大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『連続笑死事件・笑う大捜査線・3』

2016-07-31 06:47:28 | 小説5
ライトノベルセレクト番外
『連続笑死事件・笑う大捜査線・3』
      

 次々と起こる笑死事件。確たる死因が掴めぬまま、その規模は世界的になってきた。死因が分からないので、殺人事件とは呼べず、特捜本部は『連続笑死事件』と呼ぶしかなかった。この屈辱的な捜査本部の看板を忸怩たる思いで見つめながら、たたき上げの倉持警視は解決への意志を固めつつあった。そうして、世間は、いつしか、この特捜本部のことを『笑う大捜査線』と呼ぶようになった。


 犯人は重大なミスを犯した。メッセンジャーに使った子供たちに顔を晒してしまったのだ。 

 むろん子供たちはマインドコントロールされ、暗示もかけられているので、当たり前に聞いては四人それぞれの「犯人の特徴」を言う。それも、聞く度に、その特徴が変わる。
 逆に言えば、そのマインドコントロールと暗示を解いてやれば、子供たちは正確な犯人像を言ってくれるはずだ。
 倉持警視と鑑識の山本部長は、石川奈々子という身内の犠牲者を出したこともあり、非常な決心をもってこれに臨んだ。

「早くホシを上げなきゃ、日本の警察の威信に関わります!」

 管理監は、そう吠えたが、要は、自分の出世に関わるからである。
 そうこうしている間に、しだいに子供たちの暗示が解け始めてきた。

「ちょっと手荒だけど、動き出さなきゃならないわね」

 警視庁の脇を法定速度で走りながら、女は、そう呟いた。
 車の中には、子供たちの脳波を検知するためのパソコンが置いてある。測定機は、子供たちの髪の毛に結びつけてある。髪の毛にそっくりなので、結びつけた髪の毛が抜けない限り有効である。
 それが、もう限界に近いことを示している。むろん簡易な変装はしているが、鑑識の山本にかかれば、半日で正体を見破られてしまうだろう。
「もう、これまでね」
 そう呟くと、女は眼鏡をしただけで、警視庁に乗り込んだ。

「もしもし、どこの部署にごようでしょうか?」
 案の定、エレベーターの入り口で、警戒の警察官に声をかけられた。女は一枚のカードを警官に見せた。
「ああ、どうぞ、五階です」
「誤解ですね」
 誤解がキーワードの一つであった。「五階」と「誤解」は微妙にアクセントが違う。言われた本人も気づかないほどに。そして、もう一つ「交代」という言葉を聞くと、この警官は笑い死ぬ。

 五階につくと、特捜本部まで行くのに二度誰何され、二度、さっきと同じカードを見せ、通過した。
 二人目までは、交代の時に死ぬはずである。三人目は若い女性警官であった。たまたま、妹に似ていた。
「ありがとう、婦警さん」
 女性警官は、少し吹き出した。
「いまどき、婦警なんて言う人いませんよ」
「そうね、でも、わたし『婦人警官』て、言い方好きなもんで。母はそう呼ばれてましたから」
「お母さん、婦人警官でらっしゃったんですか!?」
「ええ」
「じゃあ、もっともですね」
 これで、この子は昏睡のあと、少し記憶障害が残るだけですむ。

 特捜本部に入ると、女はすぐに小さなヘッドセットを着けた。これでこの部屋中に声が届く。

 女は、最初のカードを読み上げた。部屋の全員がクスクス笑い出した。倉持警視は、密かにイヤホンを両耳につけた。
「ハハハ、そいつが被疑者だ、確保しろ。ハハハ」
 まだ、症状の軽い倉持警視が言った。
 ニコニコした若い刑事が三人やってきた。女はすかさず、次のカードを読み上げた、マイクを外して。
 三人の若い刑事は大爆笑し、床に倒れ痙攣し始めた。
「この三人は、四十秒で死ぬ。次は、あなたたち」
 女は再びカ-ドを読み上げた。特捜本部のほぼ全員が大爆笑になり、床をのたうち回った。

「なぜ、あなたたちには効かないの……」

「だって、面白くないもの……」
 そう答えたのは管理監だった。女は思った。こいつは日本語の機微が理解できないインテリバカだと。すかさず、カードを英訳して言ってやると、管理監は即死した。

