河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

1553- カルタ遊び、リストPf協1、ハフ、ショスタコーヴィッチ15番、シャルル・デュトワ、N響2013.11.30

2013-11-30 22:46:47 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月30日(土)6:00pm NHKホール
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ストラヴィンスキー カルタ遊び
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リスト ピアノ協奏曲第1番
 ピアノ、スティーヴン・ハフ
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ショスタコーヴィッチ 交響曲第15番
  8′、17′、4′、17′
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シャルル・デュトワ 指揮
NHK交響楽団
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ショスタコーヴィッチの15番、第2楽章の沈み込みが大変に素晴らしかった。曲想の表情だけでなく音色バリエーションが際立っており音の光と影がよく見える。作曲家の移ろいなのだろうか。頭の中の表情まで見えてくる。第1楽章のウイリアム・テルから始まり、この作曲家による聴く者たちへの脳内いじり。
第4楽章も引用から始まり弦のしなやかさとその後の混迷、ここら辺りは深い森過ぎていまだよくわからないところもあるけれど、ソナタ形式のように思える。引用だらけとはとても思えない深さだ。
ティンパニーのモチーフは第1楽章からこの第4楽章の最後の最後まで響き続ける。この曲の縁取りとなっている。弦のユニゾンのなかピアニシモながら壮麗なパーカッションエンディング。宇宙に吸い込まれていくような神秘の世界。音が空気にものすごい緊張感を送り込み一緒にブラックホールの中に消えていく。
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16-14-12-12-10、デュトワの弦編成は巨大だ。16型自体十分巨大だが、チェロとベースをさらに膨らませ、低音域をグーンと鳴らす。第1楽章は猛速な楽章であるため、低弦の機能性がポイント。N響の技は譜面通りを越えた技術の余裕のようなものがある。最大能力はまだ先にあるといったような余裕が感じられる分、他の国内オケとの間にまだ一線があるのはここらあたりだ。
このサイズで第1楽章をとばすとどうしても埃っぽくなったりするものだが、デュトワのコントロールのもときっちり整頓された弦群が圧縮された響きで動き回る。いつものN響らしくないといえば皮肉っぽくなるが、まぁそんなところ。曲自体15番まで来るとボテ系の厚さはあまり聴きたくない。オーケストラ全体の編成としてもアンサンブルやソロインストゥルメントの部分が多く、響き自体はしなやかなで単独ではむしろ薄いと思えるところが多発する。マーラーの9番なども同じような感じだ。
楽章のイメージは、ⅠとⅢ、ⅡとⅣ、それぞれの親近性。最初は9番のような感じで鳴る第1楽章だが、しだいに音楽の巨大性と聴く者の頭を混乱させるウイリアム・テル、軽装にみえてなんだか妖しくデカくなる、その気配。第3楽章はだいたいいつも通りの雰囲気の楽章なので、第1楽章が第3楽章寄りの表情なのが唐突的な要素が濃い。興味深い曲ですね。
デュトワの身振りはかなり大きいモーション。多発するインストゥルメント別3連符と2拍子。かなり明確に3連符を腕で棒で振る。腕棒とは別に身体の方は2拍子モードで動いているように見える。これも技か。デュトワにとってN響は手兵のように見える。思いのままの音だ。すごいね。
ショスタコーヴィッチの15番は、ジョナサン・ノット&N響のとき以来。
(2011.2.16)、(2011.2.17)
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音源ライブラリー (DS15)

前半一曲目のカルタ遊び。
デュトワはこの曲をうまく鳴らすツボを押さえているとしか言いようがない。引き締まったサウンドは少しドライだが響きはスッキリ。ストラヴィンスキーのフレーム感覚がよくわかる。面白いようによくわかる。N響はストラヴィンスキー、デュトワで良く鳴るんだ。
曲とオケ、それぞれのツボを押さえているということか。
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デュトワの好きな3曲構成のプログラミング。他の特に来日オケのようなときとして粗末なプログラムビルディングを見るにつけ、デュトワの爪の垢でも煎じて飲めと。デュトワは頑張り屋ですね。
前半2曲目のコンツェルト。感情を抑え、というよりそのようなものが存在しているのかどうかと思えるぐらい理知的でクリアさを出していくハフの演奏。個人的には好みです。
大胆に音を揺らして歌を感じさせる箇所もありますけれど、それは明確にしてクリアで粒立ちの良さの響きであり、むしろ生理的な快感をそのような要素に感じてしまうこちら側の感覚か。
リストも全部、この日のように全部整理されて演奏されたらそれはそれで快感と思うのだが。
おわり

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1552- マルシュナー、ウェーバー、ワーグナー、クリストフ・ウルリヒ・マイヤー、新日フィル2013.11.29

