大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・TSUREDUREエッセー 『10年ぶりの映画館』

2012-02-28 10:37:17 | エッセー
TSUREDUREエッセー 『10年ぶりの映画館』

 昨日(2012年2月27日)は記念すべき日になった。

 10年ぶりで映画館にいったのだ。前回行ったのは、5歳になる息子の手を引いて『ドラえもん』を、布施の映画館に観にいったのが最後である。
 仕事の多忙さと、発症して6年あまりになる鬱病のため、映画館どころではなかった。
 仕事を辞めて、3年目、薬を飲みながらではあるが、なんとかここまで回復した。
  
 発症した直後は、会話も困難であった。無理に喋ろうとすると、ひどい吃音(どもり)になり、汗が出た。休職中は、通院とカウンセリングを除いて外出ができなかった。
 家人が出勤、登校すると、家にヒトリボッチ。電話がむしょうに怖かった。
 電話というのは、鳴る前に前兆がある。「カチ」っと微かな音がする。これは人の目線に似ている。人がわたしを認識し、話しかける寸前の様子に似ている。いつも。午前8時に、この「カチ」がやってくる。わたしは反射的に、電話線を抜いた。毎日、それの繰り返し。家人が帰ってくる直前に電話線をもとにもどしておくので、ばれることは、しばらくなかった。
 ある日、家内が昼間に電話して、通じないことで、電話線を抜いていることがばれてしまった。

 結局、この8時の「カチ」は、理由はよく分からないが、電話局の都合で定時に信号を送っているらしいということになった。らしいというのは、別にNTTに確認したわけではない。たまたま家内が休みのとき、8時に「カチ」が鳴って、そのあと呼び出し音がしなかったからである。ほとんど良くなった今、この「カチ」は聞こえなくなった。あるいは幻聴だったのかもしれない。

 三年前に退職して、少しずつ回復してきた。本業である芝居を観るために、劇場にもいけるようになった。だから、時々、芝居について駄文を書くようにもなった。しかし映画館には行けなかった。様々な理由付けはできるが説明はできない。
 やや結論めいたことが言えるとしたら、芝居と映画は似て非なるモノであるということである。同じホールでも、芝居ならいけるが、映画となると足が向かない。
 観客層の違いかもしれない。芝居なら、観客は同じ人種と感じられる。じっさい、劇場に足を運ぶと知り合いによく会った。
「いやあ、大橋君、久しぶりやなあ!」
 そう声をかけられることもしばしばであった。

 映画は、そうはいかない。まるで無垢の他人に前後左右を固められるのである。
 逆に言うと、芝居を観にくる人は、知らない人でも、「芝居に関わっている仲間」という意識が持てるのである。
 さらに突き詰めると、芝居の世界というのは、かくも狭いものであるということが言える……のではないだろうか。
 わたしにとって、芝居の世界や劇場というのは繭(まゆ)のようなものである。優しく自分をくるんでくれて、「ここではイッチョマエの顔が出来る」という安心感がある。
 最近、これを自分にとっても、芝居にとっても危機であると思い始めてきた。狭い世界に充足している自分への危機感。
 芝居、特に、わたしのホームグラウンドのような高校演劇が、ひどく内向きな世界になってきてしまっているのではないかという危機感。

 で、意を決し、映画館にいった。数年前にできたばかりの八尾のシネマコンプレックス。洒落のようであるが、ここから、わたしのシネマコンプレックスを克服しようと思った。
 といっても、自発的なものではない。家内が、そのシネコンの会員になっており、6回観れば1回タダで観られるというクーポン券をくれたのである。日頃は、わたしのことには無頓着そうな家内ではあるが、その程度には気を遣ってくれているようである。

 そして、目出度く、10年ぶりの映画館は克服できた。ただし……月曜の朝一番。観客がまばらであることを知った上ではあった。でも、とにかく映画に行ったのである!
 あまりに、目出度いので、この駄文になった。
 ちなみに観た作品は『三丁目の夕日・3』であった。いいものを観たと思った。
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劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』雑感

2012-02-25 21:24:43 | 評論
劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』 雑感

 うかつにも、開演時間と、開場時間を間違えてしまった。
 1時30分の開場を開演時間と間違い、開場一時間前についてしまった。他にも遠方から時間の余裕を見て早く来られた方もいらっしゃって、開場まで、その人達と自然な話しになった。
「昔は労演なんかありましたなあ」など、他愛のない会話。
 しかし、開場間近に気づいた。
 開場を待つ観客のことごとくが、わたしよりもご年配に見えた。
 試しに、お話をしていた前と後ろの方にお歳を伺った。前のご婦人は86歳、後ろの紳士は75歳であられた。
 開演前に気になって、客席を見渡すと、観客の8割方が、アキラカに年上とおぼしき方々であった。
 そのシニアの方々が陸続として、これでもか、これでもかと入場してこられる。キャパ400あまりの会場は500人あまりの観客で埋め尽くされた。恐るべくも、頼もしき演劇ファンのシニアーズであった。

 芝居は、終戦の前日、昭和20年8月14日に始まる。この日の朝、大阪砲兵工廠にとどめの爆撃をした米軍の1トン爆弾が、京橋駅に落とされてしまい200人以上の犠牲者が出た。その中に、幸代がいた。女学校二年生14歳の短い生涯であった。
 芝居は、この幸代の伊賀家と、隣り合う大島家の、その後の話しが主軸に展開していく。
 伊賀家の息子、信一は予科練に入り、実戦にでることもなく、復員してくるが、敗戦に心傷つき、すさんでしまう。その信一は、周囲の人々の心遣いで、次第に前向きに生きようと考え始め、幸代の幼なじみである大島家の伸子と、結ばれる。そして、この二人を中心に、人々は、激動の昭和を生きていく。
 
 まとめれば、それだけの芝居である。
 延々2時間30分の大作で、登場人物も37人(だったと思う)に及ぶ。前半は、正直、退屈と反発であった。
信一が復員後に荒れて、自宅の庭で軍刀を振り回すが、ほとばしる怒りや、やりきれなさがカタチだけで、共感できない。稽古場の広さに問題があったのか、振り回す軍刀が、どこか遠慮気味である。また、卒然と前向きに生きていかなければと感得するのだが、ドラマとしては見えてこない。
 信一の大叔母が、やってきて、説諭し、また自ら教師であったことから、教師として、教え子の年齢にあたる信一に詫びもする。この大叔母は関芸の河東けいさんが、おやりになっていたが、明治女の凛とした姿勢と気骨の表現が見事で、本の役の設定を超えて説得力のある演技であった。信一が変わるとしたらここだと思ったが、ただ力みかえって座っているだけで、なにも受け取ってはいない。他者との関わりもなく、信一は卒然と前向きになり、数年後に伸子と結ばれる。その間、心理や状況が、ほとんどドラマとしてではなく、一人称の台詞で説明されてしまう。歴史的時系列などは、進行役という人物が語ってしまう。まったくのナレーターというわけでもなく、登場人物の一人としての狂言回しでもない。
 わたしは必ず、芝居は最後尾の席で観るが、前半の芝居は、観客席の後ろには届いてこなかった。
 また、幸代が京橋駅で、その短い生涯を終えるときなぜ「お母さ~ん」になるのだろう。大阪の子ならば「お母ちゃ~ん」「母ちゃ~ん」であろう。また、落ちてくる爆弾の音が「ヒュ-!」であった。「ヒュー」は、遠方に落ちる爆弾で、真上から落ちてくる爆弾は「シュー ゴゴゴー!」と機関車が落ちてくるような音になる。野坂昭如や大岡昇平などが作品に書いているし、テレビゲームなどのSEなどでもマニアが多いので、このへんは忠実であることが望まれる。
「だれが、こんな戦争おこしたんや!」というような、ステレオタイプな言葉が葛藤の末の叫びや言葉ではなく、脈絡なしにチラホラ出てきて、ああ、高校演劇並みの反戦劇か……と、シートに沈みかけた。

 しかし、この芝居は後半になって光彩を放つ。戦後初の天神祭の描写こそイマイチであったが、結婚式、墓場のモブシーンは圧巻であった。40人近く出てくる結婚式のシーンなど、群衆でありながら、その場その場で立ち上げたい会話など自然に渡っていき、必要な会話が終わると、その人物達は自然と群衆の一部に溶け込んでいき、全体として、新しいカップルの出発を、昭和が戦後の発展期を迎えた社会情勢や時代の空気さえ表現していた。酔っぱらって下手な歌を唄いだす坊主をみんなで、追い出し、元宝塚女優の指揮で「青い山脈」を合唱するところなど、さすがに年季が入った劇団の方々だと思った。
 重箱のスミで申し訳ないが、「青い山脈」という歌は鼻濁音がいっぱいでてくる歌で、この時代はきちんと使い分けていた。みなさん立派な濁音であられました。ま、重箱のスミである。多くの観客は、私も含め、同じ昭和を生きてきた人間なので、自分と重なるところが多く。暖かい夢の世界の中に入り込めた。
 墓場の場面では、それまでの登場人物がほとんど鬼籍に入って墓標になっている。そして墓標の彼らが自分を語るとき、観客は(私も含め)遠くない将来に行くところであるせいか、ドップリと言うよりはユッタリとその墓場の世界に同化していた。若死にした伸子が、幸代と再会、しばしの時間「この世」に戻ってくるところなど、ファンタジーでさえあった。ただ、墓場にいる旧軍の伍長が、中国でやった蛮行を述懐するのはいただけない。ドラマの本質と無関係であるばかりではなく、実証していないことを唐突に投げ入れるのは、ドラマツルギーとしても、どうかと思った。
 これも重箱のスミかもしれないが墓参する人々の登退の仕方が、表現主義というのだろうか、整然と一歩ごとにアクセントをつけて、まるで、アーリントンの戦死者の墓地に詣でるVIPに付きそう儀仗兵のように無機質であることが気になった。これ以外のシーンは全て(一応)リアリズムの手法による演出、演技であった。人数と舞台の間尺のせいだろうか。ここもリアリズムで通すべきであった。死者たちが人間的なので、この無機質な登退は、違和感を覚えた。この回だけなのだろうけど、最後尾を歩いていた男の子が歩調を合わせるのに苦労していた。この苦労は、男の子にとっては現実なので、ひどく目立った。舞台で必要なもの目立つものはリアリティーである。だから無機質な群衆劇としての墓参の行進を様式化されると、その様式から外れてしまった者はひどく目立ってしまう。使い古された手法だが、観客席を通ってリアルに墓参すれば、観客はもっと共感できたし、男の子も歩調を合わせるという可憐な努力をせずに済んだと思う。
 ささいなことであるが、陸軍二等兵の墓が出てくるが、戦時中の戦死は一階級又は二階級特進しているはずで、二等兵の墓というものは存在しない。

 しかし、見終わった後は、カタルシスであった。この爽やかさはなんだろう……本、ではない。前半で述べたように、この芝居は時間のわりに、ドラマ性(人間のいざこざ、葛藤)が希薄で、説明的である。しかし、それを超えて、舞台に現出したものは、爽やかなのである。
 わたしは、こう思う。演出が、昭和を検証しようなどと大上段に構えず、観客といっしょに昭和と、その時代を生きた人々を愛でてみようという姿勢を持っていたから。そして役者の人たちが自分の役に愛情を持って演じていたからだと。そして、観客席のほとんどが昭和、大正に生を受けた人々だったことも大きいと感じた。バリバリの平成生まれの知り合いの高校生が4人来ていた。彼らが、どんな感想を持ったか聞くのが楽しみである。

 しかし、若い観客が少ないことは考えなければならないのではないだろうか、この対極に大阪の高校演劇がある。そこには、高校演劇しか観ない観客で占められている。質は違うが、特定の観客しか持っていないことでは同質であるように思う。

 次回公演の予告を見て、タマゲタ。佐藤愛子の『血脈』をお演りになるそうである。菊池寛賞をとった佐藤愛子の白眉である。質量的にも大河ドラマ級である。佐藤紅緑、サト-ハチロー、そして、ご当人佐藤愛子など、アクの強い人物をどのように形象されるのかたのしみである。たしか、遠藤周作、森重久弥も出てくる。

 カテゴリーは評論となっておりますが、そんなタイソーなものではないので雑感としました。

 
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高校ライトノベル・戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記・後半』

