大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)013・かんぱーい!

2024-04-27 06:27:00 | 自己紹介
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
013・かんぱーい!                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 忌々しくはあったが入部を認めざるを得なかった。


 なんせ今週中に部員を5人にしなくては部室を取り上げられる。

「せやけど、なんでそこまで正直やねん!?」

 お互いのいろいろを言い合っているうちに、啓介の声は大きくなってしまった。

「きれいな嘘をついて、あとでグチャグチャになりたくないもん」

「もっぺん聞くけど、学校辞めたいんやったら退学届け書いて学校に出したらしまいやろがな」

「だ~か~らあ、入学して1か月で辞めたら親とか心配するでしょ? 心配されるってウットーシイものなのよ。ただでもこの年頃ってさ『多感な年ごろだからそっとしておこう』なんて思われちゃうの。高校生の自殺って9月の第一週と春の連休明けが多いの。ため息一つついただけで『あ、自殺考えてる!?』とかになっちゃって腫れ物に触るような目で見られるのよ。学校だって放っておかないわ。やれカウンセリングだ、やれ事情聴取だとかで家まで押しかけてくるわよ」

「ええやんか、心配させといたら」

「あのね、あたしは足が不自由なの、車いすなのよ、そんな子が『辞めたい』って言ったら普通の子の10倍くらいネチネチ干渉されるのよ。この学校ってバリアフリーのモデル校だけど、それってハードだけだからね。実の有る関わり方って誰もしないわ。そんな人間オンチに口先だけの言葉かけてもらいたくないの」

 啓介はイラついていたが「口先だけの」という言葉には共感してしまった。

「それにね、あたしの足がこうなったのは事故のせいなんだけど、その事故の責任は自分たちにあるって、お父さんもお母さんも思ってる。そんな親に思いっきり心配されるのって絶対やだ!」

「しかしなあ、演劇部つぶれるのを確信して入部するて、ちょっとオチョクッてへんか?」

「だってそうなるわよ。あなただって隠れ家としての部室が欲しいだけじゃない。放っておいたら、今週の金曜日に演劇部は無くなるわ。でも、あたしが入ったらもうちょっと持つわよ。車いすの子が入ったクラブを簡単には潰せない。そうね~、まあ今学期いっぱいぐらいは持つんじゃないかなあ。金曜日に潰れるのと、夏まで持つのとどっちがいい?」

「ムムム……………」

 どこか釈然としない啓介だったが、利害関係という点では了解していることなので沈黙せざるを得なかった。

「よし、じゃ新生演劇部の出発! 乾杯しよう(^▽^)!」

「乾杯って……ここなんにもないで」

「なきゃ、買いに行けばいいじゃないの」

「わざわざ……」

 そう言ったときには、千歳は廊下に出ていた。車いすとは思えない素早さだ。


「これって、うちの学校の象徴だと思わない?」

「え?」


 空堀高校はバリアフリーが徹底していて、ジュースの自販機もバリアフリー仕様。お金の投入口も商品の取り出し口も車いすで買える高さになっている。

「いくら手が届いても、物言わぬ自販機じゃねえ……」

「そやけど自販機がしゃべってもなあ」

「あなたもいっしょなんだ」

「え、なにが?」

「ううん、なんでも……じゃ、あそこで」

「え、部室に戻らへんのんか?」

「いいからいいから……」


 千歳は啓介をリードして中庭の真ん中に来た。


「え、こんなとこで?」

「うん、みんなが見てる……あ、すみません、今から乾杯するんで写真撮ってもらえません? 連写でお願いします!」

 通りがかりの女生徒に声を掛け、スマホを預けた。

「じゃ、新生演劇部に……かんぱーい!」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 女生徒は連写で10枚、乾杯の瞬間を写してくれた。

 ホログラムの発声練習では見向きもされなかったが、この乾杯の瞬間は、ほんの一瞬だけど数十人の生徒と数人の先生が見ていた。


 五月晴れの中庭で、やっとインチキ演劇部が動き始めた。



☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜
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勇者乙の天路歴程 016『川を遡る・2』

2024-04-23 11:46:28 | 自己紹介
勇者路歴程

016『川を遡る・2』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者




 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……


 三途の川は見通しがきかない。

 長江並みの川幅であることに加えて、一面の霧だか靄のため数十メートルの見通ししかなく、まるで濃霧警報の海を行くようだ。

 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……

「……あの時も、こんな感じだったなぁ」

 ビクニが呟く。

「前にも来たことがあるのか?」

「あるさ。いま思い出したのは三途の川ではなくて江戸前の海だがな」

 江戸前の海と言うからには、百年以上は昔のことか。

「吉田寅太郎が密航を企てた時のことだ」

「トラタロウ……ああ、吉田松陰のことか」

「弟子と二人でペリーの船に乗り込んで、アメリカへ連れていけと談判しにいったんだ。浦賀でペリーの黒船を見て、その瞬間『攘夷などは無理だ、まずは学ぼう』と切り替わった。おもしろい奴だ」

「結局は、ペリーに断られて戻って来るんだがな」

「あの時、舟がボロで、力任せに漕いだものだから艪杭が折れた」

「ハハハ、そうだったな、それで慌ててフンドシで括って間に合わせたんだ。この話はウケたなあ」

「そうか、授業の小話にも使ったんだな……しかし、中村、お前の読みは浅い」

「そうなのか?」

「ああ、フンドシなど使わなくても刀の下緒(さげお)を使えばいい。丈夫だし手っ取り早いからな。それをわざわざ袴の裾から手を突っ込んでフンドシを解いて使おうなんて、ちょっと変態だろ」

「いや、あれは荷物から着替え用のフンドシを出して……」

「いいや、思い立ったらスグの男だ、荷物の準備なんかしとらん」

 ギーコ ギーコ……

「腰の刀など、目に入らなかったんだ……」

「刀とか、そういう武士的なものは眼中には無かったんだろ」

「アハハ、尊敬しすぎ。ただの変態……で悪ければおっちょこちょいだ」

 ギーコ ギーコ……ギーコ ギーコ……

「……でも、なんで知ってるんだ。ビクニはタカムスビさんのところで引きこもっていたんだろ?」

「あのころは、まだ少しは外に出ていた」

「ビクニも乗っていたのか?」

「いいや、別の舟で着かず離れずにな。それにも、トラのやつは気が付かなかった……さあ、そろそろだな」

「黒船に乗り換えるのか?」

「そんな簡単なものではない……これを使え」

 ビクニが取り出したものはスティック型の糊のようなモバイルバッテリーのようなものだ。

「なんだ、これは?」

「小型の酸素ボンベだ」

「ああ、007とかスパイ大作戦とかに出ていた! 忍者部隊月光とかでも使ってたかなあ!?」

「ノスタルジーしてる場合じゃない、いくぞ!」

「おお!」

 船べりで中腰になり、水に飛び込む姿勢をとった……。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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勇者乙の天路歴程 015『川を遡る』

2024-04-18 10:49:13 | 自己紹介
勇者路歴程

015『川を遡る』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者



「これって、本当に神さまのための……そのぉ……旅なのかい?」

「そうだ」

 前を歩くビクニは振り返りもしないで、木で鼻をくくったような返事。

 プータレる新米を面倒がりながら敵地に踏み込む少佐のようだ。

「じゃあ、なんで……」

 次の文句をプータレる前に蘇ってしまう。

 さっきの栞。

―― おにいちゃん……しおりね……いっぱい夢があったんだよ。よるねるときは、おにいちゃんお母さんといっしょだったでしょ。お母さんのおなかのかわとおしてくっついていたんだよ……ままごとしたかった……おにんぎょさんごっこ……ぴあのっていうのもやってみたかった……おりょうりもしたかったし……かみしばいみたかったし、ひろばでかけっこしたかったし……きょうだいさんにんでひなたぼっことかもしたかった ――

