隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1167.巡査の休日

2011年06月27日 | 警察小説
巡査の休日
読 了 日 2011/06/23
著  者 佐々木譲
出 版 社 角川春樹事務所
形  態 文庫
ページ数 370
発 行&nbsp:日 2011/05/18
ISBN 978-4-7584-3554-3

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

リーズ4作目が文庫になった。特に警察小説に思い入れがあるわけではないが、最近魅力的な警察小説に多く出会って、ちょっとした幸せ感を味わっている。
「笑う警官」に始まった北海道警シリーズにはまって、次々と讀んできたが、今回は趣が少し変わって、いつものメインキャラクターたちは、それぞれ別の事件への関わりを見せていく。
巻末の解説で、西上心太氏は、「エド・マクベインの87分署シリーズに見られる、モジュラー型の警察小説に挑んで…」というようなことを書いているが、僕はこのラストで、同様のことを連想したので、ちょっと驚いた。

 

 

もう大分昔のことだから(1961年)、ほとんど忘れてしまったのだが、本書で連想したのはスティーブ・キャレラ刑事が留守の間に起こった事件を描いたエピソードで、彼の奥さん(聾唖者―この言葉は今では差別用語になるのか?)が事件に巻き込まれるのだが、キャレラ刑事が返ってきたときは事件が解決していたという設定だった。
このシリーズのファンならタイトルを知っているかもしれない。ドラマに出てくる刑事たちを演ずるロバート・ランシングを始め、ノーマン・フェル、ロン・ハーパー、グレゴリー・ウォルコットなどなどの顔は今でも目に浮かぶ。
我が国での刑事ドラマの原点とも言われる、「七人の刑事」同様、87分署シリーズは刑事ドラマの名作として多くのファンを獲得していた。できればもう一度見たい気もする。

 

 

書では、いつものレギュラーメンバーである、佐伯警部補、小島百合巡査、津久井巡査長がそれぞれ別の事件に関わる。
小島巡査が拳銃を発砲しながら逮捕した、強姦殺人魔・鎌田光也が、怪我の手当てのため入院していた病院から脱走するというのが、今回のストーリーの幕開けである。厳重な捜査網にもかからずに、鎌田の行方はつかめなかった。そして、神奈川県で現金輸送車の襲撃事件が発生し、容疑者の一人に鎌田の名前が挙がった。
さらに、未遂に終わったものの、ストーカー行為の末最後に鎌田に襲われた村瀬香里の許に、脅迫メールが届く。小島巡査は間近に迫ったよさこいソーラン祭りに出るという村瀬を警護するために張り付く。
その一方で、津久井は渡辺英明巡査とともに鎌田の捜査で神奈川まで出向く。片や、佐伯は続発するバイクによるひったくり事件を、部下の新宮とともに追う。
なんといってもよさこいソーラン祭りの進行と、村瀬香里の携帯に届く不気味なメールとの対比が、時間の経過とともに映画的なクライマックスを感じさせる。だが、僕は緊張感が解けたその後の場面にこのストーリーの真髄を味わう。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1166.警視庁情報官 ハニー・トラップ

2011年06月24日 | 警察小説
警視庁情報官
ハニー・トラップ
読 了 日 2011/06/19
著  者 濱嘉之
出 版 社 講談社
形  態 文庫
ページ数 433
発 行&nbsp:日 2011/04/15
ISBN 978-4-06-276930-3

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

作の「警視庁情報官 シークレット・オフィサー」を読んでからまだ1ヶ月半を少し超えたくらいだが、何とはなしにドキュメンタリー風のストーリーの進め方、主人公のキャラクター等、心惹かれるものを感じて本書を手に入れた。
4月に文庫になったばかりで、まだ古書店には見られなかったのだが、幸いにしてずっと前にもらった図書カードの残りや、ギフト券があったので、買い物ついでにジャスコ木更津店の2階にある未来屋書店で、「巡査の休日(佐々木譲著)」と一緒に購入。本を手に入れたときのワクワク感は、やはり新しい本の方が大きい。
新聞などによれば、最近は出版業界も大変のようだ。マルチメディアの発達や、最近では電子出版などに押されて、印刷物による本の流通が年々減少しているらしい。僕は早くからパソコンなどの情報機器を使ってはいるものの、本については保守的?で、電子ブックには興味がない。本は紙に印刷されたものを読みたい。
一時期、パソコンが紙の消費を押さえて、ペーパーレス時代がくるだろう、などと言われたことがあった。ところが、あにはからんや、紙への記録は減るどころか、ある面では逆に増えて、パソコンは紙くず製造機などと、悪口を言われたことさえあった。それでも僕は紙の本にこだわる。