「そこまでだ!」
 倉持警視が、叫んだ。外で大勢の人の気配がした。同時に倉持警視がピストルを撃った。女は、かろうじてかわしながら、マイクをスワットの無線と同期させ、カードを読み上げた。とたんに外で大爆笑が起こり、人がどたどた倒れる音がした。

「ど、どうしたんですか!?」

 さっきの女性警官の声がした。女はドアに向かい「交代」と叫んだ。痙攣したような笑い声がして、気配が消えた。
「無益な殺生しやがって!」
 倉持警視の怒声続いて、銃声がした。
「スワットは死んだけど、あの婦警さんは昏睡しているだけよ。それにしても、あなたには、なぜ効かないの!?」
「オレは、洒落の分からん男でな!」
 倉持警視は、一気に間合いを詰めてきた。女はパソコンのケーブルを思い切りひっぱり、倉持警視はそれに引っかかって、ドウと倒れ、イヤホンの片方が外れた。
 女は素早く、それを奪うと、倉持のピストルを持った手を踏みつけた。
「なるほど……翻訳機か。日本語が英語で聞こえるのよね。そっちのエライサンとは反対か」
「一つ、教えてくれないか。お前さん自身は、なぜ死なないんだ……」
「作家はね、自分の言葉に愛情を持ってるのよ。その愛情を注いだ言葉で死ぬわけ無いでしょ」
「でも、生かしておくわけにもいかないな」
「どうぞ……」
 女は、倉持の手を踏みつけた足を緩めた。すかさず倉持警視は、しびれる手でピストルを撃った。
 弾は女の胸を貫いたが、死ぬまでには至らなかった。
「最後の一枚、お父さんのギャグ……」
 女は、苦しい息の中で、その短いギャグを読んだ。そしてニッコリ笑ってこときれた。
 倉持警視は、大爆笑の末、二分後に息を引き取った。

 この内容は、女のヘッドセットを通して、彼女のパソコンに送られ、自動的に文章化され出版社に送られた。ただし、殺人ギャグは全て文字化けしていた。
 作品は『連続笑死事件・笑う大捜査線』として出版され、その年のベストセラーになった。

 ちなみに文字化けした殺人ギャグは以下の通りである。解析すれば、まだ効き目があるかも知れない……。

 !""""#$%&'((()))))=~~^\”%%`@@@_¥♪!""""#$%&'((()))))=~~^\”%%`@@@_¥♪###!! 
 
    『連続笑死事件・笑う大捜査線』完

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高校ライトノベル・『連続笑死事件・笑う大捜査線・2』

2016-07-30 06:33:17 | 小説5
ライトノベルセレクト番外
『連続笑死事件・笑う大捜査線・2』
        

 次々と起こる笑死事件。確たる死因が掴めぬまま、その規模は世界的になってきた。死因が分からないので、殺人事件とは呼べず、特捜本部は『連続笑死事件』と呼ぶしかなかった。この屈辱的な捜査本部の看板を忸怩たる思いで見つめながら、たたき上げの倉持警視は解決への意志を固めつつあった。そうして、世間は、いつしか、この特捜本部のことを『笑う大捜査線』と呼ぶようになった。


 編集長は、パソコンの画面を見ながら、父の顔も見ず、事のついでのように言った。

「先生の感覚には、今の子はついて来れないんですよ。もっとダイレクトでビビットなもんじゃないと」
「しかし、それでは、子供たちに本を読む力が付かん」
「教育図書出してるわけじゃないんですからね、そういうのはよそでやってくださいよ。とにかく、この販売部数では、次の仕事はお願いできません」
「読者は育つものだ。もう一年続けさせてくれ。必ず部数は増える」
「ま、そういう読者が現れたら、またお願いしますよ」
 
 この言葉が合図だったように、バイトのKがドアを開けた。

「これが、今の出版業界だ。よく分かったら、もう作家になろうなどとは思うな」
 悪い右足を引きづりながら、父が言った。
「肩に掴まりなよ、お父さん」
「作家は、両足で大地を踏みしめながらいくもんだ。地に足の着いた本を書かなきゃいかん!」
 そう言って父は転んだが、娘が差し出した手を払いのけ、駅へと向かった。

