大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・4]

2017-12-27 06:16:01 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
[お姉ちゃんは未来人・4]



 列の数人前のところで悲鳴があがった!

 悲鳴の原因は直ぐに分かった。若い男がナイフを取り出し暴れまわっているのだ。

 以前他のアイドルグループで、握手の直前にナイフを出してアイドルを含めて怪我人が出たので、握手直前のセキュリティーはかなり厳しくなったが、ただ並んでいる段階でのチェックは甘かった。列は蜘蛛の子を散らすようにバラバラになり、切られた数人の子が傷を庇いながら、彼方の方に避難した。

 あたしは、一瞬男と目があってしまった。

――次の目標はおまえだ!――

 あたしは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。悲鳴さえ上げられない。男は手にしたナイフを腰だめにして、あたしに突進してきた――やられる!――そう思った次の瞬間、体全体に鈍い衝撃を感じた。

 なんと、お姉ちゃんが、あたしを庇って前に飛び出し、ナイフは深々と、お姉ちゃんのお腹に突き刺さった。

 スローモーションを見ているようだった。ナイフが刺さったままお姉ちゃんは仰向けに倒れ、ナイフを失った犯人は、あっさりとガードマンの人たちに取り押さえられた。

「お姉ちゃん!」

――あたしの言うことを落ち着いて聞いて――

 お姉ちゃんの言葉は、直接心に聞こえてきた。
――あたしは未来からやってきたの。竹子を守るために――
「あたしを……」
――竹子の玄孫が、アンドロイド愛護法を作るの。それまで、ただの道具でしかなかったアンドロイドに人間に準ずる人権を認める法律よ。22世紀の『奴隷解放令』と言われるものよ。ところが、それを阻止しようという組織があって、それぞれの時代に刺客を放った――
「それが、今の男?」
――刺客と言っても、ランダムに未来から想念が送られてコントロールされているだけ。未来からやってきた者なら、あたしには分かる。想念だけだから、あいつがナイフを出すまで分からなかった……他の時代でも犯人は捕まったみたい――
「他の時代も……?」
――アンドロイド愛護法を作る人物は、四代前までのDNAで決定される。遡ると42人になるわ。でも、その人物の性格を決定的に影響を与えるDNAを持っているのは5人だけ。その5人に、あたしのようなセキュリティーが付いているの――
「お姉ちゃん、死んじゃやだ!」
――アンドロイドは、死なないわ。でも……役割を終えたから、ここで消える。病院で検査されたら人間じゃない……ことがバレてしまうからね……――
 
 お姉ちゃんの反応が無くなってきた。

「お姉ちゃん!」
――いま、あたしに関する情報を消しまくってるの……ここにいる全員分も……消さなくっちゃね――

 握ったお姉ちゃんの手が、急にはかなくなって……そして、消えてしまった。

「君も、どこか怪我したのかい?」
 ガードマンのオニイサンが声を掛けてくれた。
「あ……怖くって、動けないだけです」
「そう。でも気持ち悪くなったら声かけてね。救急車もすぐに来るから」
「はい、ありがとう……」

 けっきょく、あたしはショック状態ということで病院に運ばれた。ショックの原因は事件じゃない。みんなの記憶からお姉ちゃんは消えてしまったけど、あたしはインストールもできないかわりに、記憶も消えない。半年間だったけど、アンドロイドだったけど、松子お姉ちゃんは、しっかり、あたしの中でお姉ちゃんになっていた。

 このお姉ちゃんへの思いが、玄孫のDNAに影響を与えたのかもしれない。

 あたしは、この寂しさと秘密を一生抱いて生きていくんだ……お姉ちゃん……

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・3]

2017-12-26 06:22:54 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
[お姉ちゃんは未来人・3]



 松子が、あたしの上に覆いかぶさってきた……!

 松子は、あたしのおでこに手をかざして、こう言った。
「やっぱ、ダウンロードはされてるけど、インストールされてない……どうも特殊な体質のようね」
「で……あんた、なんなのよ!?」
「シー、世間で、あたしのこと松子だと思ってないのは、あんただけだから、騒いだら、おかしいのは竹子になっちゃうわよ」

 あたしは、それまでの状況からその通りだと思って、ビビりながら頷いた。

「あたしは、150年ほど未来からやってきたの。事情は、あたしの記憶もブロックされているからよく分からない。でも必要があってのことよ。けして悪いことをするためじゃないから、安心して。そして協力して」
「記憶が無いのに、どうして悪いことじゃないって、言いきれるのよ?」
「さあ……でも、本人が言うんだから、そうじゃない?」

 それが、半年前の始業式。

 それから松子はお姉ちゃんとして、ごく自然に家にも世間では通用してしまった。

 じっさい悪いことは何もなかった。ただ普通の蟹江家としての半年が過ぎた。
「松子、こんなのが来てたよ」
 夕食が終わった後、お母さんが、お姉ちゃんに封筒を渡した。封筒の下のロゴがAKR48になっていることを目ざとく発見。ちょっと胸がときめく。
「やったあ、AKRのライブのペアチケットが当たった!」
「え、ペアチケット!?」
 家族全員の視線が集まった。うちは家族全員がAKRのファンだ。
「お姉ちゃん、彼とかといっしょに行くんでしょ?」
 妬みと願望を隠し切れない声で、あたしは尋ねた。
「来週の金曜の夜……」
 お姉ちゃんは、壁のカレンダーを見に行った。我が家は、でかいカレンダーにそれぞれの予定を書いておく習わしがある。お母さんが食事の段取りなどに狂いが出ないようにと、子どものころからの習慣。
「あ……これは竹子で決まりだ。来週の金曜、お母さんたち結婚記念日でお出かけだよ」
「あ、そうだった。ホテルのフレンチ予約してあるんだった」

 というわけで、お姉ちゃんと武道館に行くことになった。

 二人とも学校が終わると真っ直ぐ家に帰って、私服に着替え、駅前のマックで燃料補給して、開場時間ピッタリに間に合った。マコとヨッコが偶然いっしょだったのにはびっくり。会場に入ってから、さらにビックリ。あたしたちの席は、真ん中の前から三列目。マコとヨッコは、ずっと後ろ。ちょっと優越感。
 オシメンの萌絵や、ヤエちゃんなんかが至近距離で見られて大興奮! 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。卒業した大石クララが特別ゲストで出てきたときなんか、もう失神しそう。クララの横には週刊誌のネタ通りの男性ボーカリストが付いていて評判だった交際を発表。会場は興奮のルツボ。
「おめでとう!」
 汗みずくで駆け寄る萌絵ちゃんの汗が飛んできて、お姉ちゃんのハンカチに付いた。
「ラッキー!」
 とお姉ちゃんは喜んだ。

 そのあとは、お決まりの握手会。オシメンの萌絵ちゃんかヤエちゃんかで悩んだけど、結局ヤエちゃんにした。なんでかっていうと、ヤエちゃんには年内卒業の噂がたっていて、ひょっとしたら……と思った。今日クララさんが来たのなんて、その伏線みたいに思えたから。

 でも、これが悲劇の選択だった……。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・2]

2017-12-25 06:20:51 | ライトノベルベスト

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[お姉ちゃんは未来人・2]



 お姉ちゃんがうちにやってきたのは半年前の始業式。

 一学期最初の日で、たまたま持ち上がりでクラスが一緒になったヨッコと「前のクラスで一緒なの、あんただけね!」と互いに喜んだのは束の間。
 始業式で、演劇部の顧問の吉田先生が転勤になったことを知ると、同じ演劇部のマコと泣きの涙。二人はクラブでは仲が良くなかったけど、演劇部は吉田先生でもっていた。おまけに新三年生の部員はゼロ。演劇部は二人の双肩にかかってきたので、その心細さは良く分かる。で、以前のいきさつかなぐり捨てて互いにクラス一番のお友だちになった。

 で、ホームルーム終わると、することも無いので、さっさと帰ってきた。

「I,m home!」

 元気良さげには玄関を開けた。新学年の学校は、あまり面白くなさそうだったけど、顔に出して文句言うほど浅はかでもない。たった半日の印象だし、学校は学校、家は家。あたし、そういう空気は切り替える方。
「ああ、腹減った!」
 と、パンのバスケットを物色。
「お姉ちゃん帰ってきたら、お昼にしてあげるから下卑たこと言わないの」
 お母さんの言葉に「あれ?」っと思った。

 あたしは一人っ子で、姉妹なんかいない……親類のイトコの顔を思い浮かべる。でもイトコの中で女の子はあたしが一番の年長だ。お姉ちゃんと呼ぶような存在はいない。近所にも気安く昼ご飯を食べにくるようなオネエチャンもいない。すると……。

「ただいま!」

 元気でしっかりした声が聞こえた。親しみの有りすぎる声だ。
「お帰り、ちょうどいいタイミングね、三人でお昼にしよう。松子、着替えたらパスタ作んの手伝って。さ、竹子も着替えといで」
「う、うん……」
 そう言って二階に上がって、びっくりした。部屋のドアを開けると6畳の部屋が12畳ほどに広くなり、あたしが全然知らない「お姉ちゃん」が着替え終わって下に降りるところだった。
「竹子、早くしな。パスタはスピードが命なんだから」
「う、うん……」
 有無を言わせぬ上から松子。ごく自然な姉としての親しみとしっかり者のお姉ちゃんの威厳があった。

「いったい、どーなってんの?」

 不思議に思ったけど、階下の明るく自然な母子の会話に流されて、あたしは「妹」を演じていた。これはテレビのドッキリかなんかで、みんなで、よってたかって、あたしのことを担いでいるんだろう……最初はそう確信した。
 夕方になってお父さんが帰ってきて、ふつ-に松子を娘として相手をしているのを見て、あたしの確信は揺らいできた。
 お父さんは、お芝居なんかできない。良くも悪くも嘘の言えないオッサンだ。それが、自然に学校の話とか、昔ばなしなんかして盛り上がってる。

 これは悪夢だ。なんかの間違いだ!

 破綻は日付が変わるころになってやってきた。

 いつもだったら、新学年の始業式の夜なんて、宿題も何にもないから、テレビ観たり、コミック読んだり、チャットをしたり。でも、この長いドッキリに、あたしはくたびれて、お風呂入るとさっさとベッドに潜った。
「そうだ!」
 あたしは、思いついてヨッコにメールを打った。
――遅くにごめん。変なこと聞くけど、あたしって一人っ子だったよね?――
――なに言ってんの、松子姉さんいるじゃんか。それよりクラブがさ――
――ごめん、それ明日聞くね――
 他にも五人の友達とイトコにメールを打った。みんな松子のことを知っている。おかしいのは、あたしだけだ……。

 もう頭がスクランブルエッグ! こういうときは直接当たるに限る。

 鼻歌まじりに風呂からあがってきた「お姉ちゃん」に聞いてみた。
「ねえ、あなた誰なのよ……!?」

 鼻歌が止まり、松子姉は、無機質な顔で振り返った。

「インストールエラー……かな」
 松子が、あたしの上に覆いかぶさってきた……!

