河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

Trick or treat

2006-10-31 00:01:00 | 音楽

河童「日本人にはハロウィーンなんて関係ないんじゃないか。」

静かな悪友S「いやいや、日本人は西欧のありとあらゆるイヴェントを組み込まないと気が済まないのさ。彼らが右を向けば、右に行列をなすわけさ。その先になにがあるかわからんが、とりあえず並んでみようと。」

河童「なんでかね。そうゆう特質なのか。河童界では理解できんな。」

S「最近は商売便乗みたいなところもあるみたいだ。かねあまり、時間あまり、平和ボケ、無いのは、何だろう。パンプキンの中身みたいなもんだ。」

河童「人間界だとこの前夜祭、外国かぶれした人間どもが余計な仮装をして暴れまくり地下鉄も時間によってはうようよしているな。ウィークデイの何でもない日なのにおめでたいことだ。」

S「そうだな。おめでたい。ところでアメリカあたりでもそんな騒ぎが大きかったのかね。」

河童「どうかな。アメリカ人のすることはたまにわからないこともあるし。」

S「河童さんが棲息していた摩天楼ではガキどもも入ってこれないだろう。」

河童「それがそうでもないんだ。ドアマンがいて、鍵も厳重で普段なら絶対に誰も侵入できないはずなのにだ。ドンドンとドアをたたく音がする。」

S「それで。」

河童「誰だ。不埒な闖入者は。といっても反応がない。誰だ誰だ。こんな99階まで上がってくる奴は。名を名乗れ。」

S「マンハッタンでは何がおきても不思議はない。」

河童「ドアの覗き穴から恐る恐る廊下をみても誰も視界にはいらない。それなのにドンドンたたく音だけはやまない。」

S「なるほど。ガキども視界にはいらないはずだな。」

河童「3~4人でドアの外でわめいている。なんかくれないとワルするぞ。ってね。はは、これは外で騒いでいる連中のガキどもが、ドアマンに言って催促にきてるんだな。というのはわかった。」

S「でもあげるお菓子なんか部屋にないだろ。」

河童「そうだ。毎晩飲みふけって皿にもアルコールが充満しているし、いま皿、何もない。」

S「でも何かあげないとあの子たち帰らない。」

河童「最後の手段さ。おかね。お小遣い気味のおかねを渡すと割とおとなしく退散するんだな。利口な子たちだよ。」

S「毎年そんなことしてたのか。」

河童「いや、運悪くニューヨーク・フィルの定期のない月曜とか水曜にあたると居留守を使うわけにもいかないが、それ以外は毎晩コンサートかメトだな。だからもぬけのからというわけさ。でも後で考えると、外からの侵入というのはやはり考えにくい。同じビルの他の住人の子供たちの悪ふざけということだったのかもしれない。」

S「なるほどね。それはそうとお河童さんの99階のお部屋の番号はSuite何番だったんだい。」

河童「#99BBだね。」

S「そうか。それで、Bad boy だったのかね。Best boy だったのかね。」

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全日本吹奏楽 コンクール?

2006-10-30 00:01:00 | 音楽

前にこんなブログ書いたらシカトされた。

全日本吹奏楽コンクール

今回もネグレクトだね。

2006年度高校中学の成績。

・高校

 金賞9 銀賞12 銅賞8

・中学校

 金賞9 銀賞12 銅賞8

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審査員

・高校

プロオケメンバー2 音大先生4

プロ指揮者1 音大先生指揮者1

インディーズ系奏者1

・中学校

 プロオケメンバー4 音大先生2

 プロ指揮者1 作曲家1

 インディーズ系奏者1

.

河童

「こうやってあらためて眺めてみるときっちり整理されているな。」

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静かな悪友S

「日本の特質がよく出ている。」

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河童

「うまいとかへたではなく、サラリーマンのボーナスなみの正規分布ではないのかね。」

.

S

「そこまで極端ではないな。金賞マイナス、とか、銅賞プラス、みたいなものがないから。」

.

河童

「そうだが、これだと銀賞が並みであとは上か下という感じだよな。」

.

S「そうだね。毎年、だんだんつまらなくなる。」

.

河童

「ところでこの大会。コンクールだよね。」

.

S

「そうらしい。コンクールというのは競技会とか競演会とか、そういった意味のようだ。」

.

河童

「じゃコンクールじゃないんだ。三つしか区分けのないコンクールなんて聞いたことがないな。」

.

S

「そうだな。29校もでていて三つだけ。金銀銅。みんな一位か二位か三位になれる。全国出場が決まった時点で最低3位ゲット。」

.

河童「それってコンクール?」

.

S

「お河童さん、そんなに興奮しないで。皿が緩むよ。でもたしかに29校も出ていて審査員はなにしてるのっ?っていう感じはあるね。」

.

