野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

桜、春が来た @野々池周辺の桜 (その1)

2016-03-30 06:29:01 | 野々池周辺
神戸の桜開花宣言は3月26日だったが、ここ神戸西区の野々池周辺のソメイヨシノは今だ堅い蕾のまま。
毎年の事だが、野々池周辺の桜で最も早く開花するのは、町内幹線道路沿いにある、この桜、たぶん「河津桜」だろう。
近くにある、出合小学校の卒業式の日(24日)にはちらほら咲き始めていたが、ここにきて一挙に満開近くになった。
桜は咲いたが、このところ朝の気温は6~8度近辺、日中は今日29日も14~15度しか上がらず例年に比べやや寒い。
昨年の今頃は22度ぐらいの気温で暖かかたったが、この桜は今年と同じく29日に満開となったと昨年のブログに書いている。
「出合小学校」と「ふくだ医院」を過ぎてすぐ、ポストの後ろに樹丈はそんな高くはないが、濃いピンク色が目立ち、この前では立ち止まる人も多い。
 
 
                     
 
                    

もうすぐ4月、何年か振りに回ってきた町内自治会の班長役ももうすぐ終わり。
役員と言っても、班長担当区域は2倍に広がったが、そこに回覧板を配る程度でさしたる仕事もなく、
毎月一度の公園清掃には欠かさず出席し、小一時間程度の落ち葉拾いと雑草抜きをやった程度。
これも終了する予定。
  
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日曜日のスポーツテレビ観戦

2016-03-28 08:58:04 | スポーツ
★ 大相撲 大阪場所
  優勝が決まる一番は白鵬の変化で決着。飛び交う怒号、野次と館内大ブーイング。
テレビを見て、正直今度ばかりは白鵬の変化はないだろうと思っていた。何故なら相手の横綱日馬富士は右足膝の故障を抱え、前日の鶴竜戦も力はいらずの負け試合、
こんな怪我持ち横綱に、がっぷり組んでも簡単に押し出せるはずで、むしろ日馬富士が立会いにどんな変化を見せるだろうかと予想していたが、結果は真逆。
横綱白鵬が変化で突き落としの勝ち。と言うか、絶対的に優位にある白鵬が立会い変化するなどとは微塵も考えていなかった日馬富士は白鵬に触ることもなく
土俵の外に飛び出した。この瞬間、テレビを消した。
多くの相撲ファンの期待は大関稀勢の里と横綱白鵬との優勝決定戦のはずだが、仮にそれが出来なくとも白鵬が怪我持ちの日馬富士をねじ伏せて勝ったなら、
別に稀勢の里との優勝決定戦が無くとも、しゃーないなと納得したはず。それが白鵬の立会い変化で大ブーイング!、それはそうーだろう。
直ぐにテレビを消したのでその後の経緯が判らず、今朝新聞を見ると、NHK解説の北の富士が「変化はやめてほしいね。昔はこんなことなかったと思うよ
と残念がっていたと書いてある。
   加えて、優勝インタビューでは、白鵬が涙ながらに取り口を謝罪するシーンもあったともある。
その涙も北の富士に言わせると、「ちょっと大人げなかったかな」とポツリ。本当にしらけてしまった、大阪場所の最後の一番。
今場所は初日から千秋楽前の稀勢の里の一番まで、近年にない最高の面白い相撲が見れたのに、千秋楽の最後の一番が水を差した。
まー泣いてみせても、優勝36回の記録は残る。千秋楽相撲のふがいなさを涙で謝罪しても皆はすぐに忘れるが、記録は残る、大した演技ものだ。

