大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・TSUREDUREエッセー AKB48青い山脈

2012-01-24 11:45:57 | エッセー
高校ライトノベル・TSUREDUREエッセー AKB48青い山脈

 え、AKB48が青い山脈!?
 パソコンを打つ仕事は、連続では3時間が限度。
 限度を超えると小休止にYOU TYUBを見たりする。へんなオジサンと思われるかも知れないけど、AKBをよく見る……と、いうか、聞いている。
 ファンというほどではない。
 AKBの子たちの、パフォーマンスをボンヤリ聞いていると……(節穴のような目なので、観ている。と、自信を持って言えない。名前と顔が一致するのは、五人ほどしかいない)なんだか、頭に溜まった、原稿のボツになった余計なアレコレが吹き飛ばされて、頭をリセットできる。
 好きな曲には偏りがある。偏りと言っても脈絡はない。
 「ヘビロテ」が一番いい。「ビギナー」「フライングゲット」などは、いささか苦手。「桜の栞」は、もう百回は聞いただろうか。「最後の制服」も、まあまあ。「会いたかった」は、なぜか「ああ、言いたかった」という言葉を連想してしまい。2/3を過ぎてしまった人生で「言うといたらよかった!」という後悔がフトコロから顔を出す。では、寡黙な人間かというと、余計なことを言ってヒンシュクをかったりもする。「スカートひらり」の一節のように「一瞬の出来事が未来に悔いを残す♪」ことが山ほどある半生であった。
 今死ぬとしたら、つかこうへいさんのように「恥多き人生でした」になる。

 そんな、ある日、いつものようにYOU TYUBを開いていると「希望山脈」というのが出てきた。 
 生きていくことは山を越えること。次から次へと山は続く、チャッチャラチャチャチャ……♪と、まことに調子がいい。
 プロモは、歌声喫茶で〈渡り廊下走り隊〉のメンバーが、髪は黒髪、白手袋はめて70年代のコスで唄っている。歌声喫茶は昭和30年代のもので、いささかコスは合わないのだけども、歌の雰囲気は、まさしく歌声喫茶のパロディー、あるいはオマージュ。
 「希望山脈」というタイトルと、歌声喫茶のプロモで、これが、おそらく「青い山脈」の本歌取りなのだろうと思った。
 検索すると……ほんとうに彼女たちが「青い山脈」を唄っているコンテンツに出くわした!
 
 いつも、動きの激しいAKBの子たちが、軽くリズムをとるだけで、軽々と唄っている。まさにチャッチャラチャチャチャ……であった。
 「青い山脈」というのは、石坂洋次郎の原作で、西條八十作詞、服部良一作曲で1949(昭和24)映画化、その後、初演を合わせて五回も映画化された日本の青春映画の代表作である。55歳以上の人なら、四番までは無理でも、一番だけなら軽やかに唄える国民歌謡である。
 平成生まれの孫が、オバアチャンの若かりし頃の服を着て、文化祭で楽しくやってみました。というノリで「希望山脈」と合わせて、わたしのフェバライトソングの一つになった。
 
 ただ、少し違和感。
 「青い山脈♪」のフレーズが少し違う。昔のそれを聞くと「ああおい山脈」であるが、彼女たちは「あ~おい山脈」と唄っている。
 わたしは、この「青い」にこだわる。昔の「ああおい」は「嗚呼おい」のニュアンスがわたしにはある。「嗚呼」とは、漢字で書いた感嘆詞「ああ!」で、わざわざエクスクラメーションを打たずとも、漢字二文字の中に「!」が含まれている。それが「あ~おい」では出てこない。
 なんともお気軽に感じてしまう。おことわりしておくが、別に非難しているわけではない。「嗚呼ちがうんだ!」という、わたしの文化的、時代的な驚きなのである。
 「青い山脈」の歌は四番まである。彼女たちのそれには三番が抜けている。
「雨に濡れてる焼け跡の、名もない花も振り仰ぐ……」が、無い。
 終戦直後といってもいい昭和24年には、戦災の焼け跡がまだ、あちこちに残っていた。西條八十という作詞家は、石坂洋次郎の原作から、「青い山脈」は、単なる青春賛歌ではなく、日本の復興をトビッキリ健康的な楽観で書き上げたのであろう。
 事実、作曲の服部良一は、この曲想を電車の中で北摂の山を見て思いつき、手帳に五線譜で書いては、闇屋が計算していると思われるので、ハーモニカのポジションのナンバーで書いたものだそうである。ただ、最近の日本の状況を見ると、この三番も入っていた方がいいと思った。

 わたしの「青い山脈」
 わたしたち大阪の人間には、山脈と言えば主に生駒山脈、せいぜい北摂の六甲山脈である。
 生駒山脈は、専門的には傾動地塊といい、東側が隆起した逆断層……ちとムツカシイ、要は、奈良と大阪の地面がガチンコして奈良側が持ち上がってできた地べたの壁である、定高性が著しい……カンタンに言うと、ダラダラした山並みで、わが古里の山ながら、山としての尊厳を素直には感じない。大人になって、富士山や津軽の岩木山のような山を見て「こんな山を見て育ったら、人格まで変わるやろなあ」と思った。
「いっそ、生駒山削って大阪湾埋め立てたら、土地は増えるし、夏の蒸し暑さも解消やで」
 そう言った、業界関係の方もいらっしゃったぐらいである。

 しかし、ダラダラしていても、オラが里の山である。大阪の半分以上の学校の校歌には生駒山が唄いこまれている。
「生駒の山を遠く見て、天地悠久思うとき、自ずからなる大志湧き~♪」
 わが母校の校歌にも載っている。
 子どものころ、わたしの住まいと生駒山は10キロほどあり、間の空気のせいで、ほんとうに青い山脈に見えた。
 小学四年のころ、友だちと連れだって、自転車で生駒山まで行ったことがある。むろん小四のガキンチョに頂上までは無理で、石切のあたり(標高100メートルちょっと)で挫折。見渡してみると……あちらこちらにゴミの不法投棄された、荒れた山というか、斜めになった林の連続であった。ただ、振り返ったときに息を呑んだ。大阪平野が一望のもとにあった。
 あのころは、まだ関空が無く、全国で一番狭い自治体であった。それでも、大阪しか知らないガキンチョには広大に見えた。東大阪市というのが、まだ無く。布施、平岡、河内の三市に別れていて、その他の街も間に田畑があって、どのあたりが何市か見当がついた。
 その、街々の真ん中にひときわ大きく広がっていたのが、わが大阪市であった。街の広がりの中央かすかに大阪城の天守閣。少し南に通天閣。で、その背後の臨海地区には無数の煙突が煙りを吐き出し、送電線は生駒山を跨ぎ、巨人のような送電鉄塔に中継されて大阪市に向かっていた。大阪市の最東北に住んでいたのだが、大阪市を、子供心にも頼もしく思ったものである。

 大人になり、28歳で、遅い就職をした。いちおう府立高校の教師であった。赴任校は八尾市にあるS高校。近鉄電車で行くのであるが、S高校は生駒山の麓にあり、最寄りの駅に行く運転席から見える景色は、まるで電車ごと生駒山に飲み込まれてしまいそうなほど山に直角に進んだ。
 それ以前に3年間講師をやっていたので、赴任校の予備知識は、専任の先生たちから聞いて、かなりもっていた。
「八尾市立から、大阪府に移管した学校で、生徒の評定は5ちょっと。教師の仲はええで」
 ちょっと説明がいる。
 移管した学校というのは新設同様で、あちこちの学校から教師が集まった寄り合い所帯で、学校の運営にあたっては、教師間で、かなり方針の違いがあり、問題がある。当然、生徒への指導方針に一貫性がないことが予想され、結果、生徒たちは、いささか教師不審に陥っている。
 簡単に言えば困難校。それも、生徒の評定は5、つまり、成績的には中間に位置している。ただのヤンチャではなく、理屈のついたヤンチャと見た。
 教師の仲がいいというのは、当時の業界用語では、組合の組織率が高く……ノンポリのわたしには、教師同士のおつきあいがムツカシイ学校と読めた。
 
 予想は当たった。
「まあ、大橋先生。ここで勤まったら、大阪のどこの学校でも勤まりまっせ」
 校長先生の最初のお言葉であった。校長先生は、こうもおっしゃった。
「ま、3年の辛抱ですなあ……」
 ウブなわたしは、3年たてば転勤させてもらえると思った……3年で、校長は無事に退職された。
 以来、主語不明な言葉には気を付けることにしている。
 最初の授業で、男子生徒にラジカセを鳴らされ、注意すると胸ぐらをつかまれた。予想はしていたのでネクタイはしていかなかった。
「なんやねん!」
「なんやねん!」
 互いに言い合った。大阪の人間は、この「なんやねん!」を三回言うと手がでてしまう。いっそ、一発手を出させて対教師暴力でひっぱってやろうかと思った。
 しかし生徒の方が一枚上手であった。横に座っていたスケバン風の子が立ち上がった。
「まあ、最初やねんから、仲ようせんと」
 生徒から試されたのである。このセン(先生を、もっともつづめた言い方)どこまできよるやろか……と、瀬踏みされた。
 受け持ちのクラスのほとんどで、これをやられた。
 窓からは、窓枠イッパイの青い山脈のドアップ。
 けっきょく、この青い山脈との付き合いは12年の長きにわたった。

 しかし、人間万事塞翁が馬か丙午(ひのえうま)12年目に、同僚の先生から、今のカミサンを紹介された。
 カミサンの評価は差し障りがあるので割愛。

 わたしは、この青い山脈と別れることが宿願であった。
 しかし、カミサンと所帯をもつとき、条件がぶつかった。
「多少遠くても、のんびり出来る戸建てがいい」
 そういうわたしに、カミサンは異を唱えた。
「マンションでもかめへん、大阪の都心に近いとこがええ」
 で、妥協の産物として、今の住まいにいる。
 
 S高校の南南西1.5キロ。青い山脈の真ん前である。
 
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高校演劇・夢系クラブ I WISH I WEREの演劇部

2012-01-20 09:34:27 | エッセー
高校演劇・夢系クラブ I WISH I WEREの演劇部

 学校の部活には、吹奏楽、軽音、放送部などの文化系。野球部、そして、バレー部、サッカー部などの体育会系があります。
 これらの部活は、上手くなりたい、強くなりたいのクラブです。
 英語では、I WILL・I SHALLになるでしょうか。主体は自分であり、上手くなったり、強くなったりしても自分は自分です。

 演劇部は、少し違います。
 英語では、I WISH I WERE になります。「成り得ないけど、成りたい」という気持ちを表現する言葉ですね。
 I WISH I WERE A BIRD!……わたしは鳥になりたい!
 現実に成り得ない希望を示しています。人は鳥にはなれません。

 その、成り得ないものに成ってしまうのが演劇です。いわば夢を現実にすることです。
 事実劇団四季の芝居などでは、人間が猫になったり馬になったり、ライオンに成ったりしています。
 むろん人に成ることがほとんどですが。時に赤ちゃんに、女の子が男に。日本人なのにイタリア人のジュリエットになったり、アメリカ人のドロシーになったり。こんな芸術は広い意味で演劇しかありません。
 そして、それを部活にしているのが演劇部なんです(^0~)!
夢を実現してしまう唯一の芸術を学校でやっているのが演劇部なのです。

 演劇部は夢系のクラブ活動なのです。

「生徒が、授業を聞いてくれない」
 そう、悩んでいる先生いませんか? 
「先生の授業、つまらな~い」
 そうぼやいている生徒諸君いませんか?

 日本の先生は、一般的に授業が下手です。より正確に言えば、人にモノを伝えることが苦手です。苦手であることさえ解らずに、怒鳴っています。
「こら、話し聞かんか!」
「いつまで、しゃべっとるんや!」
「集中しろ!」
 こんな風に言ったことのない先生はまずいません。
 言われたことのない生徒もいません。
 多くの場合、先生がヘタクソです。
 日本の大学では、教員養成課程で「話す」「伝える」技術を教えません。
 欧米の教員養成課程の中には、プレゼンテーション、ディベートの課程があります。一部の大学では演劇を教職課程に取り入れています。

 演劇とは、人の心を見つめて、再現する芸術です。いまの子たちは、一頃ほど学校ではあばれません。ケンカもあまりやりません。
 一見いい子になったようですが、大きなマイナスがあります。自分を表現しません。人の心を推し量ることも苦手です。コミュニケーション能力が高くありません。

 夢を見るのがヘタクソです。これ、わたしが30年、現場の教師をやってきた最大の感想です。

 演劇を始めたばかりの子には、いろんなことを教えますが、その一つが、これです。
「笑ってごらん」
 声に出せなくてもいいんです。笑顔だけでもいいんです。たいてい痛い虫歯を堪えているような顔になります。
 顔には笑筋という筋肉がありますが、日本人の多くが、この筋肉を使いこなせていません。
 わたしが、時々顔を出す学校はオーストラリアの高校と姉妹校で、何年かおきに交換留学生を送り合っています。廊下に、その時の記念写真がはりだされています。
 オーストラリアの子たちは、とびきりの笑顔です。日本の生徒クンたちは、ムッツリ、せいぜいテレテレの顔です。
「ウィンクしてごらん」
 と、言います。十人中九人はできません。なんだか目にゴミが入ったようにギュっとなってしまいます。片目をつぶることさえできない子も、かなりいます。

 身体表現から始まって、役を理解し、表現する。そのプロセスで、人は、自分や人の心を表情や、言葉、話し方で理解できるようになります。
 言い方を変えれば、空気が読める子、さらに空気を作れる子になります。ちょっと上から目線のような言い方ですが、先生もいっしょにやってみませんか。
「うるさい、教科書開いて、前向け!」
 と、いうようなことを、あまり言わなくてすむようになると思います。

 どうです、夢系の演劇部やってみませんか。


 
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高校ライトノベル・高校演劇事始め『また逢う日まで』

2012-01-17 13:35:26 | エッセー
高校ライトノベル・高校演劇事始め『また逢う日まで』

「こう暑いと、屁も出えへんわ……」
 ツルハシを持ち上げた手を下ろし、まるで、そのバランスをとるために上げたような尻を、お天道様に向けて、勇夫はつぶやいた。
「屁も出んようじゃ、B29も落とされへんわな」
 ゲンヤンが、首の汗をぬぐいながら賛同し、シャベルを、盛り土につきさした。
「シャベル放り出して、しゃべる奴があるか!」
 頭の上から、下手な洒落がが降ってきた。
 
 鐘突き堂……といっても、鐘そのものは春に金属供出させられて、鐘無しのしまりのないそこから、代用教員であり、この寺の住職でもある長田先生が作業を監督している。
「センセ、シャベルっちゅうのは敵性言語ですよ」
 土運びの動員にきていた、女学校一年の麻里子が言った。
「そやから、洒落で、叩きのめしたやないか」
「アハハ……」
 防空壕掘りにかり出された、二十人の生徒たちが一斉に笑い出した。
 今で言うオヤジギャグにでも笑っていなければ、腰くだけになってしまいそうに八方ふさがりで、栄養失調な中学一年生や女学生たちであった。
「昼にはラジオで重大放送があるさかいに、それまでにアラアラにでも掘りあげなあかんで」
 長田先生は、南の空を見上げた。
「今日は、グラマンも来いしませんね……」
 クラスで一番目が良く、予科練志望の駿夫が先生の気持ちを代弁した。
「……なにか重大な攻撃の前触れやろか」
「さあ、ボサッとしてんと掘らんか!」
 長田先生は、見透かされた不安を打ち払うように檄を飛ばした。生徒達も、山に松根油を掘りに行かされた班よりもマシと精を出した。

