大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・54『第十二章・1』

2017-12-10 16:44:37 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・54   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第十二章 マクベスの首・1』

 マクベスの首が、旗竿の先に括りつけられて現れたところだった。

「薮さんのとこまで行ってきてくれないか?」
 頭の上から声が降ってきた……仰向けになって本を読んでいたわたしは、そのまま上目遣いに、二十センチほど開けられた襖の隙間に目をやった。
 そこには、サンドイッチのパンみたく、端っこをちょん切った兄貴の顔が見えた。
 アンニュイも、端っこをちょん切って逆さになると、ひどく間が抜けて見えるもんだなあ……と思った。
「入れば……」
 間抜けの逆さ顔にそう言った。
 逆さのまま、その顔が大きくなった。
 つまり兄貴が部屋に入ってきて、しゃがみ込んで、わたしの顔を逆さに覗き込んだのよね……恋人同士なら、このシュチュエーション、フラグの一つも立つんだろうけど、兄貴じゃね。
「だからさ、薮さんのとこにさ……」
 薮……バーナムの森なら、なんて妄想が頭に浮かぶ
「なんだ、まどか、シェ-クスピアなんか読んでんのか。大雪が降るわけだ」
「兄ちゃん……鼻毛伸びてるわよ」
 わたしの逆襲に、兄貴は素直に鼻毛を抜いた……と、思ったら。
「……ハーックション!」
 盛大なクシャミで反撃された。かろうじて身をかわして、鼻水とヨダレの実弾攻撃から逃れた。楯がわりになったシェークスピアに多少の被害。
 起きあがって、まっすぐ見た兄貴の顔は、やっぱ間抜け……というよりタソガレていた。


 事情を聞いたわたしは、兄貴への多少の同情と、我が家のシキタリのため角樽のお酒をぶら下げて、薮医院を目指した。
 いつもなら、自転車で行くんだけど、わたしの頭の中にはシェークスピアの四大悲劇の断片が、ポワポワ浮かんで、なかば夢遊病。
 危ないことと、この夢遊病状態でいたいため、あえて歩いて行くことにした。

 なんでシェ-クスピアなんか読んでるかと言うと、はるかちゃんのアドバイスなのよね。
 観ること、読むことから始めてみれば。ということだったので、とりあえず千住の図書館に行って、シェ-クスピアの四大悲劇を借りてきた。
『ハムレット』から始め『リア王』『オセロー』そして、夕べからトドメの『マクベス』になったわけ。マクベスの首が出てくるのは、最後のページ。わたしは四日間で四大悲劇を読破したわけ。
 しかしシェークスピアというのは、どの作品も、やたらに長くて、登場人物が多い。きちんと読もうと思ったら、登場人物の一覧片手に三回ぐらい読まなきゃ分からない。
 ラノベに毛の生えた程度のものしか読まないわたしには、至難の業……で、とりあえず読み飛ばしたわけ。
 だから、まとまったストーリーとしては頭に入らず、断片だけがポワポワ浮かんでいるというわけ。
 しかし、さすがはシェークスピア。断片といっても、その煌めきが違う。
 こうやって素直にお使いに出たというのは、ちょっぴり兄貴に同情したからばかりではない。
 悪逆非道なマクベスは、魔女たちからこう言われる。
「バーナムの森が攻め寄せぬかぎり、そなたは死なぬ。女の腹から産み落とされた人間に、そなたを殺すことはできない!」
 で、薮を森に見たててのお出かけ。
 そんでもって、マクベスを討ち果たしたのは、月足らずで母親の腹から引きずり出されたマクダフ。わたしも未熟児で、八ヶ月ちょっとで帝王切開でお母さんのお腹から引きずり出されたってわけ。これには、当時の我が家の状況が影響してんだけど、それは後ほどってことで。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・53『第十一章・4』

2017-12-09 17:06:13 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・53   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十一章 貴崎サイドの物語3・4』


「今、乃木坂の三人が来てくれたところなんですよ。ほら、このクリスマスロ-ズ。あの子たちが持ってきてくれたんです」

 お見舞いに持ってきた、オルゴール(潤香とわたしが共に好きなポップスが入ってる)のネジを巻きながらお姉の紀香さんが言った。

「あ……!」
「え?」
「わたし、ここにタクシーで来たんですけど。地下鉄の入り口のところでキャーキャー言ってる雪だるま三人組……を見かけた」
「それですよ。まどかちゃん! 里沙ちゃん! 夏鈴ちゃん!」
 モグラ叩きを思わせるテンションで紀香さんが言った。無性に、あの三バカが愛おしくなってきた。
 気がついたら、紀香さんと二人オルゴールに合わせて唄っていた。
「フフフ……」
 どちらともなく、笑いがこみ上げてきた。
「わたしも、いつの間にか覚えちゃって……いい曲ですね、これ」
「ええ、ゆったりした曲なんですけど、元気が出てくるんです」
「ですね……」
 二人して、自然に目が窓に向いた。音もなく降りしきる雪。窓辺に立てば、向かいのビルはおろか、道行く人の姿もおぼろにしか見えないだろう。
 上から下に向かって雪が降るものだから、フと、この病室がエレベーターのように静かに昇っていくような錯覚におちいる。
「先生、コーヒー飲みません?」
「え、ええ」
「ちょっと、買ってきます。病院出たすぐ横にテイクアウトのコーヒーショップがありますから、微糖でいいですね?」
「あ、すみません」
「いいえ、わたしも、ちょっと外の空気吸いたいですから。その間潤香のことお願いします」
「はい、ごゆっくり」
「じゃあ……」
 一瞬少女のような笑顔になって、紀香さんはドアを閉めた……遠ざかる足音は小鳥のように軽やかだった。
 あらためて潤香の顔を見る……色白になっちゃって……でも、こんな意識不明になっても、どこか引き締まった女優の顔になっている。
 

  去年の春、初めて演劇部にやってきたとき……覚えてる、潤香?

 小生意気で、挑戦的で、向こう見ず。心の底じゃビビってるけど、もう一人の自分が尻を叩いてる……その、もう一人の潤香がこの顔なんだよね。いや、成長した「この顔」なんだよね。
 最初はコテンパンにやっつけてやった。でも、潤香はそれに応えてくれた。そして学園祭では主役に抜擢。華のある女優になった……ミス乃木坂になって、中央発表会じゃ主演女優賞……潤香との二年近い思い出が、まき散らした写真のように頭の中でキラキラしている。

「お待たせしました」

 紀香さんがコーヒーのカップを持って戻ってきた。一瞬表情を取り繕うのに戸惑った。
「先生も、いろいろ思い出していたんでしょ?」
「え、ええ、まあ」
「入院してからの潤香って不思議なんです。気持ちをホッコリさせて、昔のことを思い出させてくれるんです……どんなに辛い思い出でもホッコリと……」
 二人いっしょに、コーヒーカップのプラスティックの蓋を開けたものだから、病室いっぱいにコーヒーの香りが満ちた。空気がコーヒーに染まって琥珀色になったような錯覚……きっと、外が雪の白一色だから。

「あの日も……雪が降りしきっていました」

「え……?」

「去年のいまごろ……」
「ああ、終業式の明くる日でしたね。電車とか遅れて出勤するのが大変でしたね」
「あの日も、こんな風に窓から降ってくる雪を見ていたんです……なんだか、自分の部屋が、エレベーターみたく穏やかに遙かな高みへ連れて行ってくれそうな気になって……」
「フフ、わたしも、さっきそんな気がしたとこ」
「その高みにあるのは……天国です」
「え……?」
「これを見てください……」
 紀香さんは、左手のセーターをたくし上げた……危うくむせかえるところだった。

  リストカット……

「その日が初めて。深く切りすぎて……でも、これで楽になれるって開放感の方が大きくて」
「紀香さん……」
「でも、潤香が……この子が腕を縛り上げて、救急車を呼んじゃって……病院じゃ、ずっとこの子に見張られてました。そのころ、この曲が耳について覚えちゃったんです」
「そうだったんですか……」
「それからは、潤香、いろんなとこへ連れて行ってくれて。春休みのスキーがトドメでした」
「あ、あの足を折ったの!?」
「わたしの気を引き立てようとして、雪が庇みたくなってるとこで、大ジャンプ」
「それで……潤香ったら、わたしに何も言わないもんで」
「約束しましたから、誰にも言わないって……でも、その約束、自分から破っちゃいました!」
 ひとしきり二人で笑った。
「あ、潤香の手首見てやってください」
「え……!?」


 即物的なわたしは、雪だるまになることもなく、病院の車寄せに見舞客を乗せてきたタクシーにそのまま乗って家路についた。

 紀香さんには驚いた。しかし考えてみると、クリスマスイブに二十歳の(わたしが見ても)美人が、どこにも行かず、一人で妹の看病をしているのは少し頭を働かせれば分かることではあった。
 そして、いい意味で驚いたのは、潤香の左手首。

 ゴールドのラメ入りのミサンガ。

 夏鈴が、部員全員のを編んだそうだ。潤香を入れて四人分を……そして、枕許の写真。
 演劇部一同の集合写真の横に、それはあった。
 タヨリナ三人組の……その上に掛けられた三枚の『幸せの黄色いハンカチ』

 ちょうど赤信号でタクシーは停まっていた。

「もう、ここでいい。降ろしてちょうだい」
「すみませんね、この雪でノロノロしか走れないもんで」
「ううん、そうじゃないの。はい料金」
 恐縮しきりの運ちゃんを尻目に、わたしはドアが開くのももどかしく飛び出した。

 わたしだって、雪だるまになりたい時があるんだ!

