野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

「大相撲の醍醐味」を崩していく横綱

2019-12-28 06:26:05 | スポーツ
27日の産経新聞ネットに”がってん記事”あり。多くの大相撲ファンは横綱白鵬の相撲にへきへきしているのが良く分かる。
2015年前後だと思うが、横綱白鵬は強烈な張り手や顔面を狙ったエルボーを頻発し、優勝が目に前にぶら下がってくると、あるいは苦手と思う力士との取組になると、幾多の力士に顔面エルボーを繰り出し、過去、ある力士は脳震盪で土俵にうずくまっていた場面をテレビを通して見たことがある。横綱審議委員会からも必要以上の張り手を含む汚い相撲に苦言を呈された暫らく封印していたが、今場所復活。相撲で言う、本来の”かち上げ”とは相手の腹や胸にヒジを押し付け、文字通りかち上げる技で、この技をよく使う力士もいるが、白鵬が使う頭部狙いのそれは相撲技ではなく、ただの危険な肘打ちに見える。

白鵬の所作について、有る報道に「釈迦に説法、白鵬の耳に念仏、これが横綱だというのだから、世も末、土俵も末だ」だとあったが、全く同感で、この取組以降、白鵬の相撲が始まると血圧が上がるのでチャンネルを回している。産経の、この記事に「対戦相手の力士たちは大横綱の権威をリスペクトし、白鵬に対してかち上げや張り手は慎んでいる。実際、白鵬に対して張り手を見舞った取り口などは見たこともない。これがもし目には目を歯には歯をとなれば、大相撲ならではの伝統や格式、美しさなどは吹き飛んでしまう。言ってみれば下位力士の方が大相撲の何たるか-をわきまえていると言っても過言ではない」とあるが、長い相撲界の歴史を年少の頃から口を酸っぱく教えられ、反則まがいの相撲を横綱には決して取らない下位力士に、本来範たるべき横綱がアウトローまがいの相撲をとって何が悪いを開き直っていたら、早晩、相撲人気は落ちていくと思う。数年前、このようなアウトローボクシングが一時あったが、直ぐにリングから消えたのを思い出す。

「九州場所12日目、立ち合いで遠藤(左)をかち上げる白鵬:産経新聞」
産経新聞(12月27日)記事:「かち上げ、張り手正当化の白鵬に相撲の美しさ分からせるには 植村徹也
「目には目を歯には歯を…では、大相撲ならではの美しさはどこかに吹き飛んでしまう。
それは“衝撃的”な発言だった。大相撲初場所(令和2年1月12日初日=東京・両国国技館)の番付発表を受けて24日に会見した横綱白鵬は、立ち会いからのかち上げや張り手が問題視されていることについて「自分は自分の相撲を取るだけなのでね。禁じ手っていうかね、そういうものでもないわけですからね」と語った。

先場所で前人未到の43度目の優勝を飾り、初場所は4場所ぶりに東の正横綱に復帰した。「来年は年間3回の優勝を目標にしている」などと話していた白鵬は、批判が渦巻いている立ち会いからのかち上げや張り手について初めて胸の内を明らかにした。発言の趣旨はルール違反ではないのだから問題などあるはずもなく、物言いを付けている方がおかしい…というものだった。

以前から問題視されていた立ち会いへの非難が再燃したのは、九州場所12日目の小結遠藤戦。立ち会いで右からかち上げ、ぶ厚い肘のサポーターで遠藤の顔面をヒットすると、左右から張り手の連打。敗れた遠藤は鼻血を流して右目付近は腫れ上がった。先場所後に開かれた横綱審議委員会では矢野弘典委員長が「横綱の振る舞いとして見苦しい、と(委員の)ほとんど全員から意見が出た」と明らかにした。

横綱は大相撲の力士の番付における最高位の称号であり、全力士を代表する存在。古くから伝わる神事としての相撲では神のより所とも言われる。なので横綱土俵入りが行われ、横綱はその地位にふさわしい品格と抜群の力量を求められる。つまり大相撲における横綱は『ただ強ければいい』ではダメで、地位にふさわしい品格が要求される。だからこそ、横綱審議委員会は「振る舞いとして見苦しい」と物言いを付けた。

