大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)012・千歳の入部

2024-04-26 08:41:36 | 小説7


REオフステージ (惣堀高校演劇部)
012・千歳の入部                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 とにかく驚いた。


 生徒会副会長の瀬戸内美晴から「5人以上の部員がいなければ、同好会に格下げの上、部室を明け渡し!」と宣言されて2週間。

 部員募集のポスターを貼ったり、身近な生徒にしつこく声を掛けたり、セーヤンに頼んで3Dホログラムで部員を多く見せて発声練習をしてみたり。そのことごとくが空振りで、今週の金曜日には演劇部のお取りつぶしは確定する運命であった。

 その運命の崖っぷち、あと一歩で谷底に転落というところで、入部希望者が現れたのだ!

 
 トントン


 部室のドアがノックされた時は瀬戸内美晴の催促かと思い、ぞんざいに「開いてますよ(-_-;)」と顔も向けずに返事した。

 ガラガラ……

 ドアの開く音がしたが、開いたドアの所に人の姿はなかった。

 啓介の定位置である窓側の席からはドアの上半分しか見えない。机にうず高く積まれたガラクタが視界を狭めているからだ。でも見えないと言っても床から1メートルほどである。惣堀は幼稚園でも保育所でもない、高校なんだから身長が1メートルに満たない人間など居るわけがない。

「なんや、気のせいか……」

 啓介が、そう思ったのも無理はないかもしれないが、きちんと確かめなかったのは、入部希望者など来るわけがないという思い込みからだ。

「入部希望なんですけど!」

「イテ!」

 啓介はびっくりして立ち上がり、その拍子にパソコンに繋いでいたイヤホンがバシッっと外れて耳が痛んだ。

「え、えと……入部希望者?」

「はい………………なにか?」

「あ、いや…………」

 入部希望者はルックスこそ可愛いが車いすだった。車いすだから見えなかったんだと、啓介は納得した。

 次に――なんで車いすの子が演劇部に入ろうとするんだ?――という疑問が戸惑いと共にに湧いた。

 空堀高校はバリアフリーのモデル校ではあるけれど、友だちの中に身障者の生徒はいなかった。中学までは野球ばかりやっていたので、身近に関わったこともない。演劇部は看板だけだけれど一応は演劇部、車いすで演劇はあり得ないだろう……などなどが一ぺんに頭に浮かんだ。

「車いすじゃダメなんて、ポスターには書いてなかったけど」

 見透かしたように車いすの少女は言う。

「仮に書いてあったとしたら、それって差別だし」

「え、ああ、そうだよ、そうだよね。障害があるとかないとか、そんなのは全然関係あれへんし」

「それじゃあ……」

「あ、ああ、ごめんなあ。もう入部希望者なんかけえへん思てたから、びっくりしたんや。まあ、こっちの方に、まずはお話し聞こか」

 少女は器用に車いすを操って、啓介が指し示したテーブルの向こう側ではなく、啓介の横に来た。

「1年2組の沢村千歳です。これが入部届」

 保護者印と担任印のそろった書類をパソコンの横に置いた。

 その間、啓介は計算していた――足の不自由な子が入部したら、学校もムゲに演劇部を潰すこともでけへんやろ。ひょっとしたら、この子一人入っただけで存続確定かもしれへんなあ!――

「わたし、演劇部潰れるの前提で入るんだから。そこんとこよろしくね」

「え……ええ!?」

「この部室グチャグチャじゃん。棚の本は色あせてホコリまみれだし、ゴミ屋敷寸前の散らかりよう。とてもまともに部活やってるようには見えないし」

「いや、これはやなあ(^_^;)」

「それに、なんですか、これぇ?」

 千歳の視線はパソコンの画面に移った。

「あ、ああ!」
 
 パソコンの画面では、ボカシの入った男女が絡み合ってあえいでいた。千歳が入ってきたときに驚いてクリックしてしまったようだ。

「四の五の言わずに入れてちょうだい。さもないと部室でエロゲやっているって触れ回っちゃうわよ」

「え、あ、はい!」

 演劇部の新しい扉はエロゲと共に開かれた。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)011・コンビニの冷やし中華

2024-04-25 06:59:36 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
011・コンビニの冷やし中華                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 日本に来る外国人にコンビニの弁当が評判である。


 お花畑のように可憐でありながら安くて美味しい。その開発には自動車や家電を開発するような情熱が注がれ、品質管理は医薬品のように厳密に行われる。
 そのクレイジーなまでにクールなコンビニ弁当は、ネットで繰り返し取り上げられ、中にはコンビニ弁当を目的に日本に来る外国人も居るくらいである。

「そんなこと、ずっと前から知ってるわ」

 ミリーは豪語する。
 
 ミリーはコンビニ弁当の中でも冷やし中華が大好きだ。食べ方にもこだわりがあって、買った冷やし中華を小さな特製クーラーボックスに入れてお出かけする。気合いの入った時は京都や奈良、近場では大阪城公園や花博公園、どうかすると近所の公園などで冷やし中華を食べている。

「なんで外で食べるのん?」

 下宿先の真理子に聞かれる。

「う~ん」

 と唸る。

「なんでえ……?」

 ミリーが真剣に考えた時はマニッシュに腕を組んで目が斜め上を向く。だから真理子の追及も真剣になる。

「一言でいうと、気持ちがいいからなんだけど。なぜ気持ちがいいかというと、あの美味しいサワーの感覚は青空が合うの。それからね、コンビニ弁当っておいしいけど、包装のパックやフィルムがざんないでしょ(「ざんない」は、ミリーが覚えた数少ない大阪弁。ミリーは来日する前に日本語をマスターしていたので、大阪訛にはならないが、古い大阪弁が好きなのだ)。だから、家の中で食べると、ちょっと凹むけど、外だと気にならないんだよ」

「ふーん……」

 真理子は、もうひとつ理解できないが、こういう飛んだところも含めてミリーのことが大好きだ。


 冷やし中華との出会いには、腐れ縁と言っていいエピソードがある。

「冷やし中華みたいやなあ……」

 中三の夏に、斜め後ろの男子に呟かれた。

 真田山中学に入って日本人に幻滅していたので、クラスメートとはろくに口をきかなかったが、この一言が気になった。単なる冷やかしではなく、無垢な冷やし中華への憧憬を感じたからである。

「ヒヤシチュウカってなに?」

 聞かれた方の男子が驚いた。

「あ、えと……」

 男子は、めずらしく幻滅や蔑みではないミリーの言葉に素直に答えてしまった。

「ラーメンのクールバージョン……ミリーの髪の毛見てたら食べたなってきてん!」

「え、わたしの髪?」

 で、探求心旺盛なミリーは学校の帰りにコンビニで冷やし中華を買って、それ以来ハマってしまった。

 そのミリーの斜め後ろで呟いた男子が、野球部でエースと言われた小山内啓介であったのである。

 連休の谷間の昼休み、ミリーの教室に車いすの一年生女子がやってきた。

「あら、なにか用かしら?」

 一年生女子は、ブロンドのミリーが流ちょうな日本語で聞いてきたので驚いた。

「あ、えと、演劇部の小山内啓介さんはいらっしゃいますか?」

「え、啓介? あなた、ひょっとして演劇部の入部希望者!?」

「は、はい……(^_^;)」

「ほおぉぉぉ」

 ミリーと沢村千歳との出会いは冷やし中華とはなんの関係も無かった。
 


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)010・「「あ、あんたは!?」」

2024-04-24 06:56:19 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
010・「「あ、あんたは!?」」                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 副題を(惣堀高校演劇部)としながら演劇部のことがほとんど出てこない。


