隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

2044.ヴィジュアル・クリフ 行動心理学捜査官 楯岡絵麻

2021年08月31日 | 警察小説

 

ヴィジュアル・クリフ
行動心理学捜査官 楯岡絵麻
読了日 2020/05/26
著 者 佐藤青南
出版社 宝島社
形 態 文庫
ページ数 342
発行日 2016/04/20
ISBN 978-4-8002-5455-9

 

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7巻まで持っているから、割合早く読めるのは嬉しいが、早く読み終わるのは淋しい気もする。と言うことで何度も間に他の本を読んで、出来るだけ読み終えるのを後らそうとしなくたって、僕の本を読む速度は日増しに遅くなっているから、ただでさえ日時が掛かっている。
それでもブログに投稿するのはもっと時間がかかっている。文章を作る能力も負けず劣らず、と言う言い方は違うか!文章を作るほうが読む速度より格段に遅いから、次第に読み終わった本がたまっていく。
いろいろと課題は山積しているが、まだ変わらないのが、僕の読書意欲だろう。面白そうな本を見つけては、古本を捜したり、図書館をあさったりして、読み続けているのが現状だ。
今となっては僕の趣味と言えるのは読書くらいしか残っていないから、そのために多少の時間を割くことは苦にならない。いや、それどころかそれも楽しみの一つとなっているのだ。一番いいのは、こうしたシリーズ作品にぶち当たれば、しばしの間はそのシリーズに没頭すればいいのだから・・・・。

 

 

このシリーズ作品はセカンドシーズンまでテレビドラマ化されており。主演の楯岡絵麻を演じた栗山千明氏の名演がストーリーの雰囲気をいやがうえにも高めており、原作のファンにも納得がいったのではないかと思わせた。
僕は彼女の持つ一種不可思議な雰囲気は、ずっと以前NHK教育テレビ(現NHKEテレ)で放送された「六番目の小夜子」以来のファンであり、また今では同じくNHKのBSで不定期に放送されている「ダークサイドミステリー」など、多数の番組で活躍しており、その何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出しているところが好きだ。
一読、本シリーズはマンネリ化しやすいと思われる展開だが、そこは楯岡絵麻の捜査方法や、行動心理学の応用がそれを抑制するかのような変化を見せながら、匠の技を繰り出して、容疑者を自白へと導くさまが飽きさせない。
容疑者は絵麻の行動心理学にいいように操られて自白へと追い込まれるのだが、その絵馬に行動心理学を講義したかつての教授が、なんと今回は容疑者となって、絵麻の前に立ちふさがるのだ。
果たして彼はその心理学を逆に応用して、絵麻の尋問に答えるのだが、絵麻は教授の心理学を応用した対抗策にどう立ち向かうのか? かつての講師と弟子の対決がどのような結末を迎えるのかが今回の見どころ読みどころだ。

 

 

日8月31日は家族で、と言っても僕とカミさんと娘の3人だが、早めの昼食のため市内の和食レストラン・“とんでん”に行った。3人のそれぞれの誕生祝に外食をするというのが我が家の習慣で、8月はカミさんの誕生日で、実際はもう少し前なのだが都合があって、8月最終日の今日に延び延びになっていた。
この和食レストラン・“とんでん”は、普段は結構込み合っているのだが、コロナ禍の中と言うこともあり、また早目のお昼と言うことも重なって、店内は空いていた。
我が家はコロナのワクチン接種は僕だけだが、カミさんはいろいろ基礎疾患を抱えており、副作用を怖がって接種をしていない。娘も既に50代半ばを超えているから、早目に接種をしたほうがいいのだが、まだ決心がつかないようで、心配だ。
施設に入所している息子は、施設の責任者から先月に連絡が入っており、既に接種を終えているようだ。
いろいろと言われているが、僕は病院や医師を100%信頼しており、ワクチン接種も早くから時期が来たらすぐにも打つ準備をしていたくらいだ。
だが、こればかりはそれぞれの個人の思いを尊重すべき問題なので、僕はカミさんにも、娘にも強制はしていない。一日も早くウィルスの脅威が治まることを願うばかりだ。

 

 

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2043.ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ 扉子と空白の時

2021年08月25日 | 図書
ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ
扉子と空白の時
読了日 2021/05/06
著 者 三上延
出版社 KADOKAWA
形 態 文庫
ページ数 281
発行日 2020/07/22
ISBN 978-4-04-913083-6

 

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リーズの第2シーズンと言う意味なのか、タイトルがビブリア古書堂の事件手帖Ⅱとなっている。
前巻の『ビブリア古書堂の事件手帖 扇子と不思議な客たち』の所では、そのⅡがなかったから、いろいろ書いたが、今回はその第二シリーズだということが分かった。
扇子とはビブリア古書堂の店主栞子さんと五浦大輔との間に生まれた女児が成長した姿だ。
そして、母親の栞子さんや祖母の篠川智恵子双方の地を受け継いでいる扇子が、劣らぬ活躍を見せていくのだろうと、大いに期待を持たせるのだ。
シリーズ作品がこうして、物語の進展とともに、登場人物たちの境遇や年齢を重ねていくことに、僕は長く続いていくことを想像して嬉しくなる。作者としては物語の進展とともにキャラクターの変化などにも心配りをすることに、大変さが増すだろうが、読者としてはその辺の変化も楽しめることになり、より深く作品を理解することが出来るというものだ。

 

 

 

本好きな僕は、ミステリー読書雑感ということから、読む本は主としてミステリーなので、このシリーズにもかつて僕の読んだ本も時々登場するが、知らない本も出てきて、そのうち読もうかと思わせる。だが、僕のその内はあまり到来したことがないから、読まないことの言い訳かも知れない。 本当はミステリーだけでなく、良く知られた文学作品も中学生時代を思い出して、読んでみるのもいいかもしれない。しかし今のところそう考えるだけで、先行きの長くないことを知りながらも、なかなか手を出せずに いる。 それほど長くない先行きの事を考えれば考えるほどその間に出てくるミステリーの傑作を読み損なうことの怖さを実感しているからだ。 実際には僕が思うほど、そうしたことにはならないのだろうが・・・・。

 

 