 

 

先に、何とはなしに心惹かれる、と書いたが主人公の仕事の進め方や、人脈の作り方が、良い循環を作り上げて、仕事のしやすい位置を占めていく、といったキャラクターは、今まで読んだ警察小説には見られなかった人物像への憧れかもしれない。
最近のベストセラー本の中に、経営学者ピーター・ドラッカー氏の「マネジメント-基本と原則-(エッセンシャル版)」があげられている。この本に関しては、「もしドラ」(もし高校野球の女子マネージャーが「ドラッカーマネジメント」を読んだら〈岩崎夏海著〉)というこちらもベストセラーで話題となって、関連本も出ているようだ。 数多くの経営学に関する著書を残しているドラッカー氏に関しては、現役の頃幾つかの本を拾い読みではあったが、接した。多くのサラリーマンや、経営者の参考書として読まれている。
変な話だが、僕は警視庁情報官である黒田純一こそ、このドラッカー氏のマネジメントを実践している第一人者のような感じを受けるのだ。いわゆるキャリアと呼ばれる一流大学卒の幹部候補生ではない警察官が、警視総監や警察庁長官からさえ、「クロちゃん」と呼ばれ親しまれるという設定は、大人のおとぎ話かもしれないが、ワクワクさせる要因だ。

 

 

方で、何かと警察内部の不祥事が喧伝される中で、周囲の信頼を得ながら、着実に事件捜査の核心へ踏み込んでいく、主人公の仕事の進め方は多くのサラリーマンにも、教訓となるのではないかと思われる。
こうした、ある意味「釣りバカ日誌」(やまさき十三原作・北見けんいち作画)の警察版とも思わせる設定が、リアリティを以て迫ってくるのは、やはり著者の知識や体験による状況描写だろう。
また、平易な文章にも惹かれる。状況の説明が簡素で無駄がないのだが、必要かつ十分な描写で、いつの間にか読み終わっていた、という感覚さえ覚える。この後もシリーズは続くのだろうか?
出来たら続けてほしい。警察小説の中にも、こんなに心地よい世界を構築できるのだから。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1165.天使の報酬

2011年06月21日 | サスペンス
天使の報酬
読 了 日 2011/06/13
著  者 真保裕一
出 版 社 講談社
形  態 単行本
ページ数 390
発 行 日 2010/12/20
ISBN 978-4-06-216725-3

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

OOKOFFやAmazonの古書の価格が安くなるのを待ちきれず、袖ケ浦市立図書館まで行って借りてきた。
図書館の利用は、必ずしも読みたいときに借りられるとは限らないので、僕は木更津市のほかに、千葉寄りの隣町・袖ケ浦市と、館山寄りの隣町・君津市の市立図書館の利用カードを作っている。
今回は幸い袖ケ浦市でタイミングよく前の利用者から返ってきたところだった。
何か急かされるような気になって、借りてきたが、それはやはりドラマのせいか? 例によって、僕の曖昧な記憶は肝心なドラマの導入部分を思い出せないでいるが、アメリカ・ロケ?のシーンは映画に負けない迫力の場面を構成していたように思う。

 

 