 そうだったんだ。

―― お父さんとお母さんがそうだんして、しおりをうまないってきめたよるにね、しおり、おにいちゃんにぜんぶの夢あずけたんだ ――

 そうか……わたしは料理も他の家事も苦にならない方で、一人暮らしになってからでも、さほどには不便を感じなかった。男のくせに人形が好きだったし、子どもの頃は姉の『りぼん』は『少年』と並んで毎月の楽しみだった。高校で女子ばっかりだった演劇部に誘われた時も抵抗は無かったし、逆にサッカーや野球にはとんと興味が無かった。

―― ごめんね夢をあずけすぎて……でも、夢はちからだからね……きっとおにいちゃんのやくにたつとおもうよ……おにいちゃん…… ――

 そう言うと、オーブの妹は静かに消えて、石積みは石一個分だけ高くなっていた。


「中村、お前の人生も神が創り給うた世界の一部なんだ、不思議はないだろ。それより、もっと早く歩け。先は長いぞ」

「あ、ああ」

 それは理屈だろうが、妹に出くわしただけで、こんなに気が重い。

 この先、なにが……思っていると、岸辺の岩にロープで繋がれた小舟が見えてきた。

「あれに乗るぞ」

「あれは、和船か?」

「猪牙舟だ」

「ちょきぶね……ああ」

「……と言っても吉原に行くわけではないがな」

 猪牙舟とは、江戸の河川を走っていた小船で、一般のチョロ船よりも速く「チョロまかす」という言葉の語源になっているほどで、吉原に通う旦那衆がよく使ったと言われている。

「フフ、乗らぬ授業で生徒を振り向かせる小話だな、効果は一瞬だがな」

 少佐になってからのビクニは人が悪い。

「でも、船頭の姿が見えないようだが」

「船頭はお前だ、しっかり漕げよ」

 ええ!?

 わたしの驚きなどものともせずに、艪ベソにガチャリと艪をはめると「ほれ」と顎をしゃくって渡すビクニ。

「わたしが漕ぐのかぁ?」

「船頭のスキルはインストールしてある。励め」

「あ、ああ……」

 舫いを解くと、舟は流れに乗って岸を離れる。

 まあ、流れもあることだし、ゆっくり漕いでも間に合うだろう。

「勘違いするな、川下ではない、川をさかのぼるんだ」

「ええ( ゚Д゚)!?」

「流れは5ノット、10ノットも出せば余裕だ」

「じゅ、10ノットぉ……」

 時速18キロ、めちゃくちゃ苦しい……と悲鳴が出かけたが、いざ、漕ぎだすと、それほど力がいるものでもない。

 舟は猪牙舟らしく、すいすいと進んで行く。

 インタフェイスを広げると相対速度で11ノットと出ていた。



 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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勇者乙の天路歴程 014『三途の川・3・栞』

2024-04-17 10:13:56 | 自己紹介
勇者路歴程

014『三途の川・3・栞』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者





 わたしは高校二年で留年した。


 留年を知った父は、わたしの顔も見ずにこんなことを言った。

「一郎、おまえは二人姉弟だけどなぁ、ほんとうは……」

 話の先は分かっているので口抗えした。

「姉貴の上に兄貴が居たんだろ」

 姉より一つ上の兄は七カ月の早産で、生まれ落ちて30分後には息を引き取った。30分でも生きていれば戸籍に載せたうえで葬儀をやってやらなければならない。
 大正時代からの産婆さんは、初産の母への影響と、あまり豊かではない家の事情を察して死産ということにしてくれた。
 憐れに思った祖父が、祖父は浄土真宗の坊主で、知らせを聞くと墨染めの衣でやってきて、法名をつけて、ほんの身内だけの葬式の真似事をやった。

――だから、一郎、しっかりしろ!――という説教の結びになる。

 また、兄貴を持ち出しての説教かと、神妙な顔をしながらもタカをくくった。

 ちがった。

「おまえには、三つ下に妹がいたんだ」

 え?

「うちは凛子とおまえでいっぱいいっぱいで、三人目を育てる余裕なんて無かった」

 そこまで言うと、母は、そっと俯いてしまった。

「女の子だったって、お医者さんがいっていた……」

 姉を幼くしたようなセーラー服が浮かんだ。生まれて生きていれば、中学二年になっている。

「さすがに法名ってわけにもいかねえから、母さん、密かに名前を付けた……」

 そこまで言うと、ちゃぶ台に手をついて立ち上がり、仏壇の前に座って手を合わせた。

「栞……て、名付けたんだ」

 あとは黙って手を合わせ、居たたまれなくなったわたしは家を飛び出し、その夜は友だちの家に泊めてもらった。

 それ以来、ふとしたきっかけで妹は現れるようになった。

 三つ違いなのだが、妹は、いつまで経っても十四歳のセーラー服姿だ。

 父が告げた時のイメージが固着している。

 ところが賽の河原に出現したオーブ。それが成した姿は、やっと四歳になったほどの幼い姿だった。

 視界の端、体育の監督のように佇立したビクニは一言も発しなかった。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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勇者乙の天路歴程 013『三途の川・2・賽の河原』

2024-04-09 12:09:10 | 自己紹介
勇者路歴程

013『三途の川・2・賽の河原』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者



 森の中を三途の川に沿って進む。

 もはや糺の森ではない。糺の森は京都盆地の原始の森のように見えているが人の手が入っている。倒木や繁茂しすぎた下草や外来種は刈られて処分され、病んだ木々には治療も行われている。
 ところが、この『糺の森』は生のままの森で、獣道はおろか、地面が見えているところさえ稀だ。
 その稀な地面を拾い、露出した木々の根っこや岩、低い枝に飛び移りしながら進んで行く。時にはオリハルコンの剣で道を啓開し、なんだか、ガダルカナルのジャングルをいく一木支隊のようだ。

「縁起でもないことを思い浮かべるな」

「そうだな、一木支隊は全滅したんだった(;'∀')」

 頭を切り替えて啓開と前進に専念する。

 と、今度は目は慣れてきたはずなのに木々も草も蔦も黒いシルエットになって、森の外の景色が際立って見えてくる。

 これは……黒澤明の『羅生門』だ。

 薮の中で目が覚めた男は、薮の外、夫の目の前で女房が盗賊に犯されるところを目撃してしまう。その衝撃的な光景を際立たせるために、黒沢はカメラのアングルに入る草のことごとくを黒く塗らせた。

 あの感じだ。

 薮の外、枝にに衣服がいっぱいぶら下がった木が目に入った。

 木の根方には老婆がいて、やってくる亡者たちに裸になるように命じている。

「あれは奪衣婆(だつえば)だ」

「ああ、三途の川を渡る前に亡者の衣服をはぎ取る……」

「そうだ、罪の重い者の衣服は、たとえTシャツ一枚でも大きく枝が撓ると言われている」

「あ、あのオバハン……」

 それは、先日亡くなった〇〇党の女性議員だ。薄物のワンピースを着ていたが、奪衣婆が剝ぎ取って枝に掛けると、ギリギリギリと音をさせて折れそうなくらいに枝がしなった。

 ワハハハハ(´∀`*)(* ´艸`)(*`艸´)(〃▭〃)

