大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・268『今年も大晦日』

2021-12-31 11:06:15 | ノベル

・268

『今年も大晦日』さくら     

 

 

 お寺で煩わしいのんは、来訪者への対応。

 

 ピンポ~ン

 ドアホンが鳴って「はい、どちらさんでしょうか?」と対応して、普通の家やったら、まあ、五秒もあったら玄関。

 ところが、お寺であるうちの家は、三十秒はかかる。

 ドアホンの受信機はリビングにある。リビングがいちばん人が居てる確率が高いさかい。

 

 リビングでドアホンが鳴って「はい、ただいま出ます」とか言うて廊下に出て、つっかけ履いて25メートル先の山門へ出向くと、まあ、三十秒。

 タイミングが悪くて、自分の部屋に居てる時に『ピンポ~ン』鳴ったら、三秒待つ。

 リビングかキッチンに誰か居ったら、その誰かが出る。

 応対する気配が無かったら、あたしが出撃することになる!

 ドタドタドタ!

 廊下に出て階段を下りて、廊下からリビング。

 ドアホンに「はい、どちらさまでしょうか?」と、応対して、山門に出たら……一分ぐらいはかかってしまう。

 

 そこで、あたしの部屋にもドアホンの子機を付けてもろた。

 

 あたしの部屋で応対したら、廊下を逆に行って本堂から山門に出ることもできる。

 まあ、十秒足らずのショートカットやねんけどね。

「すまんなあ、なんか門番させるみたいで」

 子機のネジを締めながらテイ兄ちゃんが恐縮する。

「ううん、この方が便利やさかい」

 と、明るく応える。

 

 実はね、お祖父ちゃんが、近ごろ足やら腰やらが具合が悪い。

 昼間のリビングに居てる確率はお祖父ちゃんがいちばん高い。

 まあ、ちょっとでも役に立てばと思うワケです。せめて冬休みとか夏休みとかぐらいはね。

「さくら、偉いよ」

 留美ちゃんは尊敬してくれる。

「だって、ふつうの中学生はドアホン鳴っても出ないよ、めんどうなことは嫌だからね」

「そう……やろねえ。まあ、うちは人相手にするのは気にせえへんほうやからね」

「うん」

「あ、うちがおらん時に鳴っても、留美ちゃんは出んでええからね」

「出るよ、わたしだって!」

「おお、ほんなら門番2号っちゅうことで」

「ラジャー!」

 留美ちゃんも、ちょっと成長。

 よきかなよきかな(^▽^)

 

 で、大晦日の今朝は朝寝坊。

 

 朝寝坊と言うても、十分ほどやねんけどね。

 夕べは、受験に向けて、留美ちゃんと勉強してたんで、ちょっとポカやったんですわ。

 留美ちゃんは、あたしが寝ても「もうちょっと」と頑張ってたからね、起こさんように、チャチャッと着替えて山門へ。

 ブル……

 さすがに寒い。

 カロン コロン カロン コロン カロン コロン

 まだ薄暗い境内の石畳にツッカケの音響かせて、郵便受けから新聞を出す。

 うちの新聞は、朝日と産経。

 なんか、新聞同士ケンカしそうな組み合わせ。

 檀家さんにはいろんな人が居てるさかい、両極の新聞を読んでバランスをとっとこという営業方針かららしい。

 

 リビングに新聞置いて、ナニゲに三面を開く。

 

 北新地放火事件の容疑者が死んだ。

 この事件は、あまりにも凄惨なんで、進んで読んだり見たりはせえへんかった。

 今の記事も見だしを見ただけ、中身は読まへん。

 ブルっと身震い。

 

 昼間、留美ちゃんと勉強してたら、ドアホンが鳴った。

「はい、どちら……」

 最後まで言うまでもなく、宅配のニイチャン。

「すぐ行きま~す」

 

 認め印にぎって、本堂経由で山門へ。

 

「ちょっと重いですよ」

「だいじょうぶだいじょうぶ……」

 ズシ

 めっちゃ重たい。

 クス

 いっしゅん宅配のニイチャンが笑いよる。

「アハハ、へいきへいき(^_^;)」

 伝票見ると、重量8キロ!

 受取人は、いつものことながらテイ兄ちゃん。

 テイ兄ちゃんは、珍しいもの好きの通販オタク。また、しょうもないもんを買うたにちがいない。

 

「おお、来たか来たか!」

 従妹の苦労をねぎらいもせんと、朝ごはん食べに来たテイ兄ちゃん。

「なんやのん、このクソ重たいもんは!?」

 我ながらツンツン。

「これはやなあ……」

 ガサゴソ……

「「「な、なんやこれは!?」」」

 食卓のみんながタマゲタ。

 

 それは、縮尺1/10の釣鐘やおまへんか!

 

「今年も、除夜の鐘ツアーでけへんからなあ、発想の転換や」

「これ、ほんまに撞けるんか?」

 お祖父ちゃんが、眼鏡かけてしげしげと見る。

「あったりまえですがなあ~(^▽^)」

 ちゃんと、組み立て式の釣鐘堂もあって、文字通り朝飯前のお撞き染め。

 ゴ~~ン

「「「おお!」」」

 イッチョマエに釣鐘の音がする。

「しかし、境内には本物の釣鐘があるのに、なんや、ケッタイやなあ……」

 お祖父ちゃんは、ちょっと複雑。

 街中のお寺は、騒音になるとかで、リアルに撞けるとこは少ない。

「実はね……」

 ニヤニヤしながらテイ兄ちゃん。

「頼子さんとこにも同じもんを送ってある……」

「「「え?」」」

 

 なんと、頼子さんとうちの如来寺で、スカイプで繋いで共同で除夜の鐘を撞こうというタクラミらしい。

 

 さて、令和三年の『せやさかい』の大晦日。

 どんな年越しの夜になりますやら。

 来年もよろしくお願いいたします。

                         佐藤 さくら

 

 

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明神男坂のぼりたい・27〔思い出した!〕

2021-12-31 06:22:46 | 小説6

27〔思い出した!〕 


        


 ねえ、頼むよ!

 もう朝から三回目。
 東風先生に、顔会わすたびに言われる。

「地区総会、行ける者がいないのよ」
「美咲先輩に言えばいいでしょ!」

 三回目だから、つい言葉もきつくなる。

「美咲は休みだから、言ってんの。三年にも頼んだけど、もう卒業したのも同然だから、みんな断られた」

「……美咲先輩、見越してたんとちゃいます。今日のこと?」

 そう、今日は連盟の地区総会がある。四時半から平岡高校で。

 だれが好きこのんで、夕方の四時半に平高まで行かなきゃならないのさ。春の総会にも行ったけど、偉い先生のつまらん話聞いておしまいだった。演劇部の顧問が、なんで、こんな話ベタなんだろうと思っただけ。

 二度と御免!

「明日香、あんたクラブに籍はあるんだよ……」

 とうとう先生は、奥の手を出した。二年先の調査書が頭をよぎる。

「グヌヌ……」

「ごめん、じゃお願いね。ほれ、交通費。余ったらタコ焼きでも食べといで!」

 先生は、野口英世を二枚握らせると『前期入試準備室』の張り紙のある部屋へ入っていった。先生は入試の担当だ、仕方がないと言えば仕方がない。なんせ、試験は明日だ。

 平岡高校。

 去年、浦島太郎の変な審査で、あたしたちを抜かして本選に行った学校よ。忘れかけてたムナクソ悪さが蘇る。

 ……まあ、終わったこっちゃ。

 大人しく一時間も座っていたら済む話。交通費をさっ引いた野口君でタコ焼き食べることだけを楽しみに席に着く。

 案の定、地区代表の先生のつまらん総括の話。いつもの集会と同じように、前だけ向いて虚空を見つめる。少し自腹を切ってタコ焼きの大盛りを食べようと考える。

「……というわけで、今年度のコンクールは実り多き成果を残して終えることができました」

 地区の先生の締めくくりの言葉あたりから、タコ焼きの影が薄くなって、消えかかってた炎が大きなってきた。

「では、各学校さんから、去年を総括して、お話ししていただきます。最初は……」

 このあたりから、タコ焼きの姿は完全に消えてしまった。みんな模擬面接みたいな模範解答しか言わない。

「え、次はTGH高校さん……」

 で、まず一本切れた。

「あんなショボイコンクールが、なんで成功だったのか、あたしには、よく分かりません。観客は少ないし、審査はいいかげんだし……」

 会場の空気が一変したのが分かった。

 驚き、戸惑い、怒りへと空気が変わっていくのが、自分でも分かった。だけど止まらない。

「いまさら審査結果変えろとは言いません。だけど、来年度は、なんとかしてください。ちゃんと審査基準持って、数値化した審査ができるように願います。あんな審査が続くようだったら、地区のモチベーションは下がる一方です」