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・[お姉ちゃんは未来人・1]

2017-12-24 06:56:42 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
[お姉ちゃんは未来人・1]


 文化祭も五回目になると飽きる。

 と言って、あたしは落第を重ねた高校五年生というわけではない。
 中学から数えて五回目。面白かったのは中一の時と高一の時。初めてだったから新鮮だった。厳密に言うと高一の時は昼で飽きた。中学校は、学年で合唱とお芝居だけ。そのどっちか。どっちも学芸会のレベルでつまらない。
 高校は、もっといろんなことがあるんだろうな! と期待した。

 クラブとかの出し物や模擬店は新鮮で、それなりのレベルはあるんだけど、軽音にしろダンス部にしろ、身内だけで盛り上がって、あたしら外野はなんだか馴染めない。ネットで面白い文化祭を観すぎたせいかもしれない。
 クラスの取り組みは、占いとうどん屋さんのセット。うどんは100円でミニカップ一個。原価はカップ込みで30円のボッタクリ。占いはタロットと手相の二つで、どっちも100円。担当は、この春に廃部になった演劇部のマコとヨッコ。一週間のアンチョコで、ハウツー本を読んだだけのインチキ。だいたいテストに実験台にされたとき、こんなことを言う。

「う~ん、あなたは珍しい!」
「どんなふうに?」
「生命線がない!」
「え……?」
「本当は、生まれてすぐに亡くなる運命……」
「違うよ、生まれてこない運勢」
「だったっけ……あら、ほんと」
「で、どーなのよ?」
「なにか、特別な使命を帯びてこの世に生まれた。その兆候は十六歳で開花する」
「あの……あたし、まだ何にも開花してないんだけど」
「え、そう?」
「芸能プロにスカウトされたとか、宝くじにあたったとか?」
「あたし、もう十七歳なんだけど……」

 ま、こんな調子。

 言っとくけど、あたしには生命線はあった……うっすらだけど。それが去年の冬ぐらいから消えてきた。ちょっと気になったので、ウェブで調べた。すると、二つのことが分かった。

①:生命線が無い、または薄い者はいる。だが他の線により補完されていて、特に問題は無い。
②:手相は、年齢や体調によって変化する。

 で、マコとヨッコが使っているハウツー本は全然違うことが書いてある。ようはいい加減ということだ。僅かに褒められるのは、元演劇部らしく小道具としての本には凝っていて、わざわざ神田の古本屋まで行って買ってきた、古色蒼然とした本だったこと。しかし、奥付の発行年を見ると昭和21年発行の雑誌の付録になっていた。終戦直後の何を出しても売れる時代の粗悪品。先生は「カストリものだな」と言っていた。ちなみにカストリとは三合(三号にかけてる)で潰れる粗悪な酒という意味。

 ま、適当に当番の時間をお勤めして、あとはテキトーに時間を潰して、終礼が終わったらさっさと帰った。まあどこにでもいるややしらけ気味の高校二年生。あ、名前は蟹江竹子……ちょっと古風。亡くなったひい祖母ちゃんが竹のようにスクスクと育つようにと付けてくれた。愛称はタケとかタケちゃん。ま、普通。

「I,m home!」

 ちょっと気取って玄関を開ける。
「ああ、腹減った!」
 言いながらパンかごから、クロワッサンを出してぱくつく。
「もう、行儀の悪い!」
 お母さんがいつものように小言。
「はーい」と返事して、食べてから手を洗う。クロワッサンの油やパンくずが手について気持ち悪いから。

「ただいまー!」

 お姉ちゃんが元気に帰ってきた。「お帰り」と、あたしの時とは違う優しい声でお母さん。お姉ちゃんは優等の高校三年生だ。もう一時間もすればお父さんが帰ってきて、ごく普通の親子の夕食になる。

 ただ普通でないのは、お姉ちゃんは未来人で、本来はうちの子ではないこと。そして、そのことは、あたししか知らないことなんだよ。 

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高校ライトノベル・ライトノベルノスタルジー〝父かえる〟

2017-12-02 06:44:46 | ライトノベルベスト

 ライトノベルノスタルジー
〝父かえる〟
        


 父が居なくなって七年になった。

 母は、家庭裁判所におもむき、さっさと失踪宣告をして、父を法的に死亡させてしまった。

 普通失踪 - 失踪期間は不在者の生死が明らかでなくなってから7年間(30条1項)という法的な根拠によるもので、母の行為は間違ってはいない。
 失踪宣告をしなければ、父の預金や不動産などが動かせず、固定資産税や維持費ばかりかかる古いだけの家も、処分できない。第一、あたしの結婚費用さえ出すことができない。

 お父さんは、あたしが高校二年の春に失踪した。

 理由はよく分からないが、前の晩お母さんと言い争っていた。内容は詳しくは分からないが、仕事を辞めて、作家になりたいという夢のような話だったらしい。

 お父さんは、まいっていた。

 五度目の採用試験で、やっと高校の先生になり、いわゆる困難校ばかり渡り歩いていた。夜遅くに生徒や保護者から電話がかかってきて出かけることも多かった。
「次の学校に替われば、少しは楽になる」
 そう言って黙々と仕事をやってきた。お父さんは十数回担任をやって、そのほとんどが一年生の担任だった。
 一年生の担任の苦労は並大抵ではない。勉強を教え進級させることが仕事ではなく、半数あまりの生徒を無事に退学させることにあった。なんたって、240人あまり入学した生徒が卒業時には100人を切る。その辞める生徒の大半が一年生で辞めていく。
 お父さんは、入学時に生徒を見極め、これはという生徒には集中的に関わって指導していた。
 何度も言うけど、進級させるためじゃない。無事に退学……正確には進路変更のための自主退学のB5の書類に署名捺印してもらうために。
 お父さんは、けして留年はさせなかった。留年した生徒は、たいてい落ちた学年でアナーキーになり、自分も周りも悪くして、結局は退学していく。
 退学した生徒は「退学させられた」と地元で吹聴する。で、学校の評判が落ち、次年度には、さらに扱いにくい生徒が入学し、学校はさらに悪くなっていくという悪循環だった。
 だから、お父さんは、そういう生徒にはこまめな親切さと情熱で接していた。四月の一日や八日の始業式のあとには、数件家庭訪問するのが常だった。他の生徒も連休までには個人面談を済ませ、人間関係を作っていた。
 だから、お父さんのクラスで退学していく生徒は保護者共々「お世話になりました」と言って辞めていった。地元に帰っても学校の悪口を言うことはなかった。

 そんな父を、わたしは偽善者だと思った。

 熱血先生の皮を被った首切り教師。面と向かって言ったこともあった。思えば、あたしも反抗期ではあったのだ。
 お父さんは、たまに嬉しそうに電話をしていたことがあった。落第確実な生徒が奇跡的に進級した時だ。電話の向こうで嬉し泣きの泣き声が聞こえることもあった。
「よかったな、次も気を抜かずにがんばれよ!」
 そう言うと、電話を切って憮然とした顔に戻り、留年が確定した生徒の家に退学の仕上げに出かけていった。あたしは、その後ろ姿に「偽善者」と、呟いていた。

 そんな父が……おとうさんが53歳の時転勤が決まったとき「辞めたい」と言い出したのだ。

 そして、お母さんと言い争って、明くる日に家を出たきり帰ってこなかった。
 お母さんは、小学校の先生。あたしも高校生になっていたので、家のことはできたし、生活に困るようなことは無かった。ただ、ご先祖から受け継いだ無駄に広いだけの家に手を焼いた。世間体も悪かった。だから、法的な期限がくると、さっさと失踪宣言をしたのだ。

 そして、家の買い手がついた……そう、紫陽花が蕾を付け始めたころ、お父さんはカエルになって、帰ってきた。ダジャレじゃない、まさに父カエルであった。

 部屋の机の上に、それを見つけたときは、カエルの置物かと思った。でも、微かに呼吸をしているのに気づいたとき、あたしは飛び上がりそうになった。
 このとき、悲鳴をあげていれば、お母さんがやってきて、カエルは叩き出されて、それでおしまいだっただろう。
 でも、あたしは直感で「お父さんじゃないかな」と思った。思った瞬間目が合った。

 おとぎ話みたいだけど、あたしはそう思った。それから二週間あまりたった。
 カエルは、普段は目に付かないところにいるんだろう。二三日姿を見ないこともあった。
 油断していると、着替えの最中や、お風呂に入ろうと浴室に入ったときに居たこともあった。カエルというのは無表情なものだけど、このときは、オッサンらしくニンマリ笑っているようにさえ思えた。

「ひょっとして、あたしがキスしたら、元にもどるかな……」

 そう思ってキスもしてみたが、カエルはお父さんにはもどらなかった。こいつは本物のカエルかもしれないと感じて、ウェットティッシュで何度も唇を拭った。

 母子に見合った家を見つけ、明日引っ越しという朝に、最後の荷物の整理をしていると、懐かしい絵が出てきた。
 お父さんには、生きていれば三つ年下の、あたしには叔母さんにあたる妹がいた。発育が悪く、このまま妊娠を続けていては母子共に危険であると判断されて、その子は堕ろされてしまった。
 お父さんは、その話を、大学浪人しているときに、お祖父ちゃんに聞かされた。

 ショックだったようだ。

 そのころのお父さんは、人生に自信がなかったニートのような時期で、自分なんかより、その妹が生きて生まれた方がいいと、思ったようだ。
 で、お父さんは美大に通っている友達に自分と祖父ちゃん祖母ちゃんの写真を見せて、三つ年下の妹の肖像画を描いてもらった。三つ違いなので、セーラー服の女子高生だった。少しだけあたしに似ているが、ずっと利発そうで可愛い。

 出てきたのは、その絵だった。

 カエルが、いつのまにか現れて、その絵をじっと見つめていた。
「宏美、トラック出るよ!」
 玄関から、お母さんの声がしたので、慌てて庭に出た。
「もう、持っていくものないよね?」
 お母さんが、額の汗を拭いながら言った。あたしの婚約者がすかさずスポーツドリンクを差し出した。わが婚約者ながら気が利く……「あ、ちょっと待って!」