回は、僕の好きなミステリーをテーマに、それも全編横溝正史と銘打つだけのことはあって、大変興味深い内容となっているのだ。僕がミステリーに開眼したことの一つにも横溝作品は大いに役立っているからだ。
その時代はまだまだ“怪奇探偵小説”などと言ったコピーが幅を利かせていた時代で、横溝氏が目指した本格推理が多くのファンに支持されるのはもう少し後になってからだ。
このころ雑誌「宝石」に『悪魔が来りて笛を吹く』が連載されていたことや、江戸川乱歩氏と木々高太郎氏の本格変革論争などと言う、ことも今となっては懐かしくもあり、少し侘しさも混じる心境となる。

昨日行われた、横浜市長選挙は、立憲民主党が擁立し、共産党や社民党が推薦した山中竹春氏が圧勝した。総理大臣菅氏が応援した、小此木八郎氏は残念ながら、大分差が付いた2位に終わった。
この結果が今後行われる衆議院選挙にどのような影響を与えるのか?大いに関心の向かうところである。
選挙は水物と言われるが、予想外の結果が様々な所に影響を及ぼすことになることが、素人の僕にも予想できることが、何とも言い難い。

 

収録作
# タイトル
プロローグ  
第一話 横溝正史「雪割草」Ⅰ
第二話 横溝正史「獄門島」
第三話 横溝正史「雪割草」Ⅱ

 

 

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2042.ニャン氏の童心

2021年08月22日 | ファンタジー
ニャン氏の童心
読了日 2021/05/04
著 者 松尾由美
出版社 東京創元社
形 態 文庫
ページ数 264
発行日 2017/02/24
ISBN 978-4-488-43908-8

 

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盆休みが明けて僕の仕事(メール便の配達業)が、再び始まった。休み明けの仕事は結構たくさんあって、その仕分けや読み込みに、時間がかかった。仕事がたくさんあるのは大いに歓迎するところだが、だんだん体力も衰えて、自分が考えているよりずっとスタミナの消費速度は上がっているようで、目に見えて疲れがたまってくようだ。
少し前までは、まだまだ働けるという気がしていたのに、それはずいぶん前のような気がしている。まだ81歳で、弱音を吐くには早すぎるのではないかと、思うが実際には弱音ではなく本音なのだ。
せめて85歳くらいまでは頑張ってみようと思うが、この細い体がもつかどうか、保証の限りではないというのが本当のところだ。

 

 

 

しかし新型コロナの勢いは、僕の体力、気力とは反対に、増々その勢いを増すばかりだ。
政府の施策の失敗ばかりを責めるだけでは、解決しないだろう。あまり言いたくはないが、究極のところ自助努力が求められている。“自分の命は自分で守る”しかないのだ。わが木更津市の感染者数は1,000人を超えて、少しずつではあるが毎日その数を上乗せしている。どこで誰が感染をしているのだろうと思うが、人それぞれ事情は異なり一概にその行動を責めるわけにはいかないのだろう。
僕の場合をいえば、前にも書いたが、ワクチンの接種には何の副作用もなく、接種後の生活に一遍の不都合もなかった。運が良かったのか、それとも体質の問題か?若い人たちの間には、副作用を恐れてワクチン接種を拒む人が多いと聞く。そのために感染者が増えているというのなら、それは本末転倒と言うか、いや、意味合いが少し異なるか?誰のためのワクチン接種かに、はき違えがあるのか?
問題は簡単ではないが、いずれにしても感染を食い止めて、一日でも早い日常を取り戻すために。何をすれば、良いのか、何をしてはならないのか、誰しもが考えるときだろう。

 

 

の知らない間にニャン氏のシリーズは3巻出ていて、木更津市立図書館に蔵書としてあるから、いつでも読めるらしい。松尾由美氏の短編はちょっとした日常の謎を扱う短編が楽しいから、読みたいという読書欲を満たせる。 タイトルから推測すれば、多分猫が探偵役を果たすのだろう。
猫とミステリーは切っても切れない縁があり、化け猫などの怪奇譚や探偵役やその助手役など、多くのミステリーにも登城して、活躍ぶりを示している。
僕が中学生の頃に発足した、江戸川乱歩賞の公募第1作が仁木悦子女史の『猫は知っていた』もそうした猫を絡ませたミステリーだったのではないか。僕はそれにより女性ミステリ作家が誕生したことに、驚きと喜びを同時に味わったものだった。(実際はそれ以前にも女性ミステリ作家はいて、僕が知らないだけだったのだが・・・・)
今では、エドガー・アラン・ポウ氏の『黒猫』を引き合いに出すまでもなく、猫が絡むミステリーは数限りなくある。我が国でも赤川次郎氏の三毛猫ホームズ―残念ながら僕このシリーズを読んでないから、何とも言えないが…―をはじめ、たくさんの猫探偵が活躍しているらしい。
最近の犬猫ペットのブームともいえることも、こうしたミステリーがもてはやされる要因か。

中堅の出版社・プラタナス書房で働く編集者、田宮宴は港区に事務所を構える童話作家、ミーミ・ニャン吉氏の所へ1年くらい通っていた。田宮の相手をするのはいつも秘書の丸山だった。
彼がミーミ・ニャン氏の言葉を田宮に伝えるのだが、いつもそばには、タキシードをまとい、蝶ネクタイをした政争の紳士を思わせる様な柄の猫がいた。多分その猫が実はミーミ市ではないかと思わせるのだが、確たる証拠はない。
しかし第1巻の『ニャン氏の事件簿』から、いつも丸山の隣に鎮座する猫がニャン氏であることを想像させており、いよいよ本書の中ほどで、丸山がの事実を明かして、ニャン氏の正体が知れることになる。

 

初出(ミステリーズ!)
タイトル 発行年月
袋小路の猫探偵 Vol.85 2017年10月
偽りのアプローチ Vol.86 2017年12月
幸運の星の下に Vol.87 2018年2月
金栗庵の悲劇 Vol.88 2018年4月
猫探偵と土手の桜 Vol.89 2018年6月
ニャン氏のクリスマス Vol.90 2018年8月

 

 

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2041.マツリカ・マジョルカ

2021年08月17日 | 青春ミステリー
マツリカ・マジョルカ
読了日 2021/05/02
著 者 相沢沙呼
出版社 KADOKAWA
形 態 文庫
ページ数 250
発行日 yyyy/mm/dd
ISBN 978-4-04-110115-5