 後続の亡者たちが笑う。

「え?」

 亡者たちは、なぜか女性ばかりだ、それも後ろに行くほど若くてきれいな者が続く。

「行くぞ、あれは、中村。貴様の願望が作り出した幻影だ(-_-;)」

「そ、そうなのか(#'∀'#)」

「振り返るんじゃない、いくぞ!」

「おお(;'▢')」


 しばらく行くと、今度は小さな石積みがチラホラ見えるようになってきた。


「あれが何か分かるか?」

「……賽の河原か」

 ビクニが立ち止まると、半透明で存在感の薄い子どもたちが石積みの傍に現れ、黙々と小石を拾っては、それぞれの石積みに載せていく。

 上は十二三歳、下はやっとお座りができたかというくらいの幼子までがノロノロと石を積んでいる。

 田舎寺の坊主だった叔父が言っていた。

 幼くして死んだ子供たちは、この賽の河原で永遠に石を積む。「一つ積んでは父のためぇ……二つ積んでは母のためぇ……」と祈りとも怨みともつかない呟きを繰り返しながら。
 やがて、身の丈ほどに積み終わると、どこからともなく鬼が現れて、せっかく積んだ石積みを突き崩していく。
 子どもたちは、ため息一つつくと再び石を積み始め、それが永遠に続くという。

「よく見ろ、実際はちがう」

「え?」

 よく見ると、鬼は一匹も現れない。

「鬼にも都合がある、しょっちゅうは現れない。もっとよく見ろ」

「あ……」

 気が付いた。

 崩れていくものもあったが、多くの石積みは下の方から地面に沈んでいく。

 子どもによって沈み方が違う。積んだ尻から沈んでいくもの、目の高さで沈み始めるもの、いろいろだ。いろいろだが、全て徒労だという点だけは同じ。

 叔父の話では、賽の河原には地蔵が居て、そういう子どもたちを救ってくれるということだった。

 町や村の辻にはお地蔵が立っている。お地蔵に祈ると、その祈りがいつか届いて、幼くして亡くなった子供たちは再びこの世に生まれ変われるという。

 だが、森と河原の際まで進んで左右を見渡しても、地蔵めいたものは見当たらない。

「この子たちが積んでいるのは希望(のぞみ)だ」

「希望?」

「大きくなったら、あれがしたいこれがしたいという希望だ」

「しかし、あの子らは死んでしまった子たちだろ」

「死人が夢を見て悪いというのか?」

「あ、いや……」

「ああやって、叶わなかった夢を積み重ねているんだ」

「オーブのように光っているだけのは何だい? あれの前にも石がつんであるけど」

「生まれる前に命の終わった子たちだ」

「胎児が夢を持つのか?」

「胎児というものはへその緒で母親と繋がっている。母親が見聞きしたもの夢に見たことを全部知っている。母親の腹を通して外の様子も窺っている。そして希望を持つんだ、いくつもいくつも。生まれ落ちたら、その全ては意識の底に秘めてしまうがな」

「そうなのか……」

 そうやって河原を見渡していると、一つのオーブが震えるように光った。

 オーブは震えながらいびつなドーナツのような穴が開いて、穴が言葉を発した。

 
 ……お……おにいちゃん。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
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勇者乙の天路歴程 012『三途の川・1』

2024-04-03 12:01:10 | 自己紹介
勇者路歴程

012『三途の川・1』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者


 

「三途の川だ」


 キリリとした声に振り返ると、戦闘服に身を包んだショートヘアの女が自動小銃を構えて立っている。

「え……?」

「なにを驚いている、見た目はコロコロ変わると言っただろうが」

「ビクニなのか?」

 それには答えずに銃を構えて周囲を警戒するビクニ。

 ついさっきまでの静岡あやねではない。清楚ではあるがどこかオドオドしたような少女ではなく『少佐』という通称が似つかわしい女サイボーグ。

「三途の川と言えば分かるな?」

「此岸と彼岸の境目、これを渡れば地獄……」

「なにをゴソゴソしている」

「三途の川なら渡し賃がいるだろ……」

「バカか、渡ってしまったら地獄だぞ」

「渡るんじゃないのか?」

「どこかに天路歴程行きの船着き場がある、そこから川をさかのぼる」

 ガチャリ

 槓桿をひく少佐、いやビクニ。

 臨戦態勢だ。

「自分の身は自分で守れ、おまえの武器は、そのオリハルコンの剣だ。敵認定したら迷わずに、そのオリハルコンを抜け」

「あ、ああ」

「ちょっと頼りないなあ……よし、少し練習をしておこう」

「チュートリアルか」

「ああ、だが、ポイントがつく」

「楽〇ポイントか?」

「天路ポイントだ。 貯まればレベルが上がったりアイテムと交換できる」

「スーパーとかでも使えるのかなあ?」

「いくぞ」

 少佐……ビクニが手を上げると、河原に人形(ひとがた)の影が現れた。手に長い剣を持っている。形と動きはイッチョマエだが影なので、あまり怖くはない。

「始め!」

 ビクニが声を上げると、とっさにわたしはオリハルコンを抜いたまま河原を走った。

 ザザザザザザザ

 影も同時に走り出す。

 ザザザザザザザ

 予測していたわけではない、イメージが湧いたのだ。

 巌流島のイメージだ!

 すると、並行して走っている影は高倉健の佐々木小次郎の姿になった!

 そして、手にしたオリハルコンの感触が変わった。それは、神が与えたもうたアトランティスの玉鋼の剣ではなく武蔵が小船の中で櫂を削って作った木刀だ。

 そうだ、決め台詞があったぞ。

「小次郎、貴様はもう破れている!」

『なにを言う、刃も交えずに喝破するとは匹夫のハッタリ、見苦しいわ!』

「そっちこそ見苦しい! 勝負もつかぬのに鞘を捨てるとは、すでに心が負けておるわ!」

『なに!?』

 チェストー!

 一瞬の隙を突いて跳躍、小次郎の太刀が閃くが、武蔵の木刀は小次郎の脳天に一撃を決める!

 ズサ!

 着地すると、一呼吸おいて小次郎の鉢巻きは朱に染まって、わたしの背後でドウっと倒れる。

 決まった(-_-;)!


 パチ パチ パチ


「え、なんだ、その気のない拍手は?」

「宮本武蔵でかっこつけるのはいいけどな……」

「なんだ、古臭いとでもいうのか?」

「巌流島の武蔵にしたのは、真剣が怖いからということの言いわけ、置き換えだ。それに、武蔵は作州浪人『チェストー!』とは言わんだろ。まあ、人を殺したことが無いのだから仕方がないけどなぁ……ポイントはこんなものかぁ」

 シャキン

 目の前に『5』という数字が現れて『レベル3・半歩踏み出した勇者』という称号が続いた。

「いくぞ」

 ウウ……少佐のビクニは目も合わさずに、再び森の中に入っていく。

「河原を行かないのか?」

「その腕では、まだまだ姿を隠しながらだ」

「そ、そうか……」

 再びの森は蚊が飛んでいて、あちこち咬まれる。

「ほれ、5ポイント分の景品だ」

 振り向きもしないで投げてよこしたのは虫刺されのスプレーだった(^_^;)。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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勇者乙の天路歴程 011『視界が開けると糺の森に似て』

2024-03-28 10:34:01 | 自己紹介
勇者路歴程

011『視界が開けると糺の森に似て』 




 森の出現に歩みを止めると、視界が開けてきた。

 駅からここまで、見えているのは幼稚園の園庭ほどでしかなく、その周囲は霞が立ち込めたように煙っていた。

 それが……

 目の前に森が出現すると、俄かに開けて視界が東京ドームほどに広がった。

 草原の左側には川が流れて、前方でYの字に分かれ、森はそのYの字に挟まれて奥に続いている様子だが霞に紛れてはっきりしない。

 Yの字によって三分割された地面は橋によって結ばれて往来は自由のようだ。

 Yの字の縦棒を跨ぐ橋に行って森を見晴るかすと既視感がある。

「糺の森に似ています」

 ビクニの言葉で既視感はデジャブではなく記憶として蘇ってきた。

 子どもの頃は親父に連れられて、高校生の頃は友だちといっしょに、学校を出てからも友人たちと、職に着いてからは生徒を引率して遠足で。
 遠足の時は出町柳で京阪を降りて十分ほどで、それ以前は三条で降りて川端通りを歩いた……そうか、いままで歩いてきた道は川端通りにあたる。