河童

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フォース・コンサート フィルハーモニック -8-

2006-10-29 16:08:00 | 音楽

さて、フィルハーモニック・ホール・オープニング・ウィークも早いもので3日目に突入した。

河童はそろそろ皿が渇き始めた。ジンジャーマンでのアルコール消毒でも足りなくなりつつあるようだ。そんななかクライバーンの出番となった。3日目はこんな感じ。

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1962925()8:30P.M.

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ピストン/リンカンセンター・祝祭序曲(世界初演)

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3

 (ピアノ)ヴァン・クライバーン

コープランド/リンカン・ポートレイト

 (ナレーター)スティーヴンソン

ラヴェル/ダフニスとクロエ、第1,2組曲

 (合唱)テンプル大学コーラス

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ユージン・オーマンディ指揮

フィラデルフィア管弦楽団

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電気河童はオーマンディを夢の中で拝見した。太古の時代から日本の評論家、音楽家あがりの評論家含め彼らにとっては、クラシックはヨーロッパだけのものであり、それを踏襲し真似した日本人は偉いのであり、アメリカの音楽やオーケストラなどはケバイものであり、その典型がチャラチャラ音のフィラデルフィア管弦楽団だったのである。結果的には、聴くべきを聴かない耳をもち考えるべきを考えない評論家たちが、いかに知識・経験・体験もなく狭量な態度で、誤ったことを発信していたかということがわかった。そのような姿勢が音楽を聴く者たちに、間違った情報を埋め込んでしまったのみにとどまらず、聴く範囲を狭めてしまった。その罪は大きい。自分としても後の祭り的なところがあり反省しているが、しかしその責任は彼らにもある。今の時代、情報は充ち溢れ、評論家の言っていることを鵜呑みにする人たちはいなくなったと思えるので、それはそれで大変にいいことだ。

雑誌でいうとレコ芸など大変な情報源であったが、いまはそのようなこともなくなりみんないろいろなところから得ていると思う。河童はレコ芸の月評欄はほとんど見なくなってしまった。昔はお世話になったけど。

広告欄や海外新譜の紹介はメインテーマとしてよく見る。特集記事は興味があればたまに目を通すだけ。新譜といっても国内盤はオペラをはじめとても少なくなってしまい、ライブ録音だらけ。昔でいうところのエア・チェックと発想はたいしてかわらない。それでそのエア・チェックも、今の音楽ソースのまずしさに便乗して、乱発している。キャッチコピーによると全部奇跡的な名演だそうだ。日常の聴きこみを怠ってきた連中の自虐的なセリフのようにしか思えない。

それやこれやで、気がついたときオーマンディはもう逝く寸前であった。その演奏会があったので出かけたことがあるが案の定、指揮者はウィリアム・スミスに突然変更となってしまった。準指揮者なので普段からオーマンディのそれをなぞるのは得意だったかもしれない。本人がオーケストラに移植してきたことを最大限引き出させたのがせめてものなぐさめであったのかもしれない。

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1962年のこのコンサートに出演したオーマンディとフィラデルフィアは、前半後半の最初の曲にアメリカの曲を置いている。当然と言えば当然かもしれない。しかしこのときのシツエーション、自負、責任、など音楽に対し全く誠実・真摯以外の言葉が見つからない。

リンカンセンター祝典序曲は河童が勝手に訳しただけ。

原題はLincoln Center Festival Overture.

リンカンセンター開きを祝うこの曲を聴く機会はその後ほとんどない。フィルハーモニックを讃える曲は割とあるようだ。たまには、

モートン・グールド作曲フィルハーモニック・ワルツ

なんてどうかしら。自作自演の音源もあるみたいだし。。

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この日のメインはもちろんクライバーンのラフマニノフである。得意中の大得意曲。この日はこれしかない。やるほうも聴くほうも。ラフマニノフは2番より3番。交響曲も2番より3番。華麗さとともに曲の充実度が全然違う。

このコンサートは目に浮かぶようであり、やる前から演奏後の熱気が約束されていたようなものだ。

オーマンディの伴奏も、元巨人の川相のバントに対する興ざめのアナウンスのような態度は一ミリもなく、全く自己全う型。16年後、ホロヴィッツが弾いた同一曲の伴奏をニューヨーク・フィルとともにつけている。

とにもかくにも1962年のこの日、フィラデルフィア・サウンドがあとで改築の憂き目をみることになるフィルハーモニック・ホールに響きわたったのである。

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The Architecture of Philharmonic Hall (2) フィルハーモニック -7-

2006-10-28 22:40:36 | 音楽

フィルハーモニック・ホールの観客席へのアクセスは、建物へ広場の入口の上の階にあるので、通りから入った聴衆はフィルハーモニック・カフェに面したロビーにはいるのがはやい。ホールに直接入らないこと。二つのホール階段をいってもよい。ホワイエにはエスカレータやエレベーターでもよい。その天井は建物のてっぺんまで50フィートある。

