河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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1348- オスモ・ヴァンスカ 読響2012.2.21

2012-02-26 13:02:04 | インポート

2011-2012聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
2011-2012シーズン
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2012年2月21日(火)7:00pm
サントリーホール
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アホ ミネア(日本初演)
シュトラウス ばらの騎士、組曲
ブラームス 交響曲第1番
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オスモ・ヴァンスカ 指揮 読売日本交響楽団
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前半二曲目ばらの騎士を聴く限りオペラの指揮者ではないと思う。ウィットがあるわけでもなく、まじめな笑いもない、出会いのひらめきのようなものも感じない。オペラシーンが浮かんでこない。選曲ミスではないか。
一曲目の日本初演のミネアはミネソタ管弦楽団の委嘱作品でフルオーケストラ編成で面白い。アホはオーケストラやソロ楽器の機能を生かした曲を比較的多く書いているし時流に乗った作曲家だろう。同時代の作曲家に共感できるかどうかは曲しだい、もう一度聴いてみたいという曲だと思った。終わり方はゲルハルト・ウィンベルガーのプレイスのような感じでした。あれで合っていたんだよね。初めて聴く曲はその辺がわからなくて面白い。その意味でももう一度聴いてみたい。
ヴァンスカはポリフォニクなものが協和し合わないというと妙な表現ですが、各声部を非常に明瞭に響き渡らせる。特にバスの響きは生真面目と言えるぐらい折り目正しくてそれ単独のモノフォニックな響きだけで聴きごたえ十分で、ブラームスでは読響の骨太のサウンドと相まって迫力ありスリリングでさえある。ほかの声部との縦合わせというよりもかけあいの様相を呈していて、その意味でもかなりスリリング。それぞれの声部が別々に動いているような面白さがあった。そのようなことを志向する指揮者であると思う。だから歌わないとかウィットがないなんていっても、ないのではなく、違うだけなのだ。解釈まで自意識過剰型の指揮者がいたりするなか、ヴァンスカは「マジ」な棒振りだと思いました。
ブラームスは全体にゆるく、団員の集中力や緊張感が今一つであったように思います。
おわり

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1347- ノセダ N響 マツーエフ チャイコフスキー カセルラ2012.2.18

2012-02-22 23:34:27 | インポート

2011-2012シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから。
2011-2012シーズン


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2012年2月18日(土)3:00pm
NHKホール
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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
 ピアノ、デニス・マツーエフ
(アンコール)
・リャードフ 音楽玉手箱op32より「おどけたワルツ」
・自作即興曲(A列車で行こう)
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カセルラ 交響曲第2番 (日本初演)
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ジャナンドレア・ノセダ 指揮 NHK交響楽団
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ノセダの草木なぎ倒し棒のことはあとでふれるとして、前半のプログラム。ノセダも長身だが、マツーエフはその上を行く。N響の連中を雲の上から俯瞰しているような感じで登場。
鍵盤に対するマツーエフの指圧(ゆびあつ)は相当なものだろう。もしかして指がはみ出て2個の鍵盤を同時に押してしまうかもしれないというのは杞憂であったが、第1楽章は音の抜けが少しあった。速いパッセージで音符のきざみが明らかに抜けている箇所が散聴。
ただ、技術的な問題でそうなったのではないように感じる。今一つ波に乗れなかっただけなのだろう。弾きこむほどによくなり、また独奏部分とかオーケストラの音が薄い部分での透明でキラキラした響きは気持ちがいい。結局最初から最後まで目をつむって聴くというのもいいかもしれない。
オーケストラはコンパクト編成で、チャイコフスキーの唸るようなサウンドではなく、ちょっと歯隙っぽい感じ。小川の中の草が流れでゆらゆらしているような、わりと隙間のある音でした。チャイコフスキーの場合、このようなコンパクト編成では、なんというか別の練習方法と達成イメージを持った方がいいと思う。単なる伴奏演奏でした。
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アンコールが2曲あって、最初の曲は初めて聴くが美弱音系の音楽で、演奏中に二つ目のアンコールがありそうだと思わせぶり。案の定その通りになって、自作の即興のなかになぜか、「A列車でいこう」が織り込まれている。クラシカルなアンコールピースではなく、このような曲もいいかもしれない。