さらに指摘するなら、対戦相手の力士たちは大横綱の権威をリスペクトし、白鵬に対してかち上げや張り手は慎んでいる。実際、白鵬に対して張り手を見舞った取り口などは見たこともない。これがもし目には目を歯には歯を…となれば、大相撲ならではの伝統や格式、美しさなどは吹き飛んでしまう。言ってみれば下位力士の方が大相撲の何たるか-をわきまえていると言っても過言ではない。

ただ、ここまで堂々とかち上げや張り手を“正当化”した白鵬が立ち会いを改めることはないだろう。対戦相手は横綱の立ち合いを研究し、もっと対応策を練るべきだ。参考になるのは初場所で西小結に就いた大栄翔の九州場所2日目の白鵬戦だ。右からのかち上げを左ひじで跳ね上げ、そのまま懐に入って押し出した。同じ手を何度も食う方も研究不足と言われても仕方ない。かち上げや張り手が通用しなくなれば、結果として見苦しい立ち会いは消える。

大相撲の若返りは進んでいる。伸びてくる若手を来年の3月11日で35歳となる白鵬らが受けて立ち、まだまだその座を譲らないのか。それとも一気に世代交代となるのだろうか。令和2年の相撲界は益々盛り上がるだろう。そうした流れの中で、日本人が愛してやまない相撲ならではの美しさが失われないことを切に願いたい。(特別記者)」


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北風

2019-12-27 07:49:48 | 日常生活
今日(27日)の早朝、北風が相当に強く、うるさくて目が覚めた。
外気に最も近い部屋の場所の温度は12度だったので、そんなに寒くないはずだが、風がぴゅーぴゅー吹く音に体感は寒い。
朝7時、朝日が昇り始め、風も治まるかと思いきや、変わらず強い風が吹く。しかし外気温は9度。今年の冬、外気温が2度の時もあったので、それに比べれば断然過ごし易いはずだが、北風の音に寒さが堪える。2019年もあと4日のみとなったが、今年は暖冬のせいか、もうすぐ正月の雰囲気は無い。二階の廊下、観葉植物を避寒させている場所は、心地よさそうだ。
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SX Preseason Power Ranking

2019-12-25 06:33:01 | モータースポーツ
2020年の米国AMASX第1戦は1月4日のAnaheim1。
2020年初戦に向かっての現下、どの選手が、またどのチームが最も実力があり優れ優勝の可能性があるかをFB「Supercross」が投稿している。
「Official 2020 Supercross Preseason Power Ranking Lists
2020 Supercross Preseason Power Rankings have gone live! Here are the lists for 450SX, 250SX & Manufactures! 」
とある。
この予想によると、450のメインクラスのNO1はKAWASKIワークスのE.Tomac選手で、250ライトクラスNO1はPro Circuit KAWASKIのAustin Forkner選手、メーカー評価NO1はKTMとなっている。この予想に対し、FBコメント欄にある巷のAMASXファンの声は色々雑多で読んでみるとなかなか面白い。レースが開始する前の前評判は、「Supercross」紙が指摘したように、E.Tomac選手をNO1とするは妥当かもしれぬが、ここ2年ほどの結果の落胆ぶりをみるに、果たしてその通りの結果となるかは予断を持たない。
   
    「FB Supercross」

スーパークロスレース(AMASX)はMLBやプロフットボールを開催する大きなスタジアム内に造成されたコースでモトクロスレースを行う、スポーツ大国アメリカでも第1級のスポーツ競技の一つで、テレビ放映されるのは勿論のこと、ネット上でも実況され、遠い日本でもレース展開を同時観戦できる。観客動員数はスタジアム容量にもよるが、8万人収容スタジアムを満席にした事を考慮すれば、スーパークロスは全世界の二輪モータースポーツの頂点に立っているのは間違いない。遠い日本でも無料のライブタイミングが見れ、間を置かずに動画配信されるので、AMASXをパソコン観戦するだけでも、そのエキサンティングな迫力あるレース展開は観客をすぐに興奮の虜にする。過去、ロードレース、モトクロス、ビーチレース等の多くの二輪レースを観戦してきた実経験から言えば、AMASXは断トツに面白く、幾つになっても、私は大ファンだ。