 誰かさんが言ってたわよね。
「まだまだ使い分けのできる歳だ」
 今日ぐらい使い分けたっていいじゃんね!

 その直後、お祖父ちゃんから、ひどく即物的な電話がかかってくるとは夢にも思わない、なり損ないの雪だるまでありました。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・52『第十一章・3』

2017-12-08 17:09:11 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・52   



『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十一章 貴崎サイドの物語3・3』


 折良く繋ぎの仕事が見つかった。

 二乃丸学園高校の先生が急病になり、二学期末の今になって常勤講師が必要になった。小田さんのプロダクションが、新聞社を相手にさらなる訂正記事と謝罪を要求。訴訟も辞さない意気を見せ。新聞社も一面で、謝罪記事を載せ、編集長も更迭。
 そこへわたしが(匿名ではあるけども)学校をいさぎよく辞めたことも世間の知ることとなり、二乃丸学園は即決でわたしを常勤講師に雇ってくれた。
 一応学年末までの契約であるけども、来年度から正規職員として勤めて欲しいと非公式な打診があった。
しかし、やっぱ乃木坂の貴崎マリの名前はダテじゃない……と自惚れてもいた。

 着任したその日に、実質的な演劇部の顧問になった。

 二乃丸学園は、城南地区の所属であり、乃木坂とぶつからないのも気が楽だった。コンクールで、乃木坂と争うのはさすがに気が引ける……ってことは、自分が指導すれば、この欠点も無ければ、取り柄もない平凡な部員十名の二乃丸学園高校演劇部をイッチョマエの演劇部にする自信はあったのよね。

 初日から、わたしの指導は厳しかった。
 まず、発声練習をやらせてみた。満足に声が出る者が一人もいない。エロキューション(発声に関わるすべての技能)がまるでなっていない。鼻濁音ができないくらいは仕方がないとしても、腹式呼吸ができていないことは許せなかった。
 聞けば、都の連盟の講習会にも出ているとのこと。わたしは、その講習会でエロキューションの担当だった。
「講習会で、何を聞いてたのよ!?」
 つい乃木坂のノリになってしまう。
「まずは腹式呼吸だけども、あんたたち腹筋と横隔膜弱すぎ!」

 ちなみに、呼吸法は三通りある。
 一番ダメなのが肩式呼吸(俗に、肩で息をするというもので。息が浅く、発声器官である声帯にも影響を与えやすく。また、呼吸が観ている者に丸見えで、エキストラを演っても死体の役ができない……って、分かるわよね。息をしている死体なんてないでしょうが)
 次に、胃底部呼吸。これを腹式呼吸と間違えている者は、プロの役者の中にもいる。腹筋が弱く、横隔膜だけに負担をかけ、長時間やっていると胃が痛くなる(だからイテー部呼吸というものでもないけどね) これも、息が浅く。長丁場な芝居や、長台詞には耐えられない。
 三番目が、大正解の腹式呼吸。横隔膜と腹筋の両方を使い、イメージとしてはお腹に空気が入ってくる感じ。目安としては、おへその指三本分下(古い言葉で丹田と言います)がペコペコする呼吸法。吸い込める空気の量が多く、また声帯からも遠く影響を与えにくい。

 まず、できていないことを自覚させる。廊下の窓に向かって一列に並ばせ、窓ガラスにティッシュペーパーをあてがわせる。そして、口を尖らせ「フー」って感じでティッシュに息を吹きかけガラスに貼り付けさせる。最低二十秒……できる子は一人もいなかった。
 で、腹筋の訓練。初心者なので五十回にしてやるが、これもできたのは二人だけ。
「あんたたち、体力無さすぎ!」
 で、グラウンドを十周させたところで時間切れ。
 クタクタになって、着替えている部員たちに宣告した。
「演劇部を文化部だと思ってる子は気持ち入れ替えて、演劇部は体育会系なんだからね」
 そして、集合時間の厳守(五分前集合)を言い渡し、こう命じた。
「明日は、トンカチとノコギリを持ってくること。いいね!」
 そして、解散するときにする挨拶を教えた。
「貴崎先生ありがとうございました。みなさんお疲れ様でした!」
 ヤケクソで十人が合唱した。

 明くる日は、一通りの腹式呼吸の練習を終えたあと、三六(さぶろく=三尺、六尺……つまりベニヤ板一枚分)の平台作りをやらせた。芝居の基本道具で、なにかと便利なのだ。
 案の定、まともにノコも引けなければ、釘も打てない。
「いい、ノコギリは体の正中線のとこに持ってきて……」
 各自一本ずつの木を切らせ、釘を一本打たせたところでおしまい。
「貴崎先生ありがとうございました。みなさんお疲れ様でした!」
 これを一週間続けたところで、期末テスト一週間前。部活はテスト終了まで休止期間に入る。
 期末テストは、前任者に教えてもらっていた生徒のノートをざっとみて見当をつけて問題をつくり、内規通りの平均点(五十五点~六十五点)にピタリと収め、無事完了。

 テスト後の短縮授業になった。
「さあ、クラブがんばるぞ!」
 と、意気軒昂……だったのは、わたし一人だった。

 十人の部員の半分がほかのクラブとの兼業だった。乃木坂では許されないことだ。
「どっちかにしなさい!」
 言ったとたんに、三人が辞めていった。

 なんとか、腹式呼吸のなんたるかが分かり、平台一枚ができあがった時には、部員は半分の五人に減って、終業式兼クリスマスイブである十二月二十四日がやってきた。
 この日ばかりは、部活は休み。平台一枚の完成を祝し、五人の結束を高めるため、身銭をきって宅配ピザをサービスして、忘年会をしてやった。


 一人空回りした忘年会が終わったあと、わたしは降りしきる雪の中、潤香の見舞いに行ったのだった。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・51『第十一章・2』

2017-12-07 16:41:17 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・51   

 

『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十一章 貴崎サイドの物語3・2』


 案の定、明くる日には電話があった。

 バーコードではなく、校長直々の電話だった。
「先生の責任感と硬い御決意には感服いたしました……」
 以下、延々十分にわたり言語明瞭意味不明の、とても言い訳とは思えない「喜び」のこもった送る言葉を聞かされた。送別会は丁重にお断り、退職に関わる書類などの遣り取りも郵送で済ませてもらえるように、電話を代わった事務長と話しをつけた。

 峰岸クンに電話をした。

 クラブの後始末を頼み、ちょびっと、わたしの裏事情に関わることを聞いたが、とぼけられた。
 代わりに一呼吸おいて、バーコードとの会話を録音していたことを告げられた。
「これを公表させてください。全てが解決します」
「罠だってことは分かっていたの。こうでもしなきゃ、責任もとらせてもらえないもの」
「先生の責任じゃ……」
「小田先輩とのことは濡れ衣。でもね、潤香となゆたを命の危険に晒したことはわたしの落ち度。火事のこともね」
 その後、峰崎クンは一言二言ねばったけれど、わたしの決心が硬いことを知ると、飲み込んでくれた。
 ただ、わたしの退職が決まったその日のうちに、替わりの講師がやってきたことをトドメに言われた時は、一瞬血圧が上がった。さすが峰崎クン、ツボは心得ている。
 しかし、わたしの心の凝りはそれで解れるほど生やさしいものではなかった。