 

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昨日から右足の第4趾と第5趾の付け根あたりが腫れて痛い。何だろうと思ったが、もしかしたら痛風の症状か?普通、痛風は親指の付け根に尿酸がたまって発症するのだが、僕はその痛風持ちなのだ。
しかし、薬指と小指の付け根が晴れるのは初めてだ。夜になると増々痛みはひどくなって、普段でさえ寝つきが芳しくないのに、これでは寝られないかもしれないと思っている内に何とか寝付いたが、その後が大変だった。
1時間おきくらいに小用で目が覚めた。こんな時は迷わず病院へ行くべきなのだが、このところ病院にも行ってなく、なんとなく行き辛い感じだ。だが、やせ我慢はするものじゃない。小用で目が覚めるのも足の痛さがあるからだろう。それでも朝になったらいくらか痛みは和らいできた。しかし歩くと痛い。
風にあたっても痛いから痛風と言うくらいで、初めてこの症状が出た時はとても我慢できずに病院に駆け付けたほどだったが、何回か経験するうちにその痛さにも、次第に慣れたようだ。できれば通院せずに、このまま自然に腫れが引いて、痛みが治まるのを待ちたい。
それにしても昨夜は8月に居は珍しく気温が低く寒いくらいだったから、夜中に毛布を一枚出してタオルケットの上にかけた。九州や中国地方の大雨は長く続いて、各地で川の増水や堤防の決壊で、住宅地が水浸しになったところも少なくない。何とも気の毒なことだが、遠くに住む年寄りが嘆いても始まらない。

 

 

 

前回(4/28だが、ブログへの登録は8/15)に、このシリーズの最新刊『マツリカ・マトリョシカ』を読んで、わりと面白かったという印象だったが、前に読んでいるこの作者の『MEDIUM メディウム 霊媒探偵城塚翡翠』と言う作品に、期待した以上のショックを感じて、他の作品も少しずつ読んでみようと思ったのだ。
著者の作品を初めて読んだのは鮎川哲也賞を受賞した、『午前零時のサンドリヨン』(この作品も後にシリーズ化された)で、青春ミステリーだったが僕にとっては、なぜか気になるタイトルで読んでみたいという気にさせたのだ。
タイトルと言えば思い出すのは三谷幸喜氏のと言うより、やはり田村正和氏のと言ったほうがいいのか、惜しくも亡くなってしまったが、多くのファンを持つ田村氏は、他にも数々の名作映画・ドラマを持っていたが、中でも眠狂四郎シリーズは、決定版と言ってもいい。
話がそれた。ドラマ、古畑任三郎シリーズ初期のエピソードに、笑福亭仁鶴氏が客演した「殺しのファクス」があり、その中で作家に扮した仁鶴氏のセリフに、「タイトルは辞書を開いたページの文字からつける」と、正確ではないが、古畑に対してそのような意味の言葉を発して説明する。
滑稽さを前面に出した仁鶴氏の演技が可笑しさを誘っていた。この話はどこか他の所でも紹介したが、タイトルを重要視する僕は、全く真逆ともいえるこのエピソードが心に残っている。

 

 

が、主人公柴山祐樹と魔女のようなマツリカの出会いが、どういう経緯か分からないから、いまいちな所もあって、やはり第1作から読むべきだったと今頃思っても遅いが、袖ヶ浦市立図書館まで行って借りてきた。 (木更津も君津も貸し出し中だったので)
柴山祐樹が学校の近くの、廃墟のような雑居ビルを見ると、4階の窓から身を乗り出している、女の子が見えた。着ている制服が彼の学校のものだったから、同じ学校の女子生徒だろう。彼はその恰好から自殺するのではないかと思い、駆けつけるととんだ勘違いだったと分かるが、彼女は彼に原始人を探すようにと半ば命じるように言うのだ。
その代わりに彼に勉強を見てやるという条件を提示したのである。
学校には夕方になると旧校舎の裏にどこから“ともなく原始人が現れて、全力疾走で校庭の方に駆け抜ける”という怪談が噂されていた。
彼よりは少し年上に見えるマツリカさんは、彼のテストの成績なども知っており、命令を断ることはできなかった。と言うのが彼とマツリカさんの出会いだった。
そんないきさつがあった後は何かとわからぬ問題を、マツリカさんの助力で解決していくという生活が始まって、見置き所もないような柴山君だったが、充実?した人生が始まるのだった。

 

そんな事が分かったところで、僕の通風の症状は相変わらずだが、カミさんが貼ってくれた湿布薬が効いて、いくらか腫れも引いて、痛みも治まってきた。これなら何とか病院にもいかずに済みそうだ。

 

初出(小説野性時代)
# タイトル 発行年・号
1 原始人ランナウェイ 2010年11月号
2 幽鬼的テレスコープ  2011年4月号
3 いたずらディスカイズ 2011年7月号
4 さよならメランコリア 書き下ろし

 

 

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2040.マツリカ・マトリョシカ

2021年08月15日 | 青春ミステリー

 

マツリカ・マトリョシカ
読了日 2021/04/18
著 者 相沢沙呼
出版社 KADOKAWA
形 態 文庫
ページ数 396
発行日 2020/03/25
ISBN 978-4-04-109003-9

 

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ログに投稿する前に10冊ばかり読んでしまった上、記録をしたノートの整理が追い付かず、前後が入り乱れてどれが先だか後だか分からなくなって、めちゃくちゃだ。
4月13日にノートを整理しようとしたら、そんなことで全く嫌になった。
1週間ほど前から、歩くと眩暈がして、少しふらつくようになった。ネットで調べたら脳の病気かも知れないという、看過できない状態らしい。それでも今日行こうか明日にしようかなどとしている内に1週間もたってしまった。と、言うのもそうした状態が始まってすぐその翌日だったか、重い荷物を二階へと運んだせいで、腰を痛めてしまったのだ。
数年前に一度椎間板ヘルニアで、整形外科のお世話になってブロック注射なるもので、何とか治まってついつい忘れるほど良い状態が続いていたから、油断したのだ。 そんなこんなで腰の痛みで、眩暈を忘れていたら、いつの間にかそれほどの症状は出なくなっていた。
本当は放っていてはいけないことなのだろう。翌日、整形外科に行って受診すると、ドクターは「痛み止めの薬で様子を見て、治まらない場合はもう一度ブロック注射を打つことにしよう。」という。
ところが、その翌日薬が効いたのか痛みも治まった。そんなことがあると、僕の自然治癒力がまだ衰えてないことが証明されたなどと思って嬉しくなる。と、よく考えればそんな所が僕の脳足りんと言うか馬鹿な所だ。