ところで、昨年2015年大阪場所の印象を当ブログに書いていたので改めて読んでみた。こう書いている。
「14日目の白鵬と稀勢の里との一番は興ざめな一番だった。結果は白鵬が立ち合いの変化で稀勢の里を下し一方的な勝ち。
 この日も照ノ富士が逸ノ城に勝って二敗のままを維持したので、優勝するためには絶対に負けられない白鵬に対し、あまりにも無策の稀勢の里。
 過去、ピンチに陥った際に白鵬がとってきた横綱らしくない多くの奇策を、今度も反省することなく負けた稀勢の里のなんとも言いようのない土俵。
 さりとて、稀勢の里を責めるより、むしろ悲しくなったのは白鵬が稀勢の里を相手に逃げてしまったことだ。とは言ってもこれが白鵬の相撲。
 こんな白鵬、勝負強いとは言わず、むしろずるがしこい横綱白鵬の本性をしっかりと観客には植え付けてしまった。これが白鵬のヒール性、悪役だろう。
 朝青龍とは違うヒール性を白鵬は持っている。朝青龍は見た目も行動も悪役に徹していたので、逆にファンも多かったが、白鵬は違う。
 大鵬を尊敬していると日頃から口にだせば出すほど、大鵬とは全く異なる相撲態度に、多くの相撲ファンは白鵬の相撲に興ざめさを抱いてしまう。
 実際、こんな横綱相撲を見たくもないので、ここ最近は、横綱の取組み時間になれば今日の相撲は終りとしている。」


★阪神:中日 3連戦
2勝1敗、阪神が2016年プロ野球の初戦を勝ち越した。
第3戦目、藤川の先発で気合いが入った投球にしばし見とれていたが、5回は限界。解説の下柳もこの回まで持ってくれと必死の解説だったが、なんとか持った。
   
打線は調子がよい。高山、横田、ヘイグと今年阪神一軍新加入の3選手の活躍は大きい。
捕手出身の元監督の外野出身の監督評は総じて辛いものだったが、まだ初戦のみだが、阪神と言い、巨人と言い、結果は素晴らしいスタートをきれた。
特に、阪神の球団イメージは格段に向上した。監督によってこうも変わるものかと実感。明日から東京ヤクルト戦。





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Kawasakiで活躍した”Olle Pettersson”

2016-03-26 09:56:59 | 二輪事業
26日のアメリカMX専門ネット「Motocross Action」 CLASSIC PHOTOS: THE MAN WITH THE PLAN FOR JAPANに、Olle Pettersson を取りあげている。「Olle Pettersson was a successful Husqvarna Grand Prix racer when the Japanese brands made their first foray to the GP circuits in the late 1960s. Olle signed on to develop the Suzuki GP bikes, which were later used to devastating effect by Joel Robert and Roger DeCoster. Olle then moved over to Kawasaki to R&D their GP bikes.
   「Motocross Action」

カワサキのMXGPマシン開発黎明期、Olle Pettersson選手は、当時モトクロスの主流であった欧州において、カワサキのMXマシン開発に多大な影響を与えた。その事実を、2013年11月に開催したモトクロス開発陣のOB会、「KX40周年有志の会」で、当時の開発責任者達が次のように証言している。当時のレース部門開発責任者だった百合草三佐雄さんは、次のように書いている。「KXが誕生した頃は世界モトクロスの主流はヨーロッパ勢であった。 アムステルダムを拠点として岩田さんが駐在し、開発ライダーにペテルソン、レースで勝つためにハンセンと 契約しヨーロッパ各地のレースに参戦し、KXの開発を行った。