だが、読み始めて本書も前作同様、ドラマとは異なる筋立てとなっていた。それも冒頭からドラマとは全く異なるスタートに少しとまどう。主立った登場人物の名前はドラマと同じだから、そう感じるのだろう。
舞台はアメリカ西部、サンフランシスコのアパートの1室から始まる。元厚生労働省の官僚で、現在はアメリカに本社を持つブライトン製薬の日本支社へ勤務している、霜村元信の娘・瑠衣の部屋だ。
数日前から瑠衣と連絡が取れなくなっている中、サンフランシスコ市警は、窃盗の疑いで瑠衣の部屋を捜索していた。霜村の要請で、外交官の黒田康作は霜村とともに捜索に立ち会っていたが、黒田は霜村に何か隠し事があるような気がしていた。

 

 

は前の「アマルフィ」のところで、作者の真保氏が映画と小説は違う旨のことを言っていた、と言うようなことを書いたが、もしかしたらそれはドラマのことだったのかもしれないと、思った。
ドラマの冒頭では、舞台は同じくサンフランシスコながら、外務副大臣・観上祥子の護衛に当たった黒田の機転が描かれ、その後彼に連絡を取ってきた霜村は、黒田の旧友と言うことになっていた。
小説ではその辺の人物設定が全く違っており、ドラマで重要な役割を果たした、外務大臣も副大臣も登場しないのだ。
その上、さすがに小説の方は、いくつもの事件が複雑に絡み合った様相を示して行き、舞台を東京へと移してからは、警視庁外事課の要請により、敏腕刑事・大垣利香子に協力する形で、黒田の活躍が始まるといった展開だ。
わざわざ敏腕刑事と書いたのは、ドラマでは大いに活躍を見せるものの、警察内部ではあまり重要視されない役所だった大垣刑事が、小説では全く正反対ともとれる硬派な刑事として描かれているからだ。
黒田の動向もどちらかと言えば、アクションを主体とする映像とは変わって、足を使うものの頭脳プレイが主体となるところだろう。こちらの作品こそ、ドラマを見てからも十分にドラマとは異なる楽しみを味わえる作品となっている。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1164.死の枝

2011年06月18日 | 短編集
死の枝
読 了 日 2011/06/11
著  者 松本清張
出 版 社 新潮社
形  態 文庫
ページ数 286
発 行 日 1974/12/16
ISBN 4-10-110932-X

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

 

本清張氏の作品をこうして読むたびに、昭和30年代の初期にむさぼるように読んでいた時期を思い出す。というようなことは毎回清張氏の作品のつど書いてきたが、それでも清張氏の作品は膨大な数に上るから、読み耽ったとはいえ、その数はたかが知れてる。読んでない方が圧倒的に多いだろう。
本書もその読んでない方の1冊だ。実はこの「死の枝」(当初は「十二の紐」とされていたのを11編となって、後に改題)と題された短編集は、かなり以前から読みたいと思っていた本なのだ。この中の1篇「家紋」は1990年と2002年の2度にわたって、テレビドラマになっている。僕が見たのは2002年にBSジャパンで放送された方だが、記憶力のあいまいな僕にしては珍しく、そのいくつかの場面が心に残っている。
多分それは、優れた脚本や、原作に込められた味わい深い雰囲気を忠実に再現した演出、さらにはその演出に従った役者さんの演技にもよるのだろう。
こういうことを書くたびに何時ものことながら、僕のミーハー的資質を暴露しているようで、気恥ずかしい想いもあるのだが、いまさら気取ったってどうなるものでもない。
そう、そのドラマのエンド・クレジットで原作が「死の枝」より、となっていたことでこの本を知ったのだ。

 

 

今、そのドラマの場面を思い起こしながら読んでみて、気負いのない穏やかに進められる文章が、不気味な味わいを醸すことに驚く。ドラマの脚本は多くの清張作品を手掛けている(たぶん、ほとんどのドラマ化に際し、と言った方がいいかもしれない)大野靖子氏だ。
彼女の脚本は、この短編を無理なく2時間ドラマに仕上げていたことにも、感嘆する。小説は被害者の娘が大学生になった時に、おぼろげながら両親の亡くなった事件の真相に気付くところで終わっているが、ドラマはその先までを追って描写する。主演の岸本加世子氏や、大地康雄氏、吹越満氏らの好演が思い起こされる。
前にも書いたが、清張氏の短編には「さて、お集まりの皆さん・・・」といった名探偵が謎解きの演説を打つ場面は排して、スパッと切り落とすかのような終盤を迎えているところに、魅力がある。特にこの1篇では、犯人の動機に至る部分までもが、読者の想像にゆだねるかのごとき様相を示す。
もちろんドラマではそういう訳にはいかないから、そうした状況を巧みに見せてはいたが。刑事コロンボでおなじみの、倒叙ミステリーの形式を思わせるストーリーは、ここに収録されたほとんどに当てはまり、コロンボをそこに配置することもできるだろう。