「それは、無理な話だなあ。全国の高校演劇で審査基準持ってるトコなんかないよ」

 連盟の役員を兼ねてる智開高校の先生がシャッターを閉めるみたいに言う。

 あたしは、ものには言いようがあると思ってる。

 一刀両断みたいな言い方したら、大人しい言葉を思っていても、神経が逆撫でされる。

 頭の中でタコ焼きが焦げだした。

「なんでですか。軽音にも吹部にも、ダンス部の大会でも審査基準があります。無いのは演劇だけです。怠慢じゃないですか!?」

 言葉いうのはおもしろいもので、怠慢の音が自分のなかで「タイマン」に響いた。あたしは、ますますエキサイトした。

「そんな言われ方したら、ボクらの芝居が認められてないように聞こえるなあ……」

 平岡の根性無しが、目線を逃がしたまま言った。

「だれも、認めないとは言ってない! それなりの出来だったとは思う。ただ審査結果が正確に反映されてないって言ってるんです!」
「そ、それは、ボクらの最優秀がおかしい言うことか!?」
「そう、あれは絶対おかしい。終演後の観客の反応からして違ったでしょうが!」
「なんだって!?」
「思い出してみてよ! 審査結果が発表されたときの会場の空気、あなたたちだって『ほんとうか?』って顔してたでしょうが!」
「だけど、ボクたちが選ばれたんだ!」
「あれのどこが最優秀よ! 台詞は行動と状況の説明に終始して、生きた台詞になってない。ドラマっちゅうのは生活よ! 生きた人間の生活の言葉よ! 悲しいときに『悲しい』て書いてしまうのは、情緒の説明。落としたノート拾うときの一瞬のためらい。そういうとこにドラマがあるのよ。あんたたちのは、まだドラマのプロットに過ぎない。自己解放も役の肉体化もできてない学芸会よ!」

 お父さんが作家のせいか、語り出したら、専門用語が出てくるし、相手をボコボコにするまでおさまらない。

「そんなに、人を誹謗するもんじゃない!」

 司会の先生が、声を荒げた。

「なにを、シャーシャーと言ってるんですか! もともとは、こんな審査をさせた連盟の責任でしょうが!?」

「き、きみなあ……!」

「さっさと、審査基準作って、公正な審査しないと、毎年こうなるの、目に見えてるじゃないですか!」
「あ、あんまりよ、あなたの言い方は!」

 ○○高校の子が赤い顔して叫んだ。

 こいつは本気で怒ってない。ほんとうに怒ったら、涙なんか出ない。顔は蒼白になって目が座るもんだ。

 ドッカーーン!

 タコ焼きが爆発した。

「あんたねえ、この三月に、ここに居る何校かと組んで合同公演やるんだってね。ネットに載ってたわよ。嬉しそうに劇団名乗って、学校の施設使って何が劇団よ! 合同公演よ! なんで自分のクラブを充実させようとしないの! 演劇部員として技量を高めようとしないの!」

 ……あとは修羅場の愁嘆場だった。

 これだけもめて、公式の記録には――第六地区地区総会無事終了――

 

 帰りに明神さまに手を合わせたら、なんだかソッポを向かれたような気がした。

 

 ごめんなさい、ちょっとやり過ぎてしまいました。

 ちょっと?

 あ、いえ、かなり……え、今の声は?

 

 見回しても、近くに人影は無い。随神門のあたりを掃除している巫女さんが見えるだけ。

 拝殿に一礼して、巫女さんにも小さくお辞儀して男坂を下りて帰りました。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

 

 

 

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紛らいもののセラ・4『鎮魂の花より団子』

2021-12-31 05:18:08 | カントリーロード

らいもののセラ

4『鎮魂の花より団子』 




 ひょっとして復讐めいた記事を書かれるんじゃないかと覚悟はしていた。

 経過観察の入院が終わった昨日、セラは兄の車で事故現場に寄った。

 途中花屋さんで鎮魂の花束を作ってもらった。

 その日の朝に、死亡者が39人と分かったので、39本の白菊を中心にカスミソウであしらってもらった。

 事故から三日たっているので、現場検証は終わっていたが、谷底の焼けただれたバスの残骸はそのまま。

 バスが転落したところには、すでに数十本の花束が並べられ、遺族と思われる人たちが十数人塑像のように立っていた。

 離れたところで車を降りると、セラ一人で転落現場に歩を進めた。十メートルほど手前で、遺族の人たちと谷底のバスに一礼した。その挙措と顔立ちでセラと知れたのだろう、数人の遺族と、その倍のマスコミに取り囲まれた。

「セラさんね、よかったわね……あなた一人だけでも助かって」
「さ、あなたの花束は真ん中に」
「いえ、そんな……」

 ここまではよかった。

 花をささげ、しゃがんで合掌している背中から、マスコミが質問攻めにしてくる。

「申し訳ありません、言うべきことは記者会見で申し上げました。これ以上の質問は勘弁してください」
「あ、あんた黙とうの時に抜け出した〇〇新報だろ!」
「週刊△△もいるじゃないか!」
「いや、わたしたちは……」

 遺族のオバサンが、道を作ってくれたので、セラは駆け足で兄の車に向かい、そのまま事故現場を離れた。兄の竜介を車に残しておいて正解だった。かっこうの取材ネタと、記者たちに取り巻かれ、遺族の人たちを巻き込んで一騒ぎになったかもしれないところだ。

「セラ、もうこのことは、しばらく忘れろ。早く日常生活に戻った方がいい」

 ハンドルを切りながら、竜介が労りの籠った忠告をしてくれた。

 夕方家に帰ると、担任の北村と教頭のアデランスが来ていた。

「大変だったわね世良さん。病院に行こうかと思ったんだけど、あの混雑ぶりを見て、お家へ帰ってくるまで待たせてもらったの。ごめんなさい」

 教頭のアデランスが、セラの顔色を窺うようにして頭を下げた。

 学校は叩かれやすい。半ば学校のアリバイとして来ているのは分かっている。しかし正直家にまで来られるのはゲンナリだった。が、セラはおくびにも出さない。

「ご迷惑をおかけしました。学期はじめの忙しいときにわざわざ恐縮です。でも完全に異常なしです、お医者さんの診断書もあります。ご心配なさらないでください。必要なら、明日校長先生に事情の説明とお礼を申し上げさせてもらいます。だから、始業式なんかで、特にわたしのことをとりあげるのは勘弁してください」

 それから10分ほど話して北村とアデランスは帰って行った。

 二人とも悪い先生じゃない。ただ学校の体面に縛られているだけなんだ……セラは、思いのほか疲れていない自分に驚いた。以前のセラは、少し神経質で、ちょっとしたことでくたびれてしまう方だったが、今は兄の竜介の方が参っている。

「お母さん、手っ取り早く食べられるものないかな。わたしもお兄ちゃんも、ほとんどガス欠!」

 竜介のことを「お兄ちゃん」と呼んだので母の百恵は驚いたが、顔には出さず、到来物の団子を出した。

――鎮魂の花より団子!――

 そんな見出しで、鎮魂の祈りにぬかずくセラと、団子を食べるために大口を開けているセラの二枚の写真がSNSに出回った。

 写真の写し方から、プロの仕業と思われた。

「江戸の敵を長崎で……」

 始業式の日は、この写真を中心にセラのことが話題になっていたが、セラは、程よく頬を赤らめることでごまかした。

 あたしって、いつからこんなに図太くなったんだろう……紛らいもののセラは、ようやく驚きはじめた。

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銀河太平記・086『助っ人隊を迎える』

2021-12-30 14:48:02 | 小説4

・086

『助っ人隊を迎える』 本多兵二    

 

 

 村長、ほんとうにありがとう!

 

 社長は深々と頭を下げた。

 本業が扶桑幕府の小姓なので、篤実な礼儀作法に特別に感心することはない。

 でも、日ごろから島中が友達付き合いのような西ノ島では、社長の礼儀は際立っている。

 

「よしてくれ、同じ島の開拓者だ、困った時はアイミタガイ……あってるよな、兵二?」

「はい、お互い様、英語では『We're faced with the same deifficuity』です。それで合っています」

「ということだから、気にしないで使ってやってくれ。お前らも自分の村だと思って働いてくれよ」

「合点だ、村長!」

 サブが拳を突き上げ、三十人ほどのお助け隊が「おお!」と声をあげる。

「ありがとう、感謝の仕方というのは、こういう感じのしか知らないので、申し訳ないです」

「ほら、また頭を下げる」

「あ、これは……」

 ワハハハハハ

 お助け隊を出迎えた広場は暖かい笑いに満ちた。

 

 落盤事故で、かなりの死者と怪我人を出したので、ナバホ村もフートンも、それぞれ三十人ほどの人とロボットを貸してくれることになった。

 昼前にフートンのお助け隊がきて、同じように礼を言って主席に笑われたところなので、社長は顔を赤くして頭を掻くしかない。

「将軍や森ノ宮さまと同じ感じね」

「そうだね」

 恵の感想に相槌を打つ。

 ヒムロ社長は、遡れば、伝統的に礼儀にうるさい家系の出なのかもしれない。

 しかし、礼儀と言うのは型に過ぎないから、心が籠っていなければ、ただの慇懃無礼。

 かえって反発や不信を買ってしまう。

 まだ、この人を知って一か月にならないが、ヒムロ社長は「本物なのかも」しれない。

「本物か……」

「ん?」

「フフ、声に出てたわよ」

「え、そう?」

「おや、あれは……」

 