そして、欧州現地で本格的モトクロスマシンの開発に専念した伊吹さんの証言:「KX40周年を祝う有志の会」:伊吹清隆 「1960年代後半には、二輪ロードレースGP界を日本メーカーが席巻しており、モトクロスGPの舞台においてもスズキとヤマハが輝かしい戦績を上げていました。 カワサキは国内において市販改造車による赤タンク時代の実績はあったものの、1972年4月に本格的にモトクロス車の開発のための新組織(技術部開発1班)を 立ち上げた当時は、先行二社との歴然とした技術的ギャップが存在していました。 赤タンク時代の星野、山本氏等スター選手は、既に引退していて、 経験の少ない若手ライダーのみではマシン開発の方向性も掴みかねている状況でした。一挙に世界GPを戦えるマシンを開発することを目標において、 開発ライダーとして評価の高かったスエーデン人オーレ・ペテルソン氏と契約を結びました。1972年秋、溶接部品と簡易治具を持ち込みペテルソン宅のガレージ内で フレームを製作して、テストを繰り返しながら改良をするなどの大胆な試みを約1ヶ月かけて遂行しました。メンバーは、KHIから岩田、伊吹、藤原の3人、ペテルソン氏と 弟(メカニック)の5人編成であり、加えてカヤバ社から眞田氏が参加しました。このプロジェクトによって技術的方向性を掴むことができて確かな成果が得られたと確信しています。また、ペテルソン氏のマシンへの細部にわたる適切なアドバイスと共に、 実直で親切な人柄からモトクロス全般に関する多くのことを教えられました。その後、ハンセン(250cc)、ハマグレン(500 cc)の2選手によりヨーロッパGPに参戦し、 短期間でまずまずの実績を残せるまでレベルを上げることができたのは、このスエーデンでのプロジェクトが土台になっていると考えます。」
   
   (Olle Pettersson、Stig Pettersson、Vic Iwata)

加えて、モトクロスマシンの重要構成部品である、サスペンションメーカーから現地に派遣されたKYBの眞田さんの証言:「KX40周年を祝う有志の会」:眞田 倬至(KYB(株)OB) 「1972年、得意先から酷評を受けていたカヤバの2輪車用緩衝器に対し「世界一の商品を見つけ出せ!」と、上司から重い責任と種々の試作品を背負いながら世界を80数日間放浪。まだ粗削りのDe Carbon式ガスダンパーのポテンシャルを見出してくれたのが唯一、Pettersson氏(K社契約・元MX世界チャンピオン)だった。 これが契機となって2輪車用ガスダンパーの開発が始まった。この後、数年の歳月と一切の妥協を許さない上司の指導、それに優秀で忍耐強い同僚たちによって手が加えられ、 先に商品化されていた4輪車用ガスダンパーとは似ても似つかぬ製品に仕上がった。究極の性能を要求されるレースマシンから始まり、高性能な2輪車にはガスダンパーが 装着され今日に至っている。彼の一言がなければ2輪車用緩衝器事業の社史は別の運命を辿っていたと私は思う。今回、出掛ける前にKYB秘書室に私の計画を伝え、会社のロゴが入ったお土産と最近の会社概況冊子を携えPettersson氏にお渡しした。ご本人からは「プロライダーを引退してから初めて会う2輪車関係の珍客。このように自分を評価して頂き幸せだ」との言葉を頂いた。
   
   (41年ぶりの再会にはPettersson氏(私の右・手前)、奥様、二人の子供の夫婦と孫たち8人が、
    Strangunus(Swedenの首都、Stockholmから西に100km)で温かく私を迎えてくれました。
    私の良き遊び相手だった坊や(写真右から2番目)も今や45歳です。彼も父親の血筋を継ぎ、
    Sweden MX125㏄のチャンピオンになったそうです)

1973年にデビュー以来、数多くの勝利とタイトルを獲得し続け、その評判を揺ぎ無いものとした、カワサキの輝かしいモトクロッサー「KX」は2013年に40周年を迎えた。その間、一度たりとも開発を中断することなく、一度たりとも生産を中断せず、一度たりともレースを止めることもなかった40周年。その原点に、当時の開発陣の一人として、Olle Pettersson選手が多大な貢献をしたことは間違いない事実で忘れる事は出来ない。その後、KXはモトクロッサーの最適技術を開発し続け、世界中のモトクロスファンに愛され、多くのチャンピオンを勝ち取りながら今も改良され続けている。