 ほどなく父は不遇のうちに逝ってしまった。

 娘は、その後5年間消息不明だったが、昨年『素乃宮はるかの躁鬱』で、ラノベの世界に登場した。自分を高く買ってくれるところなら、どこの版元の本でも書いた。

 ただ、父をソデにしたK出版を除いて。

 おかげで、業界トップに君臨していたK出版は三期連続の赤字を出し、親会社のK総合出版はK出版を整理に係り始めた。
 そこに、その超有名作家になった娘から連絡があり、ほいほい乗った編集長と元アルバイターは、証拠も残さず、死因も分からないまま殺された。

 娘は、父の作品をコンピューターで徹底的に解析し、笑いの要素を抽出した。それを組み合わせ、対象に合わせた話を作り、この世に生きる値打ちがないと判断した相手に次々と送りつけた。メールにしろ手紙にしろ、相手が目を通した後は消滅するか、まったく別の文章になるようにした。このし掛けは、アメリカのCIAの元職員から、身の安全を保証する工作をすることを代償に教えてもらった。
 ただ、彼は、最後の部分を教えるときにリストを渡した。
「こいつらを始末してくれること」
 それが元で、世界中で『笑死事件』がおこることになった。

 科捜研の石川奈々子は、H氏を笑死させた手紙の紙の出所をほぼ突き止め、明日は倉持警視に報告できるだろうと思い、科捜研のCPUに解析を任せ、久々に定時に退庁した。

「ねえ、石川さんでしょ?」
 小学五年生ぐらいの女の子が近づいてきた。
「そうよ、なにかご用?」
「実はね……」
「ハハ、なにそれ?」
「とにかく、伝えたからね」
 女の子は行ってしまった。

 そんなことが三回続いた。さすがに笑死事件との関連を疑ったが、いっこうに自分は死なない。
 そのかわり、科捜研のCPUのキーワードを四回目に喋ってしまったことには気づいていなかった。キーワードは、四人目の女の子の肩に留めておいたてんとう虫形のマイクで拾われ、役割を終えたマイクは、ポロリと地面に落ち、折からの竜巻警報の風で、どこへともなく飛ばされていった。

 奈々子は、地下鉄のホームに降りて、電車を待った。

 先に下りの電車がやってきた、その発メロを聞いたあと、上りの着メロがして、奈々子は電車に乗って、発メロを聞いてしまった。

――しまった!――

 そう思ったとき、奈々子は爆笑してしまった。慌てて耳を押さえたが手遅れであった。偶然居合わせた医者が、手を尽くしたが、次の駅に着いたときには、奈々子は体をエビのように丸め、涙と涎を垂らした爆笑顔のままこときれていた。

「すまん、石川君。しかし、君の死は無駄にしない。手がかりは残してくれたからな」

 手がかりとは、科捜研のCPUではない。キーワードを知られた時点でバックアップごと消されている。

 四人の小学生を目の前に、ため息をつく倉持警視であった……。
 

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高校ライトノベル・『連続笑死事件・笑う大捜査線・1』

2016-07-29 06:31:12 | 小説5
ライトノベルセレクト番外
『連続笑死事件・笑う大捜査線・1』
      

 次々と起こる笑死事件。確たる死因が掴めぬまま、その規模は世界的になってきた。死因が分からないので、殺人事件とは呼べず、特捜本部は『連続笑死事件』と呼ぶしかなかった。この屈辱的な捜査本部の看板を忸怩たる思いで見つめながら、たたき上げの倉持警視は解決への意志を固めつつあった。

 そうして、世間は、いつしか、この特捜本部のことを『笑う大捜査線』と呼ぶようになった。


 それは、ニューヨークから送られてきた。その名も『トーノスデ』

 ノートの表紙はキティーちゃんのパチもので、おそらく中国製だろうと思われた。中身はアメリカのどこにでもある、穴あきでミシン目の入ったものを、旧東ドイツのノートのリングで留めたというもので、まったく正体不明であった。おまけに書かれている文字はアラビア語で、使われているインクは、アイルランドを筆頭に、ロシアまで、100ヵ国のインクが使われており、『トーノスデ』から犯人にせまることは不可能だった。ちなみにノートのタイトルもアラビア語で、右から左に読む。

