大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・116『漢明の領海侵犯と政府の嫌がらせ』

2022-06-30 14:28:31 | 小説4

・116

『漢明の領海侵犯と政府の嫌がらせ』加藤恵 

 

 

「バカか、あいつら」

 

 舵輪を取舵にきりながらシゲ老人が吐き捨てるように言う。

 次の瞬間、盛大な水しぶきがボートを呑み込むように襲い掛かって来る。

 ザッパーーン!

「ワップ! 勘弁してくれよ、同志シゲ老人!」

「ああん……防水してなかったのか、主席?」

「ビックリしっぱなしで、スイッチ入れ忘れてたよ」

 パルス防水で完全に水しぶきを無効にした村長と社長は無口なままだ。

「どうぞ……」

 西之島市のロゴの入ったバッグから、タオルを渡しながら、市長も口数が少ない。

 かく言うわたしも、開いた口がふさがらないでいる。

 

 西之島南方海上に、漢明の宇宙船五隻が不時着水したと連絡が入ったのが四十分前。

 わたし(加藤恵・ラボ主任研究員)を含む島の代表者五人は、ただちにカンパニーのボートに乗って調査に来たのだ。

「旧式だが、堂々の一等巡洋艦だ。あんなもの、何カ月も水に漬けていたらスクラップになっちまうぞ」

 二十三世紀の今日、船と言えば宇宙船のことで、宇宙船は海に着水することもできるし、浅い海なら潜水することも可能だ。

 だけど、それは昔の飛行艇が着水出来て、短距離なら着水したまま走れる程度の話。

 飛行後の飛行艇は丘に上げて必ず水で洗った。たとえフロートでも、長時間水に浸けておくのはまずかった。飛行艇や水上飛行機というのは、離着水可能な飛行機であるに過ぎなかった。

 軍の巡洋艦とはいえ、宇宙船は飛行艇の何百倍もデリケートだ。

―― ここは、西之島より三海里の海上で、日本国の領海である。ただちに退去せよ ――

 二度目の警告を発する。

―― エンジン不調による緊急着水である、機関復旧まで当海域に留まるもので、これは国際海洋法で認められている避難行動である ――

 さっきと同じ回答が返って来る。

「なにが避難行動だ! パイルまで打ち込んでるじゃねえか、クソッタレ!」

 シゲ老人の鼻息は、ますます荒くなって、ボートは最速で、五隻の巡洋艦の間を疾走する。

―― 領海内での海洋調査は認められない、ただちに中止せよ ――

―― 当海域は海底火山の噴出物が溶け込んでいるので、船体への影響を調べるために採取しているに過ぎない、これも国際海洋法で認められている調査権限の範囲である ――

 ああ言えばこう言う、要は舐められている。

「わたしが乗り込む!」

 主席が拳を振るう。

 誰も、目の前の漢明艦と主席を同一視なでしていないんだけど、主席は、同じ中華民族の理不尽さに憤っているのだ。

「マヌエリト、船に乗り込んで、頭の皮を剥ぐ」

 村長のマヌエリトも物騒だ。

「市長、政府は、なにか言ってきてますか?」

 ヒムロ社長は、こういう事態でも冷静だ。

「事実確認の上、必要ならば対策を考えると言ってきています」

「確認は、どのように?」

「小笠原の巡視艇が、明日到着します」

「「「「明日!?」」」」

「事を荒立てたくないんでしょう、国交省の『省エネに関する指針』を言い訳にしていました」

「ああ、官公庁の経費削減を要求する世論のために、十年ほど前に出された……」

「政府のアリバイじゃろが」

「……あの指針を作ったのは、当時局長をしていたわたしなんです。申し訳ありません」

 ああ、西之島の発展を快く思っていない政府の嫌がらせなんだ……。

 役人を辞めて、西之島の市長になった及川さんへの面当てでもあるんだろうけど、まるで女子高のイジメみたいだ。

 

 けっきょく、シゲ老人の絶妙な操縦で、水しぶきや騒音をたてまくって、ほんの少し調査の邪魔をしただけでカンパニーの港に帰ることになった。

 

 漢明国は露骨に西之島の資源に腕を伸ばし、開発特措法を盾に中央の方針に従わない西之島を快く思わない政府の無策ぶりと相まって、ひどくなりそうな気配だ。

 わたしは、ココちゃんに本気で火星に行くことを勧めた。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

 

 

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銀河太平記・115『案の定と斜め上』

2022-06-30 14:26:21 | 小説4

・115

『案の定と斜め上』加藤恵 

 

 

 案の定、漢明国は西之島の領有権を主張してきた。

 

「日本人は領土というものを固定的なものだと感じる傾向があるんですよね……」

 ここちゃんはサーターアンダギーの蓋を閉じながら呟く。

 わたしは、伸ばしかけた手を曖昧にして、つい話を続けてしまう。

「日本人はね、国というものを人間の体みたいに感じてるのよ」

「体ですか?」

「うん、手とか脚とか臓器とか、死ぬまで自分のものだと思ってる」

「ちがうんですか?」

「移植したり、義体化したりするでしょ」

「あ、ああ。そうですよね」

 法律で決まっているわけではないが、皇室の人間は義体化しない不文律があるので、ココちゃんはピンとこないんだ。

 もし、義体化をしていたら、ココちゃんの母君も早逝されることは無かっただろう。天狗党に居たころ、母君の明子殿下が義体化されることなく薨去されたときには感動したものだったわよ。

「日本は、領土のやり取りって、比較的少なかったでしょ。千島と樺太を取り戻してからは、領土のやり取りって無かったし」

「あ、ああ」

「外国はね、取ったり取られたり、ポーランドとかウクライナとか、一時は国ぐるみ無くなっちゃたんだからね」

「そうですよね、歴史で習ったんですけど、外国の事って、ちょっと上の空で聞いてしまってます」

「だからね、領土っていうのは隙あらば盗りにいくって考えの国もあるのよ」

「ですね……!」

 薮蛇だ。ココちゃんはサーターアンダギーの箱を手元に囲ってしまった(;'∀')。

「日本が、おおよそ無事でいられたのは日本人の一体感が強いからだよ。そして、その強さの核になっているのが皇室なんだよね。お日様が空にあるように天皇がおられるのを当たり前に感じて、普段は意識することも無く、日本は一つだと感じられてることは、とっても大事なことなんだよ」

「そ、そうですね」

「これ、あんたは、その日本国の内親王さまなんだからね」

「は、はい(^_^;)」

「まあ、出てきた古銭には宋銭とか明銭も混じっていたっていうから、インチキ丸出しだけどね」

「明銭と言えば永楽通宝とかですよね、織田信長が旗印にしてた」

「そうだよ、おそらくは、島に入ってきた漢明のエージェントが知らずにばら撒いたんだろうね」

「ですよね、西之島が発見されたのは1702年。忠臣蔵のころですもんね!」

「そうだよ、その何十年も前に滅んだ宋のお金が西之島から出てくるなんてあり得ないわけですよ」

「はい! ちょっと宋銭発見のその後をチェックしてみます!」

 しめしめ、ココちゃんは、サーターアンダギーの箱を置いたままラボのPCに向かって行った。

 

 で、開けた箱の中は空っぽだった……もう二三個は残ってると思ったのにぃ!