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面白くなった、大相撲大阪場所

2016-03-25 06:31:02 | スポーツ
俄然面白くなった、大相撲大阪場所。
11日目の白鵬対稀勢の里の大一番、立ち合い左で張ってでた白鵬が一気に前に出て稀勢の里を圧倒した。
白鵬が突っかけ、仕切り直し前の稀勢の里の顔はやや緊張感に欠け厳しさが少し無いようにも見えた。
少し不吉な予感通り、結局勝負は一気に攻めた白鵬が稀勢の里に何もさせずに寄り倒した。
いずれにしても、11日は白鵬の完勝。これで、白鵬、稀勢の里と豪栄道の3人が1敗で並ぶ。
ここまで上位陣が大きな取りこぼしもなく来たが、これから上位陣の星のつぶし合いになり優勝の行方がまだ見えない。
 
                   「全勝稀勢の里が白鵬に敗れ土 1敗3人並ぶ」

一方、11日目は負けたものの、稀勢の里の10連勝は目を見張るものがある。先場所までの気弱な稀勢の里ではなく、力強い稀勢の里に戻った。
その最たる一番は、先場所優勝の琴奨菊との一番だ。先場所優勝し今場所優勝すれば横綱の道が開ける琴奨菊に稀勢の里がどんな相撲をみせるかだが、
立会いの強烈なあたりのあと、稀勢の里の変化という形であっけなく決着が付いた。
前代未聞の稀勢の里が勝ちに徹した決意だった。 愚直なまでの真面目さが何処かに消え強烈な勝ちに拘った稀勢の里の相撲にほっとした。
相撲解説の二子山が、琴奨菊の一番を「褒められた相撲ではない」とNHKで解説していたが、褒められた相撲だけで横綱になった力士は、近年にはない。
むしろ、勝ちに拘った力士のみが昇進し横綱を張ってきたのが事実だから、通り一遍の解説ではなく、勝ちこだわった稀勢の里の相撲を高く評価して
解説しないと、聞く人は誤解してしまう怖れさえある。相撲には勝つことへの執念はあるが、勝ち方の美学などない。
どの様にして勝つかを力士の師匠はしっかりと指導すべきだし、解説者もそこをテレビ解説者にきとんと説明すべきだろう。

また、10日目の鶴竜と稀勢の里の取組なども最高に面白かった。近年にない良い相撲だと思う。
いままでの稀勢の里であれば、とっくに諦めた相撲だが、諦めなかった。立会いで当たり負けした稀勢の里の体が起きてしまうが、
鶴竜は一気に攻め込んで稀勢の里を土俵の外にだそうと、強烈なのど輪攻めからもろ差しで稀勢の里を土俵際まで押し込むが、
稀勢の里は右からの小手投げで逆転勝ちする。必死にこらえる稀勢の里の顔に勝ちへの執念が出ていた。
モンゴル力士がなりふり構わず勝ちに邁進する中、真っ正直な相撲取りの稀勢の里は後れを取っていたが、今場所は違う。

初日負けた白鵬は、これまたなりふり構わず勝ちに拘った相撲をまい進中。
嘉風戦では勝負が決した後に相手を土俵下まで吹っ飛ばした件、隠岐の海戦での駄目押しと言い、加えて栃煌山の顔面へのかちあげもどきのエルボーと言い、
強いといわれる白鵬の勝ちに拘った、荒い相撲を相撲解説者はだれも非難しない。相撲の美学からすると真逆のとんでもない相撲をとる白鵬を「強いね」と
言う解説者をNHKで見る度に強い違和感を覚えている。だが、稀勢の里との一戦は異和感はなく、相撲ファンが期待する横綱相撲だった。


で、ここまでを12日目の午後に書いて、白鵬と豪栄道そして日馬富士と稀勢の里の相撲を見た。
結果は、白鵬は豪栄道を強烈なかちあげで執念の勝ち、稀勢の里は勝ち急ぎで自滅し負け。
稀勢の里、今までの強い稀勢の里は何処か飛散し、昔の不甲斐ない稀勢の里に戻った。・・・面白くない!