 インサイダー取引で、大もうけして、上手く法の目をくぐり抜けたIT産業の寵児と言われたS氏は、株の動きをパソコンでみているうちに大笑いして死んだ。
 C国との裏の繋がりからC国の傀儡と言われたO氏は、秘書3人からもらった手紙を読んだ直後「うん?」と一言もらしたあと、大爆笑して逝ってしまった。
 いずれも、パソコンにも手紙にも証拠は残っていなかった。何故かというと、それをあとで見た誰も、死ぬどころか、クスリとも笑えなかったからである。
 どうも、ターゲットが笑い死にしたあと、笑わせた中身そのものは消えてなくなるか、他の文字や図形に変わっているらしい。

 次のターゲットは、M党の元総理大臣H氏であった。O氏と同じく秘書から手紙が届くようにしたが、これが効き目がなかった。

「なんだ、意味不明だね」

 氏が、そう言って、手紙を置いたとたん、手紙は日本国憲法の前文に変わった。念のため警察に届けたが、警察でも、むろん分からなかった。

 ただ、科捜研の石川奈々子だけが、あれ? と、思い、紙の分析を始めた。

「ビンゴ!」

 奈々子は、思わず叫んだ。
「倉持さん、絞り込めた!」
「ほんとか!?」
 倉持が喜んだほど、有力な資料ではなかったが、それでも絞り込みにはなった。

 紙は再生紙が使われていて、その紙が特殊であった。原料の20%が破砕した紙幣が使われていて、その中に、ごくわずか2000円紙幣が混じっていた。2000円紙幣は流通量が少なく、当然回収され再生紙の原料にされたものも少なく、日銀の見学者に渡されたもの、古紙として業者に渡されたものをひっくるめて8万件。その再生紙を製造した会社は大小150社しかなく、紙質を調べれば、もっと絞り込めるはずだった。

 女は気づいた。H氏に効き目が現れなかったことが。

「くそ、並の神経じゃない……」
 H氏の、完全な記憶力は48時間である。ジグソーパズルのように欠けた言葉を探した。コンピューターで20時間ほど解析し、一つの言葉を探り当てた。時間は限られている。いつものように手の込んだことはできない。
 そこで、簡易な変声機で、オバサン声にしただけで、H氏の事務所にS新聞を名乗って電話した。秘書はなんの疑いも持たずH氏に取り次いだ。

 女は、ただ一言、こう言った。

「トラスト ミー」

 H氏は、直ぐに手紙の内容と結びつき、30秒間大爆笑したあと、こときれた……。 

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№90『ヒョウタン島物語・2』

2016-07-25 06:59:40 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト№90
『ヒョウタン島物語・2』
      


 高階監督は、ココヒコの日記を悪いとは思いながら読み、大感動を発してしまった!

 幼い日、島で野外映画が行われ、そこにかかったのが、若き日の高階監督の名作『風邪ひきぬ』 で、ココヒコ少年は、それから映画監督になろうと心に決めた。
 ココヒコは、高校生のとき高階監督に企画書を送った。

 『ボート』というタイトルだった。

 ある日、漁に出た小型漁船が、国籍不明のボ-トに、わけもなく追いかけ回され、あわや沈没という目に何度も遭う。そのつど若き漁師は機転を利かして危機を乗り切るが、相手の姿はボートだけで、人間の姿は、いっさい出てこない。最後は、父から聞かされた暗礁にボートを誘い込み、高速で座礁させ、転覆大破させるというスペクタクルであった。
 登場人物一人、小型漁船とボートさえあればできるという優れたアイデアであった。
 高階は、この企画を読んで感心し、ココヒコをこの映画会社に呼んだのを思い出した。映画の企画そのものは、会社に持って行かれ、社長の息子の監督デビューのアイデアに使われてしまった。

 『ボート(暴徒)』と改題され、追いかけてくるボートは一隻ではなく、実際には二十隻。スクリーンではCGを使い、無数のボートにされた。作品の面白さは半減してしまい、興行収入もはかばかしくなく、当たり前の監督なら、それで監督生命が絶たれるところだが、このアホボンは親の七光りで、いまだに派手なだけで売れない映画を撮り続けていた。その赤字分は高階などのベテラン監督が、なんとか稼いで賄っているというのが現状で、嫌気がさした、監督が、この五年で二人も辞めていった。テレビや、CMの監督を呼んできて、監督の数だけは揃えたが、まだまだモノにはならなかった。