 

 漢明の対応は、わたしの予想を超えていた。

―― 宋銭、明銭は清の時代にも使われていた。漢明が発見したことを否定することにはならない ――

 と、斜め上からの見解を発表し、日本政府に漢明考古学院に調査させろと言ってきた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
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漆黒のブリュンヒルデQ・041『煙の柱は八幡の空道』

2022-06-30 06:07:14 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

041『煙の柱は八幡の空道』 

 

 

 
 ヒルデが居ながら世田谷は東京で一番の感染者数だ……まったく……たまらん……忌々しい……

 
 そんな呟きが聞こえる。

 呟いているのは地元の妖どもだ。

 わたしは、この異世界では武笠ひるでという一介の女子高生だ。

 だが、この異世界に来てから、多くの妖たちを浄化してやった。

 浄化されて喜ぶ者ばかりではない。中には恨みに思う者も居るし、妖が浄化されたところは霊的には一種の真空地帯になってしまって、逆に呼び込んでしまうことがあるのかも知れない。

 
「しばらく豪徳寺を離れた方が良いかもしれませぬなあ」

 焼き芋を焼きながらスクネ老人が言う。

 
「これを御覧なされ」

 老人は懐から小さな瓢箪を出し、栓を抜くと、焚火の上に振りかけた。

 パチパチパチ

 振りかけた粉は小さく爆ぜて一筋の煙となって空に伸びていく。まるで煙の柱だ。

「もう少しござる」

 煙は拡散霧消することもなく相当の高さに至ると変異が起こった。

「これは……!?」

 スカイツリーほどの高さに至ると、上空に網目というか鉄道の路線図のような雲が現れ、煙を溶け込ませた。

「八幡の空道(そらみち)でござるよ。全国の八幡を繋ぐ、云わば八幡神のネットワークでござるな。この空道に乗れば、日ノ本に四万四千の八幡社、そのどこにでも参れます。一たび使えば八幡の眷属としていつでも使えます」

「そうか……」

「ヒルデ殿は生真面目なご気性、いささか疲れが溜まっておるように見受けます。雲の流れに身を任せて漂ってみられるのがよろしかろう。時の流れを遡るように念ずれば、昔にも参れます。連休が終わるまでは学校も休み、しばらく息を抜かれよ……」

 スクネ老人が、瓢箪をもう一振りすると、焚火の煙がわたしを包んだ。

 おお……

 フワリと体が浮くと、みるみるうちに、豪徳寺の空に舞い上がった。

 
 フニャーー! 一人で行くのはずるいニャー!

 
 足元を見ると、ねね子が煙の柱に爪を立てて駆け上がってくるのが見えた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

 

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魔法少女マヂカ・280『白巫女と行くトキワ荘歴史散歩』

2022-06-29 13:49:09 | 小説

魔法少女マヂカ・280

『白巫女と行くトキワ荘歴史散歩語り手:マヂカ 

 

 

 けっきょく大黒さんにはご遠慮願うことにした。

 

 武人としての実績が乏しいし、神田明神を訪れた時の本殿の有り様……まるでアニメかゲームの制作現場のような佇まいから受けた印象は武闘派のそれではない。

「実は、本人もホッとなさっているんですよ」

 池袋駅からの道中、こっそり耳打ちしてくれているのは白巫女だ。

 東京西部の哨戒を主任務とする白巫女は「とりあえず、トキワ荘を見に行く」と伝えると「同行させていただきます」と、快く返事してくれた。

 大人数では目立つので、大正リープ組の三人(マヂカ・ブリンダ・ノンコ)で出向いている。

 白巫女は、白のカットソーに生成りのジーンズで、漫研のOBが後輩を引率して見学に来たという感じだ。

 山手通りを西に渡るころには、同じようにトキワ荘めざす個人やグループもチラホラ見えて、休日の歴史散歩という感じになってきた。

「マンガの捨てられた作品やアイデアが凝り固まってファントムになったとお考えなんですね?」

 大黒さんのことには深入りせずに、核心に触れてきた。

「うん、あいつは大正時代では味方になったり敵になったり、脈絡が無かった」

「せやねえ、震災で霧子を助けたり、邪魔したり……被災者を助けたりもしたけど、世界中のあやかし集めて横浜から上陸しようとしてきたり、大連で武闘大会やったり、富士山の上で決戦やったり……」

「そういうスペクタクルというか、話の展開が、どこかマンガじみている」

「うん、こんな事を言っては不謹慎なんだが、我がアメリカのコミックよりも面白かった」

「そうですね……お話を伺っていると『見てくれ!』『面白がってくれ!』という熱を感じます。それだけなら、捨てられたマンガやアイテムに憑りついた付喪神の一種……という感じがしないでもありませんが、陰にバルチック艦隊が見え隠れしているんですよね……」

「うん、それに、大正時代からクマさん……虎沢クマという実在のメイドを拉致しているしね」

「クマさん、可哀そうやし……」

「大丈夫だ、ノンコ。クマさんを取り戻すための調査でもあるんだ、必ず取り戻す」

「う、うん……」

 一人っ子のせいか、ノンコはシャキッとした霧子よりもクマさんになついていたところがあった。

 髪をワシャワシャしてやると、目を潤ませながらも笑顔になった。

「関東大震災から100年、日露戦争からは115年だ、こじれた霊障になっていても不思議じゃないぞ」

「どんなにこじれていても、特務の魔法少女が全力でがんばれば、大丈夫だよ」

「そうです、神田明神の巫女たちも付いていますよ、ノンコさん!」

「うん、ありがとう!」

「お、着いたぞ、みんな!」

 

 ブリンダが指差したそこには、木造二階建ての古典的なアパートが佇んでいた。

 モルタルの塗装は、ところどころシミが浮かび、鉄製の窓の手すりはペンキが変色したり錆が浮いたりしている。

 実感を出すためのウェザリングなんだろうが、よくできたレプリカだ。

 レプリカではあるけど、再建以来、多くのファンや関係者、生き残りの漫画家本人たちが訪れたことで、急速にリアリティーを取り戻し、いまや完全にトキワ荘のソウルを取り戻しつつある。

「根本のところは、神田明神と変わりませんね……」

「え、そうなの?」

「はい、そうですよ、神田明神も震災後に再建された鉄筋コンクリート。歴史の深さこそ違いますが、人々の願いや思いが蓄積され発酵しています。そういう属性と神聖さという点で見ると相似形です。ほら……」

 白巫女が示した部屋ではメガネにベレー帽の漫画家が逆立ちしている。

「詰まったときは、ああやって、アイデアを絞り出していたんですね」

 バシャバシャ

 水音がすると思ったら、共同炊事場の流しに水をためて水浴びしている。

「あら、麗しい……」

 ある部屋では、売れ出した漫画家が風邪をこじらせて原稿が書けなくなってしまい、仲間たちが、彼の画風を真似て原稿の代筆をやっている。

 廊下で土下座している編集者がいる。ペコペコしていると、部屋から頭を掻きながら漫画家が現れ、一言二言。

「あれ、お祖父ちゃんの先輩の漫画家さんや!」

 ノンコが嬉しそうに解説。

「受け取った原稿失くしてしもてね、それも、お酒飲んで会社に帰る途中でね……」

「「「それで、土下座……」」」

 てっきり、怒り心頭で怒鳴り倒すか、一発食らわせる……と思ったら、その漫画家は「いいよいいよ、誰にも失敗はある。そうだ、ゲン直しに飲みに行こう!」と言って、階段を下りて飲みに行った。

「もうちょっとしたら、帰って来るよ」

 たしかに、間もなく二人そろって顔を赤くして帰ってきた。

「待ってて、すぐに描くからね」

 そう言うと、漫画家は部屋に籠って、二時間ほどで描き上げた。あ、実際に二時間待っていたわけじゃない『二時間後』という吹き出しが出たのだ。

「アハハ、二回目だったから、前のよりもうまく描けたよ(^_^;)」

「あ、ありがとうございます、先生!」

 編集者は涙をこぼして原稿を受け取り、漫画家は疲れた目をこすりながら、それでも笑顔で手を振って編集者を見送った。それを、二つ向こうの部屋から、若いアシスタントが目を潤ませて見ている。

「あの、アシさん、お祖父ちゃんや……」

「な、泣かせるなあ(´;ω;`)ウッ…」

 ジャラジャラ

 陽気な音がしたかと思うと、別の部屋で麻雀が始まった。

「ああやって、英気を養っているんですねえ!」

 神社では見せたことが無い顔で、白巫女が感動している。

「いや、そんなええもんとはちゃうと思うよ……」

 麻雀をやっている漫画家たちの頭から、アイデアの欠片がポロポロ零れていく。

「ああやって整理してるんですよ、いや、整理してるいう意識もなしに……」

 その隣では、三人の漫画家たちがお酒を飲みながら喋っている。

「きっと、アイデアとか、マンガの話ですよね!」

 耳を澄ましてみると、映画やパチンコの話、近所の喫茶店の女の子の話だ。マンガの話なんて一つもない。

 しかし、漫画家たちの頭からは、ポロリポロリと零れていくものがある。

 整理されていくアイデアたちだ。

 そして、一階で電話に出ている漫画家……出版社から打ち切りの通告。

 黒い塊が零れて、廃油のように廊下や玄関にシミを作っていく。

 と思ったら、荷物をまとめて出ていく青年。それを見送る見覚えのある漫画家たち。

 漫画家の夢破れて、引き払っていくんだ。

 駅へ向かう彼の体からもポロポロと零れていくものがある。

 これがファントムの種なのか?