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庭の花、咲く

2016-03-23 06:20:53 | 
「君子蘭」
今年も3月中旬に咲いた。初旬に花芽が伸び出し花が開き始めたが花弁の色具合が薄い。
冬の間中、二階の良く日が当たる廊下に置いて大事に育ててきたが、花の色つきが今ひとつだったので、
まだ寒いと思ったが外に出せば色つきが改善するだろうと、3月15日ごろに外に出した。
すると、色つきは改善し、良い色に変身した。だけど3月下旬にならんとするのに、このところ少し寒い。
今日(22日)は快晴だが気温は13度、予報では来週は寒が戻り11度近辺らしい。君子蘭を部屋に戻すか思案中。
 
 

「ハナニラ」
抜いても抜いても何処かに出てくるハナニラの花。
日当たりの良い場所に、藤青色か白の星形の花をよく咲かせるので見た目は如何にも奇麗だが、
こうも繁殖力旺盛だと、幾ら奇麗だと言ってももうええか!と思う。ろくに肥料を施すことはなくてもどんどん増える。
石垣の間であろうが、どんな場所でもとにかく丈夫な花だ。その名のとおり、葉を潰すとネギやニラのようなにおいがする。
 
 
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杏の花

2016-03-21 07:17:32 | 
庭に植えていた、杏の樹を別の場所に移して1年たった。
庭から別の場所に移植する際、根を掘り起こすのだが、太い根が真下に深く潜り込んでいたので、これが難渋した。
周りを深く掘って、なるべく根を残すようにして移植した積りでも根付くか心配していたが、今年、花が咲いたので一安心。
杏の花は例年、花桃のほぼ1週間前、桜の花より約2週間前に咲くので、今年もその季節となり、暫くは花を楽しめる。
昨年に比べると花の数は断然多く、殆どの枝に数十個の花が咲いている。あとは上手く受粉してくれるのを待つばかり。
杏の花は梅に似ているが少し赤みを帯びて可愛らしく、風が吹くとこれがあっけないほどにあっさりと花弁は落ちる。
早速写真に収める事にした。
 
 
庭にあった時は沢山の花が咲いたが、結実に至るのはホンの数個だけだった。
気候も暖かくなったので、上手く受粉して実がなってくれたらと、かすかな希望をもって眺めている。


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死ぬ前に一度は乗るべき”Kawasaki KX500”

2016-03-19 06:20:02 | 二輪事業
  「「DIRT BIKE」
つい最近、米国の著名MX専門誌「DIRT BIKE」が「KX500: THE ONE BIKE TO RIDE BEFORE YOU DIE」として、”死ぬ前に一度は乗るべきマシン、KX500”を記事に書いている。当時、カワサキのモトクロスマシンは他社に先駆けてフルラインアップし、KX60からKX500を揃え、多くのモトクロスファンの期待に答えていた。加えて、KXを基本に開発したエンデューロ・マシンもラインアップに揃えていたので、日本の二輪企業のなかでは最も多くのオフロードマシンを世界中に供給していた。その最上級排気量クラスマシンがKX500で排気量は499cc。KX500の活躍は、昨年9月にも「Mmotocross Action」が取り上げていたものを本ブログKawasaki KX500に書いたが、1989以降の最上位排気量クラスのレースではカワサキの独壇場で、当時、米国では最も多くのチャンピオンフラッグを獲得したマシンとして評価されている。

