河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

1086- アラベッラ 超圧倒的ミヒャエラ・カウネ 新国立2010.10.14

2010-10-17 14:59:32 | インポート

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2010-2011聴いたコンサート観たオペラはこちら
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今日はアラベッラ観劇。11日に続いて2回目。
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2010年10月14日(木)6:00pm
オペラ・パレス、新国立劇場
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シュトラウス アラベッラ
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フィリップ・アルロー、プロダクション
森英恵、衣装
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アラベッラ、ミヒャエル・カウネ
ズデンカ、アグネーテ・ムンク・ラスムッセン
マンドリカ、トーマス・ヨハネス・マイヤー
マッテオ、オリヴァー、リンゲルハーン

新国立劇場合唱団
ウルフ・シルマー指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
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11日に続いてアラベッラ観劇。これを生で初めて観たのは1988年11月24日のことです。サヴァリッシュの指揮バイエルン国立歌劇場の来日公演でした。
1988年聴いたコンサート観たオペラ
そのあと今回まで観たことがあったのか忘れてます。資料を整理すればわかりますが、たぶん観てませんね。
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11日、14日とたて続けに観てこのオペラのメロディーラインがようやくわかってきました。ローゼンカヴァリエに似ていると言われても、半音階の動きが顕著で調がどこにあるのか一向にわからないところがあってスコアを見て追っかけたいような気もします。それでもようやく節(ふし)が見えてきました。やはり短い期間に複数回観劇するのはいいもんです。11日はあまり感じなかったのですが、14日の公演ではだいぶ耳垢も落ちていた為か、このオペラはかなり巨大だということがだんだんと理解できました。ストーリーはたわいもないものという意見にはちょっと違うかなと感じてきました。
アラベッラに諭される馬鹿な男たち、その中には結局マンドリカも含まれるでしょう。
おとぎ話ではあるのですけれど、アラベッラとマンドリカの出会いの場面が少し弱い。叔父への写真送付という伏線が長すぎる。既定路線がひきずられてしまい、予定の出会いが最初から落としどころになってしまっているわりにはあまりぱっとしない。それはそうなんですが、そんな場面はなんだか些末な出来事でもあるかのような大きな流れがこの劇にはあるような気がする。巨大な音楽の流れが見える。ローゼンカヴァリエよりもエレクトラのような音楽を感じる。縦にひび割れるような。。
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時代設定を第一次、二次世界大戦の間に置き、より現代に近づけ、豪華主義を排した舞台づくりというプロダクション。そのような方針はこれはこれで、そうかという感じで観る。
でもカウネの身のこなしはもっと以前のものだ。
ミヒャエラ・カウネの圧倒的な歌唱、強じんさと柔らかさをそなえ、またホールを圧倒する強烈なフォルテから張りつめたピアニシモまでただ茫然と観ているだけ。それに舞台映えする容姿、そして気品のあるしぐさ、魅了された男たちが接吻されるのは役どころとはいえ、いいな。
それにしてもカウネに対するブラボーが少ないのが気になる。みんな何聴いているのかな。何観ているのかな。
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第一幕はあっという間の一時間。カウネとラスムッセンのデュエットが秀逸。役中姉妹の絆の強さを有無を言わせずに思わせる歌いっぷりだ。
マンドリカのマイヤーは今後を期待させるような片鱗あり。
でもやっぱりストーリーの上をいく巨大な音楽が一時間の間全く弛緩することなく流れ続けるのが一番の魅力。オケはかなり問題ありだけれども。
謝肉祭へ向かう微妙なカウネのワルツ。
手紙つながりで第二幕へ。
男は女に従う子供ですね。あやされている子供たちとなにもかわらない。美女の前には臆面もなく弱くなれる。ここでのカウネの細かいあしらい振りは見事というしかない。役以上のリアルさを感じる。目が覚めた現実でも男たちをちぎっては投げちぎっては投げ、かな。本人はそうは思っていなくても世間からみるとそういうふうに見えるもの。アラベッラもいわゆる、わがまま、がそのまま通ってしまう美貌だったんでしょう。接吻的にはマンドリカ役のマイヤーが一番濃厚というか得です。
第二幕後半はズデンカの嘘を舞台を変えることなく紗幕というよりもカーテンでストーリーの陰影を浮かび上がらせる。劇的なところは何もないのだが、この幕も音楽の流れが巨大。マンドリカは金にまかせて花屋を空っぽにするぐらいの花をばらまき、酒をふるまう。とてもアラベッラにふさわしいとは思えない。心を入れ替えても金は使い続けるだろう。
森英恵さんが衣装を担当ということで、青の色調が美しい舞台とともにブルーのドレスのカウネ。でも衣装としては第一幕のドレスの方が好きだな。新国立ロビーで売ってあった写真を見れば確かめられます。買いましたけど。
第三幕ではネグリジェのズデンカが出てきてストーリーがもとの鞘に収まります。最終的にはコップ一杯の水を持って石畳風なところを降りてきて、そこにたまたままだいた?マンドリカとハッピーエンド。この場面も非常に美しい。
ただし、この美しい場面で底を這うような金管の顕著な活躍に耳を決定的に汚されます。粗末すぎます。ひどい音でした。舞台に目を奪われている聴衆でもそのようなことはわかります。縦のラインもバランスもオタマジャクシの長さの不正確なことも。ハッピーエンドも中くらいでした。
このオペラが大きな作品であることをおしえてくれたのでこれ以上は言いませんけれど。
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プログラムに、愛しのズデンカ、という必要以上にズデンカを美化した小文が載ってましたが、これは言い出せばきりがなくて、全てのオペラの脇役は主役なのだ、みたいになってしまう。言を俟たず圧倒的なのはタイトルロールであってこんなこと火を見るよりも明らか。加えてカウネの芸を越えた格調ある歌と振り、これ以上のものはありません。
おわり

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