ノセダが初めてN響を振ったのがたしか2005年で、あのときのコルンゴルドのヴァイオリン協奏曲の伴奏がものすごがった(*)。指揮台のまわりの草木はノセダ棒の前に完全に吹き飛ばされ、かろうじてソリストだけがその風圧に耐えていた。あのように強烈でありながら真摯な棒はあのときに初めて実感した。アクションの嵐と音楽の表現が見事に決まっていたのだ。あれから何年か経って多少動きが小さくなったような気がする。特に足蹴りというかジャンプが今一つ少ない。腕の棒の方はあいかわらずしゃくりあげにますます磨きがかかり、棒のトップだけ見ていると音が1.5拍遅れで鳴っているかのように極端になってきている。あれにキッチリあわせにいくN響のアンサンブルとアインザッツもすごい。それなりの練習を積まないと両者がっぷりよつにならないだろう。
カセルラの交響曲第2番、CDがいろいろと出ているのは知っていた。ノセダはリストの曲も執拗にだしていて最初は一生懸命買ったのだが途中からギブアップ。それでカセルラのCDにも手がとどかず。今回初めて聴きました。たしかにマーラーぽいところもありますが、やっぱりちょっとちがう。カセルラはカセルラ。
5楽章構成ですけれど形式感にあまりこだわらず、曲想の変化、テンポ設定、等の区切りとしての楽章構成のようにも聴こえる。響きの多彩性を求めているわけでもなさそうだし、終楽章のオルガンの響きは神秘的だし、単純明快に音圧で盛り上げたり、いろいろなものが出てくる。ただ、マーラーがブレークしてしまった今日(何回ブレークしたんだろうw)、このようなことにはみんな慣れてしまっていて、そのなかから何か珠玉のようなものを見つけて取り出すには指揮者ノセダと同じように曲への愛がいる。共感が愛に変わるとき、2番だけでなく全部欲しくなる。そうゆうものだ。
おわり
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(*)

1048- ジャナンドレア・ノセダ N響2005.2.19

1049- 爆発のコルンゴルド ジャナンドレア・ノセダ N響2005.2.24.