 メグミが顔を向けた先には、三人の少年を引き連れたお岩さんが食堂に向かっている。

 食材を猫車や台車に載せて運んでいる様子だ。

 

「お岩婆さん、三人を手下にしやがった」

 隣の岩場でシゲさんが、不足そうに腕を組んでいる。

「手下ですか」

「おうよ、作業体と……なんてったけ、オートマ体? 二つに使い分けられるようになってから、子分みたいに使ってやがる」

「わたしのせいじゃないわよ」

「わーってるよ。パチパチは働きもんだからよ」

 シゲさんなりに感心しているんだ。照れ隠しなんだろう、石ころを蹴飛ばし、鉢巻を締め直しながら鉱区の方へ行ってしまった。

「兵二も、こっちに居続け?」

「うん、村長が『なんなら移籍してもいいぞ』って」

「ふうん……お互い、火星から因縁の仲ね」

「ああ、そうだね」

「あたし、本性は天狗党なんだけど……兵二は、そういうとこ聞いてこないね?」

「君のことは、お城に居る時に調べまくったからね……」

「え、あ……その目つき、なんだかヤラシイんですけど」

「でも、一つだけ」

「なによ?」

「メグミの外見、緒方未来だろ?」

「これはね……」

「まさか……ひょっとして固着してる?」

「うっさい! あたし、食堂の手伝い行って来る、パチパチは夕方には作業機械に戻っちゃうからね……」

 

 いちどゆっくり話してみるか。

 そう思って、僕も午後の作業の準備にかかる。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長 
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

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明神男坂のぼりたい25〔あ、忘れてた〕

2021-12-30 07:54:53 | 小説6

26〔あ、忘れてた〕 


                       


 バレンタインデーを忘れてた!

 バレンタインデーは、佐渡君が火葬場で焼かれた日だったので、完全に頭から飛んでいた。

 もっとも覚えていても、あたしは、誰にもチョコはあげなかった。

 うちは、お母さんがお父さんにウィスキーボンボンをやるのが恒例になっている。だけど、ホワイトデーにお父さんがお母さんにお返ししたのは見たことがない。

 あたしに隠れて? それはありえない。

 お父さんは、嬉しいことは隠し立てができない。

 年賀葉書の切手が当たっても大騒ぎする。まして、自分が人になにかしたら言わなくてはすまないタチ。

 結婚した最初のお母さんの誕生日にコート買ったのを、今でも言ってるくらいだしね。

 実のところは、ウィスキーボンボンの半分以上はお母さんが食べてしまうから、そう感謝することでもなかったりするんだけどね。

 佐渡君には、チョコあげたらよかった思ったけど、後の祭り。

 それに、あたしが見た佐渡君は、おそらく……幻。

 幻にチョコは渡しようがないよね。

 

 あ、一人いた!

 

 学校の帰りに思い出した。

 絵を描いてもらった馬場さんにはしとかなくっちゃ。

 で、帰り道、御茶ノ水のコンビニに寄った。

 さすがに、バレンタインチョコは置いてなかったので、ガーナチョコを買った。

 包装紙はパソコンで、それらしいのを選んでカラー印刷。A4でも、ガーナチョコだったら余裕で包める。

「こういうときって、手紙つけるんだろなあ……」

 けど、したことないので、いい言葉が浮かんでこない。

 べつに愛の告白じゃない、純粋にお礼の気持ちだ……感謝……感謝、感激……雨アラレ。

 馬鹿だなあ、なに考えてんだろ。


「マンマでいい!」
「わ、ビックリした!」

 お父さんが、後ろに立っていた。

「珍しいな、明日香が周回遅れとは言え、バレンタインか……」

「もう、あっち行って!」

 

 ありがとうございました。人に絵描いてもらうなんて、初めてです。

 チョコは、ほんのおしるしです。

 これからも、絵の道、がんばってください。

             鈴木 明日香

 

「あ、バカだあ! 便せんに書いたら、チョコより大きいよぉ。別の封筒に入れるのは大げさだし……」
「これに、書いときな」

 お父さんが、名刺大のカードをくれた。薄いピンクで、右の下にほんのりと花柄……。

「お父さん、なんで、こんなん持ってんの!?」

「これでも作家のハシクレだぞ、こういうものの一つや二つは持ってる」
「ふ~ん……て、おかしくない?」
「おかしくない。オレの書く小説って、女の子が、よく出てくるからな……」

 頭を掻きながら出ていった。とりあえずカードに、さっきの言葉を書き写す。

「あ……これ感熱紙だ」

 パソコンでグリーティングカードで検索したら、同じのが出てた。

「まあ、とっさに、こんなことができるのも……才能? 娘への愛情? いいや、ただのイチビリだ」

 

 で、今日は三年生の登校日。

 

 メール打つのにも苦労した。

 何回も考え直して「伝えたいことがあります」と書いて、待ち合わせは美術室にした。

「え、もらっていいの? オレの道楽に付き合わせて、それも、元々は人違いだったのに(^_^;)」

 嬉しそうに馬場さん。

 だけど、最後の一言は余計……。

「明日香……なにかあったな、人相に深みが出てきた」
「え、そんな、べつに……」

「これは、ちょっと手を加えなきゃ。そこ座って!」
「は、はい!」

 馬場先輩は、クロッキー帳になにやら描き始めた。

「ほら、これ!」

 あたしの目と口元が描かれてた。それだけで明日香と分かる。やっぱり腕だなあ。

「なにか胸に思いのある顔だよ。好きな人がいるとか……」

 とっさに、関根先輩の顔が浮かぶ。

「違うなあ、いま表情が変わった。好きな人はいるようだけど、いま思い出したんだ」

 なんで、分かるの!?

「なんだか、分からないけど、寂しさと充足感がいっしょになったような顔だ」

 ああ、佐渡君のことか……ぼんやりと、そう思った。

 

 帰り道、七日ぶりに明神さま。

 佐渡君の事故やら葬式やらがあったんで、明神さまの境内を通るのを遠慮していた。

 正確には、もっと控えなきゃいけないんだろうけどね。

 

 きちんと、二礼二拍手一礼。

 お賽銭も200円(お正月でも100円だから、奮発してる)

 

 お参りしてから思った。

 神田明神チョコとかあったら、ぜったい売れる!

 

 思ったことは表情に出る、馬場先輩も言ってたよね(#^_^#)

 

「あら?」

 授与所の巫女さんに見られてた。

 でも、巫女さんは余計なことは言わない。「あら?」だけ。

 奥ゆかしい。

 でも、なんだか恥ずかしいところを見られたようで、収まりが悪い。

「明神チョコってないんですか?」

 照れ隠しにバカなことを口走る。

「あ、それアイデアね!?」

 ポンと手を叩いて意外の反応。

 むろん、バカな明日香に合わせた冗談なんだけど、清げな巫女服姿で当意即妙で返されると、もう尊敬。

 一週間のご無沙汰やら周回遅れのバレンタインやらの事情と、明日香の気持ちと、そういう諸々を、ポンと手を叩いて親しみに変えてしまう。

 やっぱり、あたしの明神さまだ。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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紛らいもののセラ・3『初めての「お兄ちゃん」』

2021-12-30 05:50:27 | カントリーロード

らいもののセラ

3『初めての「お兄ちゃん」』 

 

「セラ……おまえどこか打ったか?」

 兄妹になって4年、初めて妹は兄竜一のことを「お兄ちゃん」と呼んだ。

 それもバス転落事故で奇跡的に命が助かり、意識が戻った、その場に兄がいて……そこで発した言葉、それが義理の兄妹としての垣根でであった「お兄ちゃん」という呼びかけであったのである。