で、振り返ってみると、2019年のAMASXの下馬評NO1は今年と同じKAWASKIワークスのE.Tomac選手だった。
しかし、実際は KTM ワークスのCooper Webb選手がチャンピオンとなった。第9戦アトランタ戦、折り返しポイントでのトップだったKTMの若手Cooper Webb選手が、その後も無難に乗りこなし、あれよあれよと言う間にチャンピオンを勝ち取った。この結果、世界最高のモトクロスレースと言われる米国AMAのスーパークロスは、KTMとHusqvarnaの兄弟会社が5連勝を続ける結果となった。しかも、今シーズン上位5位中に、KTMは1位、3位、5位を占めた。この結果を見て思うに、かっての覇者だった日本の二輪企業のワークスライダーが束になってかかっても、この牙城を落とせない事実が固定化してしまった事に、ファンの一人として非常に残念に思う。

さて、昨年も優勝候補No1だったカワサキワークスKawasaki Racing TeamのEli Tomac選手だが、2019年、戦績にバラツキが大きく安定性に欠けた走りで正直がっかりものだった。しかし、2020年、個人的に大いに期待している選手は、同じkaswaskiワークスに新加入した#9Adam Cianciarulo選手だろう。ミニバイク時代から飛びぬけて速く、遠からずプロのチャンピオンになると期待されるも、肩の脱臼癖が直らず暫らく低迷していたが、素性の良さと今季の活躍から「Supercross」の実力評価は4位と、期待はかなり高い。一方、チームメーカーの評価だが、「KTMがNO1」だとする意見は、個人的にもその通りだと思う。多くのモトクロス専門誌によるモトクロス量産車の比較評価においても常にトップを誇示し、かつ幾多のチャンピオン獲得実績から文句の付けようがない。他方、極めて残念なのはスズキの立ち位置だろう。ここ数年にわたる、その量産車の出来やプロレース戦績問わず、オフ車の大市場での評価の悪さはどうしようもない。かっての昔、スズキは全世界のモトクロス界において燦然たる輝かしい実績を誇示していただけに、現下の評価の悪さとの、その大きな落差は如何ともしがたく、かってのスズキの輝かしい実績を知っているだけに、泣きたくなるほど寂しい。
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湯のみ茶わん

2019-12-23 06:33:27 | その他
もう15年近く、この湯飲み茶わんを愛用している。
150㏄程の、この小さな茶わんに、朝は牛乳一杯を入れ飲み干すと、次は珈琲を注ぎ、昼間は水を飲み、夜は一杯の焼酎のお湯割りに使う。一泊してぼたん鍋を喰いに「月花楼」に行った際、土産にこの茶わんを貰った。月花楼は西脇の上、多可町加美区にある老舗旅館で明治20年創業だと説明があった。その当時の仕事仲間と一緒に、丁度季節に入ったぼたん鍋を喰おうと、車に便乗して出かけた。有名な杉原紙が取れる杉原川沿いにある旅館だが、山奥のこんなところに老舗旅館があるんだと、それ迄は明石や神戸しか知らなかったので新鮮に映った。仕事仲間が鹿児島の「森伊蔵」の一升瓶を持ってきたので楽しく飲んだ。
   「多可町・月花楼の湯飲み茶わん、150㏄」
   
毎日、多用途にこの茶わんを使い、中を洗うこともほとんどせずただ濯ぐだけで、朝の牛乳を飲ん後、一日4杯ぐらいのコーヒーをこの茶わんで飲み、夜はお湯割り焼酎を注ぐので、茶わんの内側はコーヒー色の茶色に染まっているが、それも気にせず、一日の飲む量をそれぞれ決めている。朝食と一緒にとる牛乳は灘生協の牛乳と決め、毎週宅配で生協が届けてくる理由は生協の牛乳を他の銘柄に替えると味が異なるから。コーヒーも色んな銘柄、例えば現役時から東南アジア出張時はその土地の銘柄のコーヒー豆を買ったり、超高価なジャコウネコのコーヒーなるものを飲んでみたが、家のコーヒーメイカーで作ると、そのうまさ加減を顕著に見分けることも出来ない鈍感な舌しか持っていないので、今も普段は特価品を買っている。夜の焼酎はこの月花楼の茶わんに目分量を注ぎ水を加えてレンジでチーンするだけの簡易に作るが、焼酎の量加減は自分のその時の体調に合わせて微妙に変えるので、焼酎の量加減だけを気にしている。焼酎独特の持つ旨さを特に感じるのは、自分なりに決めたのは水と焼酎の比率8:2前後だから、焼酎を毎日飲むを言っても非常に少ない量だ。森の伊蔵や魔王などの超高級焼酎や異なる銘柄の焼酎も良く飲んだが、最初の口当たりの良さの差は確かに感じるも、それ以上の量になると焼酎の違いを、その良さ加減の差を感じることも出来ない舌なので、今も近くで手に入る銘柄の焼酎をちびりちびり飲んでいる。こうして一日の量とさじ加減を、この月花楼の茶わんに決めて、能天気に毎日を過ごすが、今の所は病気もせず上機嫌に過ごすことができているので、居心地はそんなに悪くない。
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今年の野々池貯水池の花梨

