河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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1077- フランソワ・ルルー 下野 読響 エロイカ2010.9.29

2010-10-03 10:23:54 | インポート


2010-2011シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちら
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この日は読響の名曲シリーズより。
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2010年9月29日(水)7:00pm
サントリーホール
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岡坂慶紀 哀歌
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シュトラウス オーボエ協奏曲
 オーボエ、フランソワ・ルルー
(アンコール)
テレマン オーボエ独奏のための幻想曲第6番
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ベートーヴェン 交響曲第3番エロイカ
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下野竜也 指揮 読売日本交響楽団
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エロイカは快速なテンポでサウンドも締りがありキリリとした好演。音場が一段上に上がったようないわばミュンシュなボストンSO的颯爽感。
第2楽章もかなりの快速、第4楽章の変奏出だしはゆっくりめ、ここらへんの解釈は独自。
総じて現代的な演奏といえばそれまで。身構えたくないときもあるコアな聴衆にはいい演奏だ。
形式の構造はどこへ、このようなあたりのことは横に置いた方がいいのかもしれないが、名曲シリーズ、全体を俯瞰するというのは難しい。特に音楽のように時間が流れるようなもの、過ぎ去っていくもの、そのようなものに対してバランス、形式感を表現しかつ聴衆に察してもらう、こんなことは簡単にはできないのだろう。
ただ、読響と指揮者下野の息は合っている。指揮者の実力をみぬいているオーケストラのこれまた実力であろう。同じ方向でなければこのような快演は生まれない。
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シュトラウスのオーボエ協奏曲は、晩年のものであるがあまりいい曲とは思えない。シュトラウスの華麗さと寂寥感がバランスせず後者に傾斜し付け加えてロマンティックな方にだけ傾斜しすぎた本人だけにしかわからないような意味のニュアンスがちりばめられている。過度の美化は禁物だろう。
ルルーは売出し中のCDの写真からはわからないような比較的大柄な人物。演奏中の動きすぎは均一な音質の響きとならず好ましいものではない。音楽はニュアンスがこれまたちりばめられた素晴らしいものだったが、動作同様作為的なものが少し鼻につく。これからだろう。
一曲目の哀歌は閃きのない凡作。
おわり

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