 竜一は感動のあまり、冗談めかしく答えなければ涙が出てくるところだった。

 セラも思った。お兄ちゃんという呼び方が一番自然で無理が無い。どうして自分は竜一のことを素直に呼べなかったんだろうと。

 気のせいか、こうして生きてることが、とても新鮮だった。

 病室の窓には降りしきる雪、無機質な病室の機器や、そこから発せられる電子音、腕に刺さった点滴の針、そして肌の違和感……。

「あ……あたし、この病衣の下、スッポンポンだ!」

「そりゃ、あれだけの事故の後だ、全身の精密検査やっただろうからな。それより先生呼ぶぞ」

 竜一は、義理という垣根の取れたセラとの時間が愛おしかったが、逆にそういう脆さをセラに知られるのも恥ずかしく、直ぐにナースコールでドクターを呼んだ。

 医師二人とナースが三人やってきた。簡単な問診や検査があったが、すでにCTや脳波検査も終わっている。医師の一人は精神科だ。

「一晩経過観察で泊まってもらいます。事故の瞬間のことなんかフラッシュバックすることがありますので、お兄さんも付いていてください」

「はい、母も昼には来ると思いますので。家族でしっかりケアします」

「それはよかった。こういう大事故から生還すると、後のメンタルケアが重要ですから」

 その晩は、やってきた母と兄の三人でくつろげた。

 父からはメールがきていた。

 仕事が忙しく行けないことを詫び、家に帰ったら会社まで顔を見せに来いという仕事一徹な中にも、父らしい心配と労いがこもっている内容だった。

「嫌なら断ってください。集まったマスコミが記者会見を申し入れてきました」

 あくる朝、医師が検診のついでに言った。言葉の感じから「断っていいよ」という気持ちが感じ取れた。

「いえ、お受けします」

「「え?」」

「わたし以外の乗客はみんな亡くなられたんです、お話ししておく義務があると思います」

 引っ込み思案なセラがはっきり言ったので、母も兄も驚いた。

「A新聞です。それでは事故当時は、眠っていらっしゃって、事故前後の記憶はないということですね」

「はい、スキーの帰りですから、発車して5分もすると寝る人が出始めて、わたしも20分ほどで眠ってしまいました。だから寝てからのことは分かりませんが、バスにも運転手さんにも特別に変わったことはありませんでした」

 セラは、予想していたので、事故の状況は覚えている限り綿密に答えておいた。しかし、マスコミと言うのはくどいなあと思い始めた。

「週刊Bです。お見かけしたところ、とても美しくていらっしゃって……そのセラさんはハーフでいらっしゃるんですか?」

「そのご質問は事故とは関係ありませんので、お答えできません」

 セラが言う前に、医師が遮った。

「いえ、お答えします。ここで答えなくても、あとで取材に来られるでしょうから。ここで言っておいた方が互いに手間が省けます」

「血縁上のお父様は?」

「アメリカ人でした。6年前に交通事故で亡くなって、4年前に母が今の父と再婚しました。申し上げておきますが血縁上の父は、人を守ろうとして起こった事故です。本人の名誉のために、それ以上のお答えはできかねます。申し上げておきますが、わたしにはアメリカの市民権もあります。行き過ぎた取材にはアメリカの民法も適用されますので、ご留意ねがいます。わたしがハーフであることに関しては以上です。こちらからお聞きしていいですか?」

 きっぱりした答えに、居並んだ記者たちは一瞬言葉が出なかった。

「わたしは、会見の最初に、亡くなった方々への鎮魂の言葉を述べました。40人近い方が亡くなりました。記者の皆さんからお言葉はありませんでした。亡くなった方々とご家族の方々のために、一分間の黙とうをして会見を終わりたいと思います」

 完全にセラが会見をリードした。黙とうが終わった後、セラはとどめを刺した。

「黙とうの前より人数が減っています。起きたばかりの惨事に哀悼の意を示せないなんて、マスコミ以前に人間として問題を感じます。ぜひ、その記者の方々を取材されることをお勧めします。では、これで失礼します」

 紛いもののセラが第一歩を踏み出した……。

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明神男坂のぼりたい24〔それはない!〕

2021-12-29 06:45:38 | 小説6

25〔心に積もりそうな雪〕  


       

 生まれて初めて学校をズル休みした。

 ズルだというのは、お父さんもお母さんも分かってるみたいだったけど、なにも言わなかった。

 夕べ、ネットで近辺の葬儀会館調べまくった。

「そちらで、佐渡さんのご葬儀はありませんか?」

 六件掛けて、全部外れ。

 自宅葬……いまどき、めったにない。

 それに佐渡君の家の様子を察すると絶対無い。あとは、公民館、地区の集会所……これは、調べようがない。

「ほとけさんは、必ず火葬場に行く、あのへんだったら、○○の都営火葬場だろなあ」

 お父さんが、呟くようにして言った。時間も普通一時から三時の間だろうって呟いた。

「行ってくる……」

 お父さんは、黙って一万円札を机の上に置いた。

「最寄りの駅からはだいぶある。タクシー使え」
「ありがとう。でも、いい」

 そう言うと、三階から駆け下りて、坂の上にペコリ。

 チャリにまたがると、火葬場を目指した。

 佐渡君は、あんな死に方したんだ。タクシーなんてラクチンしちゃダメだ。

 家から一時間も漕いだらいけるだろう。

 スマホのナビで、五十分で着いた。

 補導されるかもしれないけど、ウィンドブレーカーの下に制服を着てきた。

 いつもルーズにしているリボンもちゃんとしてきた。

 こんなたくさんの人て死ぬのかっていうほど、霊柩車を先頭に葬儀の車列がやってくる。

 むろん通勤電車並ではないけど、感覚的にはひっきりなし。

 あたしは霊柩車とマイクロバスに貼ってある「なになに家」いうのをしっかり見ていた。


 ……八台目で見つけた。

 

 霊柩車の助手席に、お母さんが乗っている。事故の日とちがって、ケバイことは無かった。

 霊柩車の後ろのマイクロバスは、半分も乗っていない。ワケありなんだろうけど寂しいなあ。

 窓ぎわに佐渡君に似た中坊が乗っている。弟なんだろうなあ……。

 火葬場に着いたら、だいたい十五分ぐらいで火葬が始まる。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの葬式で見当はつくようになった。


「十五分。いよいよ……」


 数珠は持ってけこなかったけど、火葬場の煙突から出る湯気みたいな煙に手を合わせた。待ってる間は自転車漕いできた熱と、見逃してはいけないという緊張感で寒くなかったけど、足許から冷えてきた。

 焼けて骨になるのに一時間。一時間は、こうしておこう思った。

 佐渡君は、たった一人で逝ってしまたんだから……。

 

「ありがとう、鈴木」

 

 気がついたら、横に佐渡君が立っていた。


「佐渡君……」

「学校のやつらに来てもらっても嬉しくないけど、鈴木が来てくれたのは嬉しい」

「あたし、なんにもできなかった」

「そんなことないよ。破魔矢くれたし、救急車に乗って最後まで声かけてくれた。女子にあんな近くで名前呼んでもらったの初めてだ。それに、手を握ってくれてたよなあ」
「え、そうだった?」
「そうだよ。鈴木の手、温かくて柔らかくって……しょうもない人生だったけど、終わりは幸せだった。ナイショだけどな、夕べ、オカンが初めて泣いた。オカンはケバイ顔とシバかれた思い出しかなかったんだけどな。オレ、あれでオカンも母親だというのが初めて分かった」

「佐渡君……」

「だけど、ほんの二三秒だよ。オカンらしいよ…………じゃ、そろそろ行くな」
「どこ行くの?」

「さあ、天国か地獄か……無になるのか。とにかく鈴木にお礼が言えてよかった……」

 佐渡君の姿は急速に薄れていった。あたしの意識とともに……。

 

「おう、やっと気がついたか」

 気が付いたら、火葬場の事務所で寝かされてた。

「なんか、ワケありの見送りだったんだね。冷たくなってただけだから、救急車も呼ばなかったし、学校にも連絡はしなかったよ。まあ、これでもお飲み。口に合うかどうかわからんけどな」

 事務所のオジサンが生姜湯をくれた。

 暖かさが染み渡る。

「ありがとう、美味しいです」
「もっとストーブの傍にに寄りな。もう、おっつけご両親も来られるだろうから」

「え、親が?」

「ほっとくわけにもいかんのでなあ、生徒手帳とスマホのアドレス見せてもらった」

「いえ、いいんです。あたしの方こそ、お世話かけました」

 オジサンは、それ以上は喋らず、聞きもしなかった。佐渡君も、いろいろあったんだろうけど、それは言なかった。

 そして、だんご屋の軽ワゴンで、お父さんとお母さんが迎えに来てくれた。

 車の窓から外見たら、心に積もりそうな雪がちらほらと降ってきた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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紛らいもののセラ・2『アレンジミス またも突然に』