ここで三つの休憩用廊下やリチャード・リッポルドの彫像作品を見上げる。それは天井からぶら下がった輝くメタルの物体で、ホワイエの全190フィートに達している。

コンサート・ホールそのもののインテリアは長く伸びた薄いテラスにより特徴づけられている。色は壁や天井はダーク・ブルー、席は金色、通路にはカーペット、テラスに面している。音と光を反射する天井からぶら下がった音響板。ダーク・ブルーのそれはホールの親密度を増す。観客席は全て舞台のほうを向いているので、聴衆は誰一人として演奏者のほうに向きなおる必要がない。

コンサート・ホールのデザインにおいて、世界的な偉大なホールであることを示す音響的価値を得るには大きさをある範囲に保つ必要がある。フィルハーモニック・ホールは2,646席で、ボストン有名なシンフォニー・ホールとほぼ同じ数である。しかし、観客席の大きさは、聴衆一人一人に余裕のある席を確保できるよう、他の素晴らしいホールよりも大きくなっている。

フィルハーモニック・ホールは伝統的な古いコンサート・ホールとは、他先行事例の使用料の観点でかけ離れている。ボックス席は、第2次世界大戦のダメージのあと立て直された古い時代のコンサート・ホールのように、なくされた。ボックス席をなくすことにより、音響的は特質にかかわる費用の観点において、ホールを大きくすることなくより多くの席を提供することになった。

世界の多くの有名なコンサート・ホールは長方形であり、側面が平行である。フィルハーモニック・ホールの観客席はステージからホール後方に向かってホルンの曲線のように広がっている。これはステップバックを浅くするためになされたことであり、反対側の壁はほぼ平行である。

フィルハーモニック・ホールの初期計画では、ソロ・リサイタルやオーケストラや合唱での使用のために、98列のパイプ・オルガンを内設する決定がなされた。オルガンを観客席から見えなくするために、オーケストラの台の後方に音響的に透過な幕で隠された。しかし、劇場でやるようなバックライトの使用により一部あるいは全体がすぐに見えてしまった。

フィルハーモニック・ホールのオルガンは5,498パイプ、98列である。最も長いパイプは32フィート、最も短いのが1インチのかけらである。パイプオルガンの音、デザインは17,18世紀のバロック時代に発展、確立した。それはたくさんのオルガン音楽レパートリーが作曲された時代であった。しかし、19,20世紀音楽に要求される調性の曲ももちろん提供されなければならなかった。end

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The architecture of Philharmonic Hall (1) フィルハーモニック -6-

2006-10-27 00:01:00 | 音楽

フィルハーモニック・ホールは1891年来ニューヨークに建った初めてのオーケストラ・サイズのコンサート・ホールである。今まで120年の間()、自身のホールを持たなかったニューヨーク・フィルハーモニックの永久的なホームとしてデザインされた。

(:1842年の最初の公演から数えて120年後が1962年ということになる。)

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The Architecture of Philharmonic Hall

フィルハーモニック・ホールはリンカンセンター広場からみて9階建ての高さとなっている。広場から見て前面側面の3面が屋根までガラスである。それはベージュ色のローマ石灰華に面した42個の先が細くなった十字形の柱でふちどられている。フィルハーモニックを見ながら歩く通行人は夜になると特に、ホールを四方から囲んでいるカラフルで明るいアニメーションのような休憩用廊下をタワーのような窓を通してみることができる。コンサート・ホールそれ自身は立方体の建物の四分の一を占めている。

一階はリンカンセンター広場と池の通りの高さであり、演奏前後や休憩時間に、聴衆は1ブロックにおよぶフィルハーモニック・ホールのテラスを見ることができる。

最後の建物が完成すると、ニューヨーク州劇場がフィルハーモニックの南側に建つことになる。メトロポリタン・オペラ・ハウスは南西側である。ヴィヴィアン・ボウモンド劇場は新たなリンカンセンター・レパートリー・カンパニーの拠点となる。そして西にはパフォーミング・アーツのライブラリー美術館。北西へはジュリアード・スクールへ65丁目を横切るテラスの橋。

フィルハーモニック・ホールの観客席へのアクセスは、建物へ広場の入口の上の階にあるので、通りから入った聴衆はフィルハーモニック・カフェに面したロビーにはいるのがはやい。ホールに直接入らないこと。二つのホール階段をいってもよい。ホワイエにはエスカレータやエレベーターでもよい。その天井は建物のてっぺんまで50フィートある。

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サード・コンサート フィルハーモニック -5-

2006-10-26 00:01:00 | 音楽

セカンド・コンサートはオルガンの演奏。ホールの響きを確かめる上で重要であると思うのだがあまり興味がないためスキップ。

オルガン・プレイヤーは3名。

パワー・ビックス

キャサリン・クローチァ

ヴァージル・フォックス

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ということで、同日夜のサード・コンサートはこんな感じ。

1962924()8:30P.M.