 

「完全不一样(マンチェンプーイヤ)」

 

 いきなりの中国語に振り返ると、廊下の端に孫悟嬢が腕組みして立っていた。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・040『戦い済んで鳥居前』

2022-06-29 06:08:05 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

040『戦い済んで鳥居前』 

 

 

 あわや時間切れというところで琥珀浄瓶を退治することができた。

 

 スマホを通じて名前を奪われた人たちも回復して、日常の生活を取り戻しつつある。

 おきながさんは琥珀浄瓶の中で限界まで戦ったので、いまは社の中で臥せっている。

 かく言うわたしも一昼夜泥のように眠って起きたところだ。

 

 早々に支度をして世田谷八幡を目指す。

 

 おや、もう起きているのか?

 そう思ったのは、踏切まで来たところで、鳥居の方角に穏やかな煙が立っているのが見えたからだ。煙は、おきながさんが掃き集めた落ち葉を焼いているしるしだ。たいてい、焼き芋も焼いている。

 が、意表を突かれた。

「わたしが代わりにやっております」

 ニコニコと火の番をしていたのはスクネ老人だった。

「姫も、三韓征伐以来のお疲れのようです。いっそ高天原で養生されてはと勧めたんですがね、流行り病も猛威を振るっている。世田谷の鎮守たる身が避難することは出来ないと仰せで、この老人が鳥居の番をしております」

「そうだったのか」

「芋がくべてあります。もう少しで焼けます、付き合って下され」

「ああ、お相伴させてもらう……おや、あの歌声は?」

 社の奥から子どもの歌声がする。

 
 東むらやあ~ま 庭先ゃたまぁ~こ~(^^♪

 
「若でござるよ。志村けん殿が身罷られたので、お祀りされておるのです」

 そうなのだ、琥珀浄瓶は片づけたとは言え、ウイルスの脅威はまだまだ続いているのだ。

「これも祀ってはもらえないだろうか」

 目的のものをスクネ老人に示す。短冊に『円 周率』と記してある。

「おお、あの若者でござるな」

「ああ、わたしをたぶらかして、自ら無理数の『円 周率』と名乗り、すすんで琥珀浄瓶に取り込ませて、永遠の消化不良に陥らせた若者だ」

「承知つかまつった。八幡社で預かってよいものかは分かりませぬが、判別するまでは当社でお祀りさせていただくとしよう。噂で聞いたところでは、欧米でも同様の者が現れて、自ら『π』と名乗って非循環小数や無理数となって琥珀浄瓶に立ち向かったということでござるよ」

「琥珀浄瓶はあちこちに現れているんだな」

「いかにも、かの国の妖は手を変え品を変え現れるでしょうなあ、綻びのある所は付け込まれる。ヒルデ殿も覚悟めされよ」

「ああ、しかし、今日ぐらいは落ち着かせてくれ」

「むろん、ちょうど芋も頃合いに焼けたようでござる」

 
 老人がチョイチョイと手招きすると、見事な焼き芋が熾火から転がり出てきた。

 
 朝に家を出たはずなのに、早くも日は西に傾き始めていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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くノ一その一今のうち・10『初めてのアルバイト』

2022-06-28 10:31:09 | 小説3

くノ一その一今のうち

10『初めてのアルバイト』 

 

 

「拘束時間を考えると、けしていいギャラじゃないけどね……」

 

 後ろの座席で一緒になった金持ちさんが呟く。

「そうなんですか?」

 全部合わせても一時間程度の撮影時間で5000円のギャラと聞いていたから、ちょっと意外。

 近ごろの時給は、高校生のバイトで1200円くらいだから、5000円稼ごうと思ったら四時間働いても稼げない。それが一時間の拘束で頂けるんだから、わたし的には文句ない。

 そう言うと、金持ちさんからは大人の答えが返ってきた。

「こうやって、車で往復する時間も入れると、拘束時間は6時間。撮影によっては10時間超えることもあるからね。そうすると、時給は500円くらいに目減りする。コンビニのバイトだったら、同じ時間拘束されて倍くらいは稼げるよ。牛丼の深夜シフトだったら三倍ってとこよ」

 さすがは経理担当!

 初めてのバイトは、ドラマのエキストラ。それも、女子高生の役で、ギャラが5000円だから、ウキウキしていた。

「ええと、そろそろ現場に着くけど、長丁場になるかもだから、水分補給とかには気を付けてください。ぶっ倒れても、治療費は自分もちですからねぇ」

 アハハハハ

 金持ちさんの注意で、ミニバスの中に笑い声がおきる。

 事務所から来てるのは、わたしを入れて四人。他の十人ちょっとはバイト。わたしもバイトなんだけど、今回限りの募集で来た子たちなんだとか。

「あ、カマプロの特装車!」

 バイトの一人が身を乗り出した気配。

 でも、あたしの前にはヌリカベのごとき力持ちさんが座っていて見えない。

「詳しい子がいるんだ……」

 金持ちさんが呟いて、横を通過した時に見えたのは、街をよく走ってるSUV的な車。後ろ半分の窓がスモークになってる以外は特徴が無い。

「ナンバーで分かるみたいよ。鈴木まあやだね」

 鈴木まあや!?

 あたしでも知ってるアイドル俳優。スマホのCMに出たのがきっかけで、最近はドラマにも出ているらしい。

「知らなかった? 今日の仕事はまあや主演の学園ドラマだよ、タイトルは……アハハ」

 笑ってごまかす金持ちさん。

 エキストラってのは、仕出しとか通行人とか呼ばれる台詞無しの役。ゲームで言えばNPCで、制作側から言うと大道具や小道具と大差はない存在。だから、元受けに台本なんか渡されないから、社員の金持ちさんが知らなくても不思議じゃないそうだ。

 ロケ場所は廃校になった高校。まあ、学園ドラマだからね。

「え、力持ちさんも出るんですか!?」

 スタッフさんから、衣装の制服を受け取ってる彼女を見てビックリした。

「まあ、見てな(^▽^)」

 ニコニコ笑顔で校舎の陰に入って三十秒……たってビックリした!

 首から下をスケールダウンした中肉中背の女子高生が出てきた!

「え、ええ!?」

「オレね、全身の関節動かして体形が変えられるんよ」

 全身の関節……いや、もう細胞レベルで変身してるって!

 むろん金持ちさんも衣装着てるし、嫁もちさんもウィッグ付けてるんだろうけど、普通に女子高生に見えてる。

 あたしは……あんまり変わらない。

 微妙には違うけど、自分の学校と同じタイプのブレザーの制服だし、エキストラだから、メイクとかもしないから、もうほとんど日常。

 シーンは五つ。

 登校風景と下校風景、校内を歩きながらのカットが二つ。

 

 もう一つ……これが問題だった。

 主役の鈴木まあやの階段の踊り場のカット。

 まあやが敵役の子と言い争いになって、突き飛ばされた勢いで階段を転げ落ちるシーン。

「え、スタント間に合わないの?」

 スタッフから耳打ちされて、監督が飛び上がった。

「来る途中で事故ったらしいよ」

 金持ちさんが、薄く笑いながら耳打ちしてくれる。

 鈴木まあやはアイドル俳優だから、階段を転げ落ちるだとかの危険な演技は、吹替のスタントマンがやるらしい。

 監督たちが話しているのに注意すると、どうやら、別に日程を取らなければ撮影できないみたい。

「まあやは売れっ子だから……」

 別に日程をとるのは不可能らしい。

「ちょっと、百地さ~ん」

 助監督さんが、ヘタレ眉の顔を金持ちさんに向けてきた。

 ヒソヒソヒソ……

「うちがスタントやっちゃまずいでしょ」

「ですよねぇ(^_^;)」

 頭を掻いて引き下がる助監督。

 うちなら、階段落ちぐらい簡単だと思うのに、ちょっと不思議。

「こういうのって、縄張りがあってね、普通のダクショ(芸能事務所)がスタントの領域侵すのはマズいのよ」

 大人の世界は難しい……と、今度は監督自らやってきた。

 態度のデカそうな監督だけど、金持ちさんの前に来てサングラスを取った顔は、意外にチープ。

「ギャラはしっかり出すからさ、Jアクション(スタントのプロダクションらしい)がやったってことで引き受けてもらえないかなあ」

「う~ん……あとで揉めると、弱小プロの百地としては……」

「だったらさ、こういうのでは……」

 嫁もちさんが割り込んで、三人でヒソヒソ。

「「「じゃ、そういうことで」」」

 数分顔を突き合わせて話がまとまって……え、なんであたしの顔を見るの?