2013-11-30 01:41:39 | インポート

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2013-2014シーズン
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2013年11月29日(金)7:15pm サントリー
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マルシュナー 歌劇「吸血鬼」序曲
マルシュナー 歌劇「ハンス・ハイリング」より
       ゲルトルートのモノローグ
  ゲルトルート、藤村実穂子、メゾ
ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」より
       前奏曲と愛の死 8′、6′
  イゾルデ、藤村実穂子、メゾ
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ウェーバー 歌劇「オイリアンテ」序曲
ワーグナー 舞台神聖祝典劇「パルジファル」組曲
  クンドリ、藤村実穂子、メゾ
  前奏曲11′第1幕(バンダ付き)5′
  第2幕6′、6′
  第3幕5′、12′
  第1幕3′
  第3幕3′
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クリストフ・ウルリヒ・マイヤー指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
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お初の指揮者です。はじめまして。
最近あまり見かけない棒で、早い話が外見などどうでもよくてただひたすら音楽に奉仕していること自体が生きる道、もっというと日本で演奏することなんかもどうでもよくて眼中にない。かっている藤村さんがすすめるので来てみて振ったよ、そんな感じですね。劇場で棒を持って生まれてきたと言えよう。
10分の1速にするとクナッパーツブッシュの様な棒だな。
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それにしても長いプログラムだ。ご本人はもっと振らせてほしいのだろうね、きっと。
みんな許せばパルジファル全曲を2回でも振りそうな感じだ。
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マルシュナーの曲が冒頭2曲ならびました。が、そもそもこの作曲者の名さえ初めて見る。耳が痛くなるような曲ではなくてぶ厚い音を純粋に楽しめました。藤村さんのモノローグは慣れているようで、こなねれていて。
トリスタンはかなりの高速モード、劇場でやるときとは雰囲気が違うのかもしれない。切れ味鋭い藤村イゾルデが素晴らしい。指揮者の方は縦の線とか横の線とかあまり感心なさそうで、とにかく音楽はこうゆうふうにして流れていくのだよ、と言っている。
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これで後半のパルジファル組曲でお腹いっぱいになるはずだが、なんと後半一曲目にオイリアンテの序曲を置く。そしてパルジファル組曲へ。なんとも贅沢な一晩です。
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藤村の歌は第2幕の2つのシーン。場面転換の音楽は最後にもう一度、計2か所となるのでプログラム記述は誤りと思われる。
指揮者自身の編曲によるもので、構成は上記のプログラムに書いたタイミングのところをご覧ください。
第1幕にはバンダが出ます。全体にパルジファルの壮麗でロマンチックな雰囲気が良く出ている。情に流される部分。
私の定席は舞台に近いのでリアルに見えるのです、藤村さんの右手。
歌のコツとか、譜面全部覚えといったあたりの秘密はもしかしてあの右手にあるのかなと思えなくもない。右手を下向きに開いて上から蛇口を回すような感じ、指の一本ずつが、なにかピアノを弾く感じ、そうとうな圧力で空気を握り回しています。あのモーション、なにか秘密ありそうだ。
冷たい火のクンドリですが、理知的な歌で満足。
指揮者のマイヤーはバイロイトは一回だけのようですが、これからたくさん世に出てくると思われます。
おわり

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1551- バービイ・ヤール、ヘスス・ロペス=コボス、都響2013.11.28

2013-11-28 23:49:41 | インポート

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2013-2014シーズン
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2013年11月28日(木)7:00pm サントリー
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トゥリーナ 闘牛士の祈り(弦楽合奏版)
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ラヴェル スペイン狂詩曲
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ショスタコーヴィッチ 交響曲第13番「バービイ・ヤール」
 バス、ニコライ・ディデンコ
 男声合唱:二期会合唱団
 14′ 7′ 12′ 12′ 13′
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ヘスス・ロペス=コボス 指揮
東京都交響楽団
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コボスの人気は日本では冴えないが、日本での初リング、シンシナティとのハイレベルなCDなど実力は人気の10倍ぐらい。マーラーの3番のアメリカ初演を行なったシンシナティ響との、そのマーラー3番、テラークのむき出しのトロンボーンの音を克明にとらえたテラークの録音ともども印象が深い。
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コボスのバービイ・ヤール、なんで一晩だけなの?という贅沢な不満が出てきてもおかしくない。都響の一晩だけの演奏会スタイル、なんとかなりませんかね。
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バービイ・ヤール、しびれました!!
第1楽章のムソルグスキー的な叫び、第2楽章の典型的なショスタコーヴィッチ・スタイル。これらの対比が素晴らしく明快。ブラス、太鼓、バスの合唱、この3つの縁取りが素晴らしい。
独唱バスはそれほど強調されない。レイフェルクスの圧倒的な独唱が以前、ありましたけれど、歌い手もさることながら指揮者の方向方針がだいぶ異なる。
第5楽章は、15番が間近と思わせてくれる。
全般に深刻モードはあまりなく、都響のツルツルしたサウンドが流れていく。むしろ絶対音楽のように聴こえる。コボスは局所の深彫りはせず音楽は停滞しない。独唱合唱つきでありながらシンフォニーとしてのイレギュラー感を持たせないし、かといって深刻なシンフォニーでもない。よく流れて妙に暗くない。照らされた明るさの様なものが舞台を包む。ですので、この曲の印象としてはそれぞれ感想があるかとも思われます。
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前半のスペイン狂詩曲、素晴らしい、指揮者の指示がいきとどいている。ダイナミックレンジ、音色バリエーション、いろいろ楽しめました。
ありがとうございました。
おわり

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1550- ショスタコーヴィッチ、交響曲第15番、河童ライブラリー

2013-11-25 01:24:16 | インポート

ここにあります。

http://kappamethod.blog.ocn.ne.jp/kappa3/ds15lib.html
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この交響曲は大好きなのですが、所有する音源は25種だけです。うち8個がザンデルリンクで、あまりその気にならなくてもこれだけあるので、彼がいかにこの曲に愛着があったのかよくわかる。
25種のうちどれか一つを、と言われたら、ザンデルリンク&クリーヴランド管です。神秘的で音楽が深く沈んでいきます。

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1549- トリスタンとイゾルデ、ミュン=フン・チュン、東フィル2013.11.23

