野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

Congratulations!! Ryan Villopoto + kawasaki racing team.

2013-04-29 06:55:35 | モータースポーツ
  「 R. Villopoto」
カワサキファクトリー R. Villopoto は、現地時間27日のスーパークロスレース第16戦で優勝し、残り1戦を残し2013年のチャンピンに決定。
この優勝で、 R. Villopotoは実質世界最高のモトクロスライダーの名誉を獲得、カワサキも世界最高のチャンピオンマシンとなった。
              



★ スーパークロス第16戦 SALT LAKE CITY(観客動員数 43,149人)
レース終了と同時に一斉に、「RYAN VILLOPOTO IS THE 2013 MONSTER ENERGY SUPERCROSS CHAMPION!!!!”」とツイッターに踊った。
そして、Kawasaki USAのFBは「Ryan Villopoto has established his own dynasty with his third-straight Supercross championship title,
               the 21st SX championship for KX. How many more titles do you think RV can win aboard a KX450F?」と即座に全世界に伝えた。
世界最高峰モトクロス選手権である、AMA SUPERCROSS で3年連続チャンピオンとなった選手は、その長い歴史の中で、RYAN VILLOPOTOをふくみ4人だけ。
Supercross 2013 Salt Lake City 450 Main Event


 
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野々池貯水池 - シロヤマブキ

2013-04-28 06:35:42 | 野々池周辺
     「シロヤマブキ(バラ科シロヤマブキ属の落葉低木): ウィキペディア」
先日野々池貯水池のジョギングコースを歩いていたら、一眼レフカメラで写真を撮っている人を見かけた。
春先や、秋口になると、野々池周辺ではカメラを担いでいる人を良く見かける。でも、こんな所には何もないはずだけどと思って、その場所にいくと白い花が咲いていた。
後で女房に聞くと、「シロヤマブキ」と言うそうだ。そこそこの大きさになっているので、だいぶ前から咲いていたんだろうけど気が付かなかった。
繁々とみると、なるほど質素な白色の花で、花弁は黄色の花を咲かせるヤマブキ(山吹)とは全く異なるものの、葉の形や幹の状況はヤマブキによく似ている。

                   
               
                             
          
見ていてユニークだと思ったことだが、春の白い花が咲いている一方で、その側に黒い種子がそのまま残っている。
「春、花づくし」を読んでいたら、「シロヤマブキ」の項に、「よくヤマブキの白花と間違われますが、5弁花のヤマブキに対し、シロヤマブキは4弁花で、別属の植物です」
「茶花としての趣があり、秋の実も使われます」と説明があった。
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やはり体質は治りようがないのか?・・三菱自動車のリコール問題

2013-04-26 06:33:18 | その他
    「産経ニュース:国土交通省(右)から立入検査の結果報告書を受け取る三菱自動車(左):4月23日国交省」
25日付け毎日JPの社説:「三菱自リコール 隠蔽体質の改善を急げ」に下記が記事があった。(赤字はブログ管理者追加)
多くの消費者が、あきれかえったに違いない
 三菱自動車が、軽自動車の欠陥情報を適切に提供していなかったとする報告書を国土交通省がまとめた。同社は過去2回のリコール(回収・無償修理)隠しで信頼を失墜し、
 再発防止に取り組んでいるはずだった。徹底した原因究明と隠蔽(いんぺい)体質の抜本的な改善を急がなければ、地に落ちた信頼は戻らない。
 報告書によると三菱自は2007年以降、販売店からエンジンオイル漏れの不具合情報を受けながら十分に確認せず、同省には「不具合ゼロ」と報告していた。
 原因究明にも消極的で、 「リコール不要」と社内で決めた後、実質的に2年以上も究明作業をしなかった
 三菱自の社内調査では、オイル漏れの欠陥を最初に把握した05年から、リコールを届け出るまで5年半以上かかったことが分かっている。
 さらに、リコールを届け出るたびに社内から「対象車の範囲が不十分」との内部通報があり、リコール台数が膨らんでいった。企業としてのモラルの欠如は目を覆うばかりだ。
 同社は00年に、大規模なリコール隠しを行っていたことが発覚した。04年には、大型トレーラーのタイヤ脱落による母子3人死傷事故に絡み、 グループ会社のリコール隠しが明るみに出た。
 自動車の欠陥は、人命に関わる重大事故に直結しかねない。不具合の情報は、いち早く利用者に伝えなければならないものだ。
 ところが、2度のリコール隠しで消費者離れが進んだ当時の三菱自は財務体質が悪化し、三菱重工業など三菱グループ各社から計数千億円規模の資金支援を受けるほどに追い込まれていた。
 今回問題になったエンジンオイル漏れを最初に三菱自が把握したのは、まさにそのころ。情報提供より経営を優先したとすれば、許されないことだ。
 同社は2度の不祥事を踏まえて経営を刷新した。しかし、教訓は再出発の当初から生かされなかった。つまずきの原因の一つとして、経営に外部の目を取り入れなかったことが指摘されている。(以下略) 』

また、日経Web刊(速報4月23日)では、一連の国交省の立ち入り監査結果を踏まえ、三菱の対応として下記のように報道している。
「三菱自は一連のリコール問題を踏まえ、追加の改善策を発表する予定。会社の組織体制などを見直すために社長直轄の新組織の設立を検討している。
 20~30人程度で構成、社外有識者と連携して意思決定のプロセスや全社的な問題を洗い出す。」

