大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・臨時増刊・SF&青春ラノベ『レイカの花・1』 

2018-07-31 06:50:52 | ライトノベルベスト

臨時増刊・SF&青春ラノベ
『レイカの花・1』 
     


 本名は立花麗花。

 レイカって音も字面が嫌いなんで、子どものころから「ハナ」ってことにしてる。

 考えてもみてよ、レイカって漢字変換したら「冷夏」だよ。「零下」ってのもあるけどね、ほんでもって雨女。冬の耐寒登山でも、雪でなくて雨になるくらい。運動会の2/3は雨。で、その時に応じて雨女とか雪女とか言われる。
 字で書いても、立花麗花。花が二個も入ってて、どうにもオーバーディスプレー。
 だから、小学校で、わりに顔が利くようになってからは「レイカ」とは言わせない。単に「ハナ」ってことにした。漢字はダメ、あくまでカタカナよ。
 あたしは身長148……あんまし高くない。ルックスは10段階評価で7。これ意識的にゲンキハツラツして7だからね、ボンヤリしてると、とたんに6とか5に落ちてしまう。
 あたしのチャームポイントは鼻だ。ちょっとツンとしてるけど、我ながらかっこいい。鼻だけが体のパーツで自己主張している。

 それから、顔がきくようになったのはね、小学校の「文化の集い」ってのでお芝居やって、たまたま準主役になっちゃって、それで主役を食うぐらいの名演技やったわけ。そしたらみんなの見る目が変わってきちゃって、148センチのわりには顔がきくようになったわけ。
「プロダクションにでも入れば」とか「AKBうけなよ」とか言われた。

「あたしは、本格的女優を目指すの。下がり居ろう下郎ども!」
 って、感じで、「ハナ」になった。

 ほんとは、児童劇団入りたかった……小六のときなんか、乃木坂の願書をこっそり手に入れたりした。
「ハア~」
 出るのは、ため息ばっか。
 ハナんちは、お母さんがシングルマザーで……原因は内緒。お母さんは小学校の先生。無理言えば児童劇団くらい入れてくれたかもしれないけど。あたしって経済観念発達してるから、うちの収支はよく知っている。爺ちゃん婆ちゃんへの仕送りとかもしていて、今の教師の安月給じゃ、お母さん自身の老後とかも考えると無理は言えない。

 中学に入って、隣の小学校から来たユウカと友だちになった。「ユウカ」と「レイカ」二人足したら「ユウレイだね!」で、意気投合して、二人で先生やら友だちの真似しては喜んでいた。

 でも、乙女心は複雑で、自分たちで「ユウレイ」というのはかまわない……どころかアゲアゲになるんだけど、人に言われるとサゲサゲ。だから、ハナは、やっぱハナで通した。
「ハナ、タカミナの真似してよ!」
 なんて言われると、身長が同じという親近感もあって、ユウカが峯岸のミーちゃんなんかやって、『フライングゲット』から『ギンガムチェック』までテキトーにやって遊んでいた。
 ほんとは演劇部に入って本格的にやりたかったんだけど、演劇部は数年前に廃部になっていて、けっきょく文化祭なんかで、ユウカといっしょにAKBの真似なんかして、くすぶっていた。行事も、よく雨になったし。

 一度「キンタロウ、モモタロウ」のコンビ名でお笑い路線でオーディション受けようかなんて本気で思ったけど、ユウカが盲腸になって、お流れ。こういうものは勢いで、それを逃しちゃうとなかなか次のステップには進めない。
 で、高校生になった今は、本物のキンタロウが現れ、あっと言う間にメジャーになっちゃって、高校も一緒になったユウカと二人で演劇部に入ってがんばっていた……。

 神楽坂高校演劇部は、ちょっとしたモノ。

 中央大会は5年に3回ぐらいは出てる実力校。でも、このご時世軽音やダンス部に食われて、部員7人と、ちょっと寂しい。

「今年は、これ極めるわよ!」
 三年生の村長こと友子先輩が、印刷した台本の元を、ドサっと部室の机に置いた。
「え……『すみれの花さくころ』 これ、中学演劇用の本じゃないですか」
「あなどってはイケマセン。名古屋音大やら、プロの歌劇団が、これでオペレッタをやったって、スグレモノなんだからね……早くまとめて綴じる!」
 リャンメン刷りしたA4紙を、ベテランの印刷工のように村長先輩がまとめていく。あとからミサイル(美沙:一年) モグ(素子:一年)が追いかけてきて、とろくさいハナと、ユウは追いつめられていく。
「二十部作るだけなんだから、あせらなくても、村長」
 唯一の男子部員であるサン(三平:三年)が、ホッチキス構えて助け船。
「なに言ってんのよ。中央大会の分まで入ってるから、50部はあるわよ」
 とカンゴ(リノ:三年)が大きなことを言う。

 この7人が演劇部の全て。この新入生歓迎会では、村長をセンターに、以下ハナとユウ、カンゴ。それになんとサンが指原に化けてAKBのフライングゲットをやった。下手な芝居を見せるよりも、ほんの五六分で、目だって面白いパフォーマンスをやった方がウケル。実際、最後にサンが男であることをバラスと、会場は騒然とした。ルックスからプロポ-ションまで、どう見てもサッシーだ。
「こんなのも居ますんで、どうぞ演劇部よろしく!」
 サンが、そう言うと、みんなでサッシーを襲い、胸の中に詰め物として隠していた「来たれ演劇部!」の横断幕を広げ、チャンチャン!

 この衝撃的なパフォーマンスを見て、5人が入ってきたが村長は、惜しげもなく絞り上げ、ミサイルとモグの二人が残った。

「ハンパな奴はいらねえ、そのかわり、残ったあんた達は義姉妹だからね、小原美沙!」
「は、はい!」
「今日から、あんたはミサイルだ。空気はよめないけど、真っ直ぐ進む敢闘精神は、あたしは買う。だからミサイル。小西素子!」
「は、はい!」
「あんたはモグだ、しょっちゅうなんだか食ってるし、内省的に潜って考えるタイプだからモグ。いいな!」
「はい!」
「あとは、あたしが村長、指原そっくりの男がサン。優しげで実は怖いのがカンゴ。そこのペアがハナとユウ。そう呼んでもらうが、上級生には『さん』を付けること!」
 そう言って、七人で水杯を交わし、そのカワラケを床に叩きつけて団結を誓った。去年は、ここまではしなかった。ハナたちの呼び方も本人の申告通り、ハナとユウで通った。

 村長は、タッパも168センチと、ハナより20センチも高いせいか、いかにも村長というオーラがあった。しかし、村長……いや友子先輩の背負っている運命とオーラは、そんな「村長」というような生やさしいものではないことを、ハナは思い知ることになる。

 そして、ハナを待ち受けている運命も、そんなに生やさしいものでないことを、実感することになる……。


 つづく

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高校ライトノベル・ムッチャンのイレギュラーマガジン34『乃木坂エレジー』

2018-07-31 06:34:23 | エッセー

ムッチャンのイレギュラーマガジン34
『乃木坂エレジー』

 初出:2015-05-02 16:27:34

 




 乃木坂学院高校は乃木坂46のパクリではない!!

 と、言えるものなら声をにして言いたい。

 わたしのブログには、毎回下に広告がある。グーブログのスポンサーではない、わたし自身の広告である。
『ノラ バーチャルからの旅立ち』『あたし今日から魔女!? え うっそー!?』という戯曲集と『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』という小説の4冊です。

                 

 以前は、ここに『自由の翼』という戯曲集が入っていましたが。完売したので、今は載せていません。

 問題は『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』なのです!

 戯曲集はひとまずおいて、小説に関する限り『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』が最初で『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』が一番新しくなります。
 で『乃木坂』です。

 横浜の出版社の依頼で、2011年にネットマガジンで連載していたものを明くる2012年に単行本にしたものです。記憶は定かではありませんが、2011年の春の終わりごろから夏にかけて書いていました。
 
 もともとは『ホンワカ女子高生HBが本格的に演劇部に取り組むまで』という長ったらしいタイトルでネットマガジンに連載していた『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』のアンサーノベルでした。
 細かいところはすっとばします。
 アンサーノベルを書くにあたって、主人公の学校に困りました。舞台は東京と決まっています。

 実在の学校とかぶらないこと、どこか伝統女子高の雰囲気がする名前ということで、丸一日東京の地図とにらめっこ。

 で、青学にも近い『乃木坂』に決めました。グーグルのマップで歩いてみたり、動画サイトで乃木坂界隈を調べました。

 これはイケる!

 そう思って、初回分を書き上げ出版社に送り、周辺のロケーションを調べるためにネットで検索すると『乃木坂46』がヒットしました。
 読んでみると秋元康氏が、AKB48のシャドウキャビネットとしてアイドルグループを作るというもので、初期メンバーと概略が書いてありました。まあ乃木坂というのは普通の地名で特に問題は無いと思っていました。ネットで検索しても、わたしの乃木坂学院が乃木坂46と並ぶようにして出てきました。

 正直乃木坂46は「柳の下の何匹目のドジョウやねん?」ぐらいに思っていました。

 しかし、恐るべし秋元康! みるみる乃木坂46はメジャーになっていき「大橋、あんまりパクリはみっともないで」と友達に言われる始末。
 だいたい乃木坂46は。たまたまオーディション会場の「SME乃木坂ビル」にちなんでいるだけで、オーディションが神楽坂で行われていれば神楽坂だし、赤坂ならば赤坂46になっていたはずです。

 いやはや、知名度が低いというのは辛いもんですなあ。だれが見ても、わたしの方がパクリだと思われるでしょう。

 ちなみに乃木坂で検索すると、今やウィキペディアの『乃木坂』をしのいでトップに46が出てきます。
『乃木坂学院』で検索すると、『ラブライブ』の音乃木坂学院がトップ30を占め、わが乃木坂学院は40番台に転落。

 いやはや、もう少し高尚で面白いことを書こうと思ったが、ただのグチでおしまい。

 読者諸氏! 書いた本人が言うのです。『まどか 乃木坂学院高校物語』は面白い。むろん他の4冊も!