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1346- 山野楽器の裏にあったオールドムービー

2012-02-08 20:55:01 | 銀座にて

山野楽器は表と裏に出入り口があり、今でもそうだが表の銀座通りのほうから入ることはまずほとんどない。A10出てすぐの裏の通りはごみごみしていないし、クラシックとラッパ(ヤマハのダブルとアレキのシングルとどっちが音が滑らかなんだと変な質問をしていたなぁ昔は(笑))のフロアしか面割れしてないから、というかコソコソ入る必要もないのだが、以前は毎日寄ったりしていて、CDをキャッシャーに持っていくと店員交代で、そのキャッシャーにたまたまいる店員さんではなく、お河童さん専用の人(あの人ですね)に交代。この変なお河童さんいつも変なCDばっかり買っているけど今日は何買ったんだろうな市場の動向なんて怪しいものだしやっぱりお河童さんの買うものをチェックしてから陳列を考えよう、と思ったのかどうかは知りませんけれど、チェックされていた(ようだ)。
あれありますか、あああれですね。みたいな(笑)
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それで裏通りはガス灯通りというらしいけど今一つ違和感がある。そんな古くからの名前じゃないしね。昔はなんてよんでたのかな。雰囲気的には、金春通りすずらん通りは一本道だし、晴海通り越えてガス灯通り、ちょっと今でも馴染めない。銀座4丁目~9丁目wの通りの名前は例によってミトプー(ミトロプーロス)なみにレントゲン写真状態だが、3丁目から京橋方面はあんまり歩かないので脳裏に刷り込まれない。
銀座の通りの名前を知りたかったら、このサイトにある「銀座愛称名図(全体版)」のPDF版。結構すごい。自分で歩くのが一番だけどね。
http://www.city.chuo.lg.jp/kurasi/kentiku/dorokyoryo/doroaisyomei/aisyoumeizuzenntai/index.html
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それでこのガス灯通り、勝手に裏通りとよばせてもらう、やっぱりお河童さんのメインはクラシック音楽だし、山野楽器にはいろいろとお世話になっているしここがメインなんで、その意味的にも、裏、という感じがしっくりくる。
その裏通り、山野楽器の裏から出てすぐ正面のビルの二階に「オールドムービー」というお店がありました。ビルの一階は扉もなくオープンスペースで、そのまま赤いじゅうたんを踏みしめて階段を上ると右手にドアがありドアの手前に結構なスペースの順番待ち椅子がありそれを横目に見ながらなかにはいるとかなりの大きさ。左サイドはしなったカウンター、中央から右にはテーブルがたくさん、中央奥の壁には幻灯機で白黒ムービーを映写している。その壁の裏側に舞台裏のようにまたテーブルがあり一回りできる。結構なスペースのお店でした。
山野楽器に昔からあれほど頻繁に行っていながらこのお店のことは絶交wした人物にだいぶあとになってから教えてもらいました。それから割と気に入って、ボトルのキープも手軽だし(3本とかw)、通いましたね。グタグタと二人でしゃべり更けるのもいいし、会社の団体さんでも使わせてもらいました。メニューもいろいろあったと記憶します。なじみのスタッフもおりましたし。それに女性スタッフは、やっぱり黄桜派のお河童さんには合いそうな雰囲気でw。
昔マンハッタンに住んでいた時、57丁目だったんですが同じ通りのずーっと五番街を越えて3ブロックダウンすると(所詮ハドソン川からイーストリバーまでの間の世界ですけれど)、ビルズゲイというお店があってここはリンカンセンターの出し物が終わった後、そこそこ通いました。リンカンセンターからはちょっと遠いのですけれど、お河童さんの巣を越え、日本クラブ(ピアノバーじゃなくてw)を越えて、カーネギーホールを越えて、ティファニーで朝食はとったことは無いけれどそこも越えて、先まで行くとビルズゲイがありました。日本のゲイではないですよw。建屋は通路に店が並ぶような感じで、右手の扉をあけるとオールド―ムービーのようなキャパではありませんが、暗くともダークな感じはしない、おじいさんが二人交代でピアノを弾いている。そのスタンドピアノの上には幻灯機が置いてある。そこから白黒で流れる映像、もちろん無声、音は二人のおじいさんがつけますから。
あの絵と音、あすこで飲むウィスキーは何を飲んでも極上でした。
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ニューヨーク・フィラー(お河童さん命名、ニューヨーク・フィルのコアで濃いデープなサブスクライバー人種w)としては8時開演10時に終わる。メッター(わかりますねコアなメット・サブスクライバーw)の場合、だいたい同じく8時スタートだけれどもものによりカーテンが閉じるのが翌日とかw。今はやわになって、両方ともスタートが早くなりつつありますけれど、やっぱりエンタメは夜中に限るwということで幕が閉じればリンカンセンター近くのジンジャーマンかビルズゲイ、はたまた、ピアノバー(わかりますねw)で2時まで過ごす。そんな感じ。やっぱりコンサートの後はウィスキーを胃壁に垂らすのが最高ということです。
ビルズゲイは今もあるようですね。昔みたいにopen until close!かどうかは知りませんけど。
http://www.billsnyc.com/index.htm
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銀座のオールドムービーはそんな昔の記憶を呼び起こさせてくれるようなお店でした。
今はこんなお店どこにもないだろうな。
CDを買ったその日にそのCDをみなさんは聴きますか。答えは、「ありえない」、ということで。
おわり