 けして作者がサボっているわけではなく、その理由は、第一に、惣堀高校の演劇部は広い部室のわりに活動の実態がないからである。

 第二には、この名ばかり演劇部の物語が、生徒会より「部室の明け渡し」を迫られ、部長であり、たった一人の部員である小山内啓介の悪あがきに影響され、巻き込まれる生徒たちの青春群像でもあるからである。

 その群像の要である啓介は、近所のコンビニに入ったところである。

「いらっしゃいませ~」

 コンビニ店員のマニュアル挨拶はシカトして冷蔵食品のコーナーを目指す。

「お、あったあった(^▽^)!」

 啓介は、連休限定冷やし中華を手に取って、まっすぐレジに向かった。

 連休限定といっても特別なものではない。平常価格よりも50円安いのである。安いのでレジの順番待ちをしている間に、カウンターのドーナツに目が行ってしまう。

 で、ドーナツの中に新製品があった。

 ドーナツのくせに穴が開いていない。値段はレギュラーのドーナツと変わりがない……ということは穴が詰まっている分「お得だ!」と思ってしまい、自分の順番が回ってきたときには冷やし中華といっしょに勘定してもらうことになる。

 まんまとコンビニの策略にしてやられたわけだけれども、啓介に自覚は無い。

「いい買い物をした(^~^)」

 独り言ちて、第二目標の真田山公園を目指す。

 真田山公園はグラウンドが隣接していて、そのグラウンドも公園の一部に見えて都心の公園としては広く感じられる。

 啓介は、そのグラウンドを望むベンチに腰掛けて冷やし中華を取り出した。ベンチの端は植え込みになっていて道路側からの視線を隠してくれるので、絶好の休憩スポットなのだ。

 目の前のグラウンドでは、地元の野球チームが試合の真っ最中である。

――見てるぶんには、野球はおもしろいよなあ――

 中学で肩を痛めて以来、自分でやる野球はご無沙汰だけれど、野球観戦はする。しかし身銭を切って野球場に行くようなことはしない。
 こうやって、ジャンクフードを持ってボンヤリと草野球の空気の中にいるだけでよかった。

 8回の裏、先攻のチームが三者凡退に終わったあと、後攻のチームがツーアウトで満塁になった。


 あの時といっしょや……。


 啓介は、中三の時の自分の試合を思い出した。

 あのとき無理をせずに……という想いが無くは無かったが、その後の萎んでしまった自分の情熱を思えば、これで良かったのだと思いなおす。

 お!?

 バッターが、思い切りスゥィングした。カキーンと小気味いい音がして、ボールはホームラン!

 おお!

 ボールはフェンスを越えて啓介に向かって飛んできた。だが、元野球少年の勘は、わずかに逸れると判断。

 判断通り、ボールは真横の植え込み、それも木の幹に当った。当たり所もよかったのだろう、バキッっと音がして植え込みの中心になっていた木が折れてしまった。

「「あ……………」」

 声が重なった。

 折れた木の向こうは、同じようなベンチがあって、ベンチには鏡で映したように同じポーズで女の子が冷やし中華を食べていた。

「「あ、あんたは!?」」

 クラスメートのミリーであった……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)009・ああ、やっちゃった

2024-04-23 07:03:11 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
009・ああ、やっちゃった                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 近頃は世界中が日本ブームだ。ディズニーが『SYOUGUN』という映画を作った。日本人の役は全員日本人、全体の70%以上が日本語という作品で、世界中で大ヒットを飛ばしている。

 昨年は、日本に来る外国人観光客が3000万人を超えた。治安は良いし、食べ物は美味しいし、観光地も穴場もクールだし、カルチャーはホットだし。
 元日早々の地震の凄さにもタマゲタけたが、日本人が冷静で礼儀正しく静かな忍耐と情熱で対処していることに、17歳の留学生であるミリーは感動した。

 同時に当惑している。

 なぜかというと……身近にいる日本人には、それほど感動もしなければ尊敬の念も湧かないからだ。


 中学3年の時に、ミリーは日本にやって来た。


 中学は最悪だった。生徒はいちおう大人しくしているけど、だれも授業をまともには受けていない。勉強ができる子たちでも例外ではなく、ノートだけとってしまうと、あとは塾の勉強をしている。

 先生たちも授業は下手くそだ。男の先生は、音楽でいうと、ド・レ・ミの3音、女の先生は、ミ・ファ・ソの3音しか出していない。リズムは大陸横断鉄道のレールの音のように単調。「驚くべきことに」とか「ここ大事だから」と言うのに、先生自身が驚いていないし、大事だと言う気持ちが無い。ただ声が大きいだけ。

 4月には家庭訪問があって、留学生のミリーは下宿している渡辺さんのお婆ちゃんと奥さんに親代わりに会ってもらった。先生が居たのはたったの5分。その5分間、先生の目はスミソニアン博物館のはく製の目のようだった。

 先生がテーブルに置いた手帳にはスケジュールが書かれていたが、驚くべきことには、その日の家庭訪問は11軒もあった。それも、午後1時30分の開始だったから20分ちょっとの時間で移動して話を済ませなければならない。こんな家庭訪問ではアリバイにしかならない。

 先生がいないところで、生徒たちは、いいかげんだ。いや、悪党だ。

 学年はじめの物品販売にやってくる業者のオジサンに平気で「オッサン、はよせえよ!」などとため口をきく。パシリやイジメは日常茶飯。相手が死にたいと思う寸前まで巧妙かつしつこくやっている。

 ミリーも一度、授業中にしつこく髪の毛を引っぱられたことがあった。5回めにはキレてしまって、授業中であるのにもかかわらず、後ろの男子生徒の胸倉をつかみ、英語で罵りながらシバキ倒した。

 ミリーの剣幕は相当なものだった。なんせ相手がピストルを持っている心配が無い。ナイフとかスタンガンを持っていることも、まずあり得ない。武器さえ持っていなければこわい者なんかない。

 ただ、相手の男子が「自分は悪いことをした」という反省にいたらず「自分は悪い奴に出くわした」としか思わないことが業腹だった。


 ある日のこと、ミリーはグラウンドでボンヤリと野球部の試合を見ていた。


 白熱した試合で延長戦になった。中学野球は7回までで延長戦も8回の表裏をやるだけなんだけど、ピッチャーは1回目から力を入れ過ぎて限界なのがミリーには分かった。

――体も出来ていないのに、あれじゃ肩壊してしまう――

 そのピッチャーはクラスメートの男子で、ほとんど口も利いたことがなかったが、野球という日米の共通文化だったし、ついこぶしを握って観てしまった。

 8回の裏、ツーアウト満塁で最後のボールが投げられた。バッターは空振りし、かろうじてミリーの真田山中学が勝ったが、ピッチャーは肩を押えて蹲ってしまった。

――ああ、やっちゃった――

 ピッチャーは、わずか14歳で投手生命を失ってしまった。

 そのピッチャーは、それきり野球部を辞めてしまった。それまでミリーにとっては口数の少ないクラスメートに過ぎなかった。

 それがイヤナ奴になった。

 とくに悪さをするわけではないが、ジトーっと暗くなってしまい、まるでブラックホールのようになってしまったのだ。肩を痛めてしまったことは気の毒だけれども、席の近くでマリアナ海溝のように落ち込まれてはかなわない。