 あたしは、あの絵を持っていこうと思った。お母さんは嫌な顔。婚約者は優しく頷いた。

 ガランとした部屋に戻ると、あの絵が残っていた。でも、少女の姿は白い地になって抜けていた。

 トラックが発車するとき、バックミラーに、セーラー服の女の子と初老の男。

 忘れられない一瞬になった……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№48『同じ空気』

2017-11-06 06:46:11 | ライトノベルベスト
ライトノベルセレクト№48
『同じ空気』
                   


「同じ空気を吸うのもイヤ!」

 一美は、そういうと思い切りよく助手席のドアを開け、その倍くらいの勢いで閉めた。
 拓磨は、ビックリ金魚みたいな顔をしたが、追ってこようとはしなかった。

「おれ、今度転勤なんだ……」
 ついさっきの、拓磨の言葉が蘇る。
「え……どこに?」

 そう聞いたときには、もう半分拒絶していた。
「大阪支社に」
 この答には、吐き気すら覚えた。
 あたしは大阪が嫌いだ。学生時代のバイト先の店長が大阪の人間で、何かというとセクハラ寸前の行為に出てきた。
「まあ、メゲんと気楽にいきいや」
 最初に仕事で失敗したとき、そう言って慰めてくれた。わたしは大阪弁の距離感の近さが嫌いだったけど、この時の店長の言葉は優しく響いた。
 でもあとがいけない。
 肩に置いた手をそのまま滑らして、鎖骨からブラの縁が分かるところまで、撫で下ろされた。鳥肌が立った。狭い厨房ですれ違うときも、あのオッサンは、わざとあたしの背中に体の前をもってくる。お尻に、やつの股間のものを感じたとき。わたしは自分の口を押さえた。押さえなければ営業中のお店で、わたしは悲鳴をあげていただろう。
「パルドン」
 オッサンは、気を利かしたつもりだろうが、大阪訛りのフランス語で、調子の良い言葉をかけてきた。

 もともと吉本のタレントが東京に進出し、ところかまわず、大阪弁と大阪のノリで麗しい東京の文化を汚染することに嫌気がさしていた。で、そのバイトは一年で辞めた。
 先日アイドルグループ子が「それくらい、言うてもええやんか」と、下手な大阪弁で、MCの言葉を返すのを見て。ファンである拓磨にオシヘンを強要したほどである。
 こともあろうに、その拓磨が、大阪に転勤を言い出す。とても許せない。

 夕べ夢に天使が現れた。で、こんな嬉しいことを言ってくれた。

「明日、あなたの望むことが、一つだけ叶うでしょう……♪」
 で、あたしは、今日のデートで、拓磨がプロポーズしてくるものと一人決め込んでいた。
 それが、よりにもよって、大阪転勤の話である。
 拓磨とは、大学の、ほんの一時期を除いて、高三のときから、七年の付き合いである。そろそろ結論を出さねばならない時期だとは、両方が思っていた……多分。

「あたしと、仕事とどっちが大事なのよ!」

 そういうあたしに、拓磨は、ほとんど無言だった。気遣いであることは分かっていた。
「一度口にした言葉は戻らないからな」
 営業職ということもあるが、日常においても、拓磨は自然な慎重さで言葉を選び、自分がコントロールできないと思うと、口数が減るようになった。でもダンマリは初めてだ……。

 せめて後を追いかけてくるだろうぐらいには思っていた……のかもしれない。

 一美は、港が一望できる公園から出ることができなかった。出てしまえば、この広い街、一美をみつけることは不可能だろうから。
 一美自身、後から後から湧いてくる拓磨との思い出を持て余していた。
 拓磨とつきあい始めたのは、荒川の土手道からだった。当時のあたしはマニッシュな女子高生で、同じクラスの拓磨と、もう一人亮介というイケメンのふたりとつるんでいた。
 そう、付き合いなどというものではなかった。いっしょにキャッチボールしたり、夏休みの宿題のシェアリングしたり、カラオケやらボーリングやら。ときどき互いの友だちが加わって四人、五人になることはあったが、あたしたち三人は固定していた。

 そんなある日の帰り道、拓磨の自転車に乗っけてもらったら、急に拓磨が言い出した。

「おれたち、同じ空気吸わないか?」

「え、空気なんてどれも同じじゃん。ってか、いつも同じ空気吸ってるじゃん」
「ばーか、同じ空気吸うってのはな……」
 拓磨の顔が寄ってきて、唇が重なった。で、あいつはあたしの口の中に空気を送りこんできた。
 あたしは、自転車から転げ落ちてむせかえった。
「一美、大げさなんだよ。どうだ、おれの空気ミントの味だっただろう?」
「そういうことじゃなくて……」
 あとは、言葉にならなくて涙になった。
「一美……ひょっとして、初めてだった?」
「う、うん……」
「ご、ごめんな……」

 そんなこんなを思い出していたら、急に拓磨のことがかわいそうになってきた。
「拓磨……」
 一言言葉が漏れると、一美は走っていた。

 車は、さっきと同じ場所にあった。でも様子が変だ……。
「拓磨!」
 拓磨は、運転席でぐったりしていた。
 一美は急いで車のドアを開けた。
「う、臭い!」
 車の中は排気ガスでいっぱいだった。
「な、なんで、どうして!?」

 すると、頭の中で天使の声がした。

『だって、言ったじゃない「同じ空気を吸うのもイヤ!」って』

「そんな意味じゃ無い!」

 一美は救急車を呼ぶと、一人で拓磨を車から降ろし、人工呼吸をはじめた。中学で体育の教師をやっている一美に救急救命措置はお手の物である。

――いま、あたしたち、同じ空気吸ってるんだから、がんばれ拓磨!――

 拓磨の口は、あの時と同じミントの香りがした……。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ライトノベル・4』

2017-10-24 06:53:21 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
『ライトノベル・4』
                    



 ケイは佐藤先輩と杉野さんカップルの共通のカワイイ後輩という、妙な位置に落ち着いた。

 杉野さんも、生徒会の会計をやっているので、ケイの働きぶりや、人柄をよく知っていた。だから人間としてケイのことが嫌いなわけではない。むしろ目端の利く働き者のかわいい子という認識では、一致していた。
 ただ、自分の恋敵としてのケイの存在が許せないのである。

「じゃ、二人の妹ぐらいのところで手を打てよ」

 生徒会長の、なんとも玉虫色のような結論に落ち着いてしまった。
 しかし、生徒会をバックにつけたようなものなので、なにかと便利だった。クラブの稽古場は、今まで、普通教室の渡り鳥で、舞台の実寸通りの稽古ができず。始めに机を片づけ、終わったら机を元に戻すという厄介な作業に時間と労力をとられていた。
 それが、なんと同窓会館が使えるようになった。
 一度椅子やら机を片づけてしまえば、本番が終わるまで、そのまま使えた。エアコンの効きも良く。なんと言っても舞台と同じスケールで稽古できるのは嬉しかった。

 家に帰って、ライトノベルを読むと、そのことがオモシロおかしく書かれていて、ここんとこ毎日読んでいる。読み返してみると、ケイは、いつも誰かに助けられてというか、利用して、あるいはギブアンドテイクでやってきたことが分かる。

 で、これがヒントになった。

 いま稽古している『すみれの花さくころ』はネットで検索したら、名古屋の音楽大学がオペレッタにして上演したことが分かった。

「アタックしてみたら」

 シオリのオネエサンも、そうけしかけてきたので、佐藤先輩に頼んで、その音楽大学に電話をしてもらった。だって、音大の教授なんておっかなくって、まともに話なんか出来ない。
 で、さすがは文化部長。楽譜と上演のDVDまで仕入れてしまった。

「いいねえ~」
 と、沙也加。
「すてきねえ~」
 と、利恵。
「でもねえ……」
 と、三人。

 音大のオペレッタは素敵だったけど、グレードが違う。とても、この素敵さでは歌えない。
「そうだ、あたしたちが歌ってあげよう!」
 杉野さんの頭に電球が灯った!
 杉野さんは引退こそしたけど、元音楽部の部長だ。現役の中から演劇部三人の声に似た子に歌わせ、もちろんピアノのやらの伴奏付きで。
 それをバックでやってもらいながら、次第に自分たちの声を大きくするという手法をとった。

 大成功だった。地区大会は大反響だった。
「高校演劇に新風を吹き込んだ!」
 審査員の一人は激賞だった。
「でもね、音楽部の手を借りるのはルール違反じゃないかしら」
 常勝校ゴヒイキの女審査員は痛いところをついてきた。

「それは、ちがいます」

 佐藤先輩が手を挙げた。

「我が校は、演劇部、音楽部、軽音楽部、ダンス部をまとめて、舞台芸術部と称しております。つまり、逆さに言えば全員が演劇部というわけで、そういう点では、貴連盟の規約を尊重しました。部員数だけパンフレットを買わなければならないとされてもいますので、そのようにいたしました。ボクの勘違いかもしれませんが某校はうちの近所の中高一貫校の中学生がスタッフをやっていたやに見受けましたが……」

 これで、審査員は黙り込んだ。

 その日『ライトノベル』を読むと、佐藤先輩の爽やかな弁舌がイラスト入りで載っていた。最後の行が気になった。

――それからの主役は自分自身であると、ケイは、思い直すのであった――

 で、『ライトノベル』の残りのページは、もう十ページほどしかなかった。

 いよいよ、中央大会である。みんな張り切った。沙也加が主役のすみれ。わたしがもう一方の準主役・咲花かおる。で、おっとりの利恵は由香と予選に変わらぬ布陣であったが、ダンス部がのってきて、ダンスシーンはAKBか宝塚かという具合になってきた。
 ラストシーンの、かおるが幽霊として川の中に消えていくシーンでは、感涙にむせぶ観客まで居た。

 問題は、全てのプログラムが終わって、審査発表前の、講評で起こった。

「ええ、都立乃木坂高校ですが……問題点から言います」
 でっぷりした、審査委員長クラスのオッサンが、上から目線で言った。
「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」
 頭に血が上った。この審査員は、かねてから某常連校の顧問とも親しく、はなから、結論をもって審査に臨んでいる……という、噂だった。