そもそも、2000年に、国内の自動車製造業への信頼を一挙に地に落とした唯一の企業が三菱自工だ。
三菱自工による多くのリコール隠しを始めとする一連の不祥事が自動車工業会へ及んだ弊害は多大なものがあった。その度に三菱自工はお詫びを公開し、二度とやりませんと訴えたが、
やっぱり、基本的な体質は如何ほどにも変わっていなかったことが、今回改めて露見した。 三菱自工による不祥事の再発防止の要点は、市場不具合情報の徹底収集とその分析にあって、
それは一連の調査過程を含め企業トップが認識し、もし市場対応が必要と判断されれば、速やかなリコール処置対応をとる事と過去に報道された。
しかし、今回の国交省による三菱への立ち入り監査の指摘事項にみると、過去の事例と全く同一で、情報収集のまずさ、不具合情報がこなければ原因究明もできないとし、以後の確認を放棄した。
この改善のために、三菱は新組織の立ち上げや、はやりの社外有識者を連携し意思決定のプロセスを見直すとの結論だが、これは2000年当時に約束したものと基本的同じ内容。
不具合情報がこないんだから、手の打ちようがないもんね~、だから企業トップも知りえないもんね~と子供騙しのような話だ。
この始末処置にリコール費用約75億円を見込むとの報道もあった。体質を変えねば、体質を良くするには流れる血を変えねば修復できないのではなかろうか。


円安効果で業界は軒並み収益回復傾向にあり、トヨタの株価5,600円を筆頭に軒並み千円台以上の株価をつけ、2年後前後には5年前の株価までに戻すだろうと期待されている中で、
三菱自工は円安効果で10年ぶりの最高益と報道されているものの、自工の株価は105円台前後。市場も三菱自工には殆ど期待していないのだろう。
市場からの信頼回復が出来れば株価上昇につながるのであろうが、こんな体たらくなぶりでは株主は臍を噛む思いではなかろうか。

何故、三菱のリコール対応が気になっているのかと言うと、日本の景気を牽引すべき自動車工業界に一抹の不安もあっては折角の株価高騰の機運を殺いでしまうしまうおそれがあること、
もう一つは、友人の三菱軽四不具合に三菱販売店からけんもほろろの対応をされた事、もう少し詳しく書くと、走行距離5万km前後でしかもチョイ乗り程度の走行で、オイル漏れによりミッショントラブルで走行不能、
リコール不具合と類似事象が発生したしたにも関わらず、逆に修理費用42万を要求された等、自動車は社会の公器と評される時代に、何と言う会社かと、三菱と国交省の成り行きを注視してきた。


アメリカの消費者製品の市場不具合を監督する役所(日本の国土交通省や通産省に相当する部署)としては有名なNHTSAやCPSCがある。
彼らの法令によると、アメリカ国内のみならず他国でもアメリカ国内に販売していると同じ商品が、各役所団体が危険と定めている事象と同じ現象が発生すれば、速やかに当局に報告する義務があり、
しかも報告すべき時間までをも規定している。これに違反すれば刑罰に処すという厳しい内容だとも聞いた。
三菱の事例では、「リコールの原因となったエンジンケースのパッキン抜けの情報を6件受け取りながら、国交省に「パッキン抜けの件数はゼロ」と報告していたこと」と虚偽の報告だ。
三菱自工の様な事例、いつまでも懲りない企業にはアメリカ同様に、刑罰をもって処する程の再発防止を適用しないとまたぞろ忘れた頃に再発するおそれもある。


参考: 
体質は変わらないものかな?
国土交通省報道資料:「三菱自動車工業(株)に対する立入検査(特別監査)の結果について
国土交通省報道資料:「三菱自動車工業(株)からのリコールに関する社内調査結果報告書(軽自動車エンジンオイル漏れ関係)の提出について
三菱自工プレスリリース:「軽自動車エンジンのリコール(オイル漏れ不具合)届出に関する本日の国土交通省発表について
三菱自工プレスリリース:「軽自動車エンジンのオイル漏れ不具合について
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JEFF “Chicken”MATIASEVICH・・・懐かしい写真!

2013-04-24 06:30:42 | モータースポーツ
    「’95~‘97年全日本モトクロス選手権チャンピオン:JEFF MATIASEVICH」
先日、RacerXonline(http://www.racerxonline.com/)に、JEFF MATIASEVICHとのインタビュー 記事「BETWEEN THE MOTOS: JEFF MATIASEVICH」があった。カワサキマシンで全日本モトクロス選手権の最高峰クラスに出場し、’95~’97年の3年間チャンピオンを獲得、誰にもチャンピオンを譲ることがなかった、優れたモトクロス選手だ。しかも、当時カワサキモトクロス開発担当者で、現アメリカカワサキ(KMC)でR&Dの責任者となっている横山 眞一郎さんとのツーショットだったので、なおさら懐かしさがこみあげてきた。
             