2012-02-22 12:44:37 | 戯曲
あすかのマンダラ池奮戦記・後半

イケスミ 下手をして師走にもつれこむと、鬼が出始めるぞ。
フチスミ いや、もう出始めている。時々地震もおこらないのに、土が崩れるような音がするだろう?(彼方で音)ほら……水没したとはいえ、ここはトヨアシハラミズホノオオガミさまの住まわれる聖地、しかも留守とあっては禍つ神どもにとって、鍵の開いた金庫も同然。あの音は結界に禍つ神が触れる音。
イケスミ 結界が破られているのか?
フチスミ 今のところは無事、でも、時間の問題、北と南に集まり始めている。一人で二正面の戦いは苦しかった。
イケスミ あたし……でもどりが親のスネカジリにもどってきたつもりなんだけど……
フチスミ それはないでしょ!?
イケスミ だってね……
フチスミ だってもへちまもないわよ。いいこと、このミズホノサトを奪われたら、わたしたち住むところないのよ。イケスミさん、あなた、東京の万代池もほっぽらかしてきたんでしょ!?
イケスミ だって、あそこはもう埋め立てられっちまうんだよ! 池の神が池を失ったら、もう存在理由ないでしょ? アイデンテイテイ、レーゾンデートルの問題よ。
フチスミ だからがんばるのよ! わたしなんか依代の方が元気で、どっちがとりつかれてんのか……
あすか ね、あそこ、学校があったんじゃない?
イケスミ え?(話を中断されたようで、少し機嫌が悪い)
フチスミ よくわかったわね。ポールが突き出ているだけなのに。
あすか あのポール、卒業記念に、中学に残してきたやつといっしょみたいだから。あたしが選んだんだよ。生徒会の役員やってたから。
フチスミ へえ、あすかちゃんて偉いんだ。
イケスミ 東京の中学の生徒会役員なんて、手ェあげたらだれでもなれんの。
あすか もう、ちゃんと対立候補を大差でやぶって当選したんだかんね。
フチスミ 村立伴部小中学校、この依代の子が通っていた学校。この子も卒業記念品の選定委員やってたんだよ。
あすか そうなんだ! あのポール、特注品で高いんだよね頭のところに校章がついていて、夜になると、太陽電池の明かりが照らすようにできてんの。校章とポールの間に発光ダイオードとか入ってて……
フチスミ 日によって色が変わるんだよね。
あすか うん、うちは月曜が赤「ファイトオッ一発がんばるぞ!」ってんで、ヘヘ、学校にゴマスリのハッタリだけどね。
フチスミ ここは田舎だから、日めくりの色どおりに日曜が赤、あとはアンケートとって多い順。
あすか あら民主的……うちは、あたし一人で全部きめちゃった。
フチスミ すごいのね……
イケスミ 誰も興味ないんだよ、あすかの学校じゃそういうことにはさ。
あすか そういうこと言う?
イケスミ でも、そうなんだろ?
あすか ……そりゃ、そうだけどさ。
フチスミ あのポールの校章、今でも光るんだよ……フフフ、今日はオレンジ。給食にミカンのつく日だったから、一番に決まったの。
イケスミ あなた……名前はなんて言うの?
フチスミ え?
あすか ?(不思議そうに二人の顔を見る)
イケスミ 依代、あんたのことよ。普通神さまがとりつくと、依代の意識は眠っちまうんだ。な、そうだろあすか、ここへ来るまでのことちっとも憶えてないだろ?
あすか ……うん、「ミッションスタート!」でとぎれて……
イケスミ スカートめくって太ももあらわにして、長距離トラックのりついだことなんか憶えてないよな?
あすか え……そんなことしたの!?
フチスミ フフフ、そうよ、この子の意識は起きている。だから、スカートめくってヒッチハイクなんて、とてもやらせてはもらえないけど。
イケスミ で、名前は? 依代をしながら意識が醒めているなんて、ただ者じゃないわ。
フチスミ 桔梗、天児桔梗(あまがつききょう)
イケスミ 天児……!
あすか アマ、アマガツ……?
イケスミ 天国の天に鹿児島の児と書くんだ。伴部村の神社の子だね?
フチスミ 社は二十年前の台風で倒れて、それっきりだけど、この子のお父さんが、映画のセットみたいな代用品を建てて細々とやっていたんだけどね……そのお父さんの神主さんも、今度の地震で……
あすか 他に家族は……?
イケスミ 天涯孤独……一人ぼっちって意味さ。
あすか どうして、イケスミさんにわかるの?
イケスミ その桔梗って子、身を投げにきたんだね、フチスミさんの花ケ淵に……
フチスミ よくわかったわね、二人だけの秘密だったのに。
イケスミ イケスミだよあたしは。意識が起きてさえいりゃあ、なんだってお見通し。依代になりながら起きているなんて、天児の子とは言え、本当は強くて賢い子なんだね。
フチスミ ……繊細で賢い子。だから、新しい町や学校にもなじまず、死のうと思った。
あすか あの……繊細で賢い子だと、どうして、なじめずに死のうと思っちゃったりするわけ?
イケスミ だって、あんたはなじんでるでしょ、町にも学校にも?
あすか うん、あたしは バカでガサツで弱虫なわりにお調子者で……
イケスミ でしょ。万代池が無くなるのに死のうなんて思わないしさ……
あすか ちょ、ちょっと!
イケスミ ごめん、ちょっとひがんでみただけ……
フチスミ 桔梗は、このあたりでただ一人わたしの依代になれる素質を持った子だった。
あすか ソフトとハードの関係だね。あたしとイカスミさんみたいに。
イケスミ イケスミだっつーの。
フチスミ その桔梗が、廃村の二日後、たった一人でわたしのところへやってきた。これは運命だと思った。この子もね……二人でそう感じた時、わたしは溺れているこの子にのり移っていた……その時……
あすか その時?
フチスミ かすかにオオガミさまの声が聞こえたような気がした……
イケスミ はるか出雲から、オオガミさまの声が……
フチスミ 見とどけよ……とおっしゃった。
イケスミ 何を見とどけよと?
フチスミ おもどりになるまでのこと、それしかないわ。
あすか でも、もう十一月も末だよ。
イケスミ どういう意味だ?
あすか ……もう帰ってこないんじゃ……だって何もかも水の中に沈んでしまって、変な不良の神さまたちもここをねらってるみたいだし……(彼方で崩れる音)
イケスミ 神さまは嘘は言わない。
あすか でも、もどってくるとは言ってないんでしょ。出雲に行ってくるとだけ、そしてかすかに、見とどけよと、そう言っただけでしょ?
イケスミ 神無月を過ぎて、神々がもどられなかったことなどない!
あすか だって、まだもどってこないじゃないか!
イケスミ ……
あすか 先生だって、トイレにたったきり職員会議にもどらない人がいる。生徒の大事な進路を決める職員会議にだよ!
イケスミ 学校の教師ごときと神さまをいっしょにするな! 神さまを信じろ!
あすか だって、イカスミさんだって、マンダラ池を見捨てたじゃないか、二度ともどってきやしないんじゃないか!
イケスミ 勝手なことを申すな!!

両手をつかって気をとばすイケスミ、数メートルふっとび、地面に体を打ちつけられるあすか。

あすか ……イカスミ……
イケスミ あたしの名はイケスミだ、二度とまちがえるな。
フチスミ この子は恐ろしいんだ、いろんなことが……もうもどしてやった方がいい。そんな顔してると禍つ神になってしまうわよ。
イケスミ ……そうだ、そうだったな。ここまで連れてくるだけの約束を、ついひっぱり過ぎたな。すまんあすか……ほら、約束の成績票。
あすか あ、ありがとう……!?
フチスミ どうかした?
あすか オ、オール五だ……あたし、こんなには賢くないよ。
イケスミ あすかの頭も、それにあわせてよくなっている。
あすか ほんと?
イケスミ フチスミさん、なんか問題言ってやって。
フチスミ うーん……じゃ、微分方程式ってなーんだ?
あすか 未知関数の導関数を含んだ方程式。未知関数が一変数のとき、常微分方程式といい、多変数のとき偏微分方程式という……え?
フチスミ 和文英訳「日本語のおはようは、英語のグッドモーニングと同じです」くりかえそうか?
あすか ううん「オハヨウ イズ ジャパニーズイクォリティー トウ ジイングリッシュグッドモーニング」……おお!?
フチスミ 古文法、推量の「ら」を用いた著名な和歌は?
あすか 春すぎて、夏きたるらし白妙の、衣干したり、天の香具山……万葉集巻一、持統天皇の御製。ちなみに持統天皇、名はタマノハラノヒメ、またはウノノサララ、天智天皇の第二皇女で天武天皇の皇后、草壁皇子没後即位、第四十一代の女帝。ちなみに神田うのの「うの」は、このウノノサララからきている……すっげえ!
イケスミ な、賢くなったろう。
あすか ありがとう、頭の中に百万個電気がついたみたい。
フチスミ ちょっと甘すぎない?
イケスミ 同じ学校受けられる水準にはしといてやらないとな、真田ってイケメンと。
あすか ああ、それないしょ、ないしょ!
フチスミ あははは……そうだったわね。
あすか え……?
イケスミ 神さまに内緒はつうじないからな。
フチスミ がんばってね。
あすか もう……!
イケスミ それから、その成績票、破いたり傷つけたりするなよ。
あすか うん!
イケスミ 元のバカにもどっちまうからな。
フチスミ 元のあすかちゃんも悪くないわよ。
あすか もう、フチスミさんたら。
フチスミ ……南東のケモノ道がまだ無事のよう。まだ日が高いから、少し教えてあげれば一時間で轟って街につく。
あすか トドロキ……
イケスミ このへんにしては大きな街だからすぐに、駅が見つかる。特急に乗れば一時間ちょっとで東京。ほれ、電車賃……バカ透かすんじゃない本物。木の葉なんかじゃないからね。
フチスミ 南の方はまだ息をひそめているけど、北の禍つ神達が雑魚のように群れはじめている。その藪の中に武器が隠してある。間に合わないときは、それで始めといて。さ行こうあすか、こっちよ。
あすか うん、ありがとう、じゃ、イケスミさんも、どうぞ無事でね! 死んじゃやだよ……!

あすか、フチスミにいざなわれ上手に退場、イケスミ一人残る。

イケスミ 心配すんな、まかしとけ!……あいつ初めて正しくイケスミって言ったな……神さまは死なねえよ……ただ変にひねくれちまって(北の方角をにらむ)ああいう禍つ神になっちまう奴がいるけどな……(北の彼方で禍つ神達の気配。イケスミ、そこに一瞥をくれると藪を探る)なるほど、さすがフチスミ、どう見ても竹や、枝の切れ端だけど、みんな鋭い殺気がこもっている。ロケット弾、重機関銃並のものまであるじゃないか……このへんが手ごろ……(ふりむきざまに、手ごろな小枝をとり意外に近くの北の空をめがけて撃つ。機関銃のような音と手応え。奇声を発して、鳥のように禍つ神の落ちる音)けっ……意外に近くにやってきている……(続いて撃ちまくる)

フチスミが、上手から転がり出るように駆けもどり、たった一人の戦闘に加わる。手ごろな武器を持ち二人で撃ちまくる。

フチスミ 以外に近くに来ているようね!
イケスミ あすかは無事に!?
フチスミ ええ、無事に道を見つけた。向こうはまだ安全だった!
イケスミ それはよかった。でも、その分、こっちに集中しまくってるみたいよ!
フチスミ 数が多い……
イケスミ でも、よく用意しといてくれたよ。これだけの禍つ神にいちいち手づくりの気を飛ばしていたら、体がもたないよ!
フチスミ 鬼岩に封じ込めてあった鬼の気を、枝や竹の切れ端にこめておいたの!
イケスミ それで鬼岩の気が弱くなっていたのか!
フチスミ その奇数番号の太い竹を撃ってみて。オートの百連発だから……!
イケスミ よっしゃ!
   
三番のオートを撃ちまくるイケスミ、花火大会のクライマックスのように盛大に盛り上がり、急速に静寂がおとずれる。二人とも、ざんばら髪に制服姿も痛々しげに乱れている。やがて、イケスミが腰を抑えてくずおれる。

フチスミ なんとか、やっつけたみたいね……
イケスミ でも、この百連発は腰にくるよ……
フチスミ うん、だからイケスミさんにまかせたの。
イケスミ あのなあ……
フチスミ わたしの華奢な体じゃ、扱えないもの。
イケスミ だって、依代についてんでしょ。多少の無理は……
フチスミ 桔梗に負担はかけたくないの。
イケスミ あたしたちはね、そのために依代についてんのよ。依代につくから、このサトから出ることもできるし、サト中じゃ依代につくことで何十倍もの力を発揮できるんだよ。
フチスミ でも、依代にも負担がかかるんだよ。
イケスミ だから、そこはギブアンドテイク。だからあすかだって……
フチスミ 桔梗は、今度の地震で、お父さんを亡くして天涯孤独の身なのよ。ダメージあたえたくない……それに桔梗って、おとなしそうに見えて、けっこう戦闘的な子なの、そんなの持たせたら、どこまでやるかわからない。奇数番号のオート持てるだけ持って自爆さえしかねない子よ。ほら、もうわたしの支配から離れて、勝手に動こうとしている……だめよ桔梗、全てをわたしにゆだねなければ(桔梗を封じ込めるように身もだえする)
イケスミ あすかの半分も要領かませればねえ、もっと気楽に世の中渡っていけるのにねえ……
フチスミ わたし、桔梗も好きだけど。あすかって子のハッキリしたところも好きよ。
イケスミ ハハ、イケメンコーチと同じ大学うけられてルンルンだろうね。でも、頭はともかく、あの器量だから、いずれふられちゃうだろうけどね。でも、あすかはそうやって成長……(何気なく自分の手を見て愕然とする)
フチスミ ……どうしたの?
イケスミ 手が……体が透けてきた。結界がほころび始めているんだ。今日一日もたない……二、三時間で消えてしまうかもしれない……!
フチスミ 気を強くもって! 
イケスミ もう少し……
フチスミ もう少し?
イケスミ もう少し、あすかを足止めしておくべきだった、依代さえいれば……そうだ、ふんぱつして惚れ薬で彼氏の心をとりこにするぐらいのことを……
フチスミ バカ!(イケスミをはりたおす)
イケスミ ……なにすんのよ!?
フチスミ あなたに欠けているのは信じる心よ。必ずオオガミさまはおもどりになる! けして、この里をトヨアシハラミズホノサトをお見すてになったりしない!
イケスミ だって……
フチスミ 霜月を過ぎて、まだたったの三週間あまり……きっとおもどりになる。あなたもさっきそう言ってたじゃない。だから、あの禍つ神達も恐れてる。一気に力攻めにはしてこない、ゲリラのように小攻めに……
イケスミ 今のが小攻め?
フチスミ ……中攻め、威力偵察ね。ちょっと強めにあたって、相手の強さを知る。
イケスミ 思い知っただろうね、ほぼ全滅にしてやったから。
フチスミ だから、しばらくは攻めてこないわ。
イケスミ そうだね。そして今度攻めてこられたら、今度はこっちが思い知る番ね(自分の透け始めた体を見て)わるいけど、やっぱニ三時間……良くて四五時間だな……

この時、上手の藪から、あすかが飛び出してくる。手には件のメモリーカードとコントローラーを握って。 

あすか 言ったじゃないか、神を信じろって! 
イケスミ あすか!?
フチスミ あすかさん!?
あすか 今の攻撃は威力偵察なんかじゃない。本格的な攻撃の陽動作戦に過ぎない。主力は南よ! 南に何か途方もなく禍々しい化け物が潜んでここを狙っている。南東の獣道を通っても、ひしひしと感じた!
イケスミ ほんとうか!?
フチスミ 言うとおりよ。北に気をとられすぎていた……南に化け物が……今、動き始めた!
あすか 話は聞いた。消えかかっているんでしょ、イケスミさん。もっかいやろうよ。ほら、コントローラーとメモリーカード!
イケスミ いいのあすか? 今度は命にかかわるぞ……?
あすか あたし賢くなったの。二人を見殺しにしても、あの南の化け物は、あたしを認識している。ここをあっさりかたずけたあと、きっとあたしを殺しに来る。知りすぎてしまったかから。そのためには、もっかい依代になって戦ったほうが生き残れる可能性が高い。そう計算できるほどにね……って理屈つけたら納得してくれる?
フチスミ アスカさん……
あすか さあ、コントローラーを持って! あたしはメモリーカードを……え!?
イケスミ どうかしたのか?
あすか これ、ドラクエⅧ「空と海と呪われし姫君」のメモリーカード……鞄の中でごちゃになったんだ……これは、ラチェットアンドクランクⅢ……ファイナルファンタジー……メタルギアソリッドスリー
……おっかしいなあ……
イケスミ おまえ、度はずれたゲーマーだな……
フチスミ だめ、もう、間に合わない!