 高校では一緒にならないことだけを祈った。

 そして祈りの甲斐なく、空堀高校で一緒になってしまった。


 それが一人演劇部の小山内啓介であったのだ。


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)008・タタラを踏むカラス

2024-04-22 08:33:53 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
008・タタラを踏むカラス                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




「なんべんもやるもんやないで」


 セーヤンの言葉には頷かざるえなかった。

 高校生の水準をはるかに超えたCGの技術で、浄化槽の上にホログラムのバーチャル演劇部を出したのだ。

 遠目には10人の演劇部員が発声練習をやっているように見えたはずだ。

「そやけど、あんな中庭の奥ではなあ……もっかい広いとこででけへんか?」

「言うたやろ、ホログラムは明るいとこでは見えへんし近くで見られたら、すぐにバレてしまう」

「そやけどなあ……」

 簡易型のホログラムなので、ノーマルに比べれば撤収は簡単なはずだったが、さすがに二人では大変だ。

「たとえ完璧なホログラムを人目につくようにやっても、演劇部そのものに魅力が無かったら人は集まらんやろなあ……」

 最後にパソコンの電源を落とすと、独り言のようにセーヤンがトドメを刺した。

「そやけど、車いすの子が見てくれてたで」

「冷めとったで。付き添いのオネエサンは熱心やったみたいやけど……たとえ入ってくれても、車いすの子ぉが演劇部やれるか?」

「そやけどなあ……」

 啓介はベンチに腰掛けたままゴニョゴニョ言う。

「だいたいが、啓介自身が真っ当に演劇部やろいう気持ちないやろ。おまえは部室手放したないだけやろが」

 図星ではあるが、素直に頷く啓介ではない。

「それは違うぞ」

「どないちゃうねん?」

「そら100%の気持ちがあるとは言わへんけどなあ、オレの中にも何パーセントかは気持ちがあるねん。そこを汲んでもらわんと」

「オレはなあ、部室棟を残したいねん。オレら情報部の活動拠点でもあるさかいなあ」

「部室棟が無くなることはないやろ。生徒会は演劇部放り出して別のクラブ入れようとしてるんやさかいなあ」

「それは考えが浅い」

「なんでや?」

「学校は部室棟そのものを壊したいんや」

「ええ、部室棟をか!?」

 あらためて部室棟の旧校舎を見上げる。

 カッ カァ~~

 屋根の上で翼を休めていたカラスが飛び立とうとして足を滑らせ、あたふたタタラを踏んで飛び立っていった。

「部室棟は伝統的に文化部しか入ってない。そやけど文化部はどこも低落気味。元気のええ軽音とかダンス部は、もとから部室棟には入ってへんしな。ま、オレらの情報部みたいに元気なのんもあるけど、それはそれで鬱陶しい存在や。ま、それは置いといて、学校は部活の振興には力を尽くしたけどあかんかった。あかんから旧校舎の部室棟そのものを撤去する。そういうシナリオができてると思うで」

「そんな深慮遠謀があるのんか?」

「部室棟は維持費だけでも年間数百万円かかってる。まあ雰囲気の有る建物やけど、いつまでも雰囲気だけでは残されへんさかいなあ」

「せやけどなぁ、一寸の虫にも五分の魂や、オレかて、一発やったろかいう気持ちはあるねんぞ!」

 啓介は腕をまくって力こぶを作って見せた。

「おお、啓介て案外マッチョやねんなあ!」

 セーヤンは素直に驚いた。

 いつものグータラな様子からはあり得ない体格だからだ。

 ブン

 その驚きが恥ずかしく、啓介は封印していた投球動作をしてしまった。

「なんや、啓介ほんまもんのピッチャーみたいやんけ」

「あ、ジェスチャージェスチャー、オレって演劇部だからよ!」


 見上げた夕焼けは、あの時のそれに似ていた……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)007・ああ演劇部!!・2

2024-04-21 07:15:13 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
007・ああ演劇部!!・2                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




「あらぁ、懐かしいわねぇ(´∀`*)♪」


 車いすを押す姉の声が弾んだ。

 あめんぼ赤いな アイウエオ 浮藻に小エビも泳いでる……

 中庭の植え込みの向こうから発声練習の声が聞こえてくるのだ。

 入部を決めていた千歳も驚いた。
 
 なんせ演劇部は部員が一人しかいない。

 だから生徒会から連休明けの5月13日までに部員が5人以上にならなければ同好会に格下げの上に部室を明け渡さなければならなくなっている。
 そんな演劇部が発声練習などやっているわけがない。それも10人ほどがよく通る声でやっている。


 ……ありえない。


「ね、ちょっと見にいこうよ」

 留美は千歳の返事も聞かないで車いすの進路を変更した。

「すごいねぇ、高校の演劇部とは思えないわぁ……声量もあるし、声もきれいだし……」

 車いすは藤棚のところまでしか行けなかった。スロープはあるが夏に咲く花を守るための柵が張り出して、車いすでは、それから先には行けないのだ。

 歩いてなら行けそうだけど、他に生徒はいなかった。演劇部への関心は、かなり低いようだ。

「上手…………なんだけど、なんで、あんなとこでやってるんだろう?」

 留美は不思議に思った。

 演劇部は、使われなくなった浄化槽の上で発声練習をやっていた。南館の北側で日当たりが悪い。

 発声練習は2分ほどで終わってしまい、ジャージ姿の部員たちは変電室の陰に消えて行った。

「集中してたわねぇ、だれもあたしたちに気づかなかったわ」

 留美は感心したが、千歳は――あれ?――と思った。演劇部は一人しかいない、それがなんで? それに……なにかか変だ?

 しかし、その疑問が解消する前に演劇部は引き上げて行った。


「おねえちゃんも演劇部だったんだよ」


 駐車場に向かいながら留美は続けた。

「え、それ初耳!」

「3か月で辞めちゃったからねぇ」

 残念とも仕方が無かったとでも取れるニュアンスだ。地雷を踏みそうな予感がしたので、千歳は黙った。

「えー、車買い換えたの!?」

 黙っていたぶん驚きの声が大きくなってしまった。

「リースよ、ウェルキャブって言うの。先輩がT自動車だから、実用試験兼て使わせてもらうのよ」

 カチャ

 留美が小さなリモコンを押すと、自動的に助手席のドアが開いた。

 ウィ~~ン

 この程度では驚かないが、続いて助手席がせり出してきたのにはたまげた。

 せり出した助手席は90度回ってから車いすと同じ高さになった。

「どう、自分で移れる?」

 車いすは助手席の横に並べられた。

「あ、うん、やってみる……ヨイショっと」

 千歳は腕の力を使って助手席に移った。

「やっぱ、元バレー部だから楽勝みたいね」

「関係ないよ、普通の体力があれば楽勝みたいよ」

「そう、じゃ、載せるよ」

 ウィーンと小さな音がして助手席は正規の位置に収まった。


「すごいですね、見せてもらっていいですか」


 いつの間にか先生や事務職の人たちが集まってきて、見学を申し入れてきた。

「え、あ、ああどうぞ」

 中には千歳の学年である一年生の学年主任も混ざっている。

「車いすは、どうするんですか?」

「ええ、格納します。こちらです」

 留美は空の車いすを押しながらオーディエンスを車のハッチバックに案内した。

「小型のクレーンが付いていて、これで吊り上げるんです……」

 グィ~~ン

「「「「「おーーー!」」」」」

 オーディエンスたちは感心して写真を撮ったり、車内を覗き込んだり「すみません、もう一回乗るところ見せてもらえませんか」と言って、千歳に3度も乗り込みをやらせた。

 パチパチパチパチパチパチ(^▽^)