「ココヒコを使おう!」

 高階監督は、ココヒコの監督デビューの作品に、ココヒコ自身の日記を使う決心をした。

「すまん、黙ってお前の日記を読んでしまった!」
 監督は、まず謝るところから始めた。
「そんな、日記を忘れたのは、ボクの不注意です。それより、あれを読んで、ボクの気持ちと映画への熱意を買って下さったことに感謝します!」
 師弟は手を取り合って、名作を作ることを誓い合った。

『島風』とタイトルは決められた。

 ココヒコは、本名である嶋野瑚呼彦で挑戦した。名前の字が難しいので、それまではカタカナで通してきたが、高階監督の薦めもあって、あえて難しい字の本名で通した。
 主人公は、原作でいけば男であるが、高階の反対を押し切ってAKR47を卒業したばかりの小野寺潤を起用した。社長のアホボンが彼女のファンであることも理由の一つであったが、ココヒコ自身、彼女の女優としての才能を見抜いていた。また、アホボンが彼女を主演にして、自分で撮ることを阻止するためでもあった。

「これで、君は高階組の一員だよ」

 これが、殺し文句であった。小野寺潤は、かねてから高階監督のファンであった。ココヒコは、あくまでも高階監督の羽交いの中で監督デビューさせてもらう姿勢をアピールした。その謙虚さと、情熱はクランクインすると会社の内外から好感をもって迎えられた。そして海外からも期待の目で見られた。

 話は、ヒョウタン島からやってきた映画監督志望の女の子が、笑いと涙のうちに成長し、一人前の映画監督として成長していく様を描いた、サクセスストーリーであるが、随所にココヒコでなければ捉えられない、若者の感性が光っており、撮影は快調であった。

「監督、大丈夫ですか?」
 いよいよ明日はラストシーンの撮影という時に、ココヒコは小野寺潤に声を掛けられた。
「大丈夫、これは知恵熱だから……」
 一瞬スタジオは、ココヒコのギャグに湧いたが、次の瞬間凍り付いてしまった。ココヒコが倒れてしまったのだ。
「ココヒコしっかりしろ!」
 高階監督が抱き上げる。小野寺潤やスタッフたちも寄ってきた。そして、いまやココヒコのファンになってしまったアホボンが重大な決心を語った。
「安心しろ、ラストはオレが撮ってやる」
「副社長……」
「心配すんな、俺の名前はエンドロ-ルにも出しゃしねえ。この監督は嶋野瑚呼彦だぜ!」

 というわけで、最後のメガホンはアホボンがとることになった。

 台本のラストは、こうであった。ヒロインが撮った映画は国際的なグランプリを受賞。授賞式にはバルタン合衆国の国務長官も、モラッタ国の文科省の大臣も来ている。
「君は我がバルタン民族の誇りを超えて、全人類の希望になったよ!」
「とりあえずは、わがモラッタ国の誇りだよ!」
 両国のエライサンは、そう褒め称え、ヒロインは、双方にニッコリと笑みを見せ、無言で受賞の舞台に登壇する。

 アホボンは、こう変えてしまった。
「わたしは、ヒョウタン島の映画監督です」
 そして、威に打たれたような両国のエライサン。一瞬の間があって大拍手のうちにエンドマーク、エンドロールに続く。

 公開後、この『島風』は大ヒットした。世界四十五ヵ国で上映され、本当にグランプリを受賞した。そして、その中にはバルタン共和国も含まれていた。
「この映画は、ヒョウタン島人民の栄誉である」
 と、国務長官を通じてプレスに発表した。

 ヒョウタン島は、ほとんどモラッタ国の領有と傾いていた国際世論は、島の独立という過激論から、領有権棚上げ論までが、かまびすしくなった。

「ココヒコ、おまえアメリカで修行してこい」
 病気が治ったココヒコに、高階監督は、そうアドバイスした。その後ココヒコはアメリカで監督として成功し、モラッタにもヒョウタン島にも帰ってくることはなかった。
 ただ、彼の心を理解した小野寺潤が渡米して、押しかけ女房になったことがせめてもの幸いで、貪欲なアメリカの映画界は、そのエピソードさえ、映画にしてしまった。