            「JEFF MATIASEVICH と Bassmasterこと横山 眞一郎さん」
今年の1月、 Anaheimでの Supercross レースを観戦していた JEFF MATIASEVICHを見かけたRacerX 記者がインタビューを申込、その後、直接インタビューした記事だ。JEFF MATIASEVICHは、1988年と‘89年のアメリカ125 West Supercross Championで、その後、1998年にモトクロスレースから引退している。インタビューは、家族の事、仕事の事、モトクロスを楽しんでいる事、そして今もなお、カワサキレースチームとの関係が続いており、特にカワサキチームのReid Nordin や Bassmasterこと横山眞一郎さんとは親密な付き合いが続いている事、Bassmasterを日本人の兄弟と呼んでいる事等を話している。横山さんはJEFFが全日本選手権レース参戦時に芯からサポートをしてくれた事、そして横山さんがアメリカに来てもその友情は続いている事などをざっくばらんに話した。それらの中から、日本のカワサキとの関係を、JEFF MATIASEVICHが語った内容の一部を抜き出してみた。
「あなたのキャリアで突出したハイライトはなんですか?」との記者質問に、JEFF MATIASEVICは次の様に答えている。
「カワサキでレースに専念できたことが一番素晴らしい時代だった。特に1995、‘96、’97と日本のカワサキワークスチームと契約し全日本のチャンピオンシップに勝ったこと。 日本でレースに専念できた3年間は、私の経験したなかでも最高の時間だった。日本のサポート体制は最高だった。カワサキのワークスバイク驚くほど素晴らしく、 要求するものはなんでもカワサキはトライしてくれた。 他のカワサキワークスバイクより2年も先行する優れた仕様を採用してくれた。それは5年後量産移行する仕様だ。 驚くほど素晴らしいバイクをカワサキは用意してくれた」
「私は1986年にプロに転向し、1998年に引退した。この間、最高の契約条件は日本のカワサキとの契約だった。私のキャリアの中で最高の3年間だった」
「最後の質問として、タトゥー(刺青)が日本のカワサキとの契約で大きな障害になっていると、ある雑誌にあったが本当か?」との質問に対し、
「それは真実ではない。確かに日本ではタトゥーはマフィアのイメージがあるのは確かだが、日本のカワサキがそれを契約条件にしたことはない」と答えている。
           
          「JEFF MATIASEVICH:‘96年全日本MXチャンピオン獲得祝勝会」                 
JEFF MATIASEVICHがこれ程までに、日本カワサキと契約し全日本チャンピオンになったことを誇りに思っていたことを改めて聞くと、泣けてくる。これは、多分、JEFF MATIASEVICHを全日本チャンピオンにすべく一生懸命親身になってサポートした、当時の横山さん、その上司の安井さん、彼のマシンを勝てるマシンに仕上げてくれた、担当メカニックの河野さん、井上さん等の功績が彼の記憶に残る大部分を占めるほどに大きく、彼を支えてきたカワサキの人情味を何時までも忘れることが出来ぬほど嬉しかったのだろう。


★竹沢選手がカワサキでチャンピオンになったのは1976年、その後チャンピオン獲得は岡部選手の1985年、その間の9年間、カワサキはチャンピオンから遠ざかっていた。岡部選手は4年間チャンピオンを獲得してくれたが、1990年にホンダの東福寺選手にチャンピオンを譲り、チームとして悔しい思いをしていた。岡部選手に続く選手を育てるべく、技術部で契約し開発テストや実践レースで将来のチャンピオン候補として育成してきた選手も岡部選手に取って代るだけの実力を備えておらず、かと言って時期を失すると、また暗黒の数年を過ごさざるを得ない危機感が非常にあった。これは一度でもチャンピオンを維持したチームだけが持つ何とも言い難い焦燥感であった。

そこで熟慮した結論は外人ライダーとの契約だった。
カワサキの全日本モトクロス参戦史の中に、アメリカンライダーを起用した時期は、'92~'94年のEddie Warren、'95~'97年のJEFF MATIASEVICHの二名。カワサキKXマシンの事業性が確立し、かつ勝利にこだわる姿勢を明確に打ち出した時期だったが、この経緯は「kawasaki DIRT.CHRONICLES vol09」に記載されている。全日本選手権にアメリカンライダーを採用する是非についての異論は甘んじて受けるが、しかし、これを機に日本人ライダーの技量は確実にUPし、レースも活性化たことは事実だ。更に言えば、Eddie Warrenが全日本選手権から引退する最終戦の菅生で、当時のホンダファクトリー東福寺選手が全ライダを代表してEddieに感謝の挨拶をしてくれたことで、カワサキの選択が正解だったことが結果的に証明されている。菅生での出来事は予期せぬ事だっただけに感無量の思いがした。

「kawasaki DIRT.CHRONICLES vol09」の一節から。
「外国人ライダーの起用には、チャンピオン獲得という使命以外にも目的がありました。
当時からレース活動は量産車の先行開発の場という位置付けでしたが、日本人より速いペースで走れるアメリカンライダーを介せば、もっと高い次元での開発が行える。そしてマシン開発だけでなく、日本のモトクロス界に刺激を与え、全体のレベルアップにも貢献できる。そんな理想を掲げていたのですが、ただトップアメリカンを呼んでも、日本のレベルとは差がありすぎるという懸念がありました。
ぶっちぎりで勝ちまくっては意味がない。程よく競り合いながら勝ち、日本人から見ても手が届くぐらいのライダーが理想でした。
ちょうどいいのは誰か。この人選が難しかった部分でした」
 
「日本人は限界まで無理していないし、一方アメリカンたちは倒れる寸前まで攻めているんだなと、レースに対する姿勢の違いを痛感しました。みなさんはアメリカンなら全日本で勝てて当然だと思われるかもしれませんが、彼らがどれほど真剣に取り組んでいたのか、再認識してもいいのではないでしょうか。優等生だったウォーレンでも、負けた悔しさからトランスポーターの中でヘルメットを叩きつけていたことがありました。マタセビッチの場合は、2位のトロフィーをゴミ箱に投げ捨てていました。行儀は決してよくありませんが、彼らはとことん本気だったのです」

★当時、全日本選手権GP大会に出場する世界のトップライダーを見る度に、日本人と外人ライダーとの技量差は歴然とあり、何とかこの差を詰めたいと考えていた。そのために、日本の契約ライダーをアメリカに長期出張させアメリカンライダーと競争させる試み等を何度もトライしてきた。が、最も効果が認められたのは、外人ライダーを全日本選手権に出場させて、全日本選手権の場で直に競争させることであった。ラップ寸前程の差があった技量差が、これを機にアメリカンライダーとも競合できるレベルに成長したのは事実で、全日本選手権が盛り上がった事も幸いし、結果的には前述したように、全日本の選手会長からも感謝された。