2021-12-29 05:22:36 | カントリーロード

 らいもののセラ

2『アレンジミス またも突然に』     




「部長、アレンジミスです!」

「アレンジミスだと?」

「バスの転落事故です!」

「……詳細を報告せよ!」

 部長天使サリエルは、またかという顔で、部下の課長天使に命じた。

「これです」

 課長の返事と共にプロジェクターに詳報が浮かんだ。

「……谷底に落ちて炎上、乗員乗客全員死亡。無理のない結果だ」

 サリエルは、そう言いながら、今日一日で死んだ200431人の死因と因果関係のチェックに余念が無く、課長天使の言葉を1秒後には忘れてしまった。

「……この中に世良セラが入ってしまいました」
「なんだと……!?」

 サリエルの手がピタリと止まった。

「同姓同名ではなかろうな?」

「はい、係長、主査、主事以下三度ずつ調べましたが、あの世良セラに間違いありません」

「セラは、ラファエル大天使の計画には欠かせない人間、まだ70年ほどの余命があるはずだが」

「それが、ふと思い立って格安バスツアーにいくという想定外の行動に出まして……」

「クリストフォロス(旅行の聖人)の勇み足か。あいつ、このごろノルマの達成に目の色変わってるからな」

「平和は『国際的な相互理解から、世界の民を旅立たせよ』とか、指導が厳しゅうございますから。しかし、ミスはミス。抗議しておきましょうか?」

「バカ、そんなことをしたら、こちらにもトバッチリがくるではないか……時間を巻き戻して救けてしまおう!」

 サリエルは、モニターを見ながら、事故直前まで時間を巻き戻した。

「ちょっと無理な設定だが、奇跡的に助かったってことにしよう」

「バスは50メートルも転落しています。助かったというのは……」

「割り当ての奇跡クーポンがあるだろう!」

「年始早々です、この先なにがあるか……」

「つべこべ言わずにやれ! このままでは始末書ぐらいじゃすまなくなるぞ!」
「は、はい、分かりました」

 課長は、天使のパソコンに入力し始めた。

「ちょっ、なんでお前がわたしのパスワード知ってるんだ……?」

「あ、部長のパスワード簡単ですから……リエリサ……芸がないですね、名前のでんぐり返しだけじゃ……あ!」
「どうした!?」
 
 サリエリが大きな声を出したので、周りの天使たちがびっくりした。

「いやあ、さすが部長のCPは高性能だと、びっくりしました。アハハハ」

「アハハ、それだけ大事な仕事をしているということだ! で……どうした?」

「セラの魂はすでに浄化されております……」

「そんな……天国には何百億って魂がいるんだぞ、部署も違うし、内部処理だけじゃすまなくなるぞ!」

「…………背に腹は代えられません」

「なにか、いい考えがあるのか?」

「2年連続勤務評定1で、堕天使になった者がおります。こいつのソウルを代わりに入れておきます」
「そ、それでいけ、それで。セラの経験や記憶は、まだ体の中にある。なんとか奇跡的生還で辻褄をあわそう」

 こうやって、堕天使某のソウルはセラの肉体に宿った……。

「おーーい、ここに生存者がいるぞ!」

 消防団員の一人が、崖に張り出した樹の枝に積もった雪の上、その真綿布団にくるまれたようなセラを発見したのは、生存者はいない模様と、地元警察が発表しようとしていた数分前、夜の白々明けのころであった。

 もともとアメリカ人とのハーフで顔立ちの整ったセラではあったが『まるで眠れる天使のようだった』と発見した消防団員の弁であった。

「セラ、俺だ、竜介だ! 目を覚ませ!」

 徹夜で車をとばしてきた兄の竜介が声をかけたとき、セラは意識を取り戻した。

「あ……お兄ちゃん」

 それは奇跡的な、そして感動的な、セラ生還の声であった!

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鳴かぬなら 信長転生記 51『朝飯で予定通りの恥をかく』

2021-12-28 11:45:27 | ノベル2

ら 信長転生記

51『朝飯で予定通りの恥をかく』信長  

 

 

「お前たち、旅の者か?」

 

 伍長の袖章を付けたのが聞いてきた。

「はい、貧盃(ひんぱい)から豊盃に参ります」

 貧盃と言うと、蔑み半分、親しみ半分の反応。

「仕事を探しに来たのか?」

「はい、豊盃の親類を頼ってと思っています」

「男であれば、すぐにでも仕事にありつけるだろうになあ、惜しいことに女かあ」

 体格はいいが、ちょっと足りなさそうなのが言う。

「男なら、仕事が?」

「おうさ、大戦(おおいくさ)の前だからな、兵隊はいくらでもいる」

「いや、女でも仕事はあるだろ」

 デブが、好色そうな目を向ける。

「女でも仕事が?」

 一歩前に出たのは興味からではない。市の気配が険しくなってきたからだ。

「そうさ、勝ち戦の後は昂ってるからよ、みんな女が恋しいさ」

 アハハハ

 伍長を除く巡邏隊が下卑た笑い声をあげる。

「まあ、それを狙った悪い口入屋(くちいれや)も出てくる、気を付けていけ」

「はい、ありがとうございます」

「うむ」

 軽く頷くと、伍長は巡邏隊を引き連れて街道を西へ向かって行った。

「いけすかない奴ら」

「そうでもない、袖の下を無心することもなかったし、乱暴を働くこともなかった。統制がとれている」

「そーお、デブもマッチョもイヤらしかった」

「そうだな、戦が長引けば崩れそうな奴らだが、今は、あの伍長程度の者でも仕切れている」

「貧盃ってなに?」

「はるか西の街だ」

「よく知ってるわね」

「忠八がメモをくれている」

「え、あんたにだけ!?」

「市への気遣いだ」

「わたしをハミっといて気遣い!?」

「違う、俺にリードさせることで市を守ろうとしているんだ」

「…………」

 分かってはいるようだ。

 自分の才に自信はあるのだろうが、こと実戦にかけては兄の俺の方が上だ。

 こだわりながらも呑み込めるのは、市も戦国を生き抜いた女だからだろう。

 そう思うと不憫でもないが、とにかくは任務を果たすことだ。

「……お腹空いた」

「そう言えば、こっちに来てなにも食ってないな」

「なんか、雑然としてない? 目につく食べ物屋も薄汚いし。これでも、郡都なの?」

「さあな……」

「ムムム……」

 空腹と物珍しさ、そして、持ち前の好奇心で、市は五分ほどでテラス式の飯店を見つけた。

「あそこがオシャレ!」

 通り寄りの席につくと、修学旅行の女生徒のようにウエイトレスを呼ぶ。

「すみませーん、オーダーお願い!」

 いらっしゃいませの返答も待ちきれずにメニューの一点を指し示す。

 こういう決断は早くて適格だ。

「はい、三国朝定食、お二つですね」

「あ、それから、朝の点心もね」

「はい、点心は、メニューのこちらからお選びください」

「これは、ニイに選ばせてあげる」

「であるか……」

「さすがに豊盃ね、探せば、こんなお店もあるのね」

「ありがとうございます。でも、お客さま、ここは豊盃じゃありませんよ」

「え!?」

「豊盃の手前の酉盃(ゆうはい)ですよ、この店は『豊盃茶館・酉盃支店』でございます。お客さま」

「え、そうなの!?」

「はい、豊盃には、うちの本店もございまして、酉盃の十倍ほども大きな街ですよ」

 アハハハ

 周囲の客の反応は、さっきの巡邏隊に近かく、完全に田舎者認定……狙い通り、お上りの二人連れになれた。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 

 

 

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明神男坂のぼりたい24〔それはない!〕

2021-12-28 08:21:44 | 小説6

24〔それはない!〕  

     


 それはない!

 クラスのみんなが口々に言う。

 このクソ寒いのに体育館で緊急の全校集会だと副担任のショコタンが朝礼で言ったから。

 担任の副島(そえじま)先生じゃないことを誰も不思議には思わない。

 この冬一番の寒波の朝に体育館に集まれということに怒りの声をあげている。

 

 あたしは知ってる。

 だけど言えない。

 体育館は予想以上に寒かった。

 だけど防寒着の着用は認められない。

 校長先生が前に立った。

「寒いけれど、しばらく辛抱してください…………今朝は、君たちに、悲しい知らせがあります」

 ちょっとだけざわついた。

「こら、静かにせんか!」

 生指部長のガンダム(岩田武 で、ガンダム)が叫んだ。

 叫ぶほどのざわつきじゃない。三年生が登校してないので人数的にもショボイ。

 ガンダムの雄叫びは、逆にみんなの関心をかき立てた。

「なにか、あったのか?」的なヒソヒソ声もしてきた。

「昨日、一年二組の佐渡泰三君が交通事故で亡くなりました」

 

 えーーーーーーーーーーーーー!