2019-12-20 06:21:56 | 野々池周辺
今日(19日)、朝早くは晴れるも直ぐに雲空となった。
西明石に用事があり自転車をこいでいく途中、野々池貯水池に一個だけあった花梨の実が土手に落下していたので拾ってきた。野々池貯水池には数本の花梨の木があり、毎年の春、可憐な花を咲かすも、結実に至るのは極めて少ない。今年は一個が結実し、冬に入り、野々池貯水池のジョギングコースを通る度に、だいぶ黄色く色づいてきたので、もうそろそろ地面に落ちてくるはずだと思いながら、落下するのを待っていたが、一昨日の雨が実を落としたようだ。肥料も剪定もしないので、結実したと言っても実は直径45㎜ほどに小さく、店で販売している商品に比べるとかなり小さいが、拾った瞬間、甘い香りが手にも付いてきた。自然落下なので、強い芳香を放つ。パソコンの前か車の芳香用に使おうかと思っている。
  「パソコンモニター前の野々池貯水池の花梨」
             
5,6年前、花梨酒を漬けるのに凝っていた時期があり、花梨をたくさん植えている近くの畑から貰ったり、スーパーで購入したりしたが、最も実が大きく安かったのは神戸ワイン城の花梨だった。それで、新酒まつりにワイン城にでかける度に買っては花梨酒を作っていた。ビンの個数が増えると、それも飽きてしまい、現在、数年前に漬けた花梨酒数個を放置したままの状態。今は、野々池貯水池に黄色く染まった花梨の実を拾ってくるのが楽しみとなっているが、実は、最近、喉に痰がつまり咳がでるので、改めて花梨酒の効用を実確認してみようかと考えている。ちなみに、花梨酒の効用を調べると、「花梨酒が風邪や咳止め、のどの荒れに効くのかを調べていたら、風邪の菌が喉の粘膜などが体内に侵入する際、花梨にはそののどで菌を殺したり、炎症をやわらげる有効成分が多いようだと書いてあった。さらに免疫力を高めるビタミンCなどが相乗効果を発揮して風邪にかかりにくくしたり、咳止め、のどの荒れに効果があるといわれている」、らしい。
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看板

2019-12-18 06:31:03 | その他
娘夫婦が経営している店「Flying Carpet Gallery」、明石の大久保から神戸の垂水にオープンしたのが昨年の5月。
ペルシャ絨毯、ギャッベをメインにイラン・トルコ雑貨等中近東の雑貨を加えた販売店だが、ペルシャ絨毯やギャッベは、昨年3月にTV放送され、今年の4月にも再放送された「マツコの知らない世界」でも紹介されたように、世界各国から引き合いがある有名なインテリア商品。ペルシャ絨毯はかっての昔、高額で手の出しようもなくただ眺めるだけだったが、最近は安価になって愛好者も多いと聞いた。また、ギャッベは羊の毛100%で織られ、化学染料を一切使わずに草木から取った100%天然染料の自然素材とかで、アレルギーや敏感肌の子供にとって最適のようで、しかも冬は暖かく、夏は涼しいと言う。値段も手ごろでデザインも品数も豊富なギャッベが注目され、まとめ買いされる愛好者が特に多くなったと聞く。
   
 「Flying Carpet Gallery」の場所は、JRの快速と私鉄山陽電車の特急が停車する垂水駅から徒歩5分の距離にあり、兵庫県有数の集客施設マリンピア神戸(高級ブランド品を取り扱う有名な商業施設で観光施設でもある)は徒歩3分の距離にあるので、マリンピアを目指すと簡単に行ける。年中引き合いがあるらしいが、寒さに向かうこの時期、絨毯が良く売れてるそうだ。しかも高価なシルクのペルシャ絨毯も良く出るのは如何にも神戸らしい。この店が、最近、山陽電車垂水駅に店の広告看板を設置したと聞いたので、どんなんか送って貰った。改札を出る辺りから、「Flying Carpet Gallery 」の看板か点在し、合計4箇所あるとのこと。加えて、明石〜垂水間のバスにも広告を入れたとあった。
  「山電 垂水駅の広告看板」