一方、後で小耳に挟んだことだが、全日本にアメリカンライダーを走らせることは、余りにも冷たい組織の奴らだとの声が一部にあったらしい。それは一部の声ではあったが、日本人を優先しないことのやっかみでもあったのだろうか、モトクロスの責任者は冷酷な奴だと言われたらしい。ルールに則った競争世界で、国粋主義でもあるまいしと思いながらも、日本人は異文化を上手に取り込むことで、文化的にも経済的にも成長してきた歴史があるのに、何とも情けない話を風評に流す暇な人種もいるのかと思ったが、色んな理由も考えられるので一抹の寂しい気がしたものだ。

だけど、日本の二輪企業は技術優先の車を開発し続けた結果、市場に認知され世界を牽引する頂点に立ってきた歴史がある。そして技術優先を誇示する最適な方法が競争である。会社の組織として予算をもらい、量産車開発を目的とする開発部によるレース運営だからこそ、勝ちにこだわった結論は正しかった。レースとは競争だから、勝つために最も優れた作戦を合理的に模索し、冷徹に実行すべしとは、旧日本軍がアメリカ軍に徹底して敗退させられた太平洋戦争の教訓のはずである。

★そんな思いで、全日本選手権を戦っていたことを、JEFF MATIASEVICHの写真を見て思い出した。 懐かしい!!
もう25年前後まえの昔の話だ。
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モトクロス&阪神 ・・・今日のスポーツ観戦

2013-04-22 06:22:32 | スポーツ
日曜日の午前10:30、西明石の天候は晴れ、風やや強くて寒い。気温は14度。
野々池貯水池のジョギングコースでは、朝早くから中学生が走っているものの、風が強いので小休止が多いな。

全日本モトクロス選手権第2戦関東大会、埼玉県のオフロードビレッジから送られてくるFBを見ながら、今からレースのパソコン観戦。
FB友達の阪口君から「埼玉なう。雨、風強し~ ― 場所: オフロードビレッジ」が写真付きで、同じく吉田君から「気温4℃寒っ。 ― 場所: オフロードヴィレッジ」。
雨のレースか、今日一日、埼玉は泥んこだ。これではメカニックが大変だ。
450の予選では、KRT(カワサキレースチーム)の三原拓也選手が予選10位。 KRTのエース新井選手はこのレースも怪我で欠場。
ヤマハの田中教世選手が予選一位で通過し、HRCの成田選手は予選で転倒したらしいとの情報をFBから得た。
同時に、KMCの横山君のFBがAMA SX情報。「Hope not mud race tonight. ― 場所: Seattle Sea Hawks Football Stadium」とある。
Seattleも雨が降りそうなのか? 「Racer X」の「MORNING REPORT: SEATTLE」で確認したら、コースに残った水かきをしている写真があった。SXも泥んこレースか?
SX予選は日本時間11:50~、450メインレースは午後1:45スタートだ。「たかじん」を見ながらのパソコンレース観戦となるのか。

今日は、甲子園で阪神対ヤクルト3戦目が午後2時放送予定。
対ヤクルト戦、甲子園では既に2勝しているので、期待大。これまでは何ともバタバタの阪神だが、投手陣は安定している。
今日の阪神、打者はどうでるだろうか。福留、新井兄弟は仕事するだろうか?
先日の福留、満塁サヨナラ弾は凄かったが、むしろ福留の同点弾に価値がある。規定打率到達者のなかでは最低ランクの打率だそうだが、凄いな。


★全日本モトクロス選手権
「えかきやたま」さんのツイッター(TW)でレース展開を追う。
「えかきやたま」さんのTWは各ライダーを愛称で呼ぶので、ライダー特定に苦戦するも、概況はすごくよくわかる。
泥んこレースなので、トップ走行ライダーぐらいしか名前が分からないそうだ。TWも苦戦中。
成田はどうした?と案じていたら、「ナリさんクラッシュ目撃情報いただきました。9番ポストでパスしたライダーに突っ込むまれた(カズマサくん?)らしいです。」とのTW。
結局第一ヒート優勝は小方誠で、チームHRCの3連勝。 で、KMJのFBは「(速報)全日本モトクロス選手権第2戦オフヴィレ。IA-1ヒート1大荒れのレース、
スタート出た三原選手でしたが転倒しビリから11位(暫定)王者成田選手も6位どまりでした。」と表示した。
「Shintaro Urashima」さんのTW結果から「MFJMX 小方誠(H)、熱田孝高(S)、小島庸平(S)、平田優、田中教世、成田亮、星野裕、星野優位、斉藤嵩、沼田誠司、三原拓也、・・・」
第二ヒートがスタート。「えかきやたま」さんのTW「IA1ヒート2、まもなくです。空は徐々に明るくな ってきました。でもコンディションはチャーグーのディーマーです。 」
「ヨッシー独走りまこちん激走。成田どうした?!」、「ヨッシー余裕。まこちん激走引き続き。成田、カズマサ詰められるか?」、残り2周。「ヨッシー余裕の1位!」
で、第二ヒートの結果は「MFJMX 熱田孝高(S)、小方誠(H)、成田亮(H)、増田一将、平田優、小島庸平、田中教世、三原拓也、星野裕、深谷広一、北居良樹、斉藤嵩、池谷優太、・・・」
     「優勝したチームHRCの小方誠」

★AMA SX第15戦 Seattle:予定より遅れて日本時間14:08スタート。
良いスタートをきった、HのBarciaと Kの Villopotoが抜きん出て速く、接戦を展開。結局、BarciaがVillopotoを抑え今季2勝目。スタートで前にでるとBarciaは速い。
KTMの Dungyはスタートが悪く12、13位から怒涛の追い上げで、最終的に4位。Villopotoは残り2戦、ポイント差を25に広げチャンピオンに更に一歩近づく。
      「スーパークロスレース:Seattleレース結果」 