 

 ドヨメキがおこったけど、これにはガンダムも注意はしなかった。

「昨日、石神井の駅前で暴走車に跳ねられ、一時間後に病院で死亡が確認されました。跳ねた車はすぐに発見され、犯人は逮捕されました……しかし、逮捕されても佐渡君は戻ってきません。先生は、今さらながら命の大切さとはかなさを思いました。ええ…………多くは語りません。皆で佐渡君に一分間の黙祷を捧げます……黙祷!」

 黙祷しながら思った。

 校長先生は、佐渡君のこと個人的には何も知らない。仕事柄とは言え、まるで自分が担任であるみたいに言える。これが管理職の能力。

 裏のことはだいたい分かってる。お父さんも、お母さんも元学校の先生だった。

 学校に事故の一報が入ると、校長は管理職全員と担任を呼ぶ。そして言うことは決まってる。

「安全指導は、どうなっていた!?」

 と、担任は聞かれる。

 慣れた担任は、学年始めや懇談の時に必ず、イジメと交通安全の話をする。

 これが、学校のアリバイになる。

 やっていたら、例え本人の過失でも、学校が責任を問われることは無い。

 で、佐渡君みたいに完全に相手に過失があった場合は、信じられないけど、管理職は胸をなで下ろす。中には「ああ、これで良かった」ともろに安心するようなやつもいるらしい。

 佐渡君も、陰では、そう言われたんだろう。

 そんなことは毛ほどにも見せないで、それはないだろというのが正直な気持ち。

 別に前に出て佐渡君の最後のを話したいことはないけど。ただ石神井で当て逃げされて死んだ。それだけでは、佐渡君がうかばれない。

 改めて佐渡君の最後の姿が頭に浮かんで、限界が近くなってきた。

 だけど、ここで泣き崩れるわけにはいかない。きっと、みんな変な噂たてる。こぼれる涙はどうしょうもなかったけど、あたしはかろうじて、泣き崩れることはしなかった。

 しらじらしい黙祷と、お決まりの「命の大切さ」の話。これも学校のアリバイ。辛抱して聞いて教室に戻った。

 

 佐渡君の机の上には、早手回しに花が花瓶に活けてあった。

 

 あたしは、もう崩れる寸前だった。誰かが泣いたら、いっしょに思い切り泣いてやる。

 当てが外れた。

 みんな、いつになく沈みかえってたけど、泣くものは一人もいない。

 担任の副島先生が入ってきて、なんか言ってるけど、ちっとも頭に入ってこない。

「……なを、ご葬儀は、近親者のみで行うというお話で、残念ながら、ボクも君らもお通夜、ご葬儀には参列できません。それぞれの胸の中で、佐渡泰三のこと思ってやってくれ。この時間、クラスは……泰三を偲ぶ時間にする」

 そう言うと、副島先生は廊下に出てしまった。

「先生!」

 あたしは、廊下に出て、先生を呼び止めた。

「なんだ、鈴木?」

「あたし、佐渡君の救急車に乗ってたんです。佐渡君が息を引き取るときも側に居ました。あたし、せめてお線香の一本も供えてあげたいんです。葬儀場……教えてください」

「……ほんとか。そんな話知らんぞ!」

 予想はしていた。あのお母さんが、事情も説明せずに葬式に来るのも断ったんだ……。

 

 それはないだろ。

 

 そう思ったのが限界だった。

 廊下で泣くわけにはいかない。トイレに駆け込んで、ハンカチくわえて、あたしは過呼吸になりながら、ずっと泣いた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

 

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紛らいもののセラ・1『ケセラセラ』

2021-12-28 06:29:02 | カントリーロード

らいもののセラ

1『ケセラセラ』     

 

 

「部長、アレンジミスです」

「送れ」

 世良部長の対応は単純で明晰だった。

 瞬時に、問題個所の3D図面が送られてきた。世良自身はメインのモニターに全体の図面を出していた。どの箇所でミスがあっても対応できる本図面である。

 ただちに世良部長は送られてきた部分図面のアレンジミスになった箇所と照合した。

 ふつう船舶の部品は10万トンタンカーで、構造材で100万点。偽装材で60万点ほどである。

 しかし軍艦である自衛艦、それも近年整備し始められたヘリコプター搭載大型護衛艦の最新鋭である。

 26DDH、完成すれば「あかぎ」という帝国海軍から引き継がれた名誉ある艦になる。

 総トン数は3万トンを超え、機密ではあるが3日間の工期で本格的な空母に転用可能な艦である。その秘匿性や空母としての構造のため、部品点数は1千万に近い。

「第二デッキの工程中に、ダクトのアレンジミスが見つかりました。排気ダクトに近すぎて共振がおこりキャビテーションノイズが基準を0・5超えてしまいます」

「よく発見してくれた。船体計画課全員を集めてくれ」

 それから、世良部長は5秒間だけ、私用に時間を使った。

―― 仕事 一週間は帰れない。龍太 ――


「もう、お父さん……」

 妻の百恵は、そっけない亭主のメールを見て、同情半分怒り半分の複雑な顔になった。

「まあ、いつものことだから」

 血のつながらない長男の竜介は、少し遠慮の籠った声で言って、食卓を母子三人分に変更しはじめた。

「竜ちゃん、セラ帰ってくるのは、明日の朝よ」

「あ、そうだっけ、どうもあいつのスケジュールは分かりにくくて。あとでタイムテーブル教えてくれる? 多分帰りは早朝になるだろうから、迎えにいってやるよ」

「ごめんね、ツンデレの愛想なしだから」

「そう言う年頃だよセラは、まだまだ思春期だし。それに、おでんだから、明日の方がおいしくなってるさ」

 竜介は血のつながらない妹を明るくかばった。

 セラは、先月急に思い立って、スキーのバスツアーに参加した。

 特にスキーがやりたかったわけではなく、12歳の中一の時に母が再婚し、同居することになった新しい父と兄に馴染めずにいた。

 兄の竜介が高校生のころは竜介自身が部活や受験準備で忙しく兄妹としての関わりが持てないままに、5年の歳月がたってしまった。

 セラの実の父は、ジョージ・マクギャバンというアメリカ人で、小学校まではセラ・マクギャバンだった。離婚後母の姓になり、里中セラになり、そして10カ月の後、母が今の父と再婚。

 で、世良セラになってしまった。

「ケセラセラよ」

 セラは、母の気持ちをおもんばかって平気を装っていたが、一か月ももたなかった。

 どうしても兄のことを「お兄ちゃん」とは呼べず、いまだに「あの」「その」ですましていた。

 いまは「あんた」である。

 父の龍太は、再婚直後に部長に昇進、同時に日本にとって初めてとなる本格空母26DDHの実質的な責任者になってしまい、セラとの接点はほとんどなくなった。しかし、何百人という技術者を束ねているだけあって、人間関係の要を押えることはうまかった。

 中二のとき、友達の喫煙に巻き込まれ、同席規定で校長訓戒になり「できたら保護者の方もご同席を」と言われ、勤務時間前の申し渡しに龍太自身が付き添った。そして、その時、龍太は父としてセラを張り倒した。

 パン!

「制服を着たまま喫煙に関わるとは何事か! お前と、その友達は自分をおとしめただけじゃない。学校全体の名誉を汚したんだ!」

 セラは理解した。申し渡しに来ない親もいるし、場は懲戒の雰囲気から遠かった。龍太は、セラをはり倒すことで、その場の空気を引き締めた。そして親としてあるべき態度でセラに接した。

 それ以来、龍太とは程よい距離をとりつつ、父娘の関係を持つことに成功していた。

 百恵と竜介二人だけの夕食をつましく終えた深夜。竜介が母を大声で起こした。

「お母さん、セラのスキーバスが燃えている!」

 

 

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魔法少女マヂカ・251『ノンコ戻って良いこと起こる』

2021-12-27 13:11:56 | 小説

魔法少女マヂカ・251

『ノンコ戻って良いこと起こる語り手:マヂカ     

 

 

 長門は史実よりも三時間早く横須賀に着いた。

 

 霧子を大連武闘会に参加させて優勝させるという遠回りな手段を取らざるを得なかったが、任務は成し遂げられた。

 英国巡洋艦の水兵に化けたノンコの回収を忘れていたが、ノンコはとっさに芝居を打った。

 長門追跡の為に、巡洋艦が増速した時に反動で転倒したということにしたのだ。

 頭を打って意識がもどらないので安静ということになり、巡洋艦は急きょ佐世保に回航されノンコの水兵を海軍病院に入院させようとした。

 担架に載せられたノンコは、ランチに乗り移る時に身を捩って海に転落。

 その後、いささかの苦労と言うかドラマがあって、二日後には原宿の高坂邸に戻ってきた。

 

「もう、大変やってんさかいにねえ!」

 

 激おこぷんぷん丸のノンコだったが、赤城から『長門の乗組員がニ十八人の被災者を救助しました!』という連絡を受けると、すっかり機嫌が戻った。

「史実では長門が救助した人はゼロなんだよ」

「え、そうなんや、手間暇かけた甲斐があったねえ(^▽^)/ 新聞とかに載ってるかなあ」

 まかないに行ってクマさんに新聞を見せてもらって、ノンコは固まってしまった。

「え? 十月三日!?」

 驚くのは無理もない。

 大連武闘会は八月の三十日で、演習中の長門に震災の連絡が入ったのは九月一日なのだ。

 そもそも、最初にやってきたのは大正十三年、震災の明くる年だった。

 それが、凌雲閣のドアから出て霧子と震災直後の東京を体験してからは、震災直後に戻っている。

 歴史の神さまが居るとしたら、関東大震災の影響が多すぎ、それでも修正したいところが気になって、われわれ令和の魔法少女を時を前後してまで動かさざるを得なかったんだろう。

 

 トントン

 

