく。俊介が入った時の阪神で藤川といえば藤川球児である。良太が入った時の新井といえば新井貴浩である。三宮といえば神戸のことである。わざわざ「神戸」とつける必要はない。
　宣言する。今後このブログであそこの駅のことは「神戸三宮」とは表記しない。「三宮」と表記する。「マツダズームズームスタジアム」を認めず、このブログでは「広島市民球場」と表記するのと同じ理由である。