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1345- ネット・バカ ~ネット脳の恐怖

2012-02-07 00:11:05 | 本と雑誌

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1344- 記憶連続

2012-02-05 23:30:00 | 日記・エッセイ・コラム

河童さんは「さすらいのにせサラリーマン」、さすらいではあるのですが、とりあえずサラリーマンでして、会社にはいってから12回ぐらい引越しさせられました。あまり引越し回数が多いので、もういいだろうということで、飛行機通勤をやったこともあります(笑)。もういいだろうというのは引越しがもういいだろうということだけで、あちこち行かされるのは変わらなかったわけですよ(笑)。飛行機通勤は3年やらされました。火曜日朝方出て木曜日夜戻る、月金は東京で。この間354回フライトしました。
このフライト回数で印象にあるのは、飛行機が飛ばなかったのは一回だけだったということ。それも天候とか事故とかではなくて、ANAのスト。
あともう一つ、平日なか日の水曜日に渋谷のオーチャードでドホナーニ&クリーヴランド管によるマーラーの9番がありまして、それをどうしても聴かなければならず、というより終わってからチェロのダイアン・マザーさんと焼き鳥屋に行かなければならず、そのためにちょっと戻った、だから週に二往復した、とか。
マザーさんとかマジェスケさんとかご本人たちは知らないことですが、私はもっとずっとずっと前の1974年のあの来日、セルが1970年万博の後に亡くなり、襲ったマゼール、当時全身から湯気が出て後光が沸騰しているかのような天才絶好調男その名もロリーン・マーゼルではなくロリン・マゼールがクリーヴランドを連れて初見参した時、随行した当地の新聞記者たちからすすめられ、誰のかもわからない杖(スティックですね)を持たされて団員とポーズをとらされて新聞記者たちが撮る写真に収まったことを昨日の出来事のように思い出す、それ以来メンバーの事はよく知っていたのですよ。
付け加えるとこのときのプログラムの事は脳裏の裏の縫い目のあたりにしっかり今でも焼き付いてます。ベートーヴェンの4番、ベルリオーズの幻想、そしてアンコール、本当に弧になった虹をみた運命の力序曲!第2主題ですね。空気が呼吸してました!あの静寂から現れたヴァイオリンの超美弱音!当時のクリーヴランドはまるで水滴の中でヴァイオリンを弾いているかのようなあまりにみずみずしく、音符もしずくとなって滴り落ちる。ベト4なんて空中に浮いて美しい水滴がスローモーションしてましたね。幻想はまるでガラス張りのステンドグラスのなかで動く悪魔。日本の当時のオケとは比べるものもおこがましい実力差(10倍ぐらい)、来日トップクラスのオケの実力のものすごさをかみしめるといったおもむき。

何の話をしようとしていたのかわからなくなりました。こんなことそんなことどうでもいいって言うわけでもなくて、例によって記憶が全部まるで、弾き振りのミトプー(ミトロプーロスですよね)並みなんですよ。音符ではありませんが、昔引越しでいったいろいろな土地や彼の地での悪行の数々がまるでレントゲン写真のように一瞬に全部浮かんでくるようなそんな状態で記憶の底に沈んでるんですよ。
昔のことを静かに思い出したくなる状態がそのうちやってくると思いますけれど、そのときになったら一度、昔渡り歩いた土地を訪れてみたい、「年寄りの思い出さぐり」みたいな。
でもなんだか、一旦そこを訪れてしまうと、それまで膨らませたイメージが全部消えてしまうような気がするんです。だから、今はまだ、膨らんだイメージを書き留めて置くことに割と力をいれることにしてるんですよ。昔を見ると忘れてしまう、見ないでいれば思い出せる、変と言えば変ですけれど、これ実感なんですね。

それで、これは会社にはいるずっと前なんですが、旅的な、どこかへ行った、という記憶で一番古いのが、おじいちゃんに連れられて行った「あぐりこ」というところです。駅があって、小川があって、石の橋を渡るとお寺があって、今でも鮮明に覚えてます。いくつだったのかな。たぶん、3~5才ぐらい。石の橋にすわっておふくろが作ってくれたおにぎりを食べました。自分が全部食べてしまいおじいちゃんは食べ損ねたということをあとで聞きましたけど。
おばあちゃんは僕が生まれて一年ぐらいで亡くなったそうで記憶には一つしかありません。抱きかかえられて居間を通過した記憶があります。居間の形も記憶にあります。黒い大黒柱があったころですね。
でも、自分の全部の記憶で一番古いのは、たぶん、羊水のなかでした。溺れているのに苦しくない。妙な気持でしたね。ジャバジャバという音まで聞こえていたような気がします。
いずれにしても、なんとしあわせな時代だったことか!!