 

 

上記は、この本を読み終わった4月に書いてあった記事だが、早く現実の読了日とブログの登校日を一致させることを、このところ(8月の今)懸命になっているが、なかなか追いつかず苦心惨憺している。1日おきに記事を書くことはもちろん僕にとっては大変なことだが、もっと大変なのは読んだ本の内容をきれいさっぱり忘れていることだ。
そんなことは端から分かっているのだが、そこらへんが僕の僕たるゆえんで、何とかなるだろうといういつもの楽観から、後になって苦労するのだ。
どうするのかと言えば図書館で借りた本は再度借りに行って、ざっと読み返すのだ。買った本も図書館を探すのだが、蔵書がない場合もある。そんなときは近隣の図書館も探して、何とか再読を目指すのだが、出来ない時はAmazonなどで本のない湯を調べて、思い出すしか方法がない。今日(8月13日)も今日とて、この本が木更津市立図書館で貸し出し中だったので、君津市まで足を延ばして借りてきた。
ブログを続けるのも僕のようなものにとっては楽ではない。ナイナイ尽くしのようだが、それでも何とかなるさが信条で、乗り切るしかない。図書館の窓口で借りたのは良いが、木更津市立図書館で前に借りたものと本の装丁が異なっている。
イラストが全く違うのだ。文庫と単行本の違いかとも思ったが、よく見れば出版社がKADOKAWAだ。
僕の思い込みで著者の相沢沙呼氏は『午前零時のサンドリヨン』で鮎川哲也賞を受賞してのデビューだから、著作は東京創元社だけと考えていたが、それが僕の思い込みや勘違いの連続だったことに初めて気づいたのだ。バカな話だ。

 

 

のシリーズは高校1年生の柴山祐樹が学校近くの廃墟に住む魔女・マツリカと出逢ったことから始まっているようだ。本書はそのシリーズ最新刊でメイン・キャラクターの柴山祐樹は高校2年生になっている。
第一章 開かずの扉の胡蝶さん、から始まって、第十章 呪詛と祝福 までという構成だ。
どこの学校にも似たような箇所があるとおもわれるが、開かずの部屋のミステリーは、定番のようなものだが、学校伝説の一つに怪奇顔の染み女という怪談があった。柴山祐樹はマツリカの命令で―彼はマツリカのパシリのような役割を担っているらしい―運動部部室棟の女子テニス部の部室の天井の染みを、定点観測のように写真に収めることだった。
そんなことから物語はスタートするのだ。

話は変わる。僕は80歳を過ぎたころから、健康に少しばかりだが関心が起こっており、血圧データを取りつつある。
Exelを使って表作りをしていたが、なんと条件付き書式の方法をすっかり忘れていて、面倒だが上が130を超えた場合、あるいは下は80を超えた時を明るい赤で塗りつぶすということを手作業でやっていた。
ある時条件付き書式で昔は自動的にセルの塗りつぶしをやっていたことに気付いて、試してみることにしたんだが、その方法が分からず第一に、それが条件付き書式の設定だということも忘れていたのだから、全く話にならない。
参考書を引こうにも書式の名前が分からないのでは引くこともできないではないか。
機能の名前も忘れているのだ。参考書を見ている内に思い出した。条件付き書式だった。そうして何とかそのダイヤリグを引っ張り出して、条件などを入力してようやく目的を達した。
なんだか人生の終わりを感じたような人時だったが、少し思い出すと次々と蘇ってくることもあり、まだもう少し大丈夫か、などと再び元気を取り戻す。

 

 

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2039.半七捕物帳(四)

2021年08月13日 | 時代ミステリー
半七捕物帳(四)
読了日 2021/04/28
著 者 岡本綺堂
出版社 光文社
形 態 文庫
ページ数 447
発行日 2001/12/20
ISBN 978-4-334-73244-5

 

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作の三巻目を読んだのが2018年の6月だから、随分と時間がたった。別に確たる理由など何もないのだが、頭のどこかで幅広くいろいろなミステリーを楽しもう、と言う気があって、時間を掛けてシリーズ作品を読もうとしているのかもしれない。
この読書記録を始めて20年も過ぎて、齢80も超えてからは、情熱を持って読むという気持ちからは、徐々に離れつつある。だが、当初の多岐にわたるミステリーを読む、あるいは知りたいという気持ちはまだ持ち続けているから、まだ途中までしか読んでないシリーズ作品は、気が付くたびに読もうという気がするのだろう。
だが、この時代ミステリーの元祖ともいうべき名作は、文庫で6巻と言う量だから、読み始めればあっという間に読み終わってしまうだろう、 そんなことを考えるともったいない気がして―ちょっと意味合いが違うか―ゆっくり読み続けようとするのかもしれない。
この名作と言われる時代ミステリー・捕物帳は、古くからいろんな出版社が手掛けており、光文社の文庫は一番新しいものか?僕は旺文社の文庫とまぜこぜで6巻まで持っているが、多分双方の分校は収録内容が同じだと思うので(出典は同じところからのものだろうと思からだ)支障はないだろう。

 

 

 

内容は同じだろうが、文庫によってはカバーのイラストも異なっており、それぞれに良さはあるが僕はこの光文社文庫のイラスト―画家は堂昌一画伯だ―が一番好きだ。と言うようなことは前回読んだ折に書いたが、いかにもその時代の風景とも言えるような、そんな雰囲気が良く描かれており、内容の素晴らしさをも表している。
このストーリーの良いところは、淡々とした語りで、大仰に構えたところのないことだ。毎回訪れる老人との会話が、時代風景や風俗を的確に表しており、時には今とは全く異なるその時代に、ちょっとした憧れを抱いたりする。
今回は下表にあるように、11編のストーリーが収められており、いずれも老人の語りにより、その顛末が要領よく描かれて、捕物帳あるいは捕物とは言えないような話もあって、聞き手の記者はさぞ良い記事を掛けるのではないかと、思わせる。