 

 

んなことを考えると、またこれまでとは違う形のドラマができるかもしれない。全く関連のない短編作品が一人の主人公を加えることによって、ミステリードラマのシリーズが生まれる可能性もあると思うと、面白いではないか。
ドラマといえば、この作品の中で、僕の知る範囲では、先述の「家紋」の他には、「年下の男」と「不在宴会」が、テレビドラマになっている。
「年下の男」は1988年にKTV(関西テレビ)で制作され、関東ではフジテレビ系列で松本清張サスペンスというシリーズの中の1編として放送された。小川真由美氏の主演で年下の男と深い関係になった女の悲劇が描かれる。
うろ覚えだが、このシリーズは1クールで2シーズンに亘って制作されたのではないかと思う。清張ドラマは、割と当たり外れが少なく、このシリーズも1時間ドラマでは結構好評だったと記憶している。
「不在宴会」の方は、比較的新しく、2008年にBSジャパンで、三浦友和氏の主演で2時間ドラマとなっている。2時間ドラマといっても、CMを除いて正味90分前後なので、短編のドラマ化には適していると思うが、多くは長編も2時間に収めようとするから、どうしても中途半端な言葉足らずのような感じになってしまうのが残念だ。
ドラマの話ばかりになったが、この作品集はどれをとってもドラマになるという思いがする。

 

初出(小説新潮)
# タイトル 発行月・号
1 交通事故死亡1名 1967年2月号
2 偽狂人の犯罪 3月号
3 家紋 4月号
4 史疑 5月号
5 年下の男 6月号
6 古本 7月号
7 ペルシャの測天儀 8月号
8 不法建築 9月号
9 入江の記憶 10月号
10 不在宴会 11月号
11 土偶 12月号

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1163.八日目の蝉

2011年06月15日 | サスペンス
八日目の蝉
読 了 日 2011/06/08
著  者 角田光代
出 版 社 中央公論新社
形  態 文庫
ページ数 376
発 行 日 2011/01/25
ISBN 978-4-12-205425-7

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

年(2010年)3月30日から6週に亘ってNHK総合テレビで放送されたドラマが気にはなっていたのだが、何とはなしに見過ごしてしまった。ずっと後になって原作を読んでみようと思い立ってから、何度目かの再放送を録画した。本を読んでからドラマを見ようと思ったからだ。
今年2月に初めて著者の「空中庭園」を読んで、テレビで見た著者の容姿からは想像できないような作品内容に驚かされた。
もしかしたら、また著者の本を読んでみようと思ったのは、前の時と同様に「えっ!この人がこんなことを書くの?」という驚きを再び味わいたいと、意識の底で感じていたのか?
この作品はその後映画化もされて、今年4月に公開された。まだ本を読み終わったばかりで、ドラマも映画も見てないが、まだ残っている本の余韻がさめたら、録画したドラマを見ようと思っている。

 

 