「いいえ、あそこまでは安達ケ原です」

「アハハ、そうだったな」

「デジャブはわたしです」

「え?」

「見たもの出会ったものによって姿が変わる」

「あ、そうだったな」

「あれ……奥さんとは来てないんですね?」

「え、読んでるの!?」

 思わず胸を押えてしまう。

「すみません、見えてしまうもんで(^_^;)」

 ムニュムニュムニュ……糺の森や下賀茂神社、出町柳、双ヶ岡、百万遍、京都大学……近辺での思い出が雨後の筍のように首を出す。その都度、ビクニの顔もムニュムニュ蠢く。

「こ、ここは、小説とかアニメとかでもよく出てくるからねえ(;'∀')!」

 記憶をアニメに切り替えると、川の中の飛び石をアニメのキャラがピョンピョンと渡って行った。

 軽音部のキャラに変わりそうになって、ビクニが宣言する。

「さ、先にいきましょう!」

 宣言して顔をつるりと撫でると、元の静岡あやねに戻って先をいく。

 橋を戻って、今度はYの字の右上、リアルの地図で言えば出町橋を渡って糺の森の正面に出る。

 朱塗りの大鳥居があって、その向こうは下賀茂神社の参道と思いきや、森の中の一本道。

「冷やかしは終わったようだね」

「はい、いよいよ本編のようです。油断しないでいきましょう」

 糺の森は東京ドーム三つ分くらいだが、その十倍ほどの道を行くと、森の切れ間の向こう、木の間隠れに、また川が見えてきた。

 え…………?

 今度は、黄河か揚子江かというような巨大河川だった。

 


☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
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  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
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勇者乙の天路歴程 010『草原(くさっぱら)を行く』

2024-03-23 14:15:17 | 自己紹介
勇者路歴程

010『草原(くさっぱら)を行く』 




「ビクニが来てくれて正解だったよ」

「でしょ」


 これだけで通じた。


 歩けども歩けども草原。これが北海道あたりの草原なら趣もあるんだろうが、ただの草原。

 ちなみにルビを振るとしたら「くさはら」で、けして「そうげん」ではない。

「ですよね、安達ケ原とか曽我兄弟が仇討ちをやった富士の草原(くさっぱら)のイメージですね」

 八百比丘尼だけあって、例えが古い。

「新しいことも言えますよぉ」

「ほう、どんな?」

「安出来のオープンワールドゲーム。アンリアルエンジンとか使って高精細なんだけど、どこまで行っても同じ原っぱ」

「あはは、あるねえ、某無双ゲームとか」

「おまけに、ここは見通しがきかないから、うっかりしていると同じところに戻って来てしまいます。砂漠や吹雪の中を歩いていると、人が通った跡を見つけて、それが自分の足跡だったみたいな」

「ああ、輪形彷徨癖現象だねえ」

「ええ、人間は右と左では微妙に足の長さが違うんで、起こる現象ですね」

「そうだねぇ、人生もそうだ、グルッと周って同じところに戻ってきたりする」

「ふふ、先生、最後の勤務校が自分が卒業した学校でしたものね」

「ははは、最後は教え子の校長に見送られてしまった」

「歴史もそうです、グルグル回って、ここはいつか来た道」

「どこかで聞いた言い回しだねぇ」

「ふふ、軍靴の音が聞こえるとかね……そんな次元の低いことじゃなくて……いえいえ、旅はまだ始まったばかりですから」

「ビクニは、ほんとうに800年生きてきたの?」

「あ、八百屋とか八百万の神々とかといっしょです」

「そうか、いっぱい生きてきたということの言い換えなんだね」

「先生は、幾つの歳から記憶がありますかぁ?」

「そうだねえ……皇太子殿下の、ああ、いまの上皇陛下の結婚式パレードはテレビで見てた」

「え、お金持ちだったんですね。昭和34年ですよ」

「いやいや、隣の家で見せてもらったんだよ」

「あ、そうなんだ」

「うちにテレビが来たのは、その二年ぐらい後かなぁ……あ、親父にタカイタカイしてもらったの憶えてる」

「いいお父様だったんですね」

「いやいや、大正14年生まれなのに、戦争にも行ってないんだ」

「……お体、悪かったんですか?」

「うん、背が低くって、よく病気をしていたなあ……自分じゃ言わなかったけど、親父は、おそらくは丙種だね」

 丙種、説明しなきゃと思ったら通じた。

「大正14年生まれなら、昭和19年の兵役検査でしょうか……でも、よかったですね」

「そうだね、親父が戦争にとられてたら、きっと、わたしは生まれてないよ。まあ、そんな小さくて病弱な親父がタカイタカイをしてくれたんだ。おそらくは三つになったかどうか」

「かわいい坊ちゃんだったんでしょうね(^○^)」

「坊ちゃんかぁ、いまは、あまり言わないね」

「ふふ、八百年ですから」

「そうだね、ボクよりうんとお姉さんだ」

「わたしもね、あまり昔の記憶は無いんですよ」

「昔って、きみの基準じゃどれくらいになるんだろう」

「じつは、気が付いたらタカムスビノカミさまのところに居たんです」

「そうかぁ、きっと、ひどく辛い目に遭ったんだろうねぇ……」

「一言だけ覚えてます……」

「どんな?」

「わたしたちが不甲斐ないばかりに、迷惑かけるわね……そんなことをおっしゃいました」

「ふふ、そうなんだ……」


 もうすこし話を継ごうかと思ったら、唐突、目の前に森が現れた。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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勇者乙の天路歴程 009『八百比丘尼』

2024-03-21 09:37:14 | 自己紹介
勇者路歴程

009『八百比丘尼』 




 先ほどと同様に膝に両手をついて、ゼーゼーと肩を上下させる静岡あやね。


「どうしたんだ、静岡ぁ?」

「あ、いえ……」

 左手は膝についたまま、右手だけハタハタとさせる。

「わたし……静岡あやねじゃなくてぇ……」

「え?」

「ゼーゼー……八百比丘尼です」

 やっと上げた顔は、静岡あやねに性格真反対の双子の姉妹がいたらこうだろうというぐらいに明るい。

「え……だって」

「影響されやすいんです。八百年生きてきましたけど、その時その時、関りの深かった人や影響力のある人に引っぱられて、見た目がコロコロ変わるんです」

「え、そうなの?」

「はい、またじきに変わると思いますので、とりあえず宜しくお願いします」

 ペコリとお辞儀する姿も、さっきの静岡そのものだ。

「あ、あの時のお辞儀は良かったですね。素直な喜びに満ちていて、それがお辞儀する時の勢いになっていて」

「あ、うん。常日頃、ああいう風に振舞えたら、もう言うことなしなんだけどね」

「ですね。わたしも感動したから、この姿になりました。ええと、原則的にタカムスビさまは神社の境内からはお出ましにはなりませんので、わたしが仲立ちをいたします。まあ、人の形をしたインタフェイスとでも思ってください。少しぐらいなら戦闘力やスキルもありますので、きっと役に立ちます」

「そうか、そうですか……」

「あ、わたしにはタメ口でけっこうです。呼び方は正式には八百比丘尼ですが、ビクニでけっこうです。なんなら、その時その時の姿やキャラに見合った呼び方でもかまいませんので」

