大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・21『山の上の雲』

2017-03-22 07:04:07 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・21
『山の上の雲』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 県民ホールの竹内は、照明家としては凡庸であったが、舞台管理者としては第一級だった。


 自分自身は、舞台で事故を起こしたことは無かったが、舞台で起こった事故については、世界中の資料を持っていた。そこから、いかにすれば安全で確実な照明や舞台管理ができるか、日夜考え実行に移していた。
 彼が昔働いていた大阪では、毎年大小さまざまな舞台機構上の事故がおこっていた。ある歌劇団では、袖に控えていた踊り子のベルトが綱場の金具にひっかり、吊り道具の転換中に巻き込まれ、胴体が両断されるという最悪の事故がおこっていた。彼の専門である照明でも、ずぼらな会館のスタッフがロクな保守点検もせずに使い、つもった埃が機材の熱で発火、本番中にスプリンクラーが起動して騒ぎになった。もっとも芝居のタイトルが『雨に歌えば』というものだったので、舞台監督の機転で、観客には演出上の効果と思われ事なきをえたが、内実は消防署が来るような事故ではあった。
 竹内は、舞台袖や奈落、ステージ上のキャッツウォークに暗視カメラを付けて、絶えず異変がないか見守っていた。

 今日は、県下の高校ダンス部の全県大会がある。清州高校が、なんと米軍のオスプレイでやってくるという珍事があったが、理由を聞くと、バスがバイパスで、何者かが道路に仕掛けた鉄条網に引っかかったというので、特に気を付けていた。

 そして、清州高の出番の前、仕込みの最中にモニターを見ると、キャッツウォークに人影が見えた。

 スタッフと同じく黒の上下にガチ袋。他の者が見れば、会館のスタッフだと思っただろうが、竹内は一瞬でおかしいと思った。後輩に上手側、自分は下手側から上り、その怪しい人影を視認。

「なにをしてるんだ?」と、声をかけた。

 舞台上のキャッツウォークが騒がしいので、立ち位置の確認をしていた美乃たちは、思わず見上げた。すると、第二ボーダーの後ろからスタッフのナリをした男が落ちてきて、舞台上で宙づりになったので、騒然となった。
「不審者だ、ガードマンを呼んでくれ! それまでは宙づりのままにしておく!」竹内が叫んだ。

 やがてガードマンがやってきて男は、ようやく宙づりから解放された。

「あ!」と声が出たが、あとの言葉は飲み込んだ。本番前に皆にプレッシャーはかけたくない美乃であった。
 読者にはつまらないかもしれないが、県大会を制覇したのは事前の評判通り清州高校だった。
 ほんの半年前には県下でも有数の困難校であった清州高校が初めて良いことで有名になった。

 キャッツウォークの男は、美濃高校の斎藤義龍であった。かつて足利ルリに絡んでいたところを、美乃に邪魔され、以来義龍は美乃を、そして清州高を恨むようになった。
 商店街の硫酸男も、バイパスに鉄条網を仕掛けたのも、義龍と、義龍の息のかかった者たちの仕業だった。
 家裁送致になった義龍たちは、すぐに悪質すぎるということで、刑事事件として立件されることになった。

 その、あくる年、異変が起こった。

 清州高受験希望者の数が三倍になり、学校は急きょ募集定員を五割増しにしたが、競争率は二倍を超え、受験者の評定平均は2・0も上がった。入学者の多数がダンス部への入部を希望した。もう、部活というレベルではなくなってしまった。
「いっそ芸能プロを作ろう」
 理事長のアイデアで、美乃たちは、部活でありながらプロのダンスユニットとしてデビューしてしまった。夢羅と夢理も復学し、マネージャーとして活躍しはじめた。

 とうとう清州高校は県下を制覇してしまった。

「おめでとう。信長美乃くん」
「ありがとうございます」
 理事長室で、美乃は理事長から礼を言われた。しかし、美乃の表情は冴えない。
「なにか、くったく有り気だね」
「分かったんです。清州高がよくなったあおりを受けて、いくつかの学校が、定員割れしたり、学校が荒れ始めてきました。県全体としては何もかわっていません」
「ようやく、気づいたようだね。こないだ、美濃高校の理事長が嘆いていたよ。定員割れした上に、評定が2・0下がったって」
「入れ替わっただけなんですね。清州高と美濃高が」
「そうだが、清州高は、かつての美濃高のレベルをはるかに超えてしまった。県下で、こんなに面白い高校はないよ。これは信長さん。君がもたらした成果だ」
「そうでしょうか……?」
「君には、芸術的才能と、人や組織をまとめる才能がある。もう、私のような老人が及びもつかないような。これからは、どうやったら県全体の高校が明るく楽しくなるか考えてみたまえ。君ならできるかもしれない」

 とんでもないという気持ちと、面白いという気持ちがしてきた。

 清州川の向こうの山に、白くたくましい雲が湧き始めていた。信長美乃はジャンプしたら、掴めそうな気がした……。

 信長狂詩曲(ラプソディー) 完 

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・20『レボリューション・1』

2017-03-21 07:00:14 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・20
『レボリューション・1』


 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。



 運転手は直前に気づいて、ブレーキを踏み、ハンドルを切ったが間に合わなかった。

 タイヤの空気が抜け、車体の下で、何かガラガラという音がして美乃たち清州高のダンス部を乗せたマイクロバスは、ブレ-キによるものではない止まり方をした。
「なんてことだ、まるでゲリラのやりくちだな……!」
 車体の下をのぞき込んだ運ちゃんが忌々しげに言った。
 タイヤはズタズタにパンク、車体の下のシャフトやフレームに鉄条網が絡み、自力での修理はおろか、JAFが来てもお手上げの状態だった。

 美乃たちの清州高ダンス部は、商店街のイベント出演をきっかけに地域で注目される存在になった。その年のダンスインターハイも順調に勝ち進み、今まさに県大会に出場の途中であった。
「運転手さん、なんとかなりませんか?」
「代車に来てもらっても、ここじゃ時間に間に合わない。連盟に事情を言って出番を遅らせてもらうことなんかできないのかい? 俺は警察に電話するよ。これは悪質な往来危険罪だ」
 この道は、地元の代議士の肝いりで作られたバイパス道だが、利用者が少なく、たまに通りかかるのは地元の軽自動車で、とてもダンス部全員の移動には間に合わない。
「だめです。出場順は変えられないそうです」
 口のうまい藤子が電話してダメなのだから、これも打つ手がない。
「そうだよね、どこの学校も、自分の出番に合わせてお客さん呼んでるから、変更なんて無理だよね……」
 ダンス部の一同が落胆する中、警察だけは素早く来た。現場検証をやるとともに、マイクロバスを路肩に移動させ、交通規制を始めた。しばらくするとメンバーの中には泣き出す子が出始めた。
 無理もない。この美濃地域でも最低と言われた清州高に入って、自信も未来への希望も失いかけていた子たちが、ダンス部で初めて、自分と学校の存在を好意的に認められるようになったのだ。これで県大会に出られなければ学校を辞めるとさえ口走りはじめた。キャプテンの宇子も美乃もなだめるのが大変だった。なんせ、なだめている宇子自身も珍しく悔し涙に頬を濡らしていた。

「そうだ!」

 美乃が、飛び上がって叫んだ。
「どうしたのよ、美乃?」
 飛び上がった藤子が指差した先には、アメリカ軍のオスプレイが飛んでいた。

「パトカーが止まって、変な止まり方をしたマイクロバス、HELP USの人文字に救難信号の発煙筒。降りないわけにはいかないからね!」
 舞い上がるオスプレイの中で日系の中尉が怒鳴った。怒鳴ったといっても、怒っているわけではない。爆音で怒鳴らなければ聞こえないからである。
「これで日米安保の絆も強まり、国民の理解も進もうってもんですよ!」
 声の大きい藤子が、まるで自分の手柄のように言った。

 清州高は予定の30分も前に会場の県民ホール前の駐車場に着いた。なんせオスプレイをヒッチハイク代わりに使ったのである。到着前から待機していたマスコミは、こぞってカメラを並べて待ち構えていた。
「ここまでやったんだから、絶対優勝!」
「しなきゃ、警察やアメリカの兵隊さんにも悪いですからね」

 清州高の無茶と言っていいほどの活動は、もうレボリューションと言っていいところまで来ていた……。
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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・19『商店街デビュー・4』

2017-03-20 06:32:45 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・19
 『商店街デビュー・4』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。



「ねえ、放送局が来てるわよ!」


 袖幕から覗いていた森蘭が言った。感動はしているが、いつも冷静なところが、この子の取り柄だ。
「事件があったせいだろうけど、確実に公共の電波には乗るわ。これはチャンスです」
「うん、災い転じて福よ。持ってる力出し切りましょう!」
 宇子先輩が間髪入れずに檄を飛ばす。しかし木下藤子が手を挙げた。
「なに、木下さん?」
「こんなチャンス、当たり前にやっちゃもったいないです。一工夫しましょう!」
「え、今から?」
 さすがの美乃もびっくりした。
「本番まで30分もないよ。一工夫たって……」
 藤子は、ポケットからUSBメモリーを取り出した。
「思い付きだったんですけど、軽音に校歌をロック風にアレンジしてもらったんです。で、不思議なことにフォーチュンクッキーの清州版の振り付けがぴったり合うんです。やってみませんか!?」
 言いながら、藤子は、PAのパソコンにUSBをセットし終わっていた。
「……ほんとだ、フォーチュンクッキーでいけるよ!」
 みんなもヘッドセットで聞きながら、フリをあわせた。
「少しアレンジしよう。サビのところで、前列と後列で一小節ずらそう。で、ラストの決めポーズは、各自の思い付きでやってみよう」
「まだ20分ある。合わせとこう!」

 ヘッドセットから流れてくる音だけを頼りに、みんなで合わせてみた。サビの一小節ずらしはうまくいったが、最後の決めポーズがオリジナルから抜け出せなくて半端なバラバラになる。
「みんなね、ネコになった感覚でポーズ作って」
 藤子がそう言って、みんなのポーズを修正していった。そして宇子と美乃で全体のバランスを調整した。

「さあ、本番いくよ!」進行係の旅行代理店の兄ちゃんが本番を告げに来た。

「みなさん、本当に今日はありがとうございます。こうやって集まってくださったお客さんたち、そして裏で支えてくださっている商店会のみなさん。そして陰で警備してくださっている警備員と警察の方々のおかげで、ラストのステージがやれます。わたしたちも感謝の気持ちでいっぱいです。ついさっきも、みなさんの期待に応えたいと、わたしたちなりに最後の工夫をしてみました。精一杯がんばります。みなさんも、どうぞ最後まで楽しんでいってください!」
 そして、予定していた8曲がステージと観客席が一体になって進んでいった。間のMCも藤子を中心に宇子や美乃も入って大いに盛り上がった。
「ほんとうは、いまの『前しか向かねえ』でフィナーレなんですけど、急きょ一曲増やしました。お客さんの1/3はご存知かもしれません。よかったらいっしょに歌ってください。じゃ、いくよ、みんな!」
 イントロでは、分からなかったが、歌詞のところで分かる人が半分近くいた。

 清州の清流、泳ぐ若鮎のように、わたしたちはここ雪解けの流れの中に~♪

 最後の決めポーズも完璧だった。放送局も事件のニュースとしてではなく、一つのイベントとして撮ってくれた。むろんニュースの枠の中での放送だから編集され、パフォーマンスのところなんか、ほんのちょっとになるんだろうけど、これが出発だと美乃は思った。