 嗚呼、乃木坂エレジー哉!



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高校ライトノベル・秋物語り2018・12『責任とってよ!』

2018-07-31 06:13:47 | 小説4

秋物語り2018・12
『責任とってよ!』
          

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)



 お店は、シホ(雄貴とラブホ行ったこと)の験直しのために、コスを新しくした。


 まあ、モトモトのAKB風のコスがクリーニングの効かないやつだったせいもあるんだけど、今回は本格的なバーテンダー風。でも、ミニスカでミセパンに変わりはなかった。まあ、クリーニング出来るだけマシというところ。

 前のコスは、みんなの名前入りで、大入りの時に、お客さんにオークションで売って、新しいコスの購入費に充てる。これはメグさんのアイデア。だれのが一番高値で競り落とされたかはナイショ。でも気をよくしたリョウさんは、定期的にコスをオークションに掛ける気になったようだ。

 ブログ掲載の写真も、ブログごと新しくするために、全員(女子だけ)揃って、プロのカメラマンに撮ってもらうことになった。

「おはようございま~す」
 現れたカメラマンを見て、驚いた。まさに瞳さんが言っていた、その人だったのである。
「じゃ、カウンターに揃ったところから、選抜は前に。バイトの子は後ろね」
 そう言いながら、メグさんは右端。わたしがセンターになった。
「え、わたしでいいんですか?」
「うん、トコが、一番素人っぽく見えるから。こういう店は、健全さが売りなのよ」

 それから、一人一人の写真も撮った。シェーカー持ったり、スツールに腰掛けてニッコリしたり、一人で十枚ほど撮った。
 この竹内という人は、オールマイティーで、持ち込んだパソコンで、すぐにブログのベースを作ってくれた。さすがはプロで、お店が広く、清潔感溢れる安心な新装開店にみえた。

「う~ん、やっぱ、お店の正面が欲しいですね。お客は、お店の面構え目印に来るわけだから」

 で、わたしとサキの二人が、お店の前で「いらっしゃいませ~」してるところを何枚か撮り、できあがり。

 最初は、シャメや写真が載ることが不安だった。
 なぜって、そりゃあ、だれかがネットで見つけるかも知れないから。
 でも、その心配は、前のブログで反応が無かったことで自信がある。髪型もメイクも変える(わたしは、元来はスッピンだ)ので、分かりはしなかった。

 一通り終わったところで、カメラマンの竹内さんの番号を聞いた。喜んで教えてくれた。

 明くる日の昼過ぎに、さっそく電話をした。
「すみません、リュウのトコです。ちょっとお茶飲みながらお話できません?」
「ああ、いいよ」
 ぶっきらぼーそうだったが喜んでいるのが丸わかりでキモかった。だけど、仕方がない……。

 向かい合わせじゃなく、横に並んで座ったことが、竹内さんの気を良くしたようだ。しばらくは、昨日のお礼や、仕事の話で和ませた。

「Sマンションの8号室の録画メモリー出してほしいんですけど」
 竹内の表情が一瞬で変わった。
「し、知らないな、そんなの」
「瞳に頼まれて撮ったんでしょ?」
「え……?」
 これには、本当に混乱した顔になった。
「これ、瞳がくれた最後の手紙なんです。初めての妊娠を直樹さんに伝えてビックリしたところを竹内って人に頼んだって。で、こっちが竹内さんへの依頼状のコピーです」
「し、知らんよ、ほんまに!」
 動揺している。ここはなだめながらいかなきゃ。
「お願い、あのビデオには、直樹さんの無実の証拠が写っているはずなんです」
「知らないって……」
「じゃ、これは?」
 竹内のカバンから抜き取ったようにして、オリジナルの依頼状を見せた。
「これ……完全な、瞳の筆跡です。鑑定してもらってもいいです」
 手紙と依頼状は、瞳さんがわたしに憑依して自分で書いたもの。でも、竹内さんには分かるはずもない。
「それとも隠し撮りってことで、強制捜査……」
「な、なんでオレがーーーーーーー!?」
「わたしたちのだって、気づきもしないで、まだ8号室撮ってるでしょ?」
「あ……!」
 わたしは、そのことも瞳さんから聞いていた。だから、わざと風呂上がりにノーブラで、リビングに座ったりした。
「なんなら、今すぐに、ひっかけ橋のお巡りさんにメール送ってもいいのよ。文章はあらかじめ打ってある。あとは送信押すだけ。さ、どうする。あなたに盗撮の前があるのは承知の上。一発で家宅捜索でしょうね」
「それ、ほんまに、自筆で通るんやろな……?」
「大丈夫、それは保証するわ。だから、責任はとってね」

 この件で、男の脆さを勉強した。男は見透かしたような女の視線には弱いようだ。

 今まで、怖くて出せなかったということにして、竹内さんに警察にメモリーカードを提出させた、むろん、手紙や依頼状も添えて。筆跡鑑定だけじゃなく、紙やボールペンのインクの古さも測定したよう。意外だったけど、ちゃんと事件が起こるちょっと前という結果が出た。幽霊さんのやることはスゴイと思った。
 あ、それと、わたしたちを盗撮した分も。まあ、コピーされてるかもしれないけどね。その時はその時。

 しかし、警察の動きは遅く、直樹さんが無事に釈放されるのは、この物語の終わったあとだった。

 そして、知らず知らずのうちに、わたしは変わってきたようだ。

「トコちゃん、少し見ないうちに大人になったね。なんだか、むかしのあたしを見てるみたいだ」
 リョウのサトコさんに言われたときは、ドギマギした。

 でも、わたしの成長ってアンバランスであることを思い知ることが……まあ、見ていてちょうだい。 
 

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高校ライトノベル・秋物語り2016・11『で、出た~!!』

2018-07-30 05:49:47 | 小説4

秋物語り・11
『で、出た~!!』
        

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)



 わたしはアレが重くって早引きした。やっぱ家出が影響して不順になっているようだ。

 薬を飲んでひっくり返った。なんだか東京が恋しくなってきた……そのホームシックがいけなかったのかも知れない。

 気がつくと、枕許に瞳さんが座っていた。『うらめしや~』で見たシャメのままのポニーテール。薄手のセーターに、ジーンズのミニスカ、足は赤と黒とのシマシマタイツ。それが、サキのようなヘタレ八の字の眉で、力無く頬笑み、自己紹介をした。

「おどかして、ごめんね。トコちゃんなら、お話できそうな気がして……」

 わたしは、「出た~!」と叫びたかったんだけど、金縛りで身動きもとれない。
「あ、暗いから怖いのよね。明るくしようね」
 瞳さんが、指先を動かすと、カーテンが開き、蛍光灯が点いた。とたんに瞳さんは半透明になってしまった。
「ちょっと補正するね」
 瞳さんが、ハイビジョンのようにクッキリ鮮やかになった。服装が季節はずれなこと以外、普通の人間のようだった。
「瞳さんって、死んだんですよね……?」
「うん。でも直樹が刺したってのは、ガセなんだよ」
「だって……」
「あ、トコちゃんの金縛りは、あたしのせいじゃないから。落ち着いたら動くわよ」
 そう言えば、わたしは喋っている。
「いて!」
 起きあがろうとしたら目まいがして、瞳さんが支えてくれたんだけど、その手は、わたしの体を素通りしてしまい。枕に変な角度で頭が落ちた。

 思わず二人で笑ったら、それがきっかけで、体が自由になった。

「本当に幽霊さんなのね」
 瞳さんは、安心したように頷いた。
「トコちゃんとは、霊波動が合うから、お話ができるの」
「霊波動?」
「うん、血液型みたいなもの。で、これ見て」
 テレビがひとりでについて、映像が現れた。

 ちょっとロングだったけど、映像は鮮明だった。

 料理をしている直樹さんらしい男の人が、キッチンで料理をしている。そこにゾンビのマスクを被った瞳さんが、忍び足で近づいてくる。直樹さんは楽しげに、何か話している様子。直ぐ後ろまで来た瞳さんが、直樹さんをおどかした。振り返ったところを、ゾンビの瞳さんが抱きついた。で、二三秒あって、ゆっくりと仰向けに倒れる瞳さん。そして、そのお腹には深々と包丁が刺さっていた。

「これって、瞳さんがおどかそうとして、たまたま振り返った直樹さんの手に……」
「そう、包丁でタマネギ切ろうとする寸前。タイミングの悪い事故」
「このビデオ見たら、一発で分かるじゃん。これ、警察持って行こうよ!」
「だめ、他の人には見えないわ。あたしの霊力で、トコちゃんにだけ見えるの」
「あ……確かに。でも、なんで、直樹さんのこと、おどかそうなんてしたの?」
「赤ちゃんが出来たのが、その朝分かったの……」
 瞳さんは、愛おしそうにお腹を撫でた。
「今でも、赤ちゃんはお腹の中にいるんだよ」

 そりゃ、そうだろ。いっしょに死んだんだから。

「じゃ、このビデオは、単なる瞳さんの記憶の再生?」
「ううん、本当に、これを撮った人がいるの」
「じゃあ……」
「それがね……」

 わたしは、瞳さんの打ち明け話に協力することにした。

「いいわよ、書けた!」
 わたしに取り憑いていた瞳さんが、体から抜けていくのが分かった。
「うん、これでいい。あとは、お話したように、お願いね」
「うん……あ、生理痛無くなってる!?」
「せめてものお礼」
「ありがとう。下手すると明日も休まなきゃならないくらいだったから!」
「明日は、実行してもらわなきゃならないから」
「がんばるわね!」
「よろしく……あ、それから、生理痛は治したけど、ここしばらくは妊娠しやすくなってるから、気をつけてね」
「それは、大丈夫です!」
 わたしはサキやシホとは違うんだ!