2013-11-23 23:29:41 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月23日(土)3:00-7:30pm オーチャード
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ワーグナー トリスタンとイゾルデ (コンサートスタイル、日本語字幕付き)
 Ⅰ 12′+66′
 Ⅱ 64′
 Ⅲ 67′+6′
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トリスタン、アンドレアス・シャーガー (T)
マルケ王、ミハイル・ペトレンコ (Bs)
イゾルデ、イルムガルト・フィルスマイヤー (S)
クルヴェナール、クリストファー・モールトマン(Br)
メロート、大槻孝志 (T)
ブランゲーネ、エカテリーナ・グバノヴァ (S)
牧人/若い水夫、望月哲也 (T)
舵手、成田博之 (Br)
合唱、新国立劇場合唱団
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ミュン=フン・チュン 指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
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シーズン真っ盛りと言う感じです。
混ざりっ気のない演奏会形式ですので、高濃度、高品質のワーグナーを聴くことが出来ました。ミュン・フン・チュンの振るオペラをはじめて観たのはメトでのシモン・ボッカネグラ(1986.3.19)でした。それ以来何度か彼が振るオペラに接しているはずですが、ワーグナーものは初めて観るような気がします。
非常に高濃度で緩みのない演奏。このオペラで国内を転戦したあとの最後の日。素晴らしく引き締まったいい内容でした。上演だとたとえば、イゾルデによる愛の死の絶唱は、直前からの流れがやや短絡的と感じるのですが、そのような性急感もなくきっちりまとめあげた。演奏会形式のメリットを最大限発揮できた内容でした。
この11月クラシック演奏会まっただ中にあって出色の出来だったと思います。(11月は他のオケ、団体などみんな出色!)
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歌はイゾルデのフィルスマイヤーが圧倒的。日本人とは体格も歌も異なります。ものすごい音量で、若くて怖いもの知らずの猪突猛進型、フレーズを切ってどんどん先に進めていく、劇的な歌で「ジークフリート」でのブリュンヒルデあたりがちょうどいいかと。来年ライプツィヒでエレクトラ・デビューするそうです。
息が切れたらどうなるのだろうという心配は際どさのスリルへと変わる。息切れしません、あんな全力投球型イゾルデ、見たことありませんね。トリスタンを押し倒す圧倒的女性上位。イゾルデとトリスタン、タイトルはこのように変えた方がいいかもしれません。全体雰囲気が彼女の歌で形作られてしまった!
男性陣は洗練されていて落ち着きがあり格調が高い、言葉を換えると線が細い。イゾルデを前にじたばたしても無駄とその気配で感じ取ったのかもしれません。
逆にイゾルデがういているともとらえられるわけで、彼女を別にすれば概ねバランスのとれた高レベルのソリストたち。
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オーケストラは第1幕後半が特に輝いていてよかった。このオーケストラはブラスまでオペラの歌心を自分のものとしていて気持ちよく流れる。
ミュン・フン・チュンはあまり極端な劇的棒は取らないが、オペラ特有のチリチリしていくような音楽の焦がし、じりじりと迫る。だから気がつくと第1幕のブラスのエンディングなど、はっとするような猛速になっていたりする。この流れが第2幕の冒頭を形作る。息の長い音楽というのはこのような場合にもあてはまると納得。オペラのツボを心得ている。
夜の第2幕は演奏会形式では雰囲気が出ませんが、ずぶずぶにならず停滞することなく進んでいき、ワルキューレ式、パルジファル式の第2幕エンディングまで緊張感を保っておりました。
第3幕のイゾルデ、マルケ王、到着までの時間の長さ、これも演奏会形式特有の雰囲気で、結構長く感じる。舞台ならそのあと一気にバタバタするのですが、演奏会形式では人の動きが無く落ち着いて楽しめる。指揮者のまとめあげも大したもんです。
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充実した内容でした。ありがとうございました。
おわり

コメント (2)
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1548- ショスタコーヴィッチ、Vn協2、諏訪内晶子、チャイコフスキー5番、トゥガン・ソヒエフ、N

2013-11-20 22:59:58 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月20日(水)7:00pm サントリー
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リャードフ 魔の湖
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ショスタコーヴィッチ ヴァイオリン協奏曲第2番
 ヴァイオリン、諏訪内晶子
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チャイコフスキー 交響曲第5番
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トゥガン・ソヒエフ 指揮 NHK交響楽団
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先週末に続きソヒエフの棒。ソリストは先週のベレゾフスキーに続き同じく同年チャイコフスキーコンクールを制覇したヴァイオリンの諏訪内。豪華と言えば豪華だなぁとあらためて思う。
ソヒエフは先週も今週もオール・ロシアもの。
前半のコンチェルトは、交響曲で言うと13番と14番の間。だいたい雰囲気分かる。
冷徹さよりも済みきった暗さのほうに軸足が移りつつある。作為的なものを感じるところもある。作曲の為の曲みたいなところがあって、自然に作っていればそんな風にはならないだろうという感覚ですね。技巧の為の技巧。哲学のための哲学。
曲を味わうためには諏訪内の安定感が必要。彼女の安定した技巧と滑らかで骨太なサウンドが大きく寄与していると思う。帰ってCD探して聴いてみようかなと思わせてくれる。
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後半のチャイ5は、もういいというぐらい聴いている。
おわり

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1547- ドヴォルザーク、夜想曲、マルティヌー、ob協、スーク、アスラエル、フルシャ、都響、2013.11.19