「ええと……じゃあ、比丘尼」

「あ、それは漢字のニュアンスですね。もっと気楽に平仮名か片仮名のニュアンスでけっこうですよ(^○^)」

「そ、そうか」

「先生も、勇者らしく逞しいビジュアルになられてよかったですね!」

「え、あ、そう。気が付いたらこんな感じになっていて、いや、こっちこそ、ちょっと恥ずかしいかな」

「これからはカオスの旅になると思いますので、それでちょうどいいと思います」

「そうかそうか。ではビクニ、とりあえずはこっちの方でいいのかなあ?」

 草原の獣道を指さす。

「はい、正解だと思います。さっそく参りましょうか!」

 勢いよくスカートを翻して前に立つビクニ。

「ああ……」

「はい、なにか?」

「この草原を行くのに、制服では厳しくないかなあ。せめて体操服にするとか」

「あ、そうですね、気が付きませんでした! えい!」

 シャラ~ン

 べつにエフェクトが入ったわけではないが、そんな感じでコスが変わった。

「あ、その体操服はぁ(^_^;)」

「え、ダメですか?」

「今はブルマなんて穿かないからね」

「先生の頭に浮かんだイメージでやってみたんですけどぉ」

「え、あ、ジャージジャージ! 耐寒登山の時の服装!」

「了解です!」
 
 シャラ~ン

「どうですか?」

「あ、うん、これなら大丈夫かなぁ」

 学年色のジャージに軍手、ネックウォーマーにキャップを被り、背中にはリュック。

「ちょっと、こっち向いて」

「はい」

 振り向いた胸の名札が静岡のままだ。

「あ、名前!?」

 パチンと指を鳴らすと、名札は『ビクニ』と変わった。

「よし、では行くとするか」

「出発進行!」

 ビクニと二人、草原に踏み込む。

 少し行って振り返ると、始まりの駅は灰色の闇に呑み込まれて見えなくなっていた。
 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

 

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勇者乙の天路歴程 008『始まりの駅から』

2024-03-17 14:13:42 | 自己紹介
勇者路歴程

008『始まりの駅から』 




 高校生の頃から五十余年乗り慣れたK電鉄、隣県に入るまでは複々線のはず。それが、列車が発車した後の鉄路は、いまどき我が県ではよほどの郡部にでも行かなければお目にかかれない単線だ。

 それに、駅舎が無い。ポツンと単式地上ホームがあるばかりで、ホームの前後には鉄路が伸びているが、左右は幼稚園の園庭ほどの地面が見えて、その先は草原のようなのだが、茫漠として灰色の闇に溶けている。景色が闇に溶けてさえいなければ、Nゲージのスターターセットを買って、取りあえず組み上げたという感じに近い。

 ホームには年季の入った行先案内板。そこには横長のT字の上に『始まりの駅』とあるのみで前後の駅名は書かれていない。

 そう言えば、ネットの都市伝説にあった『きさらぎ駅』というのがこんな感じだろうか。

 これが夢なら、どう解釈しても悪夢で――夢なら覚めろ――と思う状況なんだが、妙に落ち着いて、わたしが異世界の冒険を始めるのなら、こんなもんだろうと地味な時めきさえ覚える。

 さて、ここに居てもらちが明かない。

 よく目を凝らすと、草原が微妙に薄くなっているところが見えて、獣道のように、あるいは数カ月前までは人の往来があった跡のような、あるいは、神さまだか仏さまが、せめてもと現してくれた標のようにも見える。

 さて、前に進むか。

 ガチャリ

 おお?

 駅に着いて装備がグレードアップしたようで、胸甲と脛当てが着いている。

 インタフェイスを開くと『レベル2・勇者の防具』と出ている。

 そうそう、技やアイテムも確認しておかなければ。

 スクロールすると、RPGにありがちなアイテムがいっぱい並んでいて、スクロールしてもキリがない。

 それに、こういうものは覚えられない性質で、ユルユルのベリ-イージーに限るので、たいてい――生き返ってもう一度――的なものでやってきた。

 設定を開くと『おまかせ』というのが出てきたので、過たずクリック。

 得物は……オリハルコンの剣とあって、シャランと抜くと両刃の剣なのだが、日本刀のような波紋が走っていて逞しい。

 さあ、行くとするか。

 草原に踏み込むと鉄路の来し方の方で音がする。

 タタタタタタタタタタタタタタタ

 少し戻って鉄路を見ると、器用にレールの上を走って来る者がいる。

 スカートがたなびいている、女性か?

 わたしの姿を見とめたのか、手を振り始めた。

 小さく手を挙げて応えると、それは、わたしのことを呼ばわった。


 せんせぇーー! 中村せんせぇー!


 え?


 それは、さっき学校へ帰って行ったばかりの静岡あやねであった。

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
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勇者乙の天路歴程 007『始まりの駅へ』

2024-03-15 15:29:01 | 自己紹介
勇者路歴程

007『始まりの駅へ』 




 駅まで全力疾走!

 発車まで2分を切っている。

 ここからなら歩いて8分、走って4分。もっとも還暦を過ぎてからは10メートル以上走ったことが無い。
 10メートルというのは、自宅最寄りの駅横の踏切。駅向こうの床屋に行こうとして上がったばかりの遮断機を潜ると、とたんに警報機が鳴りだした。
 戻るのも業腹で、それで走ったのが数年前だったか。今は踏切横のエレベーターで上り下りして、踏切そのものを忌避している。

 若いころでも3分は切れなかっただろう。それを2分は絶対無理なんだが、どうも体は身体能力のピークであった高校時代のそれを超えている。
 ゲームの一人称視点のように、見える自分は手足と、せいぜい胸元まで。腎臓結石の手術の後リハビリを怠ったので、左腹側部の筋肉が戻らなくて、そう太っているわけでもないのに、左の腹がプルンプルン揺れていたが、それもない。
 取りあえず体は軽くて、インターハイに出場した陸上部の部長程度には走れている。
 パン屋のウィンドウに映る姿をチラ見すると、流行のRPGゲームを実写化したキャラというか『走れメロス』と打ち込んでAIが生成したCGのようだ。

 セイ! トォ!

 黄色が点滅し始めた交差点も、たった二歩のジャンプで渡ることができた!

 これで空が飛べたら鉄腕アトム! 今でも十分エイトマン!

 ヒーローに例えても出てくるものが古い(^_^;)。

 昼日中なので、通行人も多いのだが、全力疾走のわたしを見ても訝しんだり驚く者がいない。むろん、人にぶつからないように注意しながら走っているんだが、ひょっとしたら見えていないのかもしれない。

 駅の階段もわずかツーステップで駆け上がり、改札は障害物競走の要領で飛び越える。

 ポロロン ポロロン ポロロ~ン♪

 聞き慣れた発車のメロディー、それも終わりの一小節。これが聞こえたら、たとえホームに着いていても乗車は諦める。

 トォ!

 なんの躊躇いもなく飛び込む、それも腰のソードがドアに挟まれないように縦にして。

 ムグ!

 しかし、マントの端が挟まれて焦る。以前カバンのマスコットがドアに挟まれて難渋している他校の生徒を助けてやったことがある。引っ張たらストラップのところで千切れてしまって、そいつは礼も言わずに憮然として電車を降りて行った。

 あの時のような無様なことをしてはなるものか!

 フン!

 ほんのコンマ何秒力を入れるだけでマントは万力のようなドアから挽く抜くことができた。

 あれ?

 初めて車内を見渡して驚いた。

 昼間の空いている時間帯とはいえ、その車両にはわたし一人しか居ない。

 前後の車両を見晴るかしても、人の気配がない。

 回送電車……いや、ちがう。

 単に車内に人気が無いだけではない。

 窓の外に景色が無いのだ。下りの電車に乗ったのだから、このあたりの第二種住居地域 の街並みが広がっているはずなのに、住宅も小規模工場の群れも見えなかった。晴れた日には富士山をアクセントに刀の波紋のように連なる山並みも見えない。それどころか空と地面の区別もあいまいで、ぼんやりと乳白色に染まる空間が広がるばかりだ。

 さて……

 そして、そう焦る気持ちにもならず、立ったまま十分ほどが過ぎた。

 パ

 音がしたわけではないのだが、そういう音がした感じで、ドアの上のモニターに文字が現れた。

――間もなく始まりの駅です。勇者さまは次でお降りください――

 そのテロップが二度流れると、電車はゆっくりと減速して、今どき珍しく、この路線では存在しないはずの単式地上ホームに停車した。

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
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勇者乙の天路歴程 006『出発』

2024-03-11 16:24:15 | 自己紹介
勇者路歴程

006『出発』 




「ということでよろしくお願いします(^▽^)!」

「わ!?」


 たった今まで静岡あやねが立っていたところに古代衣装がワープしてきた!