 これでも、まだ、どうしてわたしが易々と罠にかかりにいったか。不思議に思う人がいるかもしれない。それには、こう答えておくわ。

――こうでもしないと、わたしは責任を取ることさえさせてもらえなかったって……なぜ、そうなのか。それは言えません。
 結果的には、命の次に……いいえ、命以上に大切な乃木高演劇部を捨てたか分からないという人がいるかもしれない。

――好きだからこそ、捨てたの。乃木高演劇部は私の所有物じゃない。気障な言い方だけど、乃木高演劇部は神の居ます神殿のようなもの。わたしは、それを預かる神官に過ぎない。六年前わたしは山阪先生という神官から、それを預かった。
 もし、乃木高演劇部という神殿に神が居ますなら、たとえ神官が代わろうとも、いつか必ず復活するはず。貴崎マリという神官がいる間は、前任の山阪先生の時とは全く異なる色に染め上げた。しかし、どんな色に染まろうと、神が居ます限り、それは乃木高演劇部であるはず。

 その神官は、わたしの予想を遙かに超えて、早く現れた。神殿を閉じたその時に。

 その後継者を峰岸クンから知らされ、正直わたしは……ズッコケた。
 なんと、その神官……という自覚も無い後継者は、一年生の仲まどかと二人の部員。
 唖然、呆然、わたしが密かに名付け、本人たちもそう自覚してはばからない憚らないタヨリナ三人組……。

 しかし、ズッコケながらも感じていた。この仲まどかという神官は案外ホンモノかもしれない。

 だから、この新生乃木高演劇部に手を貸すべきかという峰岸クンの当然すぎる申し出に、こう答えておいた。

「否(いな)」

 ただ、わたしの中には、まだ迷いがあった。本当の神官は芹沢潤香かもしれない。しかし潤香は意識不明の闇を彷徨っている。とりあえずは見守っているしかない。わたしはすでに神官ではない……それだけははっきりしていたから。
 昨日、理事長から電送写真(普通は写メという)が送られてきた。
「この子たちは、こんなに大きな『幸せの黄色いハンカチ』を掲げて待っております」との電信文(普通メールという)が付いていた。
――この子たちが待っているのは「神」です。この子たちは神官です。そして、わたしは神殿を出てしまった元神官にすぎません――わたしは、そう返事しておいた。
 折り返しご返事が返ってきた。

「了」

 電信文には、この一文字だけが書かれていた。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・50『第十一章・1』

2017-12-06 16:15:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・50   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

『第十一章 貴崎サイドの物語3・1』

 最初から罠だとは分かっていた。

 理事長に会った明くる日に、バーコードに呼び出された。
 放課後の校長室。
 校長室というのは、どこでもそうだけど、校長の個人的なオフィスというだけではない。
 普通教室ならまる一つ分のスペースには、校長用の大きな机と、指導要録なんかの重要書類の入った金庫。それに、応接セットを置いても、半分のスペースが残る。そこには大きなテーブルが十数個の肘掛け付き椅子を従えて鎮座している。運営委員会など、学校の重要な小会議が開けるようになっている。
 校長や教頭が、保護者や教師に「折り入っての話し」をする時にも使われる。
 バーコードは、その折り入ってのカタチでわたしを呼び出した。

「失礼します」
 ノックと同時に声をかける。ややマナー違反だが構わないだろう。
「どうぞ」
 返事と同時にドアを開けた。
 バーコードは、わざとらしく観葉植物のゴムの木に水なんかやっていた。観葉植物の鉢の受け皿には、五分目ほども水が溜まっていた。 罠にかける緊張から、水をやりすぎていることにも気づかない。分かりやすい小心者だ。
「いやあ、お忙しいところすみませんなあ」
 バーコードは鷹揚に応接のソファーを示した。
 バーコードが座ったのは、いつも校長が座る東側のソファー。背後の壁には歴代校長のとりすました肖像画や写真が並んでいる。バーコードが、初代校長と同じポーズで座っているのがおかしかった。
「実は、この度の件、早く決着させておこうと思いましてね。いや、今回の度重なる事故は、先生の責任ではないことは重々承知しております。校長さんも気の毒に思っておいでです。今日は校長会で直接お話できないので、くれぐれも宜しくとのことでした」
「緊急の校長会なんですね。定例は奇数月の最終土曜……来週三十日が定例ですよね」
「え……あ、いや。なんか都合があったんでしょうな」
――そちらの都合でしょうが。
「申し上げにくいことですが、今回の件につきましては、残念ながら、くちさがない噂をする者もおります……」
――だれかしら、その先頭に立っているのは……。
「で、理不尽とお感じになるかもしれませんが、そういう者たちの気持ちもなだめなきゃならんと……なんせ、職員だけでも百人近い大所帯ですからなあ……」
「みなまでおっしゃらないでください。間に入って苦労されている教頭先生のお気持ちも分かっているつもりです」
「貴崎先生……」
「わたしに非がないと思って庇ってくださる先生のお言葉は、身にしみてありがたいと思っています。しかし噂が立つこと自体わたしに甘えや、日頃の行いに問題があるからだと思います。生徒二人を命の危険に晒したことは、やはり教師としての資質の問題であると感じています」
「貴崎先生、そんなに思い詰められなくても……」
「いいえ、やはりこれはケジメをつけなければならないことだと思います。一義的には、生徒を命の危険に晒したこと。二義的には、学校の名誉を傷つけてしまったこと。そして、もう一つ。わたし自身のためにも……ここで、教頭先生のお言葉に甘えて自分を許してしまっては、ろくな教師……人間になりません。どうか、これをお受け取りください」
 わたしは懐から封筒を出して、そっとバーコードの前に差し出した……校長の机の上に不自然に置かれた万年筆形の隠しカメラのフレームに封筒の表が自然に見えるように気を配りながら。

 封筒の表には「辞表」の二文字が書かれている。

 バーコードは、一呼吸おいて静かに、しかし熱意をこめてこう言った。
「いや、これは。あ、あくまでもくちさがない者どもの気を静める為だけの方便でありますから、理事会のみなさんにお見せして、そのあと直ぐに却下という運びになりますので、どうかご安心して、ご自宅で待機なさっていてください」
「ご高配、ありがとうございます……」
 と言って、わたしも一呼吸置く……バーコードが演技過剰で、カメラに被ってしまう。
 わたしは、腰半分窓ぎわに寄り、臭いアドリブをカマした。
「こうやって、わたしの心は、やっとあの青空のように晴れやかになれるんです……」
「貴崎先生……貴女のお気持ちはけして忘れはしませんぞ!」
 感極まったバーコードはわたしの手を取った(気持ち悪いんだってば、オッサン)
「では、これで失礼します」
 カメラ目線にならないように気をつけながら、わたしは程よく頭を下げた。
 カメラのアングルの中に入っているので、部屋を出るまで気が抜けない。
 ドアのところで振り返り、トドメの一礼をしようとしたら、バーコードが、またゴムの木に水をやっているのが目に入った。
「教頭先生……水が溢れます!」
「ワ、アワワワ……」
 と、バーコードが泡を食ったところでドアを閉めた。

 あれだけ、台詞の間を開けてやればビデオの編集もやりやすいだろう。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・49『第十章・4』

2017-12-05 16:10:00 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・49   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第十章 再開……それは大雪のクリスマスだった・4』


「わたし、八月に一回戻ってきたじゃない」
「うん、あとで聞いて淋しかったよ。分かってたら、クラブ休んだのに」

「あれは、わたしのタクラミだったの。だれにも内緒のね……旅費稼ぐのに、エッセーの懸賞募集まで応募したんだよ」
「さすが、はるかちゃん!」
「でも、わたしって、いつも二等賞以下の子だから」
「乃木坂でも準ミスだったもんね。じゃ二等賞?」
「フフ……三等賞の佳作。賞金二万円よ。これじゃ足んないから、お母さんがパートやってるお店のマスターにお金貸してもらってね。むろんお母さんには内緒でね」

 はるかちゃんは、二つ目のミカンを口にした。さっきより顔が酸っぱくなった。

「帰ったお家に黄色いハンカチは掛かってなかった……」
「じゃ……」
 わたしもミカンを頬ばった。申しわけないほど甘かった。
「機械と油の匂いが……うちは輪転機とインクの匂いだけど、しなかった。その代わりに……あの人がいた」
 はるかちゃん、遠くを見る目になった。その隙にミカンをすり替えてあげた。
「あの……その……」
「今は、うまくいってるよ……当たり前じゃない、そうでなかったらここに戻ってこられるわけないでしょ。今は秀美さんのこと東京のお母さんだと思ってる」
 はるかちゃんは涙目。でも、しっかり微笑んでる。
「ところで、まどかちゃん。あんた演劇部うまくいってないんだって?」
 すり替えたミカンは、やっぱ酸っぱかった。
「二十九人いた部員……四人に減っちゃって」
「乃木坂の演劇部が、たったの四人!?」
「潤香先輩は入院中。で、残りの三人はわたしと、二階で寝てるあの二人……」
「そうなんだ……やっと、おまじないが効いたみたい。甘くなってきた」