   「阪神」
阪神、今日は高校生ルーキー藤波が先発。ヤクルトは3月31日のデビュー戦(神宮)で6回3安打2失点で初黒星を喫した“因縁”の相手。
前半、藤波の調子が良さそうだと思っていたら、解説の吉田も同じコメント。
5回裏、先頭打者新井兄がホームラン!! 続く新井弟も2塁打、脚を庇いながら二塁へ。藤井ゴロで新井弟三塁に進む。
三塁に新井、ここはバッター藤波に期待するも三振。西岡3ボールで次のボールをたたき一塁フライで1点のみ。・・・5回裏は楽しい場面だった。
6回裏、アナウンサーが福留の打率、0.158を説明しかけたところ、打者は打点だと解説者が弁護した。その途端、福留三振。
しかし次の新井兄のポテンヒットで大和がホームにかえり2点目。新井弟タイムリーで3点目。ピッチャー八木交代で、阪神、ヤクルト八木にリベンジなる。
7回まで、解説者二人は藤波をべたほめ、大事に育てたいと。藤波7回表まで投げて無失点!
で、阪神は完勝で2季ぶりの4連勝。そして藤浪が7回2安打無失点で自身2連勝となった。
  

次はNHKのサンデースポーツでどのように解説されるか楽しみだ。
  
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野々池貯水池・・・桜 (その4、最終編)

2013-04-21 06:49:24 | 野々池周辺
4月も中旬、殆どの地域の桜は既に散り葉桜となったが、野々池貯水池の堀割近くの桜は18~20日がちょうど満開となった。
例年がそうなので、今年の堀割桜が特別遅く咲いたというわけでもないが、野々池周辺の桜便りはこれが最終。
先日の堀割祭で紹介したように、今年は林崎掘割渠記碑にある5本の八重桜、山桜(大島桜にも似る)とも満開となって、18日の堀割祭に花を添えた。
桜に加え、八重桜の前にある7本の花水木も満開となって、桜に多彩な彩りを添えている。しかも7本の花水木が全て同時に咲くのは植栽して以来初めてではないだろうか。
また、ここの山桜は大きく丸みを帯びた樹形で、白い花弁で一面が真っ白になり、朝、日が昇ると朝日を浴びる側は白く浮かび上がり、反対側は薄灰色で陰影が更にくっきりとなる。
それで、野々池貯水池のジョギングコースを朝早く散歩やジョギングする人たちも、一通り脚をとめて眺めるほど。
花弁は清楚な形で見飽きることがない。八重桜の濃厚な赤色の花立ちに比べ、落ち着いた雰囲気を持つ。
夕方の山桜も気に入っている。野々池の照明が点灯し始める時間帯、霞桜の様に浮かび上った佇まいも、朝方とは異なる雰囲気があって良い。

不思議なものだと思う。毎年4月18日、350年前に先人達が苦労に苦労を重ねて完成した林崎疎水完成を讃える「堀割祭」が開催されるが、
ここの八重桜と山桜は、この日に合わせるように満開となるから不思議だ。桜が「堀割祭」の日和を知る由もないはずなのに。

                          「大きな山桜」

      
      
                             
                              「山桜の前に立つ朱色の花ミズキ」

そして、家の八重桜も、「堀割祭」の前後に満開となる。今年は、家の八重桜の開花が少し早かったが、満開時期は期せずして一緒になった。
野々池貯水池の八重桜の花弁とは形がずいぶんと異なり、ぼんぼりのように花弁の塊が一杯に付いて咲く。
桜は幹が大きくなり過ぎると扱いに苦労するが、この八重桜は植えて20数年経つも大木にならず庭の大きさに合うのでそのまま残している。
      

                        
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林崎疎水 - 掘割祭(H25年度)

2013-04-19 06:26:21 | 野々池周辺
   「林崎掘割渠記碑:明石堀割祭-4月18日」
3日程前から周辺の草刈、清掃が始まることで毎年気付くのだが、今年も4月18日午前10時半から明石の「掘割祭」が開催された。
4月の半ば、気温も暖かくちょうど良い季節に「掘割祭」が開催される。時期も良く、今年は林崎掘割渠記碑にある八重桜と山桜が満開!
昨年のブログを確認したら、18日にはまだ咲いておらず蕾のままで、22日ごろ咲いたと書いているので、今年は昨年より暖かいのだろう。
八重桜の赤色に、山桜の白色のバランスが良く似合い、加えて今年は7本ある、花ミズキも満開となった。

祭では、約350人程が参列したと進行役から説明があり、明石掘割土地改良区が祭主を務め、林神社の宮司が祭事を執り行う。
通り一遍の、理事長、市長代理や市議会議長、遺族代表、小学校校長等が玉串奉奠をささげ、今年担当の明石藤江小児童代表が児童祭文を読んだ。
児童祭文を聞いて「掘割祭」開催主旨が良く理解できたし、 児童による「掘割の歌」斉唱にも、掘割工事に関する難工事の様子が読みこまれている。
だが、昨年まであった、明石ケーブルテレビによる撮影や、関係者へのインタビュアーは今年はなかった。
350年前の大事業を讃える「堀割祭」で、しかも児童諸君までにも本事業を継続し伝承しているのだから、メディアも継続して報道して欲しかった。
                

「堀割祭」では、神官や関係者に続いて、小学生児童代表が児童祭文を読む。
350年以上も前の先達たちが苦労して成し遂げた歴史の正しい伝承のためには必要なことだと思う。
             