「アハハ、いまの生徒さんの馬力で復活して、残りの『勇者の素』もダウンロードできちゃいましたよ」

「あ……」

 胸元が明るくなったかと思うと、胸のところで青い光が明滅している。

「では、インストール!」

「あ、ああ……」

 ブルン ブルブルブル!

 公園が回る、いや、わたしが回っている!

「目をつぶって! 酔っちゃうから!」

「は、はひぃ!」

 子どもの頃、公園の回転遊具に乗せられて、みんなにぶん回された感覚が蘇る。

 そうだ、あの時もKちゃんが「いちろー! 目をつぶってぇ!」と叫んでいたっけ。

 目をつぶって、これ以上は目をつぶっても酔ってしまうというところで、ようやく落ち着く。

「はい、もう大丈夫ですよ」

「ゼーゼーゼー……気持ち悪い……」

 うな垂れると、胸の光は充電の終わったバッテリーのよにグリーンに変わっている。

「ええと、この姿は?」

「デフォルトの勇者コスです」

 白というか生成りのツ-ピース。資料集とかで『古墳時代5世紀ごろの衣装』で紹介されているやつだ。生地は麻、全体にダボッとしていて、やっと啓蟄が過ぎた時期には寒い。髪を触るとミズラに結ってあるし、けっこう恥ずかしい。

「やっぱ、そぐわないかなあ……エイ!」

 ブルン ブルブルブル!

「うわ!?」

 また回る!

 さっきの半分ほどで回転が止まって、目を開けると、アニメやゲームでよく出てくる勇者のコス。

「うん、やっぱり今風がいいようですね」

「あのう、まだお受けしたわけじゃ」

「ええ!? 断ったら……」

 ジジジ

 消えかけの命の蝋燭が出てくる(;'∀')。

「わ、分かりました(-_-;)」

「右手で胸の前で線を引くように指を動かすとインタフェイスが出てくるから、時どき確認してくださいね。機能は、習うより慣れろでいきましょう。中村さんはゲームとかで取説とかチュートリアルとかはやらない方でしょ?」

「ああ……」

 息子やカミさんはよくゲームをやっていたが、わたしは家庭サービスに付き合い程度にしかやったことが無い。

「ああ、それが家庭不和の原因だったかもしれませんねえ」

「心を読まないでください」

「ごめんなさい。そうね、時間もあまりありませんね。では次に……名乗りを決めます」

「名乗りですか」

「本名でも構わないのですが、先に何が待ち受けているか分かりません。本名を名乗っていると、そこから付け込まれることもあります……そう、勇者乙と名乗ってください!」

「え、お、おつ? 甲乙丙丁の乙ですか」

「よかった、中村さんは甲乙丙丁の分かる人なんだ」

「は、はあ、父が兵役検査で乙種だったものですから」

 微妙に凹む。

「ああ、そう言う意味でじゃないんです。いや、そうなのかなあ?」

「は?」

「乙って言っておくと、甲があるような気がするじゃないですか『俺に手を出したら甲のやつが黙っていねえぜ!』とかね『甲にランクアップしたときを覚えてろよ!』とかね」

「なんか、子どものつっぱりみたいですねえ(^_^;)」

「アハハ、まあ異世界旅行も乙なものってノリ的な?」

「あははは(大丈夫かなあ)」

「では、最後の最後に……」

「え、なんですか?」

 神さまが印を結ぶと、ベンチの前の石碑がブルブルと震え出した。

「え、なんですかあれは?」

「わたしの荷物入れ。神社があったころは宝物殿とかに入っていたもの……なんだけどぉ」

「普段はゴロゴロのキャリーにしてます?」

「うん。いつ、この地を追われてもいいように可動式にしているの」

 きっと追われる時は、お婆さんの姿であれを押していくんだろうなあ……ちょっと可哀そうになってきた。

「あの中に、あなたのお供にピッタリなのがいるんで、道連れにしてあげようと思ったんだけど」

 ああ、そう言えば勇者とか冒険者の旅には小動物や妖精やらがお供に付いている。気立てのいい奴だったらいいけど『アラジン』に出てくるランプの精とかだったら勘弁してほしい。むくつけきマッチョに「ご主人さま~」とか呼ばれたくない。

「あ、大丈夫。八百比丘尼っていう女の子だから」

「八百比丘尼ぃ……熊野とかに伝説のある?」

「うん、人魚の肉を食べて永遠の命を得たっていう半妖、まだ、ここに社があったころにね転がり込んできて、ずっと宝物殿の守りをしてくれていたの……数百年ぶりだから、ちょっと苦労してるっぽいなあ……よしよし、わたしが手伝ってあげるから、そんなに焦らないでぇ……あ、中村さん、いえ勇者乙は、そろそろ時間だから」

「で、どうやって行けば(^_^;)?」

「電車とリンクしてあるから、急いでぇ、乗り遅れたら蝋燭間に合わなくなってしまいますからねぇ!」

 ジジジ

「は、はい!」

 慌てて公園を飛び出した。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
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勇者乙の天路歴程 005『静岡あやね』

2024-03-09 13:51:38 | 自己紹介
勇者路歴程

005『静岡あやね 』 




 先生! 中村先生!


 驚いて首をひねると、公園の生垣の向こう、こちらに走って来る女生徒。

「ああ、よかった、間に、間に合ったぁ!」

 公園に入って来ると膝に両手をついてゼーゼー肩を上下させる。

 ええと……あ、そうだ二年三組の静岡あやねだ。

「あはは、たいへんな勢いだねぇ」

「ちょっと失礼します」

 わたしの前を横切ったかと思うと水飲み場の水道に向かう。

 片手で髪を庇ってグビグビ……教室では目立たない大人しい子だったけど、こうやって喉をあらわにして水を飲む姿は相応に健康的で色っぽい。

「あ、すみません、お待たせしました」

 ハンカチで口を拭うと、こちらを向いて姿勢を正した。

「屋上でボンヤリしてたら先生が見えて、ご挨拶しとかなきゃって」

「ああ、そうか、それはそれは」

 こういう時は、きちんと正対してやらなければならない。黒カバンを置いて立ち上がる。

「わたし、ほとんど学校を辞めるところだったんですけど、先生のお蔭で三年生にもなれそうです。ほんとうにありがとうございました!」

 音がしそうな勢いで頭を下げる。

 こちらも、きちんと三十度の角度で頭を下げる。

「いや、ちがうよ。静岡自身が乗り越えたんだ、ぼくは、出来たとしたら、ちょっとだけ胸を叩いただけだ。自信を持っていいよ」

「ううん、先生のお蔭です。担任の先生もダメだって言って、それでも中村先生は家に来てくれました。『ほんのついで』とかおっしゃってましたけど、わたしの家は逆方向だから、わざわざ回り道してくださったんです。それを、最初は居留守を使って、それでも『また来ます、元気でね』ってメモ残してくださって、それで、なんとかお話しできるようになって、『人間、いつだって諦めることはできるから、いま諦めなくったっていいだろぉ』って言ってくださって、今川焼とかタイ焼きとかも買ってきてくださって。とても嬉しかったんです。今川焼は冷めてからチンしてもしっかり美味しいです。他の先生みたいにわざとらしくじゃなくって、ほんとうに自然で、それで、わたし仮進級だけど三年になれました!」