 昼前に村人達が、寺の本堂に集まって、ラジオの前でかしこまり始めた。生徒たちは入りきれないので、本堂の縁側で正座した。
 
 重大放送が流れたあとは、ひとしきりの蝉時雨しか聞こえなかった。

「……日本は負けてしもた」

 長田先生が虚脱したようにつぶやいた。
 勇夫たちは、鐘突き堂の防空壕に目をやった。
 その穴だけの防空壕は、そのまま勇夫たちの心に開いた、まさに穴であった。「ポッカリ」という言葉が頭に浮かんだ。
 敗戦の衝撃よりも、湧きだしてきた徒労感をもてあました。


 それから、五年の歳月が流れ、勇夫たちは新制高校の三年生になっていた。
「校長先生、大変です!」
 新制高校の教頭になった長田先生が校長室に飛び込んできた。校長先生はびっくりして飲みかけのお茶にむせかえった。
「ゲホ、ゲホ……なんだんねん教頭はん」
「なんだんねんも、寒暖計もおまへんねん」
 長田先生のダジャレは、終戦後いっそうの磨きがかかった。
「実は、校長先生……」
 耳打ちされた、校長先生は明くる年に施行されるメートル法の表記で三十センチは飛び上がった。
「『また逢う日まで』をやるんでっか!?」
 元海軍軍人であった校長先生の声は、ひときわ大きく、安普請の校長室の壁をやすやすと突き抜け、両隣の職員室と事務室にまで響き渡った。
 あっと言う間に、職員室や事務室から人が集まった。
 玉音放送の時とはちがって、動物園の猿山のように騒がしい。
「お静かに!」
 海軍で鍛えた声は、一同を静めるのには十分であったが、みなの注目が集まり、臨時の職員会議のようになってしまった。

「……と、いう次第であります」
 戦闘詳報のように簡潔な校長先生の説明のあと、雨後の竹の子ように手が上がった。
「『また逢う日まで』っちゅうと、あのガラス越しの接吻シーンのあるアレでありますか?」
「いかにも」
「それは、いかがなもんでっしゃろなあ。いくら民主教育の新制高校としましても」
 生活指導の轟先生がまゆをひそめた。
「そうや、接吻はいかん、接吻は!」
「モラールっちゅうもんを超えております。あれは」
「文化祭とは言え、教育の一つであります。節度というものがないとあきません」
「せめて『青い山脈』ぐらいにしてくれたらなあ。あれには接吻は出てきまへん」
 旧制中学から横滑りしてきたオッサン教師たちは、いっせいに反対にまわった。

「いいじゃございませんの!」
 東京帰りの音楽の百合子先生がメゾソプラノで賛意を表した。
「抑圧された戦時下に美しく咲き、散らされた青春の花。軍国主義に対するアンチテーゼとしても、前向きな青春の肯定という点でも、新制第一期生の文化祭にふさわしいじゃありませんか!」
「しかし、接吻ですぞ、接吻!」
「そう、なんというウラヤマ……もとい、イヤラシイ」
「わたしなんぞ、思わず目を背けてしまいました。アップにするなんぞとんでもなかった!」
「轟先生、観にいきはったんでっか!?」
「あ、あくまで指導の参考であります、指導の!」
「じゃあ、お解りにになったでしょ。あの映画は接吻はガラス越し、ガラス越しであればこそ、二人を隔てた時代の壁が分かるんです。また、二人の愛の前にはその時代の壁も透明なガラスのようにしてしまう力があるんです。この芸術的なアンビバレンツをご理解いただけませんの!?」
 百合子先生の声はソプラノになった。
「ア、アンビ……?」
「二律背反という意味です。生徒達は、それを理屈ではなく、感性でうけとめたんですわ。素晴らしいことじゃございませんか!」
「しかしねえ……」
「どうします、校長先生……」
 長田先生は、頭を抱えた。
 と、そこにチラシの山を抱えた勇夫たち演劇同志会(まだ演劇部という呼称がなかった)の面々が五六十人の生徒たちとともになだれこんできた。『また逢う日まで』は、終戦後彼ら彼女らの「ポッカリ」を埋めてくれたのである。

 勇夫の演説が功を奏し……もしたが、決め手はその時にかかってきた、PTA会長で、その町で最大の企業の社長である福井の電話であった。
 実は、娘の麻里子が「主役の蛍子をやりたい!」と言ったことが事の始まりであった。

 やる! と決まったら話しは早かった。
 校長先生は、事務長といっしょに生徒の個人票をめくり父兄(保護者のこと)の職業を調べ、大工の父兄に大道具を、電気屋の父兄には照明器具を依頼。個人情報もヘッタクレも無い時代であった。
 そして、視聴覚費と、それで足りない分は、麻里子の父の寄付をつのり、音響効果用に、町の警察でさえ持っていなかったテープレコーダーまで買った。
 演出は、東京から疎開したまま町に住み着いた新劇の俳優に頼んだ。
 町の商業振興会も全面協力。加盟各店にポスターを貼り、ビラを置き、入場整理券まで配ってもらった。

 さて、いよいよ本番。
 
 本当のところ勇夫は、蛍子と並ぶ主役の恋人田島三郎をやりたかったのだが、
「わたしの趣味にあわない!」
 上から麻里子の一声で、その他大勢の一人にされた。
 田島三郎役は体操部の島田が指名された。ちょうど鉄棒でデングリガエシをやって逆さまになっているところがイカシテいたので抜擢された。けして田島のデングリガエシの島田だからではない。
 旧制中学から引き継いだ講堂は、目一杯詰め込めば千人は入ったが、三日前の事前調査(麻里子の父は仕事柄、そのへんは手堅かった)で、三千人前後の入場者が見込まれることが分かったので、きゅうきょ午前一回、午後二回の公演となった。
 観客の誘導には、麻里子の父の会社の社員が動員された。

 本番三十分前、お祝いの花火こそ上がらなかったが、役者はあがりまくった。
 大きな顔をしていた麻里子でさえ、ゲネプロでは声が裏返り、勇夫は手と足が同時に出てしまった。
 田島三郎役の島田は落ち着いていた。体操部で人前で演ずることに慣れていたのかもしれない。

 さて、問題のガラス越しの接吻シーンである。
 最初は、実物通りガラスが入っていたのだが、スポットライトがハレーションをおこすので、窓枠だけの素通しになってしまった。
「しまった!」
 と、麻里子は思った。ガラス越しであるからこそ、十代の少女の好奇心でやれたのである。それが、マトモにキスシーン……。
 結局、演出処理で顔と顔を二十センチまで近づけることで手を打った。
 観客席から見ると、前後に被った演技なのでほんとうにセップンしているように見える。
 二十センチの距離でも麻里子はカチカチになり、勇夫は嫉妬に身もだえした。

 さてさて、問題のキスシーン。観客の大半も、その年の三月に公開されたホンモノを見ているので「いよいよ……」と固唾を呑む。
 ……その瞬間、どよめきがおこった。
「オオー!」
 麻里子は気絶しそうであった。キスシーンに台詞が無かったのが幸いだった。過呼吸でとても台詞どころではない。

 芝居は成功裏に終わった。あまりの人気で、文化祭とは別にもう二回公演がもたれ、延べ観客動員数はリピーターも含めて五千人を超えた。
 実に、町の人口の半分に近い。
 近いと言えば、二十センチのちかくまで近づいた麻里子は本当に島田を好きになってしまった。
 はるか後年、婿養子にした島田との間に生まれた娘が年頃になったころ、娘にこう言った。
「ええか、男の子とハラハラドキドキするようなとこで、好きやなんて思たらあけへんで」
 同じ頃、会長に頭の上がらない社長になった、島田(元島田というべきか)は新入のイケメン秘書に、車の中で、こう諭した。
「いいかい君、ハラハラドキドキするようなとこで女の子を口説いたりしちゃいけないよ」
「どうしてですか、恋愛って、そういうハラハラドキドキするようなものじゃないんですか」
「ま、君も……ま、いいや、次のスケジュールは?」
「はい、高校演劇連盟本選開会式のご挨拶をしていただきます」
 会長とカミサンに頭の上がらない社長は、ハラハラドキドキの話しをしようかどうか、会場につくまで悩んしまった……。

 ちなみに全国高等学校演劇大会の第一回は、麻里子たちの『また逢う日まで』の五年後、東京の一橋講堂で第一回が開かれた。
 そこに、麻里子たちの後輩がでていたかどうかは定かではない。


【作者より】
 この話は、わたしの叔父の実体験を元に書いたものであります。お話としてのデフォルメやフィクションはありますが、黎明期の高校演劇というのは、このような熱気と広がりを持ったものであったようです。
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高校演劇・台本はもう片づけましたか……?

2012-01-12 13:20:39 | エッセー
高校演劇・台本はもう片づけましたか……?

 台本はもう片づけましたか……?
 早いもので、もう年度末です。三学期というのは、大方の演劇部にとってシーズンオフ。
 わが大阪ではアクティブなクラブは自主公演や、大阪市立高校の芸文祭に出たりしますが、事実上休部状態というクラブも多いようです。 
 この時期をどう乗り越えるかが、来年度のクラブの有りようを決めることになります。
 
 各都道府県には、高校演劇連盟がありますが、たいがいコンクールと講習会ぐらいのもので、この大事なシーズンオフの乗り越え方までは面倒をみてくれません。
 大阪府高等学校演劇連盟なども、その点は全国平均で、連盟の先生方は本務の「先生」の仕事にいそしんでいらっしゃいます。
 生徒諸君も、一年でもっともキゼワシイこの時期は、クラブよりも学年末試験に忙しい……は、表向きで、成績は二学期でほぼ確定。バイトや遊びの方に比重がかかる青春のマッサカリ!
 むろん中には、進級がかかった学年末試験に真剣な人もいます。
 しかし、ことクラブに関しては、一番気の抜ける時期であることに違いはありません。
 じゃあ、どうすればいいのでしょうか?

 ……キーワードは台本です。

 大半の演劇部は、来年の新入生歓迎会、地区によっては春の合同発表会、のんびりしている学校など、文化祭、コンクールまですることがありません。途中に連盟の地区総会や総会を兼ねた講習会がありますが、受動的なものでしかありません。ラノベ風に書いてみます。

踏みしだかれた台本
「ねえ、クラブどうする?」
 教科書を、机の下のモノ入れに突っ込みながら恵里香が言った。
「クラブ……そやなあ……」
 茜はまじめに教科書をカバンにしまいながら生返事。
 やる気のない掃除当番が、担任のゲルババにせき立てられてホウキを動かし始めた。
 やる気がなくても、ホウキを動かせばホコリがたつ。
 やむなく二人はカフェテリア……名前はかっこいいけど食堂へ向かった。

 二人は自販機に百二十円をコロンコロンと入れて、迷わずホットのココアとミルクティーを買った。
 茜も恵里香も二年生、知らず知らずのうちに学校生活のリズムは身に付いている。コンクール前から飲み物は自然にホットになった。
「去年、どうしたっけ?」
「オレ、去年のことよう覚えてへんわ」

 ちなみに、この二人、自分のことを「オレ」と呼ぶ。むろん先生と話すときや、改まったところでは「あたし」「あたしら」 調子にのると「あたし」が「あし」になったりするあたりは、立派に大阪のネエチャンのDNAを引き継いでいる。
 「オレ」に特別な意味はない。小学校の高学年あたりから始まった流行である。マスコミや、学者先生の間では、ラノベやマンガなどの影響とするものから、社会的に類型化された女性像の拒否であるなどと持ち上げたものまである。
ただ、この二人に関しては、そういう自覚はまるでない。ただ流されているだけである。
 そう、流されるのである。
 先輩たちが、どうであったかが目安。子どもは親の背中を見て育つと言いうが。後輩は先輩が残していった足跡を無自覚に踏んで行くのが習いである。
 恵理香が言った「よう覚えてへんわ」は、正確には「何もせずに、ボーっとしていた」と言うことである。

 茜は少しだけ感じたことがある。母が衣替えのころに自分の服を整理していて、なんだかゾロっとしてくたびれたマフラーみたいなのを懐かしげに眺め、ため息ついて、つぶやいた。
「もう、こんな思いにふけってる歳でもないわねえ……」
 母に聞くと、それがルーズソックスというものであるらしいということが分かり、オモシロソーなので新品の一足だけをもらって残してある。茜は母のことを祐理さんと呼ぶ。
「祐理さん、こんなん残してたん」
「あたしは、結婚するのん早かったさかい、なかなか処分でけへんでなあ」
 なにごとにつけても整理の悪い母なのである。
「なんとかせえよ」
 父が、そう言ったときはふくれっ面になるが、いざ自分がやるなると一人で、ノッスタルジックになっている。
 その点、茜は、まだ始末の良い方なのだけど。片づけるだけで有効な活用などできたためしがない。
「ルーズソックス使って一本創作劇が書けるかもしれない!」
 一瞬のその閃きはあったが、それっきりで、今はクローゼットにしまい込まれて、忘れられている。

「茜ちゃんは、ロッカーや机の中の整理はいいですよ」
 担任のゲルババは懇談で、その数少ない美点を誉めてくれた。
 茜は、そう言われて悪い気はしなかったが、コンクールで個人演技賞をとったことなど誉めてもらいたかった。
 母の都合で延び延びになっていた懇談。成績も中くらいかなオラが春。
 担任にも母にもルーチンワーク(ドーデモイイこなし仕事)なので、部活のことなど話題にもならなかった。野球部とかだったら、たとえ一回戦で負けても一言ぐらいは言ってくれる。ま、高校演劇ってその程度。

 クラブの話をしようって思っていたんだけど、途中で割り込んできたダンス部の美希の一言でふっとんでしまった。
「ねえ、ねえ、知ってる!?」
「なんやのん、せわしないオンナやなあ」
「うちの明美と、あんたらとこにおった美里がNMB48のオーディション通りよってんて!」
「うそー!?」
 その時点で、二人の頭からは完全にクラブのことなど蒸発してしまっていた。

 ただ一人まじめに部室に行った一年生の瑞穂は、ヨッコラショっと立ち上がり、まわりを見渡し、立ち枯れた稲穂のように背中が丸くなった。
 コンクールで持ち帰った道具などが散乱したまま。
「もう、やめよかなあ……」
 そうため息混じりにつぶやいた瑞穂は、クルリと振り返った。
「あ、いたあ……!?」
 だれかが居たわけではない。床に散らばった台本に足を滑らせてコケたのである。
「もう、始末の悪いクラブやねんさかいに!」
 瑞穂は、その一冊の台本を手に取った。
「……ふーん、えらい書き込みしたある」
 その台本は、一昨年のコンクールの上演台本。
――衣装や、道具にもう一工夫。例えばルーズソックス一つ履くだけで雰囲気が変わる――
 審査員の評がメモられていた。
「ルーズソックスか……今時、あれへんわなあ」
 瑞穂はコトモナゲに台本を放り投げた。
「もう、先輩ら、やる気あるんやろか……」
 二つ目のため息ついて、瑞穂は、ちょっとクセのある部室のドアを閉めた。
 あとには、瑞穂に踏みしだかれた台本が床に数冊……中には茜と恵里香の名前がカワユゲに書かれたのも混じり、ソヨソヨとすきま風にそよいでおりました。