専門誌がKX500の戦闘力を高く評価してくれるのは嬉しいのだが、開発を担当した一員として振り返ると、KX500ほど難しい開発はなかったと言う記憶が残る。なにせ、今、振り返って昔を思い出しても、2サイクル500cc単気筒エンジンの開発は難しかった。2サイクルエンジンの制御機構が無い時代に、シリンダー、エキゾートパイプと気化器で、有り余るエンジンパワーをコントローラブルな特性に纏めるのが難しい。この時代、2サイクル500cc単気筒のパワーをコントロールできる選手は世界中探しても5指もいない時代で、誰でもコントロールできるエンジンパワーではなかったのは確かだろう。日本と米国の社内評価ライダーの評価は手厳しく、もっとコントロールできるパワー特性にしてくれと強く要求した。ベンチマークにしていたホンダCR500は一般評価ライダーの評価は素晴らしく、評価ライダーはCR500以上のエンジンコントロール性をいつも要求するが、これが困難で、一時はKX500エンジンの出来の悪さを自虐的に考えてしまう時期さえもあった。しかし、いざ本番レースになるとトップライダーが乗るKX500の持つ戦闘力は群を抜いて素晴らしかった。つまり、乗るライダーによって評価が異なっていたのだ。その証左の一つに、「Racer X online」は、カワサキワークスRon Lechienが「1988年Motocross des Nations」に出場した際の、 LechienがKX500を絶賛した記事を書いた。

  「Superbikes ... Jeff Ward up front」
加えて言えば、カワサキのワークスライダー Jeff Ward がKX500で米国で当時流行していた、「Superbikers」に出場し何度も勝ったと言う事実や、当時内燃機関研究の先端研究所ベルファストにある大学のブレイア教授にも請われてKX500エンジン数台を研究用に送ったこともある。このように、KX500エンジンは汎用性があり優秀だった。更に、KX500の能力の高さを目の当たりにしたのは、当時アメリカの某社ワークスライダーであった、某著名ライダーを世界モトクロス選手権にカワサキで参戦させるべく、彼が常時使っていたカリフォルニア・ランカスターのMXコースでKX500のワークスマシンを試乗させた際、彼の特別仕様ワークスマシンより、仕様を合わせていないKX500が4秒速く走ったことだ。現地でこの試乗には立ち合ったので良く覚えている。

だが、月日が経って歴史を振り返って思い出すのは当時の自虐的にさえなった苦労ばかり。こうして多くの専門誌がKX500の、その優秀性を語ってくれることで、やっぱりKX500は凄かったんだと思いだしても微かに微笑みが浮かんでくる程度でしかなく、頭の中を占めているのは苦労し悩んだ事のみが先に出てくる。

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自動血圧計の更新

2016-03-18 06:22:57 | 日常生活
  
自宅で使用している、自動血圧計の作動が一週間程前からおかしくなった。
正常に作動したと思うと突然圧力値はある表示位置で動かないのに、空気圧はドンドン負荷され続けるために腕の周りがパンパンに痛くなる。
腕に巻く腕帯が破損したのかと思い、口からエアを吹き込み確認すると空気漏れはなく正常に作動するので、本体に異常があるもよう。
エラーメッセージにも無い異常なので製造元のオムロンに電話すると、修理は可能だが修理費が2500円ほど掛ると言うので、
もう十数年以上も使ってきたので買い替えようと、新店舗をオープンしたケーズデンキに行くと、沢山の血圧計が展示されている。
今使っている自動血圧計の型番はとっくになくなり、新型番が展示されているが、こうなると迷ってしまう。値段もオープン記念特価と
書いてあったが、念のため同じ型番をアマゾンで値段を調べてみると、アマゾンが相当安く値段設定してあった。
となると、アマゾンで買うしかなく、パソコン手続きすると2日後には送付されてきた。

新血圧計は旧品より小さくて軽く持ち運びに便利だ。早速測定してみると腕帯の作動もスムーズで腕に変な圧力が掛りすぎの感じもない。
上の血圧は118を示した。これでOK。もう彼これ何十年も毎日、朝と夕食前に血圧を測定し記録してきたが、これが長年の習慣となってしまい、
いつもの時間に血圧を測定しないと、何か物足らず何となく不安な気分となっていた。血圧は自律神経で変化すると医師から教えられたので、
毎日の心の移り変わりを自分で確認するのにちょうど良く、毎日2回の血圧測定することが長年の習慣となって、測定結果をみては自己満足していた。
冬の朝、起きた時に寒さを感じると朝の血圧が敏感に作動して上昇し、暖かくなると自然と血圧は下がる。
その日の自分の状態を確認する手段としては血圧測定は適切な行為だと思ってきた。
長年測定していると、今は、腕帯から感じる血管の脈打つ状態で血圧値をある程度予測できるまでになってきた。