さて、物語は1985年2月から始まる。
希和子という女が他人のアパートの部屋から生後間もない赤ん坊をさらって逃げる。希和子が何者か、また、乳児の女の子との関係もまだわかっていないが、ストーリーが進むにつれて、彼女たちの関係も、おかれた環境も明らかになっていく。
全体の6割近くを占め4年にも亘る、希和子と、希和子によって名付けられた女児・薫の二人の逃亡劇は、スリルに満ちた展開を見せるが、この間何よりも心に迫るのは、子供の可愛さだ。鳥や獣は、生まれてはじめてみた顔を親だと認識するのだと言うことを聞いたことがあるが、それは人間も同じだろう。
何も知らずに、誘拐犯にも無邪気な笑顔を見せる赤児の可愛さが伝わってくる。
子供を持つ人なら誰でも乳児から幼児、そして少女期に至るまでの成長に伴う変化と、子供らしい可愛さは(子供の性別に限らず)、自分の子供と重ね合わせることができるだろう。さらには、誘拐という犯罪者である希和子にも、このまま逃げおおせてほしいという思いに駆られる?
誰かが、子供は乳幼児のかわいい笑顔を見せてくれたことで、十分親孝行を済ませている、というようなことを言っていたことを思い出させる。

 

 

かし、ストーリーはそうした子供らしい可愛さと、疑似親子の愛情?場面だけではないのは、もちろんだ。
幼児期を誘拐犯に育てられた女児が、大学生となって、ストーリーの語り手となる、その後半部分に真のテーマがあるといってもいいだろう。
僕は、本書もミステリーとして読んでいるから、その間の事情は、ネタバレということになるので詳しくは書けないが、舞台が変わることによる違和感のようなものも、後半部分の展開が進むにつれ、前半とは異なった興味を持たされる。この辺が著者のストーリー組み立ての巧みなところだろう。
この物語の舞台となる年代が1985年から始まっているのにも、意味がある。希和子の逃亡劇の中で、一時期匿われる施設が、当時世間を賑わせたカルト集団を思わせたりすることも、時代背景をうまく使っているところだ。
ある種の期待を持たせるラストは、期待通りと思う人と、期待を裏切られたと思う人は、半々だろうか?多分。
読売新聞夕刊に連載された(2005/11/21~2006/7/24)新聞小説と言うことで、当時新聞を読んでいた読者は、次の日が待ち遠しかったのではないか、と思われるストーリーの展開だ。

ところで、八日目の蝉とは?何のことだろうと気になっていたのだが。
幸いにして、僕は生まれてこの方、生きることについて疑問を持ったことなどない。単に“鈍感”なだけだと言われれば、そうかもしれないが。
一生の大半を地中で過ごし、地上に出て成虫の蝉となって生命を謳歌できるのは、わずか一週間と言われている蝉が、もし八日目も生きていられたら?
それがこの作品のテーマとなっているのだ。前述のごとく、期待を持たせながら迎える結末が見事・・・・・。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1162.逆転法廷

2011年06月12日 | リーガル
逆転法廷
読 了 日 2011/05/27
著  者 小杉健治
出 版 社 徳間書店
形  態 文庫
ページ数 382
発 行 :日 1989/08/15
ISBN 4-19-568849-3

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

月一日に毎月恒例のお袋訪問の折に、いすみ市大原の古書店で購入した1冊だ。
前に同店を訪れた際に、なかった「八日目の蝉」(角田光代著)を探しによったところ、幸い同書は文庫であったので、一緒に本書も手にしたのだが、初めての作家なので、どうしようかと迷った。
タイトルから裁判の話だろうということは想像できることと、時折は初めての作家を読んでみたいという欲求から買い求めた。
どうということはないのだが、僕にとっては前にも書いたように、新しい本を買うときには、ちょっとした覚悟が必要なのだ。
こういうことを書いていると、いつも思い起こすのは今はなき映画評論家・淀川長治氏のことだ。長いことテレビ朝日の「日曜洋画劇場」の解説を担当していた氏は、他にもたくさんの著書も残している偉大な評論家だった。
その著書の1冊に、
私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない (1973年)」というのがある。
僕に当てはめれば、「僕はまだかつて嫌いな本に逢ったことがない」とでも言おうか。
この歳になってもまだまだ、そうした心境にはほど遠い凡人の自分自身を反省する。
そうした環境を自身で作り得た、淀川氏にはただただ敬服の念を抱くしかない。

 

 