ベートーヴェン/交響曲第3番エロイカ

バーバー/ピアノ協奏曲(世界初演)

シュトラウス/ティル

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ピアノ、ジョン・ブラウニング

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮

ボストン交響楽団

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前半にエロイカをもってきたやる気度満点の演奏。

この目立たないが厳格なウィーン生まれの指揮者の祝祭的な感覚を味わうのもたまにはいいだろう。腰より下はほとんど動かすことなく上半身のしぐさのみでの指揮姿。ユニークである。3曲のプログラムビルディングはあまりバランスの良いものではないが、今日だから許せる。

2曲目のバーバー。バーバーといえばあのアダージョだが、こうやってあらためて彼の曲を聴くと、彼の作品をすべて聴いてみたくなる。ピアノの腕も大変なものらしいからこのコンツェルトも間違いないだろう。ただ頻繁に繰り返されるかどうかはわからない。アメリカから生まれる音楽はある意味、全てが現代音楽であるから我々はその浮き沈みのまさに怒涛の真ん中にいる。

ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら、を最後にもってくるあたりフルトヴェングラーをほうふつとさせる。大曲、メイン・イヴェントの曲が終ったあとの整理体操。なんとなくわかる。やるほうも聴くほうも、頭の中を空っぽにして演奏を聴きたくなることもあるのだ。

それにしてもボストンの音はしっとりとしていて、細い糸が隙間なく束ねられているような濡れた音でシックなサウンド。いい感じだ。

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インターミッション 写真 フィルハーモニック -4-

2006-10-25 00:01:00 | 音楽

Nyp1930_2

ちょっと話が長くなりそうですので、今日は休憩タイムです。例によって写真をアップ。

これはニューヨーク・フィル1930年代の写真。

カーネギーホールです。あと30年ぐらい後にフィルハーモニック・ホールに移るわけですが、それまでは、音はいいが地下鉄の音もブレンドされてしまうカーネギーホールでの演奏を続けなければならない。

女性は一人だけいるようです。一番右のハープ奏者。あとは全部男。

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オープニング・ナイト フィルハーモニック -3-

2006-10-24 00:01:00 | 音楽

さて、そうこうするうちフィルハーモニック・ホールの記念すべき第一夜が始まった。最初に出る音はなに?

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1962923()9:00P.M.

ベートーヴェン/ミサ・ソレムニスよりグロリア

ドナルド・ベル、アイリーン・ファーレル、

シャーリー・ヴァレット・カーター、

ジョン・ヴィッカース

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コープランド/オーケストラのためのコノテーション(世界初演)

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ヴォーン・ウィリアムズ/セレナーデ

アデーレ・アジソン、ルシーン・アマラ、

ドナルド・ベル、チャールズ・ブレッスラー、

リリ・チョーカジアン、アイリーン・ファーレル、

エツィオ・フラゲルロ、ジョージ・ロンドン、

ジェニー・トゥーレル、リチャード・タッカー、

シャーリー・ヴァレット・カーター、ジョン・ヴィッカース

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マーラー/交響曲第8番 パートⅠ

アデーレ・アジソン、ルシーン・アマラ、

リリ・チョーカジアン、エツィオ・フラゲルロ、

ジョージ・ロンドン、

ジェニー・トゥーレル、リチャード・タッカー

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ジュリアード・コーラス

スコラ・カントラム

コロンバス少年合唱

レナード・バーンスタイン指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

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という4本立てであったが、実際には冒頭のグロリアの前に、アメリカ国家斉唱とチェアマンであるロックへラー三世のお話しがあった。

演奏は華々しくも冷静。合唱が取り乱したようにバーンスタインに駆り立てられるなか、オーケストラのほうはいたっていつも通りの演奏をしている。バーンスタインの指揮に普段接していない合唱は、みたこともないあまりの激しい指揮についバランスをくずしたみたいだった。

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河童の咳払いが入っているかもしれないこの日の演奏の、まるごとLP、は記念に河童洞窟に飾ってあるが、なんせ、アナログ・プレーヤーがうまく動かないため、ここは皿の出番。皿のふちで盤面をなぞりながら聴いてみた。その前にケースのカビ臭がかなり皿につく。一度天日干しをしなくては。

録音は細身ながらそれなりに聴こえてくる。一枚ベールをかぶったような音になっているのが悔やまれる。それともこれが最初のフィルハーモニック・サウンドだったのかもしれない。

COLUMBIA RECORDS

LEGACY SERIES

L2S 1008   STEREO 2枚組

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8番だけだったらCDで聴くこの2枚組などどうかしら。

SONY SM2K 63159

・マーラー/交響曲第2番復活全曲(定番の音源)