 戯画化していますが、こんなものでしょう。特に強調したいのは台本です。踏みしだかれることはさすが、めったにあることではないでしょうが、ロッカーにしまい込まれて、それでおしまい。
 一度、観客の目に晒された台本はオタカラです。記憶が新しいうちに台本をもとに反省会をやっておきましょう。そこまでできなくとも、観客の反応や、審査員の評などを書き込んでおきましょう。何年かたって、後輩たちがそれを見て役に立つように。
「ねえ、この本、もっかい演ってみいひん!?」
 と、言わせれば、高校演劇へのネットのアクセスももう百万ほどは増えるのではないでしょうか。
 ちなみに高校演劇へのアクセスは高校野球の1/14、マン研の1/4であります。


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思い出せない更地……それから

2012-01-11 12:33:29 | エッセー
思い出せない更地……それから

 以前『思い出せない更地』というのを書いた。
 ひょんな縁から、足かけ三年、天王寺商業高校の演劇部にオジャマしている。
「オオハッサンの芝居演るねんけど……」
 三十年来のクサレエンであるF先生の十五文字の言葉にひっかけられた。

 私の芝居を演るとあっては、一度くらいは顔を出さなければ、と、思い、一昨年の秋に顔を出した。
 天王寺商業は、環状線桃谷の駅から歩いて六分ほどである。駅から西に向かって五十メートルほどの四車線の緩い坂道を登る。登った先にNTTの大きな病院がある。そこから二つ角を曲がると天商なのだが、その最初の坂道の五十メートルには、飲み屋さん、無人銀行、花屋さん、ハンバーガー屋さんなどが並んでいる。
 その並びに面した十五メートルほど道路に面したL字型の土地が、ある日更地になっていた。
 都心で、間口十五メートルというと、かなりの建物である……それが更地になると、何があったのか、まるで思い出せない。
 稽古の帰り道に生徒クンに聞くと答えが返ってきた。しかし、わたしには「そんなもんあったかいなあ?」であった。
 大人の沽券に関わることなので、分かったふりをしたが、いまだに思い出せない。
 そのことを雑文にしたのが『思い出せない更地』であった。

 今回の『思い出せない更地』は、ここではない。
 天王寺商業高校そのものである。
 天王寺商業高校は、この四月から、東商業、市岡商業といっしょになって、天商の地に新校舎を建て「大阪ビジネスフロンティア高等学校(OBFH)」となる。

 ちょっと説明がいる。ふつう学校の統廃合は、その学校の募集を停止し、三年かけて生徒を卒業させ、まったくの新校として再出発する。
しかし、このOBFHは、天商、東商、市商をそのまま引き継ぎ、新たに新一年をOBFHの第一期生として入学させる。
 簡単に言えば、四つの学校が一つの校舎に同居するのである。

 で、いま、かつてグラウンドであったところに地上七階建ての新校舎が出来ている。白を基調として青を控えめにアクセントとして配色した新校舎は、一見総合病院か大手の電機メーカーの本社ビルのように堂々としている。
 わたしは、基礎工事から完成まで見てきたが、大阪市が、苦しい財政の中、この新校にかける意気込みを感じた。

 個人的には、新校の名前にやや不満がある。OBFH……覚えるのに、一ヶ月かかった。
 単純に「大阪市立商業高校」の方が、昭和人間にはよく分かる。
それに、カタカナやアルファベットの名前は、昭和原始人には、あまり良くない印象がある。大阪のフェスティバルゲート、プラネットステーション。いずれも短命に終わった。東京山手線の「E電」は、もはや死語。「UFJ」と「USJ」の区別はいまだに識別が困難である。
 しかし決まってしまったものは仕方がない。ちなみに校名を決めたのは、学校関係者ではなく、大阪市の文教関係のエライサンたちが起案し、決定したのは市議会であろう。
 おことわりしておくが、ケチをつけているわけではない。いいものはカタカナであろうがアルファベットであろうが、上手く略されて定着する。大阪では、天神橋筋六丁目を「テンロク」という。マクドナルドは「マクド」関東では秋葉原が「アキバ」となり、ここから「AKB48」 横浜アリーナが「ヨコアリ」 大阪ビジネスフロンティア高等学校という十六文字もある校名も「ビジフ」とか「ビフハ」とかに縮められ定着していくことであろう。

 長ったらしかったが、今までが前ふりである。私の心にひっかかっているのは、天王寺商業の校舎である。
 おそらく、春からは取り壊しになるであろう校舎は、奇しくも東京タワーと同じ年の完成で、まさに、大阪の『三丁目の夕陽』である。
 鉄筋五階建ての校舎が二百坪ほどの中庭を口の字に囲んでいる。口の字の南側にあたるところが渡り廊下ならぬ渡り校舎になっており、図書館などが入っている。
 この校舎には、様々な特徴がある。出入り口が一カ所を除いて、全て中庭を向いている。仕事柄さまざまな学校を見てきたが、玄関が内向きの中庭に面しているのはここだけである。また、昭和三十年代に建った校舎で五階建てというのもめずらしい。
 五階建ての校舎に囲まれた中庭は独特の雰囲気で、第一印象は『紅の豚』のポルコの隠れ家である。
 中庭の真ん中にはグルッと水路で囲まれた中ノ島になっており、その真ん中には巨大な蘇鉄(たぶん)がそびえ、水路には鯉がカワユク泳いでいる。
 狭い中庭ではあるが、昼休みには生徒諸君の憩いの場となり、放課後は、各種クラブの練習場になる。わたしの記憶の中だけでも、吹奏楽、テニス部、ソフトボール部、ダンス部……たまに演劇部などが器用に住み分けていた。
 校舎の西側の入り口の横に人の背丈ほどもあるジャンケンの「グー」が置いてある。大人的に表現すれば「拳(こぶし)」なのであろうが、いい歳をしてガキンチョの感覚の抜けないわたしの印象は、まさに「グー」であった。

「あ、グーや!」
 最初に見たとき、正直にそう叫んでしまい、谷底のような中庭にこだました。案内してくれた精神年齢の高い生徒クンにたしなめられた。
「あれは、『初志貫徹の力』といオブジェなんです」
「そやかて、どない見てもグーやで」
「ええ、だから通称『グー像』と言うんです」
 作った人も人であるが、『グー像』と銘々する天商のウィットもなかなかのものである。

 脱線するが、校長先生のウィットもなかなかのものである。昨年、演劇部が演劇祭に出たときに観客席で、胸元をくつろげ、扇子であおいでおられた。真夏であったので、当たり前といえば当たり前。しかし、扇子には青い字で、こう大書されていた。
「空気を読め」
 わたしは、職員会議などで我知らずにあれであおいでおられるところを想像して、一人で笑ってしまった。
 また、演劇部が大阪府高等学校演劇連盟の本選でもらった表彰状の伝達表彰で拙作の『I WANT YOU!』のタイトルを言われる度に、「ウォンチュー!」に唾が飛びそうなくらい力が入り、居並ぶ生徒諸君からクスクスと笑いが絶えなかったそうである。
大人的に判断すると、統廃合の時期に校長をやる人は、人事面、人心をつかむ点でも、やり手の人が任命されるのが常である。その役割から、相当なコワモテ、強いリーダーシップの印象なのだが、この校長先生の飄々としたお姿からは、そういう印象はうけなかった。

 東京タワーと同年齢の校舎は、あいつぐ改修で、校舎の外も内も気難しい老人の浮き出た血管の如く新旧様々な配管が巡っている。
 外観は、ちょっと色彩を足せば、宮崎アニメの『ハウルの動く城』 内部は、廊下など、戦時中の軍艦のようである。
 教室などは、たんに鍵をもらっただけでは入れない。校内の半分ぐらいのドアは「持ち上げて、ちょっと手前に引いて……」など、ドアごとに個性があり、モノこそ言わないけれど、『不思議の国のアリス』のドアを連想させられる。
そして、これだけロートルな校舎なのに、校内はいたってキレイである。わたしが勤めた学校はいずれも二足制であったが、天商は一足制……つまり、上履きが無く、下足のまま校内に入る。
 この、校舎の古さびたところと、行き届いた掃除のバランスがとてもいい。新校舎になってもキレイさは保たれるのだろうが、それは、なにか総合病院のようなキレイさを連想してしまう。

 天商の子達は一般に行儀と挨拶がいい。たまにオジャマすると、見知らぬ生徒から、よく挨拶される。下校時の調子の良いときなど、生徒クンたちのほとんどから「こんにちは」と、声をかけられる。
 これも新校舎になっても引き継がれるのだろうが、なんだか、デパートに来て店員さんからマニュアル通りの挨拶をうけているような予感がする。これは、新校が悪くなるということではない。前世紀のアナログに馴染んだ昭和原始人の嘆息である。
 ラビリンスのような校内にも、ようやく慣れた。最初は一枚開ければ講堂に行けるドアが開かず、グル-っと校内を百五十メートルほど回り道しなければならなかった。そこへのショートカットも覚えた。

 その校舎も、おそらく年内には取り壊され更地になる。三年もたてば、生徒は卒業し、先生も半分近くが移動、退職され、思い出せない更地になってしまう。全部は無理としても、どこか一部でも記憶に止めておきたい昭和の文化遺産ではある。 
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高校ライトノベル・『思い出せない更地』

2012-01-11 08:44:59 | エッセー
『……思い出せない更地』
 今日、久々に天王寺商業高校に行った。
仕事ではない。教師は一昨年に早期退職をした。演劇部の様子を見にいったのだ。

 ここの顧問のF先生とは三十年来のクサレエンで、昨年はコ-チまで引き受けた。
今年は、本業の本書きの仕事が溜まっていることや、わたしがコーチをしていては、いつまでも自立したクラブにならないであろうとお断りした。

 今年のコンクールで、わたしの作品を性懲りもなく演るというので、たまに顔を出しにいく。

「ええ加減にしときいや」F先生には、ハナからそう言った。
「大阪で既成の本やっても、コンクール通らへんで……特に、オレの本は」
「そやかて、生徒らが、演りたい言うねんもん」
 と、言われては二の句が継げない。

 久々に晴れ間の見える環状線桃谷駅を降りる。スクランブルの交差点を渡ると、西にNTTの病院を見はるかす緩やかな坂道が登りになっている。
左手に大手の飲み屋さん。市中銀行の無人店舗、花屋さんと続く。
右手には、マクドから始まり、外食チェ-ン店と続いて……あれ? 工事用シートのフェンスに囲まれた更地がある。

 こないだ来たときは「何か」があった……思い出せない。
間口二十メートルほどの更地なので、かなり大きな建物であったと思われる……それが思い出せない。
そうこうしているうちに、NTTの病院前の交差点に来てしまった。信号機が点滅している。別に急いでいるわけではないが、大阪人の悲しさ、途中で赤になると分かっていても走ってしまう。
 つい先日までは、歩いているだけで汗みずくになった。今日は我が歳に見合った分だけの息切れがするだけで、汗は出てこない。
思えば、彼岸の中日である。ほんの数年前まで、効きの悪いエアコンの中、授業をしていた。
「セン、むっちゃ暑いで」と生徒がよくこぼしていた。
ちなみに「セン」というのは、「先生」のことである。大阪弁で「先生」は「せんせ」と発音し「い」はチギったように無い。
それが、クソ暑い夏の授業などやっていると、なけなしの「せんせ」から、「せ」の字が無くなる。
あわれ「先生」は「セン」にまで落ちぶれ果てる。
そんなことを思い出しているうちに更地のことなど忘れてしまった。

 NTTの病院を道なりに行って、その角を西に曲がると天商の校舎が見えてくる。
五階建ての校舎は、わたしの年齢とあまりかわらず、度重なる改築、補修で、外壁には気難しい老人の浮き出した血管の如く配管が幾重にも張り付いている。
 運良く通用門が開いていた。休日はたいてい閉まっていて、さらに西に進み、学校の外周を半分近く回り込んだ正門脇の潜り戸から入らなければならない。気難しい老人がたまたま機嫌が良いような感じがした。

 稽古は、二階の通称「プレゼン」の部屋で行われている。プレゼンと言っても、なにかプレゼントが貰えるわけではない。「プレゼンテーション教室」の略である。
一人が休んでいて、三人の稽古である。天商の演劇部は、大阪の高校演劇部によくある、いわゆる小規模演劇部の見本のようなクラブで、わたしは絶滅危惧種に分類している。部員も他のクラブと掛け持ちの「第一種兼業部員」が多く、実質的な部員数は時期により増減がある。
 今日は顔を見せていないが、籍のある部員は他にも数名いるらしい。こういう部員を天商では「お手伝いさん」と呼んでいたが、昨年のコンクールで「お手伝いが出演しているようなとこに賞やれるか」と言われた。誤解を招くので、その呼称は廃止された。天商の名誉のために申し上げておくが、校内でもこの子たちは正規の部員として認知され、コンクールのパンフレット購買義務のある部員数の中に入っており、パンフの中にもちゃんと名前が記されている。

 黙って見ているつもりでいたが、つい口が出てしまう。今回天商が演るのは、新作で『I WANT YOU!』中身は企業秘密……という訳ではないが、書き出すとナガッタラシクなってしまうので略す。
ただ、役者が難しい。歌舞伎、狂言、新派、新劇、吉本などのゴッタ煮。謡曲も入っている。そしてもう一つ……これを言ってしまうと、部員諸君に殺される。

 作者が気まぐれに言ってもナンボノモンである。生徒たちは、「はい」と、お返事はいいが、自分たちの間尺で創っている。
コーチを降りて正解だと思った。

 帰り道、件(くだん)の更地の横を通った。物覚えのいい女生徒クンが、こう言った。
「あれは、ナントカとナントカが入っていた雑居ビルですよ」
「あ、そうか」と、いい加減な返事をした。
わたしは、そのナントカが思い出せない……大人の沽券にかかわるので知ったかぶりを決め込んだ。

 ナントカが思い出せないわたしは、坂道を半端に振り返ってこうごまかした。
「わあ、夕陽がきれいなあ。知ってるか、この近所は昔から夕陽がきれいんで夕陽丘いうねんで」
「ほんまですか!?」純真な女生徒クンは、手をかざして夕陽に見入った。
 成り行き上、わたしも手をかざして、真面目に見た。
 すると、そこには紛う方無き瑞雲がタナビイテいた。
 『坂の上の雲』という言葉が浮かんでくるところは、紛う方無きオッサンである。
 その瑞雲に見とれているうちに、またもや更地を忘れ、そのまま環状線に乗った。

 で、真夜中に思い出し、この駄文を書いている。

大橋むつお
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高校ライトノベル・I WANT YOU(シナリオバージョン)

2012-01-11 08:43:34 | 戯曲


I WANT YOU!