そんなことを思いながら、また別の事を考える。一般的に書評家などという仕事を持つ人は一月にどのくらいの本を読むのだろう?仕事だから自分の気に入った本ばかりを読むわけではないだろう。好き嫌いを言ってられないこともあるだろうから、大変な仕事だと思うが、まあ、大変でない仕事はないが・・・。
その点気楽な読書を続けられる身分を、幸せだと思わなければならないのかもしれない。

さて、裁判劇の面白さは黒と思われた被告が、裁判の進行とともに、逆転して白となる、といった定番のような展開があるが、本書のタイトル「逆転法廷」は、正にそれを表しているように思うが、想像していた事とは全く違う内容だった。
前半は、今までにいくつもの作品で出会った、死刑囚の救出をテーマとした内容だ。
この読書記録をはじめる前に、読んだアメリカの女性作家、メアリ・W・ウォーカー氏の「処刑前夜(The Red Scream)」をはじめとして、記録を付け始めてからも、乱歩賞受賞作の「13階段」(高野和明著)や、アンドリュー・クラヴァン氏の「真夜中の死線」等々、冤罪と思われる死刑囚をタイムリミットに追われながら再調査するというストーリーは、究極のサスペンス・ストーリーだ。

 

 

頃は、高い検挙率・有罪率を誇り、世界的にも優秀と認められてきた我が国の検察も、再審裁判に持ち込まれて逆転無罪が確定するという事件が、続いた。
そうしたことも頭にあってか、昔気質の変わり者と言われる刑事の、執拗な取り調べの末に死刑が確定した被告を、どのように救うのかという興味は心を躍らせるのだが。

しかし、タイトルの「逆転法廷」に込められた真の意味は、全く違うところにあったことが後半でわかってくるのだ。まだ新米ともいえる主人公・月村弁護士の正義感と調査へのあくなき努力が見出した事件の真相が、このタイトルに現れている。
僕はこうした専門知識、それも難しいといわれる法律の知識を必要とする裁判劇は、弁護士など法律家にしか書けないという偏見を持っていたが、著者のように無関係の作家がこれ以外にも裁判に関するストーリーをものにしていることに驚く。ぜひ、他の作品も読んでみよう。読みたい本が次々と現れるのは嬉しいが、大変だ。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1161.恐怖の骨

2011年06月09日 | サイコ・サスペンス
恐怖の骨
読了日 2011/06/05
著 者 和田はつ子
出版社 光文社
形 態 新書
ページ数 242
発行日 1997/07/30
ISBN 4-334-07249-6

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

 

ろいろと脈絡のない乱読を続けていると、ある時思いついての読書となるから、しばらくぶりで読むという作家が結構出てくるのは必然か?
今回もそうしたしばらくぶりの作者との出会いなので、そうしたことを考えた。前に読んだのは2008年だから足かけ3年にもなるのか。
いつの頃からか、この作者は時代ミステリーに転向したかのように、この手のサイコ・ミステリーがめっきり少なくなった(ような気がする)。和田氏の作品を読み継いできたのは、サイコミステリーと言うだけではなく、やはり魅力のあるシリーズキャラクターのせいもある。
幾つかドラマ化もされている、心理分析官・加山知子や英陽女子大学で食文化を教える助教授・日下部遼と、同じシリーズに登場する警視庁捜査一課の刑事・水野薫などなど。本署はそうした主人公たちとはまた別のキャラクターが登場する。

 

 

法医学者の田代ゆり子、監察医の江川浩司、そして警視庁捜査一課の刑事・須原透のトリオだ。
女性検死官については、アメリカのP・コーンウェル女史のケイ・スカーペッタシリーズが有名で、彼女自身が解剖を行うのだが、本書では、司法解剖を担当するのは監察医務員の江川の方だ。
カバー折り返しの著者の弁では、検死官・田代ゆり子シリーズの2冊目を云々・・・とあるので、1冊目は何だろうと著者のサイト(http://hatsukowada.s9.xrea.com/)を見たら、なんと最初は「蚕蛾」だと言うことだ。僕は2007年に「蚕蛾」も読んでいるのだが、メモには助教授・日下部遼シリーズとなっている。どうやら日下部遼と協力して事件解明に当たっていたのが、本書で活躍する田代ゆり子だったようだ。そういわれても全く思い出せないのは、あきれるほどの僕の記憶力のなさだ。