・マーラー/交響曲第5番より第4楽章アダジェット

 196868

五番街にあるセント・パトリック教会でのライブ

ロバート・ケネディーの葬式

・マーラー/交響曲第8番 パートⅠ

 1962923日フィルハーモニック

 オープニング・コンサートより

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という、まことに河童界でもあり得ない組み合わせ。

復活あり葬式ありオープニング記念公演あり。

なんでもありのとんでもCD。

聴き方が難しい。

それでも昔DGから出ていたカラヤンとムラヴィンスキーがカップリングされたCDよりは心臓への負担が少ない。

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Tuning Week フィルハーモニック -2-

2006-10-23 00:01:00 | 音楽

新しいホールでの開幕公演はもちろんわくわくするが、その前に、ちょっと寄り道してみよう。923日のオープニングに先立つこと4か月ぐらい前、ホールがもうすぐ完成するという時期。フィルハーモニックはホールのチューニング作業を行った。

「音試し」

不安いっぱいの様子がよくあらわれている。

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Tuning Week

1962528日の月曜日、ニューヨーク・フィルハーモニックは真新しくていまだ完成していないコンサートホールで最初のテストをした。一週間の間、建築家、アコースティック・エンジニア、演奏者たちがホールのチューニングを行った。交響曲は指示により始まったり突然止まったりした。アコースティックテストのために特別に作られた音楽が演奏された。ブランクカートリッジに電気が流れた。ゴングは鳴った。残響時間が計られた。独奏者たちが演奏した。一番高いテラスの位置にいるアコースティック専門家や観客席の一番遠いコーナーにいる専門家が指示を与えることができるよう、沈黙が継続的に要求された。交響曲がまるごと録音され、プレイバックされた。、フィルハーモニック・ホールはこれで聴衆を没頭させることができる。黄色い安全ヘルメットをかぶった建築労働者がビルディングの外側から中へ移動した。作曲家、指揮者、演奏者たちがささやき声で話し合った。スタッフ秘書が伝言をフィルハーモニックとリンカンセンター事務所へ持って来た。帰らず聴くことが残っている。セッションの間、奏者たちは練習に集中していなかった。ときおり、制服を着た警備員が、出入口に奇妙に立ってた。

リンカンセンターはアメリカの多くの美術館に作品がある芸術家ヘンリー・ケルナーに、この歴史的な週間の記録をお願いした。ここに描かれているのは彼のスケッチである。

end

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.

スケッチはアップしないが、不安な様子がわかる。何しろ音が命のホールで、最初に音を出すわけであるから、未体験ゾーンにはいる入口にいるわけだ。

結果的には、このフィルハーモニック・ホールはのちに改修されエイヴリー・フィッシャー・ホールとネイミングが変更になる。理由は音響改善のための改築である。

さらに、最近、カーネギーホールへ戻るかもしれない。という話も一時持ち上がったが、立ち消えになったようだ。カーネギーホールは音は良いが、地下鉄のサウンドも結構ブレンドされている。あれは河童通勤の地下鉄だから文句は言えない。

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フィルハーモニック・オープニング・ウィーク 44年前 -1-

2006-10-22 22:49:38 | 音楽

Scan10003_2

ニューヨーク・フィルハーモニックは長年の棲家だったカーネギーホールを出る時が来た。リンカンセンターでは新しいホームであるフィルハーモニックホールが待っている。河童洞窟のすぐ近くだ。河童でも徒歩5分だ。もっともカーネギーホールのときも5分だったので、あまり変わることはない。東のほうに歩かなければならなかったのが北方向になっただけのことだ。

今週は、新しいホールでの開幕公演その他いろいろと盛りだくさんだ。河童もちょっとおめかしして、一週間音楽浸りになってみるか。

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196292330

フィルハーモニック・ホール

オープニング・ウィーク

リンカンセンター・フォー・ザ・パフォーミング・アーツ

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始まる前からわくわくする。河童の心臓と皿の鼓動が興奮でバクバクいっている。

どんなプログラムが待ち構えていることやら。

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923()9:00P.M.

レナード・バーンスタイン

ニューヨーク・フィルハーモニック

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924()4:30P.M.

オルガン・リサイタル

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同日8:30P.M.

エーリッヒ・ラインスドルフ

ボストン交響楽団

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925()8:30P.M.

ユージン・オーマンディ

フィラデルフィア管弦楽団

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926()5:30P.M.

ニューヨーク・プロ・ムジカ

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同日8:30P.M.

レナード・バーンスタイン

ニューヨーク・フィルハーモニック

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927()8:30P.M.

ジョージ・セル

クリーヴランド管弦楽団

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928()5:30P.M.

ジュリアード弦楽四重奏団

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同日8:30P.M.

ジュリアード・オーケストラ

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929()3:00P.M.

ゴールド&フィッツデイル

デュオ・ピアノ

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同日8:30P.M.

エルネスト・アンセルメ

メトロポリタン・オペラ・オーケストラ

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930()3:00P.M.

レナード・バーンスタイン

ニューヨーク・フィルハーモニック

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同日8:30P.M.