2013-11-20 01:45:24 | コンサート

2013年11月19日(火)7:00pm 東京文化会館

ドヴォルザーク 弦楽のための夜想曲

マルティヌー オーボエと小オーケストラのための協奏曲

スーク 交響曲第2番 「アスラエル」 17′8′11′9′13′

ヤクブ・フルシャ 指揮 東京都交響楽団


スークのアスラエル、あることすら知らない交響曲で、響き具合など想像もつかなかった。
アスラエルとは死を司る天使と言う意味らしく、周りに起きた不幸を引き金に作られたよう。非常にダークで、閃きの作とは言い難いものの説得力はある。
タイミングは上記に書いた通り。第3楽章までが第1部、以降第2部。2部構成の曲で、交響曲となっているが、交響曲で使用する素材を使ったオーケストラルピースととらえた方がわかりやすい。
ウェットで深刻な音楽だ。譜面のないフルシャの棒はこの曲に対する共感以外の何ものでもないし、見知らぬ曲に空中分解しない都響も素晴らしい。双方のコンセントレーションが心地よい。両者が真正面から立ち向かっていると聴衆サイドも自然と同じベクトルとなるものだ。
そうではあるのだが、覚えられる節(ふし)が無いというのはこの時代の音楽としてはかなり厳しい。シンフォニックな構成感で際立っているとは言い難いので、深刻さで押し通すのはかなり厳しいものがあるのも事実。塗り込められた悲しさを味わうべき作品なのだから、と言われればそれまでですが。


前半のコンチェルトは、ピアノやチェロの協奏曲に比べると魅力が一段落ちる、というのはこちらの勝手な言い分で、どうしてもマルティヌーにフィリップ・グラスのいわば原始風味のミニマル的なものを感じ、求めてしまう為、そのような聴き方になってしまっていて曲に対するイメージとか要求もそんな感じになってしまっているから。
その観点で言うと魅力が一つ落ちるということです。
シンプル作風なら初期のニッポナリのような曲が好みです。コンチェルトならチェロ協奏曲、1番だけでなく2番も好きです。

この日のようなプログラム構成の演奏会はなかなか無くて、崖っぷちではない右と左の山に囲まれた平野にいる感覚で聴くことが出来ました。
おわり

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1546- ラフコン2、ベレゾフスキー、プロコ5、ソヒエフ、N響2013.11.16

2013-11-16 19:32:45 | インポート

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2013-2014聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月16日(土)3:00pm NHKホール
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ボロディン 中央アジアの草原で
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
 ピアノ、ボリス・ベレゾフスキー
(encore)ラフマニノフ 10の前奏曲OP23より第5番
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プロコフィエフ 交響曲第5番
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トゥガン・ソヒエフ 指揮 NHK交響楽団
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お初でお目にかかる指揮者です。棒さばきが軽く、力みのない省エネモードの棒さばきにみえました。

ベレゾフスキーは久しぶりに見ました。見た目の洗練無縁のようなところは変わりありませんね。一頃、CDなんかもたくさん買って聴いたりしていましたが最近はご無沙汰でした。
なんだか気のせいか右手が強いような気がしました。全体としては繊細さが出てきた演奏だったように思います。いい演奏でした。
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後半のプロコフィエフ、弦のユニゾンをはじめ滑らかな弦を前面に出し、次にウィンド(ホルン含まない)、ブラス(ホルン含む)は一段レベル落ち、と言うのがこの曲を聴くとよくわかる。
弦の美しさは格別でした。
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別件、
NHKホールにおける定期公演の高年齢層聴衆の比率は高く、というか早い話年寄りだらけです。この日見た異様な風景、換言すると、もどかしいかな日常風景ということになってしまうのですけれど、
ホール内通路の階段から座席の隙間に転げ落ち動けなくなっているご老人、酸素注入器?をつけて威張り散らしながら闊歩するご老人、平面の床につまずき転ぶご老体。
自分も遠くない将来、同じような老体になってしまうのだろうとは言え、ここまでボロボロになってまで聴きに来なければいけないものなのか。そろそろ若者たちに潔く定席をゆずったらどうだろう。聴衆には世襲制かどうかは知らないけれど、代々同じ席を確保し続ける人もいるらしく、若者に譲られるのであればそれはそれで問題はないのかもしれませんが硬直化したものとなる。
世襲制禁止、一定年齢以上は年間サブスクリプション購入禁止、何年かに一度は真っ新にしてガラガラポンする、などなにかアクションが必要と思います。
N響の公演は人気があり、その理由はさまざまなのでしょう。ステータスシンボルのようになっていたり、もちろん極上プレイヤーの招聘などは悪い話ではありませんが、補聴器つけないと聴こえない人もおり、いちいちああでもないこうでもないといいだすときりがないのでやめますが、個人的に感じていることを一つだけ言いますと、NHKホールのホワイエはあまりにスペースがありすぎてまるで広大なレストラン、はたまた井戸端会議にベストな場所となってしまっていて、音楽が好きなご老人の憩いの場所にこれ以上相応しいところはない。もう一つの定期の場所サントリーでは猫の額より少し広いだけのスペースしかなく、憩いの場所にはなりえてない。だからかどうか、老人比率は見た目にもNHKホールよりは低い。
NHKホールは散歩がてら、渋谷や原宿から向かうのもよし、スタジオパーク行きバスでいくのもよし、苦にならない散歩と憩いを楽しめるナイス・スポットなのです。
ホワイエを無くせば自然と硬直化は少なくなる、といつも思っています。叩かれるでしょうけど。(私も年寄り)
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お金が余りすぎている方であれば、ライブは自前の室内楽アンサンブルを雇い、作曲家にジークフリート牧歌のような小品を作ってもらい、相応な場所で鳴らしてもらい楽しむ、老人ホームの話しではありません、音楽の愉しみ方を広げてみるということです。例えばの話しこのような楽しみ方もあるのではないかと思う。
とにかくスローな人々の流れ、長蛇のトイレ、スローモーションのような動かない場面がNHKホールでは展開されている。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は老後の楽しみにとっておく、といった言葉を聞いたことがあります。でも、老後では耳が聞こえなくなってしまい聴けないかもしれないのです。定年退職で仕事をしなくなって余暇で演奏会通いをようやく始めることができたという人もいるかもしれません。それはそれで悪くはありませんが、身体が活性化していた仕事バリバリの若い時代に聴くと癒しが血肉になり次のステップの踏み台にもなる。若者や壮年層に譲るときです。
おわり