――ケイ、あなたが主役よ!――

 シオリのオネエサンが、初めて口をきいた。
 ケイは、背中を押されたようにして立ち上がった。

「今の言葉、もう一回言ってみてください」

 一瞬シーンとしたあと、オッサンは、肩をそびやかせて、くり返した。
「作品に血が通っていない……というか、行動原理、思考回路が、オホン。高校生のそれではありません」
「あなたは、テープレコーダーですか!?」
「は……?」
「仮にも、中央大会の審査員。もう一回と言われて、そのままくり返すバ(カの字は飲み込んだ)アイがあるんですか。もう一度と言われたら、前の発言を補強するだけの論理性と整合性がなきゃ、イケマセン」

 そうだ、そうだの声が上がった。

「え……」

「つまりい! どこをもって血が通っていないというのか!? どこをもって、行動原理、思考回路のそれが、高校生のそれと違うっていえるのか、ようく分かるように言ってもらおうじゃありませんか!」
「それはね、キミ……」
「それから、その後に書いてある、主役の女子高生をババアの設定にすればいいかも? それ、いったいなんですか!?」
「な、なんで知ってんの?」
「ボクが後ろから、ずっと見てました。先生がこの舞台をご覧になっていたのは、十四分二十五秒しかありませんでした。残りの時間は、ずっと目をつぶっていらっしゃいました。だよね計時係り?」
「はい、そうです」
 佐藤・杉野コンビも冴えている。
「今は、講評で審査結果の発表ではありませんよね。どうぞ、審査員室で、審査の続きをなさってください」

 審査は事実上のやり直しになった。

 結果的には、ケイの乃木坂は二位で、関東大会に出ることになった。しかし、それから連盟のサイトは炎上することになった……。

――そして、ケイは自分の足で歩き始めた。もちろんケイ自身の道を――

 『ライトノベル』はそうしめくくられ、完、となっていた。

 ケイは無性にお礼が言いたくて、無駄と思いながら、あのショッピングモールに行ってみた。ショッピングモールは、クリスマス一色だったが、そこだけ、我関せずと店が開いていた。そしてレジにはシオリのオネエサンが居て、一瞬目が合った。お互いにニッコリした。ケイはお礼がいえると思ってカバンから『ライトノベル』を出した……すると、もう店は無くなっていた。

 あの軽かった『ライトノベル』はズッシリと重くなっていた……。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ライトノベル・3』

2017-10-23 07:02:08 | ライトノベルベスト
ライトノベルセレクト
『ライトノベル・3』
        


 全てが『ライトノベル』に書いてある通りになった。

 というか、読んでみると、その通り書いてある。ケイは思った。先の方を読めば未来のことが分かるかも!?
 ひょっとしたら、シオリのオネエサンが怖い顔をするかと思ったら、相変わらずのニコニコだ。
 ケイは、思い切って先のページを開けてみた!

 でも、読めなかった。

 だって、先のページはボンヤリして、字の輪郭も句読点もはっきりしない。目が悪くなったのかと、他のものを見るとハッキリ見えるし、今日以前のページはハッキリ読める。
「そんなバカな!?」
 ケイは、襖で半分仕切にしている結界から身を乗り出して姉の成子に聞いた。
「ねえ、お姉ちゃん。ここ何書いてあるか分かる?」
 姉は、スマホの手を休めずにチラ見して、こう言った。
「あんたにからかわれてるほどヒマじゃないの……」
「だってさあ……!」

「なんにも書いてない本、どうやって読めってのよ!」

「ええ、だってこれラノベだよ!」
 表紙を突きつけると、姉は、やっと本気で見てくれた。
「ハハ、『驚くほど、あなたのライトノベル!』 なるほどね」
「なによ。分かったんだったらおせーてよ!」
「これはね、ラノベのカタチしたメモ帳なんだよ。表紙なんか良くできてるけどね。なるほど、ただのメモ帳じゃ売れないもんね」
 お母さんにも聞いてみた。
「気の利いたメモ帳だね」 
 家族総出でかついでるのかと思って、国語のユタちゃん先生にも聞いてみた。
「かわいいメモ帳。あたしも欲しいな!」
「……これ、最後の一冊だったんです」

 だから言ったでしょ

 シオリのオネエサンは、そんな顔をしていた。で、当然、そこまでの分は読めるようになっていた。

 ケイは名前の通り軽……というわけではなかったが、移り気というか、八方美人というか、良く言えば忙しい女子高生である。クラスでは副委員長、クラブでは、たった三人の演劇部の部長。家では両親共働きのところへ、姉は卒論の準備と就活に忙しく、食事の準備……はできるときだけだけど、掃除やお使いなどは嫌がらずにやった。むろん勉強も欠点などは取った事が無く、成績優秀……というわけではないが、中のそこそこのところにいる。

 で、ライトノベルを無くしてしまった。

「おっかしいなあ……」
 その時は、姉の引き出しの中まで探して怒られたが、三日もしたら忘れてしまった。
 まあ、その程度に移り気というか、忙しい子である。

 やがて、季節は秋になり、文化祭の時期になった。

 クラスの文化委員がノリの悪い子で、結局はケイが率先してやらなければ、事が運ばない。ホームルームを開くとお気楽に《うどん屋さん!》などと決まりかけた。
 飲食店がシビアなのをケイはよく知っていた。

 食品を扱う者は全員検便なのである。

 忘れもしない、一年の時、焼きそば屋に決まり、ケイが責任者になった。検便の屈辱感をケイは忘れない。便器の中にトイレットペーパーを敷き、便器に前後逆さに座る。つまりおパンツ脱いで、大股開きで便器に跨り、自分の身から出たそれのヒトちぎり(これが、なかなかムツカシイ)トイレットペーパーの上に落とし、湯気の立っているそれに検査棒を突っこんで容器に戻す。この化学実験みたいなことを畳半畳もない空間で、やらねばならない。最悪なことにトイレのロックが甘く、うっかり当たったお尻がドアを勢いよく開けてしまって、事も有ろうに、お父さんが前の晩に酔っぱらって連れてきた峯岸さんという部下のオニイサンに見られてしまったことである。
 あの悪夢を思い出し、ケイは修正案を出し、占いとうどん屋のセットにして、自分は手相占いに専念した。

 演劇部も考えた。いくら本が良くても、芝居が良くても、五十分近いドラマを観てくれる暇人はいない。
 帰宅部でノリの良さそうな子を集めてAKBごっこをやった。最初はAKBが罰ゲームでやっていた、左右に等身大のお人形をくっつけて、制服で『フライングゲット』をやって面白がらせ、そのあと、九人ほどで気合いの入った『ヘビロテ』と『ポニシュ』で決めた。衣装はネットオークションで、前の年大学祭でやった奴を九千円で落札。若干日干しとファブリーズは必要だったが、十分の出し物としては大成功だった。

 そんなある日、ケイは、人生で初めてコクられた♪ 

 相手ははイッコ上の三年生の佐藤先輩。文化祭の舞台担当の責任者だった。互いに、文化祭の準備でチラ見はしていた。ケイは、自分たちのドジさや、時間管理のために睨まれているのかと思った。佐藤先輩は小柄ながらポニーテールのよく似合う、リーダーシップのある子だと思っていた。

 きっかけは、文化祭が終わっての帰りの電車。クラスとクラブを仕切ったケイはくたびれ果てて、精も根もなく、空いている座席に座っていた。
 電車が動き出したところまでは覚えているが、目が覚めたのは、自分の駅の一つ前。
「え……ああ、すみません!」
 ケイは、たまたま横に座っていた佐藤先輩の肩にしなだれかかり、口を半開きにして、ヨダレをたらしていた。そして、そのヨダレは佐藤先輩のハンカチで受け止められていた。それに気づいてケイは二度びっくり!
「すみません。洗って返します!」
 叫んだところが、自分の駅だった。
 電車が見えなくなるまで見送って、気が付くと、文化祭副委員長の杉野さんのサイドポニーテールが回れ右をするところだった……。

「なに、今の……」

 ついヘビロテを口ずさみながらアイロンをかけた。そして、きちんとたたんで、池袋のファンシーショップの袋にしまい。アイロンを押し入れにしまおうとすると出てきた、数か月ぶりでライトノベルが。

「なんで、ここに……」

 そう思って手に取ったライトノベルは、少し重くなったような気がした。

 笑いこけた。この数か月のことが、テンポ良く面白く書かれていた。もう不自然にも不思議にも思わなかった。そして、最後は面白がってライトノベルを読んでいるところで終わっていた。
 シオリのおねえさんは「慎重にね」と四文字で言っていた。

「あ、あの、その……少し考えさせて下さい」

 ハンカチを返したあと、コクられた。佐藤先輩のことは好きだったけど、ここは保留にした。シオリのオネエサンのアドバイスでなく、自分でそう思った。
 ペコリと頭を下げて部室に向かった。

 パシッって音がした。

 振り返る勇気無くって、ガラスに映ったそれを見た。

 佐藤先輩が杉野さんにひっぱたかれたあとだった……。

   つづく

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ライトノベル・2』

2017-10-22 06:48:44 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
『ライトノベル・2』
               



 めずらしく一番風呂をお父さんに譲った。

 それだけ早く『ライトノベル』が読みたかったのだ。

 読み始めて、はまりこんでしまった。

 やはり本は軽かった。特に軽い紙を使っていたり、装丁が甘いわけではなかった。だのに軽い。
 まあ、いいや。中身がおもしろければOKだ。

――主人公は、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った――

 本屋さんで読んだときそのものだ……いや違う。もう一度読んでみる。

――主人公ケイは、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った――

 主人公の名前が自分になっている……いや、本屋さんで読んだときも、つい今読んだときも、単に主人公だったような気がする。でも、流し読みだ。読み落としであったのかもしれない。
 次ぎに読み進んだ。

――気が付いたら、レジのオネエサンに500円玉といっしょに渡していた。
「この本、これが最後の本なんですよ。ラッキーですね」
 オネエサンは、我がことのように嬉しそうな顔になった――

 自分の行動そのものだった。そのあと、シオリをもらったら、レジのオネエサンそっくりだったことや、モールの入り口で振り返ったら、本屋さんそのものが無くなっていたこと。駅の改札機が鈍くて、定期を当てても通せんぼされたこと、お腹の大きい女の人に席を譲ったこと。そして家に帰るまでの描写など、ケイのこれまでの行動がそのまま軽妙な文体で書かれていた。

――そして、ケイは、ふと頬杖ついてクラブのことを考えた――

 その言葉に触発されたんだろうか、ケイは、今日のクラブのことを考えていた。
「やっぱ、コンクールは創作劇だよ。創作だってことだけで持ち点高くなるって」
 沙也加が言った。
「でもさ、本書くどころか、脚本だって、ろくに読んだことないのに、創作なんてできる?」
 ケイは反対した。
「だってさ、部員三人きゃいないんだよ。予算も技術もそんなに無くって、ホイホイ都合の良い既成脚本なんかできると思う?」
「そりゃ、探してみなきゃ分かんないよ」
「じゃ、ちゃっちゃと探して読ませてちょうだいよ!」
「分かったわよ、明日は持ってくるから!」
 啖呵を切って、今日の部活は物別れだった。おっとりした利恵は、「まあまあ」と言っておしまい。

 ま、あとで考えよう。そう思い直して続きを読んだら、こう書いてあった。

――「ケイ、お風呂!」――

 同じタイミングで、お母さんに言われたんで、びっくりしてお風呂に入った。

 だいたい今日は、図書館にその脚本を探しにいったのだ。うまい具合に、登場人物で書き分けられた『いちご脚本集』というのがあった。でも、版が古いせいか、しっくりこない。他に何冊かあったが、いずれも古い本で、読む前に気が萎えてしまった。
 まあ、帰ってからパソコンで検索しよう……と、思っていたんだ!