時      現代
所      埼京線のとある駅近く
登場人物   Aタバコ屋の婆さん
B地上げ屋の三太にその他
C幽霊の女学生


幕開くと、役者A.B.Cが平伏している。拍子木が入り三人の口上。

A 東西、東西(とざい、と~ざい) 一座高うはござりますが、口上なもって申し上げます。まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦しごくに存じたてまつります。いつにも増してのご贔屓、ご来場、一同、厚く厚く御礼申し上げまする。ここもと、これよりご覧に供しまするは、我○○高校演劇部(劇団)一同が、心血そ注ぎ仕立てましたる、粗忽狂言、歌舞伎、新派、新劇、吉本もどき。題しまして『アイ、ウォンチュー!』けして、ビートルズ、AKB48には関わりございませぬ。埼京線の、とある駅下車。徒歩二分三十秒あたりに住まいいたしまする、不動都子婆さん……不肖わたくしが演じまする。と……
B 不肖わたくしが演じまする、地上げ屋の三太にその他。
C 同じく、不肖わたくしが演じまするところの、のぶ。
A 揃いましたる三名、猫の額ほどの土地をめぐりましての悲喜こもごもの物語。もとより、未熟若輩、零細絶滅危惧種の我ら、お見苦しきところ、お聞き苦しきところ行き届かぬ所、多々ござりましょうが、三名、お芝居の初一念に立ち戻りまして、お開きまで一所懸命にあいつとめますれば、ご来場の皆々様も、暖かき育みのお心にてご高覧賜りまするよう。隅から隅まで、ずず、ずいっと!
B (拍子木をチョン)
C 御願い(おんねがい)あ~げ……
三人 たてまつりまする……