  
 
明石〜垂水間のバスの広告看板。


娘達が絨毯販売を始めるズ~と前、絨毯を初めて買ったのは、ちょうど30年ほど前、家を新築した際、フローリングの部屋が物足りなく中国の緞通を2枚買った。大きさは300*200と60*100の2枚で、揃いのデザイン。神戸大丸に買い物に行った際、たまたま絨毯展示をやっていたので買った。当時の安い給料で、今考えるとよく買ったものだと思うほど高価だったが、しかし買っておいてよかった。フローリングの部屋に絨毯を敷くと部屋の雰囲気が一変し、引っ越した際に持参したピアノを置くとぴったりと様になった。それよりも良いのは、冬場のフローリン板の冷たさが無くなり、ふんわりして冷たさから解放される。

その後、イランに行った際、今度はペルシャ絨毯を3枚手に入れた。これも2枚はウール製で1枚はシルク。中国の緞通と違い、310*210程の大きさがあるが、折りたためるので大型のスーツケースに十分収納でき、かなりの大きさだったがそのまま持ち帰った。見た目を中国の緞通と比べると、ペルシャ絨毯の方がはるかに豪華で華やかに見栄えがする。細かい織目が繊細にデザインされているので、フローリングの部屋の緞通と取り替える事にした。すると部屋全体が華やぎ、豊かな印象になって、ワンランク上の住空間の部屋に突然明るく変身する。ペルシャ絨毯は中国の絨毯に比べ薄く、なにせ軽いのが特徴だから模様替えが簡単だし、明る色合いが優れ物。持ち運びも便利で、重くてくるくる巻きにしかできない中国緞通とは大違い。緞通を部屋に置いたときはすごいなーと感心したが、その豪華さで言えば、ペルシャ絨毯が遙か上にある。豪華さに雲泥の差があると思う。一緒に買ったシルクのペルシャ絨毯は壁に掛けているが、ペルシャ絨毯を買って良かったと思う。
 
絨毯を部屋に敷き始めると、面白いもので殺風景な部屋ががらりと雰囲気を変えてしまう。結局、大型のペルシャ絨毯を二枚、大型のギャッベを二枚、玄関マット程の数枚と家に敷き、畳の部屋に敷いた赤色目のペルシャ絨毯は 和室の雰囲気を一変させた。障子を通して部屋に明かりが差し込んくるので、フローリングの部屋に置いていた時とは、随分と違った色調に見える。光の当たり具合や見る位置によっては微妙に色調が変わって見える。つまり深い色合いに変って、この和室に敷いて、これは成功だった。ペルシャ絨毯やギャッベを一度でも手にするとその丈夫で美しく繊細なデザインに魅せられ、その後、複数枚購入する人が多いと聞いたが、心情はよくわかる。気に入った絨毯を買うべく、遠くは東京からのお客さんが、最近、はるばる神戸まで来て数枚購入していったと聞いた。
  「シルクのペルシャ絨毯」
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えーっ!

2019-12-16 06:20:01 | 故郷
12月12日の日経に、「三菱重工、長崎の主力造船所を売却 業界再編が加速」として、三菱重工業は長崎造船所を売却すると報道があった。日本の造船業は中国や韓国との価格競争に太刀打ちできず、多くの造船所が再編の渦中にあることぐらいは知っているが、まさか、三菱の長崎造船所が売却の対象になっているほど悪いとは、大いにびっくりした。三菱の長崎造船所は三菱の創業の地でもあり、戦艦武蔵を建造した、長崎県人が誇りにしてきた場所だけに、「えーっ」と唸ってしまった。

この話は、2014年の12月23日の日経にも、「三菱重工、国内造船と連携探る 」とあったので、動向は気にして新聞を読んできた。5年前には、長崎造船所の造船事業を分社化する計画にあるとのことだった。当時、話題となっていたのが三菱の大型客船の設計変更などで多額の損失が発生するなか、防衛部門を残して民間向け造船部門を切り離し収益性の向上を図ると記録している。