 はるかちゃんのミカンが甘くなったところで、ここに至った経緯を、かいつまんで話した。相手がはるかちゃんだったので心のブレーキが効かなくなって、涙があふれてきた。

「そう……まどかちゃんも大変だったのね」
「マリ先生は辞めちゃうし、倉庫も焼けて何にも無しだし……部室も、年度末までに五人以上にしなきゃ出てかなきゃなんないの」
「そうなんだ……でも、やってやれないことはないと思うよ」
「ほんと……?」
「うん。だって、うちのクラブね、たった五人で府大会までいったんだよ。それも五人たって、二人以外は兼業部員と見習い部員」
「ん……兼業部員?」
「うん。他のクラブや、バイトなんかと掛け持ちの子」
「じゃ、見習い部員てのは……?」
「わ・た・し」
「はるかちゃん、見習いだったの?」
「うん、わたしは夏頃から正規部員になりたかったんだけど、コーチが頑固でね。本選に落ちてやっと正規部員にしてもらったの」
「なんだか、わけ分かんない」
「でしょうね。語れば長いお話になるのよ……ね、これからはパソコンとかで、話そうよ。カメラ付けたらテレビ会議みたく顔見ながら話せるし」
「うん。やろう、やろう……でも……」
「ハハ、自信ないんだ。ま、無理もないよね。天下の乃木高演劇部が、実質三人の裸一貫だもんね」
「うん、だから今日はヤケクソのクリスマスパーティー」
「でも、まどかちゃんのやり方って、本質外してないと思うよ」
「ほんと?」
「うん。今日みんなで『幸せの黄色いハンカチ』観たのって大正解」
「あれって、さっきも言ったけど、テーブルクロス洗って干してたら、理事長先生に言われて……」
「意味わかんないから、うちのお父さんからDVD借りて……で、感動したもんだから。あの二人にも観せようって……でしょ?」
「うん、景気づけの意味もあるんだけどね」
「次のハルサイの公演まで、五ヶ月もあるんでしょ?」
「うん、上演作品決めんのは、まだ余裕なんだけどね。それまで何やったらいいのか……」
「今日みたくでいいんだよ。お芝居って、演るだけじゃないんだよ。観ることも大切なんだ……お芝居でなくてもいい、映画でもいいのよ。いい作品観て自分の肥やしにすることは、とても大事なことなんだよ。だって、そうでしょ。野球部やってて、野球観ないやつなんている? サッカーの試合観ないサッカー部ってないでしょ」
「うん、そう言われれば……」
「演劇部って、自分じゃ演るくせに、人のはあんまり観ないんだよね」
 コンクールでよその学校のは見てたけど、あれはただ睥睨(へいげい=見下す)してただけだもんね。
「芝居は、高いし。ハズレも多いから今日みたく映画のDVDでいいのよ。それと、人の本を読むこと。そうやってると、観る目が肥えるし。演技や演出の勉強にもなるのよ。それに、なによりいいものを演りたいって、高いテンションを持つことができる!……って、うちのコーチの受け売りだけどね」
「じゃあ、今日『幸せの黄色いハンカチ』観たのは……」
「うん、自然にそれをやってたのよ。まどかちゃん、無意識に分かってたんだよ!」
「はるかちゃん……!」

 二人同時にお盆に手を出して気がついた。

 ミカンがきれいになくなっていること。ふたりとも口の周りがミカンの汁だらけになっていること……二人で大笑いになっちゃった。
 はるかちゃんがポケテイッシュを出して口を拭った。
「はい、まどかちゃんも」
 差し出されたポケティッシュにはNOZOMIプロのロゴが入っている。
「あ、これってNOZOMIプロじゃない」
「あ……あ、東京駅でキャンペーンやってたから」
 その時、はるかちゃんの携帯の着メロが鳴った。
 画面を見て一瞬ためらって、はるかちゃんは受話器のボタンを押した。
「はい、はるかです……」
 少し改まった言い方に、思わず聞き耳ずきん。
「え……あれ、流れるんですか……それは……はい、母がそう言うのなら……わたしは……はい、失礼します」
 切れた携帯を、はるかちゃんはしばらく見つめていた。
「どうかした……?」
「え、ああ……まどかちゃん」
「うん……?」
「相談にのってくれるかなあ……」

 この時、はるかちゃんは、彼女の一生に関わるかもしれない大事な話しをしてくれた。ポケティッシュは、東京駅でのキャンペーンなんかじゃなかった。
 わたしは、ただびっくり。まともな返事ができなかった。
 ただ、ミカンの柑橘系の香りとともに、わたしの一生の中で忘れられない思い出になった。


 はるかちゃんが三軒となりの「実家」に帰ると、入れ違いに兄貴が帰ってきた。

「だめじゃないよ、雪払わなくっちゃ」
「あ、ああ……」
 兄貴は、意外と素直に外に出て、ダッフルコートを揺すった。いつもなら一言二言アンニュイな皮肉が返ってくるのに。
「兄ちゃん……」
 兄貴は、なにも答えず明かりの消えた茶の間に上がって、そのまま二階の自分の部屋に行く気配。
 兄貴らしくもない、乱暴に脱ぎ捨てた靴。
 それに、なにより、今見たばかりの頬の赤い手形……。
 兄貴は、どうやらクリスマスデートでフライングしたようだ。

 再建が始まったばかりのわたしたちの演劇部。フライングするわけにはいかない。

 一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩き出すしかないのよね……。
 兄貴が閉め忘れた、玄関を閉めにいく……表は、東京では珍しい大雪が降り続けていた。

「メリークリスマス……」

 静かに、そう呟いた……忠クンの顔が浮かんで、ポッっと頬が赤らむ。
 それを聞きとがめたように、遠くで犬が吠えた。
 わけもなくウロタエて、わたしは身震い一つして玄関の戸を閉めました……。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・48『第十章・3』

2017-12-04 17:01:14 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・48   

 これは前出の『まどか 乃木坂学院演劇部物語』の初稿です。紛失していたもが出てきましたので再掲載しました。

『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第十章 再開……それは大雪のクリスマスだった・3』


 松竹の富士山が、ド-ンと出て映画が始まった。やっぱ五十二型は迫力が違うのよね。

 網走刑務所から、それは始まった。
 健さん演じる島勇作。彼の葛藤の旅路がここから始まった。
 網走駅前で、ナンパし、されている欣也と朱美に出会い、旅は三人連れになる。
 互いに、助け、助けられ。あきれ、あきれられ。泣いて、笑って。そうしているうちに三人の距離は縮まっていく。
 そして、勇作を待っている……待っているはずの(いつか、欣也と朱美という二人の若者の、観客の願望になる)妻との距離が……。
 そして、見えてきた……夕張の炭住にはためく何十枚もの黄色いハンカチが!
 それは約束のしるし、あなたを待ち続けているという妻の心にいっぱいの愛情のしるし!
 エンドロールは、涙でにじんでよく見えない……。
 バスタオルがあってよかった、ティッシュだったら何箱あっても足りないもん。


 そのあと、二階のわたしの部屋でクリスマスパーティーを開いた。
 むろん、はるかちゃんも一緒。
 六畳の部屋に四人は窮屈なんだけど、その窮屈さがいいのよね。
 あらためて、はるかちゃんに二人を、二人にはるかちゃんを紹介した。もう互いに初対面という感じはしないようだ。同じ映画を観て感動したってこともあるけど、わたし自身が双方のことを話したり、メールに書いていたりしていた……。
 クラブのことはあまり話さなかった。いま観たばかりの映画の話や大阪の話に花が咲いた。
 同じ日本なのに、文化がまるで違う。例えば、日本橋という字にしたら同じ地名になる所があるんだけど、東京じゃニホンバシと読み、大阪ではニッポンバシ。むろんアクセントも違う。
 タコ焼きの食べ方の違いも愉快だった。東京の人間は、フーフー吹いて冷ましながら端っこの方からかじっていくように食べる。大阪の人間は熱いまま口に放り込み、器用に口の中でホロホロさせながら食べるらしい。それでさっき、はるかちゃん食べるの早かったんだ。はるかちゃんは、すっかり大阪の文化が身に付いたようだ。
 それから、例の『スカートひらり』の話になった。このへんから里沙と夏鈴は聞き役、わたしと、はるかちゃんは懐かしい共通の思い出話になった。