「美乃、大した反響だよ!」

 家に帰ると兄貴が出迎えてすぐリビングに戻っていった。なんと第三部が、全部流されていた。
「番組に時間枠がないんで、各放送局が撮った映像を編集して、YOU TUBEにアップロードしていた。着替えるのも忘れて最後まで見終わると、アクセスが一万件をこえていることを知った。

 その夜、絶賛のこコメントで、美乃のブログは炎上した……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・18『商店街デビュー・3』

2017-03-19 06:37:01 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・18
『商店街デビュー・3』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 男性が指差した先には、地味ではあるが立派な高級車が停まっていた……。


「すまんね、手間を取らせて」
 後部座席に座ると初老の紳士がポツリと言った。
「はい、あの……どういうご用件でしょうか」
 美乃は穏やかだが、警戒心のこもった声で聞いた。美乃が乗り込むと、ゆっくり車が動き出したからである。
「すまん、停まっている車は目立つんでね。少し街を一回りして時間には間に合うようにするからね」
「ひょっとして、足利理事長さんですか?」
「ハハ、簡単に分かってしまったね。どこで分かったのかな?」
「車に案内してくれた男の人の襟に○に二本線の足利のバッジが付いていました。運転手さんの襟にも」
「さすがは、信長さんだ。丸に二両引きの紋所を見抜いたんだね。あ、まずは礼を言っておこう。先日は孫のルリを助けてくれてありがとう」
「それなら、校長先生から言われました」
「顔も見ないでぞんざいだっただろう……ひょっとしてパソコンで仕事するふりしてゲームなんかやってたんじゃないかね?」
「あ、はい……ゼルマの伝説です。ごく初歩のダンジョンで躓いておられました」
「やれやれ、お飾り校長とは言え、もう少しキチンとしてもらわなきゃね。改めて礼を言って正解だったね」
「やっぱり、学校も陰で操ってらっしゃるんですね」
「無理もないが、それは誤解だよ。確かに清州高校は私が買い取ってはいるが、校長に弟を送り込んだだけで、なにもしてはいないよ」
「……じゃ、どうして、あんなひどい状態のまま学校を放置していたんですか。毎年240人入学して、卒業するのは100人ほどしかいません。無秩序で不登校になる子も、中途退学していく子も多いんです。あたしも、ついこないだまでは不登校でした」
「そうだね、きみの頑張りは目覚ましいものがある。ルリを助けてくれた時に調べさせてもらったよ。連休明けからガラッと様子が変わったようだね」
「……自分でも分からないんです。大河ドラマを見ていたら、あくる日なんだか体中に力が湧いてきて……LET IT GO!って感じになったんです」
「雪アナか……いいアニメだね。私の贔屓のジブリを蹴落としただけのことはある」
「あ、忙しくって、まだアニメは見てないんです。ただ歌が好きで、動画サイトなんかでは、よく見ています」
「君の頑張りは素晴らしいと思うが、それでいいのかな?」
「理事長先生は……清州高校があのままでいいと思ってらっしゃるんですか?」
「LET IT BEだよ」
「英語はよく分かりませんが、それは、そのままでいいという意味ですか?」
「そうだよ」

 美乃は混乱した。足利グループのリーダーでもある理事長は、多くの企業を買収し、その陰では、夢羅と夢理の両親のように職を失った人も多いのだ。

「確かに、私が買収した企業が全てうまくいっているわけじゃない。中には業績向上のために下請けを切ったりリストラをやる会社もある。だから個人的に、私に恨みを抱くものもいるだろう……社会というのは、そういうもんだ」
「だから、学校もうまくいかなくてもいいということですか?」
 そのとき、無理な追い越しをかけてきた車があり、二人を乗せた車は大きくハンドルを切って揺れた。理事長が美乃に倒れ掛かってきた。
「いや、すまん。私も年だな。今ぐらいの動きは乗り切れたんだがな」
「あたしも、つい先日までは、こんなに運動神経良くなかったんです」
「私は、清州高校は、今の君のようでいいと思っているんだ」
「え……」
「勉強はできなくてもいい、楽しく青春を実感できるような学校になればと願っている。清州高校一つを優秀にすることは簡単だ。だが、清州高校の偏差値が上がったら、清州高校に入っていたような子の行く学校が無くなる。今の社会は高卒の資格が必要だ。正しいとは思わんがね。だったら、そういう学校を受け皿として存在させる意味は大きいと思う。それに、偏差値が高い学校の生徒が幸せだとは限らないからね。」
「少し違うと思います。勉強もできて、生徒も先生も生き甲斐を感じられる学校ってできると思うんです」
「勉強もできて、生徒も先生も生き甲斐を感じられる学校……まあいい。君を見ていると、そんなこともできるかもしれないと思えてきたよ、賭けてみよう。今日は話ができてよかったよ」

 理事長が握手の手を差し伸べてきた。意外なほど包み込むような温かさがあった。

「だが、今の君には気づかない問題もある……まあ、それは、これからの課題としよう。まあ、ゆっくりと分かればいい」
「……はい」
「ハハ、その頭から人を信じないところもいい。さあ、では第三部の準備にかかってくれたまえ。事故のないことを祈ってるよ」

 元の銭湯前で降ろされて、思わずため息をついた。覚醒して初めて理解不能な人間に出会った。いや自分は、まだ覚醒しきっていないと思う美乃であった……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・17『商店街デビュー・2』

2017-03-18 06:59:05 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・17
『商店街デビュー・2』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 幸い男は、自分の足元に瓶を落としていったので、アーケードの舗装を焦がしただけで済んだ。

 しかし、警察が来て大騒ぎになった。

 鑑識がびんの中身が硫酸であると確認、防犯ビデオに写った男の映像を解析、ただちに警察の犯罪者リストとコンピューターで照合されたが該当者はいなかった。
「こりゃあ、人相変えてるなあ……信長さん、こいつ一言も喋らなかったでしょう?」
「はい、一言も。おかしいと思ったのも、あまりにも無言だったからです」
「含み綿で、頬を大きくしている。鼻も……たぶん演劇用のノースパテで形を変えている」
「分かるんですか、そんなこと?」
「鑑識を長くやっているとね、不自然な顔って分かるんだ。これじゃ、前があってもコンピューターでは解析できないし、これで人相書き作っても役にたたないね」
「あ、でも目とかはメイクしてないようでしたから、目は手掛かりになりません?」
「キャップを反対に被ってるでしょ、普通とは逆だ。いかにも防犯ビデオに撮ってくださいって感じだ。帽子の中に仕掛けがあるなあ」
「野球帽で人相変えられるんですか?」
「ああ、簡単だよ。こうやってね……どう、変わるでしょ」
「おおー」
 鑑識のおじさんはこめかみの皮膚を両手でグイと引き上げた。なんと十歳ぐらい若くなり、人相が変わってしまった。
「リフティングって言うんだ。この引っ張り上げたところを、帽子で隠したら、もうお手上げだね。一応お巡りさんが聞き込みやってるけど、これはプロだね。尻尾は掴ませないだろう」
「で、午後の第三部は中止したほうがいいと思うんだが」
 別の刑事さんが、強い調子で言った。
「いいえ、やります。清州高の最初の校外公演なんです。負けたくありません!」
「しかし……」
「さっき、みんなで意思統一もやりました。それに、立て続けにはやらないでしょう。もう今日はケチがついてますから」
「仕方ないね、商店会の会長さんも君たち任せだって言ってるしな」
「それに、手は出さなくっても、様子ぐらいは見に来るかもしれないでしょ。プロを雇ったやつが……」
「それも一理ある。じゃ、うちも私服を何人か入れとくよ。こんな場所だ写真もビデオも撮り放題だからね」

 さすがは。と、警察も美乃も思った。

 銭湯にいくと、みんな、まだ脱衣場にいた。
「あら、もう入っちゃったの?」
「だれが、そんな薄情なことを。みんなで、美乃が終わるの待ってたのよ。で、第三部は許可してもらえた?」
「もちろん。でも、自分たちで決めたことだから、なにがあっても自己責任だよ」
「まかしとけ!」
「おお!」
 みんな頼もしいトキの声をあげた。キャーキャー言いながら、風呂から上がると、商店会のオバサンとオネエサンがいた。
「みんなのがんばりに応えたくって、インナーとか汗づいてるだろうから、よかったら使って」
「ユニホームも、古いテニスウェアーだけど、おそろいで二十着ほど用意したの。よかったら使ってみて」
「あ、ありがとうございます!」
 みんな新しいインナーとテニスウェアーに大喜びだった。
「先輩。これって勝負パンツですね!」
 木下藤子が、パンツ一丁のエッヘンスタイルで、宣言した。
「あのね、あんただって一応女の子なんだから、考えなさいね!」
 部長の高山宇子が叱った。藤子が慌てて女の子らしく恥じらってみせるが、どうも藤子には似合わず、みんなの笑いを誘った。

 みんなで意気揚々と会場に戻りかけると、一人の若い男性が待っていた。

「信長美乃さんですね。お時間いただいて申し訳ないのですが、うちのご主人様と少しご一緒していただけないでしょうか?」

 男性が指差した先には、地味ではあるが立派な高級車が停まっていた……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・16『商店街デビュー・1』

2017-03-17 06:13:01 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・16
『商店街デビュー・1』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。

 ダンス部は46人に増えた。どんな子でも入部させたが、厳しいレッスンに耐えられなかったり、減量などが達成できずに辞めていくものも多かった。部長の宇子と相談して、選抜メンバーを16人に絞り、約束の商店街イベントに臨んだ。
 会場は、大昔の映画館が潰れた跡地を商店街全体の多目的パフォーマンススペースにしたものだ。普段は産直ものの販売会場にしたり、商店街加盟店と同種の店を呼んできて、バザールをやって、絶えず商店街の刺激にしている。商店会の会長の徳川のリーダーシップによるものだ。

 で、今回は、その徳川会長が、わざわざ学校のランチライブを見に来てエントリーを決めた。エントリーには意味がある。イベント毎にお客に投票してもらい、総選挙で得票総数の多かったイベントを再度やるとともに賞金や賞品を出す。MCをやっている木下藤子などは、絶対一番を取るんだと張り切っていた。
「観客が予想よりも多いんで、三回公演やってもらえないだろうか」
 前日に、徳川会長からじかに嬉しい要請があった。ただ、この季節の蒸し暑さに三回のステージは厳しく、ステージごとに近所の風呂屋が解放されることになり、その問題は解消した。

「じゃ、円陣組みまーす!」藤子の大声でメンバーが集まる。周りには選抜から外れた子や、辞めていった子たちも応援にきていた。高山宇子の人柄、木下藤子の口のうまさ、美乃の厳しいが爽やかな態度が選抜漏れしたものや退部していった者たちの心を掴んでいた。
「初めての校外公演。失敗はできない、テッペン目指して気合い入れるから。ファイト!」
「オー!」

 16人のメンバーの心が一つになった。

 レパートリーは八つに増えていた。八つ全部をやっては身が持たないので、五つずつの組み合わせを三つ作り。毎回違ったテイストになるように、藤子が中心に工夫をした。
 朝と昼のステージは大成功だった。観客は敷地だけでは収まらず、商店街の通路にまで溢れた。後ろの見えにくい観客のために、昼の部からは、会場近くに電気店が独自にモニターを設置し、ちゃっかり店の宣伝をやった。なんせモニターは店の真ん前である。ステージ終了後30分限定で、エアコンやテレビなどの二割引きバーゲンをやり、他の店でも真似をするところが出てきた。

 それは、昼の部が終わったあとの握手会で起こった。

 先日プロのユニットの握手会で事件があったばかりなので、商店街もガードマンを付けてくれたが、美乃自身は握手会には出ずに警戒に当たった。
 そして発見した、ペットボトルに見せかけた瓶を持った客を。
「お客さん、ちょっとその瓶見せてもらっていいですか?」
 美乃の鋭い目線に怯んで、その若い男の客は瓶を投げ出して逃げた。割れた瓶から飛び散った液体は白い煙を出して触れたものを焦がしていった……。