 ちょっと居心地が悪い。

 静岡の家庭訪問はほんとうについでだった。逆方向だけど大きなスーパーがあって、一人暮らしのまとめ買いにいいんだ。

 正職でもないし、非常勤講師に家庭訪問どころか生活指導上の義務もない。

 おそらく欠時数オーバーで留年確定して退学していく生徒だと思った。ご両親も諦めておられる様子で、ほっとけばいいんだけどね。

 でもね、何もしないで時間切れを待っていると、恨みを買うことがある。

 じっさい、留年して退学になって、娘がさらに落ち込んで――もう少し学校が親身になってくれていたら――とか思ってしまう。
 女子は男子に比べ退学をきっかけに自傷する確率も高いしね。

 だから、第一に矛先が学校に向かないよう、第二に退学まで付き添ってやることで持ち直す確率を少しでも上げてやるため。

 と、まあ四十余年で見についたルーチンというわけで、こんなに感動されては面映ゆいばかりで身の置き所に困る。

「先生は、うちの学校の出身なんですよね」

「え、あ、まあね」

「図書室の昔のアルバム見ました」

「え、見たのぉ!?」

 ちょっと恥ずかしい。

「ああ、先生のだけじゃないんです。校長先生も卒業生だし、調べたら五人も卒業生の先生がいてビックリです」

「あはは、ぼくはデモシカだけどね」

「そんなことないです。それにそれに、卒業生と結婚した先生も四人います」

「え、ああ……いるよね(^_^;)」

 四人とも事情は知っている。「おめでとう!」と拍手できるものから「どうしてそうなったぁ!」というものまであって、特段聞かれでもしない限り話題にすることは無い。

「若いころの先生、素敵でした。あ、あ、過去形じゃなくて(;'∀')」

「あはは、過去完了だよな」

「いえ、そんなことないです! いえ、ちがくて……あ、学校戻ります。あ、花とか渡すんですよね、こういう時って」

「いやいや、ぼくの退職は五年前に終わってるしね、今日は、ただ講師の契約が切れただけだから。生徒的に言えば、バイトの最終日だったというだけだから。こんなもんだよ」

 黒カバンを上げて見せた。

「前の時は軽トラックだったけど、運送屋に来てもらった」

「そうですよね。あ、あ、えと……じゃ、じゃあ、握手してください」

「ああ、いいよ」

 おずおず出した手をしっかり握手してやる。

「ありきたりだけど、しっかり頑張って、自信を持って三年生になりなさい。静岡あやねはもう大丈夫だから」

「はい、ありがとうございます。じゃ、学校に戻ります!」

 公園を出て建物で姿が見えなくなるまで見送る。相手が振り返っても見えるところまでは視線を外さない。

 さあ、お茶の残りを飲んで駅にいこうか。

 ベンチに座ることもなく、スポーツドリンクのCMのように一気飲み。

 グイ グイ グイ……

 飲み終わって、今どきの公園にゴミ箱があるはずもないのだが、グルッと見渡す。

「おつかれさまでしたぁ(^▽^)」

 再び古代衣装が元気な女神に戻ってベンチで手を振っていた。



☆彡 主な登場人物 
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勇者乙の天路歴程 004『高御産巣日神』

2024-03-05 14:41:25 | 自己紹介
勇者路歴程

004『高御産巣日神 』 





 わらわは……身は……我は……余は……ううん、久々ゆえ、己が身の謂いようにも困るのう……

 口をきいたかと思うと、古代衣装は一人称を決めかねてブツブツ言うのみ。

「しばし待ちや、これよりは令和の言の葉に変換いたすゆえ……」

 ブゥーン

 マブチモーターが回るような音がしたかと思うと、古代衣装の瞳がスロットマシーンのように回り出し、五秒ほどで一回り大きな瞳になって停まる。同時に表情もNHKの女子アナのように柔らかくなる。

「おまたせいたしました。わたしは、この地に長らく住んでおります、タカムスビノカミと申します」

「タカムスビノカミ……」

 記憶にはあるのだが……かなり古い神さまということしか浮かんでこない。

「中村さんは社会の先生なので、お分かりになると思うのですがぁ……」

「え、わたしのことご存知なんですか!?」

「令和の言葉と同時にいろいろダウンロードやインストールしましたからね。四十余年にわたる教職、ほんとうにごくろうさまでした」

「あ、いえいえ、長くやっていただけのことで……あ、思い出しました。タカムスビノカミと申しますと、イザナギイザナミのもっと前……アメノミナカヌシノカミの次でしたか?」

「はい、まあ、アメノミナカヌシノカミとタカムスビノカミとカミムスビノカミは、三つでワンセット。三位一体的な、みたいな、ぽい?」

「それはそれは……」

「…………」

「…………」

「フフ、そうですよね。いきなり神さまが現れたらビックリして、返す言葉にも困りますよねぇ……おとなり、よろしいかしら?」

「あ、どうぞ」

 尻を浮かすと、気楽に横に腰掛けるタカムスビノカミ。ちょっとN生命のオバチャン的。しかし、N生命にこんな若くてきれいな人はいなかった。めちゃくちゃいい匂いもするし(^_^;)。

「ホホ、若くはありませんわ。葬送のフ〇ーレンの十倍は年寄です」

「あ、恐縮です(#^_^#)」

 というか心読まれてる?

「いえ、表情に」

「あはは」

 いや、読んでるって!

「この公園は、昔は神社だったんですのよ」

「え、ああ……」

 言われて見渡してみると、正面の一段高くなったところあたりは拝殿と本殿が有っておかしくないし、入り口の二本の石柱は鳥居の壊れのようにも見える。

「でしょでしょ、この楠なんて、いかにも神社のそれって雰囲気ですものねぇ」

「あ、ひょっとして御神木ですか!?」

 知らぬこととはいえ、御神木に尻を向けているのは落ち着かない。

「いえいえ、市の公園課がせめてもの敬意をと、終戦後に植えてくれたものです。前世紀の終りまでは教育委員会が立ててくれた由緒書きとかあったんですけどねぇ、今は遊具もない小公園なので、気も力も回らないんでしょうねえ……」

 ちょっとだけ自分の退職と重なって微笑んでしまう。タカムスビノカミも柔らかく微笑んで、いい感じなんだけど、収まりが悪い。

「あのう、それで、わたしになにか御用だったんでしょうか?」

「あ、そうそう。七十路に踏み込まれ、行く末を案じられていたご様子でしたので、一つの提案をと思いまして」

 七十からのライフプラン、ますます生命保険。

「恥を申すようなのですが、イザナギイザナミ以前の神は多くの取りこぼしや間違いがあります」

「え、そうなんですか?」

 そうなんですかには意味がある。

 古事記でも日本書紀でも国生みや神生みはイザナギイザナミから始まっていて、それ以前の神々は、名前があるだけで実質が無い。
 おそらくは、イザナギイザナミが優れていることを強調するために前座の神々を設定したんだ。落語でも紅白歌合戦でも、いきなり真打が出てきたら値打ちが無いからな。

「ところが違うんです」

 あ、また読まれてる……けどこだわっていては話が進まない。

「神話にも歴史にも残らないところで、ずいぶん力を尽くしました。しかし、イザナギイザナミ以前のことでもあり、様々な試行錯誤や失敗があって、なんとか、あの男女神に引き継げたというところなんです。ね、そうでしょ、イザナギイザナギもけっこう失敗をやっていますでしょ?」

「ああ……」

 たしかに最初に生んだ島々はできそこないで、海に流したりしている。最後には火の神を生んでイザナミが焼け死んで、イザナギは黄泉の国まで迎えに行ったけど大変な目に遭っている。

「でしょでしょ、神話には残っていないけど、古い神々も仲裁に入ったり説得を試みたんだけども上手くいかなくってぇ、ま、いいかって感じの見切り発車というのが実際だったんですよ。間もなく日本は皇紀2700年を迎えますでしょ」