ゴジラの咆哮のような禍つ神の叫び声が聞こえる。

あすか あれ、あいつよ南側に潜んでいた奴!
フチスミ 並みの禍つ神ではない……いずれの荒ぶる神か?
イケスミ ……あれ、轟八幡だよ。ほら、あの頭の鳥居。
フチスミ え、この国の二ノ宮の……(神の咆哮)なんとあさましいお姿に……
イケスミ 人間が、よってたかっておもちゃにしちまったんだ。駐車場の経営から、貸しビル、株の売買にスーパーの経営、観光会社に、このごろじゃ専門学校から塾の経営まで手を出しているって話だよ。
あすか あ、お母さんの言ってた轟塾!?
イケスミ この国の人間は、思いやるって心を失ってしまったんだ。人に対しても、神さまに対しても、自然や、何に対しても……祖先から受け継いだ夢も誇りも恐れも忘れ果てた、アホンダラに!
フチスミ 感想言ってる場合じゃないわよ。
あすか ね、あたしにも何かやらせて! こう持つの?(百連発の大筒を両脇に抱える)
フチスミ だめ、普通の人間が持っていたって、ただの竹筒……
あすか そんなのやってみなきゃ……(引き金を引いた気持ちになる。両脇から百発ずつの鬼の殺気のミサイルが飛び出す。反動でニ回転半ほどひっくりかえる)
イケスミ あすか……おまえって……
フチスミ 動きが止まった……
イケスミ ちょっと驚いただけさ、じきに……ほら動き出した(神の咆哮と地響き)
あすか くそ!
フチスミ 撃つしかないわ、最後まで!
イケスミ 撃て撃て撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!

三人しばらく撃ちまくる、地響きしだいに近くなる

イケスミ 弾が少なくなってきた……
フチスミ そろそろ桔梗とあすかちゃんを解放してあげたほうが……
あすか やだ! ここで逃げんのはやだ!
イケスミ あたしたちは踏まれても死なないけど、あんたたちは死ぬんだよ!
フチスミ 桔梗も離れようとしない!
あすか やだ! もうわけわかんないけど、やだ!!

この時、大きな白い矢がとんできて、轟八幡の胸板を射抜く(音と演技だけで表現)大音響とともに轟八幡が倒れる気配。

フチスミ オオガミさまだ! オオガミさまがもどられた!
あすか まぶしい!
イケスミ 笠松山の向こうから矢を射られたんだ!
あすか まぶしくて……
フチスミ 間もなく、笠松山を越えられる。それまでに、とどめをさそう!
イケスミ ああ、残った雑魚の禍つ神どももな。
フチスミ いくよ!
イケスミ おお!  
あすか あ、ちょっと待って、あたしも……!

舞台前まで乗りだして、掃蕩戦にいどむ三人。笠松山からのオオガミを暗示する光などが戦斗音を残してフェードアウト(戦闘を表す歌とダンスになってもいい)やがて、戦斗音が土木機械の音に置き換わって明るくなる。もとのマンダラ池のほとり。手前にあすか、奥に桔梗が倒れている。

あすか ……ん……マンダラ池……埋立て工事が始まってる……夢おち?(桔梗に気づく)フチスミさん!? フチスミさん、しっかりしてフチスミさん!
桔梗 ん……あすかさん……ここは?
あすか マンダラ池、正式名称万代池、イケスミさんが住んでいたところ。大丈夫? 大丈夫だよね、神さまなんだからフチスミさんは。
桔梗 わたし、桔梗だよ。
あすか 桔梗さん? どうして?

ガードマンのオバサンの姿をしたイケスミが、軽くホイッスルをふきながら上手からくる。

イケスミ ダンプは北から、そうむこうね! ユンボこっち。土ゆるいからそこで停めといて。(二人に)そこあぶないから、こっちの方で話してくれる。ごめんなさいね。今日から工事始まっちゃうから……
桔梗 すみません。
あすか ども……

舞台中央で、ガードマンのイケスミと二人、交差。二人はイケスミに気づかない。

桔梗 オオガミさまももどられたし、フチスミさん、あそこを離れられないと思うの……
あすか そうか。ミズホノサトは廃村というか……沈んだまんまだし。桔梗さん、あそこに住むわけにもいかないんだ。
桔梗 万代池も、ひどいことになってしまってるのね……
あすか 時代の流れというのかね。あたしも長年……と言っても十数年だけど、万代池だなんて由来知らなかったからさ、マンダラ池だと思って、昨日なんか、ウンコふんづけちゃって、靴洗ってたりしてたんだ。
桔梗 靴洗っちゃたの、神さまの池で!?
あすか 知らなかったんだもん……でも、それでひらき直っちゃいけないんだよね。ごめんなさいって気持ち……持ってたんだけどね、ちゃんとあやまったんだよ……言っちゃあなんだけど、やっぱイケスミさんて、すねた神さまだったよね、それで、あたしをひっかけて依代にしちゃうんだから……今ごろはオオガミさまのスネしゃぶりつくしてんだろうね。ま、いいか、頭もよくしてもらったことだし……
桔梗 どっちもどっち、二人ともたくましい都会の神さまと人間。
あすか 桔梗さん。しばらくあたしの家にいなよ。三LDKだけど、三人家族だからもぐりこめるよ。
桔梗 そんなの悪いよ。わたしも子供じゃないんだから……
あすか そうしなって、ここへそろって送ってこられたのも、そういうおぼしめしだと思うの。
桔梗 だって……
イケスミ だってもあさってもなーい!
二人 え……!?
イケスミ まだ気がつかない?
二人 ……?
イケスミ あ・た・し(ヘルメットとタオルをとる)
あすか イケスミさん!
桔梗 どうかしたんですか!?
あすか てっきりスネかじってると思ってたのに……その姿?
桔梗 神さま廃業ですか?
あすか だったらお父さんに頼んでもっと時給のいいパート紹介してもらったのに。
桔梗 おいたわしい……
イケスミ 勝手にしゃべるな!
桔梗 だって……
あすか その姿……
イケスミ これは、池の最後を見届けるための方便だよ。
あすか ホーベン?
桔梗 ということは、まだ神さまでいらっしゃるんですね。
イケスミ あれから、オオガミさまに叱られてな。
あすか キャッチセールスみたいなことするからだろ?
イケスミ それもあるけど、ここを見捨てたことな……あすかもいってただろ?
あすか あれ、売り言葉に買い言葉。気にしないでくれる?
イケスミ 池があろうとなかろうと、そこに人が住んでいるかぎり逃げてきちゃいけないって。
あすか でも、人がいたって信者がいなきゃ。
イケスミ いるよ。あすかが信者一号、桔梗が信者二号だ、よろしくな。
桔梗 アハハ……でもフチスミさんは……
イケスミ あたしが兼任、元をたどればオオガミさまにたどりつくんだから、どっちの信者になっても同じさ。フチスミさんは、しばらくはオオガミさまと地元の復興……それから、あんたたちも、たどっていけば同じ一族なんだよ。
あすか え、親類!? あたしたちが!?
イケスミ あすかの元宮というのは、元宮司って意味で、天児一族の分家、三百年前にあたしといっしょにやってきた家系さ。
桔梗 でも、一族とは思いませんでした。
イケスミ さすがの桔梗にもわからなかったか?
あすか でも、親類だと思うとなんか嬉しいね。
桔梗 はい……でもお世話になるのは……
あすか 硬いこと言うなよ。
イケスミ あんたたちは双子の姉妹、二卵性の。そういうことにしといた。
二人 ええ!?
イケスミ 役所の書類もそうしといたし、親も友だちも、みんなそういうふうに思ってる。
あすか ええ、そんな……
イケスミ ミズホノサトは必ず人がもどってくる。水も少しずつひいて、もとの生活がね……でも、それには何十年もかかるだろう。それまで桔梗を天涯孤独の身の上にしておくのはかわいそうだ……これはオオガミさまのおぼしめしでもある……それとも、桔梗が姉妹じゃ、何か不足でもあるのかい?
あすか ないない。ねえ?
桔梗 え、ええ。
イケスミ そうときまれば、やることは一つだけ。
あすか え、なんかすんの?
イケスミ 双子でも、姉と妹の区別がいる。
あすか そりゃ、誕生日の早いほうが……
イケスミ バカ、双子の誕生日はいっしょにきまってるじゃないか。
桔梗 何をするんですか?
イケスミ ここから、自分の家まで、ヨーイドンで走る。先についた方が姉だ。いいね。
あすか ようし、足には自信が……
桔梗 わたしだって!
イケスミ それじゃ……(競技用のピストルを出す)ヨーイ……
あすか っと、その前に一つ聞いていい?
イケスミ なんだい、ずっこけちまうじゃないか!
あすか オオガミさまたちの出雲会議がさ……あんなに長引いた理由ってのは? よっぽど大事な議題なんでしょ?
イケスミ ああ、人と自然の将来に関わる大切な話をされていたのさ、ずいぶんもめたみたいだけどね。
あすか で、結論は?
桔梗 それは……
イケスミ こうして、あんたたちとわたしがいる。それが結論……と、いうことで納得しろ。
あすか こうして、あたしたちがいることが……
イケスミ それじゃいくよ、ヨーイ……っとその前に。
あすか なによ、ずっこけてしまうじゃないよ!?
桔梗 アハハハ……
あすか なによ!?
イケスミ 実は、あのオール五の成績票ね。
あすか そうそう、ごほうびの……(ポケットに手をやる)ない……ポケットのどこにもない!?
イケスミ 戦いの最中に、おっことしたんだよ。
あすか え?
イケスミ フチスミさんが拾ってくれた。そうだよね?
桔梗 え、ええ。
イケスミ それをあずかったのがこれ……
あすか ありが……とうに破れてるじゃん!?
イケスミ 戦いの最中だもん……
あすか じゃ、もとのあたしにもどったってわけ!? せっかく真田コーチと同じ学校いけると思ったのに……
桔梗 いいじゃない、受験までにはまだ間がある。今度は自分の力で。わたしも応援するから。
イケスミ じゃ、今度こそいくぞ。待ったなし……ヨーイ……ドン(本物の競技用がいい)

花道(通路)を本気で駆ける二人、見送るイケスミ。

イケスミ ……どっちが勝つにしろ、着いたころには、本当の姉妹と思い込んでいるはず、そういう魔法がかけてあるんだから……さあ、おまたせ、埋め立てるよ、ユンボはむこうから、ブルドーザーこっち、ダンプも前に進んで……(観客に)じっと観てないで拍手! おしまいだから幕はおろして……

イケスミ、まるで現場監督のようにホイッスルを吹き、埋め立ての指揮をとるうちに幕。(余裕があれば、キャスト、スタッフが出てきて、鳴り物入りでフィナーレにしてもいい。ラストのイケスミの台詞「じっと観てないで拍手」のあたりで)


作者の言葉  
キザなようですが、現代日本人が失ってしまった何かを、コミカルファンタジーにして。考えるのではなく。感じてみるお芝居にしてみたつもりです。道具はあったほうがいいですが、クラブや劇団の状況にあわせて、無対象でもできるようにしてあります。イケスミは、言葉をちょっと変えると男でもやれます。劇団でやる場合、ボリュームに欠けるかもしれません。その時は、自分たちに合わせて脚色してもらってけっこうです。ただ、この芝居に限りませんが、必ず上演許可をとるようにお願いします。


【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp
上演されるときは、ご連絡ください
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高校ライトノベル・『戯曲あすかのマンダラ池奮戦記・前半』

2012-02-22 12:31:47 | 戯曲
あすかのマンダラ池奮戦記・前半
大橋むつお


時 ある年の、暖かい秋
所 マンダラ池のほとり ミズホノサト

人物 元宮あすか  女子高生
イケスミ   マンダラ池の神
フチスミ   イケスミの旧友の神
桔梗     伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)


軽快なテーマ曲流れ幕が開く。通称まんだら池のほとり。ドタバタと猫の走る音がして、あすかが駆けてくる。背中にリュック式のかばん。手には、壊れたラクロスのスティック。頬にひっかき傷。

あすか こら! まて! この恩知らずネコ! 逃げ足の早い奴だ。たすけてもらっといて、ひっかいてくことはないだろ、イテテ……命の恩人だぞ、あたしは……せめて、ニャーとかミャーとか、お礼の一言ぐらい言ってけよ……(池の水面に顔を映す)あーあ顔に二本も赤線……赤は成績だけで十分だっつうの。アニメだったら、ここからドラマが始まるとこだよ「なんとかの恩返し」とかなんとかさ(壊れたスティックを見て)高かったんだぞ……もともと出来心で入ったクラブだけどさ……イケ面の真田コーチも辞めちまうし……ラクロスなんて場合じゃないのよねえ(成績票を見る)……ああ、英・数・国の欠点三姉妹! あわせて物理と化学も四十点のかつかつじゃん!?……もう終わっちゃったよ、あたしの人生……こりゃ、お母さん思うつぼの轟塾かあ……やだよ、あそこ。成績はのびるけど、変態ボーズの宗教団体系ってうわさだよ。冬なんか褌一丁の坊主といっしょに座禅とかで、偏差値の前に変態値が上がってるっつーの!