 

「うん、ソックリだ!」

 

 モニターを見て、監督が大きく頷く。

 まあやと並んだ後姿、斜め後ろ、真横、下からのロング……数パターンをテストで撮ってみると、我ながらまあやとソックリ。

 撮影中に、まあやの歩き方とか動きの癖を見ていたんだけど、いざ、やってみて、こんなに似ているとは思わなかった。

「じゃ、まあやが突き飛ばされるところから、テストいきます」

 5……4……3……2……

 1は発音しないで、監督の手が振られる。

 

 あ、あああああ!

 グラリ ドスン ドスン ゴロゴロ……そう言う感じで階段を転げ落ちる。

 突き飛ばされるところから、シームレスのノーカットだから吹き替えに見えない。

 敵役とまあやの顔がカットバックで四回、二人横向きの睨み合いが同じフレームに入って、突き飛ばされて転げ落ちる。そこまでワンカット。

「はいOK!」

「監督、ちょっと」

 カメラの後ろにいた白髪頭のスタッフが手を挙げた。

「なに、多田さん?」

 監督がさん付けで呼ぶ、ベテランさんのようだ。

「いいんだけど、Jアクションの役者には見えませんよ」

「あ、Jアクションはここまで似てないかぁ……」

「照明変えて撮りなおせませんかね、トッパナのとこをシルエットぎみにしたらいけると思います」

「でも、一瞬のカットだから」

 金持ちさんが手を挙げる。初めてのバイトでスタントの撮り直しはきつすぎると思ってくれてるんだ。

「わたしなら、いいですよ。今のでいいならやれます」

「そう、じゃあ、お願いしようか。無理言ってごめんね……百地芸能の……」

「風間そのです」

「ああ、そのちゃんそのちゃん(^_^;)、じゃあ、照明変えて、もうワンテイク!」

 

 照明を手直しして、すぐに本番。ラッシュを見た監督がOKを出して、無事に撮影が終わった。



「ごめんね、そのちゃん、僕のせいで撮り直しさせて」

 多田さんが頭を掻きながらお詫びしてくれる。多田さんは照明のトップのようだ。

 ぺーぺーの仕出しにもキチンとしてくれて好印象。

「いいえ、お役に立ててよかったです」

 照れたような笑顔が返ってくる。

 監督よりも印象が良かった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優


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漆黒のブリュンヒルデQ・039『琥珀浄瓶・6』

2022-06-28 06:18:30 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

039『琥珀浄瓶・6』 

 

 

 
 いつもなら、ぶちのめして名前を付けてやればお終いだ。

 
 しかし、今度の相手は西遊記の牛魔王が持っていたと言われる琥珀浄瓶。それも数千年の時を経て無限に人の名前を呑み込んでいくと言う化け物だ。

 スクネ老人と共に立ち向かったが、かすり傷一つ負わすこともできず、世田谷八幡の祭神であるオキナガ姫(神功皇后)が琥珀浄瓶の中に飛び込んで支えている。が、それも三日が限度。

 いつもヒルデにまとわりついているねね子が豪徳寺のネコたちを総動員して、ネコたちが百万回生きてきた名前を食らわせて一時は琥珀浄瓶の動きを止めることに成功した。しかし、効果は三十分しかなかった。

 旺盛な琥珀浄瓶の食欲を凌いで、撃滅するには並みの作戦では勝ち目がない……。

 
 その間にも、ヒルデは二人の妖に出会って名前を付けてやった。二人とも東京大空襲の犠牲者で名前まで焼かれてしまった犠牲者だ。

 こんな時なので、できたら相手にしたくなかったが、これが、この異世界の東京に飛ばされてきた使命であろうと怠ることのないヒルデであった。

「しかし……少しだけ休ませてもらおう」

 疲れた顔で八幡の前を通ることも憚られ、宮ノ坂駅のデハのシートに横になる。

 
 初めてここに来て以来か……狭いデハのシートに鉛筆のように真っ直ぐ仰向けに寝て、右腕を閂を掛けるように顔の上に載せて、しばしの微睡みが来るのを待った。

 ……おや?

 デハの周りを何かが巡る気配がする。

 妖か……五分でいいから寝かせてくれ。

 そう思うと、気配はぴたりと止んだ。

 
 もし……もし…………五分経ちました。

 
 そいつは律儀に五分経つのを待って、遠慮気味に足許に立った。

 薄目を開けると、ゲートルを巻いた学生風が立っている。

 ひょろりとしていて、首と襟カラーの間が指二本入りそうなくらいに空いていて、くたびれた学帽の下に丸縁の眼鏡が光っている。

 視線を落とすと、胸には名札が縫い付けてあるが……やっぱりな、ひどくボヤケて名前は読み取れない。

 ヨイショ。

 不用心に片膝を立てて上半身を起こしたので、スカートの中が見えてしまったか?

 まあいい、大人しい妖のようだ、さっさと名前を付けて退散してもらおう。

 しかし、そいつは動揺することもなく、こう続けた。

「いえ、付けていただく名前は決めているのです」

「決めている……ということは、自分の名前を憶えているんだな」

「いえ、付けて欲しい名前があるんです。ヒルデさんに付けていただかなければ名前になりません」

 妙な奴だ。手向かいしないだけでも珍しいのに、自分で名前を用意しているという。

「君は、旧制中学の生徒か?」

「はい、数学を安井算結先生に習っています」

 奇妙な奴だ、自分の名前も憶えていないのに数学の先生を憶えているとはな。

「この名前にしてほしいのです」

 手帳を出して名前を示した。

 円 周率

「声には出さないでください」

 苗字は『まどか』と読むのだろう。名前の方はわたしの漢字の知識では読めない。

「よし、分かった。君にこの名前を付けてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

 円君は、丁寧にお辞儀すると、回れ右をしてデハから下りて行って、踏切の前に出たかと思うと、上空の琥珀浄瓶を見上げた。

「そいつを見るな! 取り込まれてしまうぞ!」

 遅かった、一条の光が差したかと思うと、円君は、あっという間に琥珀浄瓶に吸い上げられた。

 嗚呼!

 思わず古典的な叫び声をあげてしまった。

 せめて見届けてやろう……。

 すると、ビクっとしたかと思うと、琥珀浄瓶は窒息したように木刻みに収縮し、次の瞬間……。

 
 ズボボボーーーーーーーーーーーン!!

 
 無数の名前を吐き散らしながら消滅していった。

 
 そ、そうか。あいつは『円周率』だ!

 円周 ÷ 直径=3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 342117067……

 ねね子の百万回どころではない、完全な無限数だ。

 いくら琥珀浄瓶でも呑み込めまい。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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ピボット高校アーカイ部・14『螺子先輩の正体・1』

2022-06-27 10:06:41 | 小説6

高校部     

14『螺子先輩の正体・1』 

 

 

 あれから、先輩の顔がまともに見られない。

 

 ほら、プールの壁が壊れて、その……不可抗力で先輩のお尻を見てしまってから。

 部活は一回あったんだけど、また、ポッペのケーキとか食べて喋っただけで終わってしまった。

 そのあとは二日続けて部活は休み。

 先輩も女の子だ、不可抗力とは言え見てしまったんだ、いちどきちんとお詫びを言って仕切り直しておかなきゃと思った。

 

 あ!

 

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、窓から旧校舎に向かっている先輩の姿が見えた。

 チャンス!

 階段を下りて、旧校舎に向かおうと思ったら、階段の途中で中井さんに呼び止められる。

 ほら、女子の保健委員が休みなので、僕が付き添って保健室に行ったクラスの女子。

「田中君、あの時はありがとうね。清水さん(女子の保健委員)は休みだし、あのままじゃ、教室で倒れてたよ。保健室の先生も、よくやってくれたって褒めてたし……」

「あ、いや、保健委員なんだし、ドンマイドンマイ(^_^;)」

 もう一言二言と思うんだけど、僕も旧校舎に急いでる。

 不器用な笑顔をのこして、階段の残り二段は飛び降りて旧校舎を目指す。

 

 ガッシャーン!