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高校ライトノベル・高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・15『足利の秘密』

2017-03-16 06:51:09 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・15
『足利の秘密』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 ピシャリ! 太ももに止まった蚊を無意識に叩き潰すと、美乃は隣りの荒木家に踏み込んだ……。


「悪いけど、マージャンは、そこまでよ」
「なんだ、急に人の家あがりこんで!?」
「それは、筒井さん。あなたもいっしょでしょ。奥さんとは、とっくに離婚してんだから、ここは他人の家でしょうが」
「なんだと……見れば夢理と同じ学校の生徒みたいだが、人の家庭事情には踏み込まないでもらいたいな」
「さっさと出ていきなよ!」
 夫婦そろって鼻息だけは荒い。
「あらかたの事情は聞いたわ。偽装離婚なんてチンケナことには興味ないの。ただ、そのことに夢羅と夢理を巻き込んでるのが許せないのよ。自分たちはマージャンにうつつをぬかし、娘二人はガールズバーで働かせ、客に高く売りつけようって魂胆が気に入らないわ。この美乃が許さない」
「あ、あんたね。娘脅かして学校から追い出したって信長美乃ってのは!?」
「それは時間があるときに、ゆっくり話し合いましょう。足利になにか恨みがありそうね。だめよ、とぼけても。あんたらの話は全部録音したわ。さ、とっくりと話してもらおうかしら。嫌だと言ったら、これよ……」
 美乃はコンビニで買ったダイナマイト型のコーンスナック菓子とライターを取り出した。この時点で三下の二人は裏から逃げていた。
「な、なに物騒なもの出してやがんだ!」
「ここは二戸一で、隣は空き家。ほかに被害を受けるところもないわ。さあ、お話の山場を聞かせてもらおうじゃないの!」

 美乃は、傍にあった果物ナイフを固い雀卓のど真ん中目がけて振りかぶった。刃は曲がりもせずに三センチほども突き立った。

 美乃はイラついていた。通りすがりに散歩させてもらっていた犬の腰が抜けてしまうくらいに。そして犬の主人や通行人がたじろぐくらいに。
 ま、火のついたダイナマイトをバリバリと噛み砕いている女子高生を観れば、たいていの人間はギョッとするが。

 清州高校を経営しているのは、不動産や株を転がすことで資金を得て、いくつもの会社を乗っ取り看板は元のままに実利だけを搾り取っていくマフィアみたいなもので、夢羅と夢理の親はその末端の犠牲者だった。
 小さな工務店を経営していた親は、突然親会社から切り捨てられ、あっという間に潰れてしまった。父親は親会社にねじ込み、三つ上に君臨している足利グループの存在を知り、果敢にも挑みかかった。しかし、相手は末端の一工務店の手におえるようなものでは無かったのだ。
 けっきょく筒井夫婦は偽装離婚をし、足利に一泡吹かせてやることだけを正当化の言い訳に娘二人をいいように使っていただけである。正義感とも言えない意地を、か細いタネに自堕落な生活を送っている親は許せなかった。そして自分が通っている学校も、そうやって乗っ取られ、足利グループが社会教育事業にも力を入れているアリバイにされていたことにも……。

 A街に戻ると、繁華街の入り口まで客を見送りに出ていた夢羅と夢理を見かけた。

「だめだって、ターさん。今日はお店のコスだし、ここから先にはいけないの……分かってる。今度メール打つから、その時はね」
「でも、あたしたち初めてだから、高くつくわよ。覚悟とお金の用意だけはしといてね」
 二人が、そう言っているのに二人のオッサンは、強引に引っ張っていこうとする。
「嫌がってるんだから、いいかげんにしてくれる」
 美乃が間に入ると、オッサン二人は、その目力に押され、ブツブツ言いながら駅のほうに歩いて行った。
「信長、こんなとこまで来て、あたしたちの邪魔する!?」
「そーだよ。あたしたちはシマ渡したんだから、もうほっといてよ!」
「シマだなんて言い方よそうよ。いま二人のお父さんとお母さんにも会ってきた。ちょっと荒っぽかったけど、分かってくれたわよ。籍を戻して一から出直すって。足利グループのことも聞いた。もう、こんなことしなくてもいいのよ」
「チ、余計なことを……」
 舌を鳴らした夢理を美乃ははり倒した。
「もどってきて欲しいのよ二人に。学校も足利に牛耳られてる。あたし、そういうの我慢ならないの……今すぐでなくていい。気持ちの整理がついてからでいいから。それまでに学校はなんとかしとくからさ。ね……」
「信長……」
「じゃ、またいずれ……」
 美乃が踵を返すと声がかかった。
「とりあえずメルアド……交換しとこうか?」
「うん、喜んで!」

 道行く人たちには、のどかな三人の少女にしか見えなかった……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・14『元スケバンの親の意外な事情・1』

2017-03-15 07:00:24 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・14
『元スケバンの親の意外な事情・1』

 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 運良く隣は空き家だったので、美乃は隣の玄関前に身を寄せて中の様子を窺った……。


 どうやら、中では麻雀が始まったようだ。牌をかき回すジャラジャラいう音が品のない笑い声と共に聞こえてきた。
 元スケバンとはいえ、娘をガールズバーに働かせて麻雀というのは許せない。ただ、そのことだけでは家庭の事情だと言い逃れられたら、それまで。動かぬ事情を見聞きしないかぎり、どうしようもない。

「……かゆい」

 どこかのドブででも湧いたのだろう、美乃の吐き出す二酸化炭素にヤブ蚊が群がってくる。
「たまんないな……そうだ」
 家の玄関を見ると、薄明かりに不動産会社の借家の看板。こういうところは、いつ客が見に来てもいいように、水道栓の中などに鍵が隠してある。むかし不動屋さんに勤めていた祖母から聞いたことがある……。
「ビンゴ!」

 靴は、持って上がった。万一靴を見られたら不法侵入だ。明かりは道路の街灯が差し込み、隣の荒木家の様子を窺うのにはちょうどいい。

――ガールズバーって言っても、最初の稼ぎはしれてるな――
――あんた、ピンハネしてんじゃないだろうね?――
――してねえよ。あいつらだって飲まず食わずじゃいられねえだろうから、全部は巻き上げられねえ――
――しかし、あんたらも、よく学校辞めさせる気になったな……――
――足利のガードは硬いし、行きたくないっていうから、学業手当以上の稼ぎがあればって言ってやったのよ。リーチ!――
――ここでリーチかよ――
――足利には、イカレコレだしさ。あたしも、あの学校にはね……なあに、そう長いこと働かせるつもりもないのよ。それなりの働きすりゃあ、通信制か単位制の学校にもどすさ――
――なんだい、それなりの働きってのは?――
――ヤボなこと聞くんじゃないよ。女にゃ女の稼ぎ方ってのがあるのよ。ほれ、上がり!――
――勝負は、これからさ――
――あんた、あの子らに最初の客がついたらしっかり掴んどくんだよ。あれでも金になるまでは身持ちは良くするように言ってある。水揚げ代は、しっかりいただかなきゃね。ほら配牌!――
――へいへい、しかし、偽装離婚の上に娘を働かせ、お国から生活保護まで頂いて、あんたら夫婦もワルだねえ――
――フン、その上をいくのが足利グループさ。それに比べりゃ――
――それは、もう忘れろ、夢羅と夢理二人入れて、弱みを握るか、証拠を掴むか。それも失敗しちまったんだからよ。四年の恨みもここまでさ。取りあえず……捨牌だ――

 ここまで聞けば十分だ。夢羅・夢理姉妹は実の親に虐げられていたんだ……それにしても痒い。どうも家の中に二三匹蚊をいれてしまったようだ。気付くとフローリングの上に蚊取り線香とライターが置いてあった。不動産屋が客を案内したときに点けたんだろう。もっと早く気が付けばと美乃は思った。早いところ問題の有りどころを掴んで、あの夢姉妹を助けてやらなきゃ。

 美乃は閃いた。コンビニで買った妙なスナックと、ライターを使えば……ちょっと荒っぽいけど、これしかないと思った。

 ピシャリ! 太ももに止まった蚊を無意識に叩き潰すと、美乃は隣りの荒木家に踏み込んだ……。

コメント
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高校ライトノベル・少人数戯曲『クララ……ハイジを待ちながら』

2017-03-14 16:28:49 | 戯曲

クララ
ハイジを待ちながら
    

大橋むつお


この作品は、小規模演劇部用に書いたわたしの戯曲です。小規模演劇部用に向いていると思います。長いのでプリントアウトしてお読みください


もし、上演される場合は、全国高校演劇協議会の規定に従って、作品の最後に書かれているわたしの連絡先まで、ご連絡いただき上演許可をとってくださいますようお願いいたします。



時   ある日所 クララの部屋
人物  
 クララ(ゼーゼマンの一人娘)     
 シャルロッテ(新入りのメイド)     
 ロッテンマイヤー(声のみ)


ヨーデル明るく流れる中、幕が上がる。中央にクララの椅子。
 あとの道具は全て無対象。
 クララがヨーデルに合わせ鼻歌を口ずさみながら取り散らかした衣装を片づけている。
 やがてつけっぱなしにしていたパソコンのモニターの大画面(客席)に気づく。



クララ: あ、つけっぱなし(スイッチをきろうとして)
 あ、そっちもつけてたのね。
 やだ、わたしってこんなに散らかしっぱなしで……え、アナタも似たようなものなの? 
 カメラ回してよ……ほんとだ、似たもの同士ね。もう一ヶ月……え、三週間? 
 まだそんなものかなあ……「ニコプンサイト」で知り合って、チャット始めて、すぐにボイチャ。
 カメラ付けたのは三日前……かな?(この間、ノックの音が数回するが、クララは気づかない)