 で、明日から、直樹さん無実証明作戦が始まる、

 で、瞳さんが、最後に言ったことが気がかりになる出来事も……。

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高校ライトノベル・秋物語り2018・10『うらめしや~』

2018-07-29 06:08:28 | 小説4

秋物語り2018・10
『うらめしや~』
        

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)



「うらめしや~」の一声が、降りてきた、冷たく張り付く手と共に……。


「「ひえ~!」」

 思わず寝ぼけマナコのわたしとサキが悲鳴をあげて飛び起きた。
「いつまで寝てんのさ、昼飯いくよ!」
 シホは、あれ以来品行方正で、今日みたいにわたしたちよりも早起きである。しかし、早くなった分、夕べの洗い物や洗濯をしようという殊勝なところまではいかない。

 せいぜい今の「うらめしや~」である。

 これは、たまたまシホが、冷たいコーラ飲んだ手で、サキを起こしたとき、サキがぶっとんで、驚いたので、それ以来、シホのマイブームになっている。もっとも、毎回コーラを飲むわけではなく、冷凍庫の保冷剤を触ってからやっている。

 で、「うらめしや~」である。

 これ、本当のレストランの名前なんだよね。

 お隣の雨宮さんに教えてもらった。

 雨宮さんには、最近ひとかたならぬお世話になっている。雨宮さんは北海道のご出身、そんでもって、わたしたちは北海道に家出してることになっている。そこで、ときどき家から来るメール対策に一肌ぬいでもらった。実際、雨宮さんちのエアコンは効きが悪く、雨宮さんは、一肌脱いだタンクトップ一枚で仕事をしている。
 で、そうそう。北海道でのわたしたちの生活を創作してもらい、それを北海道のお友だちに送ってもらい、パソコンから、それぞれの家族に送ってもらっている。札幌の郊外の花屋さんでバイトしていることになっていて、それらしいシャメなんかも合成して添付するという念の入れよう。これが雨宮さんの創作意欲をかき立て、札幌のすすきののガールズバーで働く子達ということで、ラノベを書き始めている。
 先日などは、お世話になっているということで、うちと、サキの家から届け物があったと、お友だちは恐縮していたそうだ。でもって、一番子ども扱いされているサキなどは、新品の下着がどっさり送られてきた。お友だちは、下着に関しては大阪に転送してくれた。
 包みを開けると、手紙が一通入っていた。読んだサキの目は潤んでいた。
「どうしたの?」と聞くと、黙って手紙を見せてくれた。

――信じてます。体に気を付けて。美花へ。ひい婆ちゃん――

 サキは、美花に戻ってお風呂場で、しばらく泣いていた。

 で……そうそう「うらめしや~」 

 さっきも言ったけど、ほんとうにレストラン。雨宮さんに言われて、初めて行ったときには笑っちゃった。
 味はそこそこ、値段が安い。450円で立派なランチが食べられる。なんでも、うちの通りに面して町工場がいくつかあり、そこの工員さんたちが大勢くるようになり、誰言うともなく『うらめし屋』になり、不況で工場の数が減ってからは、シャレで『うらめしや~』にしたそうである。

 わたしとシホは、日替わりランチ。サキは、優柔不断に悩んだあげく、スパゲティーナポリタンセット。それぞれ、おみそ汁とキムチの付け合わせがドッチャリ付いている。
「おじさん、このキムチおいしいね」
 二回目に行ったとき、サキが言った。
「ああ、カミサンが韓国出身やから、ぎょうさん作りよるんで、お客さんに出してんねん」
「あんた、ひょっとして韓国の子ぉか?」
 女将さんに聞かれて、サキは素直に頷いた。
「どこの出身、本貫は?」
 親しげに聞かれるので、ヘタレ八の字眉になって答えた。
「ソウルのミョンドンのあたりらしいんですけど、あたし四世だから、よく分からなくって。本名はかんべんしてください」
「うん、ええよ。みんな事情があるもんな。ウチは金海金やけどな。今は、この人といっしょになって帰化したさかい、佐々木やけどな」
「あたし金(キム)じゃないけど。でも、よろしく」

 そんなこんなで仲良くなり、今日は、こんなことを聞かれた。

「あんたらSマンションの8号室やねんてな?」
「うん、三人で住んでます」
「あそこ、直樹と瞳いう夫婦が住んでたんやけどな……」
「あ、女の人が殺されたって……」
「ウチ、そんな風には思えんでな。なあ、あんた!」
「うん、瞳ちゃんいうのんは、えらい料理下手な子でな。よう二人で食べにきてくれたわ」
「たまには、直樹君が作ってたらしいけどな」
「せや、直樹君の方は、時々厨房で料理の仕方教えたった。フライ返しなんか、ごっついウマなりよって」
「それを横から、瞳ちゃんがじゃれるみたいにチャチャ入れて、ほんまに仲のええ子らやった。直樹君犯人にされて捕まってしもたけど、信じられへんでなあ」
「これこれ、その時店で撮ったシャメや」

 クッタクのない、若くてオチャメなアベックが写っていた。

 で、これが、この件に関しての、事の始まりになった……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№62『夏の思い出……たぶん』

2018-07-28 07:13:07 | ライトノベルセレクト

ライトノベルセレクト№62
『夏の思い出……たぶん』
       

 初出:2013-06-20 15:53:25 

 

 あれは、夏の思い出……たぶん。

 もう、五十年以上前のことなので、たぶん……というぐらいにおぼろな記憶しかない。

 あれは参観と懇談を兼ねて母が学校に来た日なので、後の自分の教師の経験からみても五月頃のことである。
 え、いま、夏の思い出と言ったばかり?
 そう、この、ささやかな記憶の発端は、この五月あたりにある。

 休み時間に、クラスの友だちと滑り台で遊んでいた。
 僕は人交わりが下手なせいか、滑り台を逆上がりしていた。K君が滑り台の上にいた。
「逆上がりしたら、あかんねんで」
「かめへん、滑ってこいや」
 そんな、子どもらしいやりとりのあと、衝撃がきた。
 左手が折れたように痛かった……で、実際骨折していたのだが。

 滑り台での衝撃の記憶の次は、保健室のベッドの上で、泣いていたこと。

 おそらく、その間、友だちが「センセ、大橋クン滑り台から落ちた!」「ええ!?」というようなやりとりがあり、先生(たぶん担任のN先生)が地べたで虫のように丸くなって泣いている僕を見つけて保健室へ連れて行った。そして骨折しているので病院に連絡し、技能員さんが手を空くのを待って病院へ連れて行く算段になっていたのだろう。それまでは放っておかれたような気がする。

「いたい、いたい、カアチャン、カアチャン、いたい……」
「泣いててもカアチャンは来えへん」
 保健室の女先生との、その部分の会話だけ覚えている。

 今なら、こんな状態で子どもを放置しておくことは許されない。すぐに救急車を呼び、関係した生徒の事情聴取をやらなければならない。

 そうこうしているうちに、授業参観が始まってしまった。
 息子の姿が教室に見えない母は、トイレまで、わたしを探しに行ったそうである。その姿を見かねたのであろう、N先生は「実は……」と授業を中断して説明。その足で、母は病院に行ったようだ。

 そのあとの記憶は技能員さんにおんぶしてもらって、家まで帰った玄関先。

 大阪弁で「うろがきた」という。今風に言うと「テンパッタ」母は家の鍵が見つからず、技能員さんが母にことわって、ガラスを破り、手を中に入れて鍵を開けてくれた記憶がある。小柄で良く日に焼けた技能員さんであったような気がする。
 学校から家まで、小走りで技能員さんは行ってくれたような気がする。今の大人とはちがう、一途な懸命さを感じた。年格好から言って兵役経験のお有りになる方だと思う。足腰の確かさ、歩調の力強さは兵士のそれであった。

 話が横道に入るが、「ひめゆりの塔」などの戦争映画を見ると、確実に昔の方がいい。兵隊が本当に兵隊らしく、個人としても集団としてもたたずまいがいい。無駄に力まず、適度な緊張感で敵と対峙している。今の戦争映画の兵隊さんは、ただヒステリックで、騒々しく、それでいて目標としての敵を感じさせない。やはり、元現役の兵隊である人がほとんどであったせいだろう。

 技能員さんは、鍵を開ける途中で手の甲を切られたように覚えている。流れる血を手ぬぐいで拭っておられた。
「玄関先に血い落としてすんまへん」
 そのようなことを言われたような気がする。わたしの親らしく人交わりの苦手な母も、この技能員さんとは、ほとんど口をきかなかったような気がする。
 この技能員さんの、最後の印象は、学校に戻られるときのお辞儀である。
 両脚をピタリとくっつけ、足の間は六十度ほどに開かれ、両手をズボンの縫い目に合わせ、腰のところで三十度ほどにクキっと折り曲げ「ほんなら、お大事に」であった。

 しばらく市民病院に通った。戦災をまぬがれたようなボロな病院だったが、治療は丁寧であった。少し触診したあと、ギブスのチェックと包帯のまき直し……それだけ。
「じゃ、また来週」
 それで、一カ月あまりが過ぎて、母は、病院を見限った。
「ラチあかへんわ」

 それで、病院とは逆方向の電車道沿いの、柔道の道場を兼ねた「骨接ぎ屋」さんに行くようになった。
 
 ほとんど母といっしょに行ったはずなのだが、記憶がない。
 三つ違いの姉が連れて行ってくれた記憶がある。
 治療室は道場の一角で、いかつい丸刈りのオッサンが、なにか怪しげなガラス管の中にピカピカと、まるで小さなカミナリさんが稲光するようなもので患部をさすり、固まりかけた間接を、かなり強引に曲げられた記憶である。
 患者さんは多く、いつも二三十分は待たされた。待合いには怪しげな雑誌やマンガが置かれていて、そのどれもがおどろおどろしかった。
 墓場の死人の目玉だけが這い出てくるマンガがあって、怖くて最後まで読めた試しがなかったが、姉に読んでもらったタイトルは覚えている『墓場の鬼太郎』 そう、『ゲゲゲの鬼太郎』の原本である。思えば鬼太郎も目玉オヤジも穏やかになったものである。

 ある日、骨接ぎ屋さんへの通院の途中。姉がこう言った。
「むつお、ジュース飲むか?」
「うん」
 わたしは遠慮無く、そう答えた。

 十円を入れてボタンを押すと、上から十円分のジュースが落ちてくる。そんな仕掛けであったが、幼い姉弟は、そこに紙コップを置かなければならないことを知らなかった。
「あ、ああ……」
 言ってるうちに、ジュースは無慈悲にも排水溝へ吸い込まれていった。
「もっかい、やってみよか」
 今度は、ちゃんと紙コップをセットして、ボタンを押した。
 暑かった記憶はないのだけれど、いかにも粉末ジュースを溶かしましたというジュースは美味かった。