 

 明るいところから、急に暗い部室に入ったので、マネキンを引っかけて倒してしまった。

 先輩は部活中は、旧制服のセーラー服に着替えて、正規の制服はマネキンに着せている。そのマネキンを倒してしまったんだ。

 ウ……

 マネキンは、膝をついたうつ伏せの姿勢で倒れている。

 つまり、スカートがめくれ上がって、お尻が剥き出し(#'∀'#)……。

 え?

 脚の付け根に傷跡が……プール事件で見てしまった、あれといっしょだ。

 それまで、あっちの世界で見えてしまった時には、傷跡やあざとかは見えなかった、無かったんだ。

 

 じゃ、これは……。

 

「そんなに見つめるな、恥ずかしいじゃないか」

 斜め横から声がしてビックリした!

「せ、先輩!?」

 魔法陣のところに先輩が現れていた。

 ツカツカとマネキンに寄ると、スカートを直して腋の下に手を入れて持ち上げ、スタンドに戻した。

 

「見られたからには仕方がない、説明するから、そこに座ってくれ」

「は、はい」

「急なことで、お茶も無いが、辛抱してくれ」

「い、いいえ」

「実は…………」

「はい?」

「わたしは……ではないんだよ」

「え?」

「に……ではないんだ」

「え、えと?」

「大きな声では言えない、ちょっと寄れ」

「は、はい……」

 う、先輩の息がかかる。

「実は……人間ではないんだ」

「はい?」

「人形だ!」

 スポ

「ええええ!!」

 先輩は、両耳のあたりを手で挟むと、ヘルメットを脱ぐように首を外した。

「実はな、ボディーは二つあるが、首は一つしかない。そういう人形なんだ」

「あ……えと……首だけで喋られると、勘が狂います……」

「あ、そうだな……よいしょっと」

 首をはめると、手で360度まわしてから落ち着いた。

「…………(;'∀')」

「回さないと、ロックがかからないんでな。まあ、見慣れてくれ」

「は、はい……」

「一度に話しても、理解できないだろうから、少しずつな……わたしは、このピボット高校と同時に作られた。このピボット高校を基地として次元や時空の歪を直すための人形、アンドロイド、流行りの言葉ではオートマタかな」

 黒のミニワンピで、大剣を振り回す銀髪のゲームキャラを思い浮かべた。

「うん、そういう感じだ。ソウルはヘッドにあるんでな、時々ボディーを付け替えるわけだ。ボディーは二体とも同じ能力なんだが、そっちの方はちょっと前に痛めてしまってな、戦闘のときは、このボディー。日常生活はそっちと切り替えている。しかし、そっちは、日常の動作にも不具合が出てきたようで、こないだの水泳の授業では、よろめいて、鋲にあられもない姿を晒してしまった。そろそろメンテナンスだ」

「た、大変なんですね(^_^;)」

「他にもあるんだが、いっぺんに説明すると混乱するだろ。ま、おいおいとな」

「は、はい」

「騙して参加させたようで申し訳ない。鋲は能力が高いんでな、実は、最初から狙ってピボットに入ってもらった。これは、要の街……いや、日本、世界のためだ。如いては君のためにもなることなんだ、まだまだ疑念も疑問も解けないだろうが、よろしく頼む!」

 深々と頭を下げる先輩。胸当てのホックが外れていて胸の上半分が見えて……なんにも言えなかった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・038『琥珀浄瓶・5』

2022-06-27 06:07:46 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

038『琥珀浄瓶・5』 

 

 

 
 効き目があったのは、ほんの三十分ほどでしかなかった。

 
 琥珀浄瓶は、再び蠕動に似た動きをして東京の上空に蟠った。

 この化け物は三十分で数百億匹の猫の名前を消化してしまったのだ。

 携帯基地局も電源が落ちたままなので、スマホを通じて人の名前が奪われることもなくなったがな。

 
 終わったと思った琥珀浄瓶との戦いは膠着状態におちいった。

 
「おまえ、学校は休め」

「なんでニャー?」

「だって、おまえ……」

 いつものように豪徳寺の角を曲がったところで待ってくれていたねね子だが、耳と尻尾が出てしまっている。よく見ると、鼻の下から左右で六本のヒゲが出たり入ったり。

 名前を失ったことで、力が衰えて、完全な『猫田ねね子』に化けていることができていないのだ。

 
「すまんが、しばらく預かってくれ」

 
 踏切を渡って鳥居が見えて、ねね子を世田谷八幡に預けることにする。

 鳥居の前で用件を伝えると、少しあってスクネ老人が赤ん坊を背負って現れた。

「承知いたした。三十分とは言え、琥珀浄瓶を停めてくれた殊勲のねね子、十分なことはできないがお預かりいたそう」

 スクネ老人は、ねね子の顔の前でトンボをとるように指をクルリと回した。

 すると、ねね子は、たちまちのうちに三毛猫の姿になってお座りした。

「にゃんこ にゃんこ」

 背中の赤ん坊が嬉しそうに声をあげる。

「その赤ん坊は?」

「誉田別尊(ほむたわけのみこと)でござる」

「誉田別尊……そこの由緒書きにある応神天皇?」

「オキナガ姫がお隠れになっておられるので、いささか若返ってしまわれた」

「ジイジ、にゃんこ、にゃんこ」

 赤ん坊が手を出すと、ねね子はフワリと浮き上がって赤ん坊の手の中に収まった。

「可愛がっておやりなされ。これこれ、ヒゲを引っ張ってやってはなりません……ウッ、ジイのヒゲもなりませんぞお!」

「ハハ、はやく片づけなくてはな」

「いかにも、わしのヒゲがもたぬわ」

「ヒゲのないスクネ老人もいいかもしれない……意外にいい男だったりするかもしれないな」

「ハハハ、年寄りをからかうものではござらぬわ」

「では、わたしは学校に行く。しばらく頼んだぞ」

「かしこまりもうした。しかし、ひるで殿、残りは、あと二十四時間でござるぞ」

 老人の目が覚悟を促す。

「分かっている」

 

 そうなのだ、もう二日が過ぎた。

 この24時間で片づけなければ、おきながさんは二度と帰ってこられなくなる。

 妖雲に一瞥をくれると、コキっと首を慣らして学校へ急ぐ。ねね子が付いていないことをことを除けば、いつもの朝のひるでであった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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せやさかい・316『それぞれの梅雨』

2022-06-26 09:20:57 | ノベル

・316

『それぞれの梅雨』頼子   

 

 

 どちらが好きかと聞かれることがある。日本とヤマセンブルグのどちらが好きか。

 

「それぞれの国に良いところ、優れたところがあって、いずれも甲乙つけがたく……」

 ローマの休日のアン王女のように、こんな顔(^~^;)して答えておく。

 でも、根っこの所では、7:3ぐらいで日本が好きだ。

 生まれ育った……生まれたのは日本じゃないんだけど、物心ついて、高三の今日まで育ったのは日本だからね。

 いちおうバイリンガルで、英語もヤマセンブルグ語もできるけど、考えるのは日本語。マザータングというやつです。

 でもね、一年の内、この時期だけは、こんな顔(^▽^)して「ヤマセンブルグ!」と答えられる。

 

 梅雨ですよ梅雨!

 

 この、じっとしていても粘りつくような湿気は17年生きてきても馴染めない。

 むろん、家も学校も電車の中も車の中もエアコン効いてるんだけどね。

 人工的に湿気を取ったり温度を下げた空気と、夏でもカラリとしてるヤマセンブルグの空気は違うんです。

 散歩して、ちょっと暑くなったなあと思ったら、日陰に入ればいいんですよ。

「日本の木陰は裏切り者です」

 日本に来て、最初の梅雨時にソフィーが言った。

 日本は、日陰、木陰でも蒸し暑い。

 さくらなんかは、ヘッチャラで汗をかいている。「もう、暑いのは、かないませんねえ(^_^;)」とか言って、平気でブラウスのボタンを開けて、タオルで腋の下とか拭いている。

 留美ちゃんは汗をかかない。「いえ、そんなことないですよ」とか控え目に言うんだけど、ほんと、汗を拭いてるとこなんて見たことない。

「お武家の女性は汗をかかなかったと言います」

 ソフィーが真顔で言った時は笑っちゃったけどね。留美ちゃんの苗字は『榊原』、ソフィーは領事館のコンピューターで調べて、榊原というのは、徳川将軍家の重臣の苗字だと発見した。