このとき下手からメイドのシャルロッテがやってくる。


シャルロッテ: 失礼します。お嬢様……お手伝いしましょうか?
クララ: あ、いいのよ、いつもこうなんだから。
シャルロッテ: でも……あ、チャットやってらしたんですか?
クララ: あ、ナイショ、ナイショ!
シャルロッテ: あ、はい。はいです……フフフ。
クララ: フフフ……ま、見られたんじゃ、しようがないか。
 あ、この子、先週うちにやってきたばかりのシャルちゃん。
 メイドのコスがうらやましいほど初々しいでしょ!
シャルロッテ: (モニターに)わたし、先週からここでお世話になっている新入りのメイドです。
 お嬢様はシャルって縮めておっしゃいますけど。いちおう、そういうことでご承知おきください。
クララ: ほんとはシャルロッテさん。
シャルロッテ: あ……
クララ: で、シャルちゃん。わたし、ちゃんと人には敬称つけるんだから。
 よくお笑いタレントさんたちのことを呼び捨てにする人いるけど、わたしはキライ。
 人を粗末にすることは自分も粗末にすることなんですもんね。クララの生活信条!
シャルロッテ: あ、あの、お嬢様、チャットでリアルネームは……。
クララ: わたし、きちんとしたいの。むろん相手によりけりよ。
 この人は信じていい人。だから、リアルネーム。
 でもむろんファミリーネームは非公開。住所とかもね、わたし個人の信条でやってることだから。
シャルロッテ: この方のハンドルネームは?
クララ: アナタ。
シャルロッテ: アナタ?
クララ: 穴ぼこの穴に田んぼの田。
シャルロッテ: アハハ、おもしろいハンドルネームですね。
クララ: ウソウソ、普通の三人称のアナタ。わたしがそう決めたの。
 ほんとは別のハンドルネーム使ってらしたんだけど。わたしが、そう提案したの。
 もうもとのハンドルネーム忘れちゃった……いのよ。今さら言ってもらわなくても。
 もし、いつかリアルネーム教えてもらえたら、そのときはね。
ロッテンマイヤー:(声) シャルロッテ、お嬢様のおじゃまをしてはいけません。
シャルロッテ: はい、ロッテン……。
ロッテンマイヤー: どうかしたの?
シャルロッテ: いいえ、すぐにまいります。
ロッテンマイヤー: そうしてちょうだい。
 今夜は旦那様がお客様をお連れになってこられるます。
 ゼーゼマン家として恥ずかしくない、準備をしなくてはいけないんですからね。
二人: あ……!
ロッテンマイヤー: ゼーゼマン家は、由緒正しい……なにかございまして、お嬢様?
クララ: ううん、なんでも(シャルロッテをインタホンから遠ざけて)
 チャイルドロック外して、チャットやってんのはロッテンマイヤーさんにはナイショだからね。
シャルロッテ: はい、承知しました。
クララ: あの人に知られたら、お父様には百倍くらいに誇張して言いつけられちゃう。
シャルロッテ: はい、お嬢様。
ロッテンマイヤー: シャルロッテ!
シャルロッテ: はい。今まいります! じゃ、お嬢様。
 わたしで役に立つことがありましたら、いつでもどうぞ(モニターに)
 アナタ様も、お嬢様のことどうぞよろしく。
 で、さっきのおばさんの声は聞こえなかったってことで……(下手に去る)
クララ: 聞こえちゃった……でしょうね。
 聞いちゃったもの仕方ないわよね……そう、わたしはクララ・ゼーゼマンよ……。
 え、知らない!?(ズッコケる) あなた、『アルプスの少女ハイジ』知らないの? 
 ハイジは知ってるけど、クララは知らない……って?
 ほら、ハイジがフランクフルトの街でゼーゼマンて、わたしんち。
 そこにわたしの話し相手にって連れてこられて……そうそう。
 ハイジが夢遊病になったり、ペーターのお祖母さんに白いパンを持って行こうとして叱られたり。
 わたしが『七匹の子ヤギ』の話で、ハイジを慰めたり……。
 そう、ハイジにアルムの山に連れて行ってもらって、歩けるようになった……。
 なんだ、知ってるんじゃないの。え……でも、その子がクララだってことは忘れてた? 
 ううん、いいのよ、わたしって脇役だものね……。
 でもね、あなたも引きこもってるんなら、もうちょっと勉強したほうがいいわよ。
 だって、時間は腐るほどあるけど、人生の長さってさ。
 引きこもっていようが、ハイジみたいに飛び回っていようが変わりはないんだからさ。
 本くらい読みなさいよ。図書館くらいいけるでしょ……。
 え、コンビニには行くけど図書館なんか行ったことない……。
 図書館って税金で出来てるんだから、行って少しは取り戻さなきゃ損よ……税金なんて払ってない? 
 そんなことないわよ。あなたが使ってるパソコンだとかネットの使用料。
 スマホとかパケットとか、それこそ着てる服とか、吸ってる空気にだって税金かかってるんだから……。
 ごめん、責めてるつもりじゃないのよ。わたしって銀行員の娘だから、そういうとこシビアなの。
 (本をとりにいく)ほら、これなんかいいわよ『西の魔女が死んだ』
 わたしたちと同じ引きこもりの子の本なんだけど、とても……なんてのかなぁ、ファンタジーなの。
 最後なんか泣けちゃって、ジーンときちゃって……だめだめ、中味は自分で読みなさい。
 検索しなさいよ、どこの図書館にもあるわよ(かすかに電話の鳴る音)
 あ、それから、赤川次郎。これもいいわよ。ちょっとブルーな時でも軽く読めちゃって元気でるから。
 『三毛猫ホームズシリーズ』とか『三姉妹探偵団シリーズ』とか。
 古いとこじゃ、『探偵物語』『セーラー服と機関銃』とかおすすめよ。
 『杉原爽香シリーズ』なんかもいいわよ。年に一回でるんだけど、主人公が毎年歳をとっていくの。
 爽香が十五歳で始まって、今は四十前後……え、電話? 
 ハハハ……あれ鳴りやまないの。ちょっとね……それからね……(本を探す)えーと……これこれ。
 谷崎潤一郎、ちょっとハマっちゃったけど、出てくる女の人みんなマゾなんだもんね。
 たまに行った学校で「好き」って言ったら、みんなにどん引きされちゃった。
 え、アナタも知らない……じゃあ、これなんかどう『魔女の宅急便』 
 ううん、アニメじゃないの、原作よ原作。角野栄子さんの本でね、全六巻あるの。
 キキが結婚して子供たちが、旅立つまで、二十四年もかかってんの。
 なんか、爽香シリーズに似てるでしょ。もっとすごいの、エド・マクベインの八十七分署シリーズ。
 五十年も続いたのよ……う~ん、イマイチ……じゃあ『ワンピース』のお話でも……。
ロッテンマイヤー: お嬢様ですね、このいたずらは!?
クララ: さすが、ロッテンマイヤーさん。もう気がついた!?
ロッテンマイヤー: 二回もひっかかりませんよ!
クララ: え、わたしって、もうやっちゃってたっけ?
ロッテンマイヤー: ええ、三ヶ月と三日前。
クララ よく覚えてたわね?
ロッテンマイヤー: ええ、わたしの誕生日でしたから。
クララ: ああ、五十歳の……。
ロッテンマイヤー: いいえ四十九歳でございます!
クララ: 同じようなもんじゃない。
ロッテンマイヤー: いいえ、ものごとは正確に記憶しなければなりません。
クララ: はいはい。
ロッテンマイヤー: 「はい」のお返事は一回でけっこうでございます。
クララ: は~い。
ロッテンマイヤー: お嬢様!
クララ: はい!
ロッテンマイヤー: あ、そうそう、今の電話、お父様からでございました。
クララ: え、お父様!?
ロッテンマイヤー: お客様がおいでになる。
 けれど、ハイジや、お友達が来られたら、遠慮せずに遊びにいきなさい。
 そうおっしゃっておいででした。
クララ: はい。
ロッテンマイヤー: わたしも、そう望んでおりますので、では。
クララ: はい……はい(モニターに向かって)……。
 え、今のいたずらアナタも覚えてた?わたし、話したんだっけ?