転勤の着任地で、最初っからカメラもって思い出づくりを始める人がおります。自分の場合は全く逆です。その地で遊びも仕事も全部しちまぇといった感じ。あとで考えるといろんなことをしていたなぁ、というぐらいです。写真もあまりありません。思い出作りなんて考えたこともなかった。
今はなにかにつけデジカメの世界であんなにムーヴィーとか写真をとって、一番大事なことをしていない。つまり自分の記憶の中にその瞬間を、必然性をもった一貫した流れとしてとらえることが出来ていない。自然の時の流れを断絶するデジカメ世界の何がいいのか。
プロは別ですよ。プロというのは逆にその自然の流れの中にある必然をとらえる、リアルな目を持ってつかむ、そのことができる人たちがプロでしょう。
自分的には写真は少なくていい。ある時の点と点が写真で少し残っていればいい。あとは記憶が呻いていく。記憶が生きて呻く。もっと言うと、その点と点になる写真もいらない。
点と点、その隙間、両方、「年寄りの思い出さぐり」を始めるにはまだ少し早いような気がします。自分のブログもそうですが後ろ向きといいますか、後ろを見ながら前に進む、みたいなところは少しありますね。

デジャビュの経験ありますか。なんか、ものすごい人だかりと混乱のストリート。雑踏の声、クラクション、絶え間ない通奏低音。でも自分に聞こえてくるのは、シーン、ツーンとした妙な静けさの音、そのなかで、あれ、この場の雰囲気なんか記憶にある、自分は初体験なのに懐かしい。
既視されている方が夢で、既視している方が現実?それとも、既視されている方が現実で、既視している方が夢?はたまた両方とも夢?両方とも現実?
既視している自分は絶対的に現実なんでしょうか。これって昔むかし見たことがある、って思っている自分が実は夢の中っていうことはありませんか。自分はそんな風に思うことがあるんですよ。今夢の中で既視感を味わっている、それを見ている現実の自分がいる。インセプションって本当にあるのかもね。
睡眠中に見る夢は先々のことに関するものであってもなくても、全て過去の出来事のイメージ化だとどこかで読んだことがあります。だいたい、こんな夢、なんで見たんだろう、なにかの前ぶれなのかなと思ったりしますが、じっくりよく思い起こしてみると、ああ昨日こうゆうことがあったんでこんな夢を見たんだ、と感じる時が結構ある。少なくとも自分の場合、その夢が出てきた原因は過去の出来事にあると思い当たるのがほとんど。
それで、その見た夢の内容がデジャビュのことだったりして。
デジャビュって現在は現実であるという絶対公理みたいなものの上に成り立っているのかな。現在が夢見状態かもしれないということじゃいけないのかな。
この感覚ってデジャビュなのかなって思っている自分が実は夢の中の人だったりして。
間髪無し状態、夢の中でデジャビュっている状態が絶え間なく続いているような気がするんですよ。だから昔のことをよく覚えているねぇ、といわれても単に、「今、ずーっと連続した夢の中でデジャビュしている。夢の中で絶え間ないデジャビュをしている」ので記憶が点と点で蘇るというよりも線になっている。それを文章とか声に出しているだけ。なので、もしかして、周りから見て過去をクリアに思い出しているときの自分は夢をさまよっている状態なのかもしれない。そんな状態のことを、記憶がいいね、と言われているだけかもしれないんです。連続は線だ。点でなく線になって蘇えるのは連続しているデジャビュ夢のせい。だから夢の中でデジャビュ夢を見続ければ断片やジグソーパズルではなく、シームレスで記憶が順序正しくシーケンスに次々と湧き出てくる。
じゃあ、私の話し相手は、夢の中の私と会話しているのかな。よく、寝言いっている人にうなずいて返事とか相槌をうってはいけないと言われますよね。おそらく夢の中の自分と会話している人はやはり夢見中の人のような気がする。ゆめゆめ同士で記憶の探り合いをしている。
だめだ、夢が妄想を呼び起こす。

(後半省略(笑))
●●●●
おわり

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