 ふと、あの本屋に入ったときも、ひょっとしてぐらいの気持ちはあったんだけど、ラノベの書架を見たとたんに、ふっとんでしまった。
 で、そのことを思い出し、ケイは思わず湯船に沈んでしまうところだった!

 風呂からあがると、さすがにラノベのことは忘れてパソコンに熱中した。
「小規模演劇部用脚本」と正直に入力した。

 ビンゴ!

 八本あまりの脚本が並んでおり、人物や道具で絞り込んでいくと、一本残った『すみれの花さくころ』で、ピッタシ女子三人。三人分コピーし、ホッチキスで閉じたら、もう午前零時だった。
 そこでラノベのことを思い出したが、さすがに眠く、学校で読もうと、本を手に取ると、シオリが落ちてきた。あの本屋のオネエサンがニッコリ笑っている。裏を返すと、「窓ぎわの席は、どうもね……」とあった。

 明くる日のホームル-ムは、男子は野球、女子はバレーボールしようって、あらかじめ使用許可もとっていたんだけど、あいにく台風崩れの低気圧の接近で中止。急遽席替えに替わった。
 で、くじ引きで、ケイは窓ぎわの席……そこで、あのシオリの言葉が蘇った。
 野球部の健太が、前の席になったんでフテっていた。
「健太、よかったら、席替わろうか……」
 密談成立。二人は密かにクジを交換して、ケイは窓ぎわを免れた。あとは自由時間になった。
「そうだ、続き読もう」
 ケイは、昼休み、部室に沙也加と利恵を呼んで脚本のコピーを渡し、三人で読んだ。沙也加は、道具無しに、利恵は中身が気に入ってくれたようだ。そんなこんなで、例のラノベは読み損ねていた。

 ガッシャーン!

 本を開いたところで、大きな音がした。
 風で飛ばされてきた植木鉢が窓ガラスに当たって、さらに健太の頭に当たって粉々になった。
 みんなの悲鳴があがったが、当の健太はケロリとしていた。タオルの上からバッターのヘルメットを被って昼寝を決め込んでいたので、怪我一つせずに済んだ。ケイが、あの席にいたら、今頃は血みどろの重傷だっただろう。

 無意識に落としたラノベからは、シオリのオネエサンが「よかったね」という笑顔ではみ出していた。 

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ライトノベル・1』

2017-10-21 06:36:27 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
『ライトノベル・1』
                    


 あまりの軽さに、ケイの腕は五センチほど上がってしまった。

 その文庫サイズの本を手に取ったのは、数あるライトノベルが並んでいる中で、タイトルが意表を突いたからだった。

『ライトノベル』

 それしか背表紙には書いていなかった。
 膝の高さには、売り出し中の『魔法学校』や『ぼくの妹』なんかのシリ-ズ物の新刊本が平積みになっていた。いずれもケイは途中でつまらなくなって、投げ出した物ばかりである。
 だいたい、ライトノベルというのは、表紙で騙される。体は大人、顔は小学生みたいなヒロインのアップと、ポップなタイトルとキャッチコピー。で、読むと、たいがい半分くらいで飽きてしまう。『二宮ハルカの憂鬱』なんか、そのムチャクチャなストーリーと、話の飛躍に憂鬱になったが、ケイはたとえ図書館でただで借りたものでも「なにかの縁」と思って読んでしまう。
 それに、ごくタマにだけど、飯室冴子や大橋むつおのような当たりがある。そこでケイは、面白げなものがあれば、書名、出版社を記憶しておいて図書館に希望図書として登録する。で、まあ、八割の確率で読むことが出来る。むろん時間はかかるが、ケイのラノベへの興味は、その程度のものである。たとえ十七歳の女子高生であっても、やることは他に一杯ある。

 何かって? それは、この話を読み始めたばかりの貴方にはナイショ。

 で、その『ライトノベル』はあまりに軽すぎた。350ページはあろうかという、その本は、普通200グラムぐらいはある。だから、それだけの覚悟で書架から抜き出すと、100グラムあるかないかで、思わず手が上がってしまったのである。
 表紙を見て、ケイは、また驚いた。タイトルは背表紙のまま『ライトノベル』 で、表紙の絵に驚いた。ケイと同じような制服を着た女の子が、書架からラノベを取りだして、あまりの軽さにのけ反っている絵だった。
 キャッチコピーは、「驚くほど、あなたのライトノベル!」であった。

――主人公は、そのラノベの、あまりの軽さにのけ反った――

 最初の一行に書いてあった。

ハハ、まるであたしのことだ
 小さい声で、呟いてしまった。そのときレジのオネエサンと目が合ってしまった。ニッコリ微笑まれたので、おもわず頬笑み返ししてしまった。
 裏をひっくり返すと、値段は480円。なんと心憎い値段ではないか。ワンコインより、たった20円安いだけなんだけど、とってもお得な気にさせてくれる。

「これください」

 気が付いたら、レジのオネエサンに500円玉といっしょに渡していた。
「この本、これが最後の本なんですよ。ラッキーですね」
 オネエサンは、我がことののように嬉しそうな顔になった。
「これ、オマケのシオリです」
「あ……」
 ケイは、またまた驚いた。
「あ、あなたも、そう思う?」
「このシオリの女の人オネエサンにソックリ!」
「そうなの、まあ、わたしって、どこにでも居そうな顔だけどね」
「そんなことないです。とってもステキ!」
 セミロングの髪が、鎖骨のあたりでワンカールしていて、程よくオネエサンだった。
「カバーも専用のにしときますね」
 そのカバーはプラスティックで出来ていて、ほとんど透明。人物のところだけ、表紙と同じように人型があるのが裏からでも分かった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 ケイは思わずニンマリしてしまった。
 ショッピングモールの通路に出て気づいた。カバーがかけられた表紙の女の子は、似たようなではなく、ケイ自身をイラストにしたようにそっくりだった。
 表情だけじゃない。制服も校章までいっしょだった。髪も、カバーをかけるまではボブだったけど、プラスティックのカバーを掛けたそれは、ケイと同じポニーテールで、シュシュの柄までいっしょだった。

 ケイは、思わず振り返った。

 レジには、服装はいっしょだったが、ショ-トヘアで丸ぽちゃの別の女の人がいた。
「あの、いままでこのレジに立っていたオネエサンは?」
「え……一時間前からずっと、わたしが立っていたけど」
「あ……そうですか」
 ケイは、なんだか気圧されたような気になって、モールの出入り口に向かった。

 そして、振り返ると……書店そのものが無くなっていた……。

  つづく

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト[OSAKA FANTASY SEKAI NO! OWARI]

2017-09-19 17:02:37 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
[OSAKA FANTASY SEKAI NO! OWARI]



 時空戦艦カワチのきっかけになった短編小説 初出・2014-08-12 17:40:57


 八戸ノ里は、八戸の農家から発展した。

 どうしようもない湿地帯であったところに、江戸時代七戸の農家が移住してきて、元からあった一戸の農家を中心に開発をすすめ、豊かな農地にした。

 田島精機の社長は、この話が大好きだ。

 八戸ノ里(ヤエノサト)などと言っても、メジャーではない。東大阪の東の外れ、近鉄奈良線が通るが各停しか止まらない。昔は町工場が多く、小なりと言えど工業地帯であったが高層団地が増え、昔ながらの工場は、ほんの一握り。東京で言えば荒川区の南千住あたりに似ている。
 田島精機は、そんな零細企業の一つである。ほとんど手作りと言っていい測定器の製造……の下請けを細々とやって生き延びてきた。
 社長の勲(いさお)は、似たような生き残りの会社七社と手を組み『チームYAE』を作り、その技術を持ち寄って「世界をアッと言わせるようなモノを作ろうといきごんでいた。
 人工衛星のマイド一号には後れを取ったが、このたび目出度く世界的防犯設備『セワヤキ』を開発。自主実験を百回近く繰り返し、今日、大阪府知事、各市町らが集まり、公開実験を行った。

『セワヤキ』は監視カメラのように設置され、半径数百メートルの人々の良心を増幅させる機能があった。計測器と脳波測定器、それにゲーム開発の技術が結集されている。
「人間は犯罪を犯す前には、わずかではありますが良心の呵責があります。この呵責を眠らせるために『自分だけとちゃう』という言い訳催眠を自分の脳にかけます。それによって良心は委縮し、犯行にいたるわけであります。この『セワヤキ』は、呵責の気持ちを増幅させる機能があります。駅前で実験したところ、街頭犯罪が1/20に激減いたしました!」

 そのあとの実験が良くなかった。いや、最初は順調だった。ボランティアの人たちに「自転車を盗め」と告げておき、自転車100台の前に立たせたが、誰一人自転車を盗めなかった。
「たとえ実験とは言え、人のモノを取ってはいけないという気持ちがあります。それが増幅されたのです」
 それから、AV女優に頼んで盗撮の実験もやってみたが、誰一人、盗撮できたものはいなかった。
「また、これは機能を一点集中させたもので、逃走する犯人、犯行中の犯人に照射しますと良心をマックスにして、自ら逃走、犯行を中断させます」
 これは、人体実験が出来ないので、コンピューター相手に使われた。ウィルスを感染させようとしているパソコンに照射すると、なんと、パソコンは自分で、全てのデータを消去し、シャットダウンしてしまった。この機能はゲーム開発の社長のアイデアと技術が生きていた。