 

 

回の事件は、新宿区下落合のアパートの一室で、長いすに横たわった白骨死体が発見されたことに始まる。
死体は現場の状況からそこで白骨化したのではないとがわかる。何者かによって骨になってからその部屋に運ばれたと言うことだ。
白骨化した骨の状態から、ゆり子らの検死では80代の男性との見方で一致したのだが、咬耗値からは20歳から30歳の人間とのことだ。咬耗値とは、噛み合わせによるはの摩耗、すなわち減り具合を表す値だ。
さらにその後、歯形から白骨死体は24歳の男性と判明した。だが、24歳の骨がなぜ老人化していたのか?

そして拒食症だった若い女が1ヶ月の間に肥満となり、変死体で発見されるという事件が起きた。
次々と発見される奇妙な死体は、連続殺人事件なのか?
しばらくぶりで読むせいか?あるいは僕の感じ方が変わったか?従来読んできた著者のサイコサスペンスとは、少し雰囲気が違うような感じを受けながら読み進めた。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

 


1160.アマルフィ

2011年06月06日 | サスペンス
アマルフィ
読 了 日 2011/05/30
著  者 真保裕一
出 版 社 扶桑社
形  態 単行本
ページ数 371
発 行&nbsp:日 2009/04/30
ISBN 978-4-594-05938-5

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

い最近この続編とも言うべきテレビドラマが、フジテレビで放送されていた。主人公には、映画と同様人気俳優の織田裕二氏があたって、渋い演技を見せた。
聞くところによれば、本書を原作とした映画「アマルフィ-女神の報酬-」で演じた、主人公の外交官・黒田康作のキャラクターに惚れ込んだ織田裕二氏が、提案したことから、ドラマの企画が持ち上がったらしい。
原作者の真保裕一氏は映画もドラマも、当初から原作者としてばかりでなく、制作スタッフの一員として、関わっていたようだ。
主演の織田裕二氏は、先に映画化された真保氏の「ホワイトアウト」でも主演をしていたから、真保氏にとってもおなじみの主演俳優と言うことで、制作は順調に進んだのだろう。
僕はずっと以前に、たぶん制作に当たったフジテレビだろうと思うが、たまたま、映画「アマルフィ」のメイキングを見たことがあり、主演の天海祐希氏のファンでもあることから、DVDでもレンタルしてみようかと思っていたら、テレビ放送されたので、興味深く見た。
メイキングで再三取り直しのあった場面も、そんなことは忘れさせるほどスムースに進んで(当たり前か!)、迫力の終盤を迎える。

 

 

それからこれもどこかで見たか読んだか?真保氏によれば、小説の方は映画とは違う結末だということだったので、安心して?読み始める。
読み進めるうちに、なるほど結末だけでなく、導入部分から微妙に映画とは異なる部分もあり、映像とは違う楽しみ方ができる。しかし、大筋では映画同様の進行を示し、映像が頭に浮かぶ。
ローマのホテルで、愛娘を誘拐された日本人女性の話だ。イタリアの国際警察官とのやりとりや、物怖じしない勝ち気な女性の態度などは、映画同様だが、やはり天海氏の演じた女性とは少し違う感じだ。そして読み進めるうちに、作者の言うように決定的に映画とは異なるシチュエーションに突入する。
これなら、読んでから見ても、見てから読んでも、どちらも楽しめるというものだ。

 

 