三人平伏。B突如暴走族になり、けたたましく爆音を叫びながら舞台を走る。

B ブロロロロ――!! パッパラパッパラパッパラパー!! ブロロロロ―!! パッパッパラパッパラパッパラパー!!(下手にはける。Cは上手にはけている)
A パッパラパーは、てめえのドタマだ! ほんとにむかっ腹のたつ暴走族だよ。所轄の警察は何やってんだろうね。
C (上手端に立ち)ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……
B (下手端に立ち)ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……
A ああ、最終の快速が大宮行きの普通を追い越しちまった。そろそろ店じまいしようかね(無対象で店じまいをする。その間、BCは街の雑踏を表現する)
BC チーンジャラジャラ、チーンジャラジャラ、三番台さま目出度く大出血のお上がりでございます。チャララ~ララ、チャラララララ~……ピーポー、ピーポー、ピーポー……ブロロロロ―、ブロロロロ―……ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン(Aが最後に雨戸を閉めると、街の喧噪はピタリと止む)
A さあ、メシ喰って、風呂入って寝るとしようか……あ、その前にノブちゃんに(数珠をを出し仏壇の前に、同時にBが雨戸を叩く)タバコだったらよそいって、回覧板だったら、そこ置いといて。郵便受けの上……なんだってんだよ、とっくに店じまいしたってのに……はいはい、今開けますよ。開けますったら(雨戸を開ける)
B ドデスカデーン、ドデスカ……どうですか、ここんとこ?
A あんた、だれだよ?
B あ、わたくし、こういう……ブロロロロ―……不動都子さん……チーンジャラジャラ……
A あんた、効果やんのか台詞しゃべんのか、どっちかにしなさいよ。
B では、以下効果を略させていただきます。わたくし、こういう者でございます。
A ……なに、ゴクドウ地所ヤクザフトシ?
B いえ、石道地所、屋久三太。屋久、三太。三でお切りにならずに、屋久と三太を素直にお切りいただいて……
A どうせ、あたしゃ素直じゃありませんよ。で、その時期はずれのサンタがなんの用だい?
B 実は、お婆ちゃんが所有していらっしゃる、この十五坪の土地のことで……
A あ、あんた地上げ屋!?
B 人聞きの悪い。都市開発事業でございますよ。
A それを日本語に訳したら地上げ屋になるんだろ? 今時珍しいじゃないのさ。そうだ、この雨戸にサインしてちょうだいよ、地上げ屋ゴクドウ地所ヤクザフトシ参上ってさ。テレビのバラエティーが取材にくるかもよ。ほれ、油性ペン。なんなら、スプレー塗料でも持ってこようか?
B ご冗談を、それに何度も申し上げて恐縮ですが石道地所の屋久三太でございますんで。まあ立ち話もなんでございますから(中に入ろうとする)
A あっ!(あらぬ方角を指差して、その間に、音高く戸を閉める)ガラガラ、ピッシャーン!
B (気づいて振り返ったところを閉められたので、鼻先を戸に挟まれる)ギャー! お婆ちゃん、これはちとひどい……
A 無理矢理入ろうとするからだよ。なんだよそんなにひどいのかい?
B いえ、ちょいと腫れただけですから。今日のとこはこれで。また出直しますです……イテテテ。
A 待ちなよ。そのまま帰したら後生が悪い、薬つけたげよう。
B いえ、わたし近所ですから……
A いいから、お入り!(Bをひっぱりこみ、戸を閉める)土地やら、セールスの話はごめんだけどね、怪我してる者は放っちゃおけないよ。ほら、手をどけなって……あらら~、どえらく腫れちまったね。
B 笑い事じゃないですよ。
A ハハ、いま治してあげるからね(救急箱を開ける)これでも女学校のころは、学徒動員で従軍看護婦の真似事やってたからね、このくらいのものは……
B 治りますか?
A えい!(腫れた鼻を引きちぎる。悶絶するB)何を気の弱い! 戦地の兵隊さんのことを思ったら、こんなものかすり傷だよ!
B だ、だって、ヒィー……
A さあ、あとは、こうやって薬を塗って、絆創膏貼っときゃ十分よ。
B くそう、こうなったら、オレも意地だ。婆ちゃん、土地……
A の、話だったらご免だよ。
B だけど、お婆ちゃん。ここの町内、みんなうちに土地売って、もう婆ちゃんのとこだけなんだよ。
A よそ様は、よそ様。ウチはウチだよ。
B そのよそ様が、足並み揃えて出ていくのは、みんなうちの条件がいいからなんだぜ。ほんとに石道地所は良心的に……
A ゴクドウに良心も正義もあるもんか。
B ゴクドウじゃないよ。石の道と書いてイシミチって読むんだよ!
A 同じ事だよ。お前達みたいな地上げ屋小僧は、みんなヤクザのゴクドウだよ!
B あのねえ……
A ガタガタ言ってたら、残った鼻もへし折っちまうよ! これでも、女学校じゃ、長刀、合気道一番の腕だったんだからね……キエー!!
B ヒエー!(と、退散)
A 根性無し! そうだノブちゃんのこと忘れてた(数珠を取り出し、念仏を唱える。幽霊のノブちゃんが現れる)
C ……今晩は……今夜はちょっと遅かったじゃないのよさ、ミヤちゃん。
A ごめんね、今、地上げ屋小僧が来ちゃってね。その相手してたら、ちょっと遅くなっちまって。ほんとにご免よ。
C うん、決まった時間にお経唱えてもらわないと、あたし成仏できないから。
A あと何回?
C 今ので、九万九千九百九十八・五。
A なによ、その八・五ってのは?
C 今日のは遅かったから、効き目半分。
A けちんぼ。
C 決まりだから、仕方ないわよ。
A そうか、しかしいよいよあと一・五回で成仏できるんだねえ。
C 長いことありがとう。
A ほんとに、あんたは生きてるころから、面倒のかけどうしだったわね。
C ほんとにねえ……
A 遠足に行ったら、お弁当落っことすし、宿題は良く忘れる。学徒動員じゃ、いつまでたっても包帯も巻けなくって。そのばんたびにあたしが世話してあげて、そのあげくが……
C もう言わないでよ。
A 言わせてもらうわよ。忘れもしない三月十日の大空襲。最初はきちんと避難したのに、ノブちゃん、食べかけのお饅頭とりにもどっちゃって……
C ほんとにね……でも、あの前の日に砂糖の特配があったじゃない。
A 忘れもしないわよ。ノブちゃんがやり残した作業やって、あたし配給に間に合わなかったんだから。
C だからね、だからね……あたしね……
A なによ?
C は~(ため息)
A なんなのよ?
C それがね……
A ああ、もうじれったい。あんたのことでしょうがね!?
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしくできたのよね……
A ノブちゃん、食い意地だけは十人前だったもんね。
C そんな、ひどいわ。
A だって、たかが饅頭で命落とすことないでしょうが!
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしく……
A 何度も言うんじゃないわよ……泣かないでよね、幽霊のくせして!
C だって、幽霊が笑ったらおかしいじゃない。
A あのね……!
C 怖いよ、ミヤちゃん。
A 幽霊が生きてる人間怖がってどうするんだよ!
C これはね、言わないままで成仏しようと思っていたんだけどね。
A 言っちまいなよ。
C やっぱ、やめとく……
A 絞め殺すぞ!
C 死ぬう……
A とっくに死んでるわよさ。
C あのね、あのお饅頭ね……とて甘くてもおいしく……
A その次!
C ミヤちゃんに食べさせてあげたくって。だって、あの日、工場から帰るときミヤちゃん、お腹ならしてたでしょ。
A ノブちゃん……
C でね、あたし取りに戻ったの。でもね、戻ったら、横丁まで火が回りかけていて足がすくんじゃって。でね、ミヤちゃんには悪いけど諦めようと思ったの。
A それで間に合わなかったの……
C ううん、まだ間に合ったのよ。警防団のおじさんが声をかけてくれた。そのおじさんは間に合ったもの。
A それじゃあ……
C そのあと、わたしんちにも火が回ってきて……
A どうして、そのとき逃げなかったのよさ!?
C お饅頭が焼けるいい匂いがしてきちゃってさ……
A は……?
C それで間に合わなくなっちゃってさ……
A それで、成仏できないってか!?
C うん!
A あんたらしいわ……感動しかけて損しちゃったよ。
C あたし、ミヤちゃんには、本当に感謝してんのよ。
A ノブちゃん。あんたほんとに十万回のお念仏で成仏できんでしょうね?
C うん、閻魔さんがそう言ってたもん。
A お前は、友だちに十万回の念仏唱えてもらわんと、死人の資格も無いって?
C うん。そうじゃないと「お前は、未来永劫この地上を中途半端な霊体でさまよわなきゃならん!」てね。
A そう。じゃあもう一・五回がんばらせてもらうわ。
C ありがとう、じゃあ、これで。
A あら、もう時間なの?
C 明日、またよろしくね。さようなら~……
A 頼りない子だねえ……しかし、これも縁。腐れ縁だけどね(手許のベビースポットのスイッチを入れ、しみじみ唄う)なんせ人手がないもんですからね照明だって自分でやんなきゃなんない……(唄う)孤独のともしび~ 積む白雪~ 思えば~ いととし~ この年月~今こそ別れ~て……たまんないよ……ハーックション! 背中がゾクゾクしちゃうよ。風邪かね、風呂入って寝よう。あちち消したては熱い。ほんと少人数演劇部は辛いねえ……(切ったベビスポを持って上手に去る)
B コケコッコー……と、今時の都会には珍しくもない欺瞞的な朝がやってきました。現代社会の忙しさ、毎日の朝に欺瞞もへったくれもあったものじゃございません。しかし、ここにはセカセカとしながらもどこか昭和の時間が流れる、この界隈。懐かしの欺瞞もちゃんとヒュ-マンなレーゾンデートル。つまりアイデンティティー、つまりは存在意義を持っているのでございます。しかし欺瞞的でも、いや欺瞞的であらばこその人間臭さ。腐っても朝。賞味期限切れでも朝。全ての始まり。婆あの終わり……トントントン、お早うございます。お婆ちゃん。不動さん、不動都子さん!
A お早う!(背後に立っている)
B ワッ! なんだ、もう起きてらっしゃったんですか?
A 年寄りの朝は早いんだ。お前さん達のような欺瞞的な朝とは出来がちがうんだよ。
B アハハ、聞いてらっしゃったんですか。
A アハハ、やってくれちゃったんですね。
B ハ?
A ハじゃないよ、一夜のうちにこの町はゴーストタウン。猫の子一匹いやしないよ。
B そうですか、ご町内の慰安旅行かなんか……
A 慰安旅行に猫まで行くか! おまけに黄色いヘルメット被ったオッサンたちがフェンスおっ立てる用意してんじゃないよ。
B ハッハッハッハ、それは手回しのよい。さすが石道地所お出入りの畦道工務店。
A やっぱり!
B しっかり、そうですよ。この町一帯は、全て夕べのうちに我が石道地所の所有地になったんですよ。この十五坪を除いてね……ねえ、お婆ちゃん。もうお馴染みの町内の人間はどこにも居らっしゃらないんですよ。八百屋の重さんも、もんじゃ焼きの滝川さんも。ゴミの収集日を間違えて、いつもお婆ちゃんに叱られていた福田の嫁さんも。角ののカオルちゃんも、そこの電柱にいつもオシッコひっかけていたポチも……みいんないません。寂しい町だあ……ねっ。
A ハッハッハッハ! そんなことで音をあげる都子婆さんだと思っていたのかい。いいかい、名前のとおり心は不動、住んでるとこが都なんだよ! てめえみたいな駆けだしの地上げ屋小僧にビビって出て行くタマじゃないんだよ!
B まあ、そんなにとんがらないで。坪二百万出しますから。しめて三千万。どうですか!?
A 何の話かね?
B だから、坪二百万。しめて三千万で、うちがここを引き取らせてもらって……
A あたしゃ、ここは出てかないからね。
B しかしねえ、ご町内みんないないんですよ。なにかあったって言っていくところもないですよ。寂しいなあ……
A 町内のやつらとはハンチクな付き合いしかなかったから、痛くもかゆくもないよ。ほら、じゃまじゃま。店開けるじゃまなんだよ。
B 店開けたって、誰も買いににきやしないよ。しませんよ。ねえ、お婆ちゃん。
A かまやしないよ。店開けんのが、おまえさんの言葉じゃないけど、あたしのアイデンティティー、レーゾンデートルなんだよ。
B タバコ屋の売り上げ無くなったらこまるでしょ。
A 爺さんの軍人恩給と年金で喰っていけるよ。
B でも、夜中に病気にでもなったらどうすんだよ。たちまち困っちまうでしょうが。
A 倒れたときが寿命だって達観してるよ。あたしらは、そこらの団子だか団塊のガキンチョとはできが違うんだ。戦地にこそ出なかったけど、あの大東亜戦争を女子挺身隊で、命張ってきた女だよ。爆弾の音聞いただけでどこに落ちるか見当のついた女学生の生き残りだよ、自分の命の落ちどころぐらい見当つかなくってどうするんだい。
B え、そんなの分かんのかい?
A 分かっているから、こうやってお天道様おがんでんだよ。おまえさんたち、爆弾てのはヒュ-、ドカンだと思ってるだろ。ありゃあ、遠くに落ちる爆弾なんだよ。自分ところに落ちてくる爆弾は、ゴー、シュシュシューって機関車みたいな音がするんだ。もっともその音を聞いた人間はたいがいおっ死んじまってるけどね。その音聞いて生きてんだからね、ただの婆あじゃないよ。 なんならおまいさんの命の落ちどころ聞いてやろうかい?(水を撒く)
B おっと、じゃあこっちの落としどころだ、二百五十でどうだい。
A なにい?
B じゃ、二百七十!
A ピシャリ(戸を閉める)
B じゃ、二百八十!
A (タバコ売りの窓から顔を出し)オタンコナス!
B ええい、ぎりぎり、かつかつのとこで二百九十。どうだ!
A オオバカヤロウのドスカタン! ピシャリ!
B あ、あのなあ、婆さん。
A そこ、壁だよ(Bあわてて、壁の外へ。Aは朝食の用意をする)
B ドンドンドン! 婆さん! ドンドンドン! くそ(上手に退場し、再び靴を脱いでAの前に現れる)
A わ! どこから入ってきたんだよ!?
B 裏口が開いてたからさ。
A これだから無対象は困っちまう。ま、そこにお座りな(Bにもご飯をよそってやる)おあがり。
B あ、おれ、朝は食わないんで。
A いっしょに食べなきゃ口きかないよ。ここはあたしの家なんだから。
B わ、わかったよ……ムシャムシャ……
A よしよし、それでいいんだよ。ポリポリ……
B ところで、都子婆ちゃん……ん、これはなんだい?
A ペンペン草のおひたし。
B え……はあ、ところで二百九十万って金額はだね……
A 食べながら、話してくれる。サラサラ……
B だから……ズルズル……ん、このみそ汁の具は?
A おたまじゃくし。
B え!?
A お食べなよ。
B ゴックン、ズルズル……このみそ汁、ジャリジャリして砂みたいだね。
A 砂だよ。
B え!?
A 関東ローム層の赤土さ。それから、そのご飯は、干したウジ虫を水でもどしたもんだよ。
B オエー!
A 吐くんじゃない、飲み込みやがれ! みんな我が家のごちそうなんだよ!
B だって、オエー!
A わかったか!
B え?
A あんたらが、金にもの言わせて土地を取り上げようとしてんのは、そうやって無理矢理ゲテモノ食わすのと同じことなんだよ。分かったか、犯罪行為なんだよ!
B 何ぬかしゃあがる! それとこれとは話が違わあ。九分九厘買収できた土地の残りわずか十五坪の土地売り惜しんで、不当に値をつりあげる方がよっぽど犯罪行為じゃねえか!
A 売り惜しむ……?
B そうじゃねえか、ねばりまくって、駄々こねて、値をつりあげてるんじゃねえか!
A あたしゃね、売らないって言ってんだよ。
B 業腹な婆だな、いったいどこが気に入らないってんだよ。このご近所、みなさん坪二百万で機嫌よく出ていってくださったんだぜ。そこを二百九十万までつりあげさせといて、どこに不足ああるってんだよ!
A てめえは、まだ分からねえのか?
B 分からねえよ! なにもヤクザの親分が大豪邸立てようってんじゃねえんだよ。駅前の再開発やって、ご近所皆様方のお役に立とうって、お役所も肝いりのありがてえプロジェクトなんだぜ。完成の暁にゃ、立ち退いていただいた皆さんにも優先的に入っていただいて、八方めでたく収めようって企画をどうして分かってくれねえのかね!?
A そういうものは、どこかで利権が絡んでんだよ。隣町の再開発だって、できて三年目には閑古鳥だよ。あたしゃダテに八十いくつまで生きてきたんじゃないからね。そういう怪しげな開発は焼け跡闇市からバブルまで腐るほど見てきたんだからね。おまえさんみたいなヒヨッコに言い負かされるタマじゃないんだよ!
B タマだと、婆のくせしやがって!
A ああ、タマだよ。婆のタマぁ、この胸の内よ。なんならとっくりと拝ませてやろうか!?
B だれが婆のしなびた風船みてえな胸がみたいよ。四の五の言ってねえで、さっさと出ていきやがれ!
A たいした、帆下駄たたくじゃねえの。こっちのタマを拝めねえってえんなら、てめえのタマを見せてみろい!
B く、くそ。見せてやらあ、おいらの逸物見て腰ぬかすんじゃねえぞ!
A ばか、だれが、そんなウズラの卵とウラナリのとんがらし見せろってんだよ。マーケティングリサーチやら、積算根拠見せろってんだ。あたしゃね、いまでこそ、タバコ屋の看板婆やってるけどね、お台場女子出て、都庁の企画科に三十年もご奉公してきたキャリアだよ、ハンチクなお手盛り資料なんか目じゃないんだからね。
B く、くそ。分からねえ婆だな、もうこうなったら……
A 上等じゃないのよさ。じゃあ体で教えてもらおうかい。こう見えても長刀三段、合気道二段、あわせて五段の婆さんだ。覚悟してかかっといで……
B な、なんだよ。暴力はいけないよ、暴力は。
A (大きく息を吸う)この家の空気はみんなあたしの空気なんだよ……そうだろ?
B ええ?
A 不動都子が、てめえの土地に建てたてめえの家だ。そん中にあるものは、家具や畳と同じようにあたしのもんだよ。どうだ、違うかい……
B そ、それがどうしたってんだよ……
A あたしの空気を吸うんじゃないよ! 鼻をつまんで、口をつむんな……分からねえのか、このドチンピラ!(背後から、羽交い締めにして、Bの口と鼻を押さえる)あたしの空気を吸うなったら、吸うな!
B ウグッ……(窒息寸前で解放される)ゼーゼーゼー……人殺しぃー
A 分かったか。土地も空気も同じもんだよ。本当の意味で譲り合って使うものなんだよ。それを、てめえたちはカタチだけきれい事言って金儲けの種にしくさって、坪二百九十万……?
B じゃ、じゃあ三百万!
A 絞め殺すぞ!
B ヒエー(上手に消える)
A くそ、もうちょっと説教してやろうと思ったのに。カラカラカラ(店の窓を開ける)根性無しめが! ガラガラガラ(戸を開ける)しかし、なんだか久々に体が温もってきたね。フフフ……さあ、お膳かたづけようかね。麦飯とウジ虫の区別もつかないなんてね、今の若いもんは……
B (A の息子、欽八)おはよう!
A てめえ、性懲りもなく……!(つかみかかる)
B ど、どうしたんだよ、母ちゃん!?
A 母ちゃん?
B きん、欽八だよ、欽八。母ちゃんの息子の欽八!
A 欽八?
B 久しぶりだからって、間違わないでくれよな。
A なんだか、地上げ屋小僧によく似てるもんだからさ。
B なんだい、それ。ドロボウかなんかかい?
A みたいなもんだけどね。
B 上がらしてもらうよ。ほらお土産、つまんないもんだけどさ。
A なんだい、よりにもよって人形焼きってことはないだろがね。朝ご飯は?
B 食べてきたから、お茶ぐらいでいいよ。
A そうかい、しかし欽八、なんでもどってきたんだね?
B ごあいさつだね……もどってきちゃいけなかったかね。
A んなこたあないけどさ、かれこれ八年になるかね……修学旅行に行くってそれっきりだったもんねえ。
B 言ってくれんなよ。もう古傷なんだからさ。
A 子どもが修学旅行利用して家出する話はあるけどさ。現役の先生が修学旅行でドロンじゃね、洒落になんないよ。母ちゃん、大変だったよ。校長先生やら、生徒の親ごさんに頭下げまくってさ。そのときご挨拶にもってたのがこの人形焼きだよ。
B そうかい、やっぱ親子だ。通じるものがあったんだ!
A なに感動してやがんだ、デリカシーのないヤツだよ。お前って子は。
B 戦後教育ってのにちょいと疑問なんかもっちまってさ……いやあ、熱血教師も大変なのよ。くたぶれっちまってさ……
A なにイッチョマエにタソガレてんだよ。あっちこっちに借金作ったあげくの果てじゃないかい。
B そりゃ、言いっこなしにしてくれよ。教師ってのは口じゃ言えねえストレスの溜まるもんなんだぜ。
A ほら、お茶。
B ん……プ! 渋すぎじゃない母ちゃん。
A その渋さが分かんないうちは、まだまだハンチクなんだよ。
B ご近所さん、みんなフェンス張っちまって、立ち退きなのかい?
A ああ、うち以外はほとんどね。
B 母ちゃん、立ち退かねえのか?
A あたりきしゃりき。生まれ育った、この町と、この家。誰が立ち退くもんかい。
B だけどよ。うちの家、お隣と二戸一だから、お隣壊しちまったら、ガタガタになっちまうぜ。
A 大丈夫。女子挺身隊で、たいがいのことには辛抱に慣れっちまったから。
B あのね、女子挺身隊やってても家はガタガタになんの。
A ガタガタになっても気にならないだけの根性があるんだよ。母ちゃんは。
B 根性も歳には勝てねえよ。家のガタガタはともかく、体のガタガタはさ。
A その時ゃ、その時。この歳まで生きたんだ。お迎えの覚悟はとっくについてるよ。
B なあ、母ちゃん。オレ今名古屋に住んでんだけどさ、しょっちゅう顔見に来るってわけにもいかねえんだ。な、オレも修学旅行でフケっちまって、やっと人がましい生活ができるようになったんだ。
A それで……
B 実は、今日わざわざ出てきたってのは、母ちゃんをうちにひきとろうって……デンワダヨ、デンワダヨ……あ、だれからだろ。
A わかりやすい携帯だね。
B もしもし……なんだ、繋がらねえよ。
A ここ駅前のビルのおかげで、着信はできるけど発信はできないって、ハンチクな圏外なんだよ。そこのパン屋の前に行ったら繋がるよ。
B 仕方ねえな……(退場)
A 八年もほうっといて、なにしに帰ってきたんだろうね。
B (背後を気にしつつ現れる)お早う、母ちゃん。
A なんだい、もう電話終わったのかい。
B ちがうよ。次男の千三(せんみつ)だよ
A 千三? 目と鼻の新宿に住んでいながら、めったに顔も見せない親不孝者の千三か!?
B そんな言い方ないだろ。今日は母ちゃんのため思って来たんだから。
A 母ちゃんのため?
B 欽八兄ちゃん携帯で呼び出したのオレなんだ。な、オレもやるだろ。母ちゃん、兄ちゃんはよ、この家売った金狙ってんだよ。どだい八年もほっぽらかしといて、今さら引き取ろうってってのがおこがましいよ。
A おまえも似たり寄ったりじゃないか。
B オレはまだ七年きゃなんねえよ。なあ母ちゃん、オレ新宿で法律事務所に勤めてっからよ。土地とかのことよく分かるんだよ。オレならこの土地、バブルん時の八掛けで売ってやるからよ。オレに任せてくんないかな。
A 母ちゃんはね……
B いけね、誰か来やがった。(退場。折り返し現れる)
A 欽八か千三か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧か?
B なに言ってんの。娘の昭子だわよ。
A (飲みかけたお茶を吹き出す)昭子!? 短大卒業したら、それっきり男と駆け落ちして戻ってこないバカ娘の昭子かい?
B バカだけ余計。
A 何しに、戻ってきたんだよ。男に逃げられでもしんだろ。
B ごあいさつね。亭主なら、そこの通りで車で待ってる。あたしも、やっと所帯もって、おっつかっつだけど、生きてけるようになったからさ。今までの親不孝詫びて、母ちゃんといっしょに暮らそうと思ってさ。
A またまた……
B ほんとだって。兄ちゃんたちみたく、ここの土地売ったお金なんかアテにしてのことじゃないんだから。
A よく言うよ。
B ほんとだってば。そりゃ、母ちゃんの方からくれるという分は別だけどね。心の底の底じゃ、お母ちゃん思う心でいっぱいなんだから。
A あ、パン屋の前で、欽八と千三がケンカしてやんの。勝った方があたしを引き取るって寸法だね。それ、欽八がんばれ! 千三も負けるんじゃないよ! フレーフレーケンカ!
B そんな、兄ちゃんたちに母ちゃん取られてたまるか!(退場し、ケンカに加わる)
A おお、おお、三つどもえの兄妹ゲンカ。しかし三人、いや、四人ともよく似た顔して……欲の皮がつっぱると、みんな同じ顔に、嗚呼(ああ)……なるもんだねえ(チョンと拍子木。見得を切る)さあ、と、かくして今夜もふけちまった。さあ、今夜もノブちゃんのためにお念仏なと、唱えようか(念仏を唱える。C登場)
C こんばんは!
A どうだい、今夜はちゃんと時間通りだろ。
C ありがとう、アハハ……
A どうしちゃったのよ、えらく嬉しそうに。やっぱり、あと一・五回で成仏出来るって思ったら嬉しいの?
C そうじゃないの。
A じゃ、どうしちゃったのよ?
C もう、お念仏唱えてもらわなくてもいいの。
A え?
C 実はね……(耳元でささやく)
A ええ、恋人ができた!?
C 声が大きいわよ。恥ずかしいじゃないのよ。
A だって、ノブちゃん。あんた幽霊なんだよ。
C いいじゃない、幽霊だって恋ぐらいするわよ。
A だってさ……
C ほっといて。
A で、お相手は……
C いっしょに来てもらったの。
A どこに?
C ここに。
A え……え……?
C ここだってばさ。
A どこよ、どこにいらっしゃるのよさ?
C ああ、そうなんだ。同じ幽霊仲間か、あたしと都子ちゃんみたいに因縁のある人間でなきゃ見えないんだ。ねえ、そうじゃない、トシちゃん?
A トシちゃん!?
C うん。この人トシちゃん。大学の一年生。バイクでこけて頭打って、昨日死んだとこ。
A ちょ、ちょっとノブちゃん。あんた歳いくつだと思ってんのよ、もうとっくに八十超えてんだよ。
C アハハ、そりゃミヤちゃん。あんたの歳よ。あたしは昭和二十年に死んだから、いまでも十七。そしてトシちゃんは二十歳、ぴったしでしょ。それでね、あたしたち二人ともハンチクな人生だったから、成仏できないの。そいで、いっそ二人でこの地上を未来永劫さまよって、愛を育むことにしたの。だからミヤちゃん、もうあたしのためのお念仏唱えなくってもいいから。今夜一回唱えたから、あともうほんの0・五回。ほんのちょっとでもお念仏唱えられただけで、あたしは成仏してしまって、愛するトシちゃんと別れ別れになっちゃう。だからお念仏は、もうこれっきり。ね、トシちゃん。じゃ、ミヤちゃん。さようなら……さようなら……(退場)
A ノブちゃーん……ノブちゃーん……ハンチクでもいい、幸せに、幸せになるんだよー(手を振る。チョンと拍子木。A退場。入れ違いにB登場)
B 朝だ、朝だよ。朝日が昇る。空に欺瞞の陽が昇る! その欺瞞の太陽が中天高く差しかかり、やがて西の空に没するころ。再び、わたくし石道地所の屋久三太はやってまいりました。あの婆と決着をつけるために。この十五坪の土地にわが社の命運が……いえ、この地上げ屋三太の意地がかかっておるのでございます……おう、婆さんいるかい!
A なんだい、おまえさんは?
B このツラ見忘れたかい?
A 欽八か千三か昭子か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧かい?
B スットドッコイは止しにしてもらおうかい。石道地所の、明治この方数えて五代目の、東京生え抜きの地上げ屋の屋久三太よ。
A ああ、あのスットコドッコイの地上げ屋小僧かい。
B そのスットコドッコイ、どっこい、このくれえじゃ、ケツは割らねえよ。
A なんだか、今日は気合いが入ってんね。
B 気合いはおいらの覚悟の程よ。やい、婆。今日という今日は決着をつけてやる。坪三百万、しめて四千五百万のお宝だ。こいつを懐に収めてきっぱりと出て行きゃがれ!
A なに言ってんだ。ま、こっち上がんなよ。今日はとっくりと膝詰めで話してやるから。
B うるせえ! 今日は、この三太、地上げ屋の意地を賭けているんだ。ドス!(無対象のドスを抜いて畳に突き立てる。
A ん……なんかやったかい?
B なんかって、ドス!
A ん?
B ドスだよ、ドス!
A ん?
B ドスったら、ドスだよ、ドス、ドス、ドス!
A なんだか安物の舞子さんみたいだね。
B しゃらくせえ、このダンビラが目に入えらねえか!(見得を切る)
A てめえは、理屈が通らねえと思ったら、ダンビラ持ち出して、刃傷沙汰かい!
B 四千五百万で手を打つのか打たねえのか!?
A ダンビラ持ったからって、このあたしに勝てると思ってんのかい……