でも、小学生達は350年以上も変わることもなく明石川からの水を流し続ける林崎疏水に流れ来る落ち葉や花に興味あり。
昨年は、気温も暑く、長い掘割祭に少しグロッキー気味の生徒もいたが、今年は司会進行も簡潔で挨拶は短かかったおかげで、皆元気に小学校に帰校。
お供え物には、もちろん明石鯛。
             

                   

毎年、児童達が斉唱する「堀割の歌」の原文をもらった。
全部ひらがな書きなので、読むのに苦労するが、意味する内容は下記の通り。
「林崎地方の6村(和坂・鳥羽・林・東松江・西松江・藤江)は水不足で困っていた。
 当時の代官や庄屋達は、明石川から堀割を引き野々池に水を蓄える、掘割工事の許可を明石藩主の松平忠国に願い出たが、
 明石藩は大工事であったため、始めは許可しなかった。そこで、失敗したら請願者一同厳罰、内首に科せられてもかまわないとの覚悟を説明し、
 掘割工事を許可を得た。工事を藩費で賄った姫路藩と違い、農民自らの手で、農閑期を利用して行われた」

石碑に刻まれた碑文内容は苔が生え解読できないが、説明板には下記が記載してある。
明石市指定文化財
「林崎掘割渠記碑」
 一、明暦三年(1657)、旱魃で苦しんでいた林崎地方の村(和坂・鳥羽・林・東松
   江・西松江・藤江)が 相談し明石川の上流から野々池まで掘割をつくり、灌漑
   用の水を確保した。
 一、天文四年(1739)十二月、この掘割工事の経緯を長く後世に伝えるため、
   撰文を明石藩の儒学者梁田蛻巌に書を田原荷龍に依頼し碑を建立した。
 一、毎年四月十八日、この碑の前で、「掘割祭」が行われ、地元の水利関係者、
   小学生児童が参加し、先人たちの偉業をたたえている。

                「堀割の八重桜と山桜」

林崎掘割渠記碑」 
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黄色のチューリップ

2013-04-17 06:26:07 | 

    「庭のチューリップ」
チューリップが庭の至る所で咲き始めた。
沢山あるわけでもないが、毎年咲いたら適当な時期に球根を太らせるために花弁を切っている。が、どれがどの球根か分からずままに、整理する度に何処かに植え直すので、
随分と離れた場所でもぽつんぽつんと芽を出すことで、そこにチューリップの在りかが分かる。
写真は「シンシヤ」と言うチューリップ現生種の変種で、今年沢山咲いたのは”3枚の花弁の外側は赤で残りの3枚は黄色”のものと”残りの3枚は白色”の2種。
庭には大輪のチューリップも咲くが、花姿の優雅さは現生種の「シンシヤ」の方に軍配が上がる。
加えて、この時期、庭の隅々に花芽が出てきたのでチューリップの次も楽しめそうだ。
                  
     「シンシヤー3枚の花弁の外側は赤で残りの3枚は白色」

チューリップで思い出すのは、何と言ってもオランダ。
現役時、しばしばオランダを訪問する機会があった。欧州各地に飛ぶのにオランダのスキポール空港を起点に飛ぶ場合が多く、次のゲートに向かうべく空港内を移動するが、
移動途中にも球根や花を置いている販売店を見かけた。それも飛行機に乗る待ち時間つぶしに、ちょうど良い場所にあることが多く、そこで球根を購入することになる。
その時に購入した球根の幾つかは、今も庭に咲いている。
もう一つ思い出したが、ちょうど今の季節にオランダを訪問したことがあった。小さなホテルにチェックイン時には気付かなかったが、朝、迎えの車を待っている時間に、
チェックインカウンター周りや長い廊下をうろうろしていると、沢山のチューリップの束を花瓶に挿してあるのに気付いた。それも数本と言う単位ではなく数十本のチューリップの束をドーンと
花瓶に挿してある。どの花も堅い蕾がようやく開きかかったところで、花の色も白や薄い黄色系統が多く、いずれもまっすぐに伸びたチューリップばかり。
咲き切って横を向いた花弁は無かったようだと記憶しているので、短期間に生け替えていたんだろうと思う。何とも贅沢なものかと思った。
しかも、その花瓶が至るところに設置してあり、小さいなホテルが思いのほか壮観な眺めに見え感心したものだった。

オランダのチューリップのリストには、2000を超える品種が載っていると、「春、花づくし」にある。
長い長い年月をかけて交配、育種が行われ、チューリップは種子をまいて花が咲くまでに5~6年かかり、それが普及するまでには20年以上かかるそうだ。
オランダの農産物輸出額全体のうち12%が切り花等の観葉植物で、その取扱第1位がバラで総流通量の38%を占め、第2位がチューリップで18%だとネット記事にあった。
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今週、面白かったスポーツ

2013-04-15 06:15:02 | スポーツ

   「阪神」
13日の対DeNA戦、ナントマー エラーばっかし!
折角、巨人戦を2勝1分けに持ちこんだのに、あれは無いだろう。 阪神内野陣!
阪神の先発岩田は自身3試合連続で初回に失点を喫した。しかも6点の大失点。2者連続四球を与え、加えて西岡のトンネル。
一旦テレビを消したが暫くしてから、やっぱり付けた。で、阪神は結局1点どまり。
岩田は間違いなく立ち上がりの悪さにある。この悪癖を克服しない限り、勝てる投手にはなれない。
前日のDeNA戦は打てない中で2点を死守した。これでは昨年の阪神の打てない病が蔓延してきたようだ。
打者で安定しているのはマートンと西岡それに大和。福留、新井、コンラッドは絶不調だ。これでは点がとれない。
福留も阪神一の打点はあげているものの、チャンスの凡退も多すぎる。
それしてもコンラッドのバッティングはどうなんだろうか? 縦に落ちるカーブに弱いらしい。何とかならぬか、新井、福留、コンラッド。
特に新井、解説の金本も言っていたが、今の新井の調子はどうしようのない程悪いらしい。金本はテレビ解説の方が伸び伸びして聞いてて悪がない。

