野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

MIKE LaROCCO ON KX500

2019-12-07 06:32:43 | 二輪事業
6日の米国の著名な専門誌「Motocross Action」は「FLASHBACK FRIDAY | MIKE LaROCCO IN 1993 ON HIS FACTORY KX500 BEAST」を取り上げている。
         
       ’93MIKE LaROCCO ON KX500           ’94MIKE LaROCCO ON KX500
MIKE LaROCCOがカワサキKX500で世界最強のAMA500㏄クラスチャンピオンを獲得した時の記事だ。

KX500のAMA500CCクラスのチャンピオン獲得の歴史と言えば、1989以降は特にカワサキの独壇場であった。
1972 …Brad Lackey (Kaw)
1975 …Jimmy Weinert (Kaw)
1989 …Jeff Ward (Kaw)
1990 …Jeff Ward (Kaw)
1992 …Mike Kiedrowski (Kaw)
1993 …Mike LaRocco (Kaw) 
 

30数年前の現役当時、世界中のモトクロス選手権で戦ってきたが、何度も思い出しても、KX500程苦労したマシンはない。
2サイクル500㏄単気筒のパワーをコントロールできる選手は、世界中探しても5指もいない時代だ。だから、個性と技量の異なる多くのライダーが、有り余る500㏄単気筒エンジンをコントロールできるエンジン特性に如何に仕上げるかが難しかった。その点においてKX500程苦労したマシンはない。

エンジンのパワーを出すのはそんなに難しい事ではないが、パワー特性、いやトルク特性をスムーズに纏め上げる必要があるが、制御機構が無い時代に、シリンダー、エキゾートパイプと気化器で、有り余るエンジンパワーを、多くのライダーがコントローラブルにできる特性に纏めるのが難しかった。だから500ccのエンジン担当は設計者や実験者とも大変苦労していた。80、125、250㏄がパワーを絞りだすことに注力すればよいので非常に高い評価を受ける傍で、スムーズなエンジン特性を求めて、たいへん苦労してテストを繰り返す毎日だった。当時はホンダCR500のエンジン特性は一般の評価ライダーの評価も良く、あのエンジン特性は常にベンチマークだったが、実際のレースシーンでは、振り返って雑誌を読むと、トップライダーの筆頭にあったRon LechienはKX500を絶賛していた。苦労したことはいつまでも忘れずにいるもので、当時のKX500設計担当の山本さんは当時のコンロッドを今も大事に保管していると、OB会で聞いたことある。だが、こうして時代を超えて出てくる専門誌の紙面を見ながら、米国AMAの歴史を振り返ってみると、KX500は高い戦闘力をもったチャンピオンマシンだったと高く評価された事実がある一方、それでもなお、ノービスからプロライダー迄の多くのライダーが満足するエンジン特性を纏めあげる難しさに、昔の自虐的になった時期の思いがネガティブに自分の頭の中に残っているもので、何年経っても苦労した思いは変わらない。
コメント
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