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1545- シモン・ボッカネグラ、今年も神様棒のネルロ・サンティ、N響2013.11.10

2013-11-10 20:43:24 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月10日(日)3:00-6:05pm NHKホール
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~ヴェルディ生誕200年~
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ヴェルディ シモン・ボッカネグラ
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演奏会形式・字幕付き
プロローグ 28′
第1幕 56′
インターミッション 30′
第2幕 29′
第3幕 28′
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シモン、パオロ・ルメッツ Br
マリア/アメーリア、アドリアーナ・マルフィージ S
フィエスコ、グレゴル・ルジツキ Bs
ガブリエレ、サンドロ・パーク T
パオロ、吉原輝 Br
ピエトロ、フラノ・ルーフィ Bs
射手隊長、松村英行 T
侍女、中島郁子 Ms
合唱、二期会合唱団
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ネルロ・サンティ 指揮 NHK交響楽団
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妙な話だがシモンの序幕には心躍るものがある。弦のダークブルーな縞模様サウンド、そしてヴェルディの万歳リズム。ワーグナーなら割愛して幕中に前史として長々と語らせてしまいそうなプロローグではある。
このあとの幕は四半世紀後となるので場面転換向きではないし、無くてはならない話だし、ヴェルディの性格といったものが出ているのだろうか。ほぼ30分に及ぶ長大なプロローグで実質4幕仕立て、カミタソを思い起こすようなところもある。
このオペラはこのプロローグが、物語が動き始める起点としてありながら妙な静寂感があり、そして張りつめた緊張感、これがうまく出れば、全体がばっちりと決まる。
プロローグのあとには休憩が欲しい。出来ることなら休憩はそれぞれの幕間で計3回欲しいところ。上演の場合でも最近は幕を繋げてしまうことが多くちょっとしんどいときもある。記憶ではゲルギエフ&キーロフのロシアもの公演のあたりから強く感じるようになって、さらに新国立では半ば常態化している。演出の一部だといわれればそのようなものもあるかもしれないが個人的には不満。この日のシモンは上記タイミング通り、休憩前と後でかなり異なりアンバランスとなってしまった。このオペラでプロローグと第1幕あわせ約1時間半の緊張を持続して聴くのは心地よいとばかりは言えない疲れがでるのも事実。文字通り、聴くだけなのだから。舞台は無い。
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にもかかわらず、だ。
サンティの神様棒は一体どうゆうことか、聴衆の心を操る魔術師に譜面は不要とはいえ、シモンを譜無しで全て振り終えるなんていうのは神様にしかできないだろうな、やっぱり。
超暗譜棒。
プロローグにおける緊張感と言うのは、素晴らしい指揮者が今ここにいること、からくるのとは少し違う。やはり息を吹き込まれたこのオペラの緊張感を最大限出し尽くしている、曲自体の張り詰めた空気そのものだったように思います。
緊張のあとに弛緩はこない。第1幕は一気に25年飛ぶが、プロローグの緊張感がそのまま継続。この幕は二つに分かれているのだが、どちらも劇的な内容であり気持ちを緩める時がこない。
サンティの暗譜棒は、歌を導入する入りのタイミングが絶妙で、指揮者自身が歌と楽器の両方を口ずさんでいるような錯覚に陥る。
心理描写にすぐれたオペラをこれほど流れるように、かつドラマチックにさばいていく指揮には唖然。また、コンサートスタイルであるため演奏も高濃度に圧縮されていく。第1場の三重唱、二重唱はこのようなオケ伴奏のもと劇的で精緻な歌で素晴らしく、圧倒されました。歌い手たちは高レベルに均等でバランスが良く見事なアンサンブル。バス、バリトンは特にバランスよく秀でたものがありました。舞台をイメージして歌っている様がありありとわかる。アメーリア役のサンティの娘さんがもう少し自己主張を大きくうならせればさらに良い重唱になっていたと思います。ちょっとドライかな。
響きがほとんど腰より下、みたいなオペラなのでソプラノはもっと鳴らしていいと思います。ウェットであればさらによい。ついでと言ってはなんですが、プロローグからのストーリーの流れは複雑で、字幕スーパーにはセリフだけでなく、役どころの名前を入れてくれればなおよかったと思う、わがまま、いいだせばきりがない。
いずれにしても、長丁場のプロローグ、第1幕第1,2場、堪能しました。