エルネスト・アンセルメ

メトロポリタン・オペラ・オーケストラ

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新居でのコンサートはざっとこんな感じみたいだ。ビック5のうちシカゴ交響楽団だけ来ない、というのも今も昔も変わらぬプライドの高さだ。シアーズなみのプライドだというからな。

それはさておき、これ全部聴けるかな。ちょっと体力持ちそうもない。オーケストラを中心に聴いてみるか。

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電気河童の夢 7

2006-10-21 22:21:11 | 音楽

河童「この前銀座歩いてた?」

カパコ「んんん、あなた以外の河童と行くわけないじゃない。」

河童「おかしいな、ちょっと見かけたような気がするんだけど。」

カパコ「気のせいよ。」

河童「でも確かに見たんだ。人間しか行かないこようにはいるところを見かけたような気がするんだ。」

カパコ「河童違いでしょ。」

河童「そうかなぁ、あすこのお肉は超ステーキで、人間しか食べないはずなんだ。そうかやっぱり気のせいか。我ら河童だものね。」

カパコ「。。。。」

河童「でもやっぱり気になる。勘違いかもしれないけど、僕が目撃したときカパコは男人間と一緒だったんだ。」

カパコ「それって、やきもち?」

河童「いや、確かに男人間とカパコが超お肉食べにはいるとこ、みたんだ。」

カパコ「ちょっと、しつこいわよ。それっていつのことっ、アリバイあればいいんでしょ。」

河童「あれは僕が山野楽器でCDを買った日の帰りだから、先週の水曜日かな。その日は夕方なにしてたの?」

カパコ「いつも通り、XXスクールでゼミしてたわけでしょ。」

河童「いや、月一回水曜日休みの日があって、それが先週だったんじゃないのか。」

カパコ「。。。。。。愛してるわ。」

河童「ノンノン、今は事実の解明中。」

カパコ「ふんっ、わかったわよ。言うわよ。男人間と超お肉食べてデートしてたわよ。それがどうしたっていうのっ。」

河童「そうか、やっぱり間違いじゃなかったんだ。僕なんかと一緒のときと違ってとっても楽しそうだった。」

カパコ「あら、当然じゃない。あなたまだわからないの。」

河童「なにが?」

カパコ「あたし河童なんかじゃないの。女人間なのよ。男人間と女人間がステーキ食べに行って何が悪いのっ。」

河童「えっ、カパコは河童じゃなかったって。人間だったの?今の今まで知らなかった。」

カパコ「言うつもりはなかったけど、現場見られちゃおしまいだからね。」

河童「そうか。」

カパコ「ちょっとは悪いと思ってるわよ。」

河童「じゃぁ、今まで僕をだまし続けてきたわけだ。でもそのことはもういい。

でも、なぜ河童なんかとつきあったんだ?」

カパコ「ふん、遊びよ。現場見られなかったら今でも遊び続けてるわよ。」

河童「(オーマイガッ。これがナイトメアっていうやつか。)悪夢なら覚めてくれ。」

カパコ「現実よ。かぱおさん。これでおしまいね。」

河童「ちょっとまて、かぱお?僕はいつから、かぱお、になってしまったんだ。」

カパコ「彼と一緒のときは、あなたのことはかぱおって呼んでるの。人間界ではあなたは、かぱお、よっ。」

かぱお「大ショック。こうなったら皿がふやけるまで泣いてやる。僕が君を見かけたばかりに、そして追求してしまったばかりこうなった。出来ることなら死ぬまでかぱおをだまし続けて欲しかった。なんというナイトメア。こんな悪夢、夢ならさめて。」

カパコ「なにまだ馬鹿なこといってるのっ、昔の流行歌のせりふみたいなことはいわないでよ。もうお別れよ。」

かぱお「ちょっとまて、武士の情けで一つ教えてくれ。」

カパコ「私武士じゃないけど、なによっ。」

かぱお「カパコが女人間なら、もっとましな名前があるはずだろ。本当の名前を教えてくれっ。でないとこの悪夢から一生覚めることが出来なくなるかもしれない。頼む。」

カパコ「だめ、それは、ヒ・ミ・ツ」

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かぱおはカパコの寝返りで目が覚めた。

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ローマの雨 続報の続報

2006-10-20 00:04:04 | 音楽

ローマ歌劇場フェイク公演の続報の続報が、週刊新潮1026日号320円に載った。

見出しは、

朝日「詐欺オペラ」記事で

一転「広告掲載」の無節操

.

というもの。今回は1ページ3段とごく短い。

内容は、同公演冠会社の朝日新聞社に対してのもので、

1012日号ローマの雨のときは、新聞に広告をだしてくれなかった。

1019日号ローマの雨 続報のときは、新聞に広告をだしてくれないといいながらだしてくれた。

見出しなんてほとんど変わらないのになんで、という内容。

因みに、

1012日号ローマの雨のときの見出しはこれ。

「詐欺!悪徳商法!」

ファンを激怒させた

「朝日新聞主催」

ローマ歌劇場公演

特集

.