 

 

月12日にヤフオクで落札した本・『黒猫と歩む白日のラビリンス』の文庫が届いた。僕はこの著者・森晶麿氏が早川書房の第1回アガサ・クリスティ賞を受賞したときから、受賞作の黒猫シリーズを従来発刊されているすべてを読んでおり、大ファンと言ってもいいだろう。
本書は文庫オリジナルの短編集だ。僕はこのシリーズの登場人物で黒猫と呼ばれる若くして恐怖となった人物もだが、むしろその付き人と言うか助手と言うか、彼に付き添う女性が好きだ。
もちろん僕が男性であることも、大いにかかわっているのだが、ストーリー全体に漂う雰囲気がいかにも大学での黒猫教授の醸し出すアンニュイさのようなものが、ストーリーの内容にふさわしく感じているのだ。
またもや僕はそんなことから、大学へのあこがれや一度その講義を聞いてみたいなどと言う叶わぬ思いを抱くのだ。

今日8月13日は西日本付近に停滞する前線の影響で、気象庁から大雨警報が発せられている。
特に広島市には災害がいつ起きても不思議ではない状況であることを朝からテレビで呼びかけている。僕の住む木更津地方は、左程の雨ではないが僕の部屋の脇下の書庫の屋根からポトンポトンと雨音が聞こえている。
豪雨の地帯に災害の発生しないことを願うばかりだ。

 

収録作
# タイトル # タイトル # タイトル
1 仮面(めん) 6 金の蝋燭 11 妖狐伝
2 柳原堤の女 7 ズウフラ怪談    
3 むらさき鯉 8 大阪屋花鳥    
4 三つの声 9 正雪の絵馬    
5 十五夜御用心 10 大森の鴉    

 

 

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2038.刀と傘

2021年08月11日 | 時代ミステリー
刀と傘
読了日 2021/04/21
著 者 伊吹亜門
出版社 東京創元社
形 態 単行本
ページ数 285
発行日 2017/06/30
ISBN 978-4-488-01793-4

 

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京創元社のメールマガジンで何度も目にしているうち、このタイトルも読んでみるか、と言うような気にさせられた。メールマガジンの役割なんてそれ以外にはないだろう。だが、僕にとって東京創元社のメールマガジンは、見ているだけでも楽しい。

大分昔の事だが、ミステリーに目覚めた頃に、東京創元社にはずいぶンとお世話になった。
メールマガジンが届くようになって、中でも表紙がカラーで表示されている箇所は、すぐにでも手に取って見たいという気にさせる。
その中の何冊かに読んでみたい記事があればなお嬉しいのだが、当たり前のことだが、毎回そういう記事があるわけではない。しかし、カラーの表紙が載っていたりすれば、読書欲を掻き立てられることも多い。
本書もそうして読みたいという気にさせた1冊だ。
特に“明治京洛推理帖”なるサブタイトルは、大いに気なるところだ。また、表紙イラストもページを繰らせるに足るいいイラストだ。中身の人物とは少し異なるところもあるが、その辺は大目に見て、何ともいかにもと言った風情の画風が良い。
だが、木更津市立図書館のページを潜ったが残念、在庫としてなかったから、仕方なく4月1日袖ヶ浦市立図書館へ行って借りてきたのだ。そんなことからも僕は期待に胸膨らませて本書を手に取った。

 

 

 

従来それほど深く考えたことも無かったが、もっとも考えたところで僕に分かろうはずもない。何のことかと言えば、それぞれの行政が主管とする図書館(公共図書館)の蔵書はどのように、決定購入されるのだろうかと言うことだ。
Wikipediaによれば、公立図書館には公立図書館司書が居て、その業務の一環として、新しい資料(図書を始めとする資料の事)の導入が行われる。となっているが図書館の職員がすべて司書だとは限らない。
多分、一般の職員(この場合市役所の職員だから、地方公務員と言うことになるか)の方が圧倒的に多いだろうから、その職員が司書のサブをしているに違いない。先述の通り、今まであまりそんなことは考えたこともなく、図書館を利用していたので、これからは少し異なる視線で図書館を見ることになるだろう。
そして、図書館の存在を今まで以上にありがたく感じることになるかもしれない。
しかし、僕が時々考えるのは、市によって例えば建物の大きさによって、蔵書の絶対数は変わる。我が千葉県の場合を見れば、木更津市の図書館は近隣三市の図書館と比較しても、建物が古く狭い。
今はそれほど近隣の図書館に行くことが少なくなったが、以前よく利用した市原市の図書館は、広く大きな建物で、蔵書の数も多いとみられる。
図書館には図書館ネットワークが張り巡らされているから、そこに無い本でもリクエストによって、他の図書館から回してもらうことが出来るのは知っているが、いかんせん時間がかかるのだ。
そんなことからあまり利用したことがなく、自分でそこに行って借りてくる方法をとってしまう。

僕の偏見かもしれないが、僕が読みたいと思う本が木更津市立図書館には、ない場合が多いような気がしており、そんなことから隣町の袖ヶ浦市立図書館や君津市立図書館へと出かけることが多かったのだ。
隣町だから車で行けば、それほど時間がかかるわけでもなく、足しげく通うことになるのだが、最近はできるだけ地元の図書館で利用出来る本を読もうと思っている。ガソリン代も高くなっているから、ちょくちょく出かけるとバカにならないのだ。

 

 

いろいろと愚痴を書いてしまった。
さて、本書は時代ミステリーと言うに相応しい内容で、下表のとおりの作品が納められた、短編集だ。
各作品には前書きのように、報告書の形でその事件の顛末が書かれている。