ここで30分のインターミッションとなりましたが、気持ち的には緊張オペラがほぼ終わりちょっと緩み。あとは流して聴けるというのもやはり妙な言い方ですが、緊張感慣れした時間帯に至ったということです。
第2,3幕は、オペラのストーリーの力もさることながら、サンティの醸し出すピアニッシモの緊張力が覆いかぶさる。ソリストたちがサンティに吸い寄せられていくさまがまざまざと見て取れる。歌いながら畏敬の念まで見えてくるとはサンティはやはり神なのだろう。昔、メトで彼を見たときはあまり感じなかったのだが、あすこでもサンティは特別な存在のようだ。彼の歴史を縦ではなく流れに沿って俯瞰すればなにか見えてくるものがあるのだろうと思う。
何かの本で見たが同じイタリアの指揮者ジュゼッペ・パタネは250ぐらいのオペラを暗譜していたそうだ。サンティはどうなのだろうと思う。暗譜という行為が技術的、記憶力的ほめ言葉としてではなく、血肉になっているということか。切れば滴るオペラの嵐。生きていく上でなくてはならない血肉であるとすれば、彼は振りつづけなければならない。
聴衆の拍手は自然と神棚を拝むような形になっている、すごいことだ。
おわり

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1544追補- 都響会員と楽員の親睦パーティー2013.11.9

2013-11-09 23:50:00 | インポート

2013年11月9日(土)3:45-5:15pm
東京芸術劇場 2階 cafe奏(かなで)
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都響会員と楽員の親睦パーティー
~マエストロ・インバル指揮者デビュー50周年ならびに新マーラー・ツィクルスの成功を祈って~
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都響の定期を半期分初めて買って親睦パーティー出席の抽選を申し込んだらあたったので、買ってなかった夜の歌のチケットを購入し、それを聴いた後、パーティー出席と言う自分にとっての2部構成。
マエストロのお話から始まって、立食で出席者たちとわきあいあい、サインをしたりクイズをしたりと、あっという間の1時間半でした。
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色紙にサインをもらいました。それと昔のプログラムを持ってきたのでそれにもサインをしてもらいました。この昔のプログラムは都響のものではなく日フィルのもの。
「おぉ、あーいつだったか、あーあれネ、ふーん」結構そっけない。
1977年6月18日(土)7:00pm 東京文化会館
モーツァルト 交響曲第40番
マーラー 交響曲第1番
エリアウ・インバル 指揮
日本フィルハーモニー交響楽団
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当時の表記はエリアフとエリアウ両方あったと記憶。このプログラムではエリアウとなっている。またこの日の演奏はNHK-FMで放送されている。(GM1は持っている)
NHKは当時のヘッセン放送の録音テープを多量にFMで流していたわけですが、みんな音が良質で色で言うとグリーンっぽく、うなじを流れる髪のようなしなやかなフランクフルトのサウンドが今でも耳に浮かぶ。
この時代、フランクフルトと大地の歌などもやっていたので、ほかの面白い時代音楽たちとともにマーラーも昔から共に有ったということですね。

指揮生活50年と言うことは、1963年からということになるのでしょうか、長い指揮者生活だと思います。売れれば売れるほどあちこち飛び回りで大変。
フランクフルト放送交響楽団が日本初来日したときの指揮者はインバル、このコンビのマーラーは、まさにマーラーいわく、私の時代がきたということを、私と言う単語をむしろマーラーではなくインバルと置き換えてもいいぐらい光り輝く自信に満ちたサウンドであったわけです。
色々なことを思い出させてくれた楽しいひと時でした。ありがとうございました。
おわり

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1544- マーラー7番、夜の歌、エリアフ・インバル、都響2013.11.9

2013-11-09 23:16:39 | インポート

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2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月9日(土)2:00pm 東京芸術劇場
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マーラー 交響曲第7番 夜の歌
 Ⅰ 22′
 Ⅱ 15′
 Ⅲ 11′
 Ⅳ 12′
 Ⅴ 17′
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エリアフ・インバル 指揮
東京都交響楽団
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3:45-5:15pm 東京芸術劇場 2階 café奏(かなで)

都響会員と楽員の親睦パーティー
~マエストロ・インバル指揮者デビュー50周年ならびに新マーラー・ツィクルスの成功を祈って~
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都響の定期を半期分初めて買って親睦パーティー出席の抽選を申し込んだらあたったので、買ってなかった夜の歌のチケットを購入し、それを聴いた後、パーティー出席と言う自分にとっての2部構成。
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インバルのことは自分の中では、フランクフルト響までの思いが強く、だいたいあすこらへんで燃焼が終わっている。バブル終焉期のころですね。それ以来、好き嫌いの範疇ではなくなっている。とりあえず1977年の日フィル客演公演のプログラムを色紙代わりに持参。
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マーラーが、自分の時代がいつか来る、と本当に言ったかどうかわからないが、たしかに彼の時代は来て、かれこれ50年ぐらい経つのではないだろうか。複雑サウンドを高性能オケでこなしていく今の時代にこそ彼の曲は相応しいのだろう。
でも、これはないかな。
11/8 夜の歌 ダニエル・ハーディング&新日フィル
11/8 夜の歌 エリアフ・インバル&都響
11/9 夜の歌 ダニエル・ハーディング&新日フィル
11/9 夜の歌 エリアフ・インバル&都響
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これなどは、自分の時代が来た」典型的なケースで、地域を広げていくと同じようなケースがあちこちにあると思う。マーラーがブレークしてから50年ぐらい、いまだブレークし続けているということなのだろう。けれども、まぁ与えられた 配膳に従うか。マーラーに言わせれば、これのどこが問題なの?ということかもしれないし。
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この前の悲劇的(2013.11.3)でも感じたことだが、演奏に締まりが出てきて、言葉はよくないかもしれないが大衆受け路線から、昔の演奏のようなフレーム感覚に優れた演奏に回帰してきているのかなと思った。前日(2013.11.8)のハーディングのホップステップジャンプの演奏ではなく、いたってオーソドックスで正面から切り込んでいる。自然体で歌わせているようでいて都響に滲みこんでいるインバルのマーラーをあらためて原点回帰させたようなリフレッシュでいい演奏だったように思います。
都響の音は清らかに流れる。気張っているようには見えず、従ってかなり高精度なスキルで周波数の合っている波形が見えるようだ。
この7番においても清らかなサウンドは変わることなくホール全体に響き渡る。昔の日本のオーケストラとは様変わりした。変われば変わるものである。
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親睦パーティーに続く。
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1543- マーラー7番 夜の歌、ダニエル・ハーディング、新日フィル2013.11.8