長崎といえば長崎造船所、かって三菱の中心骨であり、長崎造船所出身者が三菱の社長への道だった場所。そこから三菱造船の名が消えるかもしれないと、長崎県出身者としては憧れの造船所でもあったので、FB「Nagasaki365」にあった、落日の長崎造船所造船ドックの写真が寂しそうに写っていたのを記憶している。まさか造船所を売却するとは思いもしなかった。
2014年、三菱長崎造船所ドックFB「Nagasaki365」
  「FB Nagasaki365」」

日経にはこう書いている。
「三菱重工業は創業の地である長崎市内に持つ2つの造船所のうち、主力の香焼(こうやぎ)工場を売却する。造船で国内3位の大島造船所(長崎県西海市)に売却する方向で、売却額を含めて調整中だ。三菱重工は液化天然ガス(LNG)など大型資源運搬船の建造から実質的に撤退する。造船業界では中国・韓国勢が統合に動いており、国内でも業界再編が加速する。(略)三菱重工は18年の建造量で80万総トンと国内4位(単体ベース)。商船部門の事業売上高は約1000億円だ。

売却する香焼工場は1972年に本工場(長崎市)の近隣に開設した。1200トンの超大型クレーンを1本、600トンのクレーンを2本持ち、ドックの長さは1キロメートルと国内最大級の規模を誇る。近年は付加価値の高いLNGなど大型資源船に特化してきたが、LNG船は9月を最後に生産が途絶えている。香焼工場の売却後は防衛省向けの護衛艦が中心の本工場と、フェリー建造の下関造船所(山口県下関市)の2工場に注力する。競争力のある船種に絞り込み事業を大幅に縮小する。

買い手の大島造船所は長崎に本社工場を持つオーナー系企業。鉄鉱石や石炭を運ぶばら積み船の建造に特化している。17年には三菱重工と提携した。香焼工場を含めた2拠点で生産を効率化し、中韓勢に対抗するとみられる。環境規制に対応し、三菱重工の持つ技能者や環境関連技術を取り込み、建造船の高機能化を図る狙いもあるようだ」
     「日経」
  、
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これは安かった

2019-12-14 06:24:31 | その他
アマゾンでロッテ・キシリトールガムを買った。

女房はガムを噛むと唾液の出が多くなると言って、暇になるとガムを噛んでいるが、このガム、近くのスーパーで安い時にまとめ買いしていた。女房曰く「ロッテのこの銘柄でないと味が変わり駄目」なんだそうだ。それが最近、家の手持ち在庫が少なくなってきたので、買おうと近場のスーパー数店の安売りチラシを数日見るも該当品がなく思案していた。このような商品は、一度でも安価に購入した経験を持つと、普段店先に並んだ値段で買おうとはなかなか思わないものだ。たまたま安く提供したのが特売日だったとしても、一度この値段で買えたと経験すると、店先に並んだものは高いと思ってしまう。

仕方なしに、アマゾンを覗くと安いのがある。
6個入価格5,184円を3,300円に、しかも5%還元セール+アマゾンポイントを少し使って3,000円。1個価格にすると消費税込み価格500円となる。現行、スーパーに並ぶ価格より200~300円/個ほど安く買え、しかも届いた商品は+10%増量品だったので二重の楽しさを味わう。パソコンの前に座って、注文を入力した翌日商品が届いた。かなり得をした気分に一日楽しかった。こうして得した気分に浸り相変わらず能天気に一日を過ごし、チコちゃんに叱られそうだが、ボーッと生きてるわけでもない何気ない一日を今日も過ごした。
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こんな時代もあった

2019-12-13 06:30:53 | モータースポーツ
25、6年ごろ前、現役時代の米国の仕事仲間、Bret Leefが11日、FBに投稿していた写真を暫らく見入った。
 Bret Leef
 「The early years - when Kawasaki had 4 riders on their Factory MX team.」