うしろ手に手をつき、足を投げ出す。

あすか ……雨、ザーッと降ればいいのに。壊れたシャワーみたいにさ。そしたら、そのシャワーで溶けて、流れて……ウジウジ悩んだり、あせったりしなくて……そんなふうに思って雨に打たれたら、ドラマのヒロインみたい……冬のソナタ……秋のヌレタ……濡れた女子高生……なんかやらしい……だめだ(降らない)変なことばっかり言ってるから、猫も雨も、みんなあたしを見かぎる……ん……うそ!? 成績票が(池=観客席、に落ちてる)

池に落ちた成績票を壊れたスティックで、たぐりよせようとするが、あせってかきまわすばかり。とうとう池に沈んでしまう。

あすか あっちゃー……って、おっさんか、あたしって。コーヒーのしみつけただけでネチネチ三十分。なくしたなんて言ったら、どれだけ嫌み言われて、しぼられることか。「通知票を粗末にする奴は、二学期に絶対欠点!」……とっちゃったもんなあ……「池に落としてなくしちゃいました」「じゃ、あすかも消えて無くなればァ……」うかぶよ、担任のおっさんの顔が……秋深し……って言っても例年にないこの暖かさ。くよくよしても仕方ないか……よし、走って帰るぞ!……って、空元気つけてどうすんだよ……ウ!……ウンコ踏んじゃった。

雑草やティッシュで、ウンコを拭き取り、ぶつぶつ言いながら、池の水で靴を洗う。ややあって、そのあすかの目の前の池の中から、イケスミ(池の神)があらわれる(観客席の一番前に座らせて隠しておく)

あすか ……ワッ?!
イケスミ こんにちは……(チェシャ猫のように油断のならない笑み)
あすか オ、オド、オド……
イケスミ そんなにオドオドすることないからね。
あすか オドロイてんの! 急に池の中からあらわれるんだもん。
イケスミ ヌハハハ……
あすか やっぱ、気持ちわるーい……
イケスミ ここは、あたしの家なんだからね! そして、あんたがしゃがんでんのが、そのあたしの家の玄関先……ほら、そこに鳥居の跡があるでしょうが?
あすか ……この切り株みたいなの?
イケスミ 昔は、お社(やしろ)とかもあったんだけどね……
あすか ……ごめんなさい、靴洗っちゃった……ウンコつきの……怒ってる?
イケスミ まあな。でも、いちいち怒ってたらきりがない。
あすか ほんとにごめんなさい(居ずまいを正して頭を下げる)
イケスミ おっと、手の先十センチ、おっさんがもどしたヘド!
あすか ワッ!
イケスミ ……気をつけな。
あすか は、はい。
イケスミ ところで、あすか……
あすか あたしのこと知ってるの?
イケスミ 神さまだよ、あたし。もうこの池に三百年も住んでる。
あすか 三百年……神さま?
イケスミ トヨアシハライケスミノミコトと申す……オッホン。
あすか ト、トヨアシ……
イケスミ イケスミ……イケスミさんでいいよ。ところであすか、落し物したでしょ?
あすか え、はい……
イケスミ 成績票。
あすか 拾ってくれたんですか?
イケスミ はい、あすかが落とした成績票(二つの成績票を出す)
あすか それ……?
イケスミ 金の成績票と、紙の成績票と、どっちがあすかさんのかしらぁ?
あすか (ひとり言)これって、昔話にあったよね。正直に言ったら金の方までもらえるって……フフフ、やっぱ猫の恩返しか!?
イケスミ さあ、どっち。どっちがあすかの成績票?
あすか はい、もちろん紙の方です! そのコーヒーのしみがついているのが何よりの証拠。紙の方があたしの成績票です。
イケスミ はいどうぞ。まちがいないわね。
あすか ……英数国が欠点、物理と化学がおなさけの四十点。まちがいありません、あたしの成績票です!
イケスミ それはよかった。あなたって、正直者ね。
あすか いえ、それほどでも(正直に照れる)
イケスミ 「正直者の頭(こうべ)に神宿る」って、昔からいうのよ。
あすか 神戸? ひょっとして神さま阪神ファン? 阪神の神って神さまの神だもんね。どうしよう、わたしって巨人ファンだよ……
イケスミ バカ、頭のことだわよ。神さまは正直者が大好きって意味。
あすか それって、正直者をおたすけになるってことなんですよね!?
イケスミ まあね……
あすか ウフフ……やっぱ恩返し!
イケスミ ん?
あすか いえ、なんでも……
イケスミ というわけで、その正直さを愛(め)で、特別にこの金の成績票もさずけましょう。
あすか やったあ!……いえ、こっちのことです。ありがとうございます。
イケスミ それでは、これからも、神をあがめ、自然をいつくしみ正直に生きますように。
あすか はは!(ひれふす)
イケスミ ヌフフ……
あすか ?
イケスミ いえ、なんでも……めでたしめでたし……
あすか めでたしめでたし……

池の中(客席)に消える神さま。ひれふすあすか。

あすか ヌフ、ヌフフフ……フハハハ……やった! やったぜ金の成績! さぞや百点満点のオンパレード、オール五の花ざかり……な、なんじゃこりゃ!? オール零点、オール赤字の落第点……(間)ちょ、ちょっと神さま! 池の神さま!

池の神、再びあらわれる。

イケスミ はあいただいま……何かご不審な点でも?
あすか ご不審、ご不審、大フシン! どういうことよ!?
イケスミ そういうことよ。言っとくけどクーリングオフはなしよ! それから、神様見送る時は、あなかしこ、あなかしこって言うのが礼儀だからね、おぼえときな! あなかしこ……
あすか かしこくなんかなってないって! どうして金の成績票が、オール赤字の零点なのよ!?
イケスミ バカだね。だって落ちた成績でしょ。その金賞だから、一番落ちたオール零点の成績なわけさ。
あすか そんな……
イケスミ あすか、あんた変なこと考えていたでしょう?
あすか で、でもさ、神さまがさ、仮にも神さまがさ。池に落ちると、成績が落ちるをひっかけちゃって、そんなおやじギャグみたいなサギやっていいわけ?
イケスミ ちょっとまわりの景色を見てくれる……
あすか まわり……?(二人同様に周囲を見渡す)
二人 ……きったねえ池!
イケスミ でしょ。みんな人が汚しちゃったのよ、この万代池。
あすか マンダイ池……マンダラ池じゃないの?
イケスミ 人が汚してからマンダラになっちゃったのよ……もともとここは、江戸時代に、このあたりのお百姓たちが切り開いたため池。田畑を潤してくれるようにと……
あすか それで万台池か……
イケスミ その時、あたしは、池の守り神として西の国から、ここに招かれた。以来三百年、陰になり日向になって、この池とまわりの人々を護ってあげて……明日、この池は埋め立てられる。
あすか そうなんだ……
イケスミ で、あたしは帰ることにした。
あすか ひっこし?
イケスミ やってらんないでしょ、ウンつきの靴洗われて……
あすか ごめんなさい……
イケスミ 汚されまくって、穢されまくって、ゴミほりまくられて……あげくに明日埋め立てられんの。
あすか ……
イケスミ ね、だから帰んの、故郷へ。西の国、オオガミさまのもとへ……
あすか オオガミさま?
イケスミ トヨアシハラミズホノオオガミさま……そこで、相談。あたしを、親神さまのところへ連れて行ってもらいたい。
あすか 自分で帰ればア(迷惑そう)
イケスミ 神には依代がいる。
あすか ヨリシロ?
イケスミ ふつうには御神体という、社の奥に祭られている玉とか鏡とか……わたしにはもうそれがない……オオガミさまのもとまで、わたしの依代になってはくれないかしら?
あすか あたしが?
イケスミ そのかわり、本当に成績はよくなるようにしてあげる。あすかにのりうつり、その体と脳みそをビシバシ鍛えてあげよう。
あすか 余計なお世話だ。
イケスミ いやか?
あすか やだ!
イケスミ じゃ、オール赤字の成績に甘んじることね……偏差値もう二十も上げれば、真田コーチと同じ吾妻大うけて、かわいい後輩になれんのにねえ……         
あすか そんな……まるでサギのキャッチセールス。
イケスミ 池の神さまだけに、ハメちゃったってか?
あすか しゃれてる場合か!?
イケスミ さ~て、どうする?
あすか ……あたし、行き方なんて知らないし……
イケスミ 大丈夫。あすかは、その体貸してくれるだけでオーケー。いわばハードだね。ソフトがあたし。
あすか あたしはゲーム機か?
イケスミ ほら、わかりやすくメモリーカードにしておいた。こいつを口にくわえて、このコントローラーで……(コントローラーは無線)
あすか ちょっと待った!
イケスミ まだなにかア……?
あすか ほかにもいっぱいいるでしょ、この池のそばを通る人って、それに、今からじゃ無断外泊に……
イケスミ やってんじゃない、月に一二度。知ってんのよね、親がブチギレル限界を……今月、まだやってないのよね、たしか?
あすか どうしてそこまで知ってんの!?
イケスミ 見そこなっちゃあ困るな。神さまだよ一応……それになにより、あたしのソフトは、あすかのハードでなきゃ合わないの。エックスボックスのソフトは、プレステ3じゃかからないでしょ。ほら口にくわえる!
あすか オオガミさまのとこについたら、すぐに帰してくれるんでしょうねえ?
イケスミ もちろんよ。あすかの脳細胞もピカピカにしてね。さ、口にくわえるんだよ!
あすか モゴモゴ……
イケスミ さあ、いくよ。ミッションスタート!

閃光と電子音あって、一瞬闇。明るくなると、あすかにのりうつったイケスミ、手にコントローラー、その先の端子は背中についている。
   
イケスミ (あすかの姿)ヌハハハ……冴えわたる頭脳! みなぎる力! これなら故郷に帰ることができる。誰に省みられることもなく、ゴミだめのように埋め立てられる万代池。それを恩知らずな人間どもとともに振り捨てて!……わが故郷、わがオオガミさまの在(い)ますトヨアシハラミズホノサトへ……あれ、手と足がいっしょに出る!? R1ボタン……あれ、くるくる回っちゃう。L2ボタンは左……△ジャンプ……□でしゃがむ……走るはどれだ?……×で駆け足足踏み、方向キーといっしょで……オー! やったァ全力疾走!

舞台を走り回り、袖に入って暗転(ブリッジ=繋ぎに、この芝居のテーマ曲)舞台転換。鳥の声などして明るくなる。よろよろと歩くイケスミ。

イケスミ (あすかの姿で)……この体、瞬発力のわりに持久力がない……よくこれでラクロスなんかやってるなあ……ああ、足が棒のよう……もうだめだ(肩で息をしている)あとどのくらいかなあ……山も川も様子が変わって……三百年ぶりだものなあ(虫の声)……ブリ虫?……ああ、わが故郷のヒサシ村のブリ虫の声……あれ、笠松山……こっちのえぐれてんのが伴部(ともべ)山……だとすると、この目の前……鬼岩(虫の声)……ブリ虫……ついたんだ……着いた、着いた、着いた!

叫びながら舞台を走り回り、袖に入り込む。再びあらわれた時には、あすかと分離している。

イケスミ 着いた、着いた、……着いたんだ!
あすか 疲れた 疲れた……疲れたんだってば……(前のめりにへたりこむ)
イケスミ あ、思わず抜け出しちゃった(コントローラーをもてあそんでいる)
あすか もういやだよ、とりついちゃ。もう、クタクタのヘトヘトなんだから……
イケスミ アハハ、もう大丈夫。着いたんだからね、わが故郷へ……!
あすか 着いた?
イケスミ あの鬼岩をまがって、坂の上にあがると見えるんだ。伴部、美原、樋差(ひさし)の三ヶ村。そして、そして、オオガミ神さまの在(い)ます、ミズホノウミが……
あすか 海?
イケスミ 湖のことだわよ。小さいんだけど、尊敬と親しみの気持ちをこめて、人々はウミってよぶんだ(コントローラーをしまう)
あすか そうなんだ。
イケスミ ほら、鬼岩のここ、千年前に親神さまといっしょに土地の鬼どもを封じ込めたときに、記念に残したサインだよ。
あすか ……ウーン、どうも、ただのひびわれにしか見えない。
イケスミ アハハ、神さまのサインだからね。真ん中が、トヨアシハラミズホノオオガミさま。左がフチスミノミコト、わたしの親友。そして右がイケスミノミコト……  
あすか へえ、これがイカスミさんなんだ。よく見ると、ちょっとイケてんじゃん!
イケスミ ……この下の方に……埋もれてしまったんだろうね、他の神さまの名前が彫りこんであるはず……みんな、なつかしいわたしの仲間、わたしの同胞(はらから)……(耳を岩につけて)鬼の気が弱々しくなってる……千年の歳月が鬼を和ませたか、さすがミズホノサト。 
あすか ここの神様って、みんな名前の下にスミがつくの?
イケスミ たいていね。神様である証拠。
あすか でも変だね。
イケスミ 何が?(少し気を悪くしている)
あすか だって、フチスミとかイカスミとか、今にもタコみたく墨はき出しそうな感じでしょ?
イケスミ 失礼ね。友達じゃないんだよ、神様なんだよ、いちおう。それに、いいこと、わたしは、イカスミじゃなくて、イケスミ!
あすか え?
イケスミ イ・ケ・ス・ミ! 行くぞ!