二人、にらみ合ったままグルリと舞台を一回りする(Cの付け=板を拍子木大の木で打つ)そのあと定石どおりの立ち回りの末、AがBの刀を白刃どりにする。

A 見たか、真剣白刃取り!
B フフフ、これがおいらの狙い目よ(Aの脇腹に銃をつきつける)
A おのれ、飛び道具とは卑怯な……
B さあ、どうだ婆さん、四千五百万持ってとっとと出ていきゃあがれ!
A なにぬかしてんだ。痩せても枯れても不動都子、命捨てても節は曲げないよ。ひと思いに……あ!(あらぬ方角を指差す。気を取られたBの手から銃を奪い取る)
B ち、ちきしょう!
A 観念しな。汚いマネをした報いだよ。
B くそ婆……
A 最後に一言礼を言っとくよ。先行き短いこの年寄りに、いい冥土のみやげを作ってくれて。ドラマチックなフィナーレ、千秋楽。なーに、おまえさん一人行かしゃしないよ。
B ……って、婆さん。
A 出来の悪い子供たちに、ここを残す気はさらさら無いよ。あたしが死んだあとは、ここはお国に差し上げる。そう遺言状は作ってあるのさ。頼りなくても、お国はお国……その使いよう、あの世とやらで、じっくり拝ませてもらおうじゃないよ。
B そのよ、婆さん……
A もうハンチクな話は止しにしようよ。この拳銃知ってるかい。南部十四年式拳銃っていってね、女学生のころ憧れていた少尉さんが持ってたのと同じやつさ。帝国陸軍の三八式小銃と並んで……なんて、お前さんたちに言ったって分かりゃしないだろうけどさ。
B そいつは社長の親父さんがもたしてくれたんだ。なあ、婆さん……
A ハンチクな話は止しって言ったんだよ……こいつで幕を閉められるって冥加なもんじゃないかい。社長の親父さんてのは粋なお人だねえ。
B あのね、婆ちゃん、不動さん、不動都子さん……
A  さあ、覚悟してお念仏でも唱えるんだね。
B 念仏なんて、おいら知らねえょ……
A なんだ、お念仏も知らないのかい。ったく、今の若いもんは……こうやって手を合わせてだね、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……

Cが血相を変えて飛び込んでくる。

C ちょっと、ちょっと、ちょっと、ミヤちゃん!
A あ、ノブちゃん!?
C なんてことしてくれんのよ!
A え?
C あんた、今、お念仏唱えたでしょ!
A あ、ごめんよ!!
C ごめんじゃないわよ。あ、あ、ほら、冥土からのお迎えよ。成仏しちゃうじゃないのよ。トシちゃんとお別れじゃないのよ! ミヤちゃん……怨めしや~(成仏していなくなる)
A ごめん、ごめんねノブちゃ~ん!
B なに一人で言ってんだ?
A あ、ああ、あんたには見えないんだね。
B デンワダゾ、デンワダゾ……あ、出てもかまわないかい?
A そんなこと言って逃げる腹だろ、パン屋の角までいかなきゃ出られないから。
B 今日は社長から、衛星携帯電話借りてきたから、ここで出られるから。
A じゃ、出な。末期の思い出に、なに口走ってもかまわないけど、男らしくね。
B う、うん。はい、わたしです社長……え? なんですって!? もうこの土地に見切りをつける……で……ゴワサン!? すぐ帰ってこい……ちょ、ちょっと社長!
A どうしたんだよ?
B なんだか、上の方でややこしくなっちまってよ。なんでもここの再開発のために天下りした親会社の重役が逮捕されたとかで、事業は中止だってよ。
A  ……ハハハハ、やっぱり裏ではいろいろあるようだね。
B くそ、会社は大損だそうだよ。婆ちゃんが売ってくれさえいたら、役所に全部尻持ち込めたんだけどよ。ここ全部買い切るまでは、うちの会社の持ちもんだしよ……この不景気、どこ売るってわけにもいかねえしな。
A そいじゃ、おまえさんとこの会社は……
B 婆さんの知ったこっちゃねえよ……五代続いた地上げ屋も、おいらの代でしめえだねこりゃ。どうするね、それでも、おいらのタマァとるかい。
A (狙いをつけて)カチリ……ハハ、弾が入ってないよ、この南部には。重さが違うもの。いただいたときから気がついていたよ。
B 婆ちゃん……
A まあ、お茶でもお飲みよ。さあ、あんたもこっちきてさ。
B しかし、婆ちゃん。なんなんだよ、なぜなんだよここまでの粘りは?
A ま、これを機会(しお)に時々は話においでよ。大福もあるから、お食べな。ドッキリしたあとは甘いものが一番だよ。
B 婆さん!
A ズズ――(茶をすする)
B もう、知らねえからな! しかし、しかし、これで済むと思うなよ!(退場)
A (店の電話が鳴り、受話器をとる)プルル。プルル、プルル、ポシャ。はい、もしもし……なんだい、えらい声で怒鳴って! 欽八か。千三もいっしょかい? どうして土地売るの止めたかって? そんなもん母ちゃんの勝手だよ……!……その金切り声は昭子か!?……母ちゃん、もともとあんたたちのことあてにしてなんかないよ。母ちゃんは一人で雄々しく生きていくんだよ。それを、取って付けたみたいに世話するとか、引き取るとか。そいで土地の話が壊れたとたんに……分かってるよ! 初手から冷めてるんだよ、うちの親子は。それを、そんなにいぎたなく罵って、醜くなることないだろうが! うるせえ! ヘソ噛んで、豆腐の角に頭ぶつけてくたばっちまいな! ガチャ!
C ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……
B ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……
A ああ、今日も最終の快速が普通電車を追い越していく……さ、店じまいにしようかね……ん?
C チョーン(拍子木)……バキバキ……(以下、同じテンポで、続く)
A あの地上げ屋小僧……腹いせに空き家壊してやがる……勝手にしやがれ……ああ、このポンコツめが。なんてざまだ、精も根も尽き果てるてのはこのことかね……ああ、いたた、なんだか「桜の園」のフィールスだね……あ、日めくりが昨日のままだよ……いや、今日はめくったっけ……えーと……そうだ、新聞見りゃ分かるよね(新聞を見る)……また消費税が上がんのかい。まったく今時のお上のやることは……ええ、また年寄りの孤独死かい。ツルカメツルカメ……お茶でも……えと……なんのために新聞……はて、なんのために、あたしゃ立ったんだろ……イタタタ(痛さのあまり横になる)……せめてラネーフスカヤを気取りたかったね。ハハ、ハンチクだね。文学的教養が、この期に及んで邪魔をするよ……せめて最後はオリジナルに(ひときわ大きくチョ-ンと拍子木。ツケが入りA見得を切る)I ……I……I WANT!……I WANT YOU!!

急速に拍子木の音たかなり、A大見得を切るうちに幕。

【作者の言葉】
ほとんど演技だけが勝負の芝居です。演劇の三要素は「観客、戯曲、役者」です。それ以外の道具、音響、照明は余技として排除しました。拍子木は正確には「き」と言います。パソコンでは出てこない字です木偏に斤で斤の縦棒にチョンがつきます。「付け」は、動画サイトなどで、歌舞伎の「荒事」の芝居を見てください。必ず出てきます。演技のごまかしのきかない芝居ですが、みっちりと稽古して楽しく演ってください。


 
 
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高校ライトノベル・『すみれの花さくころ』『I WANT YOU』へのショ-トカット

2012-01-10 11:47:20 | 戯曲
『すみれの花さくころ』『I WANT YOU』へのショ-トカット

ネットで掲載中の『女子高生HB』『なゆた 乃木坂学院高校演劇部物語』に出てくる二本の戯曲は実在しますので、ショートカットのアドレスを貼り付けておきました。小説と合わせてご覧いただければ幸いです。


すみれの花さくころ
blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/8eb8530990bcbd678212a49e98a7cb44

I WANT YOU
blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/cc1575738a058e794619f075b36f7a8b
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高校ライトノベル『すみれの花さくころ』脚本バージョン

2012-01-08 17:19:42 | 戯曲





すみれの花さくころ
宝塚に入りたい物語
          

大橋むつお




時  ある年のすみれの花のさくころ
所  新川町のあたり
  
人物 すみれ  高校二年生
   かおる  すみれと同年輩の幽霊
   ユカ   高校生、すみれの友人
   看護師  ユカと二役でもよい
   赤ちゃん かおると二役


人との出会いを思わせるようなテーマ曲が、うららかに聞こえる。すみれが一冊の本をかかえて、光の中にうかびあがる。

すみれ: こんちは。わたし畑中すみれです。これから始まるお話は、去年の春、わたしが、自分で体験した不思議な……ちょっとせつなく、ちょっとおかしな物語です。少しうつむいて歩くくせのあるわたしは、目の高さより上で咲く梅とか桜より。地面にちょこんと小さく咲いている、すみれとかれんげの花に目がいってしまいます。その日、わたしは春休みの宿題をやるぞ! というあっぱれな意気込みで図書館に行き、結局宿題なんかちっともやらないで、こんな本を一冊借りて帰っていくところでした。あーあ、机の前に座ってすぐに宿題はじめりゃよかったのに。つい、なにげに本たちの背中を見てしまったのが運のつき。だから、この日、うつむいて歩いていたのは、いつものくせというよりは、自己嫌悪。だから、いつもの大通りをさけて、ひさかたぶりで図書館裏。新川の土手道をトボトボうつむいて歩いておったのです……ところが、そこは春! 泣く子もだまって笑っちゃう春! そのうららかな春の日ざしをあび、土手のあちこちに咲きはじめた自分と同じ名前の花をながめていると、不覚にも、母親譲りの鼻歌などが口をついて出てくるのであります。新川橋の手前三百メートルくらいにさしかかった時、保育所脇の道から土手道にあがってくる、わたしと同い年くらいの女の子が目に入りました。セーラー服に、だぶっとしたズボン……モンペとかいうんですかね。胸には、なんだか大きな名札がぬいつけて、肩から斜めのズタブクロ。平和学習で見た映画の人物みたいで、一見して変でした。近づいてくると、もっと変……わたしと同じ鼻歌を口ずさんでいるじゃないですか! まるで学校の廊下でスケバンのキシモトに出くわした時みたいな気になり。目線をあわさぬよう、また、不自然にそらせすぎぬよう、なにげに通りすぎようとした、その時……

舞台全体が明るくなり、ちょうど通りすぎようとしている少女、かおるの姿もあらわれる。すれ違った瞬間かおるが知り合いのように声をかける。

かおる: こんにちは……
すみれ: え……
かおる: こんにちは……!
すみれ: こ、こんちは……
かおる: 嬉しい、通じた!……わたしのことがわかるんだ!
すみれ: あ、あの……
かおる: ア、アハハ、ごめんなさいね。多分通じないだろうと思ったから。いつもそうなの……だから、いつもの調子でひょいと声をかけちゃって。ごめんなさい、驚かしちゃったわね。
すみれ: あ、あの……
かおる: わたし、咲花かおると申します。よろしく。わたし、ずっとあなたみたいな人があらわれるのを待っていたのよ。急にこんなこと言われたって信じられないかもしれないけど。わたし幽霊なんです。
すみれ: ゆ、ゆうれい!?
かおる: 驚かないでね。あの、人にも幽霊にも、霊波動ってものがあってね、血液型みたいに型があるの。わたしの霊波動はめったにない型でね、RHのマイナス型。百万人に一人ぐらいかな。この型に適う人でないと、わたしの姿も見えないし、声も聞こえないの。人によって幽霊が見えたり見えなかったり、霊感があったりなかったりっていうのは、つまり、そういうことなの。そうなの、あなたの霊波動もRHのマイナスで、しっかりわたしのことが見えて、聞こえるわけなの……わかってもらえた……やっぱり驚かしちゃった?
すみれ: あ、あの、わたし急いでいるから!
かおる: あ、あの……

すみれ駆け出し。かおる消える。

すみれ: わたし、気味が悪くなったんです。新手のキャッチセールスかオタクか、変質者か……それで、夢中で土手を駆け下りて。三つほど角を曲がった、自販機の横で、やっと息をついて(ぜーぜー言う)思わず百二十円でジュースを買って……ふりかえったら……いたんです、また!
かおる: (首から下げた自販機のダミーを外して)アハハ、ごめんね。わたし慣れないものだから、やっぱり驚かしちゃったのよね。
すみれ: あ、あなた、いったいなんなのよ!?
かおる: だから、幽霊。
すみれ:うそよ。こんなまっ昼間に出る幽霊なんか……
かおる: わたし、暗いとこ嫌いなの。生きてたころから……
すみれ: そんなズッコケ言ったって信じらんないよ。
かおる: ほんとうだってば……そうだ、ちょっと見ててね。

自販機をソデに放り込み、交差点の真ん中に出て、大きく手をひろげる。

すみれ: あ、赤信号……あ、あぶない。ダンプが……キャー!!