 姉は、僕が美味しそうに飲んでいるのをニコニコと笑って見ていた。そして、姉が飲んだ様子がない。
 その時は不思議にも思わなかったが、母から預かったのは、治療費の他は、ジュース二杯分の二十円だけだったのだろう。

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。

 その姉も、この秋には六十四歳になる。
 姉の手には、不思議なことに生命線が無い。そして、いまのところ良性ではあるが、膵臓にガンがある。人の倍働き、人の倍結婚して、人の倍離婚して、心ならず独り身になりながら大橋には戻れない。

 この夏、父の三回目の盆になる。秋には三回忌。親に似て小柄な姉は、あいかわらずニコニコやってくるだろう。

 そして、いつかまた思い出すんだろう

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。


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高校ライトノベル・秋物語り2018・9『ちょっと、あんた!』

2018-07-28 06:37:04 | 小説4

秋物語り2018・9
『ちょっと、あんた!』
       

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


「ちょっと、あんた!」

 メグさんの一言で、シホは全部喋ってしまった。

「そんなつもりは無いんです、ほんとです。雄貴は馴染みのお客さんだし、休みの日に、梅田でばったり会っちゃって、最初は、ご飯食べたりお茶したりだけだったんです……」
「で、ラブホに行ったんは、何回目でや?」
「に、二回目です……」
「金、もろたんか……?」
「もらってません、最初は」
「最初は……今まで、何回行ったんじゃ!?」
「せ、正確には覚えてないけど、五回ぐらいです」
「で、金は二回目からやねんな?」
「……はい」
「あ~あ、どないしょ……?」

 メグさんは、わたしの知る限り、初めてタバコを喫った。

「しばらく様子見たら。わしの見るとこ、この店に目ぇつけてるポリさんは、秋元のおっちゃんだけみたいやし」
 タキさんが、厨房の中でボソっと言った。
「ほ、他の子らはやってへんやろな!?」
 リュウさんが、声を裏返して言った。みんなが首を振って、互いの顔をチラ見した。
「スマホかし」
 メグさんが、ひったくるようにしてシホからスマホを取り上げると、優子と登録してある雄貴のアドレスと、着信履歴を消した。
「リュウさん、使うて悪いけど、このスマホの番号変えてきて」
「わ、分かった。亜紀、いっしょに来い」
 リュウさんは、思わずシホの本名を呼んでスマホ屋さんに急いだ。

「ほんまやったら、首やけどな。店もアゲアゲやし、今回は様子見いにする。ええか、外でお客さんに会うて、無視することもでけへんけど、絶対寝たらあかんで。寝たら……こういうことになるかもなあ」

 メグさんは、そっと左の小指に右手を添えると、なんと右手の小指の先を取ってしまった。

「……う」

 みんなから、声にならないうめき声がした。
「ちょっと、トイ……」
 サキが、最後まで言えずにトイレに駆け込んだ。
「バイトの三人! あんたら、まだ高校生やねんさかい、特に気いつけてや……」
 そういうと、メグさんは小指の先を元通りにはめた。メグさんが、自分については語りたがらないワケが分かったような気がした。
「メグのときは、この包丁やったかなあ……」
 タキさんが、でっかい出刃包丁を出した。
「かなんオッサンやなあ、そんなもん早よ、しもて!」
 足を組み替えて、メグさんはイラつき、もう一本タバコに火を付けた。
 サキが戻ってくると、バイトのトモちゃんが立ち上がってキクちゃんに耳打ちし、なにやら小袋を受け取ると、入れ違いにトイレに向かった。
「……オモラシ」
 カオルちゃんに言ったのが、小声だけどよく分かった。でも、誰も笑わなかった。

 トモちゃんが照れかくしに流した水の音が、いやに大きく響いた……。

 その夜、お店は、いつものように賑わっていた。そう、あの雄貴がやって来てさえ。
 ただ、雄貴の相手はメグさんだった。シホは因果を含め早引け、それもシゲさんが直接のお出迎えで。
「はい、どうぞ」
 メグさんはカクテルを出すフリをして、器用にこぼして雄貴のシャツにかかるようにした。
「あ、ごめん、かんにん雄貴君!」
 メグさんはカウンターから出て、甲斐甲斐しくオシボリで雄貴の服を拭いた。そして、何気なく自分の小指の先がないことを見せた。あきらかに雄貴の顔色が変わった。
 当然話も弾まず、雄貴は十分ほどで立ち上がった。
「お客さん、ちょっとお待ちを……」
 厨房からタキさんが出てきて雄貴を店の外に連れだした。

「女の子と寝て、金貸したら、勘違いされまっせ。これ、シホちゃんから預かってたお金。確かに返しましたよってにな。今日のお代は、ちゃんと引かせてもらいました。ほな、またお越し……」
 わたしは、メグさんのタスポを借りてタバコを買いに行くフリをして、そのダメ押しを聞いてしまった。

「じゃあ、今夜はメグのマジックショーをやりまーす!」

 みんなが、メグさんに注目した。
「うちの左手にご注目!」
 メグさんは、マジシャンのように手をくねらせて、左手の健在を示した。
「アン、ドゥ、トヮ!」
 メグさんの左の小指が消えた……シャレになんないよ。
「これが、むしり取った、小指。ターさん持っててくれはる」
「おいよ。うわー、ようでけてんなあ!」
 そりゃあ、そうだろう。一カ月近くいっしょに仕事してて、わたしたちの誰も気づかなかったんだから。
「では、この指を再生いたしまーす。アン、ドゥ、トヮ!」
 
 ぶったまげた、メグさんの小指が戻っちゃった!

 メグさんは、お客さんに見せた後、わたしたち女の子にも見せてくれた。握ってもひっぱても、当たり前の小指だった。他の仲間は納得したようだったが、わたしは、半分不審に思った。それが顔に出た。

「ちょっと、あんた!……本物やろ?」
 そう言って、小指でデキャンタを持ち上げて、わたしは、やっと納得した。

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高校ライトノベル・秋物語り2018・8『フライングゲット』

2018-07-27 06:19:43 | 小説4

秋物語り2018・8
『フライングゲット』
 
            

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


 ちょっと古いけど「フライングゲット」てフレーズがお店で流行り始めた。


 この時季ハズレは、なにを隠そう、サキなのだ。
 最初に、このガールズバーに慣れたのはシホで、八月の始めには水を得た魚って感じ。サキはどっちかっていうとブキッチョなほうで、シェイクするときに、眉がアニメキャラが困ったときのようにヘタレタ八の字になり、とてもケナゲで、お客さんに人気になったことぐらい。
 だけど、お馴染みさんがチラホラできはじめると、お決まりのオーダーを覚えてしまい、「あ、なになにさん、スクリュードライバーね!?」てな具合にオーダーを当てる。それをお客さんが「お、フライングゲット!」と言い始めたのが始まり。

 深夜にねぐらのワケありマンションに戻り、大阪に来て習慣になった二人でいっしょの入浴の時や、その後のおしゃべりで、サキのことがだいぶ分かってきた。いや、本名の高階美花(ほんとの本名は呉美花だけど、本人は通名の本名の方に愛着を持っている)のことが。
 美花とわたしのスマホには家からメールと電話の着信が何度かあった。その都度メグさんは「好きにしてええで」という。でも大阪での生活が楽しいので――北海道に居ます 新学期には帰ります 探さないで――とメールを打っておいた。
 わたしは、新学期には本当に戻るつもりでいたけど、美花は揺れている。学校に居るよりも、今の生活が楽しいんだ。でも、時々「雪月花」なんかで出会うサトコさんなんかは「テキトーなところで切り上げて、東京に戻った方がいい」と言う。
 あ、そうそう、八月に入ってバイトの子が来るようになった。トモちゃん、キクちゃん、カオルちゃんという。三人とも十八を過ぎた高校生。一見してパープリンだけど、メグさんのオメガネにかなった子達で、最初から、客あしらいは上手かった。
 バイトの三人が来てから、休みが取れたり、店に出ても休憩が取れるようになった。

 一度、美花と休みがいっしょになったので、有名なコリアタウンに行ってみた。

 暑かったんで、アーケードのあるところしか行かなかった。あちこち店を冷やかして、何軒目かの食材屋さんでキムチとチジミの試食をさせてもらった。見た目よりうんと美味しかったので、お隣の雨宮さんのお土産もかねて、250グラムずつ二個買った。店のオバアチャンが話し好きで、出身の済州島の話なんか楽しくしてくれ、わたしたちも仕事柄人の話を聞くのが上手くなり、一時間も過ごしてしまった。

「やっぱ、韓国って外国だな」
 と、美花が言った。
「あたしって、もう四世なんだ。一度東京戻って、ちゃんと十八になったら帰化しようかな……」
 自問自答のようだったので、わたし、あえて返事はしなかった。

 でも美花が、自分のことを前向きに考え始めたのは確かなようだ。

 帰ってから、雨宮さんにお土産のキムチを持っていった。
「うわー、ありがとう。ちょっと上がってよ」
「いいんですか。お仕事とか……」
「いいのいいの、仕事に熱が入るの夜だから。あたしって、仕事柄引きこもりみたいなもんでさ。生きてる人間とお話しするの嬉しくってさ」
「雨宮さんて、大阪の人じゃないんですか?」
「北海道。気分次第で日本中どこにでも越しちゃう。ここに来る前は、横浜に一年半、その前が東京の南千住。その前は仙台だったかな……?」
 そんなことを言いながら、雨宮さんは、キムチをウツワに入れ、好物のエビセンといっしょに出してくれた。
「エビセンとキムチって、意外に合いますね」
「そりゃ、コリアタウンでしょ。横浜にもあったけど、こっちが本場かな。でさ、あんたたち見てるとね、なんだか楽しげでさ。最初見たときは、家出娘みたく見えちゃったけど、ほんとは自由な現代(いま)の子なんだよね」
「ええ、いちおう……」
「この夏で連載一本終わっちゃうのよね。そいで次のネタ探してたんだけど、あんたたち、いいなあって思って。ガールズバーのラノベって、あんまし聞かないしさ。いわばフライングゲット!」
 意外にも、サキ(状況で使い分けてます)が、よく喋った。やっぱ、今の生活が楽しいようだ。