 そして、最後には拍手して発車するウェルキャブを見送った。


「さすがバリアフリーのモデル校ね、先生たち熱心に見てたわね」

「どうだか……」

「どうして?」

「設備とか車は見るのにね、障がい者のあたしのことは……」

「ふふ、そんな風に見てるんだ」

 車はゆっくりと校門を出て行った。4月も末の夕方は、まだまだ日が高かった。
 


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)006・ああ演劇部!!・1

2024-04-20 06:50:34 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

006・ああ演劇部!!・1                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 なんと掲示板に貼り出されていた。


 以下のクラブは部員数を5月12日までに規定の5人以上にならない場合同好会に編入する。

 演劇部 新聞部 社会問題研究部 上方文化研究部 園芸部 薙刀部 ワンダーフォーゲル部

 生徒会規約により、同好会に編入された場合、予算の執行を停止し部室を明け渡すものとする。

              空堀高校生徒会(担当 副会長:瀬戸内美晴)


「ハ~~~~(´Д`) 」

 演劇部部長の小山内啓介は、盛大にため息をついた。

 このため息が図書室にいた沢村千歳とシンクロしたのだが、この物語における自分の役割を認識していない二人に自覚は無い。

「そら大変やなあ……」

 セーヤンは頭の後ろで手を組み、脚を突っ張って椅子をギシギシ言わせながらのけ反った。セーヤンが気乗りしない時の癖である。

「名前貸してくれるだけでええねん、頼むわ」

 啓介は、のけ反ったセーやんの顔を覗き込むようにして食い下がった。

「ちょっと、ツバかかるやんけ!」

「ああ、すまんすまん」

 啓介はハンカチを出してセーヤンの顔を拭く。

「ちょっと、止めてくれ。男のハンカチで顔拭かれたない!」

「すまん、そやからさあ……」

「ケースケ、ちょっとミットモナイわよ」


 訛のある標準語が降ってきた。振り向くとミリーが腕組みして立っている。


「え……」

「ケースケの演劇部って部室が欲しいだけでしょ。たった一人で広い部屋独占して、演劇なんてちっともしてないじゃん。生徒会が言うことのほうが正しいよ。みんな知ってるから、誘いにのらないんだよ。ケースケ見ていると日本男子の値打ちが下がるぞ」

 ブロンドの留学生は手厳しい。

「俺は目覚めたんや! これからは伝統ある空堀演劇部の灯を守るために精進するんや!」

「ショージン?」

 むつかしい日本語は分からないミリー。

「えと、Do my best!や!」

「ケースケ、窓から飛んでみるといいよ」

 ガラガラガラ!

 ミリーは傍の窓を目いっぱいに開いた。

「飛べるわけないやろ」

「ケースケ軽いから飛んでいくと思うよ」

「グヌヌヌ……」

 ククク(* ´艸`) ムフフフ(〃艸〃) プププ(*`艸´) ブフフ( ´艸`)

 休み時間の教室に堪えきれない失笑が湧いた。

「ミリーも辛らつやなあ……啓介も突然部室の明け渡し言われてトチ狂とんねんで。まあ、これが刺激になって部活に励みよるかもしれへんやろ」

「トラヤン、おまえこそ心の友や! やっぱり演劇部入るべきや!」

「それとこれは違う。お手軽な身内から声かけるんと違て、せめて中庭とかで基礎練習してアピールしてみろよ」

「え、あの意味不明な『あめんぼ赤いなアイウエオ』とかお腹ペコペコの腹式呼吸とかか?」

「そや、そういう地道な努力こそ大事やと思うで」

「そうだね『隗より始めよ』だね」

「なにそれ、ミリー?」

「ことを始めるには、つべこべ言わないで自分からやってみろって、中国の格言だよ」

「……ミリーの日本語の知識は偏りがあるなあ」

「なに言ってんの、古文で習ったでしょ?」

「え、習ろた?」

 墓穴を掘りっぱなしの啓介であった。


 いいかもしれないなあ――掲示板を見て千歳は思った。


 学校を辞めるにしろ、なにか口実が欲しかった。

 入学して一カ月余りで辞めるには、致し方なかったという理由が欲しかった。それはもう仕方がない、千歳はよくやったという状況で辞めるのがいい。

 演劇部が、それにうってつけだと千歳は思った。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 005・大きなため息が重なった

2024-04-19 06:53:12 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

005・大きなため息が重なった                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 目的があったわけではない。


 本さえ広げていれば格好がつく。

 図書室というのはシェルターだ。

 でもシェルターというのは一時避難するところで住みつくところではない。

 だのに千歳は放課後になると図書室に来てしまい、姉が迎えに来るまでの90分ほどを過ごすことが日課になってきている。

 いっそ辞めてしまおうかとも思い始めている。

 空堀高校を選んだのは、完全バリアフリーということと姉が惣堀高校の近所に住んでいるという2つの理由からだ。

 横浜からわざわざ来るほどの理由じゃない。

 千歳は両親から逃げたかった。逃げるために大阪の高校を選んだのだ。

 父も母も千歳の足が動かなくなったのは自分たちのせいだと思っている。口に出すことこそ少なってきたが、どうしても態度に出てしまう。

 近所のコンビニに行くときでも「どこへ?」と声がかかる。明るく言ってくれるのだが、声の裏に過剰な気遣いを感じてしまう。

「コンビニ、直ぐ帰って来るから」

 そう返事すると「あ、そう」と返ってくる。「あ、そう」なんだけれど、大丈夫なんだろうか? 無理してがんばってるんじゃないだろうか? がんばらせているのは自分たちのせいだ、というような思いが潜んでいるのでやりきれない。

 ちょっと夕方にかかったり雨とかが降っていると、こっそりと着いてくる。千歳の車いすにはミラーとドライブレコーダーが付いているので着いてこられると直ぐに分かる。父も母も、自分が電柱の幅よりも太いということが分かっていない。

 だから高校進学をきっかけに横浜の家を出た。

「熱心に読んでるわね……」

 振り返ると国語の八重桜が笑みをたたえて立っていた。

「アハハ、開いているだけです」

 正直に言うが謙遜に取られてしまう。

「いやいや、これでも国語の先生やから、読んでる読んでないはすぐに分かるわよ。沢村さん、太宰を系統だって読んでるでしょ」

「あ……それはですね……(;'∀')」

 千歳は――しまった!――と思った。

 もともと読書家なので、本を前に置くと自然に目は活字を追いかけてしまう。実際は追いかけているだけで読んではいない。太宰を選んだのも、中学の時に代表作は読んでいたので、ぼんやり書架に手を伸ばすと太宰になっただけである。