ブレーキもかけず、クラクションも鳴らさず、ダンプはかおるの体をすりぬけ何事もなかったように走り去る(クルクル竹とんぼのように旋回することで表現)

かおる: わかった?
すみれ: な、なんなの、今の?
かおる: だから幽霊なの。一度死んじゃってるから死なないの。実体がないから、すりぬけちゃうし、運転手の人からも見えないの。
すみれ: うそ……
かおる: なんなら、今度は電車にでも飛び込んでみせようか?
すみれ: だって……
かおる: あなとは霊波動が適うから見えるの……わかった?
すみれ: ……い、いちおう。
かおる: よしよし。
すみれ: で、でもさ……わたし、小さいころからあの土手道は通っているけど。会ったことないよ……あなたって、浮遊霊?
かおる: んー……地縛霊かな、どっちかっていうと……その本のおかげなのよ、こうやってお話できるの。
すみれ: この本?
かおる: うん。本とか物体にも霊波動があるの。人とは違うけどね。それが鍵になって、二人をこうして結びつけてくれるの。それも、もともと二人の霊波動が適うからだけどね。他の人がこの本を持っていても何にもならないわ。ほら、占いとかで、ラッキーアイテムってあるでしょ。何月生まれの人は何々を持っていると幸運がやってくるとか。

すみれ、まがまがしいもののように、本を投げ捨てる。

かおる: ……それはないでしょ! 本には罪はないのよ。それに、今さらこれを捨ててもわたしは消えたりしないわよ。もう鍵は開けられたんだから(本を拾って、すみれに返す)
すみれ: その幽霊さんが何の用?
かおる: かおるって呼んでくれない。わたし、あなたのこと、すみれちゃんて呼ぶから。
すみれ: どうしてわたしの名前?
かおる: アハハ、小さい時から知ってるもの、すみれちゃんのこと。あなたも言ってたでしょ。あの土手道は、しょっちゅう通っていたって。ほら、五年生の夏。あの新川の土手で昆虫採集やったでしょ。若い担任の先生がはりきっちゃって、昆虫採集しろって。こんな都会の真ん中で……
すみれ: うん。でも、たくさんとれたよ。カブトやチョウチョ。あの夏だけは鼻が高かった……あ!?
かおる: わかった?
すみれ: あれって……
かおる: そう、わたしが手伝ったの。ひょっとしたら通じるんじゃないかと思って。
すみれ: ありがとう……
かおる: いいのよ。あれって、わたしのあせりみたいなもんだったんだから、アハハ、タラララッタラー(思わずタップを踏んだりする)
すみれ: 明るいのね、かおるちゃんて。
かおる: 幽霊が暗いなんていうのは、生きてるやつらの偏見です! ちゃんと二本の足もあるし、昼日中でも出てくるし……そうだ、携帯電話だって持ってるんだよ。ほら!
すみれ: え……?
かおる: あ……見えないんだ、すみれちゃんには……買って間がないから、まだ持ち主になじんでないんだね……いろいろできるんだよ。情報の端末になってて、買い物したり、占いしたり、好きな場所の映像とりこんだり。これで宝くじ買ったんだよ、ゴーストジャンボ!
すみれ: え、幽霊にも宝くじがあるの?
かおる もちろんよ。生きてる人の世界にあるものはたいていあるわよ。だって、もとはみんな生きてる人間だったんだからね。
すみれ: 一等は、やっぱ三億円?
かおる: ううん、生まれかわり!
すみれ: 生まれかわり?
かおる: 幽霊って、めったに生まれかわれないんだよ。だって、死んだ人って、生きてる人の何千倍、何万倍もいるんだからね。
すみれ: そうなんだ。
かおる: そうだよ。特にこのごろは少子化の影響で、めったに生まれかわったりできないんだよ……見て、今日の占い! あ、見えないんだ……
すみれ: なんて出てるの?
かおる: 今日は、あなたの死後で一番のラッキーデーでしょう。運命の人との出会いがあります……すみれちゃんのことだよ!
すみれ: わたしが!? ちがうちがう、わたしそんな運命的な人なんかじゃないよ。
かおる: ううん、絶対そうよ! この占いは絶対だよ。だって、阿倍野晴明さんが占ってるんだよ、本物の。
すみれ: アハハ……本物か。そうだよね……
かおる: あ、メールが入ってる。
すみれ: 阿倍野晴明さん!?
かおる: まさか、そんな偉い人が……お友だちよ……え……アハハ(道路の電柱一本分むこうに声をかける)そんな近いところからメールうつことないでしょ。直接声をかけてくれればいいのに……え……もう石田さんたらテレ屋さんなんだから!
すみれ: 誰と話してるの?
かおる: 石田さん。わたしの友だち。メールうったり、いっしょに宝くじ買ったり。
すみれ: あ、かおるちゃんのカレ氏!?
かおる: 違うよ、女の人だよ。婦人……女性警官。ほら、去年パトロール中に死んじゃった女性警官の人、いたでしょ?
すみれ: ああ、暴漢におそわれた子供をたすけようとして、刺された……気の毒に亡くなったんだよね、お母さんなんかウルウルだったよ。
かおる: あはは、照れてる……行っちゃった……今でも、ああしてパトロールやってんの。
すみれ: 一人で?
かおる: うん。今日は迷子の男の子の手をひいてる。
すみれ: 迷子……幽霊の?
かおる: けんちゃん。二日前に死んだばかりで、まだ自分が死んだってことがわかってないんだ……お母さんがわりかな、しばらくは……わたしもね、宝くじ預けてるの。わたしって忘れ物の名人だから。今まで三枚もなくしちゃったのよね。
すみれ: あは、そそっかしいんだ。
かおる: 失礼ね、大らかなのよ、人がらが。
すみれ: そうなんだ。でもさ、だいじょうぶ人にあずけたりして?
かおる: どういうこと?
すみれ: だって、万一あたりくじだった時にさ。すりかえられちゃったりしたら、わかんないじゃない。どうせ自分のくじの番号なんかおぼえてないんでしょ?
かおる: そりゃ……おぼえてないけど……失礼だよ、そんなふうに考えるのは。
すみれ: ちがうよ。そういう貴重品はちゃんと自己管理しなくちゃ。
かおる: 自己管理!?
すみれ: そう、自分の物は自分で責任持たなくちや。
かおる: それって、人を見たら泥棒と思えってこと?
すみれ: まあね、学校でも自分の物には自分で責任もてって言ってるよ。
かおる: 学校で!?
すみれ: 常識だよそんなこと。
かおる: 常識って、教育勅語習ってないの?
すみれ: キョウイクチョ……
かおる: 教育勅語! 兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジって!
すみれ: なに、そのおまじない?
かおる: おまじない? 友達同士信じ合いなさいってことよ。友達って、信じ合ってこその友達でしょ!?
すみれ: それとこれは別よ! 自分のことは自分で責任もたなきゃ!
かおる: すみれちゃん、あんたって、そんな、そんなひどいこと、そんな……
すみれ: そんなもとくなもないよ。頼みもしないのに昼日中から幽霊なんか出てきちゃって、いったいあなったって何様のつもりよ!
かおる: 何様のつもりって、あなた……
すみれ: なんだってのよ! 
かおる: なんだってねって、人が真剣に……
すみれ: 勝手に真剣になられてもね!
かおる: ……ね、そこの公園にでも行こう。通行人の人達が変な目で見てるよ。
すみれ: 独り言言ってる変な子だと思われてる……アハ、アハハハ(あいそ笑い)
かおる: やめなさいよ、余計変な子だと思われるよ。
すみれ: う、うん、行こう……

舞台を移動し、近くの公園に行く。 

かおる: すみれちゃん、自分のことは自分で決める人なんだよね……     
すみれ: そうだよ。見かけによらず、ガンコなの、わたしって!
かおる: そうだよね、わたしもそうだったから(モジモジしてる)
すみれ: おトイレだったら、あっちにあるよ。
かおる: 幽霊はお便所なんかいかないの!
すみれ: 何が言いたいのよ!?
かおる: すみれちゃん、宝塚って知ってる?
すみれ: うん、ベルバラとかやってる歌劇団?
かおる: 興味ある!?
すみれ: うん、お母さんとかは……若い頃はなんとかっていう宝塚の女優さんのおっかけとかしてたらしいけどね。
かおる: そうだろうね。すみれって名前も宝塚にちなんでるんじゃない?
すみれ: うん、かな?
かおる: すみれちゃんは?
すみれ: ……わかんないよ。
かおる: わたし、宝塚に入りたかったんだ。
すみれ: かおるちゃんが?
かおる: うん、何十年も昔のことだけどね。  
すみれ: 試験おっこっちゃったの?
かおる: 試験の十日前に死んじゃったの。
すみれ: え!?
かおる: すみれの花の咲くころ……ちょうど今じぶん。
すみれ: なんで、なんで死んじゃったの?
かおる: え……まあ、それでさ。宝塚うける気ない!?(おもいきり顔を近づける)
すみれ: かおるちゃん……
かおる: もし、少しでもその気があったら、わたしがすみれちゃんにのりうつってさ、試験にも合格させて、宝塚のスターにしてあげる! のりうつるっていっても、すみれちゃんは、ちゃんとすみれちゃんなんだよ。ただ、試験とか、ここ一番という時にたすけてあげるの!
すみれ: それって……
かおる: そんなばい菌みるような目で見ないでよ。
すみれ: ごめん……
かおる: ほら、電動自転車ってあるでしょ。自転車だから自分でこぐんだけど。坂道とか、苦しい道になったら、モーターが働いてたすけてくれるやつ。アシスト機能っていうのかな……あれに近い! あくまですみれちゃんの人生だから、すみれちゃんが、その気になってペダルをこいでくれなきゃ、このかおるモーターも力のふるいようがないんだけどね。
すみれ: うん……
かおる: ……これって霊波動が合ってないとできないんだよ。わたしとすみれちゃんて、RHマイナスの霊波動……百万人に一人くらいしかないのよって……さっきも言ったっけ?
すみれ: うん……でも、急な話だから……
かおる: わたしは、ずっとずっとずっとずーっと思っていたんだけどね。
すみれ: わたしには急なの!
かおる: ごもっとも……わたしの勝手な思い入れだから、ことわってくれてもいいのよ。自転車が乗る人を選んじゃいけないものね。しょんぼり。
すみれ: どうするの……わたしが断ったら?
かおる: その時はその時。また別の人をさがす。ああ、しょんぼり。
すみれ: 見つかる……?
かおる: むつかしいでしょうけど、確率の問題だから……(燃えるような目で)でも、いま目の前にいるのはすみれちゃんだからね。真剣にお願いする……おねがい、わたしにのりうつらせて!
すみれ: うん……
かおる: わたし、いつも目の前の可能性に全力をつくす人間でいたいの、幽霊だけどね。あとでうじうじ後悔しないために……すみれちゃん、どうだろ、やっぱしだめかな……ごめんね、しつこい幽霊で……
すみれ: わたし、この四月で三年生……夏ごろには進路を決めようかなって思って……今はまだ心の準備ができていないの。ごめんなさい。
かおる: ううん……でも、友達って思っててもいい? 
すみれ: うん、それくらいなら。でもさっきのキョウイクなんとかっておまじないはやだよ。
かおる: わたしも好きじゃなかった教育勅語なんて。式の日なんかに校庭に並ばされて、最敬礼で校長先生が奉読するの聞かなきゃなんないの。
すみれ: サイケイレイ……?
かおる: う、うん、こんなの(やってみせる)
すみれ: ハハハ、こんな感じ?(真似してみる)
かおる: だめだめ、腰から上はまっすぐに、角度は六十度以上!
すみれ: ……うーん……きついなあ(がまんできなく、体を起こす)
かおる: だめだよ、そのまんま十分はがまんしなくっちゃ。ほれ(すみれの上半身を倒す)
すみれ: あ、十分も!?
かおる: 最敬礼!(二人して最敬礼)……朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ、徳ヲ樹ツリコト深厚ナリ。我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス。爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ボシ……(チンおもうにワガコウソ、コウソウ国を始むることコウエンに、徳をタツルことシンコウなり。ワガ臣民ヨクチュウニ、ヨク孝に、オクチョウ心をイツニシテ、ヨヨその美をなせるは、これワガ国体のセイカにして教育のエンゲンマタ実にココニソンス。ナンジ臣民父母に孝ニケイテイニユウニ夫婦アイワシ、ホウユウアイ信じキョウケンオノレヲジシ、博愛衆ニオヨボシ……)
すみれ: ……鼻水が……ズズー(鼻をすする)ああ、やってらんないよ。
かおる: ハハハ、でしょ。ニ三分もすると、あちこちで鼻をすする音がズズー、ズズーって。まるで壊れた水道管。
すみれ: ハハハ……(かおるも、のどかに笑う)
かおる: でもね朋友相信ジって言葉は好きだった。
すみれ: ほーゆー?
かおる: 相信じ。友達同士信じ合いって意味。
すみれ: 英語のFOR YOUかと思った。
かおる: わたしもよ。FOR YOU……君のために愛を信じて! 
すみれ: FOR YOU……君のために愛を信じて。いい言葉だね。
かおる: でしょ!?   

すみれの友だちのユカがカバンをぶらさげてやってくる。

ユカ: 一人でなにブツブツ言ってんの? あぶないよ。だいじょうぶ? 二時からの約束おぼえてる?
すみれ: え……うん……(かおるを見る)でも、気がむいたらって言ったんだよ。
ユカ: まただ、すみれの気まぐれ。言いたかないけどね……
すみれ: だったら言わないで。
ユカ: 言うよ。言わせてもらいますよ。今の放送部始めたのだって、すみれの付き合いだったんだからね。その前はソフトボール。そのまた前は演劇部。そして今は帰宅部。
すみれ: ちがうよ、文芸部。
ユカ: 文芸部!?
すみれ: うん、こないだから。
ユカ: 文芸部なんてあったっけ?
すみれ: わたしが作ったの、部員わたし一人……ハハハ……
ユカ: いいかげんにしてよね。わたしも付き合いいいほうだけどね、気まぐれもたいがいにしてちょうだいよね。
すみれ: でも、今部長なんでしょ、放送部?
ユカ: あのね、うちの放送部三人しかいないんだよ。田中、鈴木、佐藤。で、全員が三年生、だから、今度の新入生5人は入れないと引退もできないだよ。受験をひかえてるってのに。すみれ、進路のこと、なんか考えてる?
すみれ: うん、少しはね……
ユカ: だめよ。今から決めておかないと、進学なんて間にあわないわよ……あ、また決心遅らせようなんて……すみれの悪いくせだよ。移り気なわりにはぼんやりで。
すみれ: ぼんやりなんかしてないよ。春休みの宿題をやろうと思って図書館に行ってたんだよ(本を示す)
ユカ: 「この町の女たち」……かたそうな本。
すみれ: この町に関係のあった女性のことを歴史的に書いてあるの、弥生時代から現代まで。知ってた? ヤマタイ国のヒミコって、この町にいたんだよ。
ユカ: うそ!? ヤマタイ国って九州とか奈良とか……
すみれ: この本にはそう書いてあるの。水戸黄門の彼女が、この町の出身でさ。旅芸人とかしてて、黄門様は、そのおっかけをするために、全国漫遊とかしてたんだよ……

ユカとかおる、のどかに笑う。かおるの笑い声の方が大きい。

すみれ: ほんとうだってば!
ユカ: どっち向いて言ってんの?
すみれ: 樋口一葉がね……
ユカ: 五千円札の女の人?
すみれ: 頭痛と肩こりがひどくって、この町のこう薬とか薬とか、よく買いにきたんだって。それを売っていたのが新撰組の土方歳三の姉さんでさ。一葉が薬を買いにくるたんびに、日頃のうっぷんしゃべりまくってさ。つまり思いのたけをね、ぶつけあって、それがもとで「たけくらべ」とか名作が生まれたんだって(二人ずっこける)
ユカ: オヤジギャグじゃん…… 
すみれ: だって、そう書いてあるもの!
ユカ: わかったわかった。でもさ、読書感想文の宿題なんてあったっけ?
すみれ: ……ううん。
ユカ: え……宿題やりに図書館に行ったんでしょ?
すみれ: しようと思ったんだよ。そしたら、この本がおもしろくって……
ユカ: すみれらしいわ。
すみれ: ……わたし、宝塚歌劇団うける!
ユカ: え!?
かおる: え……!?
すみれ: アハハ、やっぱりおかしいよね。
ユカ: なによ?
すみれ: 言ってみただけ。口に出してみればなにか響くものがあるんじゃないかなって思ったの……
ユカ: それがどうして宝塚?
すみれ: あ……