シャルロッテが吹きだしながらやってくる。


シャルロッテ: お嬢様、今の最高でしたよ。
クララ: シャルロッテ、あなた見てたの?
シャルロッテ: ええ、おっかしくって。ここまで来るのに、笑いこらえるの必死で。
クララ: でも二度目じゃね、インパクトないわよ。
シャルロッテ: いいえ、ロッテンマイヤーさん、三十秒はオロオロなさってましたわ。
クララ: え、すぐに気づいたんじゃないの?
シャルロッテ: いいえ、受話器たたいたり、電話線ひっぱったり。
 わたしはなんのことやら……でも受話器のポッチのとこにセロテープ貼ったり。
 よく考えつきましたわね。あれじゃ、いくら受話器とっても鳴りやみませんものね。
クララ: ハハ、そうなんだ。シャルロッテ、今度はもっとすごいこと考えてんのよ。
シャルロッテ: どんなことなんですか?
クララ: 新案特許よ。トイレの便座の一番下のとこにね、ラップを張っておくの。
 わかる?トイレで用を足そうとして一番上のフタを上げるでしょ。
 そして座って、なにをね、しようとしたら……。
シャルロッテ: まあ、それって……
クララ: シャルちゃんが最初にひっかかったら、かわいそうだから言っとくね。 
 あ、まだ実行するってとこまでは思い切ってないから。
 (モニターに)アナタも、そう思う「やりすぎ」だって……。
 う~ん……わたしの心の中にも、そう、心理的にね「いたずら倫理規定」ってのがあってね。
 今、審理中なのよね、ただ単なるドッキリの追求でもだめだしね。
 そこには審美的な要素もね、だから審理中……。
シャルロッテ: ウフフ……。
クララ: え、なにかおかしい?
シャルロッテ: だって、心理と審理と審美をかけたシャレでございましょう?
クララ: アハハ、あのね……。
シャルロッテ: わたし、もう行かなくっちゃ。
 ロッテンマイヤーさんに叱られます。おトイレ入るときには気をつけますね(去る)
クララ: ああいう子なの。フィーリングはいいんだけど、わたしのことソンケーしすぎ。
 偶然にゴロが合っても、わたしのウィットだと思ってくれちゃうの。
 あ、こないだのアナタのホメゴロシ、ちょっとムズイよ……え、相手には通じた?
 そりゃ、相手は専門のローリング族だもん「さすがはセダン。ゆっくり走ってもサマになる」
 通じて大爆笑でしょうけど、車のこと知らないと、ちょっとね……。
 なによ、ちょっと顔がたそがれてるわよ……え、「なんでもない」フフ……。
 こんなことばっかやってる自分が、ちょっと虚しくなってきたんでしょ。
 だめだよ。引きこもっててもハートのサスペンションは、ちゃんとチューンしとかなきゃ。
 いつかは、外へ出なくっちゃいけないんだから……そうね、今日はわたしがお話する番だったわね。
 (パソコンを操作する。ホリゾントに映像が出るといい)これがアルムのオンジのお家。
 後ろにあるのがモミの木。そう、「アルムのモミの木」よ。
 ここでわたし歩けるようになったの……すてきなわたしの思いで……いいえ、曲がり角。
 ジャンプ台……わたし、自分が歩けるようになるなんて思いもしなかった、ほんとよ。
 自分の足で立てることさえ夢だと思っていた……そう、みんなハイジのおかげよ。
 そこまではアナタも普通の人でも知ってるでしょ……。
 え……ハハハ、そんな学校の読書感想文みたいなこと言わないでよ。
 ハイジを育てたのはスイスアルプスの豊かな自然だった。
 その自然とそこに育つ心こそがクララを立たせ、歩かせた!
 そりゃそのとおりだけどね。あなたの国の憲法の前文みたいなものよそれって。
 平和を愛する諸国民の公正と真義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した……。
 で、国際社会に名誉ある地位を占めたい。アナタも覚えてんだここ……。
 え、ハハハ……停学になったとき課題で十回も書かされた。で、覚えちゃったんだ。
 なんで停学になったの……え、先生に「こんにちは」って挨拶しただけ……。
 なんで……側にいた友だちがタバコ喫ってた……それで、ソバテイ? おソバの定食? 
 おソバと五目ご飯がいっしょになってるような……え……同席規定……。
 タバコ喫ってる友だちの側にいただけで停学に。そうなんだ……。
 「喫うな、喫わすな、喫ったら離れろ」……なんだか火の用心の標語みたいね。
 あ、あのね、アルプスの自然は豊かじゃないの。ゆうたかないけど……わかる、これ? 
 あ、笑った! おやじギャグなんかじゃないのよ、韻を踏んだのよ韻を……。
 あのね、同じ音を重ねることによって、言葉や、文章にリズムが出てくるって、格調高い表現なのよ。
 さっきの偶然のゴロ合わせのほうがおもしろい? ええと、なんだっけ……。
 そうそう、アルプスの自然はゆうたかないけど、豊かじゃないの。
 つまり食えない国だったのよ……その「くえない」じゃないわよ。
 スイスって、したたかでくえない国だけど、それは食えない国だったから……。
 つまりね、昔は貧しくって食べていけない国だったの。そう文字通りよ。
 だから昔から男が体を売って……って、へんな想像しないでよね……。
 そう、一種の出稼ぎ。土木作業なんかじゃないわよ。傭兵よ、傭兵。外国に雇われて、兵隊になること。
 アナタの国にもいるでしょ、外国から来た人が介護士やら、看護師やってんの。あれの兵隊版。
 そう、かっこよく言えば外人部隊。時によっちゃスイス人同士が敵味方に分かれて戦うこともあったの。
 フランス革命にバスティーユ牢獄が襲撃されたとき、バスティーユを守っていたのもスイス人の傭兵たち。 え、世界史の授業みたい? 
 がまんして聞きなさい。この傭兵制度は千八百七十四年の憲法改正で、禁止されたんだけどね。
 あ、バチカンだけは例外。バカチンじゃないわよバチカン。
 ローマ法王がいらっしゃる世界最小の国。
 サンピエトロ大聖堂ってのがあって。
 今でもここの兵隊さんだけ、例外的にスイス人のオニイサンがやってるんだけどね。
 まあ、それだけスイス人傭兵って信用があったのね。
 で、ハイジんとこのオンジがね若い頃やってたらしいの。オンジって分かるわよね。ハイジのおじいさん。 へんくつモノで通ってたけど、オンジには、そういう背景があるのよ。
 でも、その心の奥には責任感と、人と自然に対する豊かな愛情があるの。
 ハイジにはそのオンジの血が流れてる……その心に支えられて、このクララは立って歩けるようになった。 ちょっとお茶を入れるわね……スイスの紅茶って、正直いってまずいわ……。
 ウェー(まずそうに舌を出す)……でもね、アルムの紅茶は別よ。なぜだか解る? 
 ミルクティーだからよ。アルムのヤギさんのミルクが入るとね……ガゼン別物になっちゃう。
 あまりの美味しさにうなっ茶う……ウウウ(幸せそうに、うなる)……分かる、今の?
 ……うなる前 よ。「なっちゃう」と「うなっちゃう」……そう、今のが韻を踏むってこと。
 あ、また笑った。アナタって、いつから引きこもってるの……ちがうよ、それは聞いたわよ。
 外に出なくなるのは結果にすぎないの。実際の引きこもりは、もっと前から始まってるのよ。
 人の話が心に響かなくなったとか……うん、そう。
 ひとの声がなんだかテレビから流れてくる声みたいによそよそしく聞こえちゃったりするの。
 あなたは……そう、よくわかんないか……いいわよ、思い出したら教えて。
 わたしはね学校から行った職業体験学習……うん、介護付き老人ホームに行ったの。
 たいしたことやってないのよ、お掃除したり、食事のトレーを運んだり……。
 うん、直接介護に関わることはやらせてもらえない、見学だけ。お話はさせてもらえたわ。
 でもね、通じないのよね……「おじいちゃん、おいしい?」とか「若い頃はなにやってたんですか?」
 精いっぱいの笑顔で聞いてもね、無視する人とか……むろん認知症の人もいるから仕方ないる。
 でも「おいしいよ」って笑顔で応えてくれたおばあちゃんの目の中にわたしが映ってないの。
 ペーターのお祖母さんの時みたいには心が通じないの。
 なんだかマニュアルどおりの笑顔で「おいしいわよ」そのおばあちゃん、三分の一も食べてないの。
 ソーセージなんか、いやな顔してた。
 でも、わたしったら、もらったマニュアルどおり「おいしいですか?」って。
 バカみたい……おばあちゃんは毎年のことだから、マニュアルどおり「おいしいわよ」
 ……え、そうよ三日間。うん、三日間でどれだけのことが分かるってもんじゃないんだけどね。
 ……ハイジならもっと……ううん、なんでもない。わたし、そこで見ちゃったの。
 そのおばあちゃん、トイレの帰りにこけちゃって、骨折したの。大騒ぎだった……。
 比較的しっかりしてそうなおばあちゃんだったから、ヘルパーさんたちにも油断があったんでしょうね。
 娘さんがとんできてね、娘さんたって、もう六十を過ぎてらっしゃるんだけどね。
 その娘さんが、言うの。
 要介護三の母なんです。一見しっかりしてるように見えてるけども。統合的な行動はできないんです。
 トイレに行って、パンツをおろして、そして座って、用を足したらウォシュレットのボタンおして、
 パンツをあげて、手すりにつかまって立ち上がってとか、いちいち言わなきゃわかんないんです。
 入所のときにそう申し上げたはずです。
 穏やかにはおっしゃってたけど、目は怒ってた。
 ケアマネさんやヘルパーさんはむつかしい専門用語つかって説明してた。
 でも、言い訳してんのはわたしにも解った……。
 娘さんは、おばあちゃんを後ろから抱きしめて「お母さん、ごめんね……」って、泣いてらっしゃった。
 そして一言「安心してください。訴えたりはしませんから」
 ……施設の人たちは、その一言でほっとしたのが、イヤなくらいわたしにも分かった。
 気がついたらわたし、娘さんを追いかけて「ごめんなさい、ごめんなさい……」って謝ってた。
 わたしって関係ないんだけどね、謝らなきゃって、居ても立ってもいられなくなったの。
 そしたら所長のオッサンに……おじさまに「余計なことは言うな!」って腕をひっぱられて
 ……で、そのことを感想文にそのまんま書いたら担任の先生に書き直ししなさいって。
 ……で、わたし、頭にきちゃって……これ見て! 
 ジャ~ン「体験学習感想文最優秀賞!」 うん、うそ八百のお涙頂戴の完全フィクション。
 笑っちゃうよね。
 そこからなんだか、大人と話すのがイヤになっちゃって、友だちにも谷崎潤一郎でどん引きされちゃった。 でも、不思議ね、こうやって話してみるとやっぱ違う。スルっと手からこぼれ落ちちゃうのよね。
 ……結局はアナタと同じかな……タワリシチ・アナタ……え、タワシじゃない? 
 ロシア語で「同士」……つまり、「お友だち」って意味。
 「タワリシチ」ちょっと時代錯誤だけど教養がね……ごめんあさ~っせ。
 ギャグよ、ギャグ。窓開けるわね、空気入れ替えなくっちゃ……。
 え……いいわよ、アナタのお話聞いてからでも……え、首を吊ったこと? 
 ないない、ないよそんなこと……アナタ……やったの?
 ……失敗……でしょうね、成功してたら、わたし、幽霊とチャットやってることになるものね。
 ……え、最初は肩が痛くなるの? 首じゃなくって……上からひっぱられてちぎられるみたいに……。   で……目の前が一瞬で真っ暗に……そこで怖くなって……そうなんだ……うん、いいわよ。聞く聞く。
 ……え、あなたって演劇部だったの。ステキじゃない!
 ……そっか、居場所が無かったのね、学校とかで、友だちとかも……それで演劇部でやっと
 ……え、予選で最優秀。やったー! で、本選は……そっか、残念だったわね。
 ……あ、井上むさしさんの本をやったの……そう、あれ、いい本だもんね。
 ……お客さんの反応は……そうよかったじゃないの……で、そっか、納得いかなかったのね。
 ……合評会でそんなこと言ったの……あの、順序立てて言ってもらえる。
 ……え、「作品に血が通っていない」「行動原理、思考回路が高校生のそれとちがう」なにそれ!?
 ……で、それを合評会でぶつけたの……え、「ここは、君が演説する場所じゃない」
 そんなこと言われたの!?……え、高校演劇って審査基準がないんだ。
 信じられないわ、それなら、まったく審査員の趣味とか傾向できまっちゃうわけじゃない。
 ……それも言ったの……そう、そしたら、ネットでそんなこと書き込まれたの!? 
 ひどい目にあったのね……それはもういい……そうよね、また来年がんばればいいんだもんね。
 ……ただ……ただ、なに?……そっか、人には言えなかったのね。少しはすっきりした。
 ……そう、うれしいわ、そう言ってもらえると……ハハハ。
 ……演劇部の後、ほかのクラブに……体育会系でクリエィティブ? それは、まだナイショ? 
 いいわよ……え、自殺防止の授業。そんなのがあるんだ!?
 アナタの国の学校でも、そんなアリバイづくりの授業があるんだね……で、お決まりは「命の大切さ」
 ハハハ、ハモちゃったね。それって「平和の大切さ」と同じくらい無責任でナンセンスよね。
 だって、目の前に首くくろうとしたアナタがいるのにね。
 アハハハ……それに気づかずに「命の大切さ」笑っちゃうわよね、そして……。
 空気入れ替えるね(窓を開ける。鳥の声)あ、ピーちゃんだ! あれ、見える!? 
 時々この窓辺にもやってくるのよ。鳥のことはよくわかんないけど多分インコ……。
 おいでピーちゃん、こっちだよこっち。ほら、エサあげるから、ピーちゃん!
 ……あ、行っちゃった。
 ……アルムのハイジのとこじゃ、牧場で、手をのばすだけで小鳥がやってきたものよ。
 ……うん、分かってるわ。あのピーちゃんは「あなたのほうこそ外に出てらっしゃい」って言ってるの。
 わたし、ハイジとアルムの自然のおかげで、こうやって歩けるようになった。
 ほら、もうスキップだってできるわ。去年の体育祭じゃリレーだって出たのよ。
 フフ、信じられないでしょ。
 人をを抜くことは、さすがにできなかったけど、順位をおとすようなことはなかったわ。
 持久走だって。ランナーズハイてのも体験したわ。
 ……あれって、走り始めて三十分くらいたたないとやってこないのよね。
 最初の三十分までは「なんで……」ってくらいきついんだ。
 それ過ぎると、どこまでも、いつまでも走っていけそうな爽快感!
 ……そのくらいに、このクララは回復したの……人生も同じよね、ランナーズハイがある。
 アルムから帰って、三年くらいはそうだった……。
 でも気づいたの。リレーとかで走るのは、目的のゴールがはっきりしている。
 でも……でも、人生のゴールって自分で見つけなくっちゃいけないのよね。
 私たちにはそれが無いのよね……こないだね、アンがやってきたの。
 知ってる? アン・バーリー……あ、結婚する前はアン・シャーリー。
 そう『赤毛のアン』のアン。もう歳だけどね。わたし、娘さんのリラのほうが仲がいいの。
 ほら、この写真。こっちの娘さんのほうがリラ、かわいいでしょ。
 こっちのキリっとしてるおばさんがアン。長いこと学校の先生をやってたの。
 わたしもね、一時(いっとき)学校の先生になろうって思ったことがあるのよ。
 ……だってステキじゃない。でしょ。
 いつまでも若い子達の弾むような感性の中で泣いたり笑ったりできるなんて、それこそ永遠の青春! 
 わたしはハイジじゃないから、アルプスの自然から、自分で立ち上がる力は、もらえたけど。
 あそこはハイジの世界。わたしのゴール、わたしの世界は自分で見つけなくっちゃ。
 アンが言ってた……「今の学校はもう学校じゃない」って。
 ……先生は、授業と会議とパソコンばかりが相手。
 子供たちの相手をしている時間はほとんどないんだって。
 子どもの相手をしないっていうか、できない先生って、先生ってよべないわ。
 アンは言ってた「わたしは、いい時代に先生ができて幸せだったって……雲が流れていくわ……。
 アルムじゃね、あの雲はハイジを待ってくれるの……この街じゃ、あの雲はわたしを待ってはくれない。
 知らん顔して、流れていくだけ……え、あのハイジのブランコはどれくらいの長さがあるかしらって?
 フフフ、わたしも考えたわ。うん、ハイジの真似をしてみたの。
 ……ハイジって、なんでも知りたがって、くちぐせは「おしえて」だったものね……。
 で、わたし、計算したの。振り子の周期から、あのブランコの長さは三十七・八メートルだって。
 で、ハイジに教えてあげたの。きっと驚くだろうって思って。
 「わー、クララってすごい!」って、言ってくれるだろうって……ハイジはなんて言ったと思う?
 ……不思議そうな顔をしてね「なんで、そんなこと計算するの?」……ハハハ。
 ……ハイジはね、ただブランコに乗ってみたかっただけなの、流れる雲の上に寝そべってみたかっただけ。 雲がハイジを待ってくれている。その感動を表したのが「おしえて」だったの。
 わたしは、その「おしえて」を勘違いしていたの。
 だから、いっそうハイジの「おしえて」がうらやましい……え……うん、大丈夫。
 なんでも聞いて……アハハ、遠慮してたの?……アナタって、デリカシーありすぎ。
 気疲れするでしょ、いつもそんなじゃ……ああ、イジメにあったことがあるかって? 
 あなたは……あ、わたしから話さなくっちゃいけないわよね。
 結論から言うとね。いじめられたことはないわ。ハイジに会うまでは学校にもいけなかったし。
 ウフフ、ロッテンマイヤーさんにはしょっちゅう叱られてたけどね。
 あの人はただ注意してるつもりなんだけど、口調がきついのね(かすかにクシャミ聞こえる)
 ウフフ、根はいい人よ……学校に行ってからは……うん、あんまりお友達はできなかったな。
 だれもがハイジみたいに心を開いてくれるわけじゃない。
 だれにもハイジに対するみたいに心を開けるわけじゃない。
 でも、その代わりいじめられるようなこともなかった。
 こんな言い方ダメかもしれないけど、いじめって、根本のとこでは、相手に対する興味の現れだと思うの。 ただ、興味の表し方わかんないから……ね、わたしのいたずらも同じよ。
 ロッテンマイヤーさんとかが反応してくれるからやってんの……アナタは?
 ……いいのよ、言いたくなった時に聞かせてくれたら……あ、もう雲流れていっちゃった。
 さっきヒツジさんみたいな雲があったんだけどね……あれかなあ……。
 トドみたいになっちゃってしまったけど……わたしたちの心も雲みたいね。
 あっという間に流れて変わっちゃう。
 アルムの雲だって流れるんだけどね、ハイジは、雲がハイジを待ってくれてるように思えるわけ……。
 あの感性にはまいっちゃう。なかなかあんなふうにはね……。
 フフ、おちこんでなんかいないわよ。ただ、「ちがうんだ」って思っただけ。
 で、わたしは、わたし自身の「おしえて」を持てばいい。そう思い直したの。
 だからこれ……この本たち。まあ、大半は図書館から借りてくるんだけどね……。
 それにしてもすごい量? う~ん……でも二千冊くらいよ。服とかも多いから。
 あんまり、お部屋の中ゴチャゴチャにしときたくないの。ゴチャゴチャは、頭の中だけで十分。
 ……アナタの部屋って、よく見るとステキじゃない……ううん、そんなことない。
 ベッドの枕のほうに机があって、パソコンとかモニターとかすぐ側なんでしょ。
 床に一見散らかってるように見えてる服も、ベッドの足下から、キャミとか下着、ブラウスにベスト。
 ……で、ドアの横の壁に上着とかキャップとか。あ、そのジャケットとると鏡なんだ。
 起きたら順番に着て、最後は鏡で確認して出かけられる。機能的じゃない! 
 あなたって、印象よりも合理的な人なんだ……あ、今なに隠したの!?
 だめ、見ちゃったんだから、ちゃんと見せなさいよ……ステキ……それってダンスかなにかの衣装?
 ……そうか、さっき言ってたの、そうなんだ! 
 言ってたじゃない、演劇部の後入ったクラブがあるって。 
 体育会系だけど、クリエイティブなクラブだって……そうなんだ、ダンス部だったんだ!
 ……え、部員がみんなやめちゃってアナタ一人に……そう、それでもがんばろうとしたんだ。
 ……先生も忙しいもんね……授業と会議とパソコンだもんね。
 ……え、IDカード……先生が首からぶらさげてる……わたしも、あれキライよ。
 なんだかスーパーとかコンビニの商品の品質表示みたいでしょ……え、バーコード? 
 ナイショだけど、ロッテンマイヤーさんの彼もバーコードよ(ロッテンマイヤーのくしゃみ)
 ……頭じゃなくって、IDカードに……え、時々産地偽装してるみたいな先生も……。
 アナタってウィットの感覚いいわよ。もっと本とか読んで感覚みがくと……。
 アハハハ、わかった、わかったって。もうお説教みたいなこと言わないからさ。
 ……え、説教じゃなくって、新興宗教の勧誘みたい? はいはい、もう言いません。
 ね、ダンスのレパートリーどんなのがあるの?……あ、それわたしも知ってる。
 ユーチューブで覚えた!  
 ね、いっしょに踊ってみようよ……すごいもう、コスチュームに着替えたの!?
 ……うん、とてもステキよ。待って、サウンド、シンクロさせるから……よし、いいわよ!