「いっそ文芸部に入れへん?」

「え(゚д゚)?」

「読書仲間がいてる方が張り合いがあるわよ」

「あ、えとえとぉ……」

 とっさに上手い断り方が出てこなくて、ワタワタする。

「ま、考えといて。その気になったら、授業の終わりにでも声かけてくれたらええからね~♪」

 半ば千歳をゲットしたような気になり、お尻を振りながら八重桜は根城である司書室に戻っていった。

――好きで読んでいるのか、エスケープのためか分からないのかなあ――

 学校を辞めたい気持ちはつのってくるが、辞め方が分からない。

 辞めるにしても、致し方なかったということにしたいのだ。これ以上の心配をかけたくないし、自分が新しい環境に馴染めず負けて帰るというイメージにはしたくなかった。

「「ハ~~~~」」

 大きなため息が重なった。

 これがアニメだったら、惣堀高校の上に大きな書き文字で現れるところなのだが、図書室と演劇部の部室に別れているので、ため息の主たちは気づかないのであった……。 



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        真中くらら
  • 先生たち        姫ちゃん(現社) 村上(千歳の担任) 隅田(世界史) 八重桜(国語)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 004・がんばり系リア充認定の千歳

2024-04-18 07:10:10 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

004・がんばり系リア充認定の千歳                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 惣堀高校は、見かけの割に充実したバリアフリーである。


 各フロアーごとに身障者用のトイレが完備、校内のドアの半分は車いすでの通行が可能で、そのいくつかには点字以外に音声案内まで付いている。エレベーターも早くから導入され、去年からは新型への更新も始まって、今では、バリアフリーのモデル校指定を受けるほどになっている。

 この充実ぶりには訳がある。

 大正の末にできた空堀高校は、第一次大戦の好景気や教育熱心な時代の空気を受け、敷地は広く校舎も間隔をあけて建ててあり、増改築が容易であった。
 それで全く新規に学校を建てるよりも、一ケタ少ない予算でほぼ完全なバリアフリーができるのである。慢性的に財政難な大阪府にはうってつけな実験校であったのだ。

 沢村千歳は、そんな情報をもとに空堀高校に入学した。

「なんだかなあ……」

 入学して4週間、すっかり口癖になった「なんだかなあ……」をため息とともに吐き出した。

 車いすの千歳にも申し分のない設備で、先生もクラスメートも親切に接してくれる。

「沢村さん、入る部活とか決まった?」

 今日も担任の村上先生が聞いてくる。

「いろいろ目移りして、なかなかです(^_^;)」

 もう100回目くらいになる答えをリピートした。

「あ、そう。なにか決まればいいわね」

 そう言って、村上先生は職員室に引き上げて行った。


「えと……部活とかもがんばりたいと思います」


 自己紹介で、うっかり言ってしまった。村上先生に指定された1分間の持ち時間を持て余していたからだ。

 その気になればいくらでも喋れたが、ピカピカの同級生たちは反応が薄かった。入学したてで緊張してもいるんだろうけど、これは元からこうなんだろうと思った。

 人への興味が薄く、薄い割には簡単に人をカテゴライズしてしまう。リア充、ツンデレ、ヤンデレ、オタク、モブ子、マジキチ、帰宅部、その他色々……。

 カテゴライズされてしまえば、それ以外の属性ではなかなか見られない。

 千歳は――足が不自由だけど頑張るリア充――とカカテゴライズされてきている。

 車いすという他にも、小柄で整った顔立ち、特に眉毛の頭が上がったところなど、微妙な困り顔。緊張すると潤んだ瞳と相まって――この子は頑張ってる!――応援しなくちゃ!――助けてあげなきゃ!――と人に思わせる。

 ほんとうは部活なんかに興味はなかった。

 最初に担任の村上先生が言った「空堀には20あまりの部活があります。きみたちも、ぜひクラブに入って、高校生活をおう歌してもらいたいものです!」という、ちょっと前のめりなエールというか演説はプレッシャーだ。

 5分ほどの演説の中で数十回繰り返された「部活」「がんばる」という言葉が刷り込まれ、残り15秒を持て余し、先生のウンウンと笑顔で頷くプレッシャーに「えと……部活とかもがんばりたいと思います」つい出てきた言葉なのだ。

 リア充と思われると、リア充として振る舞わなければならない。

 そんなシンドクサイことは願い下げだ。

 この二日歩で千歳は、ある決心をした。

 でも、その決心は口に出してしまっては顔に出て悟られそうなので、言わない。

「クラブ見学とか行くんやったら、押していくよ」

 くららが笑顔で寄って来た。なにくれと千歳の世話を焼きたがる真中くらら。悪い子ではないけどリア充としてしか会話が成立しない。

「ありがとう、今日は図書室行くから」

「そうなんや、沢村さんて、どんな本読むんやろなあ? また話聞かせてね。あたしクラブ行ってるさかい」

「うん、またね」

 そうして、千歳はエレベーターに乗って図書室を目指した。


 エレベーターが上昇するにつれて、千歳の決心はさらに強くなっていった……。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        真中くらら
  • 先生たち        姫ちゃん(現社) 村上(千歳の担任) 隅田(世界史)

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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 003・で、わたしは……

2024-04-17 07:19:17 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

003・で、わたしは……                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです





 生徒会副会長瀬戸内美晴は、軽く姿勢を崩すと胸元で腕を組むとブレザーに隠れた胸が強調され、ルパン三世の峰不二子のような押し出しになった。

「分かってると思うけど、クラブとして認定されるためには5人以上の部員が必要なの。5人に満たない場合は同好会に格下げ。同好会は正規の予算も執行されないし、部室を持つこともできない。生徒手帳にも書いてあるわよ」

「あ、でもさ、5人以下のクラブって他にもあるやんかぁ。部室も持ってるし」

「そうよね、だからそういうクラブ全部に申し渡してるの。演劇部が最後」

「で、でもさ、すぐに出ていけ言うのんは、ちょっと横暴なんとちゃうかなあ(^_^;)」

 啓介は負けずと腕を組んでみたが、うっかり左腕を上にしてしまったので調子が狂う。啓介は、いつもなら右腕を上にしている。

「そんな対立的に受け取らないでよ。掛けていいかしら?」

「あ、ああ、どうぞ」

 啓介は、机の向こうの椅子を示した。

「どうも」

 美晴は椅子に手を掛けると、ガラガラと押して、啓介の目の前にやってきて足を組んで座った。

「あ、えと……」

「演劇部は、もう4年も5人を割っているの。それを今まで見逃してきたんだから、寛容だとは思わない?」

「え、あ……オレが聞いたのは初めてやから」

「去年の春にも申し入れてある『部員を5人以上にしてください』って。それで知らないって言うのは、そちらの問題じゃないかしら」

「いや、でも……」

「ほら、これが申し入れをしたって記録。先代部長の中沢さんに伝えてある」

 美晴はタブレットの記録を見せた。

「中沢さんて、去年の5月に転校していったしぃ……」

「そうね、5月31日。申し入れは4月の20日だったから、十分申し次はできると思うんだけど」

「え、記録残してんのん!?」

「あたりまえでしょ。ねえ、惣堀高校って伝統校だから、形骸化した決まりや施設や組織が沢山残ってるの。そういうものを整理して、ほんとうに伸ばさなきゃならないところに力を入れるべきだと思うのよ。学校の施設も予算も限りがあるんだから……でしょ?」

 美晴は微笑みながら啓介の目を見つめた。チラリと八重歯が覗く。

「……フフ、いまわたしのこと可愛いって思ったでしょ」

「え、いや……はい」

 こういうところ、啓介にも美晴にも共通の愛嬌がある。

「うん、可愛い顔したもんね。というのは、まだ余裕があるから」

「余裕?」

「連休明けまで待つわ。生徒会としても伝統ある演劇部を同好会にはしたくないもの。がんばってね。言っとくけど幽霊部員はだめだからね。兼部していても構わないから、日常的に活動する部員を集めてね。部室の明け渡しとかは、その結果を見てということで……」