この時、上空を多数の飛行機が通過する音がする。

すみれ: となり町の基地からだね……
かおる: ……
すみれ: 戦争でもおこるのかなあ……
ユカ: まさか……まさか、本気で宝塚考えてんじゃないでしょうね。だったら親友として忠告しとくけど。あんたにその才能はないよ。
すみれ: わかってるよ。言ってみただけだって。
ユカ: にげ口上言ってる場合じゃないわよ。真剣に考えて準備しておかないと、受験なんてあっという間にくるんだからね。下らない本とか、飛行機に気をまわしてるヒマないの。
すみれ: うん、わかってるよ……
ユカ: じゃ、わたし一人で行くよ、たった一人の文芸部さん。バイバイ。
すみれ: イーだ!
ユカ: ウーだ!
すみれ: せっきょう屋!
ユカ: 気まぐれ屋!
二人: ふん!(ユカ去る) 
かおる: アハハ。
すみれ: ごめんね。やっぱり宝塚はピンとこない……
かおる: うん……いいよ(去りゆく飛行機から、すみれに視線をうつす)その本ね、わたしのことものってるんだよ。
すみれ: え、ほんと?
かおる: 戦争中のところを見て。「戦時下の女性たち」ってとこ。
すみれ: ええと……ここ? 「……戦争で沢山の女性が犠牲になりました……特に三月十日の空襲では……」
かおる: ほら、この写真。
すみれ: なに、これ……?
かおる: このまっ黒にこげてつっぱらかってる……たぶん右から三番目がわたし。
すみれ: うそ!?
かおる: 死んでしばらくはね、納得がいかなくって、このまっ黒のやけこげが自分だって信じられなかった。でも、さっきの石田さんみたいな幽霊さんがいらっしゃって、時間をかけてわからせてくださったの。      
すみれ: この黒こげが……
かおる: わたしね、最初はちゃんと避難したんだよ。でもね、宝塚の譜面を忘れちゃって、とりにもどったのが運のつきだった。
すみれ: そうなんだ……
かおる: わたしって忘れものの名人だから。
すみれ: ごめんなさい、力になれなくて。
かおる: いいよ、きっとまたいいことが……ほら。
すみれ: メール?
かおる: 小林さんからだ……霊波動の適う人が見つかったって!
すみれ: それそれ、それこそが運命の人よ!
かおる: 「適合者の氏名は八千草ひとみ。詳細は不明なるも、宝塚ファンでRHマイナスの霊波動。至急こられたし、霊界宝塚ファンクラブ会長小林一三」
すみれ: やったー!
かおる: やったー、やったー、やったー! ちょっと行ってくる。ちゃんともどって報告するからね。
すみれ: うん。友だちだもんね。
かおる: そのあいだ退屈だろうから、宝塚の体験版でもやってて。一曲だけだけど、わたしがアシストしてるみたいに歌えるわ。

すみれに向けて、携帯のスイッチを入れ、かおるは消える。

すみれ: かおるちゃん!……え、なにこの音楽……勝手に体が……

宝塚風の歌を一曲、明るく元気に歌いあげる(できれば、コーラスラインなど入り宝塚風になるといい)歌い終わって呆然とするすみれ。ユカが拍手しながらもどってくる。

ユカ: すみれ、すごいよ! さっきは照れてあんな言い方したのね……しぶいよ。 いつの間に練習したのさ!?
すみれ: これはね、つまり……ユカこそどうしたの、学校行ったんじゃないの?
ユカ: うん、表通りまで行ったら号外配っててさ。なんかわかんないけど、アラブとかの方で戦争はじまっちゃったみたい。日本のタンカーが巻き添えくって燃えてるらしいよ(無対象の号外を渡す)
すみれ: さっきの……(飛行機が去った方を見る)
ユカ: かもね(すみれにならう)すみれの歌といい、戦争といい、世の中何がおこるかわかんないね。
すみれ: 学校行く?
ユカ: ううん。きっとうちの担任まいあがっちゃってるよ。あの先生、口では平和とか命の大切さとか言ってるけど、人の不幸にはワクワクしちゃうほうだから、今は進路相談どころじゃないよ。駅前の本屋さんでも行ってくるわ、志望校の本とか見に。
すみれ: とかなんとか言って映画とか行っちゃうんじゃない?ジブリの新作やってるから。
ユカ: かもね、アハハ……すみれも、宝塚とか、本気で考えていいんじゃない? ほんといいセンいってると思うよ!(去る)
すみれ: そんなんじゃないってば! そうじゃないんだから。

かおるがもどってきている。

かおる: ほんと、いいセンいってるかもしれないわよ。
すみれ: かおるちゃん。
かおる: 本人に素質がなければ、体験版でもぎこちなくなるものよ。
すみれ: もう! で、八千草ひとみさんは?
かおる: ……九十五才のおばあちゃんだった。
すみれ: ……やっぱ、むつかしいのね。
かおる: プレッシャーかけるつもりじゃないけど。ほんと、すみれちゃん素質あるわよ。
すみれ: ありがとう……
かおる: やっぱ宝塚は……だめ?
すみれ: ごめんね。
かおる: そうよ、そうだよね。でも、宝塚はともかく、なにか、その素質生かせる、音楽の先生とか……
すみれ: うん……わたし、進路のこと思うと考えがまとまらなくなる。これかな……と思った尻から違うって気持ちになってしまう。苦手なモグラたたきみたいで、ゲームそのものから逃げ出したくなる。そのくせ夏の夕立みたいに突然やってくるおもしろいことには、後先考えずにとびついて……
かおる: 放送部とか、ソフトボールとか、演劇部とか、一人文芸部とか?
すみれ: 言わないでよ。これでも自己嫌悪。それって進路と何の関係もなくって、人生の無駄になっちゃうんだよね。ユカなんか、うらやましい。さっさと、志望校とか決めちゃって。
かおる: わたしもね、無駄って言われたんだよ、宝塚うけたいって言ったとき。その宝塚の譜面とりにもどって死んじゃったから……親にとっちゃ無駄中の無駄だったんだろうね宝塚なんて……あ、これってよかった?(無対象の号外で紙飛行機を折っていた)
すみれ: え、いいんじゃない。ユカが持ってきた号外だから。
かおる: 号外……(紙面を見て)どこかで戦争がおこったのね。
すみれ: 関係ないよ、そんな戦争。
かおる: アハハハ……
すみれ: なに?
かおる: わたし、大東亜戦争の号外も紙飛行機にして叱られたんだ。宝塚のことばっかり考えていて、お父さんが持って帰ってきた号外。叱られながら思った「関係ないよ、そんな戦争」エヘヘ、でも、その関係ない戦争で死んでちゃ世話ないけどね……すみれちゃんもやってみな。号外の紙飛行機って、よく飛ぶんだよ。
すみれ: うん。
かおる: ……無駄って大事だと思うんだ。無駄の中から本物があらわれる。無駄かなって思う気持ちが、いつか自分にとっての本物を生むんだ。気にすることないよ。
すみれ: ありがとう……
かおる: わたしもね、最初から宝塚だったんじゃないんだよ。
すみれ: え?
かおる: 最初は看護婦さん。あ、今は看護師さんて言うんだっけ。盲腸で入院したときに憧れちゃって。
すみれ: それがどうして?
かおる: ちがう。ここはこう折るんだよ……よし! 飛ばしに行こう、新川の土手に!
すみれ: うん。

二人、無対象の紙飛行機を持って、新川の土手へ。

すみれ: 看護師さんが、どうして宝塚に?
かおる: 昭和十六年に東京にオリンピックがくるはずだったんだよ。
すみれ: ほんと?
かおる: うん。で、わたし、陸上の選手に憧れたんだ。でもね、戦争でオリンピックが中止になって、むくれてたらね、叔父さんがかわいそうに思って、帝国劇場に連れて行ってくれたの。
すみれ: 帝国劇場?
かおる: あのころは、宝塚の大劇場は閉鎖されてたから、そんなとこでやってたの。
すみれ: そこで宝塚に出くわしたんだ!?
かおる: うん、そこでビビっときたの。わたしの人生はこれだって!
すみれ: 運命の出会いだったのね!  
かおる: うん。いくよ。いち、に、さん!
すみれ: えい!

手をかざし、紙飛行機の行方を追う二人。

すみれ: すごい、あんなに遠くまで……!
かおる: まぶしい……
すみれ: 幽霊さんでもまぶしいんだ。
かおる: ……
すみれ: かおるちゃん、色が白ーい……手なんか透けて見えそうだ(歌う)手のひらを太陽に、すかして見ればー……どうかした?
かおる: ……始まっちゃった。
すみれ: え?
かおる: 消え始めてる……
すみれ: 消える……!?
かおる: 幽霊はね、生まれかわるか、人に憑くかしないかぎり……やがては消えてしまうの……早い人で死後数年、遅い人で千年……思ったより早くきたな……
すみれ: かおるちゃん……
かおる: これって、成仏するともいうのよ。だから、そんなに悲しむようなことじゃない……
すみれ: いやだよそんなの。かおるちゃんがこのまま消えてしまうなんて!
かおる: 大丈夫だよ、すみれちゃんにも会えたし……
すみれ: いや! そんなのいやだ! ぜったいいやだ!
かおる: すみれちゃん……
すみれ: ね、わたしにのりうつって! わたしに取り憑いて!わたし宝塚うけるからさ!
かおる: だめだよそれは。そうしないって決めたんだから。
すみれ: わたし、素質あるんでしょ? わたし宝塚に入りたいんだからさ。ね、おねがい!
かおる: 自分のことは自分で決める。そう言ったじゃない。すみれちゃんは、まだ運命の出会いをしてないんだから、本心から望んでるわけじゃないんだから、そんなことするべきじゃないよ。
すみれ: おねがい、わたしに取り憑いて! FOR YOU 愛信じて……
かおる: ありがとう、そこまで思ってくれて。温かい気持ちのまま消えていけるわ……動かないで! 消えていく幽霊のそばにいちゃあ、すみれちゃんまで影響をうけてしまう。
すみれ: かおるちゃん……
かおる: わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……さようならすみれちゃん。あなたに会えてよかった……嬉しかったよ。
すみれ: かおるちゃん、かおるちゃん……!  
 
かおるの携帯が鳴る。

かおる: ……石田さんだ。
すみれ: ……?
かおる: ……あたったんだ!
すみれ: え?
かおる: 宝くじが当たったって、石田さんが……ほら、さっきの女性警官の人が、メールで教えてくれたの、一等賞の生まれかわりが当たったって。
すみれ: かおるちゃん!  
かおる: ……どうしよう、生まれかわりは今すぐだ……でも、そうだよね。消えかかってるんだもんね。

生まれる寸前の早鐘をうつような胎児の心音が聞こえてくる。

すみれ: 赤ちゃんの心臓……これで消えなくてもすむのね!?
かおる: うん、そう……でも、どうしよう心の準備が……
すみれ: これでまた宝塚をうけることができるじゃない!
かおる: そうね、そうよね。今度こそ、今度こそ……ね、戦争だいじょうぶだよね。さっきの戦争が日本にくることなんかないでしょうね。もう受験寸前にまっ黒こげなんてやだからね。 
すみれ: うん、大丈夫だよ。ずっと平和が続いてきたんだから。
かおる: ありがと……この携帯あげる。
すみれ: え?
かおる: これで、わたしの生まれかわる瞬間がわかる。生まれかわって、わたしが生前の記憶をなくすまでは、わたしのこと、この携帯でわかるから。わたしのことをたずねてきて……すみれちゃんには見えない携帯だから、なくさないようにね……
すみれ: うん、かならず会いに行くからね。
かおる: FOR YOU……
すみれ: 愛……
二人: 信じて……!

心臓の音、力強く大きくなる。

すみれ: いよいよ……
かおる: いよいよね……じゃ、行くわ。必ず、必ずね……

かおる消える。同時に赤ちゃんの産声。

すみれ: 生まれた……生まれかわった!

看護師:(ユカと二役でもよい)が赤ちゃん(かおる)を連れて、うかびあがる。嬉しそうなすみれ。

看護師: 北野さん、無事に生まれましたよ! 三千六百五十グラム。元気な赤ちゃん! ハハハ、だいじょうぶ、五体満足。お母さん似のお目め。お父さん似の口もと。利発そうなはり出したおデコ。きっと立派な子に育ちますよ。ね、レロレロバー……さ、それじゃお母さんのところにもどりましょうね……え? ああ、ごめんなさい。とっても元気な男の赤ちゃんですよ! 男の子!
すみれ: 男の子!?
赤ちゃん: 男の子!?(目をまんまるくしてひっくりかえり、くやしそうに泣く)
看護師: おーよしよし……(去る)
すみれ: 男の子じゃ、宝塚に入れないよ……

暗転。保育所のさまざまな音がして明るくなる。数ヶ月後のすみれがあらわれる。

すみれ: あれから数ヶ月。アラブでおこった戦争はまだ続いていますが、今のとこ日本は平和です。わたしはとりあえず大学生になりました。運命的な出会いはまだ。情けないけど、今は、とりあえずユカにぶら下がってます。かおるちゃんが心配していたとおり、あの見えない携帯はなくしてしまい、手がかりは北野という苗字、誕生日、そして三千六百五十グラムという体重だけ。秋の奉仕活動の実習に、ユカといっしょにこの栄保育所にやってきました……そして、この子を見つけました(無対象の赤ちゃんを抱き上げる)北野たけしちゃんといいます。手がかりの三条件にピッタリ。鼻すじが通って、ちょっとしぶい顔をしてるところなんか、かおるちゃんに似ています。保育所の先生たちはジャニーズ系だって言いますが……わたしはひそかに決心しました……男でも宝塚に入れる運動をおこそうと思います! おかしいですか? おかしいっていえば……あの一等の宝くじ、女性警官の石田さんが、自分のあたりくじをかおるちゃんにまわしてくれたんじゃないかなって、今は、そんな気がします……あ、やってくれちゃった……ユカ! かおる……たけしちゃんおしっこ! え、わたしが!? はいはい、おしめかえまちょうね(おしめをはずす)ああ、出てる最中!(おしっこが顔のあたりまでふきあがる)ええと、おしめのかえ方は……ええと……ちょっとユカ!

テーマ曲流れ、すみれが不器用におしめをかえるうちに(登場人物全員が出てきて、宝塚風のフィナーレになったら、いっそういい)

――幕――

作者の言葉

書き終えて、少し気になることがあります。このお芝居は反戦劇ではありません。むろん、そうとらえて上演してもらってもいいのですが、命と希望に想いをいたして上演していただければ幸いです。みなさんで工夫をしていただいて、歌と踊りの入った音楽劇にしていただければ言うことありません。歌が苦手なあなたたちなら、役者の声質に似た人に歌ってもらった録音を使うなど、既成の音源を使ってもいいでしょう。その時に注意してもらいたいのは、自分でも歌っておくことです。そうすると本当に歌っているように聞こえるし見えます。また、音楽部やダンス部とのコラボを考えてみるのもいいと思います。かつて名古屋音大のみなさんが、初稿板ですてきなミュージカルにしてくださいました。みなさんも楽しみながら演じていただければと願っております。
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