 が、最後が良くなかった。知事や、市長、公募校長などに無作為に悪いと思われる政策や政治方針を書かせて、テーブルに置いた。そして、百メートルの距離を置いて、それを取らせにいかせたが、全員が書いた書類を手に取った。
「こ、こいつら人間とちゃう……!」
 勲たちは思ったが、実験は失敗と判断された。

 やけになった勲は娘の幸子が操縦する軽飛行機に乗って八尾空港を飛び立ち、大空で思い切り「アホ、バカ、マヌケ、ゼイキンドロボー!」などと憤懣のありったけを大空に向かって叫んだ。まさに獅子吼であった。
「お父ちゃん、その馬力で市長さんらにも文句言えたらよかったのにな」
「あんなに政治家どもが無神経やとは、思えへんかった!」
 同乗のゲーム会社の社長が歯ぎしりした。
「あ~あ、オッサンらは、権力には弱いねんからな」
「何ぬかしとる、幸子、もっと早う、もっと高う飛べ!」
「軽飛行機には限界の高さがあるんよ。ちょっとなにすんのん田部のオッチャン!」
 ゲーム屋の田部がコパイロットの操縦桿を優先にして操縦し始めた。こういう裏技はゲーム屋ならではである。

 そのとき、無線機から緊急放送が入った。

「近畿管区の上空を飛んでいる全ての航空機に伝達。KC国が発射した核ミサイルが大阪上空に接近中。自衛隊、米軍ともに迎撃に失敗。着弾まで、二分、至急退避! 至急退避!」
「なんやと……」
「田島はん、絶好のチャンスや!」
「くされミサイルにいかれてたまるか!」
 田部はGPSで着弾予定地を大阪城の真上と割り出し、方位、高度をとった。

「見えた、あれや!」

「ウワー、世界の終わりや!」
 幸子は泣き喚いたが、オッサンたちは冷静かつ、果敢であった。
「距離2000、エネルギーマックス! くらえ!!」
 田島は、ミサイルに照準を合わせ、渾身の一撃をミサイルにくらわした!

 ミサイルは空中で一回転したかと思うと、急にヒョロヒョロになり、そのまま大阪城の大手門前に落下し、グシャグシャになった。

 政府の発表では、ミサイルの故障で起爆しなかったと発表があり、だれも『チームYAE』の功績であるとは認めなかった。
「これで、ええんじゃ。世界 NO! 終わり! にでけたんやさかいな……」
 チームYAEのメンバーは、祝杯ともヤケ酒ともつかない酒盛りをやった。

 日本政府が気づいたのは、アメリカの軍事産業が八戸ノ里に通い始めてからだった。

 田島たち『チームYAE』がどう動いたかは、大阪のオッサンにしか分からない……。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『上からグリコ・2』

2017-09-04 06:43:32 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト『上からグリコ・2』

                    


「What can I do for you?」

 いきなり真横で声がした。
 いつからいるんだろう。白ヒゲの外人のおじいさんが、幸子の横で同じように橋の欄干に手を置いて話しかけてきた。
「…………」

 幸子は固まってしまった。

「驚かしちゃったね。キミは英語のほうがフランクに話せるような気がしたんでね」
 幸子は、さらに驚いた。おじいさんの口は英語の発音のカタチをしているが、聞こえてくるのは日本語。まるで、映画の吹き替えを見ているようだ。
「キミは鋭いね。口の動きが分かるんだ。翻訳機能を使ってるんで、キミには日本語に聞こえている」
「失礼ですけど、あなたはいったい……」
「ついさっき、仕事が終わったところでね……あ、わたしはニコラス。よろしく」
 おじいさんは機嫌よく右手を差し出してきて、自然な握手になった。
「わたし幸子です。杉本幸子」
「幸子……いい名前だ。ハッピーキッドって意味だね」
「あんまりハッピーには縁がありませんけど」
「いいや、もうハッピーの入り口にいるよ……」
「……なんだか温かい」
「ね、そうだろう?」
「おじいさん……」
「そう、キミの頭に一瞬ひらめいた……それだよ、わたしは」
「サンタクロ-ス……!?」
「……の一人。わたしは西日本担当でね。東日本担当のサンタと待ち合わせてるんだよ」
「ほんとうに?」
「ああ、こうやって、わたしの姿が見える人間はそうはいない……おっと、川のほうを見て。他の人間には、わたしの姿は見えない。顔をつきあわせて話したら変な子だと思われるよ」
 たしかに、二三人が幸子のことを変な目で見ていった。
「あの……ほんとにプレゼントとか配ってまわるんですか?」
「こんな風にやるんだよ……」
 グリコの両手の上に大きなモニターが現れた。モニターには無数の名前が現れては、スクロールされていく。よく見ると、サンタのおじいさんがスマホの画面を動かすように指を動かしている。
「これで、管理しているんだ……いろんな条件を入力して、親やそれに代わる人間やNPO、そういうのにプレゼントを子どもにやりたい気持ちにさせるんだ」
「世界中ですか?」
「一応ね……でも、サンタも万能じゃない。行き届かないところがどうしても出てくる。ほら、あの薄いグレーで出てくる子は間に合わなかった……ほら、これなんかアジアのある国だけど、90%以上の子がグレーだ」
「あ、消えていく名前がある……」
「いま、命を終えた子たちだよ……」
 痛ましくて見ていられないのだろう、サンタは、すぐに日本にもどした。さすがに日本のはグレーは少ない、ほとんどの名前が青になっていた。ところどころ違う色がある。
「あの緑色はなんですか?」
「ああ、あれはモノじゃなくて、目には見えないプレゼントをもらった子たちだよ」
「目に見えない……?」
「ああ、家族そろっての団欒(だんらん)や旅行。進学なんてのもある」
「……わたしも、それもらったんじゃないかしら。親が東京の大学行くのを賛成してくれたのが、クリスマスの夜だったんです」
「ああ、多分、東のサンタの仕事だろうね……2008年……大洗、SACHIKO SUGIMOTO これだね」
「でも、大洗みたいな田舎にも、ちゃんと来てくれるんですね」
「やりかたは色々……ほう、東日本は、こんなことをやったんだ」
 大洗――GIRLS und PANZER モニターには、そんな見覚えのある文字がうかんでいた。
「あれって、コミックですよね、略称『ガルパン』うちの店でも扱ってる……そうだ、大洗が舞台になってるんだ!」
「そう、アイデア賞だね。これで町おこしのイベントにもなったしね」
 幸子は、妹が送ってくれたメールを思い出した。サンタは、さらにスクロ-ルを続ける。
「すごい数ですね」
「ああ、取りこぼしがないようにチェックするのが大変でね……」
「でもガルパンなんかだったら、大人にもプレゼントになりますね」
「でも、結果的に子供たちが喜ぶことならね……」
 サンタは、自分の担当の西日本を出した。
「お、一つ取り残していた。わたしとしたことが!」
「あ、あのピンク色ですか?」
「うん、これは東西にまたがる特殊なケースで、モニターに出るのが遅れたんだな。この子をガッカリはさせられない」
 サンタは、クリックするように人差し指を動かした。名前を読もうとしたら消えてしまった。
「あ……」
 そう思ったら、サンタのおじいさんの姿も消えてしまった。そして、頭をコツンとされた。

 振り返ると小林が、右手をグーにしたまま立っていた。
「なにボンヤリしてんだ、赤い顔して」
 幸子は、両手で自分のホッペを隠した。
「そういう仕草は昔のまんまだよな」
「もう……」
「ごめんな、少し遅れた」
「そんなことないよ、時間ぴったり」
「俺たち自衛隊は五分前集合が当たり前。待ったか?」
「う、うん。ちょびっとだけ」
「じゃ、蟹でも食いに行くか」
「アンコウ鍋がいい」
「そうだな、古里の味だな」
 小林は、スマホでアンコウ鍋の食べられる店を検索した。
「目標発見。行くぞ!」
「うん、雄貴!」
「幸子……初めて下の名前で呼んだな」
「え……あ、ほんと」

 わたしは一歩踏み出せた。あのサンタのおじいさんのピンクは、わたし……つまり妹の沙也加のじゃないかと思ったのは、明くる年雄貴から指輪をもらったことを妹に伝えたときだった。
「お姉ちゃん、おめでとう!」
 
 そういえば、あの時、二人を上からグリコが見送ってくれていたような気がした……。 


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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・〝そして 誰かいなくなった〟

2017-09-01 18:04:40 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト・1
〝そして 誰かいなくなった〟
 


「へへ、どの面下げてやって来ちゃった!」

「キャー、恭子!」
「来てくれたのね!」
「嬉しいわ!」
 などなど、予想に反して歓待の声があがったので、あたしはホッとした。

 正直、今朝まで同窓会に行くつもりは無かった。
 あたしは、高校時代、みんなに顔向けできないようなことをしている。

 校外学習の朝、あたしは集合場所には行かずに、そのまま家出した。
 FBで知り合った男の子と、メルアドの交換をやって、話がトントン拍子に進んで家出の実行にいたるのに二か月ほどだった。

 校外学習の朝に家出するのは彼のアイデアだった。

「なに来ていこうかな~♪」
 てな感じで服を探したり、バッグに詰め込んでも親は不審には思わない。
「帰りにお茶するの」
 そう言うと、お父さんは樋口一葉を一枚くれた。同じことを兄貴に言うと一葉が二葉になった。
「行ってきまーす!」
 そして担任の新井先生には「体調が悪いので休みます」とメールを打つ。

 これで、あたしの行動は、10時間ぐらいは自由だ。

 彼は品川まで迎えに来てくれていた。それまでに、たった二回しか会ったことはなかったけど、ホームで彼の顔を見たときは涙が流れて、思わず彼の胸に飛び込んだ。携帯は、その場で捨てて、彼が用意してくれた別の携帯に替えた。
 二人揃って山梨のペンションで働くことは決めていた。でも、一日だけ彼と二人でいたくって、甲府のホテルに泊まった。ホテルのフロントで二人共通の偽の苗字。下の名前はお互いに付け合った。あたしは美保。彼は進一。なんだか、とっても前からの恋人のような気になった。部屋に入ったときは、新婚旅行のような気分だった。

 そして、その夜は新婚旅行のようにして一晩をすごした……。

 彼の正体は一カ月で分かった。
 同じペンションで働いている女の子と親しくなり、お給料が振り込まれた夜に二人はペンションから姿を消した。
 あたしはペンションのオーナーに諭されて、一カ月ぶりに家に帰った。捜索願は出されていたが、学校の籍は残っていた。
 学校に戻ると、細部はともかく男と駆け落ちした噂は広がっていた。表面はともかく学校の名前に泥を塗ったから、駆け落ちの憧れも含めた好奇や非難の目で見られるのは辛かったが、年が変わり三学期になると、みんな、当たり前に対応してくれるようになった。