「あ、ああ」

「じゃ、わたしはこれで」

 美晴はロングの髪をなびかせて立ち上がり、形よく歩いてドアに手を掛けた。

「あの……もし集められなかったら?」

「部室明け渡し。で、わたしは……こういう顔になるの」

 振り返った美晴は八重歯を二本剥き出しにして、般若堂の看板ような顔になっていた……。


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 002・生徒会副会長瀬戸内美晴

2024-04-16 08:02:35 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

002・生徒会副会長瀬戸内美晴                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 大阪府立惣堀高校は今年で創立110年になる。


 北野高校や天王寺高校ほどではないが、ナンバースクールというか伝統校というか、それなりの評判の有る学校ではある。
 
 かつては国公立大に二桁の合格者を出していたが、今は年間に数名関関同立をトップに中堅私学に合格者を出す準進学校というポジションである。

 校舎や設備は昭和どころか大正時代の趣を残し、旧制中学からの敷地は大阪市のど真ん中の割には広々としていて映画やテレビのロケに使われることも多い。

 連ドラで主人公が告白されたコクリの楓。正門から校舎にいたる緩いカーブのマッカーサーの坂。モンローの腰掛け石。太閤下水。校舎自体も吹奏楽やダンス部をテーマにしたドラマやアニメの舞台になった。

 オープンキャンパスの参加者の半分は、そういう校内の名所旧跡が目当てと言われるくらい。

 要するに見てくれの良い学校である。

 その見てくれの良い中でひときわ雰囲気のあるのが、旧校舎を利用した部室棟である。創立以来の二階建て木造校舎は、マシュー・オーエンという米人建築家の設計。大正時代に大阪財界からの寄付で建てられ、下手な鉄筋コンクリートよりもガッチリしている。

 東大阪の長瀬に東洋一の撮影所があったころから撮影にも使われ、昭和が平成になるころまでは現役校舎だったので、昔は鉄筋の本館よりも有名だった。


 その部室棟一階東の外れに演劇部の部室がある。


 小山内啓介は、創立以来の重厚な机の上にお握り2個と冷やし中華を並べて思案している。

「やっぱ冷やし中華がクライマックスか……でも、おにぎりを連続で2個というのんもなあ……中盤に冷やし中華……ラストが弱い……いっそ幕開きにドッカーンと冷やし中華か……ああ、悩ましい!」

 このハムレットぶりで分かるように、啓介はヒマ人なのだ。

 教室まるまる一つ分の部室には啓介一人しかいない。

 たまたま一人なのではなく、この1年間、演劇部員は啓介一人しかいないのだ。

 去年入部したときには先輩が一人いた。それも転校予定で、入部しても早晩一人ぼっちになることは目に見えていた。じっさい二学期には、たった一人の演劇部になってしまった。

 啓介はそれでよかった。

 もともと芝居がやりたくて入った演劇部ではないのだ。

 広い部室を事実上自分の個室にして、快適なキャンパスライフをエンジョイしたいというのが動機である。

「よし、やっぱ冷やし中華はクライマックスや!」

 結論を出すと啓介は冷やし中華を冷蔵庫に仕舞った。もともと昼休みに食べようと思っていたのだが、トラやんとセーやんに誘われて食堂に行ったので、放課後のお楽しみになったのである。まあ、そう決意したので冷蔵庫で冷やしておいた冷やし中華は、コンビニで買った時と同じくらいに冷えて食べごろになっていた。

 それは2個目のシャケお握りを食べ終わり、冷蔵庫を開けて冷やし中華でフィナーレにしようと思った時に現れた。

 コンコン

「ああ、開いてんで~」

 トラやんかセーやんかと思い、気楽に答えると、意外な人物が入って来た。

「演劇部部長の小山内くんやね?」

 宝塚の男役のようにキリリと現れたのは、生徒会副会長の瀬戸内美晴であった。

「あ……瀬戸内さん……なんの用やろか?」

 啓介は美晴が苦手である。

 たいていの女子は緩めているリボンを第一ボタンが隠れるほどにキッチリ締め。溢れるオーラはエルフの魔法使いの師匠のごとくで、のんびりした空堀高校では異質な押し出しがあり、関わると自分の本質的な弱点をえぐられそう。

 一年の時は同級生だったが、ほとんど口をきいたことも無い。

 で、美晴は開口一番、啓介の心をえぐってしまった。

「演劇部の部室を明け渡してほしいの」

 ウップ!?

 冷やし中華どころではなくなってしまった……。  



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REオフステージ(惣堀高校演劇部) 001・ただ今四時間目

2024-04-15 07:19:57 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)

001・ただ今四時間目                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 世の中で一番だるいものは四時間目の授業だ。


 三時間目まででなけなしの集中力は弛み切っているし、空っぽの胃袋は昼食を欲して何を見ても食べ物をイメージしてしまう。

 小山内啓介は窓側の一番後ろに座っているので、並み居るクラスメートがコンビニの棚に整然と並ぶお握りの列に見えてきてしまう。

 姫ちゃんこと姫田先生が板書の左端に付けたしの注釈を書いたので、啓介の二つ前のミリーが身を乗り出した。

――ああ、冷やし中華食いたいなあ…………――

 啓介は交換留学生のブロンドの髪もコンビニの冷やし中華の黄色い麺に見えてくる。

「4時間目て、お腹空いて眠たくなって、板書のトレースだけになってしまうよねぇ」

 姫ちゃんがチョークを置いて語り始めた。語ると言っても姫ちゃん先生はお説教などはしない。程よく脱線してみんなの脳みそを覚醒させようとするのだ。

「わたしも高校生のころは眠たかったあ……」

 そこから始まって、姫ちゃん先生は自分の高校時代を語り始める。高校の先生というのは妙なプライドがあって出身校の話は、あまりしない。
 しないからこそ効果的だろうと姫ちゃん先生は語る。教師としてツボを心得ているというよりは、いまだに学生気分、いや、高校生の気分が抜けないからだろう。

「北浜高校は校舎を建て替えたばっかりでね……」

――ほう、北浜高校やったんかぁ――

 北浜高校と云えば府立高校でも五本の指に入ろうかという名門校。初めて聞く姫ちゃんの履歴でもあり、姫ちゃんの評価は5ポイントほど上がった。

「食堂がメッチャきれいやねんやんか。きれいになると味もようなるようで、唐マヨ丼がワンランクほどグレードが上がってね」

「唐マヨ丼て、どんなんですか?」

 丼もの大好きなトラやんが聞く。

「丼ご飯の上に唐揚げが載っててね、出汁とマヨネーズがかかってんのん」

「美味そう!」と「キモイ!」の声が等量で起こった。

「ヌハハ、それで、それをテイクアウトのパックにしてもろて中庭とかで食べるのん! キモそうやけど、あたしら三年生には一押しのメニュ-やったなあ! 数量限定やったけど、あたしらの教室は食堂に一番近かったから食いぱぐれはなかった!」