それでも思い出すのは、このまえの対讀賣戦。素晴らしかった。こんな日は終日気持ちがいいぞ。
能見と言い、榎田と言い、今年の阪神の弱点は補強しなかった投手陣と言われてきたが、その投手陣は今素晴らしく纏まっている。
能見は点が入りそうにない展開でよく踏ん張った。投手が点を与えなければ負けることはないことの典型。さすが巨人キラー。
榎田も見事な快投を見せた。制球が安定し、投球テンポも素晴らしく、榎田のペースで投げられた。
もう一つ、さすがと感心したのは、この日の福留、ロペスの右中間の打球にダイビングキャッチ。
抜けていれば大きなピンチになるところ。何回も放送してたので何回も見たが、よくぞいい野手も確保してくれたもんだ。素晴らしい。
この勢いに乗っていけ 阪神! と期待した次のDeNA戦。 何とも言いようがない。

ここまでを昨日書いて、今日14日の対DeNA戦。 藤波が先発で投げる。
こんな日もあるんだな~。 5回の裏、藤波のバント、旨いもんだ。何もかもうまくいった阪神の作戦。
こんな試合をするから、止められない阪神のテレビ観戦。
「たかじん」「マスターズ」を見ながら「女子プロゴルフ」にチャンネルを変えながら、「阪神」の試合だけを最後まで見続けた。
面白いぞ 「阪神」! この勢いに乗っていけー!


   「13日、ダルビッシュと岩熊の投げ合い」
13日のレンジャーズとマリーナーズの試合。
ダルビッシュと岩熊がそれぞれ先発で投げ合った。初回からダルビッシュの投球が決まらない。すっぽ抜けが多く、見ておれない。
それでも、悪いなりに初回の3点だけに抑えた投球は良かったすべきか?
NHK解説の田口は、ダルビッシュの薬指の皮がめくれるという軽い故障が要因かもしれぬと言っていたが、贔屓目に見ても全体的にピッシとしていなかった。
こんな日もあるだろうと、サンデーモーニングの張本は言うが、ダルビッシュはマリナーズとの相性が悪いのかな?
ダルビッシュのブログ談「マリナーズ戦は6回3安打3失点で負けてしまいました。球数も多く、内容も悪かったですが良くあそこまで抑えられたなと。諦めないで我慢して良かったと思いました。
実は昨日の試合、満足しています。スライダー以外の全ての球種が使い物にならない中で6回まで投げれたからです。」やっぱり調子が良くなかったんだ。
別件だが、マリナーズの打線にイバネス名を見てビックリ。イバネスはマリナーズ時代、イチローとプレーし、ヤンキースでも一緒だった。再びマリナーズか。
ダルビッシュの投球


   「MONSTER ENERGY SUPERCROSS 第14戦 MINNEAPOLIS」
AMA スーパークロス第14戦、Villopoto(カワサキ) と Dungey(KTM)の壮絶な戦い、見応えのある、良いレースだった。
今年のスーパークロスレースも残り3戦を残して Ryan Villopoto (Kawasaki) が22ポイントのトップ。
上位3選手の戦いに絞られてきたが、怪我せず最後まで良いレースを期待。
Minneapolis 450 Supercross Results:
1. Ryan Dungey (KTM)
2. Ryan Villopoto (Kawasaki)
3. Davi Millsaps (Suzuki)



    「全日本スーパーバイク選手権(JSB) 鈴鹿2&4」
予選で2番目につけたteam Greenの柳川選手。スタート2位につけたがすぐに3位に後退。その後、200Rでの複数台での転倒により、セーフティカーが介入する。
これでレースは振り出しに戻ることになった。結局SCは4周回し、6周目からレースはリスタートされた。実質10周の超スプリントレースとなった。
再スタートするも1,2、3番に大きく遅れて結局4位。しかもカワサキ陣は柳川を除いて3選手がコーナーで転倒を喫してしまう。
カワサキ車は一発の早さはあるも、ずるずると後退し、最悪転倒につながる場合もあるように見れる。
一方、昨年のWSBでは他社マシンにくらべ劣勢にあったホンダマシンは、全日本では強く1-2フィニッシュ。
(WSBでは今一つ戦績の悪いホンダだが、全日本ではトップを快調に走っている。何か差でもあるのだろうか?)
UStreamでパソコン観戦だったが、結構面白かった。
                    「優勝マシン:ホンダ」

     

★世界スーパーバイク選手権 第2戦 Aragon
スーパーポール(予選ポールポジション)を獲得したカワサキのT.SYKESは残念ながら第1ヒートはリタイヤだった。
          
2ヒート目は3位。
       
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JAPAN SPY PHOTOS: 2013 全日本MX選手権第一戦