「そんな偉い家じゃありませんよ!」

 ソフィーに聞かれて壁を塗るように否定していたけど、家系はともかく、留美ちゃんの佇まいには、そういうところがある。

「あ、さくらの『酒井』も徳川の重臣ですよ」

 バランス感覚のいい留美ちゃんは、そう付け加えたけど、「それは、なにかの間違いです」とソフィーは切り捨てる。

 メグリンこと古閑巡里は、汗をかきながらも(さくらほどの大汗じゃないけど)普通にしている。

「暑いのも寒いのも、わりと平気です。わたし、人よりでっかいですから、表面積はさくらの倍はあります。だから、冷却能力は高いんですよ」

 一種の自虐ネタなんだろうけど、メグリンが言うと、アハハと笑っていられる。

「メグリンは、お父さんが自衛隊の大佐です。きっと、日本各地を転勤してきたのに付き合ったから……それと、やはり武人の子です。泣き言は言わないんですよ」

 ソフィーの日本愛は凄いものがありますよ。

 

 昨日は、プールの緊急点検とかで、急きょ体育館の授業だった。

 冷暖房完備の聖真理愛学院なんだけど、さすがに体育館の冷房まではできない。

 さっきも言ったけど、日本の日陰・木陰は裏切り者。身に絡みつくような湿気と汗はたまらない。

 部活ではシャワーを使うこともできるんだそうだけど、授業では人数も多く、時間も無くて、ただただ汗を拭くだけ。

 湿気と制汗スプレーのニオイにゲンナリしたまま放課後を迎えたので、まあ、こんなことを思う訳ですよ。

 

 で、お祖母ちゃんとのスカイプで、思わず返事してしまった。

 

『夏休みになったら、お仲間連れていっらしゃい(⌒∇⌒)』

「うん、いくいく!」

 お祖母ちゃんは、宮殿の庭の木陰でアイスティーなんぞを飲みながら涼しい顔でかけてくるんだもんね。

 お祖母ちゃんの後ろには、かわいいブランコなんかが揺れている。わたしが、子どもの頃使ってたブランコ。

 お父さんの膝に乗っかって、あまりの心地よさに、つい眠ってしまったブランコが。

 まんまと引っかかって、うっかり返事して。

「ソフィーから聞きました!」

 なんて、部活で全員に言われたら、もう行くしかない。

 

 で、単に行くだけではなく、結論を出さなければならないんだろうと爪を噛む頼子です。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・037『琥珀浄瓶・4』

2022-06-26 06:21:05 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

037『琥珀浄瓶・4』 

 

 

 
 東京全域で携帯電話が使えなくなった!

 
 71カ所ある携帯基地局の電源が全て落ちたからだ。

 すぐに全基地局の点検が行われた。携帯が使えないのはライフラインが止まったことと同義で、管理会社の作業車は都内全域から駆り出されたパトカーに先導されて現場に急行した。

 しかし、電源を落としたのはスクネとヒルデ。どちらも神である。

 神の御業は人の目や知識では認識不能だ。

「どこにも異常はありません!」

 基地局を周った担当者からは同じ答えが送信される。携帯以外の通信システム(固定電話、電信、パソコンなど)は生きているのだ。

 もう一つ異変が起こった。

 急性記憶障害に陥った者が、都内で数千人現れたのだ。

 自分の名前が分からなくなってしまい、ひとに呼ばれても返事をしなくなった。

 テレビやラジオのアナウンサーが番組の初めに名乗りを上げられずに立ち往生したり、銀行や病院で順番を待っていて、呼ばれても返事が出来ない者、宅配便が来て「~さん、宅配便です」と呼びかけられても分からない者、ご近所の人の挨拶されても返せない者などが続出。学校は武漢ウィルスで休校になっているところが多いので問題化することは少なかったが、携帯の不通とともに混乱をもたらした。

 その二つの問題に比べれば、ほとんど問題にはならなかったが、東京の上空に現れた七色に輝く雲は不気味がられた。
 雲の上に太陽が昇ってくると、太陽光は雲を通して照射されるので、地上は七色のマーブル模様にに照らされて、異様な雰囲気になる。
 太陽が雲の上を通過してしまうと、普通の日照りになるので、人々は「不気味だなあ」呟き、インスタ映えがすると言っては写真を撮るが、それを人に送って見せびらかすこともできないので、ちょっと詰まらないと舌を鳴らしたりため息をつくくらいであった。

 
 ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 
 その妖雲を見上げては盛大にため息をついているのがスクネとヒルデの二人の神さまだ。

 二人は世田谷八幡の拝殿の屋根に、武装も解かず、腕を組んで思案にふける。

「『寿限無』もダメでござったなあ」

 琥珀浄瓶は人の名を喰らうので、日本一長い名前とされている『寿限無』を食らわせてみたところだったのだ。『寿限無』にたどり着くまでには『死』とか『災』『悪』『毒』『傾』『倒』など縁起の悪い文字を含む名前を食らわせてみたが、ことごとく不発だった。

「狙いは悪くない、もっと奴の体を悪くするような名前を食らわせば、きっと中毒を起こす」

「しかし、もう種がござらん……」

「大丈夫か、スクネ老人」

「かたじけない、少し立ち眩みがしたまでのこと」

 ヒルデは、老人を鰹木を枕にして寝かせてやった。

 
「あ、そんなところに居たニャ!」

 
 声がしたかと思うと、鳥居の所からねね子がジャンプしてきた。

「探したニャ、ここ三日ほど姿が見えなかったニャ……その姿は、戦闘モードなのかニャ?」

「実はな……」

 これまでの事情を説明してやると、ねね子はぶっ飛んだ!

「フニャーー! そんなことが起っていたのニャアアア!?」

「あと二十四時間で琥珀浄瓶を成敗しないと、おきながさんも戻ってこられなくなってしまう……」

「じゃ、じゃ、ねね子の名前を使うといいニャ!」

「ねね子の名前は、ね・ね・子。たった三文字じゃないか」

「違うのニャ!」

「どう違うんだ?」

「ねね子は、いまの名前ニャ」

「他にも名前があるのか、ハンドルネームとか、源氏名とか?」

「違うニャ、ネコは百万回生まれかわるのニャ」

「おまえ、百万回生まれかわったネコなのか!?」

 スクネ老人も驚いた。

「そうなのニャ、そういう猫でなければ、豪徳寺のネコボスは張っていられないのニャ」

 そうだ、先日、豪徳寺の境内を訪れた時に見た招き猫の怪異、あれのトリに現れたのはねね子だった。

「ねね子の他にも豪徳寺の猫を総動員すれば、一億とか二億とかになるニャ!」

 そう言うと、ねね子は印を結び鰹木の上に飛び乗ったかと思うと空中三回転ジャンプ!

 
 ニャニャニャニャニャニャニャニャニャア!

 
 線路を挟んだ豪徳寺の境内から数百、数千、数万の招き猫が飛んできて、ねね子を中心に旋回。やがて、招き猫の群れの中から蛍のようなものが無数に抜け出て、上空の妖雲目がけて飛んで行った。

「あれが、猫たちの名前なんだな……」

「そうなのニャ、中には野良も混じってるんだけどニャ……」

「野良猫には、名前は無かろう?」

「ううん、野良には名前を表す鳴き方があるニャ『ニャウ』とか『ミュー』とか『ニャン』とか、字面は同じでもアクセントとか音の高さとかが違って、すごい数になるニャ」

 そう言えば、立ち上っていく猫の名前たちは『なめるにゃー』と叫んでいるようにも聞こえる。

「あ、停まった!」

 琥珀浄瓶の妖雲は、ギクシャクした動きをしたかと思うと、二三回、ピクリとして動きを停めてしまった。

 
 数分の間、拝殿の屋根の上で妖雲を睨みつける三人。

 その眼力も幸いしたのか、琥珀浄瓶は完全に静止した。

 ねね子が振り返って、自分を指さした。

「わ、わたしって……誰だったのかニャ(;'∀')?」

 完全に自分の名前を忘れている。

「「ヤッターーー!!」」

 呆然とするねね子を尻目に、喜びを分かち合う二人の神さまであった……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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鳴かぬなら 信長転生記 80『突然の小休止』

2022-06-25 15:02:43 | ノベル2

ら 信長転生記

80『突然の小休止』信長 

 

 

 孫策とは面識がある。

 