「あ、寝ちゃった……」
 小学校のシマッタンこと島田先生の話で盛り上がっている最中に、里沙と夏鈴が眠っていることに気がついた……。


 二人にそっと毛布を掛けて、わたし達は下に降りた。
 茶の間では、さっきの宴会の跡はすっかり片づけられ、おばあちゃんとお母さんがお正月の話の真っ最中。お父さんは、その横でいびき鼾をかいていた。おじいちゃんは早々に寝てしまったようだ。
「遅くまですみません」
「ううん、まだ宵の口だわよ。あんたたちもこっちいらっしゃいよ」
 お母さんが、炬燵に変わった座卓の半分を開けてくれた。
「あの、よかったら工場で話してもいいですか?」
「構わないけど、冷えるわよ」
「わたし、工場の匂いが好きなんです。わたしんち、工場やめて事務所になっちゃったでしょ。まどかちゃんいい?」
「うん、じゃ工場のストーブつけるね」
 わたしは工場の奥から、石油ストーブを持ってきて火をつけた。
「あいよ……」
 おばあちゃんが、ミカンと膝掛けを持ってきて、そっとガラス戸を閉めてくれた。

「懐かしいね……この機械と油の匂い」
「……はるかちゃん、ほんとに懐かしいのね?」
「そうだよ。なんで?」
「なんか、内緒話があるのかと思っちゃった」
「……それもあるんだけどね」
 はるかちゃんは、両手でミカンを慈しむように揉んだ。これもはるかちゃんの懐かしいクセの一つ。このおまじないをやるとミカンが甘くなるそうだ。
「……う、酸っぱい」
 おまじないは効かなかったようだ。
「フフ……」
「その、笑うと鼻がひくひくするとこ、ガキンチョのときのまんまだね」

 半年のおわかれが淡雪のように溶けていった。溶けすぎてガキンチョの頃に戻りそう……。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・47『第十章・2』

2017-12-03 16:25:55 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・47   



『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第十章 再開……それは大雪のクリスマスだった・2』


 茶の間に入って、匂いの正体が分かった。

 真ん中の座卓の上ですき焼きが、頃合いに煮たっている。
 その横の小さいお膳の上でタコ焼きが焼かれていた……そして、かいがいしくタコ焼きを焼いているその人は……。

「はるかちゃん……!」
「……まどかちゃん!」


 ハッシと抱き合う幼なじみ。わたしは危うくタコ焼きをデングリガエシする千枚通しみたいなので刺されるとこだった……これは、感激の瞬間を撮っていたお父さんのデジカメを再生して分かったことなの。
 みんなの笑顔、拍手……千枚通しみたいなのが、わたしが半身になって寄っていく胸のとこをスレスレで通っていく。お父さんたら、そこをアップにしてスローで三回も再生した!
 半身になったのは、茶の間が狭いから。思わず我を忘れて抱き合ったのは、お父さんがわたしにも、はるかちゃんにもナイショにして劇的な再会にしたから。
 これ見て喜んでるオヤジもオヤジ。
「まどかの胸が、潤香先輩ほどあったら刺さってた」
 しつこいんだよ夏鈴!

 もし刺さっていたら、この物語は、ここでジ・エンドだわよさ!

 すき焼きの本体は一時間もしないうちに無くなちゃった。半分以上は、わたし達食べ盛り四人でいただきました。
「さて、シメにうどん入れてくれろや」
 おじいちゃんが呟く。
「おまいさんは、日頃は『うどんなんて、ナマッチロイものが食えるか』って言うのに、すき焼きだけはべつなんだよね」
 おばあちゃんが、うどんを入れながら冷やかす。
「バーロー、すき焼きは横浜で御維新のころに発明されてから、シメはうどんと決まったもんなんだい。何年オイラの女房やってんだ。なあ、恭子さん」
 振られたお母さんは、にこやかに笑っているだけ。
「お袋は、そうやってオヤジがボケてないか確かめてんだよ」
「てやんでい、やっと八十路の坂にさしかかったとこだい。ボケてたまるかい。だいたい甚一、おめえが還暦も近いってのに、ボンヤリしてっから、オイラいつまでも気が抜けねえのよ」
「おお、やぶへび、やぶへび……」
「はい、焼けました」
 はるかちゃんが八皿目のタコ焼きを置いた。
「はるかちゃんのタコ焼きおいしいね」
 お母さんが真っ先に手を出す。
「ハハ、芋、蛸、南京だ」
 おじいちゃんの合いの手。
「なんですか、それ?」
 夏鈴が聞く。
「昔から、女の好物ってことになってんの。でも、あたしは芋と南京はどうもね……」
 おばあちゃんの解説。里沙が口まで持ってきたタコ焼きを止めて聞く。
「どうしてですか。わたし達、お芋は好きですよ」
「そりゃ、あんた、戦時中は芋と南京ばっかだったもの」
 ひとしきり賑やかにタコ焼きを頂きました。
 はるかちゃんが一番食べるのが早い。さすがに、タコ焼きの本場大阪で鍛えただけのことはある。
 そうこうしてるうちに、おうどんが煮上がって最後のシメとなりました。

「じゃ、ひとっ風呂入ってくるわ。若え女が三人も入ったあとの二番風呂。お肌もツヤツヤってなもんだい。どうだいバアサン、何十年かぶりで一緒にへえ入んねえか?」
「よしとくれよ。あたしゃこれからこの子たちと一緒に健さん観るんだよ」
 おばあちゃんが水を向けてくれた。
「え、茶の間のテレビで観てもいいの?」
 それまで、食後は、わたしの部屋の二十二型のちっこいので観ようと思っていた。それが茶の間の五十二型。五・一チャンネルサラウンド……だったと思うの。ちょっとした映画館の雰囲気で観られるのよね!

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・46『第十章・1』

2017-12-02 17:02:19 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・46   



『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第十章 再開……それは大雪のクリスマスだった・1』

 家についたらまた雪だるま。

 駅でビニール傘を買おうかと思ったんだけど、里沙も夏鈴も両手に荷物。女の子のお泊まりって大変なんです。
 で、わたし一人傘ってのも気が引けるので、三人そろって「エイヤ!」ってノリで駅から駆け出した。
 大ざっぱに言って、駅から四つ角を曲がると我が家。再開発の進んだ南千住の中でこの一角だけが、昭和の下町の匂いを残している。
 キャーキャー言いながら四つ目の角を曲がった。すぐそこが家なんだけど、立ち止まっちゃった。
「わあ、三丁目の夕日だ!」
 里沙と夏鈴が感動して立ち止まる。
 で、わたしも二人の感動がむず痒くって立ち止まる。
 ちなみに、ここも三丁目なのよね。フンイキ~でしょ!
「何やってんだ、そこの雪だるま。さっさと入れよ」
 兄貴が顔を出した。
「はーい!」
 小学生みたく返事して、三人揃って工場の入り口兼玄関前の庇の下に。
「あれ、兄ちゃんお出かけ……あ、クリスマスイブだもんね。香里さんとデート!」
「わあ、クリスマスデート!?」
 夏鈴が正直に驚く。
「雪はらってから入ってね。うち工場だから湿気嫌うの。機械多いから」
「そっちは年に一度の機会だから。がんばれ、兄ちゃん!」
「ばか」
 と、一言残し、ダッフルコートの肩を揺すっていく兄貴でした。

 ドサドサっと、玄関前で雪を落として家の中に入った。
「ただいま~」
「おじゃましま~す」
 トリオで挨拶すると――ハハハハと、みんなに笑われた。
 カシャッ……とデジカメの音。あとでその写真を五十二型のテレビで映してみた。
 ホッペと鼻の頭を赤くして、体中から湯気をたてているタヨリナ三人組が真抜けた顔で突っ立ておりました。
「そのまんまじゃ風邪ひいちゃうぞ、早く風呂入っちまいな」
 お父さんがデジカメを構えながら言った。
「もうー」
 と、わたしは牛のような返事をした。