舞台を一周して、坂の上に着く。

あすか うわー……!
イケスミ ……!
あすか ……すごい、やっぱ海じゃん! けんそんして小さいって言ってたけど、海だよこれは! 霧のせいでむこう岸が見えないせいかもしれないけど……水上バイクで走ったら気持ちいいだろうねえ、この夏、湘南に行きそこねちゃったから、カンドーだよ。この秋はエルニーニョとかなんとかの現象とかで、まだ暖かいからさ、水上バイクとか貸してくれるとこないかな!? 手こぎとか足こぎのボートだっていいんだよ。
イケスミ ……ちがう。ミズホノウミは、こんなに大きくはない……(鬼岩のところへもどる)
あすか ちょ、ちょっとイカスミ……
イケスミ ……たしかにこれは鬼岩、むこうに、笠松山と伴部山……

     水辺にもどる。

あすか イカスミさん……
イケスミ なんだ、なによ、どうしたってのよ、この一面の水は?
あすか だって、三百年もたってんだからさ……
イケスミ 変わるのか、こんなにも激しく……ここに立てば、伴部、美原、樋差の三ケ村がミズホノウミを軸に咲く大きな花のように望めた。それが、この一面の水……
あすか あの……
イケスミ ちがう。ちがいすぎる。わたしとしたことが、どこか別のとんでもないところに出てきてしまったにちがいない。わたしとしたことが……(踵を返して、鳥のように立ち去ろうとする)
あすか 待って、おいてかないで!

この瞬間、震度四程度の地震。彼方で何かが崩れる音がする。音は不気味にこだまし、怯えるあすか……

イケスミ これは……
あすか あたし、帰る!
イケスミ 待ちな、今のはただの地震だ!

あすか、聞く耳を持たず、もどろうとするが、気づかないうちにあらわれていたフチスミの姿に驚いて立ちすくむ。フチスミは、セミロングの黒髪に、地元の女子高生の姿をしている。

あすか キャー!
フチスミ あなたたちが来た道は、今の土砂崩れで、通れなくなってしまったわ。
イケスミ ……おまえは?
フチスミ お久しぶりね、イケスミさん……

フチスミ、神の間で通じる独特のあいさつをする。イケスミ、同じあいさつをかえす。あすかたじろぐ。

イケスミ トヨアシハラフチスミノミコト?
フチスミ 昔どおりのフチスミでいいわよ。
あすか フチス……?
イケスミ フチスミさん……わたしの親友。わあ、三百年ぶりだ!
あすか あ、さっき鬼岩に名前のあった。
イケスミ その姿は……依代?
フチスミ ええ、わけあって……おいおい話すわ。
あすか あの……
フチスミ 言っとくけど、今の土砂崩れは、わたしのせいじゃないわよ。
イケスミ 今のは地震でしょ?
フチスミ もともとはね……でも、今のは違う。
あすか ……
フチスミ (あすかに)そんなに怖い顔で睨まないでくれる。このへんに(自分の額を指す)穴が開きそうよ。
あすか ごめんなさい……
フチスミ あなた、イケスミさんの依代ね?
あすか は、はい。
フチスミ 名前は?
あすか あすか、元宮あすか……です。
フチスミ いい名前ね。でも、そんなに固くならなくていいのよ。もっとリラックスしてちょうだい。
あすか は、はい。あ、あたしはめられちゃったんです。こっちの神さまに……
イケスミ !(口にチャックをするしぐさと音)
あすか モゴ、モゴモゴ……
フチスミ イケスミさんに何かされたの?(口のチャックを開くしぐさと音)
あすか (堰を切ったように)元々は自分が悪いんだけど。成績票を池におっことして、そしたら、紙と金の成績票のどっちかって言うから、言うから……あたし正直に紙のほうですって、そしたら六甲おろしに神が宿るとか正直者だとか言って、金の成績票もくれたわけ。それが開いてみればオール零点のサイテー、「池に落ちる」と、「成績が落ちる」って、オヤジギャグみたいな、へたなキャッチセールスみたく……
イケスミ で、ひっかかっちゃったわけだ。でも、あすかにも下心があったからなんだよ。あわよくば……
あすか だって、だって……
イケスミ さっきは、水上バイクでかっ飛ばすとか言って喜んでたじゃん。
あすか だってだって……
フチスミ 性格悪くなったわね、イケスミさん。
イケスミ だって、本人の同意がなきゃ、依代にはできないもの。苦労したのよ、狙いをつけて、シナリオ練って、猫まで仕込んで……
あすか ま、前から目をつけていたんだ……ストーカーだよ、未成年者略取誘拐罪だよ……イカスミさん。
イケスミ イケスミだっつーの!

再び軽い地震、先ほどとは違う方角で何かが崩れる音がする。三人、音の方角に顔をむける

あすか まただ……
イケスミ いったいここはどこなの、鬼岩こそはそこにあるけれど、ミズホノサトへは、どこをどういけばいいの!?
フチスミ ここがそうよ。ここがわたしたちの土地、オオガミさまの知ろしめすトヨアシハラミズホノサト。
イケスミ ここが?
フチスミ この水の底。
イケスミ 水の底?
フチスミ ええ、伴部、美原、樋差の三ヶ村も、ミズホノウミも、みんなこの途方もない量の水の底に沈んでしまった。
イケスミ ……
あすか あ……地震で沈んでしまった村ってここなんだ!?
イケスミ なにそれ?
あすか ニュースとかで、やってたじゃん、ちょこっと東京も揺れちゃったじゃん何ヶ月か前に。
フチスミ イケスミさん、知らなかったの?
イケスミ わたしの池には、ほとんど人が来ない。来れば、その人間の心の中からニュースも読み取ることができるんだけれど。
フチスミ そんなに人が来ないの?
イケスミ この程度のオネーチャンとか野良犬、時に酔っぱらい程度はね……
あすか このテードってのはないでしょ。だってちゃんと思い出したじゃん。
イケスミ ……地名もわからないほどおぼろげにね。
あすか だって、自分とこに被害のない地震なんて忘れちゃうって、ふつー。だって関係ないでしょ、よその地震なんて……言い過ぎた? ごめん、だって、このテードなんてイカスミさん言うんだもん。
イケスミ イケスミだっつーの。
フチスミ 山が両側からドーッと崩れてきてね。あっという間にダムのように川をせきとめて……ここまで水位が上がるのに十日もかからなかった。
イケスミ 弥生の昔からここにいるけど、こんなことは初めて、この三百年の間に……
フチスミ この六十年ほどよ。
イケスミ 戦後?
フチスミ 残っている山を見て……
あすか ……きれいな杉山。
イケスミ へ、木の名前知ってんだ!?
あすか 松と桜と杉しかわかんないけどね。小学校の時なんかに記念植樹とかするでしょ。
フチスミ わかった?
イケスミ うん、杉山すぎる。
あすか え、だめなの杉山じゃ? 
イケスミ 杉は、根が浅くって、大雨が降ると根っこごと土が崩れてくるんだ。
フチスミ 昔は、山崩れを防ぐため、山の稜線付近は……
あすか リョーセン?
イケスミ あすか、ほんとバカだな。
あすか アハハ……てっぺんあたりのことかな? 家で言えば、屋根のてっぺん。ドラえもんとミーちゃんがデートするような。
フチスミ フフ、勘はいいようね。さすが元宮さん。
あすか テヘヘ、さんづけの苗字で呼ばれると照れるわね……で、稜線いっぱい杉山にすると……崩れやすいの?
フチスミ だから、昔はわざと深い根を張るクヌギなんかの雑木を残しておいたの。そういう稜線をクヌギ尾って言って、山崩れを防ぐ自然の知恵だったの。
あすか 昔の人は偉い!
フチスミ 今の人もバカじゃない。戦中や終戦直後は、国策で杉ばっかりだったけど……こないだまでは、やっていたのよ。少しずつだけど……
イケスミ でも、人もカネも足らんということか……
フチスミ そうね……でも、今度のことでは、みんながんばったのよ。この水を抜いて、もとにもどそうって。
イケスミ あきらめちゃったの?
フチスミ うん、三日前。この水を抜くために、山崩れでできた自然ダムを破壊すると下流の村や町に迷惑をかける。断腸の思いで廃村と決めたの。
あすか 団長が一人で決めた!? そんなの許せないよ! いったいどこの団長!? 青年団? 消防団? 少年探偵団?
フチスミ ハハハ……何ヶ月ぶりかしら、こんなに笑えるの……(あすかを含め三人笑う)
あすか な、なによ、違うんだったらおせーてよ!
イケスミ 腸がちぎれるくらいに痛くて辛い決心ということよ。なんなら体験してみる?
あすか いいよ、自分の腸でつくったソーセージ想像しちゃった。
イケスミ ごめんね、へんなのつれてきちゃって。
フチスミ ううん、とっても心がなごむわ。ここしばらくは、一人でふんばらなきゃと思っていたから。
イケスミ で、オオガミさまは? 気を飛ばしても、どこのお旅所にも気配を感じない……もうここには在わさぬのか?
フチスミ 出雲においでになる。
イケスミ 出雲? 今は霜月十一月、それも霜月会(しもつきえ)とうに終り、霜月粥が大師講で湯気をたてておるころぞ。
フチスミ 今年はまだ神無月が続いておる。だから、今年は霜月も晦日近いと申すにこの暖かさ。
あすか あ、あのさ、その時代劇みたいな言い回し、あたしちっとも……国語欠点だから。
イケスミ 国語だけか?
あすか それは……
フチスミ ごめんなさい。つい昔のノリになっちゃって。つまりね、オオガミさまは、年に一度の神さまの会議に、出雲に出張なさってるの。それが十月って決まっていて、出雲以外のところから神さまが居なくなるから十月を神無し月と書いて神無月というの。それが霜月、十一月になってもお戻りにならない。
あすか 職員会議の延長みたいなもんだね。いや、毎年あるんだ、三月ごろ、あすかみたいなバカを進級させるかどうか、この日ばかりは遅くまで点いてる職員室の明かりに手を合わせているのよ……ってそういう話?
イケスミ 神無月が十一月まで食い込んだのは初めてだ。よほど重要な話をなさっているのだろう……
あすか ひょっとして、イカスミさんを落第させる話題だったり……ごめん、冗談の雰囲気じゃないんだよね。

フチスミは、出雲の方角に例の神の挨拶をしている。イケスミもそれにならいながら挨拶をする。あすかもつりこまれ、不器用にそれにならう。

後半に続くblog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/5229ae2fb5774ee8842297c52079c1dd
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小規模少人数高校演劇部用の戯曲脚本台本『ユキとねねことルブランと……』

2012-02-16 17:56:53 | 戯曲

全国の高校演劇には小規模演劇部に向いた脚本が不足しています。この脚本は小規模演劇部に特化した戯曲、脚本です。年内に門土社から出版されますので、それまでの期間限定公開です。上演されるときは全国高等学校演劇協議会の規定にそって文末のわたしの住所宛にお手続きください(普通の上演許可願いです)お役に立てれば幸いです。

沼津市の高校、川越市の高校などで上演していただきました。上演される場合は下記までご連絡ください。
【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電話》0729-99-7635《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp

ユキとねねことルブランと……
栄町犬猫騒動記


大橋むつお




時  ある春の日のある時
所  栄町の公園


人物
ユキ    犬(犬塚まどかの姿)
ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)
ルブラン   猫(貴井幸子と二役)



闇の中、猫たちの無秩序で無統制な声々しばらく続く。「おだまり!」とルブランの凛とした一声で、水を打ったように静かになる。と同時に、舞台明るくなる。舞台は、この栄町の公園。中央に、この町の高校二年生、貴井幸子の姿をしたルブランが、舞い散る桜の花吹雪の中、猫達(姿は見えない)を睥睨している。

ルブラン おまえたち、いいかげんにしないと、三味線の皮にしちゃうよ!(猫達のしょげた声々)

ルブランの携帯が鳴る。手にしたラクロスのスティックを持ちかえ、腰につけた大そう立派なケースから、美しい携帯を出す。同時に猫達に「あっちにおいき」とあごでしゃくる。猫達の気配ほとんどなくなる。

ルブラン ……いいこと、あなたはわがままだったのよ。どうしようもなくね。因果応報、むくいよ……だめ。今ごろ泣きごとを言ったって。恨むんだったら、自分自身を恨みな。人のことをちっとも考えない。自分の気持ち、欲望だけ。最低だったわよ!! そんなあなたに、終止符を打ってあげたの。エンドマークを出してあげたの。反省……? しても遅いわよ。もう人間として生きていく資格なんかなし! 世界のためにも、これしかないの! これからは、わたしがやるわ。あなたに代わって……そう、泣けばいい、わめけばいい。もう誰にも聞こえやしない。そうやって、自分の愚かさとみじめさを思い知るがいい! ホホホ……じゃ、またお話しましょ。これからは何度でもいたぶってあげる。もう少しあなたの心をえぐってやりたいけど(人の気配を感じて)じゃ、またね……

携帯のスイッチを切り、上手方向に目線を残しながら下手に去る。ニ三匹のいのこった猫が「ニャー」と後を追う。いれかわりに、同じ高校二年生の犬塚まどかの姿をしたユキが、声をひそめ、まどかを探しながらあらわれる。

ユキ まどか……まどか……まどかったら……どこ行っちゃったのよ。まどか……たまんないよ、ほんとに……まどか! たのむよまどか……どうすんのよ、こんなになっちゃって……まどか! 冗談じゃないわよ……お願いまどか。出てきてまどか……出てきてちょうだい、まどか……