 そして、卒業して五年ぶりに同窓会の通知が来た。

 家出の件があったので、正直ためらわれたが、夕べの彼……むろん五年前のあいつとは違うけど、ちょっとこじれて「おまえみたいなヤツ存在自体ウザイんだよ!」と言われ、急に高校の同窓生たちが懐かしくなり、飛び込みでやってきた。

 来て正解だった。昔のことは、みんな懐かしい思い出として記憶にとどめていてくれた。
「みんな、心の底じゃ恭子のこと羨ましかったのよ」
「あんな冒険、ティーンじゃなきゃできないもんね」
「もう、冷やかさないでよ」
 そんな会話で済んでいた。

 そのうち、幹事の内野さんがクビをひねっているのに気づいた。

「ウッチー、どうかした?」
 委員長をやっていた杉野さんが聞いた。
「うちのクラスって、34人だったじゃない。欠席連絡が4人、出席の子が29人。で、連絡無しの恭子が来て、30人いなきゃ勘定があわないでしょ?」
「そうね……」
「会費は恭子ももらって30人分あるんだけどね」
「だったら、いいじゃない」
「でも、ここ29人しかいないのよ」
「だれか、トイレかタバコじゃないの?」
「だれも出入りしてないわ」
「じゃ、名前呼んで確認しようか?」
「うん、気持ち悪いから、そうしてくれる」

 で、浅野さんから始まって出席表を読み上げられた。あたしを含んで全員が返事した。

「ちゃんと全員いるじゃない」
「でも、数えて。この部屋29人しかいないから」
「え……」
「名簿、きちんと見た?」
「見たわよ、きっかり30人。集めた会費も三十人分あるし」
「……もっかい、名前呼ぼう。あたし人数数えるから」

 杉野さんの提案で、もう一度名前が呼ばれた。

「うん、30人返事したわよ」
「でも、頭数は29人しかいないわよ」
「そんな……」

 今度は全員が部屋の隅に寄り、名前を呼ばれた者から、部屋の反対側に移った。
「で、あたしが入って……29人」
 内野さんが入って29人。名簿は30人。同姓の者もいないし、二度呼ばれた者もいない。

「だれか一人居なくなってる……」
 一瞬シンとなったが、すぐに明るく笑い出した。
「酔ってるのよ。あとで数え直せばいいじゃん」
 で、宴会は再び盛り上がった。

「ちょっと用足しに行ってくるわ」
 あたしは、そう行ってトイレにいった。

 で、帰ってみると、宴会場には誰もいなかった。

「あの、ここで同窓会してるN学院なんですけど……」
 係の人に聞くと、意外な答えがかえってきた。
「N学院さまのご宴会は承っておりませんが」
「ええ!?」
 ホテルの玄関まで行って「本日のご宴会」と書かれたボードを見て回った。N学院の名前は、どこにもなかった。

 それどころか、自分のワンルームマンションに戻ると、マンションごと、あたしの部屋が無くなっていた。
 スマホを出して、連絡先を出すと、出した尻から、アドレスも名前も消えていく。そして連絡先のホルダーは空になってしまった。

「そんなばかな……」

 すると、自分の手足が透け始め、下半身と手足が無くなり、やがて体全体が消えてしまった。

 こうやって、今夜も、そして誰かいなくなった……。



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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『海岸通り、バイト先まで』

2017-08-31 06:36:57 | ライトノベルベスト
海岸通り、バイト先まで 

 しまった! 

 バスの発車音で目が覚めた。
「おばさーん、次のバス何時かな!?」
 ぼくは、階下のおばさんに大声で聞いた。
「なんだ、まだ居たの。今のバスで出たと思ってたわよ」

       

 今朝は、なぜか早く目が覚めて、一時間も早く朝飯を食った。それでバスの時間まで、わずかなまどろみを楽しんでいた。それが本格的な二度寝になってしまったのだ。
「次のバスって……一時間先だわよ」
 階段を駆け下りてきたぼくに、民宿のおばさんは気の毒そうに言った。
 二三秒、呆然として玄関のピンク電話に。受話器を手にしたところで、肝心の電話番号が頭からとんでしまっていることに気づく。
 慌てて二階に戻り、バッグから手帳を取りだし、そのまま電話のところに戻った。
「あ……」
 同宿のA子さんに先をこされていた。
「だからさ、もう二三日は帰んないから……お母さんに代わってくれる……あ、お母さん……」
 ぼくは、こういう時にはっきりとものが言えない。
 狭いロビーで新聞を読むふりをした。夕べも、今日からのバイトに備え、早く寝ようとした。でも、いまホットパンツのお尻を向けて電話している、A子さんたちにつかまり、ウダウダと、二時近くまで付き合ってしまった。
 地方新聞の三面記事、海岸通りの北の方で、大型タンクローリーが事故。そこを眺め、四コママンガを見ている時に声がかかった。
「はい、電話かけるんでしょ」
 A子さんが、お気楽に受話器を振って促している。
「あ、ども……もういいんですか」
「急ぎの電話だって、顔に書いてあるわよ」
「すんません」
「優しいのと、気の弱いのは違うって、夕べ言われてたでしょ。神田川クン」
 ちなみに、ぼくは神田川ではない。柳沢二郎。二郎と言っても次男ではない。なぜ神田川かというと、夕べ盛り上がった時に、A子さんの連れの、B子さんや、C枝さんに「キミは、神田川のオトコみたいだね」と言われて、そうなった。
「よ、神田川。オネエサンたちといっしょに海岸散歩しない。気が向いたら、そのまま海へザブーン!」
 B子さんは、ピンクのTシャツを、ビキニの上の方が分かるところまで、たくし上げて、ぼくを挑発した。
「よしなさいよ。あの子バイトのために来てんだから」
「まあ、海まで来て川を相手にすることもないか」
「B子」
 A子さんが、軽くたしなめた。いつの間にかC枝さんもロビーに現れ、三人連れだって玄関を出ていった。
 ボクは、テレホンカードを入れて、バイト先の「海の家」まで電話した。
「……すみません。バスに乗り遅れて、少し着くのが……」
「ああ、いいよいいよ。夕べの海岸通りの事故で、道が塞がってっから。お客さん来るの遅れそうだから」
 オジサンが優しく言ってくれた。そう言えば、今、新聞で知ったところだ。ボクは、改めて新聞を読み直した。事故の復旧は、昼前までかかる見込みと書かれていた。
 でも、やっぱり、できるだけ早く行こう。バイトとは言え仕事は仕事だ。それも初日。誠意は見せておかなければならない。
 誠実さと気の弱さが、同じ結論を出した。


 しかし、二郎、歩くことはないだろう――ぼくの中の横着さがグチを言う。
 ぼくは、一時間先のバスを待つよりも、五十分かけて、海岸通りをバイト先まで、歩くことに決めた。
 Tシャツに短パン。帽子は、民宿のおばさんの勧めで、ジャイアンツのキャップを止め、麦わら帽に替えた。大きめの水筒ごと氷らせた裏山の湧き水を肩から斜めにかけて、首にはタオルを巻いた。
 歩くと決めて、民宿のおばちゃんが、あっと言う間に、このナリにしてくれた。
 民宿の寒暖計は、二十九度を指していたので、少し大げさかと思ったが、十分も歩くと、おばちゃんの正しさが分かった。
 民宿から続く切り通しを抜けると、見はるかす限り、右側は海。まともに日にさらされる。ぼくは海沿いの「海の家」のバイトなので、高をくくっていた。アスファルトの道は、もう四十度はあるだろう。
 通る車でもあれば乗せてもらおうかと思ったが、事故のせいか駅とは反対方向の、この道を走る車は無かった。砂浜でもあれば、波打ち際に足を晒して涼みながら歩くこともできるんだろうけど、切り通しを過ぎてからは、道は緩やかな登りになっていて、ガードレールの向こうは崖になっていた。
 水筒の氷が半分溶けてしまった。溶けた分は、ぼくの口に入り、すぐに汗になってしまう。
 しばらく行くと、ようやく道が下りになり、右手に砂浜が見えだした。

「足を漬けるぐらいならぐらいならいいだろう」
 そう独り言を言って、ボクは「遊泳禁止」の立て札を無視して、砂浜に降りた。
 岸辺の波打ち際、海水に脚を絡ませた瞬間、頭がクラっとした。ぼくは快感の一種だと思った。実際、海の水は、心地よくぼくの熱を冷ましてくれた。
 数メートル波打ち際を歩いて気づいた。波打ち際から四五メートル行くと、海の色はクロっぽくストンと落ち込んでいることが分かった。
 なるほど、こんなところを遊泳場にしたら、日に何人も溺れてしまうだろう。

 しばらく行くと、遠目にイチゴのようなものが見えてきた。
 近づくと、赤と白のギンガムチェックのビーチパラソルだということが分かった。
 ちょっと傾げたビーチパラソルの下にはだれもいない。砂浜には自分が歩いてきた足跡しかついていなかった。
「ちょっとシュールだな」
 そう独り言を言って、パラソルの下……というより、パラソルが作り出している「木陰」の中に収まってみた。
 さやさやと、体から暑気がが抜けていく。ほんのしばらくのつもりで、ぼくは、そこで憩う。
 
 気づくと、その子の形の良い脚が目に入った。
「気持ちよさそうね」
 目を上げると、白のショートパンツに、赤いギンガムチェックの半袖のボタンを留めずに裾をしばり、栗色のセミロングが潮風にフワリとなびいている。
「これ、きみのビーチパラソル?」
「うん、そうよ」
「ごめん、勝手に使って」
「いいわよ、ちょっと詰めてくれる」
「あ……ああ」
 その子は、思い切りよく、ぼくの横に座り込んだ。その距離の近さにたじろいだ。
「この辺じゃ見かけないけど、あなた、夏休みの学生さん?」
「うん、東京。でも、遊びじゃないんだ。バイト、お盆まで……」
 そこまで言って、気が付いた。砂浜には、やはり、ぼくの足跡しか残っていない……。
「ふうん……東京だったら、もっと時給とか、条件のいいバイトあるんじゃない?」
 足跡の謎を聞く前に、たたみかけるように、鋭い質問がきた。
「バイトは口実。本当は、家から逃げ出してきたんじゃない……?」
 