 次の日は、シホが休みで、わたしたちが出勤だった。

「ちょっと、シホちゃんのことで聞きたいんだけど」
 店に着くなり、メグさんに聞かれた。
「シホがなにか?」
「優子って子知ってる?」
「いいえ、サキは?」
「聞いたことないです」
「リョウに裕子ってのが居て、ひょっとして、そのあたりからの引き抜きかとも思ったんや。せやけど、あのタイプは、もっとええのんが、ゴロゴロ居るさかいな。うちやったら、狙うんやったらサキちゃんや」
「え、そうなんですか!」
 サキが、嬉しそうな顔をした。
「あんたみたいな、天然キャラは貴重や」
「ひょっとしたら、もっと別の引き抜きかもしれへんなあ」
 タキさんが、入って来るなり言った。
「ごめん、うちの声大きいよってに」
「スマホの履歴見てんな?」
「当たり……優子って子から頻繁にメールが来てんねん」
「ネカマのフライングゲットかもな。アチャー、フライングポテトが切れかけや」
「そら、フライドポテト」

 二人は、声を出して笑ったけど、目は笑っていなかった……。 

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高校ライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー・4『ふるさと』

2018-07-26 07:11:13 | 小説3

栞のセンチメートルジャーニー・4
『ふるさと』
    


 気がついたら、一面の菜の花だった。

「いったいどこなんだろう?」
「栞に分からんものが、オレに分かるか」

 前回はいきなり、昭和三十一年の秋。それも栞が堕ろされた病院のすぐ側、O神社の近くに飛ばされ、栞が堕ろされる状況を追体験してしまった。
 どうも、この地図と年表は、使いこなすのが難しいようで、栞がフト頭に浮かんだ場所。時代に行ってしまうようだ。げんに今、栞は「いったいどこなんだろう?」と他人事のように言った。

「田舎の話してたんだよね」
 栞は、菜の花を一本もてあそびながら、遠足のような気楽さで歩いている。
「ここ、お母ちゃんの田舎じゃない?」
 そう言われて、周りを見渡すと、母の田舎である蒲生野とは、いくぶん様子が違う。遠くに見える山並みが、幾分いかつく。蒲生野特有の真宗寺院を中心とした、村々が見えない。ところどころに灌木に混じって白樺のような木々が立ち上がり、ちょっとした林になっている。林の彼方には茅葺きの家がたむろした村が見えるが、蒲生野のように、家々が肩を寄せ合うような集村ではなかった。道も畦道ではなかったが、道幅のわりに舗装もされておらず、電柱も……送電鉄塔さえ視野に入らない。
 

 名の花畑に 入り日薄れ 見渡す山野端 匂い淡し 春風そよ吹く……♪

 栞が『朧月夜』を歌っていると、一瞬風が強くなり、ソフト帽が転がってきた。
「お……」
 反射神経の鈍いわたしは、広い損ねた。
「ほい」
 栞は、菜の花で、ヒョイとすくい上げ、帽子は、道の脇を流れる小川に落ちずにすんだ。
「やあ、助かりました。ありがとうございます」
 信州訛りの言葉が追いかけてきた。
「はい、どうぞ」
 栞は、帽子の砂を払って、信州訛りさんに渡した。
「どうもです。いやあ、セーラー服なんですね。ハイカラだ、都会の方なんですね」
 この言葉と、周りの様子、そして信州訛りさんのスーツの様子から、大正時代以前だと踏んだ。
「ええ、東京の方です。素性はご勘弁願いたいんですが、怪しいものじゃありません」
「ご様子から、華族さまのように……いえいえ詮索はいたしません。東京の方が、こんな信州の田舎にお出でになるだけで、嬉しく思います。あ、わたし、永田尋常小学校に勤めております高野辰之と申します」
「高野さん……」
「しがない田舎教師ですが、いつか東京に出て勉強のやり直しをやろうと思っています」
 大人びてはいるが、笑顔は少年のようだった。高野という名前にひっかかったが、調子を合わせておいた。
「あれは、妹ですが、ちょいと脳天気で……」
「失礼よ、お兄様。わたくし栞子と申します。兄は睦夫。今上陛下の御名から一字頂戴しておりますけど、位負けもいいところです」
「それは、それは……いやいや、そういう意味ではなく」
「ホホ、そういう意味でよろしいんですのよ」
「あ、いや、どうも失礼いたしました」
 高野さんは、メガネをとって、ハンカチで顔を拭いた。向学心と愛嬌が微妙なバランスで同居した顔だった。
「高野さん、ここは、まさに日本の『ふるさと』という感じですね。わたくし、感心……いえ、感動しました」
「それは、信州人として御礼申し上げます」
「兎を追ったり、小鮒を釣ったり、名の花畑に薄れる入り日……山の端が、なんとも……」

「「匂い淡し」」

 二人は、この言葉を同時に口にして、若々しく笑った。

 それから、高野さんは、信州の自慢話を、本当に楽しそうに語った。しばらくすると、道の向こうから高野さんのネエヤが、高野さんを呼ばわった。
「これは、とんだ長話をしてしまいました。それでは、これでご免こうむります」
 高野さんはペコリと頭を下げると、少年のような足どりで菜の花の中に消えた。

「栞、どうして栞子なんて言うたんや」
「だって、この時代、華族さまの娘なら、子の字が付いてなきゃ不自然……見て、山の上に朧月が出た!」

 戻ってきてから気が付いた。高野辰之は『ふるさと』や『朧月夜』『春がきた』などの国民的な童謡を作った人だ。

 栞は知ってか知らでか、ずいぶん作詞のヒントを与えたようだが、平気な顔をしてゲ-ム機に取り込んだ童謡を聴いている。ボクは、その印象が薄れないうちに、この短文を書いているが、しだいに朧月のようにあやふやになっていく……。

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高校ライトノベル・秋物語り2017・7『もう一人のサトコ』

2018-07-26 06:58:25 | 小説4

秋物語り・7
『もう一人のサトコ』
        

 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


 完ぺきなプロポーションには威圧感があることを、初めて知った。

 そして、その上に完ぺきな小顔のモテカワの首が乗っかってる。でもって、手を腰に当てて、小首傾げて、口を少し斜めに歪めてんだから勝負にならない。

「あんたたちね、うちと紛らわしい名前の店のバーテンダーは?」
「あ、あの、失礼ですが、あなたは?」
「新顔から名乗るのが、この街のしきたりよ……」
「あ、あたしたち『リュウ』の……わたしがサトコで、この子がサキ、横のがシホです……あの、よろしくお願いします」
「ああ、あんたがサトコか」
「でも三文字は長いんで、三日ほど前からは、トコになっちゃいましたけど……」
「ハハ、長すぎるか。で、トコ。よしよし、ま、いいだろ。あたし『リョウ』のサトコ。よろしくね」

 小顔のナイスバディーが手を差し出してきた。AKBの握手会みたいに、短い握手を交わした。

「あんたたち、東都短大の現役なんだって?」
「え、ええ。夏休み利用して、えと、体験学習です」
「体験学習!?」
「は、はい」
 三人の声が揃って、盛大に笑われた。
「おっちゃん、双左右衛門町に体験学習ってのは、笑っちゃうわよね?」
 店のオッチャンが、どっちつかずの笑い声を返してきた。
「あたしも東都短大なんだ、二年前に卒業しちゃったけどね」
「え~ そうなんだ!」

 正直ヤバイと思った、なんたって、わたしたちは立派なガセなんだから。

「いやあ、学生時代は、あんましいい思いでないから、あたしが話題にしないかぎり、あんまし言わないでね」
 YAHOOで覚えた東都短大の話をすると、意外にも向こうの方から、話を打ち切ってくれた。
「あたし、フェリペから東都、なんか力抜けちゃってさ。渋谷うろついてたらスカウトされちゃって、この道に入っちゃって、もう学校の倍くらいは、この仕事に身い入れちゃってる。去年『リョウ』に移籍して、AKBにとっての乃木坂みたいなもんでね、最初むくれてたけど、任せられちゃってさ。自分で仕切るっておもしろいよ」
「仕切ってるんですか!?」
「うん、マネージャーは、いるんだけどね、若い人相手には、若い感覚がいいってことでね。新人の面接とか、シフト考えたり、この春は、店の改装までやっちゃった」
「すごいんですね!」
「ずっと、この道でやっていこうと思ってるんですか?」
 ガールズバーに一番関心が高いシホが身を乗り出した。
「まだ分かんない。今は、面白いからやってるけど、ガールズバーって業態がいつまで持つか分かんないしね」
「でも、考えてはいるんですよね?」
「あんた、はまりそうな顔してるけど、こういうオミズは、先を読む力がなきゃ、一生の仕事にはならないわよ。あ、ブタタマ焼きすぎ、かえさなくっちゃ。ちょっとテコ貸して……ヨッ!」

 かけ声と共に、器用に三枚のお好み焼きを返していった。

「あたしはね、こういうの経験して、将来は別の仕事やろうかなって、思うわけよ……あ、かえしたら、あんまり触んない。もんじゃ焼きじゃないんだからね」
「別の仕事って?」
 サキが聞いた。仕事に興味があるんじゃなくて、サトコって人に興味を持ったようだ。
「それは、ナイショ。言ったら夢が逃げていきそうでさ。ま、女の盛りは長くなってきちゃったからさ、昔みたいにハカナムこともないんだけどね、その盛り盛りに合ったことしてゴールにつきたいわけ」
「ひょっとして、玉の輿?」