「フー、ゴクラク、ゴクラク……」
 夏鈴が幸せそうに、お湯につかっている。
「こんな~に、キミを好きでいるのに……♪」
 その横で、里沙が、やっと覚えた曲を口ずさんでいる。
 里沙は、たいていのことは一度で覚えてしまうのに、こと音楽に関しては例外。
 そんな二人がおかしくて、つい含み笑いしながら、わたしは体を洗っている。
「なにがおかしいのよさ?」
 里沙が、あやしくなった歌詞の途中で言った。
「ううん、なんでも……」
 シャワーでボディーソープを流してごまかす。
「でも、まどかんちのお風呂すごいね……」
「うん。昔は従業員の人とか多かったからね」
「それに……この湯船、ヒノキじゃないの……いい香り」
「うん、家ボロだけど、お風呂だけはね。おじいちゃんのこだわり……ごめん、詰めて」
 タオルを絞って、湯船に漬かろうとした……視線を感じる。
「やっぱ……」
「寄せて、上げたのかなあ……」
「こらあ、どこ見てんのよ!」

 楽しく、賑やかで、少し……ハラダタシイ三人のお風呂でした。

 脱衣所で服を着ていると、いい匂いがしてきた。
「すき焼き……だね」
「ん……なんだか、もう一つ別の匂いが……」
「これは……?」

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・45『第九章・5』

2017-12-01 17:00:50 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・45   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第九章 竜頭蛇尾、そしてクリスマスへ・5』


「あの、これ持ってきたんです!」

 わたしは、やっと紙袋を差し出した。
「これは?」
「潤夏先輩が、コンクールで着るはずだった衣装です」
「ああ、これね。まどかちゃんが火事の中、命がけで取りに行ってくれたの!」
「エヘヘ、まあ。本番じゃわたしが着たんで、丈を少し詰めてありますけど」
「丈だけ?」
 夏鈴が、また混ぜっ返す。
「丈だけよ!」
「ああ、寄せて上げたんだ。イトちゃんがそんなこと言ってた」
 里沙までも……。
「あんた達ね……!」
「アハハハ……」
 お姉さんは楽しそうに笑った。それはそれでいいんだけどね……。
「こんなのも持ってきました……」
 里沙が写真を出した。
「……まあ、これって『幸せの黄色いハンカチ』ね」
 勘のいいお姉さんは、一発で分かってくれた。部室にぶら下がった三枚の黄色いハンカチ。その下にタヨリナ三人娘。それが往年の名作映画『幸せの黄色いハンカチ』のオマージュだってことを。
 わたしは理事長先生の言葉に閃くものがあったけど、ネットで調べるまで分からなかった。
 伍代のおじさんが、大の映画ファンだと知っていたので、当たりを付けて聞いてみた。大当たり。おじさんは、そのDVDを持っていた。はるかちゃんもお気に入りだったそうだ。
 深夜、自分の部屋で一人で観た……使いかけだけど、ティッシュの箱が一つ空になっちゃった。
 それを、お姉さんは一発で理解。さすがなのよね。
「ティッシュ一箱使いました?」
 と聞きたい衝動はおさえました。
「これ、ちゃんと写真が入るように、写真立てです」
 里沙が写真立てを出した。あいかわらずダンドリのいい子なのよね。
 写真は、すぐにお姉さんが写真立てに入れ、部員一同の集合写真と並べられた。

「あ、雪……」
 写真立てを置いたお姉さんがつぶやくように言った。
 窓から見える景色は一変していた。スカイツリーはおろか、向かいのビルも見えないくらいの大雪になっていた。
「これ、交通機関にも影響でるかもしれないよ……」
 里沙が気象予報士のように言った。
「いけない。じゃ、これで失礼します」
「そうね、この雪じゃね」
「また、年が明けたら、お伺いします」
「ありがとう、潤香も喜ぶわ」
「では、良いお年を……」
 ドアまで行きかけると……。
「あ、忘れるとこだった!」
 夏鈴、声が大きいってば……カバンから、何かごそごそ取り出した。
「ミサンガ作り直したんです」
 夏鈴の手には四本のミサンガが乗っていた。
「先輩のにはゴールドを混ぜときました。演劇部の最上級生ですから」
「……ありがとう、ありがとう!」
 お姉さんが、初めて涙声で言った。
「わたしたちこそ……ありがとうございました」
「あなたたちも良いお年を……そして、メリークリスマス」
 ナースステーションの角をまがるまで、お姉さんは見送ってくださった。

 結局トンチンカンの夏鈴が一番いいとこを持ってちゃった。ま、心温まるトンチンカン。芝居なら、ちょっとした中盤のヤマ。
 こういうのをお芝居ではチョイサラっていうのよね。ちょこっと出て、いいとこさらっていくって意味。

 わたし達は地下鉄の駅に向かった。そのわずか二三百メートルを歩いただけで、雪だるまになりかけた。駅の階段のところでキャーキャー言いながら雪の落としっこ。
 こんなことでじゃれ合えるのは、女子高生の特権なんだろうな。と思いつつ楽しかった!

 里沙と夏鈴は、駅のコインロッカーから、お荷物を出した。
 今夜は、わたしんちで、クリスマスパーティーを兼ねて、あるタクラミがある。
 それは、合宿みたいなものなんだけど、タヨリナ三人組の……潤香先輩も入れて四人の演劇部のささやかな第二歩目。
 第一歩は部室の片づけをやって、黄色いハンカチ三枚の下で写真を撮ったこと。

 心温まる第二歩は、次の章でホカホカと湯気をたてて待っております……。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・44『第九章・4』

2017-11-30 16:44:01 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 初稿版・44   



『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第九章 竜頭蛇尾、そしてクリスマスへ・4』

「まあ、まどかちゃん! 里沙ちゃん! 夏鈴ちゃん!」

 予想に反して、お姉さんはモグラ叩きのテンションでわたし達を迎えて下さった。
 ちょっぴりカックン。
「オジャマします」
 三人の声がそろった、礼儀作法のレベルが同程度の証拠。
「アポ無しの、いきなりですみません」
 と、わたし。頭一つの差でおとなの感覚。
「クリスマスに相応しいお花ってことで見たててもらいました」
「わたしたち、お花のことなんて分からないもんで、お気にいっていただけるといいんですけど……」
「わたし達の気持ちばかりのお見舞いのしるしです」
 三人で、やっとイッチョマエのご挨拶。だれが、どの言葉を言ったか当たったら出版社から特別賞……なんてありません。
「まあ嬉しい、クリスマスロ-ズじゃない!」
「わあ、そういう名前だったんですか!?」
 ……この正直な反応は夏鈴です、はい。
「嬉しいわ。この花はね、キリストが生まれた時に立ち会った羊飼いの少女が、お祝いにキリストにあげるものが何も無くて困っていたの。そうしたら、天使が現れてね。馬小屋いっぱいに咲かせたのが、この花」
「わあ、すてき!」
 ……この声の大きいのも夏鈴です(汗)
「で、花言葉は……いたわり」
「ぴったしですね……」
 と、感動してメモってるのは里沙です(汗)
「お花に詳しいんですね」
 わたしは、ひたすら感心。
「フフフ。付いてるカードにそう書いてあるもの」
「え……」
 三人は、そろって声を上げた。だってお姉さんは、ずっと花束を観ていて、カードなんかどこにも見えない。
「ここよ」
 お姉さんは、クルリと花束を百八十度回した。花束に隠れていたカードが現れた。なるほど、これなら花を愛(め)でるふりして、カードが読める。しかし、いつのまにカードをそんなとこに回したんだろう?
「わたし、大学でマジックのサークルに入ってんの。これくらいのものは朝飯前……というか、もらったときには、カードこっち向いてたから……ね、潤香」