同様に、同じ高校二年生の三田村麻衣の姿をしたねねこがあらわれる。背中に大きな水鉄砲を背負い、腰にチャラチャラとひかりもの、鞄を手に、首にブタの人形を下げている。

ユキ まどか……まどか……(ねねこに気づき)ユキ、ユキ……どこにいるの、犬塚さんちのユキ……
ねねこ なにやってんの?
ユキ あ、麻衣……いつからそこに?
ねねこ ついさっき。公園の前を通ったら、まどかの姿が見えて……何か探してんの? ひょっとして……
ユキ ユキ。目が覚めたらいないの。庭の柵が開いていたから、一人で散歩に出かけちゃったんじゃないかと思うの。
ねねこ それは心配ね。まだ子犬なんでしょ?
ユキ うん、一才ちょっと……人間でいえば、わたしたちくらいかな。
ねねこ へえ、もう一才過ぎたんだ。
ユキ 小柄な子だから……でも、雑種のノラ犬、賢い子だからそう心配はないと思うんだけど……
ねねこ へえ、ユキってノラだったんだ。
ユキ お母さん、動物嫌いのくせに見栄っ張りだから、紀州犬だって言ってるけど。ほんとは、お父さんが酔った勢いで、この公園で拾ってきたの。
ねねこ そうなんだ。
ユキ で、けっきょく、わたしがユキの世話係ちゅうわけよ……おーい、ユキ……
ねねこ まどか、今日は、ちょっと久しぶりだよね?
ユキ そう……?
ねねこ このふた月ほどは、ろくに顔もあわせてないよ。
ユキ そう? だったらごめん。
ねねこ ひょっとして、麻衣のこと敬遠とかしてる?
ユキ ううん……たまたま。
ねねこ たまたま?……はっきり言いなさいよ。そういうずるい言い方嫌いだし、あたし。ほら、また目線が逃げる。何か思ってる証拠。かまわないから、はっきり言って。
ユキ ……このごろ麻衣、変わっちゃったりしてない?
ねねこ あたしが?
ユキ うん……派手になったつうか、お化粧とかもしてるし、ジャラジャラひかりもんとかぶら下げてるし……それはいいんだけど、学校でも、よく居眠りとか、ちょっと気むつかしくなった感じ……
ねねこ ふーん……
ユキ はっきり言えっていうから……気ィ悪くしたらごめんね。
ねねこ ううんいいよ、気にしてないから。あたしもいっしょに探してあげようか?
ユキ いいよ、そんな……
ねねこ いいよ、探してあげるよ、行方不明のまどかのこと……
ユキ え……!?
ねねこ 実は、ずっとさっきから、あんたのことはわかっていたのさ。あんたの探しているのは、犬のユキなんかじゃない。人間のまどかだ! どうだい、違うかい? 犬塚まどかさんちの飼犬のユキさん……
ユキ キャイーン……!
ねねこ それにしても、うまく化け……(ぐるっと、ユキのまわりを一まわりして、おぞけをふるう)……その体はまどかそのもの……ユキ、おまえ、まどかにとりついたね……!?
ユキ ちがう、それはちがう!
ねねこ なにがちがう。人間の目はごまかせても、このあたしの目はごまかせないよ……
ユキ ……だれ、あなた……そういうあなたこそ、三田村麻衣じゃないわね?
ねねこ フフフ……にぶい犬だ、まだ気がつかないのかい?
ユキ ……!?
ねねこ ねねこよ、あたし。
ユキ ねねこ……!
ねねこ そんなバイ菌を見るような目で見ないでくれる。あたしは、コソドロみたいに人の体をのっとったりはしないわ。これは、わたしの磨き上げたテクニックで変化(へんげ)した、芸術品ののような三田村麻衣の姿よ。
ユキ ねこばけ……
ねねこ ありがとう。名誉ある称号をおぼえていてくれて。犬は間抜面して尻尾ふるしか能がないけど、あたしたち猫は、たとえ飼主であろうと媚をうらず、独立自尊の風を失わず。その化学(ばけがく)は、時に、狸や狐をもしのぎ、その変化の術は、人で申さば人間国宝、匠のきわみ。なかんずく、このねねこは遠く鍋島猫騒動のねこばけの嫡流。エスタブリッシュの頂点……なんて、むつかしい言葉を並べても、犬の頭じゃ理解できないわね。
ユキ どうして、麻衣ちゃんに化けているのよ?
ねねこ 言ったでしょ、バイ菌見るような目で見ないでって。ねこばけの値打のわからない下等動物とは口もききたくない……と他の犬なら、そう言って後足で砂をかけておしまいだけど。ほかならぬ、今は亡き主人の親友の飼犬ちゃん……
ユキ 今なんて言った……今は亡き……?
ねねこ そう、今は亡き……麻衣ちゃん、死んじゃったのよ。
ユキ うそ……
ねねこ ふた月ほど前の夕暮れ時、コンビニに行こうと、急に家の前にとび出した麻衣ちゃんを、トラックが……即死だった……おり悪しく、ちょうどたばこ屋の角を曲がって、お母さんが帰ってくるのと同時……とっさに、あたしは麻衣ちゃんの亡骸を隠し、大あわてで麻衣ちゃんに化けたの……それからふた月、お父さんやお母さんの悲しみを思うと、もとのねねこの姿にもどることもできず、悲しい変化を続けているの……
ユキ 麻衣ちゃんは……?
ねねこ 庭の桜の木の下。猫の魔法で瞬間移動させて……今、静かに土に還りはじめている……
ユキ そんな……麻衣ちゃんが……
ねねこ 麻衣ちゃんが死んだって知ったら、麻衣ちゃんのパパとママは、どんなに悲しむことか……それを思うと夜も眠れず、変化のストレスも重なって……あたし、近ごろナーバスなの……
ユキ なんてこと……ふた月も前から……だから、まどか、あんたのこと敬遠してたんだ……一番の親友だったのに……どうせ化けるんだったら、もう少し……性格とか、もっと麻衣ちゃんらしく……
ねねこ 姿形はともかく性格まではね……ところで、ユキはどうして、まどかの体にとりついたりしてんのさ?
ユキ ……
ねねこ 言っちゃいなよ。あたしは全部ゲロしちゃったんだから、今度はユキの番だよ。
ユキ 今朝……目が覚めたら、いれかわっていたんだ……
ねねこ 今朝?
ユキ まどかって、時々、心ここにあらずって顔してる時があるでしょ。
ねねこ うん、よくボーっとしてるよね。
ユキ あれって、ほんとに心がないんだよ。
ねねこ え?
ユキ 体から、魂が抜けて、フワフワしてんの。そういう時、わたしも時々、まどかの体の中に入ったりしていたの。
ねねこ え、ユキって、そんなことができるんだ!?
ユキ うん、子犬のころから、「あ、この人って何考えてるんだろう……」そう思うと、ふうっと相手の中に入れたりしたんだ。
ねねこ そうなんだ。
ユキ もっとも、ほかの犬や人には嫌がられることが多くて……それで、犬の国を出てきちゃったんだけど……
ねねこ え……ユキって、犬の国出身なんだ。
ユキ うん、そうだよ。この妙な癖がなかったら、とっても住みやすいところ……でも他の犬には内緒だよ。この町の犬は、犬の国の出身てだけで白い目で見るんだから……
ねねこ うん。わかった……そいで、どう。まどかの体に入って、どんな具合?
ユキ うん、表面はいい子ぶってるけど、実際は不安と不満だらけの子なんだ。そのひずみが、体のあちこちに出ていて……今も、肩と腰にエレキバンはってんの……
ねねこ ハハハ……
ユキ 入試のことも気になってるみたいで……胃にもきてんの……ゲップ……ごめん。
ねねこ で、まどかは、犬のユキの姿で町をうろついてるんだ……
ユキ ひょっとして、犬の国へ行ってしまったのかも……昨日、携帯で犬の国の友だちとしゃべっていて……とてもなつかしくって……それを聞いて、行っちゃったのかも……まどかって、すぐに人のことうらやましく思っちゃうから……
ねねこ 犬が携帯もってんの!?
ユキ もってるよ。犬は淋しがり屋で仲間意識が強いから。人間にはわからないように、骨の形とかしてるんだ(見せる)
ねねこ ふーん……ほんとに骨にしか見えないね……
ユキ 猫は携帯とか持たないの?
ねねこ もたない。趣味じゃないのよ、そういう携帯とかでベタベタした関係……
ユキ 猫って……
ねねこ 性にあわないんだ。嫌いって言ってもいいよ。べつに好かれようなんて思ってないから。でも、ユキのことは友だちって思っているよ。だから、こんなにいろいろ話をするんだ。
ユキ 友だち? わたしは思ってないけど。
ねねこ でも、あたしは思ってんの!
ユキ 猫って、勝手……きっと(下心が)……
ねねこ で、友だちとして、一つお願いがあるんだけど……
ユキ ほらきた。
ねねこ ほら、あそこ。茂みのむこうのベンチに、幸子がいるでしょ、貴井幸子。
ユキ え……うん。
ねねこ 二年B組のタカビーちゃん。制服姿は、わたし達平民といっしょだけども、彼女、貴井建設の社長のお嬢さん。
ユキ え、貴井建設って、テレビでコマーシャルとかやってるゼネコンの!?
ねねこ そう、高速道路とか、空港とか、バンバンつくって儲けてる。
ユキ でも、幸子さんの家って、普通の家だよ。失礼だけど、社長さんて感じじゃあ……
ねねこ 本宅は、田園調布にあるんだよ。去年、親子げんかして、とび出してきたんだ。ほら、一年の秋ごろ転校してきたでしょ。
ユキ ……でも、そんな高ビーのお嬢さんがこんな公園で日向ぼっこする?
ねねこ 庶民をヘイゲイしてんのよヘイゲイ。わかる? 人を見下して喜んでんのよ。
ユキ まさか……おだやかに半分目をつむって……まるで猫のお昼寝という感じだよ。
ねねこ そう、猫のお昼寝なのよ、猫の……
ユキ ……!?
ねねこ わかった?
ユキ まさか……
ねねこ そう、あいつも猫。幸子が飼ってたルブランて猫。卒業まぎわに、また転校するって噂。それでピンときて調べてみたら……ルブランに入れ替わっていたってわけ。あいつ、田園調布にもどって、あらんかぎりのぜいたくをしようって腹よ。
ユキ ……悪い猫……で、本物の幸子さんは?
ねねこ 殺されたか、食われたか……
ユキ ええ!?
ねねこ ……猫が寄ってきた……二匹……五匹……どんどん増える。
ユキ みんな町内の飼猫だ……
ねねこ 手なずけてんのよ。きっと田園調布まで連れてって、手下にするつもりでしょ……
ユキ ……子供が寄ってきた。
ねねこ ちっ……子供は猫好きだからな。急いだ方がいいか……
ユキ 子供たちがあぶないの?
ねねこ いいや、子供に危害を加えることはないと思う……ただ、仕事がしにくくなるんでね……
ユキ 仕事?
ねねこ お願いというのは(背中の水鉄砲をはずす)こいつで、あのルブランを撃ってほしいんだ。
ユキ え……?
ねねこ 見てのとおりの水鉄砲。ただし、中に薬が入ってる。
ユキ 薬?
ねねこ 猫の事務所からもらってきた特別製、「化猫をもとの猫にもどす薬。」
ユキ え?
ねねこ 天誅さ、天にかわって幸子の仇をうつ。同じ猫仲間として許せない。あたしは正義の味方猫ねねこ!
ユキ ほんと?
ねねこ ほんと。ね、お願いお願い、お願―い!
ユキ でも、ルブランがもとの猫にもどって急に幸子さんがいなくなったら、幸子さんのお父さんやお母さん、きっと悲しむわよ。
ねねこ 心配ない。今度は、あたしが幸子に化けるんだから。
ユキ え……じゃあ、麻衣ちゃんの方は?
ねねこ あたしの体は一つっきゃないのよ。
ユキ じゃあ……
ねねこ 二ヶ月もやったんだから、もうたくさんでしょ。
ユキ でも、麻衣ちゃんのパパやママが……
ねねこ まどかの魂は、探せばもどってくるわ。でも死んだ麻衣の魂がもどってくることはありえない、あたしが化け続けるのは、人の道にも、猫の道にもそむくことになる……むろん神様にも……(胸に十字を切る)家出したってことにする。ね、見かけもケバイねえちゃんになったから、家出くらいしたって、ちーっとも不思議じゃないでしょ。
ユキ それって……
ねねこ 死体を掘りおこして見せるよりましじゃん、でしょ……家出なら生きてるかもって……希望も持てるし……あたしの体は一つっきり! いろんな人をたすけようと思ったら、わりきらなきゃしょうがないでしょうが!
ユキ あなたって人は……(ねねこの本心を見抜いている)
ねねこ フフフ……思ったほどバカじゃないみたいね……そうよ。あたしは、なにも人だすけのためだけに化けてるんじゃない。楽がしたいの。おもしろおかしく生きていきたいの。それには、不自由な猫の体でいるよりも猫よりずっと気ままに生きてける人間の女の子になった方が……そうでしょ? そして、中産階級の三田村麻衣よりも、ブルジュアの貴井幸子になった方が、何万倍もぜいたくできるじゃん! でしょ? だから鞍替えすんのよ鞍替え……待ちな……! どこへ行こうってのさ。ここまで聞いたら逃げられないよ。もう、あんたはあたしの奴隷。妙な真似したら、あんたが犬だってバラすよ。体はまどかでも、頭はワンコウ。さっき、電柱の横で思わず足が上がりかけたでしょ? 悲しむでしょうねえ……まどかのお父さんお母さん、娘が犬畜生だって知ったら……さ、早くこの水鉄砲を持って!
ユキ 自分でやればいいでしょ!
ねねこ できるくらいなら頼みはしないわよ。この薬は、猫が打ったんじゃ効き目がないの。さ、早く!(水鉄砲を渡す)
ユキ だめよ、距離があるし、子供たちや他の猫たちもいるし……あ、鬼ごっこ。
ねねこ ち……鬼ごっこなんかすんなよ、こんなところで……
ユキ 無理だよ。
ねねこ 悲しませる気か……自分を拾ってくれたお父さんやお母さんを……ようくねらえ……今だ! どこをねらってる、左! いや、右!
ユキ えい! はずれた……
ねねこ 伏せろ! こっちを見てる……チャンス、今度はルブランが鬼だ!
ユキ えい!
ねねこ バカ、距離を見こんで撃たないか。銃口を上げて……上げすぎ!……右、左、遠すぎ! ちがう、そっちそっち、前だ! 前!(興奮しすぎたねねこが、ついユキの前に出てしまう)動いた、右、左、今だ! 
ユキ えい!(あやまって、前に出すぎた、ねねこを撃ってしまう)
ねねこ う……どこをねらってる……!?
ユキ わざとじゃないよ、ねねこが前に出ちゃうから……
ねねこ う……く、苦しい……猫の姿にもどってしまう……ユ、ユキのバカヤロー!(もがきつつ上手に去る)
ユキ ごめん、だってねねこが……ねねこ……あ、猫にもどっちゃった……動かない……死んじゃったのかなあ……