1019日号ローマの雨続報の見出しはこれ。

「詐欺オペラ」主催の朝日新聞が

「自分も被害者」だって()

特集

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確かにどちらも過激であまり変わらない。

統一基準があるんですか、というのが今回の続報の続報。

一番気になる単語は「詐欺」という言葉であり、朝日新聞としてはこのようなことをやるつもりでやったわけではないのだから抵抗があるのは理解できる。

週刊新潮今回の号では、広告収入激減を防ぐために背に腹はかえられず広告をだしたのではないか、と皮肉りながら文を結んでいる。

週刊誌にクラシックの同一話題が3週間も続けて載るのはミラクルではあるが、中身はクラシックなんかどうでもよくなっている。問題の主旨がワーグナーとコープランドほどかけ離れてしまった。

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それはそれとして、今週の週刊新潮にはもうひとつクラシックの話題が掲載されている。

見出しは、

「遅咲き巨匠」が83歳で

振る「ベートーヴェン」全曲

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素晴らしい。週刊誌同一号にクラシックの話題が二つも掲載されるなんてなかなか貴重だ。

こっちの話題は、12月にザールブリュッケンの放送交響楽団を連れて来日する指揮者ミスターSこと、

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

の話題。高年齢なのに頑張ってるという内容。

ミスターSは河童も来日毎に接している。去年の高速第九や、ブルックナーの素晴らしさ。80歳を超えても全く枯れない演奏が現代的だ。普通、年とともにダラダラとおそくなり空中分解みたいな演奏が多い中、彼の演奏は緊張感あふれる見事な演奏だ。

ここ1,2年の間で一番素晴らしかった演奏はブルックナーの第7番。彼がブルックナーを振ると、構造がライトで照らされたようになる。明確な第1,2,3主題の違い。経過句さえも転換フレーズでなく、構造の推移を音楽的に感じさせてくれる。彼の棒で7番を聴くと、あまりのクリアな構造解剖を行うため、第4楽章の構造的弱さ、主題の展開があまりみられないことによる他楽章との時間的配分のバランスの弱さ、がはっきりわかる。いいことだけではなく作品のダメなところまでクリアになる。

何年か前に、静かな悪友Sの知り合いがミスターSと朝比奈のブルックナーの演奏比較の話をしていたのを小耳にはさんだことがあった。曰く、

「彼が振ると全く空気がちがう。」

彼、とはミスターSのこと。朝比奈のブルックナーは生で聴いたことがないのでわからないが、ミスターSが振るブルックナーはホールの空気がかわる感じはよく理解できる。

これは演奏の内容もさることながら、それに立ち向かう聴衆の姿勢のことであり、音楽に集中させてくれるような空気、雰囲気、場、を作ってくれるような解釈なわけだ。

そこに存在するだけで奏者、聴衆、を三位一体にしてくれるもう一方の当事者である指揮者の役割は大きく、彼こそはそれを体現させてくれるということだと思う。聴く前から心構えがかわるし、奏者も同様だと思われる。

今回の来日公演はベートーヴェン全集であり、それはそれで聴きごたえがあると思うが、どうせならもう少し腰を落ち着けて、ブルックナー全集、でもやってほしい。ザールブリュッケンの腕も聴きものだ。

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ただ、この週刊新潮の内容はあまりにも不理解で稚拙な内容であるため、クラシックをかじっている人間はやり過ごし、誰も見ないと思う。

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バブル期 来日公演 1988-

2006-10-19 00:01:00 | 音楽

長々と書いてある1988年中盤068からのオーケストラ・オペラの来日公演。この時期はちょうどバブルの時代にあたる。(全項目一覧も参照)

数多のオーケストラ、オペラハウスが列をなして来日した。列をなさず並行して来日した。この倍の団体はきてるだろうし、とても全部聴き切れるものでもない。さらに室内楽、独奏者、などいれたら日本は一大超巨大音楽マーケットを形成していた。そして日本のオーケストラも日常的に活動していたわけだ。今考えると節操のない五月雨式な絨毯爆弾のようなものだ。

ビックネームの団体が来日してもだんだんと感覚が鈍くなり、イヴェント的なわくわく感はなくなり、初来日の団体もなんとなく何度目かの来日公演のような様相を呈してきて、聴くほうも区別がつかなくなってしまい、麻酔のようになってしまった。

まさに、これこそがバブル期にアルコールに酔いつぶれたまひ感覚そのものであったのかもしれない。オーケストラの特色、区別もつかなくなり、彼らの芸術的主張がどうであれ、知らず知らずのうちに自分自身が文化の平板化の波に飲まれてしまった。

それでも河童は通い続けるのだ。1988年はバイエルン国立歌劇場による第九で自分の世界を〆たのも束の間、1989年が続く。こんな状態が1990年代前半まで続く。とても全部書き切れない。1989年からのものは注目公演のみピックアップしてみる。が、このシリーズ物はちょっと一服して別の話をまた書いていきたいと思う。相変わらず昔話であるけれども。