 図星だった。ぼくは半年先に迫った進路のことで、親とも先生とも対立して、一人になりたくて、この海辺の町にやってきた。もう夏休みに入ってからのバイトだったので、民宿なんかの口は、あらかた詰まってしまい、滞在費でバイト代が半分近くとんでしまうことも構わずに、このバイトに決めた。
「大学……いくの?」
「あ、まだ未定」
「だめだなあ、進学するんだったら、夏が勝負でしょ。夏休みを制する者は受験を制す!」
「行く気になれば、二期校ぐらいは狙える」
「へえ、国公立じゃん。頭もいいんだ」
「ぼくぐらいのやつは、いっぱいいるよ」
「……じゃ、他にしたいことが、なにかあるんだ」
「まあ……それは」
 ぼくは、間が持たず、半ば無意識に水筒の水を飲んだ……すると。
「わたしにも、ちょうだい」
 そう言って、返事もろくに聞かなずに水筒をふんだくり、女の子とは思えない豪快さで飲み始めた。
「あ……」
「この水、神野郷の龍神さまの湧き水ね」
「分かるの、そんなことが」
「だって、地元だもん。あ、間接キスしちゃったね」
「はは、そうだね」
「はは、わたし、ちょっと泳ぐね。お水、ごちそうさま」
 そういうと、彼女は、目の前でギンガムチェックのシャツと、ショ-トパンツを脱いだ。
「あ、あの」
「つまんない水着でしょ。白のワンピースなんて」
 その子は、腰に手を当て、惜しげもなく、金太郎のようなポーズで全身をさらした。
「ここって、遊泳禁止なんじゃ……」
「ははは、わたしは、いいの!」
 そう言葉を残すと、その子は、勢いよく砂浜を駆け、海に飛び込んだ。

 ぼくは、あっけにとられた。その子が駆けたあとには、やっぱり足跡がない。それに、海の町の子にしては、肌が抜けるように白い……そして惚れ惚れするような泳ぎっぷりに見とれていると、急に深みに潜り込んだ。
 三十秒……五十秒……二分を過ぎても、その子は海面に現れなかった。
「おーい、おーい、大丈夫か!?」
 ぼくは、波打ち際に膝まで漬かって、その子を呼んだ。これはただ事じゃない。そう思って潜ろうと思ったその時、後ろで笑い声がした。
「あはは、こっち、こっち!」
 その子は、ビーチパラソルの下で手を振っていた。

「いったい、どうやったの?」
「簡単よ……」
 その子は、タオルで髪を拭きながら、続けた。
「東の方に潜ったと見せかけて、水の中で反対の西側に行くの。で、あなたが心配顔して岸辺に来たころを見計らって、死角になった方から、岸に上がって、ここに戻っただけ」
「すごいんだね、きみって」
「だって、地元の子なんだもん」
「でもさ……」
「あなたって、進学以外にやりたいことがあるんじゃないの?」
「あ、ああ……」
 
 気が付いたら、喋っていた。
 ぼくは、役者になりたかった。高校に入ってから、ずっと演劇部。季節の休みごとにバイトに精を出し、軍資金を稼ぎ、労演を始め、赤テント、黒テントなどを見まくっていた。進学の準備も並行してやってた。
 そして、三年生の、この春になって悩み出した。役者になりたくなったのだ。
「芝居も、たいがいにしとけよ」
 言わずもがな、親は見通していた。でも親を口説くことはできると思っていた。いざとなったら、家を出てもいい。

「でも、まだ他にも問題があるのよね」
 その子は、いつの間にか、元の服装に戻っていた。髪も乾いて、風がそよいでいた。
「あ、バイトに遅れる」
「大丈夫、まだ、ほんの五分ほどしかたっていないわ」
「え……」
 このあと……その子が、ぼくの心を読んだように話を先回りした。不思議だけど先回りされていることを不思議には思わず、悩みの種を全て喋ってしまった。

「そうなんだ……ありがとう。二郎君のおかげで力がついたわ。わたしも踏ん切りがついた」
「ぼくも、すっきり……」
 そう言ったとき、その子の姿も、ビーチパラソルも無くなっていた。


「あなた、風邪ひくわよ」
 四十何年前の悩みの種が声をかけて、ぼくは目が覚めた。
 エアコンの冷風が、まともに薄くなりはじめた頭頂部の髪をなぶっていた。
 パソコンがスリープになっていたので、マウスをクリックした。画面には、四十何年前、一夏バイトに行っていた町の、小さな神社が再建されたニュースが動画サイトで出ていた。
 神社は、タンクローリーの事故の巻き添えで、焼けてしまった。木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)が御祭神で、浅間神社の末社であった。
「……これを観ているいるうちに眠ってしまったんだ」

「はい、コーヒー。目を覚まして台本読まなくっちゃね」
「台詞は、もう入ってるよ。端役だからね」
「その言葉、痛いわね」
「え……どうして?」
「だって、わたしのことが無ければ、あなた、高卒で、もっと早くデビューできたでしょ」
「よせよ、そんなカビの生えた話。いつデビューしていても、ぼくは、こういう役者だったよ。今の仕事も、ぼくは満足している」

 その時、パソコンにメール着信のシグナル。
――おひさしぶり。窓の外を見て。 From その子

 ぼくは、急いで窓の外を見た。大手スーパーの駐車場の一角が見える。
「……あ」
 思わず声が出た。あのビーチパラソルが駐車場にあった。パラソルから、その子が顔を出して手を振っている。
 ベランダに出てみた。そこの方は、駐車場の全貌が見える。
 予想はしていたが、その子の姿もビーチパラソルも見つけることはできなかった。
 

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高校ライトノベル・『スーパソコン バグ・9』

2017-08-30 06:51:35 | ライトノベルベスト
『スーパソコン バグ・9』       

 麻衣子は、商店街の福引きで、パソコンを当てて大喜び。そこにゲリラ豪雨と共にやってきた雷が直撃。一時は死んだかと思われたが、奇跡的にケガ一つ無し。ダメとは思ったが、パソコンが喋り始め、実体化したパソコン「バグ」は、自分は、麻衣子の妹で琴子だと言い出した!

 
 部屋にもどってびっくりした。ベッドが二段ベッドになっていた!

「なんか変だね、琴子のこと毎日見てるはずなんだけど、涙が出てきちゃう」
 お母さんが、実にらしくないことを言う。
「スライドショーやろうか?」
 なんと、お母さんの提案で、パソコンとテレビを繋いでスライドショーをやることになった。パソコンは、お母さんが昔から使っているノートパソコンで、立ち上がりが遅い。
「昔の写真なんか見て、大丈夫?」
 バグに聞いた。バグは琴子の顔でコックリした。

 やがて、モニターにしたテレビに写真が写り始めた。どうやら、あたしの生まれたころからの写真集のようだ。
「どう、このお父さんの嬉しそうなこと」
「まだ、髪の毛一杯あるね」
「お姉ちゃん、赤ちゃんのころは可愛かったんだ!」
「赤ちゃんのころってのは、なによ!」
「まあ、今もそれなりにね」
「そりゃ、あんたは……(AKB選抜の合成)」
「麻衣子の名前は、ほんとうは、こう書くんだよ」
 お母さんは、メモに、こう書いた『舞子』
「あ、それいいよ。どうして麻の衣の子になっちゃったのよ!?」
「お父さんが、届けに行ったんだけどね、順番待ってる間に姓名判断に詳しい人に言われたんだってさ、画数とか、字の品格とかさ。で、受付の順番が回ってきて、画数だけあわせて麻衣子だって」
「だいたい主体性が無さ過ぎるんだよお父さんは、だから未だに、課長にしかなれないんだ」

「だれが、課長にしかなんだ?」

 気づくと、お父さんが帰ってきていた。お父さんも琴子のことを当たり前に見ている。
「ああ、これ、琴子が生まれたときだ!」
「なんだか、あたしの時より嬉しそうに見えるんだけど」
「そりゃあ、琴子は流産しかけたものなあ」
「だったわよね、洗濯物干して、転けちゃって、うまい具合に、お父さんに倒れかかったもんだから、あんまりお腹を圧迫せずにすんだのよね」
「おかげで、あれで首の骨がヘルニアになっちまって……まあ、いい思い出だな」

 それから、写真は、家族旅行や入学式、夏のプール、ディズニーランド、オヤジとアニキの趣味で付き合わされた阿佐ヶ谷のリックンランド。意外に戦車をバックに、あたしも琴子も喜んでいる。

 なにか変だ、琴子はバグが作った、いわばアバターのはずなんだけど、写真を見てると、それぞれに具体的な思い出がある。スライドショ-が終わった頃は、バグではなくて、琴子であるという意識の方が強くなってきた。

 朝になった。

 目が覚めると、琴子が制服を変な風に着ている。なんだか初めて着るようなぎこちなさ。
「琴子、セーラーの脇、閉まってないよ」
「ほんとだ」

 その日一日で、バグは、完全に琴子になってしまった。その日は、ナプキンの使い方なんか分からないのが不思議だったが、午後になって気が付いた。
 琴子ができることは、基本的にお母さんのお腹の中にいて、お母さんがしていたことや、知っていたことである。おぼろになってきた、あたしの記憶では、お母さんは洗濯物を干そうとして流産したことがある。お母さんは羊水検査でズルをして、あらかじめ性別も知っていて名前も考えていた。それが琴子である……。

 三日もすると、完全に違和感がなくなってしまった。そして、二人でアニキの見舞いに行ったときも、アニキに違和感はなかった。
「一週間ぶりに見ると、琴子のほうがカワイイな。オレに似たんだな」
 と、バカを言って優奈さんを笑わせた。

 秋になって、琴子はAKBを受けて、本当に通ってしまった。研究生として忙しい毎日を送っている。
 あたしは、元のようにソフトボールができるようになった。腕はちっとも上がらなかったけど、吉岡コーチが自分のことのように喜んでくれたことが、とても嬉しかった。

 去年通りインターハイ二回戦で負けた。でも、一発だけ三遊間にヒットを決めることが出来た。あたしにはこれで十分だ。琴子も忙しい中、後半だけ見に来てくれて、わがことのように喜んでくれた。

 そして、秋の半ば頃には、もう、琴子は完全に琴子になった。

 夏の日、落雷にあって、妙な夢を見たこと……のように思った。名前は……バが付いたような気がする。
 バカ……これは姉妹で、しょっちゅう言ってる。
 まあ、いいや。琴子は琴子。ニクソイこともあるけど、正直あたしよりもカワイイ。

 でも、琴子はソフトボールなんかは、ちっともできないんだよ。


 『スーパソコン バグ』  完


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