明るい曲が流れ、クララはモニターのアナタとともに踊る。
 ダンス部に入ってもらってバックダンスをやってもらってもいい。
 歌って踊り終えて、なぜか涙ぐむアナタとクララ。


クララ: ああ、おもしろかった。またやりましょうね。
 どうしたの、どうして泣いてるの?
 ……え、わたしも……ほんと変ね、こんなに楽しいのに、こんなに友だちなのに……。  
 ちょっと暑い。こっちの窓も開けるわね……。
 トドの雲もどこかにいっちゃったんでしょうね、方角から言えばこっちのほうなんだけど……あ、飛行船! わあ、あんなに低くゆっくりと……。
 シャルちゃん。ロッテンマイヤーさん。飛行船よ、飛行船! テラスから、お庭に出てみて。
 今、教会の上のあたりだから……あ、アナタには見えないわね(カメラの向きを変える)
 ……どう、見えた? ツェッペリンね……昔はもっと大きいのがあったそうよ……。
 あれの何倍も大きいのが……追いかけてみたらって……うん、いつかはね……。
 追いかけていって、きっと乗せてもらうわ。
 雲は流れて行ってカタチを変えてしまうけど、飛行船はカタチを変えないわ。
 検索したら、乗り方だってわかるし……それに、今日は大事なお友達が来るんだもん。
 ……え、なんか言った?……なんでもない……へんなの。
 飛行船、グルーっと、この街を一回りするのね。まるで、わたしのことを待ってくれているみたい……


このとき口笛が聞こえる。


クララ: あの口笛……ハイジだわ……ハイジが、ハイジが……。
 カメラもどすわね、わたし着替えなくっちゃならないから。
 だって、この服はアルムで初めて立てたときに、ハイジとお揃え。
 お父さんに買ってもらったままだもの。なにか新しい服でなくっちゃ……。
 ハイジは、昔のままよ。あの「わたしはアルプスの子です」って、全身で自己主張してるみたいな。
 ハイジは完成された子だもの……わたしは……。
ロッテンマイヤー: お嬢様。ハイジが、ハイジが来ましたよ!
クララ: わかってる、さっき口笛が聞こえたから。
ロッテンマイヤー: じゃ、お早く。
クララ: 今、服を探してんの……
ロッテンマイヤー: ハイジは忙しい子ですから、お早く!
クララ: 分かってるわ、ロッテンマイヤーさん……


シャルロッテがやってくる。


シャルロッテ: お嬢様、お手伝いいたしましょうか?
クララ: ありがとう、適当にひっぱりだして見せてくれる。
シャルロッテ: ……これなんか、いかがでしょ、シックなブルーでお嬢様にぴったりかと。
クララ: ありがとう。でも、もすこし明るいものでなくっちゃ、ハイジに負けちゃうわ。
シャルロッテ: ……じゃ、これは?
クララ: それじゃまるで郵便ポスト。
シャルロッテ: じゃ、こっち。
クララ: わたし、サンタクロースの孫じゃないのよ。
シャルロッテ: ……じゃ、思い切って、こんなのは?
クララ: いいけどナントカ48(フォーティーエイト)みたい。
 ちょっとセンスがね、わたし的じゃない。
シャルロッテ: じゃ、こっち!
クララ: もっとズレてる、それじゃおみゃんこクラブじゃないよ。
シャルロッテ: じゃ……思い切って、こんなの!
クララ: あら、ミリタリーね。   
シャルロッテ: お気に召しまして?
クララ: ……あ、それって日本の陸上自衛隊。
 専守防衛ってなんだか引きこもりのイメージ。
ロッテンマイヤー: お嬢様、ハイジ先に行きましたわよ。
シャルロッテ: お嬢様……
クララ: 大丈夫。わたしの家の前の道って一本道だから、交差点につくまでに間に合えばいい。
シャルロッテ そう、じゃ急ぎましょ!
クララ: うん!シャルロッテ ……これなんか……お嬢様……?
クララ: ……シャルちゃん、それ脱いで。
シャルロッテ: え?
クララ: わたしの新しい人生の再出発。
 一からやり直しますって気持ちでメイドのコスなんかいいと……思っちゃった!
シャルロッテ: こんなの、まるで一頃のアキバですよ。
クララ: あんなマガイモノじゃない。だって、シャルちゃんは本物のメイドなんだもの。
 わたしメイドインクララになる。お脱ぎなさい!
シャルロッテ: お嬢様……。
クララ: 脱げ!
シャルロッテ: きゃー!


クララ、シャルロッテを追いかけ回す。やがて捕まえて、シャルロッテに馬乗りになり、服をぬがせようとする。


シャルロッテ: や、やめてください。
 ……お嬢様は、お嬢様は、シャルロッテでもなく。ハイジ様でもなく。お嬢様なんですから。
 クララ・ゼーゼマンでいらっしゃるんですから……クララ……。
クララ: わたしは、わたし……クララ・ゼーゼマン……。
シャルロッテ: はい、クララ……で、いらっしゃいます。
 なにもコスチュームなんかでごまかすことなんかありません!
クララ: そう、そうよね……クララはクララのままで……。
シャルロッテ: はい、さようでございます。お嬢様はお嬢様であるままで……。
クララ: ありがとうシャルちゃん。そうなんだ、簡単なことだったんだ。
 わたしはわたしのまんまで……ありがとう、このままで、あるがままのクララでいくわね!


駆け去るクララ。ほっと胸をなで下ろすシャルロッテ。


シャルロッテ: お嬢様……


クララ、駆け戻ってくる。


シャルロッテ: お嬢様……
クララ: 髪の毛ぐらい梳(と)かしていかなくっちゃね。
 (鏡に向かい、髪を梳かす。まわりを見渡して)ごめん。後のことはお願いね。
シャルロッテ: はい、お嬢様!
クララ: じゃ、行ってくるね、シャルちゃん。
 ロッテンマイヤーさんも、バーコードの彼氏によろしく!


駆け去るクララ。しばし呆然のシャルロッテ。


ロッテンマイヤー: シャルロッテ!
シャルロッテ: 行かれましたよ、今度こそ、今度こそ……。
ロッテンマイヤー: ああやって、時間をかせいでいらっしゃるのよ。
 ハイジが交差点まで行って行方が分からなくなるまで……。
 そして「間に合わなかったわ」って戻ってきては、この繰り返し。
シャルロッテ: そんなことありません。
 さっきはセーラー服でしたけど、今度は……今度は、ご自分のまんまででかけられましたから。
 ね、そう思われるでしょアナタ様も(片づけようとする)
ロッテンマイヤー: 放っておきなさい、それくらいご自分でできるようにしていただきます!
シャルロッテ: だって(アナタにむかって)ねえ……。
ロッテンマイヤー: それに言っとくけど、わたしがお付き合いしている方はバーコードなんかじゃありません。
 あるがままに堂々と禿げていらっしゃいます。わたしがご意見申し上げてね!
シャルロッテ: プフフ……
ロッテンマイヤー: シャルロッテ!
シャルロッテ: はい!