「あ、ああ……」

 皇紀2600年は昭和15年だった、だから、その年に出来た新鋭戦闘機に下一桁の零をとって零戦と名付けたんだ。

「それまでに、全部は無理でもいくらかは取り戻したいと思うのです」

「でも、わたしは、もう70歳で……講師の延長も認められませんでした。とても神さまのお手伝いというか、荒事や難しい仕事はできないと思います」

「それは大丈夫! 引き受けていただけたら、中村さんには勇者の力と時間を差し上げます」

「勇者の?」

「大和言葉では猛き賢き兵(たけきかしこきつわもの)とかになるんでしょうけど、長いしダサイでしょ。だから『勇者』、分かりやすいでしょ?」

「え、ああ、でも……」

「時間は……正直どれほどかかるか分からないけど、リアルでは一秒も掛かりません。いわば異世界に行くわけですから、戻ってくれば、この時間この場所です。もう準備もできていますのよ、ほら……」

 神が両手でラブ注入のような形をつくると、ホワっと光るものが手の中に生まれた。

「これをね……エイ!」

「あ、ちょ!」

 光の玉を胸に押し込まれる。ビックリしたのだが、胸に当てられた女神の手と胸の中がとても爽やかで気持ちがいい。

「ごめんなさいね、久々にやったものだから勢いが付いちゃってぇ、テヘペロ(๑´ڤ`๑) 」

「神さまがテヘペロとかしないでくださいよ!」

「いやあ、これはまだ半分でね、パテとか接着剤であるでしょ、二つの材料を混ぜなきゃ力を発揮しないのが」

「エポキシ樹脂ですか、わたしは?」

「そんな感じ」

「断っていいですか?」

「うん、それは自由だけどね……これ見て」

 もう一度女神が手をハートにすると、蠟燭が現れた。

「これは?」

「命の蝋燭」

「え!?」

 落語や童話の中にあった、これが消えると命が尽きる。

「……でも、これずいぶん長くて元気なようですが」

「これは息子さんの。比較のために出したの。中村さんのは……エイ!」

 女神が手を振ると、蝋燭はほとんど燃え尽きて、残った芯だけが心細く燃えて、パチパチいっている。

「ええ、消えかけじゃないですか!?」

「うん、あと二三日というところでしょうねえ」

「そ、そんなあ」

「これもね、憶えているかしら。黄泉比良坂でイザナギが千曳の大岩で蓋をするでしょ。そして『これからは、そちらの国の人間を日に1000人殺してやる』って、イザナミが呪うでしょ? それが、この二三日で順番が回って来るという意味なのよ。そういう歪をね……直して……ほしいんだけど、ちょっと張り切り過ぎたみたい……」

「あ、ちょ……」

 ガク

 うな垂れたかと思うと、女神は、背中に着いたゴム紐に引っ張られるようにして元のベンチに引き戻され、あっという間に老婆に戻り、キャリーのアングルに顎を載せて眠ってしまった。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村一郎       71歳の老教師
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 原田光子        中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉大輔        二代目学食のオヤジ


 
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勇者乙の天路歴程 003『頭上で楠の葉が戦ぐ』

2024-02-29 10:51:18 | 自己紹介
勇者路歴程

003『頭上で楠の葉が戦ぐ』 





 サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……


 頭上で楠の葉が戦ぐ。

 戦ぐと書いて「そよぐ」と読む。

 演劇部の顧問をしていたころ『これでソヨグと読むんですか!?』と台本の字の読みを教えてやって驚かれたことがある。その生徒は『たたかぐ』と読んでいた。『戦い』と書いて『タタカイ』なのだから、『タタカグ』と発音してしまったんだ。

 そうなんだ、戦ぐとは、一枚一枚の木の葉が、隣り合う木の葉に当って音を立てる様子を現す言葉なんだ。

 それが、何千、何万、何十万、何百万と重なるとサワサワサワになり、林や森ぐるみ山ぐるみになると、ザワザワ、時にゴウゴウと猛々しい音に成ったりする。

 校舎の屋上で日の丸がはためいている。

 学校で国旗を掲揚するようになったのは今世紀に入ってからだったかなぁ。

 本来は、正門を入った玄関の前あたりにポールを立てて掲揚するものだ。人の目に付かなくては掲揚の意味がない。

 しかし、長年、組合が反対したことで屋上という妥協策になった。

 屋上ならば、校内に居る限り目につくことは無い。外からは、こうして見えるし、災害時には広域避難場所のいい目印になる。

 そうそう、学園紛争の嵐が吹きまくった70年ごろ、屋上とポンプ室のあたりは反戦生徒のたまり場だった。
 割れたヘルメットや立て看板やらペンキの缶やら、壁には「造反有理!」とか「安保反対!」とか「米帝粉砕!」書きたくってあった。

 お茶を一口あおると、人の気配。

 離れたベンチに自分より一回り半は年上、ひょっとしたら百に近いのかもしれないお爺さん。歩くのもやっとなんだろう、老婆が使うような手押し車のアームに顎を載せて眠ったように目を閉じている。

 全然気配がしなかった……まあ、こっちもポンコツだし、お互いの静謐を尊重しよう。

 上半分が覗いている体育館は二代目で、初代のは平屋の体育館。記憶と重ねて見ると、ここからなら屋根が見える程度だったか。

 入学式、卒業式、文化祭や新入生歓迎会、生徒会選挙の立会演説会……校長をつるし上げた大衆団交も、あそこでやったんだ。芸術鑑賞で劇団を呼んだ時、体育館の舞台は張り出しが付けられて倍ほどに広くなり、持ち込まれた照明や音響の機材で劇場のようになった。

 体育館の前には銀杏木が佇立していて、銀杏の実を拾い集め、みんなで食ったこともあった。臭いがすごくて、困っていると、家庭科のF先生が助けてくれた。日ごろは国防婦人会と揶揄されていたF先生だったけど、頼りになるオバサンだと見直したっけ。

 グラウンドの端の当たりに覗いているのは、創立以来の楡の木だ。

 あの木の下で告白すると、将来結ばれるという伝説があった。

 告白した相手には三日後のは袖にされたがなあ……まあ、おかげで、亡くなったカミさんと出会うことができたんだが。

 苦笑して、お茶の残りを飲み干す。

 すると、また、お爺さんが視界に入って……いや、お婆さんだった(^_^;)

 歳をとると性別なんかほとんど意味がない。


 サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……


 また楠が戦ぐ。

 どうも、無用の事ばかり思い出してしまう。

 明日からは……どうしようかぁ。

 非常勤講師という最後の肩書も取れて、社会的には70歳の無職老人。

 独立した息子は、この正月にも帰ってこななかった。

 まあ、所帯を持ったら自分たちのことで精いっぱい。頼りの無いのは元気な証拠。人生の先達としては喜んでやるべきだろうなぁ。

 ザワザワザワ

 楠が戦ぐ、今までよりも強く。

 真上の楠だけでなく、公園全ての木々が嵐の前触れのように戦ぎだした。

 春一番か? 

 それにしては、学校の銀杏木や楡は手抜きアニメの停め絵のようだ。

 局所的春一番?

 ビル風か? 

 風の谷のナウいシカ。

 授業でカマしたら、ジト目で笑われそうなダジャレが浮かぶ。 

 そして異変が起こった。

 お婆さんが立ち上がったかと思うと、ぐっと背筋が伸び始め、白髪がグレーに、そして、息をのむうちに緑の黒髪に……身の丈、体つきも変じ、頬にも唇にも朱がさして、身に着けたものは、額田王(ぬかだのおおきみ)か卑弥呼かというような古代衣装に変じた。

「ようやく……ようやく……通じる者に巡り合うた……」

 古代衣装が口をきいた。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村一郎       71歳の老教師
  • 原田光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉大輔       二代目学食のオヤジ
  
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