いつの間にかルブランがラクロスのスティックを手にあらわれている。

ルブラン 気絶しているだけよ。ほっとけばいい、あんな未熟者。そのうち目が覚めてどこかへ行くでしょう。
ユキ ……
ルブラン ルブランでいいわよ。知ってるんでしょ、わたしのこと? あなたの射撃、ねねこが言うほどには下手じゃなかったわよ。犬にしておくにはもったいないくらい。おかげで服も持ち物もびしょびしょ。
ユキ ……!?
ルブラン 効かないのよ、わたしには。
ユキ だって、ねねこは……
ルブラン あんな下等な化猫といっしょにしないで。あいつは、ただ人に化けていい思いがしたいだけ……わたしは違うのよ。猫のエリートを育て、その子たちを人間に化けさせて……そこから先は、ヒ、ミ、ツ……ホホホ……じゃ、また町内の猫たちの訓練をしようっと。あなたたちには、ただの鬼ごっこにしか見えないでしょうけどね……おっと、その前に、濡れた服を着替えなくっちゃね。バキューン(ラクロスのスティックでライフルを撃つ真似をする)今度邪魔したら、許さないからね(去る)
ユキ ……あいつ、全部知ってんだ……

上手から、ユキを呼ばわる声がして、麻衣があらわれる。

麻衣 ユキ……ユキ……!
ユキ ねねこ!?
麻衣 ちがう、ねねこじゃないよ。麻衣だよ麻衣!
ユキ ……庭の木の下で骨になってるんじゃあ……
麻衣 それは、ねねこのハッタリよ。わたし、ねねこにブタの人形に変えられていたの。ほら、ねねこが首からぶら下げていた。
ユキ あのブタの人形?
麻衣 ねこばけは、生きた人間を物に変えてそれを肌身離さず持っていることで、その人間になりかわれるの。化代(ばけしろ)っていうんだって。
ユキ そうだったんだ……でも、よかった、生きていてよかった! 生きていてほんとうによかった!(抱きつく)犬の姿だったら、ちぎれるほど尻尾をふってるとこ!
麻衣 ハハハ、顔をペロペロなめたりすんのもカンベンね。
ユキ うん、ほんとはペロペロしたいんだけどね。(今にもペロペロしそう)
麻衣 アハハ、あたしもちょっとハメをはずして、いいかげんな生活していたから……ねねこ、それを見て、うらやましくなったんだろうね。ねねこが、ねねこだけが悪いんじゃないんだ。
ユキ でも、相当性格悪いよ、あの猫。
麻衣 うん、でも、子猫の時からいっしょだったからね。
ユキ じゃ、一人と一匹で、いっしょに反省だ!
麻衣 はーい……で、そっちの方、まどかはまだ見つからないんだよね?
ユキ うん……犬の国へ行っちゃったかな……
麻衣 あたしもいっしょに探すよ。まどか、方向オンチだから、きっとまだそのへんをウロウロしてるよ。
ユキ ありがとう。
麻衣 あ、ルブラン!?(遠くに着替え終わったルブランを発見する)
ユキ もう着替えたんだ……あいつ、全部知ってたよ。わたしたちがここにいることも、水鉄砲で撃っていたことも……あいつには、この水鉄砲の薬、効かないんだ……
麻衣 あたってなかったんじゃないの?
ユキ あたってた。ここへ来て、自分でもそう言ってた。だから、服も着がえに行ったんだ。
麻衣 けたちがいの化け物なんだ……
ユキ 遊んでるように見えてるけど、ああやって、猫たちの訓練してるんだ。
麻衣 猫好きの女の子が遊んでいるようにしか見えないもんね……
ユキ ああやって、ねこばけを増やして、何かとんでもないことを企んでいるんだ……
麻衣 革命とか、世界征服とかね……
ユキ うん。 
麻衣 アハハ、あたし冗談で……
ユキ ルブランならありえる。
麻衣 ……幸子はどこだろう……化代にして身につけてるはずだけど。その薬、ルブランには効かなくても、化代には効くって。男爵がそう言ってた。化代を幸子にもどせば、ルブランも化けていられなくなる。
ユキ 持ち物もみんな薬でびしょぬれ、もう何も身につけていないよ。
麻衣 でも、なんかあるでしょ、ポケットの中とか……
ユキ それはないよ。全身ビチョビチョだったから、隠して持っていても水びたしだよ。
麻衣 携帯で、誰かとしゃべってる……
ユキ 誰としゃべってるだろう?
麻衣 意地悪な顔して笑ってる。あれは人をいたぶって喜んでる顔だよ。何をしゃべってるんだろう?……ねえユキ……ユキ……
ユキ (目を開けたまま固まってる)
麻衣 ユキ、ちょっと……どうしちゃったのよ、ユキ! やだ、固まっちゃた……
ユキ (麻衣が叩くと、金属音がする)
麻衣 ちょっと、ユキ! ユキ!
ユキ ……大丈夫、ちょっと手ごろな奴に魂とばして、話を聞いてたの。
麻衣 そういうことは、ヒトコト言ってからやってくれる。びっくりするでしょ。で、誰とどんなことしゃべってたの?
ユキ 幸子さんと話してたみたい……「あんたのふりしてんのも飽きてきた。そろそろ消えてもらおうか」とか言ってた。
麻衣 あいつは並のねこばけじゃない。RPGで言えば、ラストの大ボス! 特別に魔力が強いんだ……薬も効かないし、化代も身につけなくていいくらいに……幸子は、きっと、どこかに閉じ込められているんだ。
ユキ 閉じ込めるって、どこへ?
麻衣 とりあえず、幸子の家。行ってみよう。
ユキ 待って、何かがひっかかるの……
麻衣 ひっかかるって、何が?
ユキ 何かが……
麻衣 何かじゃしょうがないでしょ。早くしないと、幸子は消されちゃうよ!
ユキ ……ねねこが言ってた、猫は携帯電話なんか持たないって……そうだよね?
麻衣 だから、あいつは並のねこばけじゃないって! 携帯使って世界の支配をたくらんでるんだ!
ユキ ちょっと待ってて(水鉄砲を麻衣に渡し、下手に去る)
麻衣 ユキ……! ったく、何を考えてんだ……あ、携帯とった!

携帯電話を奪って、もどってくるユキ。その後を血相を変えたルブランが追ってくる。

ルブラン この泥棒犬。今度邪魔をしたら、許さないって言ったでしょ!
ユキ 血相変えて追いかけてきたわね。
ルブラン 誰でも、大事なものをかっぱらわれたら、頭に血がのぼるわよ。さあ、返しなさい、わたしの携帯電話……
ユキ よほど大事な携帯ね。でも、いまどき携帯をわざわざケースにしまってる人なんているかしら……
ルブラン 出すな、ケースから!
麻衣 スンゲー! 見たこともない高級品!
ルブラン いじくるんじゃない!
ユキ ルブラン……あなた、幸子さんを携帯に変えたわね?
麻衣 え、その携帯が幸子!?
ユキ そしてこのケースは、携帯にされた幸子さんが逃げ出さないためのイマシメ。
麻衣 そうか、万一ポロリと落っことして、人が拾っちゃったら……幸子って、携帯になっても、お嬢様なんだ……
ユキ 考えたものよね、携帯に変えれば、肌身離さず持っていても怪しまれないし。そして、思う存分ネチネチ、ビシバシ言葉のパンチをあびせても自然だものね……ケースにもどしては……かわいそう、必要以上にしめあげたのね、皮ひものあとがこんなに……
ルブラン なにを他愛もないことを……

麻衣、なにかひらめいたらしく、力いっぱい携帯電話に水をかける。携帯といっしょに、ビショビショになるユキ。

ユキ 麻衣ちゃん……そういうことはヒトコト言ってからしてくれる。
麻衣 ごめん、携帯に薬かけたら、幸子にもどるかなって……だって化代にかけたらもどるって……
ユキ わたしも、そう思ったんだけど……ハックション!
ルブラン ハハハ……まるで水に落ちた犬だね。さあ返しな。それは高級品だけど、ただの携帯電話。化代なんかじゃないんだよ!
麻衣 くそ!
ルブラン 知っているかい、こんな言葉……水に落ちた犬はたたけってね!

しばし、みつどもえの立回り。おされ気味のユキと麻衣(戦いを表す歌と、ダンスになってもいい)

麻衣 ユキ、もうだめだ。こいつにはかなわないよ。
ユキ あきらめないで。ルブランのこの真剣さ、この携帯、化代に違いない!
麻衣 だって、いくらやっても効き目がないよ……(片隅に追い詰められる二人)
ルブラン フフフ、バカの知恵もそこまでさ。覚悟をおし……
ユキ この携帯、高級品……ひょっとして……(携帯の裏側をさわる)
ルブラン やめろ、さわるな!
ユキ この携帯は……高級品のウォータープルーフ。つまり防水仕様になっている。
麻衣 さすが、ゼネコン社長のお嬢様!
ユキ でも、防水仕様は外側だけ、電池ボックスを開けて、内側に、その水鉄砲を……どうやら図星ね……麻衣ちゃん、もう一度この携帯を撃って!
麻衣 よっしゃ!
ルブラン させるか!

ユキが素早く電池ボックスを開けた携帯に、あやまたず麻衣の水鉄砲が命中!

ルブラン ギャー!
麻衣 やった!
ユキ どうやら、正解だったようね。わたしの手の中で、幸子さんが、自分の鼓動をうちはじめている。
ルブラン ……なんてこと……せっかく、せっかく、ルブランの夢がかなうところだったのに……(断末魔のBG、ルブラン倒れる)

暗転。明るくなる。幸子を囲んで麻衣とユキ、「幸子さん」「幸子」と声をかけている。

幸子 わたし……わたし、もとにもどれた……もとの姿にもどれたんだ!
ユキ 幸子さん、もどれたんですね!
麻衣 ルブランも、もとの猫にもどって逃げていったわ。
幸子 ありがとう、麻衣ちゃん、ユキちゃん。
ユキ ユキでいいです。そう呼ばれなれてるから。
幸子 ううん、ユキちゃんが気づいてくれなかったら、わたし死ぬまで携帯電話のままだった。
麻衣 水鉄砲撃ったのは、あたしだからね。
幸子 ありがとう。
麻衣 でも、防水仕様には気づかなかった。これは、ユキのお手柄。しかし、ルブランてのは相当の悪だったわね。
幸子 ルブランがこうなったのも、わたしのせいだと思う。甘やかしたり、いじめたり。わたし自身、思いあがって、わがままのしほうだい。そんなわたしを、ルブランはじっと見ていたんだわ……
麻衣 あたしと、ねねこも……
幸子 わたし、ルブランを探しに行く。
麻衣 あたしも、ねねこを……
ユキ それはよした方がいいわ。
幸子 え……?
麻衣 どうして?
ユキ 今はまだ、あやまりに気づいたばかり。気づいただけだもん。もう少し時間と努力が必要だと思う。ちゃんとしたパートナーとしてつきあうために二人と二匹には……もう少し、もう少し、人と自分を見つめる時間と努力が……
幸子 そうよね……ユキちゃん、えらい!
麻衣 さすが、まどか御自慢の愛犬ユキだ!……ごめん、まどかはまだ見つかってないんだ……
ユキ ううん、大丈夫。いずれは……(ユキの骨形の携帯電話が鳴る)もしもし……え、まどか!?
二人 え……!?

ストップモーション。ユキだけが動く。

ユキ 電話は、わがあるじ犬塚まどかからでした。運よく犬の国へは行けたらしいのですが、見ると聞くとは大違い! たった半日で嫌になり、人間の世界にもどってくると言いました。わたしが、うっかりまどかの前で犬の友だちとなつかしそうにしゃべっていたことが災したようです。この点は、わたしも反省。そして、これで、わが栄町の犬猫騒動は終わりをつげました。どうです、この二人。まどかからの知らせがあった、その瞬間の表情です。麻衣ちゃんなんか、少し間が抜けて見えますが、二人とも、友の無事を知った、その一瞬の驚きと喜びがよくあらわれています……われわれペットは、こういう人間の表情を、実によく見ているものです……今のあなたたちと同じように……犬や猫が、天使になるか悪魔になるか。それはあなたたち次第。わたしは、明日まどかがもどってきたら、またもとの犬の姿にもどります。一歳ちょっとにしては小柄な、しっぽをキリリと巻き上げた、白い、一見紀州犬……もし、町で見かけたら、気軽に声をかけてください。もちろん人間の言葉で。そしてもちろんわたしは犬の言葉でお返しします。ワンワンワン、ワン! わかりました?「今日は、お元気?」ってな意味です。そのうちわかるようになりますよ、バウリンガルとかなしででも。それじゃあみなさん、
ワォーン……これ、さよならって意味ね。ワォーン、ワンワンワン……
  
これに和するように、大勢の犬の「ワォーン」重なる。キャスト、スタッフ、出られる者は全員舞台に出て、イヌとネコと人の歌とダンスになる。  
 
みんな(唄う) 桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まるような。
新しいものが来るような。
何かが、わたしを待っている。
誰かが、わたしを待っている。
そして、他の、何かを、誰かを忘れてしまう。
どこだ、どこだ、だこだ!?
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なひと。
新しきものに、心うつろう、その前に、覚えておこう。

桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まる前に。
新しいものが来る前に。
わたしは、立ち止まってみる。
わたしは、耳を澄ましてみる。
そうして、わたしは、何かを、あなたを覚えておこう。
そこだ、そこだ、そこだ!
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なあなた。
新しきものに、心うつろう、その時に、覚えておこう。
新しきところ、心ひらける、その時に、忘れぬように。     
   

【作者の言葉】
人間と動物、同じ人間がやるわけですが、その違いを意識して、というより楽しみながら
やって下さい。恥ずかしがらずに思いきりよく、そして稽古は、一回あたりの時間よりも集中に重点を置いて考えてください。水鉄砲は本水は、おそらく使えないので、リアクションしっかりやってください。最後の歌は、とりあえず創ったものです。適当に変えてもらっても。別の歌に替えてもらってもけっこうです。明るく元気なダンスもつけて、楽しいフィナーレにしていただければと思います。   