祈るようなまなざしで、クララの椅子を見つめ、気持ちをふりきるようにして、シャルロッテ退場。
 開幕の時のヨーデル急速にフェードイン。その高まりに比例して、クララの椅子きわだつうちに幕。

【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp


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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・12『不登校のスケバン』

2017-03-14 06:46:44 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・12
『不登校のスケバン』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 ランチタイムライブ→ランチライブ→ランライブ


 この名称の短縮ぶりでも分かるように、美乃たちダンス部の本館玄関前のライブは好評だった。学校内にとどまらず、滝川とB組の明智が映像を撮って編集。それを毎回動画サイトに投稿し、アクセスは鰻登りだ。昨日などは、地元の商店街の商店会長が見学に来て「ぜひ商店街のイベントに出て欲しいと、要請があった。毎日同じメニューでは面白くないので、美乃は部長の宇子と相談して、五人のリーダーを指名し、曜日毎の責任者にした。同じクラスの森蘭は月曜のリーダーに選ばれて喜んでいた。月曜なら、土日のほとんどを練習にあてられ、他のリーダーよりも有利だから。清洲高は、こうやって表面上は落ち着くと共に、明るい学校というイメージになりつつあった。

 美乃の目は、他のところに向いていた。

 この連休頃まで、校内を仕切っていたロクデナシたちのその後だ。

 たいていの者は「支配者が信長美乃になった」と思い、美乃の好みに合わせた普通の高校生になっていた。むろん成績までは急に伸びるものではないので、授業に積極的だったり、小テストなどで良い点をとった者には声をかけるのを忘れなかった。
 ただ、この元ロクデナシたちの数は多く、とても対応しきれない。その情報を集めてくるのが、いくつものクラブを渡り歩いた末にダンス部に腰を落ち着けた木下藤子だった。
 小柄で身軽だが、ダンスはあまり上手くはない。しかし、なんとも言えない愛嬌があり、見かけによらず声が大きく機転が利くのでMCとして重宝がられている。そして諜報に長けていた。
「今日は某が、小テストで過去最高点でした。そして……」などと、情報をくれる。元ロクデナシたちのメルアドはたいていつかんであり、その都度おめでとうメールをうち、校内で見かけたら、必ず声をかける。彼ら彼女達は習慣で人間関係を力でしか評価しないので、友だち言葉ではあるが、少しだけ上から目線の態度で接する。時間をかけて、普通の付き合い方にも慣れてもらおうと思った。

 そんな中、心配な二人がいた、荒木夢羅と筒井夢理の元スケバン姉妹。

「近頃顔見ないなあ、なにか情報ない藤ちゃん?」
 美乃は、木下藤子に聞いた。藤子の顔がめずらしく曇った。
「このごろ学校に来てないの……」
「コテンパンにやっつけたせいかな……やりすぎたかな?」
「ううん、あれは必要なことだったのよ。あの二人は清洲高のワルのシンボルだったから」
「……でも気になるのよね。こんなことで引きこもるようなタマじゃないし、姉妹で苗字が違うのも気になるし」
「今は、あの二人に関わっている時期じゃないと……」
 藤子の心配が、なんとなく察せられたので、それ以上は触れなかった。

 美乃は、学校が落ち着き始めると、再び電車通学に切り替えた。なるべく沢山の生徒と接しておきたかったから。

 その日の帰り、A駅で夢羅と夢理を見かけた。ちょうど電車を降りたところなので、途中下車でつけてみることにした。

 そして、二人の意外な面を見ることになってしまった……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・11『昼休みショートライブ』

2017-03-13 06:32:27 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・11
『昼休みショートライブ』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 チャラーンポラン~チャランポラ~ン……と清洲高の昼のチャイムが鳴った。


 音は、あいかわらずハンパだが、この音と共にハンパではない女生徒の一群と、若干の男子がテキパキと動き出した。連休からこっち美乃のおかげで少しはまともになった清洲高だが、この一群のテキパキした生徒に気付く者は居なかった。またテキパキ生徒達も、それが起こるまでは、隠密を旨としていた。

 みなが昼食を終えた12:50分にそれは起こった!

 大音量の『前しか向かねえ』がかかり、校舎のあちこちからダンス部のユニホームを着た部員達が集まりリズムに合わせて動き始め、イントロが終わる頃には、クールなダンスであることが分かった。
「なんかやってんぞ?」「え、AKBじゃん!?」「前しか向かねえよ!」
 あっという間に、観光バスなら五台は入ろうかという本館の玄関前が特設のライブ会場になった!
 一番の途中になると、いっしょに唄ったり、知らず知らずにリズムをとる生徒達が現れだした。教師達は、最初は暴動でもおこったかと思ったが、どうも平和的にエネルギーを発散させているのだと気づき、遠巻きにそれを見ていた。
 二番になると、生徒のほとんどがリズムをとり、いっしょに歌っていた。ピンマイクなどという気の利いたものがないのでダンス部の子達の声は聞こえないが、しっかりと口を開けていたので、みんな、それに合わせて歌っているのだ。

「ようこそ、ダンス部のランチライブへ! いま踊ったのは、今度のダンスコンテストの課題曲でした。どんな出来になっているか、みんなの前で踊るまでは、とても心配だったけど、いまのみんなから力と勇気をもらいました。教えられるって、こういう感動をともなった共感なんですね。それでは、次は、その教え教えられることの共感をテーマにした曲です。先生方も、よかったらいっしょにどうぞ!」
 部長の高山宇子が荒い息のまま一気にMCの役割を果たした。そしてフォーメーションを組み、次の曲がかかった。

 最初は、ゆっくりしたバラード風に始まり、それが激しくテンポアップ。生徒達は知らない曲だが、もう空気ができていた。テンポアップしたところで、教師達はびっくりした。
 その曲は『仰げば尊し』だった。
 みんなのクラップで、声は聞き取りにくかったが、ダンス部のみんなは、ハッキリと「仰げば尊し~♪」と歌っていた。生徒達は意味は分からないが、ロックなので曲調にはすなおに入ってきた。一曲目にAKBをもってきたのが正解だった。教師の中には涙ぐむ者さえいた。

「ありがとうございまーす! これは日本人がしばらく忘れていた、教えと別れの歌です。この曲を見つけてくれたのは、新入部員の信長美乃!」
 美乃が立ち上がり、盛んな拍手をもらった。美乃は無言のまま四方にお辞儀をした。割れんばかりの拍手になった。
「それでは、ランチタイムライブ最後の曲いきまーす! 『フォーチュンクッキー』でーす! みなさんもごいっしょにどうぞ!」
 ほぼ全校生徒によるフォーチュンクッキーになった。予定をオーバーして、もうワンコーラスやったところで、部長の宇子が宣言した。
「今日は、このライブにあつまってもらってほんとうにありがとう! さあ、そろそろ予鈴がなります。これで解散!」
 見事にダンス部は撤収し、生徒達は予鈴を挟んで、興奮気味に教室へ帰っていった。

――バッチリの録画。放課後アップロ-ドしとく――

 明智からのメールがとどいた。そしてドヤ顔で教室にもどってきた滝川がおかしくって、思わず美乃は吹き出してしまった。よし……これで清洲高の新しい出発ができたと思った……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・10『彩雲を待ちながら』

2017-03-12 06:23:52 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・10
『彩雲を待ちながら』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。



 校舎の脇を通ると、非常階段でピカリと光るものがあった。


「なにしてんのよ、こんなとこで?」
 美乃は、光がした非常階段の一番上まで上がってみた。クラスの滝川と、顔は分かるが名前までは分からない二人が体操服姿で、彼方の空を見ていた。
「今度こそだぞ、滝川……」
「おう……」
「今だ!」
 滝川がスマホを構えた。さっき光ったのは、このスマホだろうと分かった。そして、スマホのレンズが向いている方向に感動的なものを見た。

 中天高く昇った太陽の前を真綿のような雲がかかり、それが七色に染まったのだ。

「きれい……あんなの初めて見た」
「あれは彩雲とか瑞雲とか言うんだ。そう珍しい現象じゃないけど、虹ほど大きくないから見逃すことが多い。それに、色やカタチのいいのはなかなか撮れないからね」
 名前の分からない男子が言った。
「意外に高尚なことやってるのね。てっきりタバコでも喫ってんのかと思った」
「中学で止めたよ。高いし、体に悪いからな」
 滝川がオッサンのようなことを言う。
「あたし、信長美乃。あなたは?」
「明智光。あんまり目立たないから知らないだろう。おれは隣のB組で君のことは知ってるけど。ってか、清洲高で君のこと知らないやつなんていないだろうけど」
「ハハ、よろしく。あなたみたいな人が隣りのクラスにいるなんて知らなかった。連休前までは引きこもってたからね」
「それも含めて知ってる。滝川がクラスの退学第一号になりそうって言ってたからな。こんなイメチェンで復活してくるとは思わなかった」
「美乃は、連休が明けて人が変わっちまった。ワケわかんねえけど、良い奴になった」
「お前のルーズな腰パン止めさせたんだもんな。オレが言っても聞かなかった浩一をさ」
「オレも、そろそろ、そういうの卒業しようと思ってたとこだったしな」
「ハハ、たまたまなんだね」
「ま、そういうことにしておこう」
「うっせー、おまえら」
 滝川が口を尖らせる。意外に可愛い顔になる。
「あ、そろそろ時間だ」
「まだ四分あるぞ」
「今日はライン引きなの」
「信長さんて、スケバンにはならないんだ……」
「そういうの腰パンよりかっこわるいから。じゃ」

 非常階段を二階まで降りて、美乃は思いついた。

「ねえ、お願いあるんだけど!」
 三階の途中まで戻って、見上げるようにして二人に言った。
「分かった、のるよ」
「え、あたし、まだなんにも言ってないよ」
「その顔見ただけで、面白そうなことだって分かる。体育終わったら聞かせてよ。オレ達も、そろそろ行くわ。もう彩雲消えちまったし」
 そう言うと、二人は美乃を追い越して非常階段を降りていった。

 学校が、もう一つ面白くなるような気がしてきた。
 

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・9『仰げば尊し!』

2017-03-11 06:52:39 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・9
『仰げば尊し!』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 あれから一週間たった。


 ダンス部にとって『仰げば尊し』は衝撃だった。
 唄える者こそ少なかったが、聞いたことぐらいはある。ダサイ右翼かなんかの曲として。

 ところが、美乃が持ってきた音源は、イントロこそスローだったが。三小節目あたりから、ドラムが元気にテンポを刻み、ビートの効いたノリの良いロックになっていた。イントロがスローなので、既成概念ともあいまって、第四小節からの弾け方はハンパではない魅力があった。むろん美乃の振り付けも完ぺきだった。

「テーマはMKTよ!」

 美乃は汗まみれのまま宣言した。
「MKTって?」
 高山宇子が聞いた。さすがに冷静だが、他の部員達はたった今の美乃の見本が目と頭に焼き付いて一言もいえなかった。
「Mは守る。Kは壊す。Tは創るです。あたしらには時間が無いから、それをいっぺんにやる!」

 たしかにそうである。『仰げば尊し』なんて過去の遺物だと思っていたら、美乃がかみ砕いて説明してくれたことには頷けた。
「あたしたちは、今ある清洲高校を好きになるんじゃない。今の感動、そして、そこから浮かび上がってくる心の中の清洲高校を好きになるのよ!」
「信長さんのノリはビビッときたけど、話は……あの、むつかしくって、よく分からないんだけど」
「アハハ、じゃ、こう言えば分かる? こないだ美濃高校のバカ男子がうちの女生徒をナンパしてたの。あきらかに、うちらの学校を見下したみたいにね。うちには珍しい大人しい子だったけど、イヤそうにしてたのは信号の向こうからでも分かった、で、あたしは放ってはおけなかった」
「そんなの、あたしでも許せない!」「そうよそうよ!」と声が上がった。