 昼ご飯前に美味しいものの話をするのは反則だ。これは姫ちゃん先生の憎めない人柄だ。お腹の虫の鳴き声に閉口しながらも啓介は思い至った。

 そう言えば、世界史の隅田先生も似たような話をしていた。

「丼ものはパックに入れて食堂の外でも食べられた。府立高校ではうちだけで、ゴミの始末が問題になって一年で廃止になってしもたけどな。ぼくら3年生は嬉しかった」

 ……隅田先生は学校名は言わなかったが、同じ北浜高校だと考えられた。

「ひょっとして、姫田先生……」

「なに、小山内くん?」

 そのとき廊下を歩く隅田先生が目に入った。廊下側のセーヤンも同じことを考えていたようで、開けっ放しの後ろの出入り口から隅田先生に声をかけた。

「……ということは、姫田先生と隅田先生は北浜高校のクラスメートとちゃいますのん!?」

「「え……ええ!!」」

 二人の若い先生は教室と廊下で同時に驚いた。

 姫田先生は現代社会、隅田先生は世界史、共に社会科だから同じ部屋に居る。それも二人そろって去年の春に新任でやってきた。それが今の今まで同級生であることに気づかなかったのだ。惣堀高校二年三組の教室は暖かい笑いに満ちた。


「そやけどなあ……」


 啓介はコンビニの袋をぶら下げながら思った。

――なんや一幕の喜劇を観るようやったけど、同級生やったいうことにも気づかへんいうのは、ちょっとコミニケーション不足なんとちゃうのかなあ――

 惣堀高校は府立高校の中でも老舗で、レベルもそこそこだ。春の海のように波風がたたない。生徒も教師も温泉に浸かった猿のように平和だ。
 イジメや校内暴力とも無縁で穏やか。生徒の自主性を重んじるという伝統の下に、実質は放任されて、少々の無茶やはみ出しは見過ごされる。

――大丈夫なんかい?――

 チラとは思ったが、昼食のため演劇部の部室に入ったとたんに忘れてしまう啓介だった……。


 
 

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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第139話《9個目の招き猫……たぶん》

2024-04-14 08:28:19 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第139話《9個目の招き猫……たぶん》さくら 





 前々から言ってるけど勉強は好きじゃない。


 だから、中間テストも後半だっちゅうのに身が入らない。

 日本史のテストなんか、暗記したこと全部書いたら、見直しもしないでい眠ってしまう。そんで蟻さんとお話しする夢なんか見てしまう。一昨日は、試験の後、家の近所まで帰っていながら公園に寄って、ガキンチョのころから乗り慣れたブランコに腰かけて二時間。アンニュイに身を任せながら、結論も出ないあれこれをもてあそんでいた。

 残っている教科は昨日すませた。ノートやプリント見て、出そうなところをゆっくり読んで、一回ずつ紙に書いておしまい。もう一回やったらプラス5点くらいは取れそうなんだけどやらない。

 ボンヤリ紙に書いていて、引っかかったのは国語。
 
 小説の単元で習った太宰治の『富岳百景』。

 太宰は中学で10個ほど読んだ。読んだ中に『富岳百景』もある。いまさら違う解釈とか読み方されたら、最近ハマってる魔法使いアニメの弟子のようにムスっとしてしまって気分悪いからノートとってもらったプリント残してるだけ。

 漢字の読み、代名詞の「それ」とか「あれ」が何を指すかを斜め読み。
 読書力というか本を読む馬力はあるから、抜粋しか載っていない教科書を5分で読んで、文庫の省略無しのを一回読み直す。

 それからノートの中身を少しだけ力を入れて紙に書く。線を引いたところは、もう一度線を引く。

「富士には月見草がよく似合う」「棒状の素朴さ」「富士はなんの象徴か」「単一表現」とはなにか。プリントの答えを丸のまま頭に入れる。こういうことの答えを全部集めても、『富岳百景』は分からない。

 例えば「富士」というのは「軍国主義・封建主義・当時の文学などの権威」などと書けば正解。だけど、あたしは、これでは収まらない。権威の否定だけで納得できるほど人生は甘くない。太宰だって、そう思っている。それでも掴みきれない自分のいらだちが見えてこない。でも、そんなことを書いたって減点されるだけ。だから考えない。

 軍国主義への反対? 笑わせちゃいけない。太宰は、そこまで考えて書いていない。御坂峠の茶屋の母子に癒される……とんでもない。
 あの茶屋の主人は戦争に行って中国大陸で戦っている。もし、戦争というものの権威に反対するなら、太宰ほどの文才があれば、別の形で書いている。失礼だけど、教えてくれた国語の先生は、こんな事実も見落としたまま授業をしたんだ。あの先生の授業からは太宰の苦悩も、そこから出てくる命がけのユーモアも分からない。

 今日は録画したまま見てなかったロボットアニメを見た。わたしが生まれるずっと前からやってる国民的アニメ。

 なんで中学生が、ここまで苦しんでロボットに乗り込んで、正体不明の敵と戦わなければならないのか? 観ても読み込んでも答えは出てこない。主人公が痛々しい。

 あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、作者も「敵」の意味よく分かってないんじゃないだろうか。分かっていないからこそ、面白いと思っちゃうんだろうな。太宰の「不安」と共通する曖昧さ、漠然さ。それが「青春なんだよ」と言われても、あたしは納得しない。

 納得しなくても最終話まで観てしまう、観させてしまうんだからすごいよね。やっぱりすごいアニメなんだ。


「あ、しまった!」


 お母さんが台所で叫んだ。どうやら生協に注文しておいた食材に、注文のし忘れがあったみたい。

「あたし、行ってくるよ」

 アニメも最後まで観て「思わせぶり」を納得。当然消化不良。で買い物に行く。

 買い物は良い。メモしてもらったものを駅前のスーパーまで買いに行って、帰ってくる。お母さんが感謝してくれる。そして晩ご飯は滞りなく食卓に並ぶ。

 あたしは、こういう単純な問題と、問題解決が好き。

 一度はアイドルとか俳優になる夢を見た。確かに夢なんだろうけど、実際に、そんな人生を途中まで生きていたような気がするけど、あれは長い白昼夢。でなかったらパラレルワールドのわたし。なんかの拍子で、あっちへ行って戻ってきたんだろう。
 もしくは、向こうに戻っていないか。言えることは、どっちも生まれ育った世田谷は豪徳寺で起こったということ。どんな生き方をしようと、生まれ育った豪徳寺から道が伸びていくんだ。やっぱり不器用なんだろうね。

 長い話に付き合ってくださってありがとう、中間テストが終わったら豪徳寺名物の招き猫を買いに行きます。

 めったに行かない豪徳寺駅の向こう側、新しいファンシーショップが出来ているのを発見。そのウィンドウに可愛い招き猫があるのを発見したから。むろんレトロに作られた新製品。ひょっとしたら焼き物でさえなくてプラスチックかもしれない、高校生が、ふと買ってみようかと思うくらいの値段だしね。

 これで、うちの招き猫は8個……9個目、たぶん。

 9個目は机の上に置いて、新しい温故知新が湧いてきたらね、またお目にかかります。


 佐倉 さくら


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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第138話《おとついの蟻さん?》

2024-04-13 06:57:13 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第138話《おとついの蟻さん?》さくら 




 コップに半分の水をどう表現するか?