 霧子の部屋でノンコをオモチャにしていると、ドアがノックされた。

 あ、田中執事長……ノックの仕方で、人が分かるほどに、我々も、この時代に馴染んでしまった。

「なにかしら、執事長?」

 とうぜん霧子も分かってドアを開ける。

「おくつろぎのところ失礼します」

 執事長も当然の如く本題を切り出す。

「あら、なにか良いことかしらあ?」

 霧子が言うまでもなく、いつになく、田中執事長の目尻が下がっている。

「はい、良いことかどうかは、田中には分かりませんが、三時になりましたらご家族様、手すきの家人は舞踏室に集まるようにと、ご主人様のお申し付けでございます」

「ふふ、家の者全員を集めて、何を言う気かしら?」

「それでは、確かにお伝えしましたので、遅参なさいませんように。失礼いたします」

 バタム

 ドアが閉まると、霧子はドタドタと窓辺に寄ってレースのカーテン越しに外を覗いた。

「カーテン開けて見たらええのに」

「ダメよ! 霧子は高坂家では要注意人物だからね、カーテン越しでなきゃバレちゃう」

「で、なにか見えるの?」

「あなたたちも見てごらんよ!」

「「なになに……?」」

 霧子の部屋からは、玄関の車寄せから表門までが見渡せる。

 表門を入ったところには門番の詰所があり、その詰所の主である箕作請願巡査が使用人たちに囲まれて、顔を真っ赤にして頭を掻いている。

「あそこにクマさん!」

 ノンコが反対側の楠の下でオジオジしているクマさんを発見して、カーテンをめくってガラスに顔を付ける。

「あ、ダメ、ノンコ!」

 三人でガチャガチャしたものだから、クマさんに気取られてしまい、揃って窓の下に姿を隠した。

「これは、確実に……だね!」

 あとは言葉にしなくても、十七歳の女学生同士(え、マヂカは違うだろうって?)、ウフフと笑って分かってしまった。

 

「……ということで、請願巡査の箕作健人君と先任メイドの虎沢クマ君は、きたる明治節の日に華燭の典を上げることになったことを報告する」

 ウワア! パチパチパチパチ!

 歓声と拍手が舞踏室に鳴り響いた。

 なんと、屋敷の人間が全員集まっている。門番は知らせを受けた本署から署長本人が出向いて立ってくれているらしい。

 箕作巡査もクマさんも、みんなから愛されていることがよく分かる。

「本来ならば、この高坂尚孝が媒酌の任を務めたいのだが、田中執事長と春日メイド長のたっての頼みで、二人に譲ることとする。家の者も、そう心得て、式までの二人を見守ってやって欲しい!」

 バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!

 期せずして万歳三唱になって、舞踏室の窓ガラスもビリビリと震えるほどだ。

「う、嬉しい!」

「なんだ、霧子が泣くことないでしょ」

「だって、クマが、クマさんが結婚するんだよ、お父様がそれを宣言して、こんなに嬉しいことはないわよ!」

 クマさんもモミクチャになりながらも霧子に、これまた涙でクチャクチャの笑顔を向けている。

 震災からこっち、最大の喜びごとになった。

「ちょ、真智香」

「うん?」

 ノンコが天窓を指さす。

 一瞬、黒い影が見えてサッと姿を消した。

 魔法少女の直感で、その禍々しさを感じ取った。

「なにもいもないよ、ノンコの気のせい」

「え、あ、そっか、佐世保から帰ってきて、ちょっと疲れてるのんかもなあ(^_^;)」

 取りあえずは気のせいにしておいた……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

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明神男坂のぼりたい23〔佐渡君……〕

2021-12-27 08:19:11 | 小説6

23〔佐渡君……〕  

        


 今日は休日。

 何の休日?……建国記念の日。

 カレンダー見て分かった。英語で言うとインディペンスデー。昔観たテレビでそういうタイトルの映画やっていた。

 あたしの乏しい「知ってる英単語」のひとつ。

 建国記念というわりには、それらしい番組やってないなあ……そう思って新聞たたんだらお母さんのスマホが鳴った。

「お母さん、スマホに電話!」

 そう叫ぶと、お母さんが物干しから降りてきた。

 

 で、またお祖母ちゃんの病院へ行くハメになった……。

 

「病院の枕は安もので寝られやしない!」

 ババンツのわがままで、石神井のババンツ御用達の店で、新品の枕買って病院に行くことになった。

 今日は、一日グータラしてよって思たのに……。

 お母さんが一人で行く言ったんだけど、途中でどんなわがまま言ってくるか分からないので、あたしも付いていく。

 あたしがいっしょだとババンツは、あんまり無理言わないから……行っても、インフルエンザの影響で、会えるわけじゃない。ナースステーションに預けておしまい。それでも「明日香といっしょに行く」いうだけで、お祖母ちゃんのご機嫌はちがうらしい。

 商店街で枕買って、表通りで昼ご飯。回転寿司十二皿食べて「枕、食べてから買ったほうがよかったなあ」と、母子共々かさばる枕を恨めしげに見る。枕に罪はないんだけどね。

 西へ向かって歩き出すと、車の急ブレーキ、そんで人がぶつかる鈍い音!

 ドン!

「あ、佐渡君(S君のことです)!」

 佐渡君はボンネットに跳ね上げられていた。

 あろうことか車はバックして佐渡君を振り落とした!

 あたしは、夢中で写真を撮った。車は、そのまま国道の方に逃げていった!

 佐渡君は、ねずみ色のフリースにチノパンで転がっていた。まわりの人らはざわめいてたけど、だれも助けにいかない。

 昨日のことが蘇った。

 どこ行くともなくふらついてた佐渡君に、あたしは、声もかけられなかった。

 偽善者、自己嫌悪だった。

「佐渡君、しっかり! あたし、明日香、鈴木明日香!」

 気がついたら、駆け寄って声かけている。

「鈴木……オレ、跳ねられたのか?」

「うん、車逃げたけど、写真撮っといたから、直ぐに捕まる。どう、体動く?」

「……口と目しか動かねえ」

「明日香、救急車呼んだから、そこのオジサンが警察言ってくれたし」

 お母さんが、側まで寄ってくれた。

「お母さん、うち佐渡君に付いてるから。ごめん、お祖母ちゃんとこは一人で行って」

「うん、だけど救急車来るまでは、居るわ。あなた、佐渡君よね。お家の電話は?」

「おばさん、いいんだ。オカン忙しいし……ちょっとショックで動けないだけ……ちょっと横になってたら治る」

 佐渡君は、頑強に家のことは言わなかった。

 で、結局救急車には、あたしが乗った。

「なあ、鈴木。バチが当たったんだ。鈴木にもらった破魔矢、弟がオモチャにして折ってしまった。オレが大事に……」

「喋っちゃダメ、なんか打ってるみたいだよ」

「喋ってあげて。意識失ったら、危ない。返事が返ってこなくても、喋ってやって」

 救急隊員のオジサンが言うので、あたしは、喋り続けた。

「バチ当たったのはあたし。昨日……」

「知ってる。車に乗ってたなあ……」

「知ってたん!?」

「今のオレ、サイテーだ。声なんかかけなくていい……」

「佐渡君、あれから学校来るようになったじゃん。あたし、嬉しかった」

「嬉しかったのは……オレの……方…………」

「佐渡君……佐渡君! 佐渡君!」

 あたしは病院に着くまで佐渡君の名前を呼び続けた。

 返事は返ってこなかった……。

 病院で、三十分ほど待った。お医者さんが出てきた。

「佐渡君は!?」

「きみ、付いてきた友だちか?」

「はい、クラスメートです。商店街で、たまたま一緒だったんです」

「そうか……あんたは、もう帰りなさい」

「なんで!? 佐渡君は、佐渡君は、どうなったんですか!?」

「お母さんと連絡がついた。あの子のスマホから掛けたんだ」

「お母さん来るんですか?」

「あの子のことは、お母さんにしか言えないよ。それに……実は、きみには帰って欲しいって、お母さんが言うんだ」

「お母さんが……」

「うん、悪いけどな」

「そ、そうですか……」

 そう言われたら、しかたない…。

 あたしは泣きながら救急の出口に向う、看護師さんがついてきてくれる。

「跳ねた犯人は捕まったわ。あとで警察から事情聴取あるかもしれないけどね」

「あ、あたしの住所……」

「ここ来た時に、教えてくれたよ。警察の人にもちゃんと話してたじゃない」

 記憶が飛んでいた。全然覚えてない。

 あたしは、救急の出口で、しばらく立ちつくしていた。

 タクシーが来て、ケバイ女の人が降りてきた。直感で佐渡君のお母さんだと感じた。

「あ……」

 言いかけて、なんにも言えなかった。ケバイ顔の目が、何にも寄せ付けないほど怖くって、悲しさで一杯だったから。

 ヘタレだからじゃない、心の奥で「声かけちゃダメ」という声がしていたから……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
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ライトノベルベスト【大西教授のリケジョへの献身・4】

2021-12-27 06:16:14 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

【大西教授のリケジョへの献身・4】   




 

 下着姿の明里に驚いたのは、若い父だった……。

「き、キミは……?」

「お、お父さ……?」

「え……?」

 どうやら、若い父は記憶を失ってしまっているようだった。

「信じられないでしょうけど、あたし未来から来たんです」

「未来から……?」

 大学のカフェテリアで、二人は話し合った。

 というか、明里がほとんど喋り、大西は聞き役だった。

 