2013-04-13 06:23:39 | モータースポーツ
4月7日、2013年全日本モトクロス選手権第一戦がホンダ熊本製作所内にある「HSR九州」で開催された。
結果は、昨年同様に、チームHRC(ホンダファクトリーチーム)の成田選手が2レースとも余裕を持って制覇した。
ホンダは一昨年より全日本モトクロス選手権において、ファクトリーチームを結成し、昨年6年ぶりの全日本最高峰クラスを制覇した。
その5年間、全日本では、弱いホンダを見続けることになり、強いホンダは何処に行ったのかと、モトクロスの一ファンとして残念に感じていたが
チームHRC結成後、その二年目でチャンピオンを獲得した。 やっと強いホンダが、いかにもホンダらしいホンダが2012年に全日本に帰ってきた。
そして、今年、2013年も昨年チャンピオン成田選手と継続契約し、チームHRCは幸先よいスタートを切った。
ところで、「TRANSWORLD MOTOCROSS」のネット記事に、「JAPAN SPY PHOTOS」として、全日本選手権初戦に出場した日本のワークスマシンがあった。
この紙面記事から、各メーカーの全日本モトクロス選手権にかける思いが何となく伝わってくる。

★ホンダワークスマシン:2014年の先行開発モデル(量産試作車)  「JAPAN SPY PHOTOS: 2014 HONDA CRF250R
                        

★ヤマハワークスマシンン:2014年の先行開発モデルらしい?  「JAPAN SPY PHOTOS: 2014 YAMAHA YZ450F?
             
            
★スズキワークスマシン:2015年にニューマシンが開発されると噂  「JAPAN SPY PHOTOS: SUZUKI WORKS BIKES
                       

★加えて、「TRANSWORLD MOTOCROSS」には、各社ワークスマシンに対する読者の注目度を示すfacebookの「いいね!」が同時に掲載されており、
 其々、ホンダが1,300、ヤマハが250、スズキが23となっている(4月12日現在)。

★4月12日現在、「TRANSWORLD MOTOCROSS」ネット記事は、全日本MX選手権第一戦に出場したカワサキワークスマシンを取り上げていない。

全日本選手権は、米国のように量産車の改造マシンしか参戦できないと言う規則はないので、安全基準を満足すれば如何なるマシンでもレースに出場できる。
従って、各社の全日本モトクロス選手権レースに参戦する目的や思いが、各社のワークスマシンに反映されているのが一般的。
モトクロスマシンを世界市場に供給販売している日本の二輪企業は、出場マシンに制限条項の少ないレース規則となっている全日本選手権に、各社の最も優れたマシンを
供与し戦っていると考えるのが自然で、全日本選手権大会にて勝てば、少なくともトップライダーが戦うのにも十分な戦闘力を持ったマシンと判断される。
「TRANSWORLD MOTOCROSS」記事にあるように、ホンダのワークスマシンが2014年に販売予定の先行開発マシンであれば、現時点のホンダの量産予定のマシンは
トップライダーが騎乗しても十分な戦闘力を持ち、そして勝てるマシンと考えられる。 
このために、次年度マシンの購入を計画している世界の末端ユーザーは、全日本に出場しているマシンに興味を抱き、その戦闘力に注視することになる。
ホンダは、かってワークスモトクロスマシンに斬新な機構を持つ先鋭的な実験的要素の強いマシンを投入し、多くのモトクロスファンの興味を引きこんでいた時期があった。
その後、全日本選手権を量産車の先行開発としての位置づけとするという考え方で、それが各社の基本的な全日本選手権の参戦目的としていた時期に移行しつつあった。
今年の「TRANSWORLD MOTOCROSS」記事にあるホンダワークスマシンをみると、昨年同様に全日本選手権を量産車の先行開発としての位置づけとしているようだ。
その考え方に賛同するユーザーが多かったのだろうか、この事がホンダワークスマシンに高いFacebook「いいね!」を獲得させた理由かもしれない。

★「2013年Hondaモータースポーツ活動の概要」が、今年の2月に社長出席のもと発表されている。
                        
「Hondaは、2013年のモータースポーツ活動の概要として、「モータースポーツ参戦体制」と「モータースポーツ普及活動」について、以下の通り発表しました。
 Hondaは、創業当時から世界の頂点を目指し、モータースポーツ活動を行ってきました。現在、全世界で二輪・四輪をあわせて100以上のカテゴリーに参戦もしくはサポートを行い、
 Hondaの モータースポーツ活動の象徴である「チャレンジングスピリット」は各地域に根付いています。
 今後もHondaらしく成長し、世界中のお客様の期待に応え、喜びの拡大に努めるべく、モータースポーツ活動をグローバルに展開し、強化します。」
「MFJ全日本モトクロス選手権シリーズ: 全日本モトクロス選手権には、「チーム・エイチアールシー」が参戦。最上位カテゴリーのIA1クラスで昨年シリーズチャンピオンを獲得した成田亮 と
 ランキング6位の小方誠が参戦し、IA1クラスで2年連続のタイトル獲得を狙います。
 また、IA2クラスはワークス参戦を5年ぶりに復活。昨年IA2クラス3位の田中雅己を起用し、IA2クラスにおいてもタイトル獲得を目指します。」


世界の二輪企業を牽引する「ホンダ」のモータースポーツに対する考え方はシンプルで顧客の賛同を得やすく分かりやすい。
「今後もHondaらしく成長し、世界中のお客様の期待に応え、喜びの拡大に努めるべく、モータースポーツ活動をグローバルに展開し、強化します」と言う、
文面はホンダのモータスポーツ参戦の意義を端的に表現しており、世界の二輪ユーザーに信頼され支持され、その輪の中にホンダユーザーを巻き込む作戦だろう。
モータースポーツに差ほどの関心を持たない二輪企業があるなかで、モータースポーツこそホンダの進む道とした生き方が多くのユーザーから支持されて共感を生む。
全日本モトクロス選手権では、IA1,IA2クラスともチャンピオン獲得すると言う方針が社内外に公表されたことで、しかも次年度先行開発マシンでのチャンピオン獲得となれば、
ホンダの言う「世界中のお客様の期待に応え、喜びの拡大に努めるべく」の目的が達成され、そのチャンピオンマシンを世界中のユーザーは購入できることになる。



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