2013-11-08 23:12:23 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月8日(金)7:15pm トリフォニー
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マーラー 交響曲第7番 夜の歌
 Ⅰ 20′
 Ⅱ 16′
 Ⅲ  9′
 Ⅳ 12′
 Ⅴ 16′
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ダニエル・ハーディング 指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
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16型、概ね3管。
ハーディングをこれまで何度も聴いてきているわけですが、その演奏解釈から推測するとだいたい細部に光りをあて、アバド風なしゃくりあげなども交え、湿度の高い夜になりそうな気配であったわけです。でも先入観はやはりいけなくてこれほど逆位相の表現になるとは思ってもみませんでした。
実測のタイミング合計でいうとそれほどではありませんが、第5楽章のとち狂い猛速には唖然。
これまで聴いたどの演奏よりも速かった。と自分の音源ライブラリーをあとでみてみたら、案の定ほぼ最速の演奏グループに位置していました。この第5楽章はクレンペラーと比べると8分短い。こうなるとタイミングの比較のもつ意味も別位相の議論になるのかと実感。
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演奏は第1楽章から始まるわけで、その時点では特に無くいつも通りの演奏でどれほど細部に光りをあてて、それでいてあまりやにっこくならない演奏を頼む、という感じで聴き始めたのではあったのですが。
いつもと雰囲気が違うなぁと、そもそも第1楽章は縦に突き刺す重い響きがメインで流れるような音楽ではないわけですけれど、あまり深く突き刺さらない。重心があまり下がらない。重く感じるとすればそれはむしろプレイヤーのスキルに負うところが少なからずあるからだと思います。それはそれとして。
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この曲は第10番のように第3楽章を中心にしてその前と後を対称的にみれなくもありませんが、音楽のムードとしては第4楽章の後半は第5楽章の先出しの雰囲気が強く、さらにこの日のハーディングの演奏のように、第2楽章あたりから徐々に飛ばし始めていると、先出し感はますます濃厚で、対称性などと言うものは崩れており、崩れと言うのは言葉が悪く、むしろ第5楽章の提示部の雰囲気を醸し出していると言える。この音楽の流れの持って行き方は、大変すばらしい正解な解釈であると言えます。もちろん、猛速終楽章を暗示しているということにおいてですが。ですから、交響曲は時間の流れを感じることと、構築物としての感じ方も必要だと強く言えるわけです。この日のバランス感覚は、これはこれでシンフォニックな演奏の一つの解釈であったように思います。
終楽章のほぼ遊び状態のめくれまくる音楽の喜び。ホップステップジャンプ、どこまでも。いけるところまでいっちまおう。そんな感じで爆速しまくる。まぁ、生演奏で聴ける醍醐味、ここに極まれりといったところです。
ブラスがその引き延ばしを鮮やかにきめて〆る。演奏は終わったのに音楽はいまだ突き進んでいる、そのような錯覚さえ思わせる、怪演、に近かった。
思ってもみなかったハーディングの演奏でした。
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【タイミング参考値】
ハーディング実測値:20′16′9′12′16′
クレンペラーapprox:28′22′10′16′24′
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おわり

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1542- ヴェルディ、レクイエム、ニコラ・ルイゾッティ、東京フィル2013.11.6

2013-11-06 22:49:34 | インポート

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2013-2014シーズン
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東日本大震災追悼公演
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2013年11月6日(水)7:00pm サントリー
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ヴェルディ レクイエム
 レクイエムとキリエ 10′
 怒りの日 35′
 主イエスよ 10′
 聖なるかな 2′
 神の子羊 6′
 久遠の光が 6′
 私をお救い下さい 13′
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ソプラノ、アイノア・アルテータ
メゾ、マーガレット・メッザカッパ
テノール、フランチェスコ・デムーロ
バス、フェルッチョ・フルラネット
合唱、藤原歌劇団合唱部
合唱指揮&副指揮、ジュゼッペ・サッバティーニ(サバティーニ)
指揮、ニコラ・ルイゾッティ
管弦楽、東京フィルハーモニー管弦楽団
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ルイゾッティは閃き型の棒のように見える。即興の棒とは少し違うと思いますが、練習・本番ともにある程度自由度をもたせ演奏表現に幅が出るようにしている。そのような自由度棒という理解がプレイヤー側にあれば、本番で多少強引に閃いても、きっちりついていくというか、むしろはっとするような演奏となり、新鮮な趣きが聴く方にも伝播してくる。そんな感じです。
第1曲レクイエムはこれ以上ないピアニシモ開始。このあたまの表現だけでもう才能が溢れだしている。聴く側にものすごい緊張感を強いる表現です。異形の怒りの日との対比がこれから現われるだろうと期待せずにはいられない素晴らしい表現だと思います。
そもそも第2曲の怒りの日のアンバランス感も含め、人間業とは思えないヴェルディ異形のレクイエム、こうゆう曲にこそ自由度を高めたルイゾッティのような棒が俄然、弾力性があり新鮮で迫力満点。
怒りの日は大爆発で全身全霊この第2曲に込めた。ものすごいダイナミックレンジで圧倒的迫力。ヴェルディの力がみなぎる。
ここが終われば半分終わった感じになり、あとは楽。
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ルイゾッティの棒は性急なところがなく基本的に、歌う流れを作る。
極度にゆったりしているわけでもないのに、ふくよかな流れで好ましい。自由度の高い棒なのだが急き立てるようなところもない。そうゆうこと以外でドラマティックな音楽仕立てにしていく。ヴェルディのとんでもない曲がルイゾッティの演奏でさらに磨きがかかり、好演となりました。
ルイゾッティは、今はサンフランシスコのオペラハウスにいるようだが、活躍の場を広げていけるようその頑張りを見守りたいと思います。
4人のソリストはバランスよく、ハーモニーも美しいものでした。このなかで以前聴いたことがあるのはたぶん、フェルッチョ・フルラネットだけだと思います。彼を初めて聴いたのは、1984.10.27メト、サンティの棒で「リゴレット」のスパラフチーレ役でした。
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それから、合唱指揮&副指揮のサッバティーニは、コントラバスやめてテノールやめて指揮を活躍の中心に移したということなのかな。個人的には彼の歌は好みでした。
おわり