  
そのコメント欄に、
 「This photo is from 1994. The truck’s first race was at the Gatorback National the weekend before Daytona in 1991. The guys had driven their box vans to the east coast and The Atlanta SX in 1991 was the last Kawasaki “Factory box van” weekend.」とも書いてあった。
この写真は以前にも見たことがあり、’93の「US kawasaki Racing Team」のワークスピットとばかり思っていたが、実際は’94年だそうだ。手前のライダーは#33はRobbie Reynard選手で、当時は新進気鋭の期待の星だった。125㏄クラスではメチャクチャ速かったという印象がある。奥で当時のKMC R&D出向社員松尾さんと談話している、頭に両手を回しているのが、当時の Kawasaki MX team managerの Roy Turner。右端で談話中の腕組み帽子が、KHI技術部からレース支援に派遣された的野さん。#33Robbie Reynard選手と話しているのがKMC(kawasaki motors Corp)のBret Leef。コメント欄には、’91年DaytonaSXレースの前、Gatorback からこのトラック(semi-trailer truck)をレースマシン搬送用として使用したとある。それまでは、各ライダー毎に小さなOne box vanに各選手専用のワークスマシンや部品を積んで、担当メカニックが米国中を運転し転戦していた。’91年中盤以降、このトラック(semi-trailer truck)に全選手がレースに使用するワークスマシンや一切合切の部品・ツール類を積み、専任のトラック運転手が全米のレース場を回った。ライダーやメカニック等の関係者は飛行機移動だ。この方式(semi-trailer truck)の方がOne box vanより仕事の効率化の点で遥かに優れていた。 当初、レースマネージャーのROYが”セマイトラック”と言うので、こんなデカいトラックを”狭いトラック””と言うのかと、何のことやらさっぱり分らず、辞書を引いて”セミトレーラー・トラック”の’Semi’’を単にセマイと読んでいる事が分かり、大笑いだった。いやはや懐かしい。米国カワサキが最強を誇っていた時代の話だ。

この時代はカワサキに限らず、一部を除いてどのワークスチームも4名のワークスライダーを抱えていた時代だ。米国では、どのスポーツ選手にも一般的に当てはまることだが、一流に成ればなるほど勝てる可能性の高いチームと契約する。そのことでチャンピオン獲得の可能性が高くなり、契約金も相対的に高くなるからだ。こうしてみると、当時のカワサキワークスライダーは米国のモトクロス界を代表する超一流ライダーばかりだが、彼らがカワサキを選んでくれたことに感謝せねばなるまい。

写真にある、KHI技術部からUSカワサキのモトクロスチーム技術支援に派遣された的野さん。
「的野さんは鈴鹿サーキットのタイム記録保持者」でも有名な元々はロードレースの選手だった。カワサキではモトクロスの車体実験責任者でサス担当でもあった。当時、カワサキKXのサスペンションが市場から永く好評価を受け続けていたのは、的野グループの功績でもある。「ユニトラックを装備したワークスマシンが実戦に投入されると、一大センセーションを巻き起こし、'80年代初頭から始まるKXシリーズ台頭の急先鋒となった。量産車としては'80年に量産KXに適用されて以来、'86年には、今日の原型となるボトムリンク式のユニトラックがデビューし、リンク方式を改良しながら現行タイプへと進化していった」とは、川重HPにある「kawasaki DIRT CHRONICLES」の一節だが、開発の中心にいたのが的野さん。

当時前後の事を少し話すと、’80年代以降、エンジンの開発とサスペンションを中心とする車体開発の融合がKXを飛躍的に伸長させ続けた要因だ。日本のサス担当と米国KMCR&Dの開発評価ライダーだった、M.PrestonやM.fisher等が量産移行寸前まで仕様決定のテストを執念深く繰り返していた。結果、雑誌社の好評価も相まって、KXの販売台数も飛躍的に伸びた時代だ。

「エンジンのトラクションをRサスで叩き出す」、エンジン性能をサスペンションが引き出す事も多く、開発組織が上手く回転していた。勿論、KXのエンジンは時代に先駆けた新機構を順次採用し高い評価を受けていたが、同時にサスペンションも市場から高い評価を得ていた。カワサキは、的野さんを中心にサスペンション専門家を育成し確保していたので、サスペンション仕様を生産会社に一任することは一切なく、カワサキの固有技術としてサス開発技術を開発部内に蓄積出来ていた。ある時、サス専門会社KYBの新事業部長が挨拶に各社を訪問され、意見を聞かれることがあった。他の二輪メーカーはKYBへの不満を含め多くの要求を出したらしいが、カワサキはしなかった。理由は簡単。そのメーカーを高く評価していたから、現状のままでOKとの意見を述べただけ。当時は、サスペンション、電装、気化器等の主部品メーカーを取り込んだ、「チームカワサキ」を構成していた。「チームカワサキ」がレース体制支援から量産に至る開発を共同分担していたので、互いのコミュニケーションも上手く機能していた。つまり、チームカワサキに対して部品メーカーのロイヤリティが極めて高かった時代だった。