度かここ書いているが、僕の弱点の一つに歴史に弱いということがあって、この本で描かれた江戸から明治へとの時代の変遷がいまいち理解が深まらないのだ。最初に登場する人物すなわち前述の報告書の記述者だが、尾張藩公用人鹿野師光(かのもろみつ)と、江藤新平と言う人物だ。後者は実在の人物だが、前者はどうなのか知らない。早速弱点が出てしまった。僕がほんの少し歴史に詳しいとそうしたことも分かってなお一層物語を楽しめるのだが・・・・。
事件は福岡黒田藩を脱藩した論客、五丁森了介(ごちょうもりりょうすけ)が麩屋町押小路下ルの町屋にて、惨殺された一件で、その顛末についての報告書を書いたのが、鹿野師光だ。徳川最後の将軍である慶喜が、あっさりと朝廷へ政権を返上した慶応三年(1867年)のことだ。
五丁森了介は、新陰流免許皆伝の強者にて、簡単に殺されるようなものではない所から、誰がそれを実行したのかと言う捜査の過程が描かれたのが最初の1篇だ。時代に即した事件の捜査は、近代と異なるものの、論理的な視点を崩さずに事件の経過をたどることに徹底している。江藤新平の真実の追求はまるでシャーロック・ホームズのごとき頭脳明晰を示して、まるでワトソンの役柄を担ったような鹿野師光を従えて、追及を深めるのだ。もちろん、タイトルの佐賀から来た男は江藤新平の事だ。
続く第2編は弾正台切腹事件、中央集権国家が次第に形作られていく明治三年(1870年)普段は東京丸の内の庁舎で、法制度の調査立案に辣腕をふるっている、太政官となった江藤新平が、単身京都府庁に赴いたのは悲願の司法省設立の布石を作る為だった。
その一環として、東京まで悪名を響かせている京都の弾正台を壊滅するのが、当面の江藤の目的だ。同時に彼は三年前に一緒に仕事をした鹿野師光を捜していた。もちろん彼と 一緒に仕事をするということが目的だ。が、京都にも名古屋にも消息がなかった。
そんなことから、ストーリーは江藤新平と鹿野師光が中心となって展開するだろうと、想像させながら進む。

 

収録作
# タイトル 発行年月
1 佐賀から来た男 vol.80 2016年12月
2 弾正台切腹事件 vol.89 2018年6月
3 監獄舎の殺人 vol.73 2015年10月
4 書き下ろし  
5 そして、佐賀の乱 書き下ろし  

 

 

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2037.眠れる美女

2021年08月09日 | 演劇

 

眠れる美女
読了日 2021/04/09
著 者 秋吉理香子
出版社 小学館
形 態 単行本
ページ数 246
発行日 2020/10/15
ISBN 978-4-09-386595-1

 

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こで本書の事を知ったのか覚えていないが、何かの折に何度かこのタイトルを見て、読んでみようかと言う気になっていた。それに木更津市立図書館に蔵書があり、しかも貸出可となっていたことも読む気にさせた要因だ。
そんなことから即座に図書館に行って借りたはいいが、この作品には前編があることを知って、先にその前編と言える『ジゼル』を先に読むことにしたのは、2034の所で書いた通りだ。
そんな経緯があって、4月に入ってから改めて本書を借りてきた。もちろん『ジゼル』を先に読むことによって、この作品の素晴らしさと共に、バレー団の実態の一部分だとは思うが、作品の素晴らしさを知ることが出来たと思っている。
さて、東京グランド・バレー団から、東京スペリオール・バレー団として施設の一部を改装して、新しく出発した団員たちに驚くべき、そして喜ぶべき事態が待ち受けていた。

 

 

世界的なプリマ、ロシアのシルヴィア・ミハイロワが東京スペリオール・バレー団の「眠れる美女」の演出をしてくれることになり、しかも彼女はオーロラ姫にユリカ・アサヒと言う配役を伴ってやってきたのだった。
だが、喜びの事態は反対の事態をもつれてきたのである。
バレー団の存続に欠かせないのは豊富な資金力だが、新規出発の東京スペリオール・バレー団には、残念なことにその力がなかった。融資をしている銀行の融資課の課長が乗り込んできたのである。
不穏な空気をまとった銀行からの出向を迎えたバレー団の団員は、穏やかな気持ちではなかったが、存続か解散か、と言う瀬戸際に立たされている現状をどうすることもできないのでは、致し方がなかった。
そんな状態からスタートした東京スペリオール・バレー団は、団員たちの努力と先述の世界的プリマを監督の迎えるという幸運が果たしてどんな結果を迎えることが出来るのか?
波乱万丈の展開を見せていくのだ。

 

 

型コロナウィルスの感染者の増加がかつてないほどの勢いを示している。大方の国民の思いは決め手のない政府の方針に、あきれるばかりか、一方では次第にその状況に慣れつつあり、自浄と言った心構えが消えつつあるようだ。
オリンピック競技も終わりを迎えつつあり、史上最低の環境に各国のアスリートたちの思いは様々だろうが、決して良い印象を持ったとは言えないのではないか? 彼らの活躍が競技を成功させて、華々しい活躍の場を作り上げたが、無観客の寂しさを克服したとは到底言えない状況だろう。 テレビ観戦をしていた僕は、彼らに同情を禁じえなかったのである。
自分たちの無策とそれを認めない日本の政府は、オリンピック終了後に(まだ終了前にパラリンピックも控えているが)どのような態度を示すのか見ものである。

新たにオリンピック協議に加えられたゴルフ協議で、男子の部に参加した我が松山英樹選手の活躍は、残念ながらメダル獲得を逃したが、女子の部に参加した稲見萌音選手の活躍は、ゴルフファンのみならず、多くのテレビ・ギャラリーを熱狂させた。
稲見は17アンダーまで伸ばして、ネリー・コルダと首位タイとなっていたが、最終ホールでボギーとなって16アンダーとなり、リディア・コと同スコアとなり銀メダルを争いプレイオフとなった。
そこで、ワンホールで決着がつき、ついに銀メダルを獲得に至った。
もちろん我が国のゴルフ界にメダルをもたらしたのは最初であり、若い稲見萌音選手の活躍は、後世に伝えられる名誉となった。

 

 

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2036.Y駅発深夜バス

2021年08月07日 | 本格
Y駅発深夜バス
読了日 2021/04/07
著 者 青木知己
出版社 東京創元社
形 態 単行本
ページ数 285
発行日 2017/06/30
ISBN 978-4-488-01793-4

 

