手のひらの蝶 | ||
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読 了 日 | 2006/12/30 | |
著 者 | 小笠原慧 | |
出 版 社 | 角川書店 | |
形 態 | 文庫 | |
ページ数 | 868 | |
発 行 日 | 2002/11/05 | |
I S B N | 4-04-873403-2 |
月に読んだ横溝正史賞を受賞した「DZ(ディーズィー)」を、僕はメディカル・サスペンスとして面白く読めたので、本書にも同様の期待をして買い求めた。もちろん文庫ではあるが古書だ。
経済的にも、時間的にも余裕があるわけではないから、どうしても一つ好みの作品に出合うと、同じ作者の作品を追い求めがちになる。
当初のもくろみができるだけ多くの作者の作品を、広く浅くというのは、なかなか難しいものだ。
また、僕は本選びの指針の一つとして、文学賞の受賞作を参考としていることは、過去に何度か書いてきたが、文学作品はミステリーに限らず、誰にでもわかる基準があるわけではなく、時々の選考委員によっても、傾向が変わるということはごく当たり前のことだ。
だから、あくまで参考という形にしかならない。僕の好みの作品をそこから探すのは、簡単ではない。まあ、そうしたことから、幸いにも面白く読める作品に出合うと、どうしても同じ作家に頼ることになるのは仕方のないことでもあって、志と異なることもある程度妥協が必要か。
医学博士である著者は、専門の医学書ではかなりの書を著しており、大学の客員教授を務めながら、人格障害、パーソナリティ障害に関する研究を続けているようだ。そうした中で小説家としても作品を発表して、一定のレベルを保つというのは、才能がある個所に集中する一つの表れかとも思ってしまう。
僕にとってはまことに喜ばしいことだが。
この作品では、若いOLが頭を金槌状のもので殴打され、首を刃物で刺されるという事件現場に駆けつけた、藪原、西尾という2名の刑事が、隠れていた犯人と思われる何者かに襲われる。瀕死の重傷を負いながら、藪原の拳銃が男を射殺した。というプロローグがあって、物語はその2年後から始まる。
女の悲鳴が聞こえたという通報の基づき、刑事たちが駆け付けた現場には、血に染まって倒れている若い母親と、血に染まったアイスピックを持って呆然とたたずむ9歳の男児。この子が母親を殺したのか?
2年前の事件に酷似した事件に、トラウマを抱える藪原、西尾の両刑事が立ち向かうことになる。
件のショックで話のできない状態の男児・真下裕人(ましもゆうと)は児童相談所に移送される。彼は光過敏性てんかんの症状を示していた。
児相の女医・小村伊緒は、裕人の母親殺しに疑問を持ちつつ、彼の心を開かせるべく介護にあたるが、裕人は周りの働きかけに全く反応を示さなかった。
そして、さらに若い女性を狙った同様の事件が続発する。2年前の死んだはずの犯人が生き返ったか?
著者の本業である医師としての実例かとも思われるような、児相の子供に対する医療が語られる場面がリアルだ。医療用語や、福祉用語が頻繁に飛び出す箇所は、脇に福祉用語辞典を置いて、読み進むという具合だったが、僕も社会福祉法人に属する一人として、いささかでもそうした環境が身近に感じられるところだ。
さらには、タイトルに込めたストーリーの根幹ともいえる、医学的な意味で昆虫との関わりは終盤で、明らかにされていく。
メディカルサスペンス、ホラー、警察小説、本格推理などが一体となった大作で、少し欲張りすぎという感が、無きにしも非ずだ。
本格推理としては、冒頭のプロローグの部分からすでに伏線が張られていることが、終盤になってわかることや、事件の真相がどこにあるのかを、いろいろ想像させる構成も見事である。
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