当時、カワサキモトクロス最大の競争相手はホンダだが、部品メーカーも同様にホンダ系列企業と熾烈な競争に晒されていたので、互いの利害が一致したこともあって、サーキットでもカワサキのレースジャケットを着用し、チームカワサキの一員として、カワサキを勝たせるための競争だった。だから、新規技術はカワサキチームに持ちこまれレースに供与され、他社が使いたくとも2,3年待たされた事もあったと聞く。ある時、サスの競合メーカーから全面的支援体制の申し入れがあったが、的野さん等の回答はNO。理由は簡単で、「カワサキの競争相手と組んでいる部品メーカとは組まない」と非常にシンプルな理由だった。レースや量産開発という目的を通じて、強い信頼関係を築いていた。勿論、コスト意識も互いに共通認識があったのでやり易かった事も事実。遠い昔の話なので今では冗談まがいに話せるが、当時は勝つために必死だった。どのような体制にしたら、勝てるかを真剣に考えていた。

あれから30年近くが過ぎ、マシンも組織運営能力も更に高度化しただろうと思われる現代と、当時の昔話を持ち出し比較する積りは毛頭なく、その場を経験した誰でもそうだと思うが、非常にワクワクする面白い時代であったことは確かだ。良いことも悪い事も、過去の事実は変えようがなく、良い時代を過ごさせてもらった。

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庭の万両、千両

2019-12-11 06:30:49 | 
テレビの天気予報は今週、暖かい日が続くと、朝の気温も7~8度だと放送していたが、今日(10日)の朝の外気温3度だった。朝の寝起き時間に布団の中が妙に寒いなと感じたので、予報は7度だとこんなに寒くないはずだと、ひょっとしたら、この寒さは風邪引いたかと勘繰ったが、単に実際の気温が低かっただけだった。朝は少々寒かったが、10時過ぎ方は風もなく晴の天気に気温は11度に上昇し、昼頃には14度になる。薄曇りだが良く晴れていたので庭に出ると、庭の万両と千両が目に付いた。
    「万両」
    「千両」
万両の赤い実は艶やかで美しく、日が当たるとキラキラ光る。庭の千両は黄色で、赤の千両もあるが実を付けない。何れも正月用の縁起物の花なので、正月に切り取って生花にするが、特に千両は鳥がつつきに来るので、それ迄は要注意だ。

正月に向かうと言えば、庭の椿やサツキの蕾が次第に大きくなっている。
 

それにしても、マスコミは相変わらず「桜疑惑」を取り上げて安倍政権を批判している。我々国民にとって、何が問題だったか、焦点は何か良く分からずのまま、とにかく安倍首相主催の「桜を見る会」はダメだと野党は言っており、つれて新聞も1ページをさいて特集しているが、何が根本的に問題なのかよくわからない。結局、昨年、国から補助金を不正に受給した疑いで理事長が逮捕された森友学園騒動もそうだったが、政権側から説明を受け反論される度に、野党の言い分は確たる証拠に基づかず、「こうに違いねー」と「推測」に「推測」を重ねた架空の「疑惑」のようで、事実を確認するわけもなく、すし屋やホテル側からも反論され、その都度、あれこれと追及の矛先を広げ、今日(10日)の神戸新聞を読むと「長期政権の緩み」だとか抽象的な言葉で安倍総理を非難している。長期政権が悪いと非難するに至ると、「なんだこれは」とほとほと疲れてしまう。長期政権が続けば、それを支える支持者も当然多くなるはずで、「桜」の招待者も増えてくるのは当たり前だと、そう思う。

9日のNHK内閣支持率によると、総理大臣主催の「桜を見る会」をめぐる問題で、安倍総理のこれまでの説明に納得できるか尋ねたところ、「大いに納得できる」が2%、「ある程度納得できる」が15%、「あまり納得できない」が30%、「まったく納得できない」が41%だったとあるが、安倍内閣を「支持する」は先月の調査より-2下がって45%だったのに対し、「支持しない」は+2ポイント上がって37%だった。あれだけ、「桜」をマスコミに叩かれたら、安倍内閣の支持率はもっと下がりそうだが、国民は冷静な目で市場を見ていると言う事だと思う。

同じく、NHKによる各政党の支持率(9日)の自民党や野党も同レベルに支持率が低下したのを見るに、野党合同の「桜」追及作戦に国民は飽き飽きし、「与野党ともしっかりしてや」という国民の声の証左だと思う。
  「NHK」
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