 事の起こりは市だ。

 市が二宮忠八と紙飛行機を追って、森の向こうまで行ってしまい、強行偵察のために侵入してきた袁紹の部隊と遭遇してしまった。あわやというところを武蔵が救ってくれて事なきを得た。後日、その調査の為に、薬草探しの女子高生を装って、信玄・謙信・俺(信長)・武蔵の四人で偵察に出て、孫策の警戒隊と鉢合わせした。

 警戒隊の中に武蔵が袁紹の部隊をコテンパンにした時の兵が加わっていて、あやうく見破られそうになったのを孫策が(おそらく)見逃してくれた。

 孫策は、扶桑(転生国)への侵入には積極的ではないような気がする。

 ことを荒立てないで、三国志諸侯をなだめながら様子を見ようというのが、孫策の心づもりではないか。

「それは、どうかなあ」

 シイ少尉(市)が馬を寄せてきた。

「なんだ、俺は昼飯のことを考えていたんだぞ。成都は後の南京だ、南京料理は江南でありながら、長江沿いの肥沃な平野の農産物、魚介類や家禽などの素材を生かして、意匠を凝らしながらも穏やかな味が特徴だ。楽しみにもなるだろう」

「フフ、ニイチャンが目が無いのは甘党のスィーツだろ、妹の目はごまかせないぞ。今のその目は、敵を探っている時の目だ」

「お見通しか……確かに、長城を超えて三国志に来るまでは、俺たちの知識は長城の関門を函谷関と見誤る程度でしかなかったからな」

「家康だって、サルが死ぬまでは三河の律義者で通して、天下取りの色気は見せなかったからね」

「秀吉も家康も、俺が死んだ後の状況に合わせただけだ。無理くりの謀反を企てた光秀とは違うぞ」

「うっさい! サルも嫌いだけど、タヌキはもっと嫌いだ!」

「尖がるな。いま気にかかっているのは孫策の本音だ。今の三国志は呉の出方次第で方向が決まる」

「その呉の行き先は、大橋が握っているかもね……」

 確かに、大橋は紙飛行機にも気が付いている様子だったからな、油断はならない。

 

 小休止!

 

 軍列の前の方から小休止を伝える声が逓伝されてきた。

「え、もう小休止?」

 シイが驚くのも無理はない。成都を出て、まだ二時間もたっていない。

 騎兵師団だ。その気になれば、一気に駆けて夜明けと共に建業に着くことも出来る。まあ、そんな強行軍をやれば「奇襲攻撃をかけてくるつもりか!?」と疑いをもたれてしまうがな。

「え、河原に下りてるよ?」

 前方で、茶姫の馬印が河原に下り、それに倣って、師団全体が下りている。

「職姉妹、茶姫さまがお呼びだ、すぐに行ってくれ」

 同僚の近衛騎士が伝えると、そのまま堤上の道に出る。警戒なのだろうが、単騎に歩卒が二名。

 前方にも警戒の騎兵が上がって来るのが見えるが、同じ組み合わせが前後に一組ずつしか居ない。

「なんか、桶狭間で負けた時の今川軍みたいに緩い警戒じゃない?」

「まあ、茶姫に直接聞くさ」

 茶姫の馬印を目指していくと、焚火の用意をする者や糧秣を開く者、中にはアーマーを脱いで川で水浴びをする者もいて、とても小休止の様子ではない。

「なんか、緩んでるし」

 

 ザップーーン!

 

「ええ?」

 馬印の下では、従卒たちも寛いで、床几の上には茶姫のアーマーと衣類が乱雑に置かれている。

「いまの水音……」

「職少佐、茶姫さまなら泳いでおられますので、あちらの方へ行ってください」

 当番兵が、茶姫の抜け殻を畳みながら岸辺を指さす。

 ジャバジャバ……パシャパシャ……ザップーーン!

 パシャパシャパシャ

「おお、君たちもひと泳ぎしてはどうだ! 水着なら、わたしの予備があるから使うといい!」

 そう言うと、茶姫は再び盛大な水しぶきをあげて泳ぎだす。

「あまり泳ぎは上手くないな」

「なに考えてんだろ?」

「シイも泳ぐか?」

「茶姫のはサイズ合わないし」

「そうだな」

 瞬間立ち上がった茶姫の胸は、俺たち姉妹よりも2サイズは上だ。

 

 五分ほどギャップ萌えしそうな水泳を全軍に披露して、茶姫は岸に上がってきた。

 

「だれか、見ているのか?」

「さすがは少佐、気が付いてるのね」

「のぞき見!?」

「ハハ、のぞき見もなにも、あちこちで写真撮ってたでしょ?」

「水音に混じって、パシャパシャ音がしていただろ」

「ええ!?」

「うちの師団は、休憩中は写真撮り放題にしてるのよ……チュウボウ! そろそろ、出てらっしゃーい!」

「中坊!?」

 手をメガホンにして、茶姫が叫ぶと、シイがビックリし、師団のあちこちから笑い声が上がる。

 ガサガサ

 岸辺の薮が騒いだかと思うと、いかにも中坊な少年がデジカメを持って現れたぞ。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・036『琥珀浄瓶・3』

2022-06-25 06:10:23 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

036『琥珀浄瓶・3』 

 

 

 

 わたしが相手をしよう!

 
 背後から声がした! 

 虚を突かれた格好になって、反射的に急降下するとともに頭上をに目をやると、群雲を突き抜け、琥珀浄瓶の眼前に躍り出る白馬の騎士が見えた。

 赤地錦の直垂に金小札緋縅の大鎧、兜は被らずに利剣の前立打った金冠を頂き、螺鈿の長刀を風車のように振う女武者……え……おきながさん!?

 日ごろのおきながさんは、生まれた時から作務衣に軍手姿で焼き芋を焼いているのではないかと思うおばさんだが、この出で立ちは、一緒に正月の記念写真を撮っていなければ気づかないほどの凛々しさだ。

「姫! なりません!」

 スクネ老人が馬腹を蹴ると、おきながさんは長刀を琥珀浄瓶の正中に擬したまま、静かに、しかし、良く通る声で命じた。

「東京には七十一の基地局がある、電源を喪失させれば機能を喪失させられる、確実で復旧も簡単。二人で手分けして片づけて。その間、こやつを足止めしておく」

「しかし、姫おひとりでは!」

「三日ほどは支えられるが、その先は分からん。三日のうちに琥珀浄瓶を倒すすべを考えよ。もしもの時は和子(わこ)を頼むぞ」

「姫!」

「ひるでさん。あなたは、こんなことの為に来たんじゃないのに、苦労を掛けるわね。これを受け取って!」

 後姿のままおきながさんが放ってよこしたのは、黒鉄の勾玉だ。

「これは……」

 セイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 問いには応えず、おきながさんらしい吶喊の声をあげ、まっしぐらに琥珀浄瓶の真中に突っ込んだ!

「姫えっ!」

「おきながさあああああん!!」

 
 ズゴゴゴゴゴオオオオオオオン!!

 
 真ん中が閃光を発したかと思うと、数瞬身もだえして、琥珀浄瓶はその動きを停止させた。

「姫…………」

「いくぞ!」

 
 スクネ老人を促し、東京を東西から巴のように周って、数分の内に基地局の電源を落としていった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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漆黒のブリュンヒルデQ・035『琥珀浄瓶・2』

2022-06-24 06:13:41 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

035『琥珀浄瓶・2』 

 

 

 琥珀浄瓶(こはくのじょうへい)とは中国の六道仙人が持つ宝具の一つで、西遊記では金閣魔王の持ち物とされている。金閣は琥珀浄瓶の蓋を開けて敵の名を呼ぶ。うかつに返事をすると、たちまちのうちに瓶の中に吸い込まれ、数刻の内に溶かされ、金閣の酒にされるという恐ろしい武器である。

 その琥珀浄瓶が不定形の真ん中で不規則に漂っている。

 琥珀浄瓶の口は開かれて、金魚の口のようにフワフワと不定形の中身を呼吸している……吸っては吐き出し、吐き出しては吸っている。

「あれは人の名でござるぞ!」

 目を凝らすとスクネ老人の言う通りだ。

 習近時 李光沢 連戦 陳明女 荘玄沢 毛仁善 蒋介岩 金美華 孫御嬢 石電析 周恩沢 林即足……

 全て漢字で、苗字は、ほとんど例外なく一文字、名前は二文字……中国で取り込まれてしまった人たちの名前だ。

「七色(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)だが……よく見ると吐き出されるに従って色が変わっているのではないか?」

「いかにも、赤を吸っては橙に、橙を吸っては黄色、黄色を吸っては緑……」

「……紫は……?」

 赤に戻ればループして増減はない……しかし、紫色の氏名は呑み込まれたまま戻ってくることが無い。

「七段階に分けて呑み込んでいるのか……」

「赤が少なくはないか?」

「いかにも、おそらくは赤が最初の形態で、吸引の度に色が変わるのは少しずつ養分を吸収しておるためでござろう」

「こいつ、中国で飽き足らずに日本にやってきたのか?」

「そのようでござるな、僅かではござるが、漢字二文字の姓が混じっております」

「それは日本人の氏名だ、倒さねばならないぞ」

「スクネは左回りに攻めまする、ひるで殿は右回りに攻められよ。それがしが穴をあけまするによって、ひるで殿は、剥き出しになった刹那を捉えて琥珀瓶を攻められよ!」

「心得た!」

 雲を蹴ると、それぞれ左右から巻き取るように不定形を攻めにかかった!