 お姉さんの視線に誘われて、わたしたちは自然に潤香先輩の顔を見た。

「あ、マスク取れたんですね」
「ええ、自発呼吸。これで意識さえ戻れば、点滴だって外せるんだけどね。あ、どうぞ椅子に掛けて」
「ありがとうございます……潤香先輩、色白になりましたね」
「もともと色白なの、この子。休みの日には、外出歩いたり、ジョギングしたりして焼けてたけどね。新陳代謝が早いのね、メラニン色素が抜けるのも早いみたい。この春に入院してた時にもね……」
「え、春にも入院されてたんですか?」
 夏鈴は、一学期の中間テスト開けに入部したから知らないってか、わたしも、あんまし記憶には無かったんだけど、潤香先輩は、春スキーに行って右脚を骨折した。連休前までは休んでいたんだけど、お医者さんのいうことも聞かずに登校し始め。当然部活にも精を出していた。ハルサイが近いんで、居ても立ってもいられなかったのよね。その無理がたたって、五月の終わり頃までは、午前中病院でリハビリのやり直し、午後からクラブだけやりに登校してた時期もあったみたい。だから色白に戻るヒマも無かったってわけ。そういや、コンクール前に階段から落ちて、救急で行った病院でも、お母さんとマリ先生が、そんな話をしていたっけ。
「小さい頃は、色の白いの気にして、パンツ一丁でベランダで日に焼いて、そのまんま居眠っちゃって、体半分の生焼けになったり。ほんと、せっかちで間が抜けてんのよね」
「いいえ、先輩って美白ですよ。羨ましいくらいの美肌美人……」
 里沙がため息ついた。
「見て、髪ももう二センチくらい伸びちゃった」
 お姉さんは、先輩の頭のネットを少しずらして見せてくれた。
「ネット全部とったら、腕白ボーズみたいなのよ。今、意識がもどったらショックでしょうね。せめて、里沙ちゃんぐらいのショートヘアーぐらいならって思うんだけど。それだと春までかかっちゃう」
「どっちがいいんでしょうね?」
 単細胞の夏鈴が、バカな質問をする。
「……そりゃ、意識が戻る方よ」
 お姉さんが、抑制した答えをした。
 とっさにフォローしようとしたけど、気の利いた台詞なんてアドリブじゃ、なかなか言えない。
「だって、『やーい、クソボーズ!』とか言って、からかう楽しみが無いじゃない」
 お姉さんが、話を上手くつくろった。妹が意識不明のままで平気なわけないよね……。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・43『第九章・3』

2017-11-29 17:04:45 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 初稿版・43   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第九章 竜頭蛇尾、そしてクリスマスへ・3』


 で、ここらへんまでが、竜頭蛇尾の竜の部分。

 考えてもみて、たった三人の演劇部。それもついこないだまでは、三十人に近い威容を誇っていた乃木坂学院高等学校演劇部。発声練習やったって迫力が違う。グラウンドで声出してると、ついこないだまでの勢いがないもんだから、他のクラブが拍子抜けしたような目で見てんのよね。最初はアカラサマに「あれー……」って感じだったけど、三日もたつと雀が鳴いているほどの関心も示さない。
 わたし達は、もとの倉庫が恋しくて、ついその更地で発声練習。ここって、野球部の練習場所の対角線方向、ネットを越した南側にはテニス部のコート。両方のこぼれ球が転がってくる。
「おーい、ボール投げてくれよ!」
 と、野球部。
「ねえ、ごめん、ボール投げて!」
 と、テニス部。
 最初のうちこそ「いくわよ!」って感じで投げ返していたけど、十日もしたころ……。
「ねえ、そのボール拾ってくれる!?」
 と、テニス部……投げ返そうとしたら、こないだまで演劇部にいたA子。黙ってボ-ルを投げ返してやったら、怒ったような顔して受け取って、回れ右。
「なに、あれ……」
「態度ワル~……」
「部室戻って、本読みしよう」
 フテった夏鈴と里沙を連れて部室に戻る。

 わたしたちは、とりあえず部室にある昔の本を読み返していた。
「ねえ、そのボール拾って!」
「またぁ……違うよ、それ夏鈴のルリの台詞」
 里沙の三度目のチェック。
「あ、ごめん。じゃ、夏鈴」
「……」
 夏鈴が、うつむいて沈黙してしまった。
「どうかした……ね、夏鈴?」
 夏鈴の顔をのぞき込む。
「……この台詞、やだ」
 夏鈴がポツリと言った。
「あ、そか。この台詞、さっきのA子の言葉のまんまだもんね」
「じゃ、ルリわたし演るから、夏鈴は……」
「もう、こんなのがヤなの」
「夏鈴……」
 演劇部のロッカーにある本は、当然だけど昔の栄光の台本。つまり、先代の山阪先生とマリ先生の創作劇ばっかし。どの本も登場人物は十人以上。三人でやると一人が最低三役はやらなければならない……どうしても混乱してしまう。
 じゃあ、登場人物三人の本を読めばいいんだけど、これがなかなか無いのよね……。
 よその学校がやった本にそういうのが何本かあったけど、面白くないし……抵抗を感じるのよね。

 竜頭蛇尾の尾になりかけてきた……。

「ね、みんなで潤香先輩のお見舞いに行かない。明日で年内の部活もおしまいだしさ」
「そうね、あれ以来お見舞い行ってないもんね」
 里沙がのってきた。
「行く、行く、わたしも行くわよさ」
 夏鈴がくっついて話はできあがり。
 そしてささやかな作業に取りかかった……。

 三人のクラブって淋しいけど、ものを決めることや、行動することは早い。数少ない利点の一つ!


 一ヶ月ぶりの病院……なんだか、ここだけ時間が止まったみたい。
 いや、逆なのよね。この一カ月、あまりにもいろんなことが有りすぎた。泣いたり笑ったり、死にかけたり……忙しい一カ月だった。
 病室の前に立つ、一瞬ノックするのがためらわれた。ドアを通して人の気配が感じられる。
 おそらく付き添いのお姉さん。そして静かに自分の病気と闘っている潤香先輩。その静かだけど重い気配がわたしをたじろがせる。
「どうしたの……まどか?」
 花束を抱えた里沙がささやく。その横で、夏鈴がキョトンとしている。
「ううん、なんでも……いくよ」
 静かにノックした。
「はーい」
 ドアの向こうで声がした、やっぱりお姉さんのようだ。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・42『第九章・2』

2017-11-28 16:48:43 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 初稿版・41   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第九章 竜頭蛇尾、そしてクリスマスへ・2』


 で、この『竜頭蛇尾』は、言うまでもなくクラブのことなのよ……ね。

 あの、窓ガラスを打ち破り、逆巻く木枯らしの中、セミロングの髪振り乱した戦い。
 大久保流ジャンケン術を駆使し、たった三人だけど勝ち取った『演劇部存続』の勝利。
 時あたかも浅草酉の市、三の酉の残り福。福娘三人よろしく、期末テストを挟んで一カ月は持った。
 公演そのものは、来年の城中地区のハルサイ(春の城中演劇祭)まで無い。
 とりあえずは、部室の模様替え。コンクールで取った賞状が壁一杯に並んでいたけど、それをみんな片づけて、ロッカーにしまった。
 三人だけの心機一転巻き返し、あえて過去の栄光は封印したのんだ。
 真ん中にあるテーブルに掛けられていた貴崎カラーのテーブルクロスも仕舞おうと思ってパッとめくった。

 息を呑んだ。クロスを取ったテーブルは予想以上に古いものだった……わたしが知っている形容詞では表現できない。

 わたし達って、言葉を知らない。感動したときは、とりあえずカワイイ(わたしはカワユイと言う。たいした違いはない)と、イケテル、ヤバイ、ですましてしまう。たいへん感動したときは、それに「ガチ」を付ける。
 だから、わたし達的にはガチイケテル! という言葉になるんだけど、そんな風が吹いたら飛んでいきそうな言葉ではすまされないようなオモムキがあった……のよね。
 隣の文芸部(たいていの学校では絶滅したクラブ。それが乃木高にはけっこうあるのよね。わたし達も絶滅危惧種……そんな言葉が一瞬頭をよぎった)のドアを修理していた技能員のおじさんが覗いて声をあげた。
「これ、マッカーサーの机だよ……こんなとこにあったんだ」
「マックのアーサー?」
 夏鈴がトンチンカンを言う。
「戦前からあるもんだよ……昔は理事長の机だったとか、戦時中は配属将校が使って、戦後マッカーサーが視察に来たときに座ったってシロモノだよ。俺も、ここに就職したてのころに一回だけお目にかかったことがあるんだけどさ、本館改築のどさくさで行方不明になってたんだけどね……」
 おじさんの説明は半分ちかく分からないけど、たいそうなモノだということは分かる。
「ほら、ここんとこに英語で書いてあるよ。おじさんには分かんねえけどさ」
「どれどれ……」里沙が首をつっこんだ。
「Johnson furniture factory……」
「ジョンソン家具工場……だね」
 わたし達にも、この程度の英語は分かる。

 技能員のおじさんが行ってしまったあと。そのテーブルはいっそう存在感を増した。
 テーブルは、乃木高の伝統そのものだ。貴崎先生は、その上に貴崎カラーのテーブルクロスを見事に掛けた。
――さあ、どんな色のテーブルクロスを掛けるんだい。それとも、いっそペンキで塗り替えるかい。貴崎ってオネーチャンもそこまでの度胸は無かったぜ。
 テーブルに、そう言われたような気がした。