て、またドラマの話になるが、ドラマ「外交官・黒田康作」は「アマルフィ」同様海外が舞台となる場面があって、かなり制作費がかさむだろうが、フジテレビ50周年記念ドラマということで奮発したのだろう。
初回の導入編は特別に2時間枠(正味は90分か)で、映画に劣らない迫力の1編になっていた。
共演には、香川照之、近藤正臣、柴咲コウ、草刈民代、萩原聖人、鹿賀丈史、他各氏の豪華で達者な演技人を揃え、更には、韓国の人気俳優・イ・ビョンホン氏を迎えるなど、テレビ局50周年を飾るにふさわしい、華やかなドラマを構成した。
そうだ、演技人と言えば、僕は柴咲コウ氏の演じた刑事・大垣利香子の両親役、六平直政、美保純両氏のコンビが醸し出す和やかな雰囲気が好きだった。緊迫感の漂う舞台の中で、そこだけが心休める別世界を作っており、良かったなー。
ドラマは、こうした脇役陣にも支えられているのだ。
2回目以降は舞台が日本になって、いくらか尻すぼみの感もなくはないが、それでも制作費をかけただけはあったのだろう。
織田裕二氏がいい味を出していた主人公は、魅力あるキャラクターなので、シリーズ化を期待したいところだが、外交官という設定だから、海外を舞台とするからには制作費の高騰は免れない。その辺がネックか?
まあ、いつかこちらの原作「天使の報酬」も読んでみたい。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

1159.フェニックスの弔鍾

2011年06月01日 | サスペンス
フェニックスの弔鐘
読 了 日 2011/05/27
著  者 阿部陽一
出 版 社 講談社
形  態 文庫
ページ数 383
発 行 :日 1993/07/15
ISBN 4-06-185430-5

 

上の著者名をクリックすると、今まで読んだ著者の作品一覧へ移動します。

戸川乱歩賞受賞作には、未読の作品が幾つかあって、本書もその中の1冊だった。
一時期続けざまに読んだこともあったが、その後はそれほど積極的に探さなくなった。ミステリー文学賞を読書の指針にしていることは、今も変わりはない。だが、以前と違ってその数がかなり増えて、とても追いかけきれない状態だ。
更には、面白いミステリーを探す、という僕の目利きも以前と比べれば、良くなってきた気がするから、それほど受賞作にこだわらなくなったのかもしれない。
時にはこれはと思う本を見ると、それが受賞作であることも珍しくなくなった。
実は本書も、乱歩賞受賞作を好んで読んでいた時期に、一度読みかけたことがあるのだが、なぜか途中で投げ出してしまったことがあるのだ。当然のことながら、当時の記憶は全く思い起こすことができないから、その理由も不明である。

 

 

タイトルからすれば、僕の好みの内容を想像さえさせるのだが・・・・。
というのも、何となく初期の「ゴルゴ13」を連想するからだ。長期にわたって(僕の記憶では40年以上になるはずだ)人気を保ち続ける、この劇画は、当初小池一夫氏が原作を担当していた。
またまた僕の得意技?「横の細道」にそれていくが、その当時の作品の一つに「最後の間諜」というエピソードがある。これは僕の中では「ゴルゴ13」名作10選に入る作品で、命を狙われた世界的スナイパーが、それまで培った自分のすべてを賭けて、敵を倒すための作戦を敢行する、という筋書きだ。
このエピソードで、僕は最後の場面で、打ち鳴らされる教会の鐘の音が、今でも耳に聞こえるような気がする。

 

 

を戻そう。まあ、そんなことからの連想だが、本書のタイトルは実際の鐘を鳴らすと言うことではなく、弔鐘は組織の滅亡を意味している。
この作品は、平成2年の受賞作だが、ベルリンの壁の崩壊が1989年で、その頃すでに作品が進行中だったことを考えると、作者の世界の動きを見据える目の鋭さに感嘆する。
そう、本書の内容はそうした世界の動きを背景に、冷戦時代末期の米ソ、日本そしてドイツを舞台とした物語だ。米ソの政府要人たちが実名で登場する、まるでドキュメンタリーのようなストーリーは、今読んでも緊張感を漂わせる。
JFKの暗殺をプロローグに、始まるストーリーは、ゴルバチョフ、ソビエト連邦末期の書記長の掲げるペレストロイカが招く陰謀が、一触即発の米ソ関係に発展させる展開を見せていく。
このようなサスペンス作品が、乱歩賞に選ばれたのは、多分に時代背景が影響していると思わせるが、今また、緊張をはらんだ中東、アフリカ情勢などを考えれば、未読の人に一読をおすすめしたい1冊だ。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村