 ビュン! ズサ! ビュン! ズシ! ビュン! ザシ!

 突と斬の小気味いい音が続いた。

 スクネが矢を射てビュン! わたしが切りかけてズサ! ズシ! ザシ!

 霊魔や妖は一方向からの攻撃には強い抵抗力を見せるが、複数の方角からの攻撃、特に左右逆回転からの攻撃には弱い傾向があるようだ。

 琥珀浄瓶も同様で、攻撃を加えるたびに七色の氏名を吐き出して動きを止める。

 しかし、停止しているのは数瞬の事で、直ぐに元の力強さを取り戻してしまう。

「こいつ、少しづつ赤を取り戻してはいないか」

「ひるで殿、下を御覧なされ! 日本人の氏名が上って来ますぞ!」

「どいうことだ!?」

「分かりませぬ、呼ばれて返事をしなければ取り込まれることはないはず」

 攻撃は繰り返しながらも地上の様子に注意を向ける。

 見ると、氏名が湧き出てくるのは、いくつかのポイントからであることが分かる。

「あれは……」

「……携帯電話の基地局でござる!」

「そうか、琥珀浄瓶はスマホを通じて氏名を集めているんだ!」

「基地局を停めねばなりませぬな」

「しかし、基地局にかかずらっていると、こいつの相手ができなくなる」

「南無三……」

 
 序盤で立ち往生してしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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魔法少女マヂカ・279『将門さまは療養中でお休み』

2022-06-23 13:37:04 | 小説

魔法少女マヂカ・279

『将門さまは療養中でお休み語り手:マヂカ 

 

 

 え?

 

 赤巫女に案内されて拝殿の奥、本殿に続く扉が開いて驚いた。

 前回、ジャーマンポテトを持って訪れた時と様子が違うのだ。

 低いパーテーションで区切られたブースが一杯あって、カチャカチャとキーボードを叩く音や、サーバーが唸る音やらコンピューターのファンが回る音がしている。

 まるで、ゲームかアニメの制作会社に迷い込んだ感じだ。

「少々お待ちください」

 そう言って赤巫女が入った奥のブースでヒソヒソと話声。ひとりは赤巫女、もう一人は、バリトンのいい声。なろう系アニメのギルドのリーダーが務まりそうな声だ。

「いやあ、わざわざすみません」

 出てきた、その人は、黒のジーンズとTシャツが似合う、年齢不詳のベテランプログラマー風。

「二番の会議室が空きました」

 パーテーションの向こうから半身を覗かせたのは、お馴染みの黒巫女。

 忙しいんだろう、目で――ごくろうさま――と挨拶して行ってしまった。

 ナリはいつもの巫女服なんだけど、手にはタブレット、耳の後ろには骨伝導のイヤホンなんかが見えて、やっぱり前回とは次元の違う仕事の真っ最中という感じ。

「特務師団から伺いました、魔法少女のマヂカです」

「要海友里です」

「藤本清美です」

「野々村典子ですぅ」

「渡辺詰子だワン」

「ブリンダ・マクギャバンだ」

「ようこそ、神田明神の大黒です」

「大黒……一の宮の大黒天?」

「はい、これまで、みなさんの相手をしてきたのは、三の宮の将門さんです」

 神田明神といえば平将門と思っていたみんなは、ちょっと驚いている。

 わたしは思い当たった。神田明神というのは三柱の神さまを中心とした神さまのマンションみたいなものなのだ。

「将門さんは、どないしはったんですかぁ?」

 将門ファンのノンコが寂しそうな声をあげる。

「はい、将門さんは、長年の御無理が祟って、高天原で養生なさっておられます」

 やっぱり……幕末の動乱、関東大震災、戦時中の空襲、戦後の混乱、抱えてきた苦労は並大抵ではない。

「お立場は三ノ宮でしたが、根っからの武闘派で、悪鬼退治にはいつも先頭に立っておられましたから、ご無理が祟ったんでしょう。今は、一ノ宮のわたしが先頭に立って、神田明神の祭神全員で対応しています」

「それはそれは……」

「マヂカ、これを……」

「あ、すまん、友里」

 友里が示してくれたパッケージを大黒天にすすめる。

「どうぞ、これをお納めください」

「ほお、これは……フライドチキンとフライドポテト!」

 

 ザワ

 

 それまでの制作会社めいた音や気配が消えて、大勢が息を飲んで身じろぎする音がした。

「いやあ、よく分かってらっしゃる! 将門さんはジャーマンポテト派ですが、他の祭神たちはフライドチキンとフライドポテト派でしてね! おおい、みんな、コーヒーブレイクにしよう!」

 ザワザワザワ

 気配が高まったかと思うと、目の前のパッケージは、神さまたちの見えざる手で、あっという間に空になってしまった。

「おいおい、ぼくの分はとってあるんだろうなあ!?」

『はい、デスクの上にコーヒーといっしょに置いてありまーす』

 赤巫女の声がして、大黒は、ホッと胸をなでおろした。

『少彦名(すくなひこな)さん、一度に三つもとっちゃダメ』

『ウキキ』

『猿田彦さん、お行儀悪い!』

『いただきま~』

『塩竈(しおつち)明神さん、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)さん、手は洗ってください!』

『ムシャムシャムシャ!』

『須佐之男(スサノオ)さん、もっとゆっくり! おなか壊しますよ!』

 ウフフフ アハハハ

 神さまたち、子どもみたいに食らいついてる様子なので笑ってしまう。

「どうも、神さまのくせに、みんなお行儀悪くて、すみません」

「うちら、学校では調理研究部やってるさかい、美味しいもの作ったら、また持ってきます!」

 ノンコが感動して声をあげる。

『『『『『『お願いしま~~~す!』』』』』』

 いっせいに神さまたちの声が響いて、会議室のわたしたちも嬉しくなる。

 

 しかし、それから踏み込んだ話は、ちょっと苦しい内容だった。

 

「今の東京……いや、今の日本は経済問題と流行り病の対策が肝要です。これは、この大黒と戎が主導してあたります。楽観はできませんが、これまでも、何度も好況を支え不況に立ち向かってきましたからね」

「経済対策だけでは済まないだろ」

 ブリンダがアケスケに指摘する。

「ええ、ブリンダさんのおっしゃる通りです。それについては将門さまご不在の今は……彼女たちに立ってもらいます」

 シュワ~ン

 長閑な電子音がしたかと思うと、フライドチキンやフライドポテトを咥えたり手に持ったりして、別の片手にはマグカップを持って寛いでいる四人の巫女さんがビックリした顔やらジト目やらで現れた。

「きゅ、休憩中に呼び出さないでくださいね」

 赤巫女が、顔を赤くして抗議する。

「戦いで苦労する覚悟はしてますが、任せっきりにはしないでくださいね」

「そのへんの……」

「「白黒はつけてくださいな」」

 白・黒巫女が詰め寄る。

「頼みますわよ、文科系の一ノ宮さん」

 青巫女が青白いジト目で念を押す。

「あ、ボクも、昔はスサノオの親父相手にバトルしたこともあるから……(^_^;)」

「三千年も前の事だけど」

「だ、大丈夫だ。大黒に二言は無い!」

「ゴックン、大黒さま、その言葉忘れないでくださいね!」

「「「一の宮さまぁ(^▽^)」」」

 巫女さんたちの声が揃う。

 神田明神さんも大変みたいだ……(^_^;)

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

 

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