 アハハハハハハハハハ

 サトコさんが、大笑いした。店のオッチャンと、店の仲間らしい女の子たちまで笑い出した。
「サキちゃんて、かわいいね。シホちゃんの背伸びもいいし、トコちゃんのつかみ所のないとこもいい」
 短時間だけど、サトコさんは三人の個性をよくつかんでいる。学校の先生にも、こういうところがあればと思った。
「最初はね、ちょっと警戒したんだ。似た名前でリュウさんてのがガールズバー出すって聞いてさ、スパイも送ったんだよ。で、真っ当な店で、そこそこのとこでさ、双左右衛門町のガールズバー全体の集客に役立ってるって、今のとこ判断してる。共存共栄でいきましょう。さ、焼けたわよ。久々に東京弁同士で話できて嬉しかった。じゃ、またね」

 サトコさんは、お仲間を連れて店を出て行った。なんか迫力負け。あとは、モソモソ三人で食べた。

「オッチャン、お勘定!」
「あ、サトコちゃんにもろてるよ」

 これが、サトコさんからの、最初の借りになった……。

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ニアライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー・3『栞の終わりから始まる話』

2018-07-25 06:54:15 | 小説3

栞のセンチメートルジャーニー・3
『栞の終わりから始まる話』
    


 玉串川から帰ってきて、和尚からもらった地図と、年表を広げてみた。

「どないして使うんやろ。栞、分かるか?」
「分かんないよ。どうして使い方聞いてこなかったのよ」
「栞かて、聞けへんかったやないか」
「だって、兄ちゃん知ってるって思ったから」
「なんで、オレが分かるねん?」
「だって、もともとは、社会科の先生だったじゃない」
「これは並のもんとは、ちがう。枯れる寸前の桜を満開にして、とうの昔に亡くならはった今東光和尚を呼び寄せたんは、栞の力やろ。せやから栞は分かってる思た」
「桜はわたしだけど、あの和尚さんは知らないもん」
「そんなこと言うたかてな……」
「そんなに頼りないから、早期退職なんか、するはめになったんじゃん!」
「じゃんとは、なんじゃ!」
 ……と、兄妹げんかになってしまった。

 そして、気が付くと、ここに居た。二十歳過ぎまで住んでいた、大阪市の東北の町はずれ。O神社の秋祭りの真っ最中。
 この近所に、終戦後、まだ少年だった野坂昭如が、赤ん坊の妹と一時期住んでいた。O神社自体、その縁起は源義経にまで遡る由緒正しい神社である。
 栞と二人で現れたのは、神社の前ではない。鳥居の前を東西に走る道の西の外れあたり、見覚えのある御旅所に御神輿が据えられ、町内の大人や子供たちで賑わっていた。
 道沿いの様々な出店が黄昏の中に、ポツリポツリと電球を灯し始めていた。

「あたし、ちょっと遊んでくるね」

 あたりをグルリと見渡して、栞は気楽に、そう言った。かなたに学校帰りの女学生の一群がいて、たちまち、その中に紛れてしまった。
 電気屋の前は人だかりがしていた。覗き込むと、ショ-ウインドウの中のテレビが大相撲の秋場所を中継していた。
「がんばれ、千代の山!」と子どもの声がした。行司の呼び出しで、千代の山と東富士の横綱同士の対戦と分かったが、記憶にない。おそらく大鵬、柏戸以前の横綱だろう。道路が舗装されていないことや、映画の看板から、昭和三十年代の初めごろと感じられた。
 町行く人たちに、ボクの姿は見えているようで、ぶつかるようなことは無かった。しばらく行くと『祝政令指定都市』の横断幕が目に付いた。錆び付いた記憶をたどってみると、大阪が京都や横浜などと並んで政令指定都市になったのは、昭和三十一年である。良く覚えていたものだと、自分で感心したら、横断幕に昭和三十一年九月一日と書かれていた。我ながら間の抜けたオッサンである。

 タコ焼きや イカ焼きの良い匂いがしてきた。値段を見ると十個十円と書いてある。そう言えば、物心ついたころ、タコ焼きは十円で十個と八個の店があり、値段の端境期であった。姉は友だちと足を伸ばして遠くの店まで十個十円のタコ焼きを買いにいっていたっけ。安いと思った。が、この時代の金は持っていない……と、ポケットをまさぐると、百円札二枚と、十円玉八個が入っていた。念のため十円玉を調べると、みんな、この年以前のギザ十だった。
「おっちゃん、二十円で」
「はいはい」
 オッチャンは経木の舟に手際よくタコ焼きを並べ、ハケでソースを塗って、青のり、粉鰹をかけて新聞紙でくるんでくれた。この時代は、マヨネーズをかける習慣はまだない。
 栞が戻ってきたら食べようと、両手でくるむようにして持った。
 首を向けると本屋が目に入った。『三島由紀夫 金閣寺発売』の張り紙が目に飛び込んできた。『金閣寺』の初版本は古本の相場でも十万円はするだろう……値段を見てガックリきた「二百八十円」 タコ焼きを買わなければ買えた。と、よく見ると、発売は十一月で、予約受付中になっていて苦笑した。

 キキ、キー……と微かな音がした。向こうの大通りを走る市電のきしむ音だ。あの通りと川を越えると、当時住んでいた社宅がある。そこには三十を超えたばかりの両親と六歳の姉、そして三歳の自分自身が居るはずだ。でも、とても見に行く気にはなれない。ここに来たのが唐突であったこともあるが、ボクにとっては、昭和というのは、忘れ物と同義である。だが、この忘れ物に正対する性根がボクには無い。

 突然悲鳴がした。キャーともギャーともつかない断末魔のような悲鳴が……!

 悲鳴の方角には路地があり、路地の入り口には古ぼけたブリキの看板があった。
『S産婦人科→』
 他の人たちには聞こえなかったようで、みな、電気屋のテレビや、屋台の出店、本屋に群がり、あるいは、そぞろ歩いていた。何十分かがたった……路地の向こうの産婦人科の出入り口から小男が出てきた。小さな体からは罪ともやるせないとも取れる気持ちが滲み出て、小さな体を俯かせ、さらに小さくしていた。
 小男が、ボクの前を通り電車通りの方に向かった。刹那、その横顔が見えた。

――と、父ちゃん……!?

 父の背中を見送って、ノロノロ振り返ると、栞がションボリと立っていた。
「兄ちゃん、見てしまったんだね……」
「し・お・り……」
「なんで、こんな時代、こんな場所にタイムリープしちゃったんだろうね」
「ここは……?」
「そう……わたしが死んだ場所……お母ちゃんは、明日の朝には帰る」

 秋祭りの賑わいの中、手の中のタコ焼きは、すっかり冷めてしまった……。 


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高校ライトノベル・秋物語り2017・6『とりあえず一週間』

2018-07-25 06:50:55 | 小説4

秋物語り・6
『とりあえず一週間』
        



 主な人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


 開店三日目で、女の子にとって大事なものを失った……。

 何を想像してもいいけど、多分あなたの想像しているものではありません。名前です、名前!

 もともと偽名なんだけど、サトコの「サ」が取れてトコになってしまった。
 理由は二つ、わたし以外は、シホ、サキ、メグと二文字なのでいつのまにか、まずメグさんが「トコ」って呼び始め、お客さん達も「トコ」と呼ぶようになった。
 もう一つの理由は、近所のガールズバー『リョウ』ってとこにサトコって売れっ子がいるので、元もと店の名前も紛らわしいので、トコで定着してしまった。

 それから、三日目には、メグさんが新しいスマホを、わたしたちにくれた。

「今までのは、使うなって言わないけど、できたら電源切ってしまっとき。意味は分かるなあ」
「業務用ですよね?」
「せや。ときどきウチが履歴チェックするけど、悪う思わんといてな。あんたらみたいな子使おと思たら、これくらいはしとかんとな」
 
 ガールズバーってのは、むろん若いサラリーマン風やら、自由業風(この範疇は広い)の人。たまに芸能関係のハシクレみたいな男の人が多い。
 メグさんは話術が上手く、それ目当てのお客さんもつき始めた。わたしたちは、教えられたとおりカクテルこさえたり、ときどきAKBの歌を歌ったり。あとはお客さんの話を聞いて上げる。大阪の特徴かもしれないけど、お客さん同士も、よく喋る。話しているうちにボケとツッコミができて、店全体がバラエティーのスタジオみたくなることもある。で、冷房がよく効いているので、Tシャツのお客さんなんか30分ほどで寒くなってきて、店は程よく回転していく。

 サキのシェイクが、ちょっと評判になった。身長が148しかないサキはシェイクすると、体中がブルブル振動する。で、眉がアニメキャラが困ったときのようにヘタレ八の字になり、とてもケナゲで、お客さんに人気になった。

「あ、そーなんだ」
 
 これが、わたしの口癖らしい。「エー!」とか「ヤダア!」とかをかわいく言えないわたしは、ついなんだか無感動に「あー、そうなんだ」を言う。塾の先生をやってるお客さんに、距離感の取り方のいい言葉だといわれた。大阪弁は「ほんま!?」「そー!?」と音節が短く、その分、言葉にパワーが要る。これは、メグさんや、厨房(と言っても客席からはムキだし)のタキさんの担当。
 あ、タキさんてのは滝川さんのこと。昼間は南森町ってとこで『志忠屋』って洋食屋さんのオーナーシェフ。最近は、別のシェフにほとんどまかせっきりで、どっちが本職か分からない映画評論なんかもやっている。で、元気を持て余して、リュウさんのお父さんに頼まれて期間限定で厨房に入っている。週末には、タキさんがガールズバーで厨房に入っていることを知った女の人たちもやってくるようになった。
 メグさんといい、タキさんといい、歳は親子ほどちがうけど、話題が豊富で、人の気をそらさないところは、さすがだ。

 四日目に、秋元さんが来た。最初は私服なんで分からなかったけど、目力で分かってしまった。

「三人とも、すっかり板についてきたなあ。これもメグさんの仕込みがええからかなあ」
「いややわ、この子ら、飲み込みがええんですわ。なあ、トコちゃん」
「え、どうでしょ、アハハハ」
 わたしは愛想笑いしている自分に感動してしまった。