 この物語はフィクションであり、実在する人物・組織・社会問題とは一切関係ありません。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№89『ヒョウタン島物語・1』

2016-07-24 06:57:57 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト№89
『ヒョウタン島物語・1』
     

 【バルタンハン半島と、モラッタ島の間にはヒョウタン島という小さな島があります】

 バルタンハン半島にはバルタン合衆国、モラッタ島にはモラッタ国という中くらいの国があります。
 古来から人や物の行き来が盛んで、有史以来、この二つの国にいさかいなど起こったことはありませんでした。

 ところが、この二つの国の間にはいくつも島があり、その中のヒョウタン島が、前世紀の半ば過ぎから領有権をめぐって争いが起こるようになりました。
 バルタン合衆国は、古代から「我が国に帰属する島である」と主張しはじめました。理由は「ヒョウタン島」の名前にあります。バルタン合衆国に古くから伝わる神話の中に出てくる「ひょうタン」という神獣に姿が似ているというのです。ひょうタンというのは、豹というネコ科の動物の一種で、バルタンハン半島が統一される過程で活躍した神さまを手伝ったという伝説の生き物です。なるほどバルタン側から見れば、獲物を狙ったひょうタンが背中をまるめた姿に見えます。

 モラッタ国は、こう主張しています。

 前世紀の半ばに、ヒョウタン島の周りの海底に大量の地下資源が眠っていることが明らかになり、それから、バルタン合衆国は領有化を言い出したのだと。ヒョウタンの由来も、モラッタ国の側から見ればヒョウタンそっくりで、ヒョウタン島というのだと主張します。

 両国とも、古代からの資料を集めて学会や国際社会で発表しあい、世界が注目する問題になりました。

 しかし、長い歴史研究や、科学的な調査の結果、わがモラッタ国の領土であることは揺るがぬ事実です。

 モラッタ国 小学生用教科書より抜粋 2013年モラッタ書房 検定2032


「なんか、ええ映画の企画はないんかいな!?」
 TOKO映画の企画室では、毎日新企画についての会議がひらかれた。TOKO映画は『某国のイージス』や『宇宙戦艦ヤメタ・実写版』など、少し社会性とスペクタクルの中間を狙って、今世紀の初め頃までは、そこそこの興行成績をあげてきた。
 しかし、ここ数年はスタジオヅブリのアニメにおされて、「アニメ如きの後塵を拝するのか!」と社長の怒り、すなわち株主の不満も高く、ヒット作が待ち望まれていた。

 その日も会議は、なんの実りもなく終わり、高階監督は憮然とペットボトルのお茶を飲み干した。これで、三本目である。
「ハハ、豪華三本立てだ!」
 ペットボトルにひっかけて、洒落を言ってみるが、もう会議室にはだれもおらず、一人虚しく笑い、オナラをかまして、部屋を出ようとした。

「おや……」

 会議室の片隅に古ぼけた、今時めずらしい日記帳が忘れられていた。
 その日記帳は、ヒョウタン島出身の助監督、ココヒコのもので、高階監督は、なんの気なしにページをめくってみた。

 これが、ヒョウタン島帰属の大問題になるとは、誰も思わなかった……。

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高校ライトノベル・奈菜のプレリュード・15《今日は、めでたいナナまつり》

2016-07-10 06:43:16 | 小説4
奈菜のプリュード・15
《今日は、めでたいナナまつり》



「みなさん、この女子高生が、卒業式で世にも稀なアドリブ答辞をやった加藤奈菜さんです!」

 MCのニイチャンが言うと、ADさんが手をまわして、スタジオ中の人らに拍手を強要。人数分プラス音響さんが効果音で水増し。
 あたしは、なに着て行ってええか分からへんかったから、制服を着て行った。先日お母さんから一万円せしめて買うてきた服は、改めて着てみると、まだ身にそぐわへんと思たから。
 せやけど制服で正解。なんせ卒業したてやし、制度上は、まだU高校の生徒やし、なんちゅうても、あたしが、一番あたしらしい見えるのは、制服や。
「あの答辞は、いつやることが決まったんですか?」
「式が始まった直後です。教頭先生が横にきて……こられて、頼まれました。予定してた子が、急に体調不良になったとかで」
「実は、その時のビデオがあります。まずVをどうぞ」
 放送局というのはすごいもんで、誰かが偶然撮ってた動画を手に入れて、アップにして耐えられるように加工してました。