【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2《電算通信》ohーkyoko@mercury.sannet.ne.jp
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大阪府高等学校演劇連盟・劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』の勧め

2012-02-11 11:56:26 | 評論
劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』

これは個人的な推薦であり、大阪府高等学校演劇連盟の推薦ではありません

 めったに、人の芝居を事前に勧めたりはしないのですが、今月の24日~26日に行われる、この芝居は、関西大手の劇団が総力を上げた取り組みで、出演者の中には、かつて大阪府高等学校演劇連盟でご尽力いただいた西尾先生や、関西芸術座の重鎮加藤けい先生たちが出演されます。スタンダードな芝居の極め付きの完成品を観るいい機会なので紹介いたします。昨年の職員劇『美しきものの伝説』も面白く、先生と生徒のみなさんの距離を縮める点では有意義でしたが、演劇の完成度という点では、こちらの方が遙かに勉強になります。この稿は、別に推薦したブログのコピーがほとんどですが、大阪の高校演劇関係のみなさんにも知っていただきたく転載しました。

 
「ただいま~」
 そっけなく学校から帰ってきた息子が、ボサっと郵便物の束を置いていった。
 原稿打ちのキリが悪いので、そのままにしておいた。

 で、忘れてしまった。

 わたしは身の回りの始末が悪いオッサンで、座卓の周りには、読みかけの本や資料、まだ掛けていない一昨年のカレンダーや郵便物が散乱している。
 三日に一度ほど、足の踏み場を確保するために、子供だましのようなオカタヅケをやる。

 三日分の古新聞を持ち上げたら、それがスルリと座卓の横に落ちた。あ、どこかの劇団のダイレクトメール……

「ちょっと、生協来たよってに、手伝うて!」
 玄関で、カミサンが呼ばわる。わたしはカミサンの扶養家族なので、この声には逆らえない。
「はい。はいはい!」
 で、また忘れてしまった。

 その夜、パソコンの蓋というかペ-ジをとじて気が付いた。
「あ、未来の公演案内や」
 すぐに思い浮かんだのは、野江にある元町工場を改造した、懐かしの昭和むき出しの、劇団未来の劇場である。
 わたしは、穴蔵のような劇団未来の、この劇場が好きだ。わたしが芝居をやり始めた1970年代の小劇場の匂いがそのままであることが、まず嬉しい。客席は50人も入ったらイッパイ。ちょいと足を組み直したら、前の人の背中に当たる。最後尾の席でうかつに伸びをしたら、そのままひっくり返り、黒幕一枚で仕切られた受付にそのまま転落……したことはないが、最後尾で観るクセのあるわたしは、いつかやりそう。
 観客席の後ろ半分は、おそらく照明と音響のオペをやるために中二階になっているようで、いささか低い。
 次に嬉しいのは、ここの芝居を観にいくと自分が若く感じられることである。芝居が私好みの、自立演劇の空気が元気づけてくれることもあるが、観客の多くがわたしより年上の方が多く、現実に、相対的にではあるが若くしてくれる。
 創立以来の観客のみなさんが多いのだろう。慶祝なことである。

 唯一の不満は、劇場の狭さである。役者のみなさんは達者な方が多く(若い劇団員の方も、けっこういらっしゃる)この狭い舞台では、とかく芝居がはみ出しそうで、一度大きな舞台でおやりになればと、かねがね思っていた。
 今回、それが実現した。会場はクレオ大阪東。観客席のキャパは400ある。


  敗戦の日の一日前、というから昭和20年8月14日。大阪は最後の大空襲を受けた。省線(環状線)と片町線(学園都市線)のホームが立体交差するあたりに米軍の爆弾が落ち、たくさんの死傷者を出した。その大空襲から始まる、京橋界隈に生きる庶民の、おもろうて、ちょっとせつないものがたり……と、葉書には書かれていた。

 ネットでひくと、こんなコピーもあった。
  
  大阪城の東側にある商店街ー
 一人の青年と一人の娘が恋をしたー二人をめぐる家族や仲間たち、商店街の人たちの戦中から戦後にかけての成長と変遷ー
 女学校二年生で敗戦を経験した作者が明るくたくましく生きる庶民の生活を、笑いと、せつない涙でつづる、なにわの物語ー

近頃、ふつうの人が観て、笑って泣ける芝居が少なく、大阪だけではなく、日本中の観劇人口が減少傾向にある。未来の芝居は、たいてい具体的で、観ていて「なんで?」と思わせることが無い劇団である。逆に、それが若い観客には食いたらず、若い観客の動員に結びつかないところかもしれない。
 しかし、今回は気合いの入り方が違う。大阪新劇団協議会のプロディユース公演であり、出演者が多彩である。
 劇団未来、劇団息吹、劇団大阪、大阪放送劇団、関西芸術座、劇団きづがわ、人形劇団クラルテ、劇団五期会、劇団しし座、VOICE企画、劇団ひまわり、フリーの方も三名入っておられる。
 個人的に懐かしい方々もおられる。大阪の高校演劇に力をそそいでこられた先輩の西尾臣示さん。『奇跡の人』のサリバン先生で、大学生であったわたしに「すごい女優さんがいる!」と感動させていただいた、関芸の河東けいさんなどなど。
百花繚乱! 満天星座! 百鬼夜行!(失礼) とにかく昭和演劇青年のわたしにはワクワクする企画である。
  
 わたしは、作者の和田澄子さんは、存じ上げていない。予備知識はゼロである。二つのコピーには、それぞれ庶民の生活、庶民のものがたり、とある。前世紀に流行った、ウスッペラな反戦劇……には、なりようもないスタッフ、キャストの勢揃い。久々に観劇前に感激する芝居である。
 欲を言えば、これに劇団往来が絡んでいると面白いと思った。

 公演の詳細は下記へアクセスしてください。
 www.theaterguide.co.jp/search_result/paid/detail.php?id...
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劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』

2012-02-09 17:29:26 | エッセー
劇団未来創立50周年記念公演『わが街・大阪ひがし』

 「ただいま~」
 そっけなく学校から帰ってきた息子が、ボサっと郵便物の束を置いていった。
 原稿打ちのキリが悪いので、そのままにしておいた。

 で、忘れてしまった。

 わたしは身の回りの始末が悪いオッサンで、座卓の周りには、読みかけの本や資料、まだ掛けていない一昨年のカレンダーや郵便物が散乱している。
 三日に一度ほど、足の踏み場を確保するために、子供だましのようなオカタヅケをやる。

 三日分の古新聞を持ち上げたら、それがスルリと座卓の横に落ちた。あ、どこかの劇団のダイレクトメール……

「ちょっと、生協来たよってに、手伝うて!」
 玄関で、カミサンが呼ばわる。わたしはカミサンの扶養家族なので、この声には逆らえない。
「はい。はいはい!」
 で、また忘れてしまった。

 その夜、パソコンの蓋というかペ-ジをとじて気が付いた。
「あ、未来の公演案内や」
 すぐに思い浮かんだのは、野江にある元町工場を改造した、懐かしの昭和むき出しの、劇団未来の劇場である。
 わたしは、穴蔵のような劇団未来の、この劇場が好きだ。わたしが芝居をやり始めた1970年代の小劇場の匂いがそのままであることが、まず嬉しい。客席は50人も入ったらイッパイ。ちょいと足を組み直したら、前の人の背中に当たる。最後尾の席でうかつに伸びをしたら、そのままひっくり返り、黒幕一枚で仕切られた受付にそのまま転落……したことはないが、最後尾で観るクセのあるわたしは、いつかやりそう。
 観客席の後ろ半分は、おそらく照明と音響のオペをやるために中二階になっているようで、いささか低い。
 次に嬉しいのは、ここの芝居を観にいくと自分が若く感じられることである。芝居が私好みの、自立演劇の空気が元気づけてくれることもあるが、観客の多くがわたしより年上の方が多く、現実に、相対的にではあるが若くしてくれる。
 創立以来の観客のみなさんが多いのだろう。慶祝なことである。

 唯一の不満は、劇場の狭さである。役者のみなさんは達者な方が多く(若い劇団員の方も、けっこういらっしゃる)この狭い舞台では、とかく芝居がはみ出しそうで、一度大きな舞台でおやりになればと、かねがね思っていた。
 今回、それが実現した。会場はクレオ大阪東。観客席のキャパは400ある。


  敗戦の日の一日前、というから昭和20年8月14日。大阪は最後の大空襲を受けた。省線(環状線)と片町線(学園都市線)のホームが立体交差するあたりに米軍の爆弾が落ち、たくさんの死傷者を出した。その大空襲から始まる、京橋界隈に生きる庶民の、おもろうて、ちょっとせつないものがたり……と、葉書には書かれていた。

 ネットでひくと、こんなコピーもあった。
  
  大阪城の東側にある商店街ー
 一人の青年と一人の娘が恋をしたー二人をめぐる家族や仲間たち、商店街の人たちの戦中から戦後にかけての成長と変遷ー
 女学校二年生で敗戦を経験した作者が明るくたくましく生きる庶民の生活を、笑いと、せつない涙でつづる、なにわの物語ー

近頃、ふつうの人が観て、笑って泣ける芝居が少なく、大阪だけではなく、日本中の観劇人口が減少傾向にある。未来の芝居は、たいてい具体的で、観ていて「なんで?」と思わせることが無い劇団である。逆に、それが若い観客には食いたらず、若い観客の動員に結びつかないところかもしれない。
 しかし、今回は気合いの入り方が違う。大阪新劇団協議会のプロディユース公演であり、出演者が多彩である。
 劇団未来、劇団息吹、劇団大阪、大阪放送劇団、関西芸術座、劇団きづがわ、人形劇団クラルテ、劇団五期会、劇団しし座、VOICE企画、劇団ひまわり、フリーの方も三名入っておられる。
 個人的に懐かしい方々もおられる。大阪の高校演劇に力をそそいでこられた先輩の西尾臣示さん。『奇跡の人』のサリバン先生で、大学生であったわたしに「すごい女優さんがいる!」と感動させていただいた、関芸の河東けいさんなどなど。
百花繚乱! 満天星座! 百鬼夜行!(失礼) とにかく昭和演劇青年のわたしにはワクワクする企画である。
  
 わたしは、作者の和田澄子さんは、存じ上げていない。予備知識はゼロである。二つのコピーには、それぞれ庶民の生活、庶民のものがたり、とある。前世紀に流行った、ウスッペラな反戦劇……には、なりようもないスタッフ、キャストの勢揃い。久々に観劇前に感激する芝居である。
 欲を言えば、これに劇団往来が絡んでいると面白いと思った。

 公演の詳細は下記へアクセスしてください。
 www.theaterguide.co.jp/search_result/paid/detail.php?id...

  



 

 
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高校ライトノベル・嗚呼タソガレのガ行鼻濁音!

2012-02-01 00:29:34 | エッセー
嗚呼タソガレのガ行鼻濁音!
 先日、大阪市立高等学校演劇祭に行って気が付いた。芝居の出来はさまざまだけれど共通して、台詞の全ての中からガ行鼻濁音がなくなっていた。なんたる怠慢! なんたる不勉強!……と、思った。
 わたし達、昭和原始人は、芝居をやり始めたころ、こう習った。

『学校』など、単独の単語でガ行が語頭にくる場合は濁音。
『小学校』など、語中にくる場合は鼻濁音。
 と、厳しく教えられた。例外は『十五夜』のような伝統語で、それ以外にも『日本銀行』のような複合語の場合は半鼻濁音があるが、基本的には、語中のガ行は鼻濁音になる。
『青い山脈』という国民歌謡があるが、この歌の中には、鼻濁音、半鼻濁音だらけである。

   若く明るい歌声に~ の「歌声」の「ご」は半鼻濁音。
   古い上着よさようなら~ の「上着」の「ぎ」は鼻濁音。
   青い山脈、バラ色雲へ~ の「バラ色雲」の「ぐ」は半鼻濁音。
   あこがれの旅の乙女に~ の「あこがれ」の「が」は鼻濁音。
   鐘が鳴る~ の「鐘が」の「が」は鼻濁音。
   名もない花も振り仰ぐ~ の「振り仰ぐ」の「ぐ」は鼻濁音。

 というようなアンバイである。
 藤山一郎、舟木一夫、石川さゆりなどは、完全に使い分けている。
 ところが……。

AKB48の子達は全部濁音!
 AKB48のユニットで、渡り廊下走り隊、というのがあって、『希望山脈』という楽しげな歌のついでに『青い山脈』を唄っている。
 それを聞いて、タマゲタ……彼女たちの『青い山脈』は、鼻濁音も半鼻濁音もヘッタクレもなく、全部濁音であった。
 カワユサを出すための演出かと思ったら、彼女たちの歌すべてに鼻濁音、半鼻濁音が無く、全部濁音であった!
 ネットで、いろいろ検索すると、最近は鼻濁音はやかましく言わなくなったそうである。若い俳優、タレント、そしてアナウンサーまで、鼻濁音にはこだわらないそうである。
 中島みゆきを聞いてみると、彼女は使い分けていた……よく考えたら同世代。
 スマップは濁音。ビーズも濁音。秋川雅史の「千の風になって」は鼻濁音。ザードは濁音。『となりのトトロ』は鼻濁音……
 どうやら、前世紀末ごろに、ゆるやかな変化があったようだ。それを、うっかり、ぼんやり二十年ほども気づかなかったとはうかつであった。
 『ロミオとジュリエット』の愛の語らいなど、きちんと鼻濁音でやってもらわないと、しっくりこないのは、やっぱり年のせいであろうか。
 わたしは、書きながら音読するクセがある。きちんと鼻濁音、濁音を使い分けている……と、横からカミサン。
「あんた、濁音になってるし……」
 いいえ、これは倦怠期に入ったカミサンの意地悪。
「失礼な、これでも、芝居を四十四年も続けてきた……」
 そこまで言うと、わたしの横をナマイキ盛りの息子が鼻で笑っていった……。

 『女子高生HB』好評連載中(わたしの作品です)48863135.at.webry.info/theme/35b010fbfe.html

 

   
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