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1541- シベリウスVn協、レイ・チェン、ブルックナー4番、ユベール・スダーン、東響2013.11.4

2013-11-04 19:01:12 | インポート

2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン

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2013年11月4日(月)2:00pm サントリー
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シベリウス ヴァイオリン協奏曲
 ヴァイオリン、レイ・チェン
(encore)パガニーニ 24のカプリスより第21番
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ブルックナー 交響曲第4番 (ノヴァーク編纂1878/80年版)
 18′ 15′ 10′ 22′
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ユベール・スダーン 指揮
東京交響楽団
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レイ・チェンのヴァイオリンは肉太サウンドで明快でクリアなフレーム感覚が新鮮。曖昧なところが無いのが良い。この複雑で感情に流されないシベリウスにはうってつけ。
第2楽章の様に音を一つ一つそこに置いて次に進む、情感の漂いはこちら側のことかもしれない。このような演奏の方が自分としては積極的に曲に入り込むことが出来て、好みだ。
透徹したサウンドは鋭さとはやや異なるかもしれないが、興味深く楽しませてもらった。
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後半のブルックナー。どうも両端楽章の第2主題が速すぎる、特に第4楽章の第2主題のティンパニの叩きはマーラーの雑踏表現に近い、同じく第3主題は、ブルックナーのイディオムとは言えないであろう。
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ものすごくヘビー級でいいプログラムだと思いますが、前半と後半の落差が大きすぎる。
おわり

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1540- ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番、河村尚子、新世界より、ビエロフラーヴェク、チェコ・フィ

2013-11-03 23:26:00 | インポート

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2013-2014シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから
2013-2014シーズン
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2013年11月3日(日)7:00pm
ミューザ川崎シンフォニーホール
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グリンカ ルスランとリュドミラ、序曲
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
 ピアノ、河村尚子
(encore)ショパン(リスト編) 私の愛しい娘
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ドヴォルザーク 交響曲第9番 新世界より
(encore)
ブラームス ハンガリー舞曲第5番
ドヴォルザーク スラヴ舞曲第3番
岡野貞一/イルジー・カラフ編 ふるさと
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イルジー・ビエロフラーヴェク 指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
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ローカルとかインターナショナルといった言葉を越え、自分たちの音を決して忘れない、いつも覚えている。
水面(みなも)を流れるせせらぎの音、そして長い髪の束のようでありながらその一つ一つが分解されて聴こえてくる。透明なモスブラウン、独特のサウンド。
かれこれ40年ぐらい折に触れ聴いてきたオーケストラ、いい時もあるしわるい時もあった。でも、新世界の最後の音は必ず合っていた。
また、音源ではCANYONレーベルのサウンドは素晴らしいの一語で、ノイマン、マーカル、充実した演奏内容ともども忘れがたい。あのコレクションは絶対に手放したくないCDですね。
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この日のサウンドもみずみずしく純度が高い。コントラバスはノリントンと同じ配置、後方右左に広がる。トロンボーンの前にトランペット、ここらあたりは昔のロシアを思い出したりします。(ホルンもここにかたまれば、ですが)
トランペットとホルンは非常にキザミが鋭く、美しい弱音ブラス。ウィンドもよく磨かれている、クリスタル。いずれにしても、みんなピュアサウンド。
やはり、前日(2013.11.2)のブルノ国立とは音の艶が違うのだな。
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今回の日本ツアー7回公演のうち、新世界はこの日だけだったようです。第2楽章の味わいなど何度聴いても格別のものがあります。いい演奏でした。
前半のラフマニノフは、ソリストのことは知らないのですけれど、なにか職人気質のように思えます。職人気質と言うとどうも生活感が出てきそうなところがあるのですが、手垢にまみれることなく新鮮な演奏を展開してくれました。

プログラムとしては、マルティヌーなどをやって欲しいところもありますけれど、この日一日だけに選んだ新世界もそれはそれで意味のあることかもしれない。
アンコール最後は、ふるさと。なぜか震災のことを思い出す。
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フラーヴェクは昔に比べ、もっちり。背中姿はサイモン・ラトルのようだ。
チェロにはモヒカン・カットが一人いるなぁ。
このホール、1階に照明が当りすぎで、聴衆席が明るすぎる。みんなの顔が見えすぎで、隠れデートなら5階席だろうね。
おわり

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