 もう半分しかない派と、まだ半分有る派に分かれる。

 わたしは「まだ半分有る」派のお気楽人間。

 だから、デフォルトのわたしは夏休みが半分過ぎても、小遣いが半分になっても「まだ半分有る」と、ポジティブに生きている。

 でも、今度の中間テストでは逆だった「もう半分終わった!」と思って、マクサと恵里奈とついカラオケでハジケテしまった。まあ、女子高生の自称『ナントカ派』なんてあてにならないんだろうけど。

 一応は、マクサの家でお勉強という名目だったけど、10分もたつとガールズトークになってしまった。

 昨日の日本史のテストで居眠りして『蟻さんの夢』の話をしたのがよくなかった。マクサも恵里奈もケラケラ笑って勉強にならない。

「ちょっと休憩にカラオケでもいこっか!」

 お気楽が伝染した恵里奈が言いだした。言いだしべえは恵里奈だけど、三人とも同じように気が弛んでいたことは確かだ。けっきょくマクサんち近くのカラオケで5時まで遊んでしまった。夢の中の蟻さんが言ってたシンパシーなんだろうけど、気持ちの発信者はわたしだ。それくらいの自覚はある。


 三人それぞれ家に帰ってから、今日のテスト勉強はしてるので、ノープロブレムっちゃ、それまでなんだ。だけど、めっちゃきつかったし、朝は久々にお母さんに起こされた。

「また、髪の毛乾かさずに寝たでしょ」

 怒られた。

 お母さんはフェルンじゃないから櫛なんかかけてくれないし、久々にヘアピンをXの形につけて学校に行く。電車の窓に映った顔はショボショボでエルフの魔法使いそっくり。でも、魔法なんて使えないし奇跡も起こらなくてみっともないだけ。

 ダスゲマイネ

 久々に呪いの言葉まで浮かんで気持ちは完全にブルーだ。

 高校二年にもなろうかと言うのに、わたしは一年先の自分も見えていない。で、マクサや恵里奈のようにクラブとかにどっぷり浸かって高校生活をエンジョイしきっているわけでもない。その時その時の面白いことに引きずられ騒いでいるだけだ。

 お姉ちゃんは大学に行きながら出版社でバイト。近頃ではバイト以上の能力を発揮して記事のネタを拾っている。こないだの兵隊さんの髑髏ものがたりが大ヒット。むろん編集責任は本業の編集者になっているけど、中身はお姉ちゃんが集めてきたものだ。

 お姉ちゃんは、確実に自分の道を探り当てつつある。

 そうニイは、海上自衛隊の幹部で、全身生き甲斐のカタマリ。たまに帰ってくると、妹としてはとても眩しい。そうニイには、相変わらず無邪気でわがままな妹一般で通している。兄貴は「相変わらずのガキンチョ」だと思ってるだろう。

『ゴンドラの唄』が少しブレイクしかけた。SNSのアクセスも沢山あって、スカウトなんかも少し来た。

 でも、あれはひい祖母ちゃんが歌っているのといっしょ。けしてわたしの力なんかじゃない。それはわたしとひい祖母ちゃんだけの秘密なんだけど、お姉ちゃんは知ってか知らでか、わたしが、流れのままにそっちにいく道を閉ざしてくれている。

 本当は、今日の午後はラジオ出演が決まっていたんだけど、お姉ちゃんがNGにしてくれた。

 テストは赤点じゃないだろうけど散々だった。親友二人もさすがに直帰。

 帰りの電車に乗ろうとパスを出すと、カバンに着けた招き猫の金具が指に当って血が出てくるし。

 家の近所まで帰りながら、わたしは近所の公園のブランコに揺られている。子供のころから乗り付けたブランコ。わたしは、いつまでこうしているんだろう……。

 足許を蟻さんが歩いている。じっと見つめていると、ふいに蟻さんが顔挙げてわたしを見たような気がした。

 おとついの蟻さん? まさかね(^_^;)。



☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
 
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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第137話《さくらの中間テスト》

2024-04-12 06:51:53 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第137話《さくらの中間テスト》さくら 




 朝からやってもちゅうかん(昼間)テスト……なんて親父ギャグが出てくる。

 フゥワ~~( ´⚰︎` ) 

 あくびを噛み殺す……要は退屈なんだ。

 今は二限目の日本史。日本史って暗記科目。だから暗記したことをみんな書いたら、あとは退屈なだけ。

 終わりのベルがなるまで、あと15分……ちょっと長い。

 あ……気が付いたら答案用紙の端っこに招き猫の落書きをしている。

 〇と△を組み合わせた保育所の頃からの定番。

 日本史の先生は、こういうの嫌がるから消しておく。

 消したあと、息を吹きかけて消しゴムのカスを飛ばす。

 おやぁ……?

 気づくと机の上に蟻が歩いている……消しゴムのカスに出会って、触角で何ものなのか確かめている。

「バカね、それは消しゴムのカス。食べ物じゃないわよ」

 教えてやると、まるで、それが聞こえたみたいに蟻が触角を停めてこちらを向いた。

「そんなこと分かってるわよ」

 蟻が口をきいた。

「え?」とは思ったけど、さほどには驚かない。あたしはひい祖母ちゃんの霊とだって話ができる。

「んじゃ、どうして、そんなカスに興味があるわけ?」

「考えてるのよ、なんの役に立つか」

「蟻さんが考える?」

「バカにしちゃいけない、蟻だって考えるわ。人間とは考え方が違うけど」

「どう違うの?」

 蟻さんは、直射日光が苦手なようで、机の日陰になっている方に移動した。

「蟻はね、情報を共有して、何万匹って蟻が一斉に考えてるの。それぞれ何万分の一かの脳みそ使ってね」

「なんだか、あなたって話し方が女っぽいけど、女の子?」

「そんなことも知らないの? 蟻はみんな女の子よ」

「へえ、女の子ばっかでたいへんなんだ。そうだ、昔から不思議だったんだけど『アリとキリギリス』の結論て二つあるじゃん。どっちが正しいの?」

「ああ、最後に蟻がキリギリスを助けるか見捨てるかね?」

「そうそう。保育所のころは、助けるって聞いたんだけど、お父さんの図書館で調べたら、蟻はキリギリスを見捨てるの。どっち?」

「両方とも不正解よ」

「両方とも!?」


 あやうく大きな声になるところだった。


「蟻とキリギリスはコミニケーションなんかとらないの。死んだキリギリスは解体して食糧にするだけ」

「へえ、そうなんだ……」

「ちなみに、元のイソップ童話は見捨てることになってるけど、あれは寓話だからね。それと人間だって蟻が持ってる能力が少し残ってるのよ」

「ほんと?」

「サッカーとか野球とかバレーボールとかの団体競技、なんか全員で一つみたいになることあるじゃない。あれって、蟻同士のシンパシーといっしょね」

「ああ……なるほどね」

「さくら、あなた答え間違ってるわよ」

「え、どこ?」

「硫黄島の読みは『いおうとう』太平洋戦争は『大東亜戦争』が正しいの」

「え、だって、こう習ったよ」

「教えてる方が間違えてるの。注釈付けて書き直す。ほらほら!」

「でも、だって……」

 意志が弱いので書き直すけど、口ごたえしてしまう。

「その読み方と、呼び方は戦後アメリカが日本に強制した呼び方。日本人なら正しい表現をしましょう」

「蟻さんが、どうして、そんな昔のことまで知ってるの?」

「言ったじゃない、蟻は情報を共有してるって。共有って横だけじゃなくて縦にもね……」

「縦って……むかしむかしのこととか?」

「そう、さくらだってひい祖母ちゃんとお話しできるじゃん。それの、もっとすごいの。さあ、もう時間ないわよ急いで急いで!」

 あたしは急いで書き直した。最後の(。)を打ったところで鐘が鳴った。

 鐘が鳴ったら目が覚めた。答案は……ちゃんと書き直してある。消しゴムのカスもきれいに無くなっていた。

 カスにも使い道はあるらしい。



☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
 
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