 結局、テーブルには何も掛けず、造花の花を百均で買ってきて、あり合わせの花瓶に入れて置いた。それが、殺風景な部室の唯一の華やぎになった。
――ヌフフ……百均演劇部の再出発だな。
 憎ったらしいテーブルが方頬で笑ったような気がした。

 貴崎先生のテーブルクロスは洗濯して、中庭の木の間にロープを張って乾かした。
 たまたま通りかかった理事長先生が、こう言ったのよね。
「おお、大きな『幸せの黄色いハンカチ』だ、君たちは、いったい誰を待っているんだろうね」
「は……これテーブルクロスなんですけど」
 と、夏鈴がまたトンチンカン……て、わたしも里沙も分かんなかったんだけどね。
「ハハハ、その無垢なところがとてもいい……君たちは、乃木坂の希望だよ」
 理事長先生は、そう愉快そうに笑いながら後ろ姿で手を振って行ってしまわれました。

 晩秋のそよ風は涙を乾かすのには優しすぎたけど、木枯らし混じりの冬の風は、お日さまといっしょになって、テーブルクロスを二時間ほどで乾かしてしまった。
 それをたたんで、ロッカーに仕舞っていると、生徒会の文化部長がやってきた。
「あの……」
 文化部長は気の毒そうに声を掛けてきた。
「なんですか?」
 里沙が事務的に聞き返した。
「部室のことなんだけど……」
「部室が……」
 そこまで言って、里沙は、ガチャンとロッカーを閉めた。気のよさそうな文化部長は、その音に気後れしてしまった。
「部室が、どうかしました?」
 いちおう相手は上級生。穏やかに間に入った。夏鈴はご丁寧に紙コップにお茶まで出した。
「生徒会の規約で、年度末に五人以上部員がいないと……」
「部室使えなくなるんですよね」
 里沙は紙コップのお茶をつかんだ。
「あ……」
 わたしと夏鈴が同時に声をあげた。
「ゲフ」
 里沙は一気に飲み干した。
「あ、分かってたらいいの。じゃ、がんばって部員増やしてね……」
 文化部長は、ソソクサと行ってしまった。
「里沙、知ってたのね」
「マニュアルには強いから……ね、稽古とかしようよ」
 八畳あるかないかの部室。テーブルクロスが乾くうちにあらかた片づいてしまった。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・41『第九章・1』

2017-11-27 16:32:21 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・41   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第九章 竜頭蛇尾、そしてクリスマスへ』

 竜頭蛇尾という言葉がある。

 小学校六年の時に覚えた言葉なのよね。最初は、やる気十分なんだけど、後の方で腰砕けになっちゃって、目的を果たせない時なんかに使う言葉。
 担任のシマッタンこと島田先生が、三学期の国語の時間に教科書全部やり終えちゃって、苦し紛れのプリント授業。その中の数ある四文字熟語の一つがこれだったのよね。
「意味分かんな~い」
 クラスで一番カワユイ(でもパープリン)のユッコが言った。
「……いいか、先生はな、野球選手になりたかった。それも阪神タイガースの選手になりたかった。そのためには、高校野球の名門校聖徳学園に入学しなければならなかった。ところが受験に失敗して、Y高校に行かざるを得なかった。ところがY高校の野球部は、八人しかいない。入れば即レギュラー。でもなあ、Y高の野球部って三十年連続の一回戦敗退。それで悩んでたらさ、バレー部のマネージャーのかわいい子に誘われっちまってさ……」
 島田先生は、これで自分が野球選手になり損ねたことをもって『竜頭蛇尾』の説明をしようとした。
 でも、これで言葉の意味は分かったけど、大失敗。『お里が知れる』という言葉も同時に子ども達に教えることになった。
 それまで、先生は――維新この方五代続いた、チャキチャキの江戸っ子よ!――というのが売りだった。実際住所は神田のど真ん中だった。
 でも聖徳学園高校もY高校も大阪の学校。神田生まれで阪神ファンなんて、もんじゃ焼きが得意料理ですってフランス人を捜すよりむつかしいし、東京の人間の九十パーセントを敵に回すのと同じこと。それに自分自身がデモシカ教師であると言ったのといっしょ。野球の腕だって、PTAの親睦野球でショ-トフライを顔面で受けたことでおおよその見当はついていた。
 五代続いた江戸っ子だってことが怪しいのも、わたしは早くから気づいていたのよね。
 島田先生は、五年生の時からの持ち上がり。
「先生は、神田の生まれで、五代続いた江戸っ子なんだぜ」
 と、カマしたもんだから、家に帰って言ったのよ。
「ね、今度の担任の島田先生は神田生まれの五代続いた江戸っ子なんだよ!」
 すると、おじいちゃんが前の年に亡くなったひい祖父ちゃんを片手拝みにして言ったのよね。
「ほんとの江戸っ子は、そんなにひけらかすもんじゃねえんだぜ」
「だって、先生そう言ったもん」
 すると、おじいちゃんは紙に二つの言葉を書いた。
――山手線と朝日新聞が書いてあった。
 純真だった(今だってそうだけど)まどかは、その紙を先生に見せて読んでもらった。
「ん、これ?」
「はい、読んでください」
「ヤマテセン、アサヒシンブン」
 と……発音した。ショックだった!
「ヤマノテセン、アサシシンブン」
 と……わたしの家族は発音する。

 前置きが長い……これは、わたしがいかに『竜頭蛇尾』という言葉に悩んでいるかということと、シマッタン先生を始め小学校生活に愛着を持っていたかということを示しています。
 ちなみに、はるかちゃんは体育だけこのシマッタン先生に習っていたけど嫌い。

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高校ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・40『第八章・4』

2017-11-26 16:25:34 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・40   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第八章 風雲急を告げる視聴覚教室!・4』

 ガッシャーン!

 その時、木枯らしに吹き飛ばされた何かが窓ガラスに当たり、ガラスと共に粉々に砕け散った。視聴覚室の中にまで木枯らしが吹き込んでくる。

 タギっていたものが、一気に沸点に達した!

「ジャンケンで決めましょう!」
 全員がズッコケた……。

「青春を賭けて、三本勝負! わたしが勝ったら演劇部を存続させる! 先輩が勝ったら演劇部は解散!」
「ようし、受けて立とうじゃないか!」
 風雲急を告げる視聴覚教室。わたしと、山埼先輩は弧を描いて向き合う!
 それを取り巻く群衆……と呼ぶには、いささか淋しい七人の演劇部員と、副顧問!

「いきますよぉ……!」
「おうさ……いつでも、どこからでもかかって来いよ!」
 木枯らしにたなびくセミロングの髪……額にかかる前髪が煩わしい……
 
 機は熟した!

「最初はグー……ジャンケン、ポン!」
 わたしはチョキ、先輩はパーでわたしの勝ち!
「二本目……!」
 峰岸先輩が叫ぶ!

「最初はグー……ジャンケン……ポン!」
 わたしも先輩もチョキのあいこ……。
「最初はグー……ジャンケン……ポン!!」
 わたしはチョキ、先輩は痛恨のパー……。
「勝った!!」
 バンザイのわたし。
「む……無念!」
 くずおれる山埼先輩。

 と、かくして演劇部は存続……の、はずだった。

「クラブへの残留は個人の自由意思……ですよね、柚木先生」
 ポーカーフェイスの峰岸先輩。
「え……ちょっと生徒手帳貸して」
 イトちゃんの生徒手帳をふんだくる柚木先生。
「三十二ページ、クラブ活動の第二章、第二項。乃木坂学院高校生はクラブ活動を行うことが望ましい。望ましいとは、自由意思と解することが自然でしょう」
「そ、そうね……じゃ、クラブに残る者はこれから部室に移動。抜ける者はここに留まり割れたガラスを片づけて、掃除。せめて、そのくらいはしてあげようよ。わたしは事務所に内線かけてガラスを入れてもらうように手配するわ。じゃ……かかって!」
 わたしは先頭を切って、部屋を出た。着いてくる気配は意外に少ない……。
「ジャンケン大久保流……と、見た」
 すれ違いざまに峰岸先輩がつぶやいた。


 狭い部室が、広く感じられた。
 わたしと行動を共にした者は、たった二人。
 言わずと知れた、南夏鈴。武藤里沙。

 タヨリナ三人組の、乃木坂学院高校演劇部再生の物語はここに始まりました。
 木枯らしに波乱の兆しを感じつつ、奇しくも、その日は浅草酉の市、三の酉の良き日でありました……。

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