 あたしは、あのときメッチャびっくりしたんやけど、案外平然と引き受けてるのには、自分でも意外。

「こういうときに、気楽に引き受けられて、あれだけの答辞やっちゃうんだから、十分放送局のアナウンサーが務まるわ。A君、ボンヤリしてたら、司会とられるで」
 報道部のオッチャンが言うて、スタジオが爆笑(これは仕込みやない)大阪人の性で、いっしょに笑うてしまう。
「しかし『身を立て名を挙げ』いうのは、アドリブとは言え、よく出てきましたね」
 評論家のエライサンが大阪弁のアクセントで言う。
 この質問は想定内。教頭先生に頼まれたときに、このくだりが最初に頭に浮かんでた。
「あれは『仰げば尊し』のテーマになってる部分で、立身出世主義だってことで、たいていの公立高校じゃやらないんですよね。加藤さんは、なにか思いがあって?」
「はい、答辞でも言いましたけど、あれは、それぞれの分野で一人前の大人になれいうことで、末は博士か大臣かいうことやないと思うんです。あ、もうちょっと言わせてください。大臣、博士と解釈して反対してる人は、無意識に職業差別してるんやと思います。差別意識がなかったら、この部分で反対は出てけえへんはずです」
「なるほどね。あたしら芸人も芸能界では色物いうて、長いこと格下に見られてきたもんね」
 Y興行のベテラン漫才師のオバチャン。
「それに、あの『仰げば尊し』は戦前・戦中の軍国教育の権化みたいに思われてますけど、あれは原曲がアメリカの『Song for the Close of School』です。意味はほとんど一緒で、身を立て名を挙げのとこだけが、日本の創意なんです」
「よく知ってるね。ボクもいま言おうとして資料用意してたとこなんですけどね」
 評論家のオッチャンが頭を掻いた。
 あたしは、このことは貫ちゃんに教えてもろて、ネットで確認した。貫ちゃんの笑顔が一瞬頭に浮かんだ。
「それと、加藤さん、最後に言いましたよね。途中で中退していった仲間の事にも思いをいたそうって。あのくだりはよかったなあ」
「近い友達の中にも中退した子がいてるんで、そのことが頭にありました。どんな気持ちでこの日を迎えてんのかなあと」
「なるほどね。なかなか思っていても言えないというか、自分たちのことだけで、なかなか辞めていった子のことまでは頭に、浮かばないもんね。いや、大したことです」

 だいたい、このへんで、あたしの話は終わるはずやった。

「加藤さんね『君が代』については、どう思いますか?」
 ゲストの言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが聞いてきた。
「習慣としては定着しつつあるんで、ええことやと思います『君が代』は、戦時中のドイツやイタリアの国歌と違うて、明治の昔からあります。明治時代をどうとらえるかで受け止め方も変わってくるんでしょうが、アジアで唯一の近代国家を創った日本ととらえたら、誇りに思うてええ歌やと思います」
「近代国家って、どういう意味だろ?」
「三権分立の憲法を持って、それに基づい運営されてる国家やと思います」
「いや、大したもんだ!」
 評論家のオッチャンと、言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが、えらい感心してくれはって、あたしは、そのあとの『名店シェフの家庭料理』のコーナーまでいっしょにさせてもろて、ごちそうになってテレビ局から帰ってきました。

 で、お母さんが録画してたのを観ながらの三月三日の雛祭り。
「今年は、ナナ祭りやなあ」
 と、お母さん。

 あのとき喋った中身は、みんな貫ちゃんが考えるきっかけをくれたもんばっかり。ありがたい友達やと思う。このときは、まだ貫ちゃんへの確かな気持ちは分かってへんかった……いや、分かろうとせえへんかったんかもしれへん。

              奈菜……♡ 

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