血圧値は毎日記録しているが、ここ10年ほどは年間を通じて上が125±、下が85±の範囲にある。冬場の寒い時はプラス側になることが多く、
暖かくなるに従いマイナス側に振れる。また日中運動した日の夕方の血圧は確実に下がり、上が110近辺で落着く。
毎日の健康の移り変わりや心の移り変わりを自分で知っておくための血圧測定は安心のための魔術みたいなものだ。

ちなみに、オモロンの説明書書きには、「血圧は、一日のなかで変化するものであり、血圧を正しく理解するためにも、
一日に数回に渡って計測することが望ましい。そのためには、血圧を手軽に測ることが大切。血圧測定の頻度を上げ、
一人ひとりが自らの血圧変動の傾向を知り、疾病リスクを把握することが必要」とあり、そのうえで
「その第一歩として、血圧測定を、身近に、簡便に行い脳・心血管疾患の発症ゼロを目指したい」とあった。

 
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やっと咲いた、庭のクリスマスローズ

2016-03-16 06:17:26 | 
先週の一時期、外気温が20度近くまで上昇して4月下旬並の暖かい日が続き良い気候になったと喜んだのもつかの間、このところ寒い日が続く。
昨日は終日雨で寒かったが、今日15日は朝から晴れていることもあって気温は12度ぐらいだが、ほんわかとした暖かさを感じる。
晴れたので庭に出てみると、今年は咲かないだろうと思っていたクリスマスローズが咲いている。
と言うのは、昨年、庭を整理した際、クリスマスローズも半分ほどに間引きした。そのせいか、今年は咲く気配が全く見えないので、
もう駄目かと諦めていたが、きょう現在、1個が咲いて、もう一つは蕾の状態。
 

考えてみると、クリスマスローズの花はうつ向きに咲き、しかも大きな葉っぱの下に隠れているので、今まで気が付かなかっただけかもしれない。
で、日記代わりにしている本ブログをめくってみると、3月8日前後に咲いているので、やはり、今年は咲くのが遅い。
今週末頃にはまた暖かくなり、その後は気温が14,5度の予報だ。あと2週間で4月、プロ野球が始まる。今年の阪神、前評判は上々。
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無難なスタート

2016-03-14 06:20:16 | スポーツ
今日13日は、大相撲春場所の初日。
今場所一番の見所は大関琴奨菊の横綱昇進への挑戦。
立会い前の琴奨菊の顔は心持ち頼りなく見えたが、相撲内容は力強く無難で、非常に良いスタートを切れた。
また、大関稀勢の里も落着いた取り口で、稀勢の里 も期待できそうだ。場所前の連合稽古では、稀勢の里が琴奨菊を圧倒していたらしい。
難敵モンゴル横綱が初日黒星でスタートで、日本人大関には絶好のチャンスがやってきた。まだ初日が始まったばかしだが、ワクワクの予感がする。
  「初日:琴奨菊、寄り切りで高安に勝つ」

最大の障害と思われた、横綱の白鵬は宝富士に簡単に負け、横綱鶴竜も豊ノ島に1分を超える相撲の末に最後は寄り切られ負けた。
残りの横綱日馬富士は場所前の怪我で階段の登り降りも不自由だそうだが、栃煌山に強い当たりで勝った。
何時も思うが、栃煌山は仕切りではしっかりと相手を見て立たないと、これでは歩行も困難と言われる怪我持ち日馬富士にも勝てない。
難敵のモンゴル横綱2名が集中力を欠いた相撲で、特に今日の白鵬には覇気が感じられなかった。
白鵬の相撲を見た、解説の北の富士も「一番言われて嫌な言葉だけど、弱ったな。白鵬はこんな負け方ないよね」と、
白鵬の力が落ちているとコメントしている。
面白くなるぞ、大阪場所は!
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