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度もここに書いてきたことだが、僕はタイトルだけで作品を評価してしまうことがある。そしてそれがたまたま僕の好みに合う作品で、面白く読めることがある。
まあ、偶然の産物なのだが、僕はそうした現象を信じて、と言うよりあまりあてにはならない自分のそんな能力を信じて、これと思わせるタイトルは、出来るだけ読むことにしている。


この作品もそうした中の1冊で、読みたいと思った本だ。だが残念なことに木更津市立図書館には、蔵書がなく、隣町の袖ヶ浦市立図書館で借りてきた。僕が知ったのはごく最近の、東京創元社からのメールマガジンだったので、最近の刊行だと思っていたら、ご覧のように2017年6月だから、結構前の出版物だった。
僕の新刊の中から読みたい本を探す能力は、まことにお粗末なものだということなのだが、最近は歳をとるごとに衰えが深まるばかりだ。
しかし、読む力も衰えているから、次々と出てくる新館を読めるわけではないから、丁度良いのかも知れない。 そんなことを考えると少し寂しい気もするが、仕方のないことだ。

 

 

 

下表のように5編からなる短編集で、さらには表題作の「Y駅発深夜バス」は、光文社の「新・本格推理」という企画に応募され、入選した作品だという。僕の情報収集能力のお粗末なことから、そんな作品の詳細はとんでもなく時間が経ってからしか入ってこないので、ニュースではなくなっているが、しかし、この作品は、「新・本格推理03」(と言うことは2003年刊と言う意味か?)に掲載されて、ファンの支持を受けたということだ。
そんなことから、この作品は僕の好みに合った面白いミステリーだ、ということは半分当たって半分は外れだ。
というのは、僕はてっきり表題作が長編だと思っていたが、短編集だったことで半分外れ、だが短編集で表題作が本格推理に応募されて評価されたことが面白いミステリーだということになって、半分当たりの部分だ。
あまり僕は作品の内容を推察して、それがあたるなどと言うことはないのだが、今回のこの作品も同様僕の思いは長編で、Y駅と言うどこか架空の町の駅を想定しているのだが、予想に反してこの駅発の深夜バスは存在していなかった。
いくつかの想像を裏切る展開に僕の期待は次々にしぼんでいく始末だ。そして、短いストーリーは、考えていたこととは異なる方向へと収束した。

 

 

のところテレビの番組が、オリンピック放送の為、通常とは異なる編成だから、どちらを見ようかと迷ったり戸惑ったりしている。見なければいいのだが、折角のアスリートたちの活躍を見逃すのもしゃくだ。
先日観ていて文字通り感動したのは、棒高跳びの競技で自身が持つ世界記録更新への挑戦だった。
北欧スウェーデンのアルマンド・デュプランティス選手は最初の試技5m55cmから最後の6m02cmまで、全ての試技を1回でこなし、楽々と金メダルに輝いたのだが、金メダルに決定してからの挑戦が、素晴らしかった。自身の持つWR・6m18cmを超えて、6m19cmに挑戦したのだ。3回の試技は残念ながらすべて失敗だったのだが、僕はその21歳のアスリートの挑戦する姿に感動したのだ。
普通だったら最後のポールの高さが6m02cmだから、6m5cmとか6m10cmとなるだろう所を一気に世界記 録へと跳ね上がったところに彼の挑戦者魂を見た気がしたのだ。
オリンピックの開催に反対していた僕だが、活躍するアスリートたちの姿は尊い。

 

収録作
# タイトル 紙誌名 発行年月・号
1 Y駅発深夜バス 「新・本格推理03 りら荘の相続人」 2003年3月
2 猫矢来 書き下ろし  
3 ミッシング・リング 書き下ろし  
4 丸人病 「新・本格推理05 九つの署名」 2005年3月
5 特急富士 書き下ろし  

 

 

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2035.准教授・高槻彰良の推察 生者は語り、死者は踊る

2021年08月05日 | 青春ミステリー
准教授・高槻彰良の推察
生者は語り、死者は踊る
読了日 2021/04/05
著 者 澤村御影
出版社 KADOKAWA
形 態 文庫
ページ数 267
発行日 2020/11/25
ISBN 978-4-04-109265-1

 

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槻彰良准教授の民俗学講義は他学部の学生が訪れるほどの人気講座で、特別興味を持っているわけでもない僕をも魅了してやまない。こんな講義が聴ける大学生活は楽しいだろうと想像して、出来ることなら今からでも青和大学に入学したいとさえ思わせる。
このシリーズは今のところ本書第5巻が最新刊だから、まだ途中までしか読んでないので、この先も続くのかどうか分からない。僕は続くことを大いに願ってはいるが・・・・。
ストーリーの雰囲気は、話の内容とはかかわりなく、実に楽しい。楽しいという感じより、何か期待する気持ちが湧き出て、ワクワクするのだ。読み終わると物語はまだ続く様相を示しており、一安心だ。
僕のみならず、読書好きの人間なら誰しも同じ思いを抱くだろうことに、好きなシリーズ作品の長く続くことへの願いがある。せっかく好きな作品、もちろんストーリーの面白さだけでなく、登場するキャラクターたちの魅力他、読むものを楽しませるパーツはいくつもある。
僕がこの読書記録を始めた頃のそうした思いを抱かせるシリーズに、「検屍官」シリーズがある。
驚くべきことに、アメリカの作家・パトリシア・コーンウェル氏のこのシリーズは、いまだに続いているということだ。(わが国で刊行されているのは第24巻「烙印」原題Chaosまで)

 

 

 

僕は作者のコーンウェル女史が途中、『スズメバチの巣』を発表したのを見て、「嗚呼、検屍官シリーズは、もう終わりなのか!」とがっかりしたこともあり、いかにこのシリーズ作品にのめり込んでいたかと言うことを、深く思い知らされたのだった。
だが、僕と言う読者は勝手なもので、第10巻が過ぎたころから、従来と異なる雰囲気を感じて、あまりこのシリーズを当初の様に楽しめなくなってしまったのだ。作家と言うストーリーテラーの難しいところは、物語の新たな展開を示すところではないかと思う。
従来とまるで異なる展開や、キャラクターの入れ替えなどが、新たな読者を増やすことの反面、従来の読者の反発などを招くことにもつながりかねないということがある。僕もその後半の一人かもしれない。
特定の読者ばかりを相手に物語を紡いでいるわけでないことは承知しているが、それでも従来の、あるいは初めからの読者を、引き続きとどめておくことも、重要だと思うのだがいかがだろうか?

