隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

0806.塗りつぶした顔

2007年02月28日 | 短編集
塗りつぶした顔
読了日 2007/2/28
著者 戸板康二
出版社 河出書房新社
形態 文庫
ページ数 289
発行日 1987/6/4
ISBN 4-309-40190-2

「塗りつぶした顔」とは、いかにもミステリーらしいタイトルではないか。そう思って読む前から少し胸躍らせる思いだった。 帯の後ろ側に、著者・戸板康二氏のこの作品が生まれたいきさつのようなものが書かれているが、中村雅楽の物静かな推理とは一味違う華やかな雰囲気の、 女性による推理譚を書いてみたいということだったようだ。
本書も前の「黒い鳥」同様、様々な雑誌に発表された短編集だが、おおよそのところ10年ほど後の作品のようである。

稚児鎧
年代順に並べられた最初の作品は「稚児鎧」という昭和40年の短い作品。
タイトルの“稚児鎧(ちごよろい)”とは武士の子供が幼い折りに着せられた甲冑で、現在で言えば七五三の祝い服のようなものだろうか?
イタリーのナポリと姉妹都市になっている街で、市長の招きで彼の地からやってきた高官の奥方が一時幼い娘に持たせた由緒ある高価な指輪が紛失したという事件の顛末が語られる。 事件を担当する刑事が非番で街の郷土館に赴き、展示品の“稚児鎧”から事件解明のヒントを得るというストーリーで、裏に隠された母子の情愛が切ない。

塗りつぶした顔
表題作の「塗りつぶした顔」は、笹原礼子がアルバイトとして勤める、週刊夫人という週刊誌で読者の家にある古い珍しい写真を募集してグラビアに載せるという企画が持ち上がった。 応募してきた写真の整理を担当した礼子は自分の家にも古い写真がないかと探しているうちに、顔はおろか全身まで黒く塗りつぶされた数枚の写真を見つける。 ミステリアスな幕開きで始まるストーリーは、礼子に過去の出来事を推理させる。

初出一覧
# タイトル 発行月
1 稚児鎧 オール読物 昭和40年9月号
2 箱庭の雨 別冊文藝春秋 昭和43年夏季号
3 明治村の時計 オール読物 昭和47年8月号
4 一度見た顔 小説現代 昭和48年5月号
5 目ざとい少年 オール読物 昭和48年5月号
6 バイエルの八番 別冊小説新潮 昭和48年10月号
7 社長室のパンダ 小説新潮 昭和49年2月号
8 塗りつぶした顔 オール読物 昭和51年2月号
9 団地午後三時 小説推理 昭和51年6月号






0805.黒い鳥

2007年02月25日 | 短編集
黒い鳥
読了日 2007/2/25
著者 戸板康二
出版社 集英社
形態 文庫
ページ数 259
発行日 1982/7/25
ISBN 0193-750531-3041

本書も文庫だが発行日は昭和57年と割りと古い本だ。
中村雅楽譚以外のミステリ短編集だが、最初の「歌手の視力」は前に読んだ同じタイトルの単行本の収録作と同じものだ。 黄色という色が幸運につながって、売れ始めた歌手が、親友の誘いで、彼が出したカレーの店に名前を貸して店が繁盛するといった話に添えて、 歌手の視力が人一倍優れている点が、思わぬ犯罪を呼び起こすというミステリーである。

著者は雅楽譚以外のミステリにも、その持てる知識や才能をつぎ込んで、小気味のいいミステリーを物にしている。 そうした優れたミステリーを出版各社は見逃すはずもなく、下記の初出一覧で示す如く各種の雑誌に請われるままに発表していたのではないかと思われる。

初出一覧
# タイトル 発行月
1 歌手の視力 週刊朝日別冊 昭和31年11月
2 隣の老女 別冊文藝春秋 昭和36年10月
3 隠し包丁 別冊文藝春秋 昭和37年1月
4 黒い鳥 小説新潮 昭和37年6月
5 いえの芸 別冊文藝春秋 昭和37年6月
6 鼻の差 オール読物 昭和37年12月
7 善意の第三者 別冊文藝春秋 昭和37年12月
8 マチネーの時間 婦人公論増刊号 昭和38年1月




0804.浪子のハンカチ

2007年02月15日 | 安楽椅子探偵
浪子のハンカチ
読了日 2007/2/15
著者 戸板康二
出版社 河出書房新社
形態 文庫
ページ数 233
発行日 1988/1/10
ISBN 4-309-40210-0

著者の作品を読んでいると、時々現実と小説の境目が判らなくなってくる様な、不思議な感覚を覚える時がある。 小説でありながら、それが実話であるかのような気になってくることがあるのだ。
本書は、お馴染みの中村雅楽以外のミステリー短編集だが、この中で、二編目の「酒井妙子のリボン」をはじめとして何篇かは、雅楽譚でも多くの作品で語り手となっている、 新聞記者の竹野が同様に語り手を勤めており、それが、まるで著者・戸板康二氏自身が話しているような気になってくるのである。 ここでは、何人かの実在した人物が登場しているので、うっかりすると、エッセイかとも思わせるような効果をあげている。 各編のタイトルから判るように、本書は著名な文芸作品や、そこに登場する人物を題材にして、ミステリーを構築している。

蛇足ながら、その元となる作品は、それぞれ
徳富蘆花 「不如帰」
泉鏡花  「婦系図」
夏目漱石 「坊ちゃん」
森鴎外  「雁」
尾崎紅葉 「金色夜叉」
菊池寛  「父帰る」
樋口一葉 「たけくらべ」
田山花袋 「蒲団」