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第九 バイエルン1988 -7-

2006-10-18 00:01:00 | 音楽

1988年来日公演もそろそろ終盤だ。もうひとがんばり。第九を6回やればミュンヘンに帰れる。この日はこんな感じ。

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19881210()19:00サントリーホール

ベートーヴェン作曲

交響曲第9番 合唱付き

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ソプラノ、アンナ・トモワ=シントウ

アルト、コルネリア・ウルコップ

テノール、ペーター・ザイフェルト

バリトン、ベルント・ヴァイクル

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ヴォルフガンク・サヴァリッシュ指揮

バイエルン国立歌劇場

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なかなかあり得ないキャストである。劇場来日公演のおかげである。

シントウはその10年前の1979年に、カラヤン/ベルリン・フィルの第九公演でも歌っている。あの普門館で。

スリムで見下す目つきにやられたものだが、10年も経つとすっかり丸く。その間の1980年代のメトでのばらの騎士などについてはまたいつか書くことがあるかと思う。

それよりも、第九の歌は神棚にあげて、オーケストラを聴いてみよう。オペラの熱気がいまだ冷めやらぬという感じで、熱いオケサウンド。と思いきや、

思わぬほど細めの音であったようだ。ワーグナーのうるさいドタバタサウンドを予想したがことのほか細めの繊細な音であったと記憶する。まず、ギーギーとうるさいフォルテはない。少し肩に力の入った細めの音。緊張なのか。音楽に余裕が感じられない。これはオペラオーケストラ特有のものなのか。オペラではよく最初は熱がはいらず演奏が進むうちに徐々に熱してくる場合がある。このオケは普段でもコンサートを行っているはずであるが、今回は来日公演で集中的にオペラをやりすぎて、矯正できなかったのかもしれない。演奏としてはいたって普通。おそらく六回目の第九が一番良かったと推測する。

サヴァリッシュの棒は几帳面でオーソドックス、奇を衒うこともなくありのままに進んでいく。日常的なトレーナーという意味ではどうなのか。練習風景を見たこともないので何とも言えないが、そんなにきつい先生ではないのではないか。サヴァリッシュはバイエルンを卒業した後、フィラデルフィア・オーケストラに移ったが、素人ではわからない万有引力の法則があったのかもしれない。

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ミサ・ソレムニス バイエルン1988 -6-

2006-10-17 00:01:00 | 音楽

バイエルン国立歌劇場は1988年の来日の折、軽くミサ・ソレムニスを2回。第九を6回やった。ミサ・ソレムニスは二つ目のほうに行ってみた。

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19881121()19:00

サントリー・ホール

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ベートーヴェン作曲ミサ・ソレムニス

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ソプラノ、ユリア・ヴァラディ

アルト、ゲルトルーデ・ヤーン

テノール、ペーター・シュライヤー

バス、クルト・モル

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ヴォルフガンク・サヴァリッシュ指揮

バイエルン国立歌劇場

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このときの来日公演ではペーター・シュライヤーの名前が目立つ。いたるところに出ている感じ。日本では、あまり動き回らないインテリ・テノールの歌曲の歌い手としての印象が強いが、このときは棒を振ったりとかなり忙しそう。我々が知っているのは側面だけなのかもしれない。

それはそれとして、この曲はトランペットの奥ゆかしい怒りの日、合唱の圧力、もちろん舞台に乗ったオーケストラも聴き逃せない。

結果的にはテノールともども合唱に埋没。合唱の威力の素晴らしさだけが印象に残った。まずはピッチの良さ。合唱の音程がこれだけそろえば、バカフォルテでなくても遠くまで響き渡るというものだ。

サントリー・ホールはそとづらはしゃれているが音はあまりよくない。ホールの響きがよくない。特に一階前方から中央あたりに座ると音が頭の上を通過してしまう。かといって後方だと上に傘がかかり、これまた極度に音が悪い。というよりも物理的に減衰してしまった弱い音になってしまう。どうしてこのような構造のホールを作ってしまったのかわからないが、建築に間違いはなかったのだろうが最後の〆で誤ったのだろうか。響きが全くまとまらないホールである。音像がこのホールのなかでの距離では焦点を結ばず、もう少し先のほうにある感じだ。そとのカラヤン広場あたりに。(この広場の名前、そろそろ変えたほうが良いのでは。陳腐すぎる。)

結局2階後方あたりが音も見晴らしも良く音楽を満喫できる。まとまりのない放射性の音ではあるが。

オペラではオケピットから上方にサウンドが上り、そこから聴衆のシートめがけて音が降り注がれる。合唱はいつも舞台の上であるため、今日のような場合とシチュエーションは同じである。オケの位置のみ異なる。このオケを威圧するサウンドのクリスタルな素晴らしさはどうだろうか。オペラの合唱団が束になると時としてこのような圧力を発揮する。

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