 

 

に限らず読者は勝手なものだ。いつだって自分本位にモノを考えるから、面白くなければすぐに離れていく。

 

それは、物語の傾向や性質にもよるのだろう。
この、『准教授・高槻彰良の推察』は、その人物の性格にも大いにかかわっているから、急に展開が大きく変化するということは考えられない。怪奇な事件がどのくらい続くかにかかっている。
しかし、ただ事件、すなわちその依頼者が居ると言うことなのだが、それだけではなく、それが高槻准教授や深町尚哉の活躍により、スマートにかつ鮮やかな解決に至ることが必要なのだ。それによってストーリーの面白さが決まるといってもいいだろう。
准教授・高槻彰良と助手の深町尚哉は、ホームズとワトスンの関係に似ているが、彼らのキャラクターにはそれぞれいわくつきの長所や欠点があって、それが時として現れてストーリーを奥深くしていることだ。
今回の副題・生者は語り死者は踊るというテーマに沿って、いよいよ高槻と深町の過去に迫るか?と言う内容だ。僕はあまり文庫に添えられた帯に興味がないが、この文庫につけられた帯の、「僕たちは、帰るんだよ。大事なものが待つ―現世に」という、いかにも高槻准教授のセリフらしく、この物語にふさわしいコピーに心ひかれる思いだった。
それが、ピタリと内容とテーマの切なさを表していると思うからだ。

 

収録作
# タイトル
第一章 百物語の夜
第二章 死者の祭
extra マシュマロココアの王子様

 

 

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2034.ジゼル

2021年08月03日 | 演劇

 

 

ジゼル
読了日 2021/04/03
著 者 秋吉理香子
出版社 小学館
形 態 単行本
ページ数 341
発行日 2017/10/01
ISBN 978-4-09-180479-4

 

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日前(3月末の頃)、僕は木更津市立図書館で、秋吉理香子氏の『眠れる美女』を借りてきた。NETの画面その他で何度かタイトルを目にして、読もうと思った本なのだが、Anazonの解説で本書『ジゼル』の続編だ。
ということを知り、『眠れる美女』は読まずに、一旦返却して代わりに本書『ジゼル』を借りてきたというわけだ。どちらもクラシック・バレーを題材にしたトーリーで、元来僕はあまり関心がなかったのだが、どうやら面白いミステリーらしい、と言うことで読んでみようということになったのだ。
341ページという割と暑さのある本は、表紙の厚みもハードカバーと言うにふさわしいものだ。青を基調としたジゼルの場面を描いた装丁も素晴らしい。読む前からのストーリーの魅力を伺わせる。
この中にはいろいろと考えさせられるエピソードが満載だが、その中の一つに世界で一流のダンサーの引退ニュースがあり、バレリーナにとって、男女を問わず現役で踊れる時間は悲しいほど短く、ニュースを聞いて、その一流の踊りを二度と見られなくなることや、もしかしたら競演できたかもしれないチャンスも消えてしまう。と言う思いを抱くダンサーたち。そんな悲しみのシーンに、僕ははるか昔全く意味合いは違い、個人的なことだがだ20代後半の事を思い出す。

 

 

日活映画の全盛時代、石原裕次郎氏を始め日活アクションが、次々と制作されて僕ら青少年を魅了していた。そこに突然現れたのが赤木圭一郎という俳優だった。甘いマスクからトニーと呼ばれ、宍戸錠氏とコンビで主演した拳銃無頼帖など多くに主演して、多くのファンに認められて一躍スターの位置を取得した。
そんな彼が突然姿を消してしまう事件が起きた。撮影所の機材であったゴーカートで、運転を誤り壁に激突して命を失ったのだ。当時はビデオもまだ無く映画が一般的に記録として庶民が見ることのできる環境にはなかったから、映画館で赤木圭一郎特集などと称して、彼の出演作が上映される都度、そういう映画館を捜して見に行ったものだった。今のように古い映画もDVDやビデオテープで簡単にみられる時代が来ようなどとは夢にも思わなかった時代の話だ。

例によってわき道にそれた。
本書はクラシック・バレーの世界を描いたストーリーながら、ダンサーたちの華麗な世界を描くと同時に、様々な葛藤や人間ドラマがその根底に流れており、バレーに興味のない僕にも物語は、興味深く入り込んでくる。
さらには先述のごとく、いろいろと身近な問題にも及んで、考えさせられた。

 

 

が家の庭に立つ百日紅の葉や花が、時折吹く風に揺られてそよいでいる。紅の花は百日も咲き続けるということからついた名の通り、まだ満開ではなく4分咲きと言ったところか、それでもその勢いを見せつけるような趣が、二階の僕お部屋から見渡せ、夏の日差しの中でも負けていない。

さて、本書は東京グランド・バレー団の15周年記念公園の演目が、「ジゼル」に決まったことからスタートする。実はその「ジゼル」は15年前、東京グランド・バレー団のプリマの姫宮真由美が代役・Aのダンサーと揉みあいの末、Aが誤って姫宮真由美を刺して殺してしまうという事件があったため、15年の間「ジゼル」は封印されてきたのであった。
未成年だということで名前を伏せられていたAが、現在東京グランドバレー団のプリマである、紅林嶺衣奈だということは誰しもが知っている事実だ。
それが、15周年記念公園とは言え、演目となったことは団員のみならず、世間一般のファンの間にも大きな衝撃を与えたのだった。
そうしてスタートしたストーリーは、団員たちの配役を巡る葛藤など、それぞれのドラマを繰り広げて、「ジゼル」公演の成功を願って猛練習が繰り返されるのだ。

第5波の急激なコロナウィルス感染者の増加に伴い、首都圏3県を含む追加地区が緊急事態宣言を発出されるも、これといった確かな対策はなく、感染者の増加には歯止めがかからない状態だ。
オリンピックの開催が、ステイホーム&テレビ観戦の効果で、人の流れが減少しているといった、政府機関のいい加減な発表に人々は呆れている感じだ。にも拘らずアスリートたちの活躍はメダル獲得に一層の拍車をかけて、その効果を発揮しているようだ。

 

 

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