だが、元の作品を知らなくとも十分楽しめる小説となっている。

初出一覧
# タイトル 発行月
1 浪子のハンカチ 昭和51年3月号
2 酒井妙子のリボン 昭和51年7月号
3 「坊っちゃん」の教訓 昭和51年11月号
4 お玉の家にいた女 昭和52年2月号
5 お宮の松 昭和52年6月号
6 テーブル稽古 昭和52年10月号
7 大学祭の美登利 昭和53年5月号
8 モデル考 昭和53年9月号




0803.うつくしい木乃伊

2007年02月13日 | 短編集
うつくしい木乃伊
読了日 2007/1/27
著者 戸板康二
出版社 河出書房新社
形態 単行本
ページ数 252
発行日 1990/8/15
ISBN 4-309-00635-3

頼子は親友と思っていた学生時代からの友人に、恋人だと思っていた男を奪われて、失意の末にヴェニスへ死への旅を決行した。 だが、霧のために中継点のローマからヴェニスへ直行するはずの便がミラノへと変更になった。
ミラノからヴェニスへのバスの中で、思いがけず老婦人に話しかけられ、この世の不幸を一身に背負った感じの頼子の心を癒してくれた。 老婦人の名探偵振りが読むものの心まで癒してくれる名品。(霧と旅券)他全10篇の短編集。

初出一覧
# タイトル 紙誌名 発行月
1 霧と旅券 オール読物 昭和41年3月号
2 島の蝋燭 オール読物 昭和41年6月号
3 加奈子と嘘 別冊小説新潮 昭和43年7月夏季特別号
4 まずいトンカツ 推理界 昭和43年7月号
5 手紙の中の夕闇 小説推理 昭和51年9月号
6 無邪気な質問 オール読物 昭和52年9月号
7 年下の男優 別冊小説新潮 昭和52年10月秋季号
8 文藝春秋 昭和53年新年号
9 優雅な喫茶店 オール読物 昭和54年新年号
10 うつくしい木乃伊 小説宝石 平成1年12月号




0802.歌手の視力

2007年02月10日 | 安楽椅子探偵
歌手の視力
読 了 日 2007/02/10
著  者 戸板康二
出 版 社 桃源社
形  態 単行本
ページ数 272
発 行 日 1961/05/10
I S B N 4-396-63134-0

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

回の「松風の記憶」に次いで古い本だ。だが、こちらはしっかりとした状態で、本体も箱もきれいである。しかも、今では珍しい布装で、文字通りのハードカバーだ。初出一覧に書いたように7編を収録した短編集だが、「滝に誘う女」以下3篇だけが雅楽譚となっている。
その上最初の「滝に誘う女」は、「グリーン車の子供」で読んでいるので、未読の雅楽譚は本書では2編だけとちょっと寂しい。こうした古い本を金をかけずに手に入れるというのは難しいことだが、最初に読んだ3冊の単行本の出品者(ヤフーオークション)の好意で、本書も安価で入手できた。
中村雅楽の魅力に取りつかれて、ここまで、スムーズに読み進むことができたのは非常に幸運だったと思う。数えてみると、たかだか20日間という短い期間で61篇もの作品を読むことが出来たのだ。中で、長編は前回読んだ「松風の記憶」だけだが、山前譲氏によれば著者のミステリー長編作品は他に「第三の演出者」と「才女の喪服」の2編のみだというから、大半は短編だったというわけだ。そうした点はコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」譚と似ている。

 

 

初出一覧
# タイトル 紙誌名 発行月・号
1 滝に誘う女 小説新潮 昭和35年11月号
2 加納座実説 宝石 昭和35年12月号
3 文士劇と蝿の話 週刊文春 昭和35年12月5日号
4 歌手の視力 別冊週刊朝日 昭和35年11月号
5 敗戦投手 オール読物 昭和35年12月号
6 はんにん 別冊文藝春秋 昭和36年1月号
7 ヘレン・テレスの家 宝石 昭和36年3月号

 

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0801.松風の記憶 鷺娘殺人事件

2007年02月04日 | 安楽椅子探偵

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松風の記憶 鷺娘殺人事件
読 了 日 2007/02/04
著  者 戸板康二
出 版 社 中央公論社
形  態 単行本
ページ数 260
発 行 日 1960/08/05
A S I N

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

の本もごく最近ネットのオークションで手に入れたものだ。状態は余り良いとはいえないものの、昭和35年初版のものだから、今ではかなり入手困難なものだろう。それを比較的安価で手にすることができたので、喜んでいる。
先月から読み始めた中村雅楽譚も7冊目となった。これほど一人の作家の、しかも同じシリーズの作品を続けて読んだのは、目標を立てて読書を始める前に、パトリシア・コーンウェル女史の「検屍官」シリーズを立て続けに読んで依頼、およそ9年ぶりのことだ。

若い頃雑誌「宝石」で読んだ頃の記憶は薄れてしまって定かではないが、これほど夢中になって読んだとは思えない。
本書はシリーズ初めての長編で、歌舞伎の世界とは全く無関係ではないが、主に踊りと新劇の世界に身を投じた若い女性たちのキャラクターが描かれる。大阪の女子高校の修学旅行生たちが、広島市郊外の弘誓寺(ぐぜいじ)の境内で、眠るように死んでいる老人を発見するところから物語は始まる。
後の調べで、この老人は当地で公演の予定があった歌舞伎俳優の浅尾当次丈とわかる。検死の結果、外傷もなく薬物反応も見られないことから死因は脳卒中と診断された。浅尾当次には一人息子の当太郎がいるが、それを差し置いてよそから芸養子を迎えようとしていた。

歌舞伎の世界では通常、名跡が世襲で継がれるのだが、子がない場合などに限り、養子を迎えることがあり、それを芸養子という。だが、前述のごとく彼には当太郎という息子がありながら、なぜ芸養子を迎えたのか?

 

 

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