 父である大西は、頭から否定をすることもせずに、静かに聞いてくれた。その純朴さに心を打たれながら、明里は事情を説明し、決定打を二つ見せようとしたとき、大西が感嘆の声を上げた。

「ボクの娘なのか、明里クンは」

「あ、血は繋がってないけど……信じてくれる前に、これ見てもらえます」

 明里は、研究室でコピーした瑠璃のスタッフ細胞の研究資料を大西に見せた。

「すごい……これはコロンブスの玉子だ。再生医療なんてSFの世界の話かと思っていたけど、これなら、可能だ……ただし、アメリカのスーパーコンピューターでもなければ無理だけどね」

「大丈夫かも。あたし、こんなの持ってきたの」

 明里は、タブレットを見せた。

「これは……?」

「どこまで使えるかは分からないけど、再生医療に関するデータは、出来る限り入れてきた。ちっこいけど、この時代のスパコン並の能力があるわ」

 明里が資料をスクロールさせると、大西は目を輝かせた。

「これで、お父さん、ノーベル賞とれるわよ」

「だめだよ。これは、物部瑠璃さんの研究なんだろ。横取りはできないよ」

「硬いのね、お父さん」

「そのお父さんてのは止めてくれないかなあ、実感無いし、人が聞いたら変に思うよ」

「そうだ、瑠璃さんに知らせなくっちゃ」

 記憶が無くなる恐れがある。そうなる前に伝えておかなければならないと思った。

「ごめんなさい。瑠璃さんのスタッフ細胞使って過去に来てるの。うん、再生能力はある。肌荒れもピアスの穴もなくなってた。それでね……」

「ちょっと貸して」

「あ、お父さん……大西教授と替わるから」

「ボクは、まだ助手だよ。もしもし、瑠璃さん、大西です……いいよ、帰れなくても。いや、明里はなんとか帰す。研究してみるよ。君の研究は進んでいる。ただしタイムリープ機能まで進歩してる。ボクは、ここに来て三十分ほどで記憶を無くしたけど、明里は、まだ記憶している。それに若返らない。若返り機能が生きていれば、明里は、この三十年前には存在しないからね」

「おとうさん……」

「それから、タイムリープに関しては……以上の修正を加えれば出来るはずだ、試して……切れた」

「電池切れ……」

「いや、一定時間しか繋がらないんだろう、ボクも同じようなものを持ってる」

「そのスマホで……」

「繋がらないだろう。もっともボクは、操作方法忘れてしまったけどね」

 それから、数ヶ月、明里は若い血の繋がらない父といっしょに暮らした。そして、大西は未来へ帰れる薬の開発に成功した。

「あ、お帰りなさい」

 珍しく、大西は早く帰ってきた。

「珍しく早いのね、夕食の材料買ってくるわね」

 財布を掴んで、出ようとしたら、腕を掴まれた。

「夕食は、三十年後までお預けだ」

「え……どういうこと?」

「いいことがあったんだ、まずは乾杯しよう」

 大西は、買ってきたシャンパンを開けた。

 ポン!

「キャ!」

 栓の抜ける音に、明里は一瞬目をつぶった。

「ああ、こぼれる、こぼれる……」

 大西は、キッチンに行き、ぶきっちょにシャンパンをグラスに注いだ。

「なんなの、良い事って?」

「仕事上のこと、まずは乾杯!」

「そうだね、じゃ……」

「「乾杯!」」

 二人の声が揃った。

「で、なんなの、準教授にでもなれたとか」

「準教授?」

「ああ、この時代じゃ助教授かな」

「実は……完成した、未来へ帰れる薬が。鮮度が低い、今すぐ飲んで、明里は未来に帰るんだ」

 明里の目から涙が溢れた。

「……分かった。薬を貸して」

「一気に飲むんだぞ。そして2021年12月を念じるんだ!」

「うん」

 そう言うと明里は、受け取った薬を床に流した。

「明里……!」

「あたし、未来になんか帰らない。あたし……お父さんのお嫁さんになる。血が繋がってないんだから、大丈夫」

「……そうなるんじゃないかと思った」

 大西は、別のポーションを出した。

「あたし、絶対に飲まないから!」

「これ、ヤクルト。明里の薬は、シャンパンに入れておいた。もう効いてくる頃だよ」

「お父さん!」

 大西の胸に飛び込んだ明里は、大西の体をすり抜けてしまった。

「ボクは、瑠璃クンの研究が完成されれば、それでいい。そして……明里は、自分の時代に戻って、もっと相応しい人を見つければいい」

「お父さん……」

「ボクは、この時代でやり直す」

「お母さんなんかと結婚しちゃだめだよ」

「お母さんとは結婚するよ。しなければ、お母さんは明里を堕ろしてしまう……大丈夫……」

 言葉を継ごうとしたとき、明里の姿は消えてしまった。

「……初雪か」

 窓の外には三十年後と変わらない雪が降っていた。大西にはひどく新鮮なものに見えた……。

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やくもあやかし物語・116『トラッドメイドは滝夜叉姫』

2021-12-26 12:04:52 | ライトノベルセレクト

やく物語・116

『トラッドメイドは滝夜叉姫』 

 

 

 改札を抜けてクネクネ行くと表通りなんだけど、様子が変だ。

 

 お茶の水とかに来るのは初めてなんだけど、これは違うと思った。

 だって、通りに出ると車とか走ってなくて、いや、走ってることは走ってるんだけど、数が少ないし、なんだかレトロ。

 歩いてる人は着物が多い。女の人はほとんどそうだし、男の人も着物にハンチングって人が多い。完全な洋服は、学生とお巡りさん。それと、わたしを迎えに来たメイドさんたちぐらい。

「どうぞ、これにお乗りください」

 え、馬車!?

 ほら、皇族の人たちが乗るような馬車だよ!

 ドアには神田明神の御紋。たしか、ナメクジ巴って、尾っぽの長い三つ巴。

 レムとラムみたいなメイドさんは、一人が御者台に上って、もう一人は、ドアを開けて畏まっている。

「し、失礼します」

 声がひっくり返りそうになって、馬車のステップに足を掛ける。

 ギシ

 サスペンションが効いていて、グニャって感じで乗り込む。

 続いてグニャっていったかと思うとトラッドな方のメイドさんが乗ってきて向かい合わせに座る。

 すると、ラムみたいな方が一礼してドアを閉めるとパッカー車の助手さんみたいにキャビンの後ろに立ったまま乗った。

 ハイ!

 レムみたいなメイドさんが鞭を入れると、二頭の馬は穏やかに走り出したよ。

 パッカポッコ パッカポッコ

「申し遅れました、わたし、平将門の娘で滝夜叉と申します」

「え、将門の!?」

「はい、落ち着いてお聞きください」

「は、はい」

 まさか、のっけからのカタキ登場と思ってないから、カバンからコルトガバメントを取り出すわけにもいかない。

 ちょっとアセアセだよ。

「父の将門は病なのです」

「ヤマイ、病気ですか?」

「はい、父は我慢強いので、周囲の者も気づくのが遅れて宿痾(しゅくあ)となってしまいました」

「しゅくあ?」

「こじらせて、容易には直らない持病のことです」

「あ、ああ」

 お爺ちゃんの腰痛みたいなもんだ。

「父将門に宿った宿痾ですので、なかなか容易なものではありません。近ごろは、その宿痾を父そのものと間違えて討伐に乗り出す者まで現れる始末。そして、今度はやくも様までお出ましになると、さるお方から知らせがございました」

「え、そうなんですか?」

 どうも、聞いていたのと様子が違う。

「はい、やくも様には本当のところをお話しておかなければ、間違って父を成敗されるかもしれません」

「かもじゃなくって、本当に成敗するつもりでした(;'∀')」

「父も、直にお会いしてお伝えしなければならないと申しますので、かようにお迎えに出た次第です」

「そうだったんですか……でも、ここって御茶ノ水とか神田のあたりなんですか?」

「はい、あの大屋根が湯島の聖堂、その角を曲がりますと神田明神の大鳥居が見えてまいります。ただ、半分がところ異界と重なっていますので風景は令和のものとは異なります」

「はあ……」

 外に目をやると、通行人たちが微妙に異界じみてきている。

 アニメのように目鼻立ちがクッキリしていたり、顔の造作が大きかったり、中にはエルフのように耳がとがっている者もいる。自動車の中には車輪が動物の脚になって走っているものがあったり、でも、きちんと秩序だっていて、悪いものには思えなかった。

「さすがはやくも様、異形の者でも良し悪しはお分かりになっているようですね」

 滝夜叉さんがホッと胸をなでおろした。

 ホッとすると、優しい笑顔。ちょっとだけ安心する。

「あ、いよいよです」

 大鳥居を潜ったさきは、神社……ではなくて大きなお城が聳えていた……。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝

 

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