 そして、週末の土曜日。その日は11時の早じまいになった。

「みんなお疲れさん。第一週の売り上げは、148万5000円。目標達成!」
「ヒュー、サキの身長といっしょだ!」
「あ、ほんとだ148・5センチ」

 早明けした三人は、お好み焼き『雪月花』に行った。

 そこに、ガールズバーの先輩である『リョウ』のサトコが居た。
 なんで、分かったかというと、向こうから声をかけてきたから……。

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シニアライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー『その始まり』

2018-07-24 06:55:03 | 小説3

栞のセンチメートルジャーニー
『その始まり』
 
          

「兄ちゃん、いちだんと出不精になったね」

 冷蔵庫から、お決まりのコーヒー牛乳のパックを二つ取りだし、炬燵の上に並べながら言った。
「オレは、そんなに肥えてない。現役時代の67キロをキープしてる」
「そのデブじゃないよ。相変わらずのダジャレだなあ」
 パックにストローを刺して、わたしに寄こした。
「還暦前のオッサンが、引きこもって、コーヒー牛乳飲みながら、パソコン叩いてるのは……」
「なんやねん?」
「うら寂しいね……」
 そう言って、栞は、コーヒー牛乳を飲みながら、部屋を眺め回した。
「あ、カレンダーが二月のままだ」
 身軽に立ち上がって、従兄弟のお寺さんからもらった、細長いカレンダーをめくった。寺のカレンダーなので、月ごとに、教訓めいた格言が書いてある。

「人間には 答の出ない悲しみあり……か」

 格言を音読した栞を見上げるようなかたちで目が合った。
「兄ちゃんの悲しみは……悲しみの象徴が、わたしなんだよね」
「何を勝手にシンボライズしとんねん」
「ほらほら、言ってみそ。『神崎川物語 わたしの中に住み着いた少女』に書いてるでしょ。『こいつには、いっぱい借りがある』って。あれは素直で、たいへん結構でした、花丸!」
「あれは、文飾や文飾!」
 わたしは、飲み終わったコーヒー牛乳のパックを屑籠に放り込んだ。見事に決まり、ガッツポーズ
「ナイス、ストライク!」
「子供じみたことを……雫が垂れて拭くのはわたしなんだよ」
 栞は、卓上のティッシュを引っぱり出して、拭いた。
「今、拭こうと思たとこや!」
「どうだか……」
 栞は、天井に付いたままのシミを見上げながら言った。
「あれ、リョウ君が小さいときに、チュウチュウ握って吹き上げたときのシミ。すぐに拭くからって、そのままにしたもんだから、もう取れなくなっちゃったんだよね」
「なんで、そんな細かいとこまで知ってんねん!?」
「だって、妹だもん。それも悲しみの象徴の……」
 おちょくった、憂い顔になった。
「これ、見てみい……」
 本棚から、一枚の封筒を取りだし見せてやった。
「公立学校共済……年金見込額等のお知らせ?」
 コーヒー牛乳の最後の一口を口に含んで、栞は吹き出しそうになった。
「安……!」
「せやろ、シブチンやないと、長い老後はやっていかれへんのや!」
 わたしが二十七年間勤めて、確定した共済年金額は1165900円に過ぎない。老齢年金や、個人年金を加えてもカツカツである。

「でも、それが出不精の言い訳にはならないわよ!」

 その一言で、栞を乗せて、玉串川の川べりを自転車で二人乗りするハメになった。むろん栞の姿は見えないので、人にはえらく重い自転車を漕いでいるように見える。
「なんで、幻の栞に体重があるんや!」
「兄ちゃんには、栞は実在だからね。悪しからず」
 この二三日暖かくはなったが、玉串川の桜は、まだまだ固い蕾だった。
「まだ、ちょっと早かったなあ……」
「ちょっと、待っててね」
 栞は自転車を降りると、あたりを見渡し、一番老木と思われる桜に、何やら話しかけ、気安く「お願~い!」という風に手を合わせた。
 すると……その桜が、みるみる満開の桜になった。
「うわー、ごっついやんけ!」
 思わず、河内弁丸出しで声を上げてしまった。
「この桜はね、もう歳をとりすぎたんで、この春には咲かないんだ。咲かないと分かったら、もう切り倒されるだけ……で、お願いしたの。元気だったころの姿を一度だけ見せてちょうだいって」
「ほんなら、これは……」
「そう、この桜の青春時代の思い出……三十分ほどしか見られないから、しっかり見て上げて」
「うん……」

「これは見事やなあ……!」
 十分ほどたったころ、後ろで声がした。見ると、目のギョロっとした坊主が、後ろ手を組んで満開の老桜を見上げていた。
「このお坊さん、この桜が見えるんだ……」
 この桜の満開の姿は、他の通行人の人には見えない。なのに……。
「フフ、お嬢ちゃんの姿も見えてるで。お嬢ちゃんが、この桜を励ましてやってくれたんやな」
「あ、あ、あの、お坊さん……」
「孫ほど歳が離れてるように見えとるけど、あんたら兄妹やな……」
「坊んさん……ひょっとしたら、天台院の?」
「せや、今東光や……」

「これ貸したげよ」

 満開の桜の下で、事情を説明すると、東光和尚は、衣の袖から、何やら取りだした。
「これは、地図帳と年表ですね……」
「せや、ただ特別製でなあ。力のあるもんが念ずると、それで、旅行がでける。地理的にも時間的にもな」
「ボクに、そんな力が!?」
「アホいいな。あんたは、ただの初老のおっさんや。力があるのは、妹さんの方や」
「わたしが?」
 栞もびっくりした。
「この桜を元気づけて、昔の姿を思い出せたんや、あんたには、そのくらいの力はある。まあ、家帰って試してみい。単位にしたら、ほんの何センチやけど、ほんまに行けるよって。まあ、ちょとしたセンチメートルジャーニーやな」
 そのダジャレが自分でもお気に召したのか、東光和尚は呵々大笑された。
「こんな貴重なもの……どんなふうにお返しにあがったらよろしいんでしょう?」
「あんたが、要らんようになったら、自然にワシとこに戻ってきよる。気いつかわんでええ」
「ありがとうございます」
 兄妹そろって、頭を下げた。
「ほんなら、もう行に。あんたらは、もう、この桜堪能したやろ……こいつは、もとの老桜に戻るとこは見られたないらしい」
「あ、ほんなら、これで失礼します」
 わたしは、自転車に跨った。妹の体重が掛かるのを感じてペダルを踏もうとしたとき、東光和尚の声がかかった。
「お嬢ちゃん、あんた名前は?」
「はい、栞っていいます」
「ええ名前や。人生のここ忘れるべからずの栞やなあ……大事にしたりや、兄ちゃん」
 和尚が桜を見上げるのを合図のように、ボクはペダルを漕ぎ出した。

 そして、後ろはけして振り返らなかった……。

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高校ライトノベル・秋物語り2018・5『初出勤だよ~ん!(^0^)!』

2018-07-24 06:43:53 | 小説4

秋物語り2018・5
『初出勤だよ~ん!(^0^)!』 
       

 人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


 あー、さっぱりした! 真夏のお風呂って、やっぱサイコー!

 人殺し(厳密には傷害致死で、病院で亡くなってる)のあった部屋でも、真っ昼間は気にならなくなった。
 シホがエアコンをガンガン効かしてくれていたので、ゴクラクゴクラクだ!

「お、シホ、ビールなんか飲んじゃってるじゃん!」
 いっしょにお風呂入ったサキが陽気に叫んだ。
「ノンアルコール。冷蔵庫開けてみな」

――仕事以外での飲酒喫煙禁止!――

 冷蔵庫の裏側に張り紙がしてあった。
「シビアなんだね……」
 サキが感心したように言った。

「キャー!」

 風呂上がりのシホが、洗濯をしようとして、叫んだ。
「ゴキブリでも入ってた?」
「ううん、もっとスゴイよ……」
 わたしとサキが覗いて、同じように驚いた。洗濯機の中に男物の下着やTシャツが入っていたのだ!
「……ちょっと、フタの裏に張り紙」

――洗濯物は、男物といっしょに洗って干す。下着は中で干すこと。ダミーの男物は新品、安心せえ――

「行き届いてんね」
「それだけ、物騒なのかもね」

 それから目覚ましを5時に設定してから昼寝した。初めての家出の興奮で眠れないかと思ったら、意外に5時まで寝てしまった。身支度して、ちょっと濃いめのメイクをシホにやってもらい。最後にルージュを引いて、口をパカパカやってると、ドアベルが鳴った。
 スコープで覗くと、シゲのオジサンが、スーツ姿にメガネで立っている。
「オジサン、イメチェンじゃん!」
 ドアを開けながら、シホが叫び、わたしとサキは目を丸くした。どう見ても銀行の課長ぐらいに見える。
「アホ、大きな声出すな。この辺はカタギの人が多いねんさかいな」
 そういうと、シゲさんは下駄箱から、男物の靴とサンダルを出した。
「ええか、玄関には、こないやって男物の履き物を置いとくこと、戸締まりは大丈夫やろな?」
「うん、ベランダとか二重のロックにしておいた」
「よっしゃ。洗濯もんは、ちゃんとやったな?」
「はい、張り紙通りインナーは部屋の中でーす」
 サキが、リビングの一角を指差した。色とりどりの下着を見ても、シゲさんは「ウン」と頷くだけであった。

 廊下に出ると、タイミング良くお隣さんが顔を出した。二十代とも四十代とも取れそうな女の人だった。
「あ、これが、さっき言うてた子らですわ。あんたらも挨拶しとき、こちら、お隣の雨宮美香子さん。さっき、わし挨拶しといたさかい」
「どうも……雨宮です」
「吉田志穂です」
「氷川聡子です」
「田中咲です」
 わたしたちは高校生のように挨拶した……って、本物の高校生なんだけどね。

「雨宮さんて、ひょっとしてラノベとか書いてる雨宮さんですか?」
 駅へ行く道すがらサキが思い出したように聞いた。
「なんやよう知らんけど、作家の先生らしい」
「サインとかもらっちゃおうかな。あたし、たまに雨宮さん読むから」
「ま、そんなことは親しいなってから。それより、道しっかり覚えときや」