「だから、みんなの心の中にも、ちゃんとした清洲高校が眠ってんのよ。普段はダメな学校、お先真っ暗の学校。だから進んで何もしようとしない。だから……ダンス部だけよければいいと思ってる。どうよ」
 反発と同意、そして困惑がみんなの顔に浮かんだ。

「ダンス部から、清洲高校をMKTしていこうって、それが、今度の『前しか向かねえ』と『仰げば尊し』って話よ! 分かった!?」

 ダンス部のみんなから賛同の声が上がった。その中には、美乃といっしょにダンス部に入った森蘭も入っていた。

 美乃は、これをダンスコンクールに持っていくだけではなく、清洲高大改革の火種にしようという目論見があった……。


※You tubeで「ロック仰げば尊し」を検索すると、ほんとにあります。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・8『信長美乃の中の信長』

2017-03-10 07:14:58 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・8
『信長美乃の中の信長』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 みるみる夢羅の表情が曇ってきた……。


――こいつは、親の離婚だな――
 そう思うと、美乃の夢羅の襟首を掴む力が緩んだ。
「ごめん。悪いこと聞いちまったね」
「いえ……分かってもらえたら、いいっす」

 夢羅の苗字は荒木。姉の夢理は筒井。いつそうなったのかは分からないが、夢理が臆面もなく言い。夢羅が暗い顔をしたところを見ると、自意識が芽生える幼年期以降のことだろう。あの姉妹のお粗末さは自己責任だろうが、ああやってスケバンを気取らなければならないだけの理由はあるんだろう。美乃は、そう解釈した。

 A組の変化や、今朝の校舎裏での一戦で、美乃の噂は全校的に広まり、崩れかかっていた一年生は落ち着きを取り戻しつつあった。いつも五分遅れで始まり、五分早く終わる授業が時間通りに行われた。まあ、これでいいけど、これでセンコウたちが調子に乗っては面白くないと思った。

 そんな昼休み、担任の今川が直に美乃を呼びに来た。
「織田、校長先生がお呼びだ。昨日からの織田はちょっと……」
「ちょっと、なんですか?」
「いや、なんでもない……」

 校長の呼び出しは、今朝美濃高前で、義龍とかいう美濃高の男子から足利ルミを助けてやったことのお礼だった。
 にしては……お礼に情がこもっていなかった。

「今朝E組のルミを助けてくれたそうだね。理事長から、君に礼を言っておいてほしいということだった。授業中だったんで、取り次げなかった。以上」
 それだけ言うと、校長はパソコンのモニターに注目した。いかにも重要な資料を見ているのかと思ったが、後ろの鏡には、流行りのオンラインゲームが映っていた。どうやら躓いているようで、それどころではない様子だ。
「どうも」
 この遣り取りだけで終わってしまった。同じ足利とはいえ、理事長と校長は仲が悪いという噂だった。詳しいことは、校長が、いたってレベルの低いダンジョンで躓いていること以外、何も分からない。ただ、こいつらの関係には巻き込まれないでおこうと思う美乃だった。
 校長の呼び出しのために、体育館のフロアーに行くのが遅れた。行ったときには、まっとうになりかけている一年生たちが、てんでバラバラだが、トスバレーや鬼ごっこに興じていた。

――邪魔しちゃ悪いな。仕方ない、本番ぶっつけでやるか――

 美乃は、漠然と放課後や昼休みなどの時間は、生徒達が自由に過ごせる学校であればと思っていた。例えて言うなら楽市楽座。そこから、自然な活気が生まれるだろうと踏んだ。

「じゃ、やってみて」
 部長の高山宇子が、期待に満ちた声で言った。『前しか向かねえ』の短いイントロが流れた。今日の美乃のフリは、昨日の倍ほどの迫力があった。踊り終わると、一瞬シーンとなり、高山宇子が促すように笑顔になると、ダンス部の全員が拍手した。
「これで大会の課題曲は完成ですね!」
 部員の一人が言った。
「パンフレットには、振り付け信長美乃って書かせてもらうわ」
「いえ、振り付けはダンス部だけでいいです。チャンスをいただかなきゃ、これ出来なかったわけだし」
「いいの?」
 昨日から今日にかけての美乃の武勇伝を知っているダンス部員達は、その謙虚さに拍子抜けがした。と、同時に美乃への好感度があがった。

「その代わり、自由曲やらせてもらえませんか?」
「ええ!?」という声がいっせいにした。
 ダンス部の大会で自由曲というのは、その学校の力が試される華であった。課題曲が技術重視なのに比べ、自由曲は、技術プラス創造力が試される。まだ正式な部員でもない、美乃がやらせてもらえるようなシロモノではない。

 沈黙が時を支配した。美乃一人にダンス部全員の目が注がれた。そして高山が口を開いた。
「分かった。信長さん、あなたに任せるわ」
「本当ですか!?」
 同じ言葉が、美乃と部員達からした。
「昨日からの信長さんのハチャメチャは、あたしも知ってる。部員のみんなもね。清洲高の女番長まで凹ませた。信長さんが、その威を借りて迫ってくるようなら、断るつもりだった。でも、目を見ていて分かった。ウンと言われなかったら、あなたは課題曲の振り付けだけ残して、ダンス部を去っていくつもりだったでしょ?」
「はい、こんなの力押しでやるもんじゃありませんから」
「不思議な人ね、信長さんて。で、自由曲は、何をやるつもり?」

「『仰げば尊し』です」

 帰り道、自転車を漕ぎながら、美乃は笑いがこぼれてしかたがなかった。自分の駆け引きがうまくいったからだけではない。「『仰げば尊し』です」と言ったときの高山たちの驚いた顔と、そのあとみんなで笑いあえたことが、とても嬉しかった。コワモテは覚悟していたが、やはり人間としての本当の姿を理解してもらえたことが嬉しかった。

 その夜、ベッドに入ると一つになったはずの自分の片割れが、こう言った。
――苗字だけの信長。おまえは甘い。人間というのは無意識にでも嘘をつく。いずれ気が付く、心しておけ――

 美乃は驚いたが、恐れはなかった「あなたは、それで失敗したんだから」そう呟くと、その、もう一人の信長は笑いながら、美乃の心の奥底に沈んでいった……。
 

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・7『飛躍への抵抗』

2017-03-09 06:49:25 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・7『飛躍への抵抗』


 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 足利ルミを助けたために、学校に着くのが遅れた。

 夕べの『前しか向かねえ』を広い体育館で練習したかったのだが、どうも無理なようだ。
 一般の生徒達と同じ時間帯での登校になってしまった。

――いやな時間帯に来てしまったわね――

 だらしなさとケバケバしさが同居したような清洲高校の生徒達が、腸の中を蠕動しながら動いているウンコのように思えた。当然だが二三年生に多い。自分のダメさ不快さを学校のせいにしきって好き放題。
 美乃は、なにも杓子定規に校則を守ろうという気などはなかった。美乃自身規定通りの服装ではない。スカートは膝上7センチ。ブラウスをスカートの外に出すようなことはしなかったが、第一ボタンは留めず、リボンはややルーズに首からぶらさげている。昨日覚醒したばかりなので手が回っていないが、上着のタックは、もう少し詰めようと思っている。

 要するにイカした女子高生でありたかった。

――ま、取りあえず、クラスがまっとうになればいいか――
 そう思いながら蠕動するウンコたちをシカトした。
 が、そのウンコの方が声をかけてきた。
「ちょっと待ちな。あんた一年A組の信長美乃だろう」
「だったらなんなのよ」
「昨日は妹が世話になったね」
「ん? 世話した奴多すぎて名乗ってくれなきゃ分からない」
「ケ、入学してもう一カ月以上たとうってのに、あたしのことしらないの?」
「こいつ、ずっと不登校だったから知らないんですよ」
「「「「「「「ケケケケケ」」」」」」」
 取り巻き達が、小汚く追従笑いをする。
「荒木夢羅の姉で、筒井夢理っていうんだ。覚えていてもらおうか」
「そんなの覚えてるほどヒマじゃないの、そこ通してくれる。オネエサン」
「落とし前つけてからな、来な、校舎の裏に」
「やれやれ……」

 正門で、登校指導をしている教師達も見て見ぬふりだ。忌々しいので美乃の方から声をかけた。
「お早うございます。今から二三年生のオネエサンたちに自転車の置き方教えてもらいます」
「ああ、そりゃよかったな……」
 顔も見ないでセンコウが言った。
「あとで保健室の世話になるかもしれないんで、よかったら伝えといてください」
「え……ああ、分かった」
 まことに頼りにならない教師たちであった。

 清洲高校は、東京オリンピックの年にできた学校で、団塊の世代対応の規模を持っているので、ムダに敷地が広い。自転車置き場だけで、奥行きが百メートル以上ある。その一番奥までいくと、取り巻きの一人が言った。
「ここでチャリは置きな」
「あたし、もう午前中のケンカは済ませてきちゃったから、手短にいかないっすか?」
「命令は、あたしがするんだ。てめえは、ただ付いてくればいい。付いてこい」
 夢理は、取り巻きに美乃を囲ませ、校舎の角を曲がって、ゴミ捨て場まで来た。
「ここなら、はいつくばらされても、大した怪我にはなんない。みっともなくはなるけどな」

 ゴミ捨て場には、分別されていないゴミが、幾つも山のようになり、確かに自転車置き場よりは安全なようだ。ただ、はいつくばれば、生ゴミやゴキブリが制服のアクセサリーになりそうだった。
「時間かけるのヤダから、こうしません。そこの排水パイプを伝って屋上まで早く上がった方が勝ちってことで」
「命令すんのはアタシだって言ったろう!」
「ハハ、自信がないんだ。違いますか?」
「なんだと!?」

 ということで排水パイプ登りの勝負になった。

「行くぞ!」
 夢理は腰蓑のようなマイクロスカートをはためかせ、排水パイプに取り付いた。
 美乃は、生足のまま脚でパイプを挟みながらマシラ(猿)のような身軽さで隣の排水パイプを登っていく。夢理はハーパンがパイプに滑り、思うように登れなかった。
 美乃はアミダラ女王のパンツ丸出しで一気に屋上まで登った。
「アタシの勝ちですね」
「くそ、こんなサスケみたいなことで決められてたまるか!」
「往生際が悪いなあ」
「降りてこい!」
 の言葉が終わらないうちに、美乃は屋上のロープで、振り子のように一気に降りながら、取り巻き五人を蹴倒した。
 着地し、続けざまに二人を蹴倒すと、恐怖を感じた三人ほどが逃げ出した。
 夢理は、あせって二階あたりの高さからゴミの山に落ちてしまった。
「おかげで、遅刻寸前じゃないですか!」
 文字通り、ゴミの山にはいつくばった夢理たちに、そう言うと、美乃は駆け出した。しかし、何かを思い出しとって返すと、言い放った。
「これからは、先輩達も少しは身だしなみ気を付けてくださいね。お互い清洲高校の代紋しょってるんですから」

 夢理たちは震え上がった。

 教室に着くと、夢羅の襟首を掴んで窓ぎわまで迫った。
「姉貴に告げ口、サイテーだな夢羅」
「ご、ごめん。服装が変わっちゃったんで、聞きとがめられて……ほんとだってば!」
「そうか。じゃ、もう一つ。なんで姉妹で苗字が違うのさ!?」
「そ、それは……」

 みるみる夢羅の表情が曇ってきた……。

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