 周りは、大阪の下町と町工場がチラホラという感じ。曲がる角をしっかり頭にたたき込む。

「ほら、イコカや、とりあえず一万円チャージしたあるさかい、あとは給料もろたときに自分でやり」
 シゲさんはイコカを配ってくれた。

 布施って駅で乗って、四つ目の難波で降りた。で御堂筋を北に向かい、橋を渡って、二つ角を曲がると、朝は気づかなかった新品の『ガールズバー リュウ』の看板が眩しかった。
「「「おはようございまーす」」」
 期せずして三人揃っての挨拶になった。寒いくらいにエアコンが効いていて、思わずゾクっときた。

 ゾクっときたのはエアコンのせいばかりではなかった。カウンターにスゴミたっぷりのオネエサンが座っていた。

「この子らやね、リュウちゃん?」
「うん、大晦日の餅や」
「つきたてホヤホヤ……もうちょっとギャグは勉強せなあかんな、リュウちゃん」
「うん、勉強するわ」
「はい、ほんなら自己紹介から」

 三人、型どおりの自己紹介をした。

「ムツカシイことは、うちの接客見て覚え。今は一言。喋るときは相手の顔見て、笑顔を絶やさんこと。あとはガールズバーやから、多少素人っぽい方が、ええ」
「はい」
「三人とも、スカートめくってみい」
「え!?」
「言われたことは、ちゃちゃっとする。ヘソのとこまでスカートめくれ!」

 言われたとおりに、スカートをめくった。

 オネエサンはめくったスカートの中よりも、顔の方をしっかり見ているようだ。シゲさんはポーカーフェイス。リュウさんはグラサンなんでよく分からない。
「サトコちゃんだけやな、男知らんのは……」
 シホとサキが俯いた。わたしは意味が分かるのに数秒かかり、分かったら顔が赤くなった。
「ええか、ここはリュウちゃんがまっとうになるための店や。ガールズバー言うのは本来は2号営業いうて、0時以降の営業はでけへんけども、ここは深夜酒類提供飲食店の許可とってるよって深夜営業もやる。せやけど接待行為はでけへん」
「あ、それ説明いりまっせ」
「ここはカウンターだけや。意味分かるなあ……あんたらは、こっちゃ側には出てきたらあかん。カウンターにいっしょに座って酒注いだら、それが接待行為や。カラオケのセットもあるけど、お客といっしょに歌うたらあかん。まあ、カウンター越しに軽い話が限界。分かるなあシホちゃんサキちゃん。どんな誘いがあっても、お客とややこしい関係になったらあかん。店外恋愛、あるいは類似行為はいっさい、あ・き・ま・せ・ん」
「はい」
 シホとサキが、しおらしく返事をした。
「サトコちゃん、あんたも気いつけてなあ。ま、ウチが気いつけるけど。リュウちゃん、あんたもしっかりしいや」
「うん」
「ほなら、まず着替えてもらおか」

 カウンターの上にAKBのようなコスがドサリと置かれた。

「これやったら、長袖で上着も付いてミセパンで、オケツ冷えんのも防げるしな。ほな、かかろか」
 で、シホにしてもらったメイクは全部取らされて、ツケマこそしているけど、清純のモテカワ系に仕上がった。
「学校のことは、なるべく喋らんように。で、ヒマがあったらAKBやらNMBの勉強と学校のこと、よう調べとき。それから、あ……きたきた。厨房やってくれはる滝川さんや。2/3用心棒やけどな」
「冗談きついな、メグ。わし、ほんまに厨房だけやねんさかい」

 滝川さんの人相と、体つきは、わたしが見ても普通のオジサンではなかった。マジ怖げだった。

「ほんなら開店や、シゲさんとサトコちゃんで呼び込み、リュウちゃんは、店の外やら内やら見てお勉強、さあ、イッツ ショータイムや!」

 店の外に出るとタマゲタ。看板の中に仕込んだ照明がきらびやかで、店の前には小ぶりだけど「祝開店の花輪」がいくつも並んでいた。

「ええか、ミナミは客引き厳しいよってにな、大きな声出したらあかんで、さりげのうティッシュ出して、受け取ってもらうだけでええ。あとは普通の声で、いらっしゃいませ、とか、本日開店です、とか言うとったらええからな。うちは、あくまでも清く正しいガールズバーめざすんやさかいな。あ、ありがとうございます……」
 シゲさんは、そう指導しながらも、もう5人ほども、チラシティッシュを配り、二人お客さんをゲットしていた。
「すごいですね、シゲさん」
「あら、サクラや」
 シゲさんが、腹話術のように言った。三十分で交代して店に戻った。三人のお客さん相手に、メグさんは、そつなく。シホとサキはぎこちなくやっていた。

 初日は、こうやって始まっていった……。

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シニアライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー『おひさしぶり』

2018-07-23 07:14:30 | 小説3

栞のセンチメートルジャーニー
『おひさしぶり』
    


 幾つかの原因がある。


 年末から続いていた寒さが、急に緩み、四月上旬並の上天気になったこと。
 蔵書点検のために、五日間図書館が休んでいたこと。
 カミサンが「ついでに、アタシの予約本も取ってきて」と、図書カードを渡したこと。
 そして、わたしの気が緩んでいたこと。

 最後の「気の緩み」から説明が必要だろう。

 わたしは、五十五歳で早期退職をしてからは、家で本ばかり書いている。書いてはブログのカタチでアップロードしている。
 昨年の秋、六年ぶりに紙の本を出した。これが、あまり売れない。それが、昨晩旧友が「ネットで発見して、楽天に注文した」とメールを寄こしてきた。横浜の高校も、わたしの戯曲を上演したいとメールを寄こしてきた。で、ああ、オレも物書きのハシクレなんだと目出度く思ってしまった。

 本を書くことをアウトプットだとしたら、人の本を読んだり、映画を観たりすることはインプットである。しかし読むのが遅く、戒めとして、図書館で本を借りるときは、二冊を超えないようにしている。
 蔵書点検明けの図書館は混んでおり、カウンターの前は、ちょっとした行列になっていた。行列はバーゲンと同じように勢いがある。
「お願いします」
 カウンターに二枚の図書カードを置くと、「少々お待ち下さい」と言われ、数十秒後には六冊の本が出された。

――あいつ(カミサン)五冊も予約しとったんか!?――

 で、つい、カウンター横の新刊書を、装丁だけで選んで二冊加えた。その時セミロングの女子高生が、数冊の本を返しにきたのとゴッチャになった。
「あ、こっちがわたしのんです」
 女子高生と、司書の女の人は手際よく本を分けて、処理を済ませた。

 家に帰って、袋から本を出し、カミサンのと自分のとに分けた。本に間違いはなかったが、一枚のシオリが混じっていた。
 たまに借りた本の間から、前の借り主のシオリが出てくることがある。カミサンは嫌がって捨ててしまうが、わたしは気にせず使って、読み終わったら挟んだまま図書館に返す。

 そのシオリは、本と本の間から出てきた。

 まあ、同じようなものだと思い、炬燵の上に本といっしょに置いておいた。そして、いつものようにパソコンで日刊と、勝手に自分で決めた連載小説を打っていた。
「どないしょうかな……」
 ささいな表現で止まってしまった。
「『そして彼女は』か……『そのとき彼女は』どっちかなあ……」
 その時、パソコンの向こうから声がした。
「『やっぱり彼女は』だよ」
「ん……?」

 パソコンのモニター越しに、座卓がわりの炬燵の向こうを覗くと、そいつが居た。

「おひさしぶり」
 
 セーラー服のセミロング。その定番の姿で妹がいた。

 この妹は戸籍には載っていない。で、わたし以外には姿が見えない。
 わたしは、三つ上の姉と二人姉弟である。ずっと、そう思っていた。しかし、わたしが高校三年生の時に、父が言った。

「……おまえには、三つ年下の妹がいたんや」

 その日、担任が家庭訪問をして「卒業があぶない」と言って帰った。わたしは、すでに二年生で留年し、修学旅行を二回も行き、五月生まれなもので、わたしは、すでに十九歳であった。
「あのころは臨時工で、収入も少なかったし、先の見通しも立てへんよって、三月で堕ろしたんや」
 父は、わたしの不甲斐なさがやりきれなかったんだろう。だから、こんな痛い言い方をした。
 わたしは、姉によく似た高校一年生の妹の姿が頭に浮かんだ。

 姉は、わたしと違って、勉強も良くでき、親類や近所では評判が良かった。高三のときは、担任から大学への進学も勧められていた。しかし、わたしを大学に行かせるために、姉は高卒で働いていた。
 痛む心に浮かんだ妹の姿は、そんな姉を、少しこまっしゃくれた感じにした印象だった。わたしの生来のずぼらさや、意気地のなさをせせら笑っているような姿形で浮かんでくる。

 こいつが、早期退職して間もないころ現れるようになった。
 今と同様、文章の言葉に悩んでいるとき、炬燵の向こう側に現れた。両手両足を炬燵につっこみ、炬燵の天板にアゴを乗せ、「バカ……」と一言言って現れた。

 若干の混乱のあと、妹であると知れた。知れたとき、また「バカ……」と言った。

 ミカンの皮を剥きながら名前を聞くと、こう答えた。
「栞(しおり)」
 ……人生のここ忘れるべからずのための栞である。

「兄ちゃんばかだからね」

 そう言いながら、気まぐれにヒントやアイデアをくれ、あとは仕事場を兼ねたリビングで遊んでいる。栞にとっての遊びは、乱雑にした本の整理をしながら、気に入った本を読むことである。時に気持ちが入り込んだ時はボソボソと音読になり、突然笑ったり、泣いていたりする。それが面白くニヤニヤと笑って観てしまう。それに気づくと「バカ」と、口癖を言う。
 ある日、車のコマーシャルで、長崎の『でんでらりゅうば』をやっていて、それが気に入ってやりはじめた。役者をやっていたころ、基礎練習で、これをやったので、わたしは容易くできる。それが悔しいのだろう「でんでらりゅば、でてくるばってん……」と続けていた。

 気が付くと『でんでらりゅうば』が聞こえなくなり、居なくなった。で、それがまた現れた。

「おひさしぶり」 今度は、かなり絡まれそうな予感がした……。

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